相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第94話 デモクラシー・ストーム その4

 竹林の向こう側には中華的要素を取り入れた日本屋敷がある。そこには《月の民》と呼ばれる者たちがひっそりと暮らしていた。

 屋敷は永遠亭と呼ばれ、今や里人からも名医のいる診療所として親しまれている。

 杉下右京はそこの一室に運び込まれ、手厚い看護を受けていた。患者用のベッドに横たわる右京を白いワイシャツを着た助手が看護する。

 

「この人、まだ寝てるのか」

 

 十代中頃の少女だった。地面スレスレまで伸ばした紫色の長髪に、これまたピンと伸びた白いウサギ耳。彼女は八意永琳の助手、鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバである。

 キリッとした目元がやや高圧的な印象を与えるが、師匠と呼ぶ永琳や格上相手には非常に従順で逆らうことはなく、その来客にはきちんと敬意を払う。

 右京が運ばれてから今日で三日目。一向に目を覚まさない彼を永遠亭の住民たちは心配していた。

 

「ご苦労さま。杉下さんは?」

 

「相変わらずですね」

 

 室内に入った永琳は優曇華に声をかけてから換気を行い、空気を入れ替えた。

 

「そろそろ目を覚ましてくれると思うんだけどね」

 

「ですねー」

 

 ふたりは苦笑いを浮かべる。永遠亭は経営難に陥っている訳でもなく、裕福とは言えずとも生活するだけの稼ぎはある。患者ひとり受け持とうが問題はない。しかし、それとは別に面倒なことがある。

 

「あの娘、この人に興味津々だからねぇ」

 

 永琳がそう言った途端、トタトタと足音が響き、徐々にこちらへ近づいてくる。

 

「噂をすればなんとやら」

 

 再度、扉が開かれる。現れたのは袖の伸びたピンク色の上着に真っ赤なロングスカートを穿いた黒髪の美少女だった。

 床につくかつかないかギリギリのところまで伸びた長髪はシルクのようにつややかで、その童顔は巨匠が極限までこだわりぬいた日本人形のように完成されている。

 幽々子とはまた違ったタイプの美少女であるが、容姿的には互角で、後は好みの問題――その領域まで達している。

 美少女は笑顔でふたりに訊ねる。

 

「起きた?」

 

 何気ない言葉と仕草だったが、一瞬で病室を華やかなものにした。永琳は少女を眺めながら「まだよ()()」と返した。

 美少女の名前は蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)。かの有名な()()()()その人である。

 輝夜は「そう……」と残念そうに呟いてから近くにあった椅子に品よく腰をかけた。

 

「久々にここへやってきた外の人だから楽しみにしていたんだけどねー。かなり博識な方らしいし」

 

「……お客さんじゃないのよ?」と永琳が言う。

 

「話くらいはしてもいいでしょ?」

 

「いいけど、目覚めた直後は身体が弱っているの。ほどほどにね」

 

「それくらいわかってるわ。永琳は私を子ども扱いし過ぎよ」

 

「つい心配になるのよ」

 

 輝夜は月のお姫さまとあって天真爛漫な性格をしており、従者を困らせることもしばしば。にも関わらず彼女の周りから人が離れることはなく皆、輝夜を慕い続ける。

 レミリアのような畏怖や幽々子のような優雅さを持つ訳でもなく特別、頭がよい訳でもない。

 ただ()()()()()()()()()なだけ。それが彼女最大の魅力であり、月の賢者を配下に置ける最大の理由なのである。

 本人はその意味をわかっているのか、いないのか、今日も気楽に生きている。

 

「表のお料理も食べてみたいなぁ」

 

「ふふっ(あはは……)」

 

 次の嵐が幻想郷に迫っているとも知らずに。

 

 

 奥村雅彦射殺から一時間。避難誘導と救助を終えた尊、霊夢、マミ、文、慧音は一旦、空地に集まって話し合っていた。

 

