相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第92話 デモクラシー・ストーム その2

「卑怯だと、この私が!?」

 

 演説中、雅彦は初めて動揺を見せた。文が慧音を庇い、反撃に転じたことで聴衆のテンションが急上昇する。

 

 ――そうだ、そうだ卑怯だぞ、この過激派どもが!!

 

 ――よくも慧音先生をいじめたな!

 

 ――最初から信用できんと思っていたぞ、オイラは。

 

 彼らの援護を受け、これならいけると判断した社会派天狗はお得意の芝居がかった演技で攻める。

 

「卑怯以外の何がありますか! 妄言ばかりを垂れ流し、相手のミスを誘って聴衆に自身の意見を信じ込ませようとする。悪質にもほどがある! いかに記者とはいえ、今回ばかりはこちらにつかせて頂きます!」

 

 ――よ、るぽらいたー文!

 

 ――あの子、カッコいいわね。

 

 ――キャー、アヤサーン!

 

「(うふふ、たまにはこういうのもいいですねー! ここでアピールしておけば、ルポライター文の書いた記事が売れる。稗田さんに恩を売りつつ、新聞の発行部数が増やせる。まさに一石二鳥!)」

 

 金の亡者ならぬネタの亡者。射命丸文とは別人だと言っても今流行りの〝コラボ〟ということにすれば問題ない。

 文はその頭脳をフル回転させて里人を惹きつける発言内容を考える。

 

「証拠がないのが証拠。名言ぽく語ってましたけど、アレ、苦し紛れ以外の何物でもないですよね? 証拠のない話に何の意味もない!」

 

「証拠を隠滅する側の方の発言は説得力がありますね」

 

「人聞きの悪い。真実を書くのが記者の使命です」

 

「嘘つきにもほどがある」

 

「ほうほう、私を嘘つきとは!」

 

「権力者に忖度してあることないこと書き連ねる、尻尾を振る犬。いや、ゴミ漁りの鴉か」

 

「……言ってくれますね。おかげで記者の立場としてあなたに質問したくなりました」

 

「どうぞ」と雅彦が無機質なトーンで許可を出した。文は込み上げる怒りを抑えつつ、切り込む。

 

「今回、狙撃には銃が使われました。銃弾が里で作られたものではないとする情報はどこから手に入れたのですか?」

 

「結社の人間が聞き込みで手に入れたものです」

 

「犯行時、あなたは『数十秒の内に次弾装填』と公言しましたが、何故そうと言い切れるのでしょうか? 犯人が複数で交互に撃った可能性だってあるのに?」

 

「狙撃現場付近の住民が『走り去る人影は一つだった』と噂していた。そこから犯人にはひとりと判断したまでです」

 

「噂ですか」

 

「火のないところに煙は立たない」

 

「だとしてもこんなところで堂々と発信するには無責任すぎる。これでは井戸端会議と同レベルではありませんか!」文がビシッと指摘するも雅彦は「稗田家が証拠を公開しないからです」と応戦した。

 

「証拠を出せと本人に言ってないですよね?」

 

「言ったところで門前払いが関の山。秘密結社メンバーというだけで警戒されてますからね。知ってるでしょ? 連中が我々を毛嫌いしてると。だから、自力で調べるしかなかった!」

 

「言い訳ですね。聞くに堪えない。あなた方の発言はとにかく無責任で何ら根拠がありません。こんな稗田家を目の仇したいだけの演説なんて、かえって混乱を広げるだけです。これ以上、恥をかきたくないのなら今すぐ中止して一から情報収集をやり直すべきかと思いますが。皆さま、どう思われます?」

 

「儂も同意見じゃな。コヤツらの話はまるでアテにならん」と頷くマミに「私も同じだ」と目つきを鋭くして同調する慧音。その姿に聴衆も文たちにつくような態度を取った。

 

 ――三人の言う通りだ!

 

 ――結社は嘘つきだ!

 

 ――里を混乱させている!

 

 ――屑どもの集まりだー!

