相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第89話 孤独なワトソン

 抗うつ薬おじさんの自宅を後にした尊は大通りを歩きながら彼が話した内容を振り返る。

 

 ――四家と秘密結社を知っているか?

 

 ――ええっと、どっかで聞いたような……。

 

 ――四家は里の社会基盤を担う有力者たち。秘密結社は反妖怪思想を持った連中で、妖怪から幻想郷を奪取することを最大の目的としている。

 

 ――あぁ、思い出した。ありましたね。でも、秘密結社ってそんな過激な連中だったんだ……。

 

 ――過激も過激。表向きは人間の歴史を取り戻すという理由で活動しているが、裏では妖怪を敵視して特攻も辞さない。短刀や弓を片手に戦いを挑んでも勝てる訳ないのにな。

 

 ――確かに無理でしょうね……。火縄銃とかは?

 

 ――銃は四家の一つ、火口家の火龍会によって厳重に管理されている。貸出を許可されるのも会が信用できると判断した里人と組織だけ。結社の連中が手にできるとは思えんな。

 

 ――魔理沙も厳しく管理されてるって言ったな。

 

 ――ただ、四家の中には管理がずさんな連中もいるから何とも言えんが……。それでも奴らが銃を持つことはありえん。

 

 ――だから無謀な試みなんだ。

 

 ――つい三か月前も死者を出したばかりだ。しかも結社のリーダーだ。

 

 ――え、リーダーが?

 

 ――里の外を探索中、妖怪に襲われて死亡したと発表されたな。

 

 ――そりゃあ、お気の毒ですね。

 

 ――ただ、その後に就任したリーダーがなぁ……今までとは違う感じのヤツでな。これがまた強かななんだ。

 

 ――どんなふうに?

 

 ――まず演説を中止し、妖怪への特攻を止め、妖怪に対抗すべく力を蓄え始めた。

 

 ――力?

 

 ――人材だ。アイツが就任してからというもの、性格にこそ難あるが、頭のよい奴らを組織に加え始めたんだよ。噂では副代表も含め、反妖怪思想を持った頭脳派の連中が揃っていると聞く。

 

 ――抗うつさんはどこでそのお話を?

 

 ――里で情報収集していて偶然、入手したのさ。狭い里だからな。茶屋や貸本屋などで座って聞き耳を立てているだけで質のよい情報にありつけることもある。

 

 ――へぇ、参考になります。で、抗うつさんは誰が犯人だと? 四家ですか? 結社ですか?

 

 ――……流れ的に秘密結社が怪しいと思っている。

 

 ――つまり、その代表が何らかの形で事件に関与していると?

 

 ――うむ……。この話はくれぐれも内密にな。バレたら報復がくるやもしれん。

 

 ――決して話しません。ご安心を。あ、ついでにそのリーダーの住む場所、教えてくれませんか?

 

 ――里の大通りにある八百屋の倅だ。名前は――。

 

「そろそろ八百屋が見えてくるかな」

 

 薄暗い雲のせいで夕方にもかかわらず視界が暗い。尊は目を凝らすように大通りの店舗を確認する。

 

「あれか。普通の八百屋だな――ん?」

 

 遠くから観察していると、店の正面で見知った顔の女が店主と思わし女性と話している光景が目に入った。尊は込み上げる不快感を押さえ、会話が聞こえる範囲まで近づき、身を隠しながら話を盗み聴く。

 

「ご子息の()()()()さんとお会いしたいのですが、今どちらに?」

 

「えっと、あなたは?」

 

「ルポライターの文と申します」

 

「るぽらいたー?」

 

「記者だと思って頂ければ」

 

 顔見知りの正体は射命丸文である。相手が記者と知った母親は口元を押さえ、

 

「うちの息子は悪い子じゃない!! 何も悪いことなんてしてない!!」

 

 激昂した。文は両手を振って彼女を宥めようとするが。

 

「えっとあの、ただお話をお聞きしたいだけで――」

 

「帰って下さい!! 帰れ!!」

 

「あ、あの――」

 

 周囲を見やると騒ぎを耳に入れた里人たちが足を止め、ざわつき始めていた。文は一瞬、面倒臭そうな素振りを見せるも、すぐに分が悪いと判断し「わ、わかりました――帰ります」と退散していった。

 直後、奥村の母親が周囲の人だかりを睨み「皆してあの子のことを疑って!」と叫んで閉店時間でもないにも関わらず、店の戸を思いっきり閉めた。

 それを「可愛そうに」と気の毒に思う者もいれば、肩を竦めて「アイツの息子は結社のリーダーだって噂だろ? 怪しいもんだな」と小馬鹿にする者もおり、騒ぎが終わるとやじうまは数分でどこかへ散った。

 尊は彼らに嫌悪感を覚えながらも母親の言った言葉を復唱する。

 

「『皆してあの子のことを疑って』か。どうやら奥村雅彦が秘密結社のリーダーだという事実はそこらの里人にまで知れ渡っているようだな」

 

 誰かひとりが喋れば里全体に伝わる。閉鎖社会のなせる技だ。母親に思うところはあるが、今は同情している場合ではない。尊は気持ちを切り替えた。

 妖怪記者の配慮なき取材で貴重な情報源を失った。路地に身を寄せながら、次のいく当てを考える。

 結社を探ろうにも彼らに関する情報をほとんど持っていないのでどうすることもできないし、張り込もうにも大通りの商店街で路地にも人気がある。何より。

 