「で、アンタらは何もしてないのね!?」

 

 部外者の妖怪ふたりに強い疑いの目を向ける霊夢。マミたちは怒り気味に反論する。

 

「しつこいのぅ。儂らがそんな行動する訳なかろう!」

 

「そうです。勝手に叫ばれて犯人にされたのです!」

 

「そもそも、アンタらが演説を正面で見てたのが悪いんじゃない!!」

 

「それは、心配じゃったから――」

 

「余計なお世話なのよ!! 里人を混乱させただけじゃないの!?」

 

「まさかアイツが写真なんて持っていると思わなくて――」と文が言い訳気味に弁明。

 

 その態度も相まって霊夢の怒りは収まることをしらず、つかみ合いになりかける。そこに尊が待ったをかけた。

 

「今更でしょ。早く収拾に動くべきだ。霊夢さんは阿求さんの護衛に戻ってください。相手が妖怪か人間かわからない。魔理沙だけだと心配だ」

 

「でも、犯人を探さないと」

 

「犯人が何を狙っているかわからない以上、迂闊に動くべきじゃない。要人警護に戻ってください。狙撃地点はこっちで特定します。何かあったらお報せしますから。よろしくお願いしますね」

 

「……わかりました」

 

 的確な指示で人員を動かし、誘導から搬送までスムーズに行った尊へ反論できず、不承ながらも霊夢は稗田邸へ向かった。巫女の後ろ姿を見送った彼はマミと文に視線を向ける。

 

「あんな見え透いた挑発に乗るなんてらしくないですね」

 

 尊は奥村雅彦のペースにハマったふたりに皮肉を送った。

 

「返す言葉もない」

 

「……同じく」

 

 自分たちが混乱を招いたという自覚はあるらしく、肩を落とす両名。けれど、尊は彼女たちを責める気はなかった。

 

「犯人捜し、協力してくださいね?」

 

「わかった」

 

「了解です」

 

 人間相手に主導権を握られる。妖怪からすれば不服もいいところだが、今回ばかりは責任重大でそれどころではない。里が心配な慧音も「私も何か手伝えることは?」と訊ねた。

 

「上白沢さんは怪我を負ってますから、手当てされたほうがいい。その後は稗田さんの指示に従ってください。里も混乱してるでしょうから」

 

「確かに……」

 

 慧音が頷くと尊はチャンスと言わんばかりに手帳とボールペンを出してこのように頼んだ。

 

「それとなんですが。里人に捜査協力をして頂くかもしれません。ここに()()書いて欲しいのですが」

 

「何をですか?」

 

「ぼくはよそ者ですから信用されていません。上白沢さんの一筆があれば皆、安心してくれると思います。決して悪用致しませんので。お願いできませんか?」

 

「……わかりました」

 

 この状況下では致し方がない。気が進まなかったが、慧音は尊に言われるがまま、手帳に直筆で里人に協力を促すような文章を書いた。手帳を返した慧音はすぐにこの場を去った。それを後ろで見ていたマミたちがほうほうと唸ってみせた。

 

「うまく捜査権を手に入れたもんじゃのう……」

 

「やり手ですね……」と評する文。

 

 急いでいる尊は振り返ることもせず「いきますよ」と一言だけ発し、狙撃現場を特定すべく行動を開始する。

 民家は縦一列に立ち並ぶように建てられており、各間隔は一メートル前後。茅葺、瓦など様々な屋根が見受けられ、明治時代の名残を残す独特な景観をしている。

 巻き上げられた砂埃が宙に漂う中、尊は妖怪と共に空地から見て特に右側の建物へ気を配りながら進む。

 

「どうして右側ばかり見ているのですか?」と文が訊ねる。

 

「犯人は右利きの狙撃手である可能性が高いからです」

 

「どうしてじゃ?」マミが問う。

 

 尊は観察を続けながら推察を語った。

 