 

 もはやこれまで――誰もがそう思った。けれど雅彦は不敵な笑みを浮かべた。

 

「何がおかしいのです?」と文が訊ねる。

 

「いや、そうまで稗田家の肩を持つとは……。思った通りだった」

 

「どういう意味じゃ?」とマミが疑問を呈する。

 

「稗田家が妖怪と深いつながりがあるってことですよ」

 

 ――なんだって!?

 

 ――ハッタリか?

 

 ――卑怯者は何を言い出すかわからんかなぁ。

 

「妖怪とつながりってどういう意味です? ちょっと理解できないのですが」と文。

 

「言葉通り。妖怪が稗田家のためにそこの暴力先生を擁護し、我々を悪者に仕立て上げようとしている」

 

「悪者も何も、根拠のない話をするオヌシらがいけないのじゃろ」

 

 そうマミが言うと、後ろの聴衆もそうだそうだーと援護を始める。文は深いため息を吐きながら「どんなに言葉を並べても証拠がない話には誰も耳を貸しませんよ? 自身の説を裏づけたいのなら証拠を出してくださいね」と、したり顔で述べた。

 

 そのとき、雅彦は「証拠……か。さっきからそればかりだ。隠滅しているから手も足も出せないだろう。そう高を括ってらっしゃるんですね。この鴉天狗さまは」と相手を挑発する。

 

 文は顔を顰めながら「はぁ? 私のどこか天狗なのですか? 言いががりも甚だしいですよ」と言うも雅彦は続けて「そうは思いませんか、狸の総大将さん?」とマミを見て言った。

 マミは目を細めながらも「儂は人間じゃ。勝手に狸にするでない!」と憤慨。慧音もまた「そろそろ口を慎め――あまりに無礼だ。今ならまだ許す」と額に汗をかきながらも強気な態度に出る。

 聴衆も三人の味方に回り、リーダーに罵詈雑言を浴びせにかかった。

 

 ――ふざけるのもいい加減にしろー。

 

 ――ごく潰しがー。

 

 ――帰れ、帰れー!

 

 あちらこちらからリーダーに対する野次が飛ぶのだが、彼はどこか余裕があった。離れたところで観察する阿求たちはこの状況に判断を迫られる。

 

「そろそろ拘束する? 手伝うわよ」と霊夢が言い、魔理沙も同意するも、阿求は「人気が少なくなってから――かしらね」と語るにとどめる。

 霊夢に「悠長すぎない?」と返されるも「人々に不安を与えたくないのよ。抵抗されれば無関係の里人にけが人が出るかもしれない」と強行を避ける理由を伝えた。

 雅彦が話す全ての内容が聴こえている訳ではなく、ところどころ途切れてしまい一語一句、言葉が理解できないのも判断を鈍らせる要因となっているのだろう。

 

「何考えてるか、わからんもんな」

 

 魔理沙もリーダーの意味不明な演説を警戒しているようだった。その中にあって尊だけは胸騒ぎを覚える。

 

「アイツ――もしかして、なんかとんでもないカード持っているんじゃないか……?」

 

 証拠はないが雅彦はマミと文の正体を言い当てている。彼はそこに強い違和感を覚えた。覚悟を決めた人間は何をするかわからない。

 特命時代、自身の人生全てを投げ打ち、最愛の息子をひき殺した男を爆殺して逃げ通そうとした普通の主婦との対峙経験がある尊ならではの警戒心だった。

 そして、その予感がすぐに現実のものとなる。聴衆の注目が雅彦本人へ向いている。そのタイミングだった。

 

「(確かに事件の証拠は持ってないけどさ――)」

 

 内心で嘲笑いながら彼は「皆さまは〝スマートフォン〟という機械をご存じですか?」と聴衆に訊ねた。

 

 ――スマートフォン? なんだそれは?