「……さっきから狸とか鴉が多いな」

 

 曇りにも関わらず地べたには狸――塀、屋根、木には鴉がジッとこちらを窺っている。そのとき、尊は動物が妖怪の手下になっているケースがあることを思い出し、

 

「まさか俺、監視されてんのか?」

 

 と勘づき、息を飲んだ。

 

「もしかして、あの天狗が俺より先に奥村の母親にコンタクトを取っていたのって――」

 

 幻想郷の鴉天狗は野良鴉を子分として使役する。鴉天狗の手下に後をつけられ、情報を抜き出されていた。その可能性に尊は口元を押さえて「クソッ――きたねえ」と地団駄を踏んだ。

 

「(これじゃ、迂闊に捜査もできない)」

 

 宙を舞う小柄な鴉の尾行を撒くのは人間を撒くレベルの比ではない。おまけに地面に目をやれば狸がこちらをチラチラと張り込んでいる。あちらこちらに潜んでいるのだ。

 妖怪に情報が知れれば、何を仕出かすかわからない。妖怪たちの動機が不鮮明な以上、迂闊に協力体制も引けない。何故なら。

 

「(この里に潜む妖怪が犯人を秘密裡に処分しないとも限らない)」

 

 法律なき幻想郷では犯人の扱いも個人の裁量に任される。隠ぺい体質と思われる里勢に曲者の妖怪たち。犯人が無事でいられる保証はどこにもない。だからこそ、その前に捕まえたいのだ。()()を聞きだすために。

 

「(敵討ちもそうだけど、もし()()()()()()が手に入ればこっちとしても)」

 

 ――何をしておるのかな?

 

 唐突に背後で声が響く。尊が慌てて後ろを向くとマミが立っていた。

 

「あ……マミさん。どうかしましたか?」

 

「それはこっちの台詞じゃよ。八百屋の様子を窺っているように見えたから、気になったんじゃ」

 

「いや、まぁ、その……八百屋の息子さんが何やら怪しい団体に関与しているとお聞きしまして――」

 

「秘密結社じゃろ? 知っておる」

 

「なるほど。マミさんはどう思います?」

 

「どう、とは?」

 

「秘密結社のリーダーは事件に関係していると思われますか?」

 

「……まだわからんな。色々調べてみているが、決定的な証拠が掴めずにいる。じゃが――」

 

 彼女は八百屋の軒先をジッと見つめた。

 

「明日、空地でリーダーが演説するとメンバーらが語っていたな」

 

「演説? どのような?」

 

「そこまではわからん。引き続き、調査を続行する」

 

「もしよろしければ、ぼくもマミさんとご一緒したいのですが……?」

 

「……それはご遠慮いただこうかの」

 

 マミは眼鏡を曇らせながら、低いトーンで言った。

 

「どうしてですか? 理由を――」

 

「神戸どの。あまり()()()()へ踏み込もうとするでない。火傷じゃ済まなくなるぞ」

 

 そう語って、彼女はクルリと踵を返し、この場を去っていく。マミの後ろ姿を尊はジッと睨みつけながら、握りこぶしを作った。

 

「(俺は諦めねぇからな)」

 

 反骨精神を顕わにする外来人。彼の決意を背中で感じ取ったマミが「すまぬの」と視線を落とした。

 

 

 いく当てを失った尊は再び鈴奈庵へと戻る。鈴奈庵の玄関を開けるといつもはいの一番に挨拶を行う小鈴が姿を見せない。

 尊がそのまま奥へ進むと小鈴が左腕に野菜の入った買いもの籠を持った少年に数冊の本を手渡す光景が目に飛び込む。

 

「この本、お借りしていきますね」

 

「はい、またのご来店をお待ちしております!」

 

 普段のテンションとは少し違った艶のある声色が尊の耳に届く。何気なく、こちらへ歩いて来る少年の姿を覗き見ると、その理由がわかった。

 

「(あ、この子イケメンだ)」

 

 表の優男とは少々、異なるタイプの爽やかな男子だった。着物からもうっすらと引き締まった筋肉が確認できる。いつの時代も乙女は美男子に弱い。

 同じイケメンの尊も彼の容姿に気を引かれ、視線を外すのが遅れてしまい、本人と目が合ってしまう。誤魔化すために尊が挨拶した。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは。特命係の人ですか?」

 

「うん、そうだけど。どうしてわかったの?」

 

「服装ですかね。そんな恰好しているのは里では表の方くらいですよ」

 

「言われてみればそうだね」

 

「杉下さん、お怪我のほうはいかがです?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。あれ、杉下さんと会ったことあるの?」

 

「ええ、貼り紙をしていた際に少しだけお話しさせて頂きました。とても親切な方でしたので心配で……」

 

「そうだったんだ。杉下さんに会ったら君が心配していたって伝えておくよ。えっと、お名前は?」

 

「狩野です。ではまた」

 

「またね」

 

 少年はお辞儀をして鈴奈庵を出ていった。よい人間もいるものだ。尊はどこかうれしいそうに席に着き、日課になりつつある事件の考察を始めた。

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