「発砲音からして使われた銃は稗田さんを狙った銃と同じものでしょう。狙撃も正確でしたから狙撃手も同一人物と思われます。最初の狙撃場所を観察したのですが、足跡は左足が前に出ていた。となると、物陰から中腰で撃ったと推測できます。仮にそうだとすると、左足を軸にして撃ったことになる。その射撃姿勢を取るのは右利きの狙撃手なんです」

 

「ですが、左利きでも狙撃できるのでは?」

 

「稗田さんを狙撃した場所は鈴奈庵から見て左斜め奥の民家です。犯人はその物陰に隠れるように銃を撃った。手際のよさ、命中精度――それらを考慮する場合、左利きでは難しい。おまけに狙撃の位置取りがプロのものとは言い難いので、表の人間基準なら相手はセミプロまたは狙撃の上手い素人です。利き足や利き手を変えての狙撃なんてまず無理かと」

 

「だから右利きの狙撃手であると?」

 

「そうじゃないかと疑っています。今回は人々が密集していましたから、狙撃には高さも必要です。少し高めの建物が怪しいかも」

 

「ふむ、オヌシ――ずいぶんと詳しいのう」とマミが疑問に思う。

 

「警察官ならこれくらい普通です」

 

「お巡りさんクラスじゃ、こんな状況でパッと考察できたりせんぞ。ただの公務員じゃからな。うだつの上がらん連中ばかり。警察庁だったか、どこの部署じゃ?」

 

 一瞬言うか迷ったが、変に隠すと信用されないと思い、自身の所属を明らかにした。

 

「警備局です」

 

「警備局か! エリートじゃのう」とマミが驚く。

 

「その部署ではどんなお仕事を?」

 

 ついでに訊ねてくる文に尊は面倒くさそうにしながらも「要人警護とテロ対策ですかね」と回答した。

 

「どうりで避難誘導や救助をスムーズにやれる訳か……」

 

 マミはひとり納得する。

 

「というと?」と、首を傾げる文に尊が職務内容を教えた。

 

「ぼくの仕事は要人を護り、警護対象へのテロを未然に防いだりする。そのための根回しを行うんですよ」

 

「じゃからそこに配属されるのは主にキャリア組とも呼ばれるエリートなんじゃよ」

 

「マミさんこそ、表の世界に詳しいですね? どこからきたんです?」

 

「佐渡じゃ」

 

 マミは尊の質問に素直に答えた。

 

「いいんですか? そんなことバラしちゃって?」と文が意地の悪い言い方をするも「もう正体がバレておるからな。隠すこともないわい」。そう言って、マミは自分が外来人の前で、佐渡――つまり()()()()()()()()()()であることを公にした。

 このやり取りの後も三人は発射場所を探し続け、空地の右側、七十メートル地点の民家の屋根上で痕跡を発見し、狙撃地点を特定した。

 

 

 尊が狙撃地点を特定した同時刻。人里の一角で秘密結社のメンバーが集結していた。

 

「雅彦は死んだ。よって代わりは俺が務める。異議のある者はいるか?」

 

 ――異議なし! ――異議なし! ――異議なし! ――異議なし!

 

 満場一致で副代表が代表に就任する。彼は拳を天高く掲げる。

 

「今よりこの俺、田端直樹(たばたなおき)が《人里の夜明け》代表であるっ!! アイツの仇を取るぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ――オォォォォォォォォォ!!!!

 

 メンバーたちが歓喜に沸いた。殉職した男の仇を取る。ここに大義が生まれた。

 

「各員準備はできているか!?」

 

 ――できてるよ!

 

 ――いつでもいいぜ!

 

 ――連中から物資も頂いた。後はやるだけだ!

 

「ならば作戦通り、実行せよ!! 全てはよりよき明日のために!!」

 

「「「「全てはよりよき明日のために!!」」」」

 

 こうしてメンバーたちは各ポイントへ散っていった。

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