 

 ――知らないのか、表の道具だよ。

 

 ――かなり高性能らしいぜ。映写機や蓄音機の能力を兼ね備えているとか。

 

 ――外来人が持っているヤツか。凄いよねアレ。

 

「マミさんたちは知っていますか?」

 

「知っておるぞ」とマミ。

 

「知ってますよ」と文。

 

「知っている。よく見せて貰っているからな――それがどうした?」

 

 最後に慧音が答えると、雅彦はふふんっと笑った。

 

「表の方は本当に素晴らしいものをお作りになりますよね。画像も映像も音声も全て保存、共有できる」

 

「だからなんだ? お前たちじゃまともに使いこなせんだろ」と慧音が指摘する。しかし――。

 

「果たしてそうですかね」

 

 雅彦はポケットから〝黒い物体〟を取り出し、それをかざす。

 

「実はこれ――我々の所有する()()()なんです」

 

「「「はぁぁぁ!?」」」

 

 彼が見せたのはオモチャではなく本物のスマホであった。聴衆も「アレはスマホだ」と口を開けて雅彦を見つめている。

 

「この中には様々な情報が入っています。例えば、ここにいる人物の本当の姿とか」

 

「「本当の姿!?」」

 

 雅彦の表情、かざされたスマホ――マミと文の脳裏に悪い予感がよぎる。

 

「「(まさか――!?)」」

 

 が、雅彦は止まらない。すかさず、スマホのロックを外してファイルを開き、ある画像を表示状態にしてから檀上を降りて、マミたちに近づいた。

 

「これ、あなたですよね?」

 

 画像は耳と尻尾をはやしたマミが狸たちと焚火を囲っているシーンだった。マミは「ひ、人違いじゃ……」と態度を一変させる。続いて、別の写真を文の視界に入れてみせた。

 

「これも、あなたですよね?」

 

 今度の画像は白いワイシャツと黒いスカートを穿いた文が妖怪たちの宴を愛用のカメラで撮影しているシーン。文は激しく動揺しながらも「よ、よく似ていますけど……人違いですよ」とはぐらかす。

 次に雅彦は聴衆にこの二枚の画像を見せ「この画面のふたりと、ここにいるふたりの顔を見比べてください」と周囲を回った。

 誰しもが「似ている」「本人じゃん!」「あのおねーさん、妖怪!?」「えーー本当!?」と声を荒げ始める。マミが「違う、それは他人のそら似じゃ!」文が「そうですよ!」と聴衆を落ち着かせようとするも、雅彦はあざ笑うかのように。

 

「じゃ、動画のほうもお見せしましょう」

 

 録画されたムービーを大音量で流した。

 

 ――儂ら、狸も他の勢力と肩を並べたいものじゃのー。

 

 それは紛れもなくマミの声。

 

 ――天狗は鬼ほどお酒が強くないので遠慮しておきます。

 

 それは間違いなく文の声。もはや言い逃れは不可能だった。ここぞとばかりに雅彦が吠える。

 

「この狸は二ッ岩マミゾウ、新参者の妖怪狸。こっちの記者は妖怪の山の鴉天狗、射命丸文――名のある妖怪である!!」

 

 絶句する両名に聴衆は「コイツら、妖怪だーーー!!」と大きな悲鳴を上げた。混乱する里人。慧音が咄嗟に「心配するな、皆は私が守る――だから、落ち着いてくれ!!」と声を張り上げるもそれどころではない。

 

「なんてザマなのよ!!」

 

 遠くから見ていた霊夢は激昂し、護衛を放棄して空地に向かうべく扉を開けようとする。

 友人の行動をいち早く察知した魔理沙が「馬鹿、いくな!!」と制止する。

 

「どうしてよ! ここでいかなきゃ、パニックになるかもしれないじゃない!!」

 

「連中が妖怪の画像や動画を持っているってことは私らのだって持っているかもしれん! ノコノコ出てっても槍玉に挙げられるだけだぜ!」

 

「だ、だけど――」

 

「出ていかないで!」阿求もまた彼女を止める。続けて「アイツらがスマホを持っていたなんて。一体どこで手に入れたのよ――それにあれらの証拠も!!」と、珍しく地団駄を踏んだ。

 尊は「悪い予感が的中した」と額を押さえる。会場は依然、混乱状態――。このままではマズイ。慧音たちが覚悟した瞬間、壇上に上がる雅彦が大声を出した。

 

「皆さん、落ち着いて下さい!! その妖怪たちは里人を攻撃しない!」

 

 ――どうしてそう言えるんだ!?

 

 ――妖怪なんて信じられるか!!

 

「妖怪たちは稗田阿求に雇われた〝工作員〟だからです!! 彼女の目的から見るに里人は攻撃されない!! 攻撃してしまえば、里の運営が困難となる。それは本意ではないはずだ!!」

 

 ――な、なんだってーーーーーーーーーー!?

 

「ですから、私――奥田雅彦の話に耳を傾けて頂きたい!! よろしいか!!」

 

 雅彦の力強い言葉に妖怪、人間を含めた全ての参加者が黙り、空地が静かになる。それは雅彦がこの会場の全てを掌握した証でもあった。

 

「この妖怪たちは我々の演説を妨害するために遣わされたのです。先生と一緒に!」

 

 ――どういうことなんだ!?

 

「我々の言うことが正しいからだ! 証拠を隠滅していても里人の抱える不安が消えるまでには至らない。そのタイミングでの演説。稗田阿求は歯ぎしりにしたに違いない。どんな手を使ってでも潰そうとしたのだ!」

 

「そんなのはデタラメだ!」

 

 ――黙れ、半人半妖!!

 

 ――奥村の話を遮るなー!

 

 ――そうだ、そうだー!

 

 若い声が広場を走り、他の聴衆へ伝播していく。

 

「そ、そんな……」

 

 慧音は自身の信頼が失墜していることに気がつき、唖然とする。聴衆はヒートアップは止まらない。

 

 ――どうして稗田家はそんなことをするんだ!?

 

「妖怪との癒着をバラされたくないからだ! 現状、里人に混じって妖怪が沢山紛れ込んでいる。その妖怪たちの狙いは里の支配である! 里を支配すれば妖怪同士の勢力争いで優位に立てる!」

 

「何を言うか――」とマミが噛みつこうとするも。

 

 ――狸は黙れー!

 

 ――この嘘つき狸が!!

 

 彼女の意見も潰される。

 

「妖怪は自己中心的で縄張り意識が強い。ここ数年、新参者の妖怪が結界外から住み着く傾向にあり、競争は激化している! そこで何としてでも勝ちたい妖怪は稗田家に媚びを売り、稗田家当主もまた見返り欲しさに応じた。そして、それをよく思わない勢力から狙われ、表の銃で狙撃された! これが事件の全容であると考えている! 今の起きている事件の責任は稗田家にあるのだぁぁぁ!!」

 

「まったくの妄想じゃありませんか――」と文が言うも。

 

 ――喋るな鴉!

 

 ――妖怪野次馬めー。帰れ!

 

 ――お前の新聞つまんねーんだよ!

 

「はぁ!?」と歯ぎしりするも勢いに押され、反論できない。文は「里と妖怪の約定させなければ、こんなヤツらっ」と悔やんだ。

 聴衆にも良識ある者がいるのだが。

 

 ――ちょっと飛躍し過ぎな気がするが。

 

 ――何言ってんだよ、妖怪の化けの皮をはいだ男だぞ、信用してもいいだろ!

 

 ――確かに、確かに!

 

 ――なんだかカッコいいじゃん! 俺、結社のこと見直したわ!

 

 ――うんうん、そう思う!

 

 ――俺、昔から妖怪嫌いだったんだよなー。スカッとしたぜぇ~。

 

 ――いいぞ、奥村ー!!

 

 ――今日から秘密結社に入団しまーす!!

 

 このように大盛り上がり。まるでお祭りであった。こんな状況を慧音が容認するはずがない。

 

「皆の者、いい加減にしないか!! こんな馬鹿にみたいな話に浮かれてどうする!? 冷静になれ!!」

 

 それを聞いた聴衆が怒り出す。

 

 ――いい加減にすんのはお前だろー!!

 

 ――俺たちを騙していた癖に!!

 

「騙してなどいない――」

 

 ――稗田家とグルになって俺たちを支配していた。それは罪だ! 償わせる必要がある!

 

 ――そうだぁぁぁ!! そうに決まっている。

 

 ――だったらさ、捕まえようぜ? この数なら相手が妖怪でも勝てるっ!!

 

 ――いいねー、いいねー!! やっちまおうぜー!!

 

 ――おうよ!!

 

「おおい、そんなのありか!?」とたじろくマミ。

 

「あなたたち……」数の暴力に押される文。

 

「やめろ皆、やめてくれ!!」と叫ぶ慧音。

 

 もはや暴動一歩手前までのところまできていた。妖怪たちも万が一に備えて身構えている。痺れを切らした霊夢が聴衆を止めるべく渦中へ飛び込こもうとした。刹那――。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 雅彦が叫んだ。誰よりも大きな声で叫んだ。

 時間が止まったように人々の動きが止まる。

 

「我々は暴力を望まない――例え、妖怪であってもな」

 

「「「なっ――!!」」」

 

 今までの主張とは打って変わって彼は暴力を望まないと発言。この場にいた全員が呆気にとられた。

 

「暴力に頼り、妖怪と戦ったところで人里はよくならない! それは何故か? 妖怪が俺たちを虐げる手口が力――つまり、暴力だからだ。お前たちは自分を虐げている連中と同じことをやるのか? 目を覚ませ! 暴力の先に何がある? 悲しみと憎しみだけだ。それが正しいのか? 違うだろ? 俺たちには言葉があるじゃないか!」

 

 ――あ……。

 

 ――そうだ。言葉があるよ……。

 

 ――力で脅すのは妖怪と同じだもんね。

 

「それを使って、人里を取り巻く不条理を取り除こう。里人が胸を張って外を歩ける、里人が自身の歴史を知れる、妖怪と対等な関係を作れる、誰もが主役で誰もがまつりごとに関わり意見を言える、そんな自由を目指せる、作れる、可能性に満ちた平等な世界――そう〝民主主義〟を、この幻想郷の人里に、導入しようじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雅彦は右腕を天に掲げた。呆気に取られていた人々も、まるで希望でも見出したかのように、目を輝かせた。

 

 ――民主主義、なんだかカッコいいぞ!!

 

 ――誰もが主役で自由!!

 

 ――平等な世界っ!!

 

 ――これは革命だ!!

 

 民衆が声を上げる中、それを後押しするように副代表が声を張った。

 

「民主主義万歳!! 皆さんもご一緒に――」

 

 ――民主主義万歳!! ――民主主義万歳!! ――民主主義万歳!! ――民主主義万歳!! ――民主主義万歳!! ――民主主義万歳!! ――民主主義万歳!!

 

 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 会場はこれ以上ないほど盛り上がった。里中を熱気が包み込む。それほどの熱さがあった。

 慧音たちは圧倒され言葉を失い、傍から見ていた霊夢も「どうなってんの……?」と混乱している。

 遠くから観察している魔理沙も「訳が分からん」と零し、阿求も「とりあえず、暴力沙汰にはならない、みたいね」と脱力してしまう。

 尊は首を傾げた。

 

「強引に民主主義に持っていったな。てっきり徹底抗戦を唱えると思ってたんだけど」

 

「あぁ、私もそうだと思ってたぜ」

 

「私もです」

 

 魔理沙も阿求も同意見だった。深呼吸した尊が阿求に問う。

 

「で、拘束するんですか?」

 

「暴力に訴えるのであれば拘束する予定でしたが、言葉による訴えならば――今回限りは見逃しましょう。不満は多々、ありますけどね……」

 

「いいのか? かなり侮辱されていたぞ、お前?」と魔理沙。

 

「ここで捕まえたら私のイメージが悪化するでしょ……。話し合いを求めているのだから、正面から正々堂々と受けて立つ。それが信用回復に最も適しているわ」

 

「ま、妖怪たちが余計なことをしてくれたしな!」

 

「いい迷惑よ……。庇ってくれたのは嬉しいけどねぇ」

 

「仕事が増えたもんな」

 

「そうね……。でもいいわ」

 

 そう言って阿求はほっと一息吐いた。相手が暴力を頼らない。民主的な解決方法を模索している。これは阿求にとって悪い流れではなかった。

 彼女が議論を得意としているのもあるが、里人の成長を心のどこかで嬉しく思っているのかもしれない。安堵している仲間を余所に魔理沙がこんなことを言い出した。

 

「ってことは、犯人は結社メンバーではないのか? 言葉を使うなら物理的な脅しはいらんだろうし」

 

「そこはまだわからないけど、他の勢力――それこそバルバトスって可能性も高まったな」と尊が考察する。

 

「犯人は妖怪――こりゃあ、霊夢のヤツが張り切るな。私も腕が鳴るぜ」

 

「まだ早いと思うけどな」

 

 緊張から解放されたふたりの間にツッコミを入れる余裕が生まれつつあった。その頃、空地では民主主義が叫ばれていた。

 

 ――民主主義ってなんだー!?

 

 ――皆が主役の世界を作るための方法だー!

 

 ――どうすればいいんだー!

 

 ――皆が皆のことを考えればいいんだー!

 

 ――民主主義ってスゲー!

 

 ――民主主義ってカッコいい!!

 

 まるで流行病にでもかかったかのような民衆の姿にマミが白けた目を向ける。

 

「コヤツら、まるでわかっとらんな。アレは魔法でもなんでもないぞ……?」

 

「表の政治体制の一つでしょ? そこまで魅力的かな……?」

 

「一長一短じゃな」

 

「あはは……ですよね」と文は白けた。

 

「ふたりとも静かにしてくれ……皆が気分を害する」と慧音が苦言を呈した。さっきのような状況は勘弁なのだろう。

 

 どうせ一過性のブームに過ぎない。慧音もこのデモクラシー・ブームをそう評した。その上で今だけは騒がせてやろうと静観を決めたのだ。彼女の表情は安堵に満ちている。

 聴衆が沸き上がる姿を檀上から眺める雅彦は歓喜余ってか大粒の涙を流した。

 

「ありがとう……皆……」

 

 男泣き。誰もがそう思い、よくやったと拍手を送る。満足した雅彦は最後のしめに入る。

 

「今、この幻想郷で民主主義が生まれました。これを皆さんで育てていきましょう――最後となりますが、共に民主主義万歳と叫んでお開きに致します!」

 

 ――おぉぉぉぉぉぉ!!

 

 一体感により会場が一つになる。しかも空き地周辺は見物客で埋め尽くされており、彼らも聴衆に混じって声を張り上げた。

 

「では、せーの――」

 

 ――民主主義万歳!!

 

 奥村も聴衆と一緒に両腕をあげて万歳してみせた。誕生の祝福を願って。

 その刹那、阿求たちのいる場所の後方、民家の物陰にてトリガーに指をかける者の姿があった。

 

 ――ごめんさない。

 

 その者は謝罪してから、

 

 ――ドンッ!!

 

 迷うことなく引き金を引いた。

 炸裂音と共に風を切り裂き、凶弾が雅彦の額へ深々と突き刺さる。彼は鮮血と脳漿を撒き散らかして檀上から転げ落ちるように地面へ叩きつけられ、糸が切れたマリオネットのように動かなくなった。

 とめどなく溢れ出る真紅の液体。会場にいた者が事態を理解するのに数秒の時間を要すが、それを過ぎると――。

 

 ――うわあああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 ――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 歓喜は悲鳴――そして絶望へと変わり、産声を上げたばかりの民主主義はその直後、死んだ。




この回以降、かなりシリアスな展開になっていきます。相棒シリーズで言うところの“シーズン9”相当です。ご注意を。
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