稗田邸では女中が総出でけが人の手当てを行っていた。その様子を阿求がジッと見つめる。
「こんなことになるなんて……」
民主主義を訴える平和的な会場が惨劇の場となって負傷者多数を出す大惨事を引き起こし、里人に多大なる危機感を与えてしまった。
未だかつてない事態に阿求は頭の整理が追いつかずにいる。
「犯人は何が目的なの。私を狙っていた癖に今度は結社のリーダーを狙撃? 里の混乱が目的なの? 妖怪の仕業に見せかけて何がしたいのよ? 里を分裂させたいの!? じゃあ、犯人は人間じゃなく外来したバルバトス? もう、訳がわからない……」
そこに護衛の魔理沙が声をかける。
「落ち着け。なっちまったもんはどうにもならん。これからのことを考えようぜ」
「そうね……。ありがとう」
とはいえ、やることがありすぎて何から手をつけたらよいのかわからない、混沌とした状況であった。
「まず人々から不安を取り除くために行動しないと。慧音さんや里の有力者たちに協力を要請して事態の収拾を図る。場合によっては私も表に出ないと」
「それはダメだ! 狙撃手がウロウロしてんだからさ」
「困ったわ。何とか犯人を捕まえられれば……」
「それは本職に任せるしかないだろう。私らじゃお手上げだ。現にこの程度の混乱で済んでんのもあのにーさんの采配だしな」
「優秀よね、あの人……。やっぱり協力体制を築いておくべきだったかしら」
「今更だろ。しっかし、あんな除け者にされても、有事の際はしっかり協力してくれんだから、さすが警察官だよな」
「……」
阿求は黙るしかなかった。事情があるとはいえ、もっと頼るべきだったと。無意識に彼女が目を逸らすと後方から霊夢が歩いてきた。
「屋敷の中を一通り回ってみたけど、不審な物や妖気は見つからなかったわ」
「そう、ご苦労さま」
霊夢は阿求の隣に座り、彼女へ言う。
「里の事情。これ以上、知られるのは面倒でしょ。アンタの判断は間違ってなかったと思うわ」
「……そうよね」
「そうよ。そうに決まってる。決まっているんだけど」
そう言って霊夢は言葉を濁し、他のふたりも気まずそうに俯いた。敵が見えないだけに不安が拭えない。そんな表情だ。
だがしかし、彼女らに追いうちをかけるように事態はさらに悪化していく。
「阿求さま、大変です!!」
女中のひとりが阿求の下へ飛び込んできた。
「何があったのですか!?」
「大通りで秘密結社と思わしき者たちが抗議の声をあげています!!」
「「「なんですってー!!(なんだってー!!)」」」
☆
人里の大通り。新代表となった田端直樹が結社メンバー数人を引き連れて、スマホ片手に大声で叫んでいた。
「話し合いを望んでいたリーダーは妖怪の手によって殺された!!」
――妖怪の手によって殺された!
「こうやって殺された!!」
――こうやって殺された!!
スマホに映し出されるのは脳天を撃ち抜かれた奥村雅彦の遺体そのもので、何の修正も施されていない。里人からは悲鳴が相次ぐ。
――死んだ人間だぁぁぁ!!
――きゃあああああ!!
――それは本当なのかー!?
「本当だ!! 証拠ならまだあるぞー!」
田端が目配せするとすぐ後ろにいたメンバーふたりが自分のスマホを取り出して事件直後の動画や別の角度から撮った死体の画像を里人に見せつける。
それらを目にした者から更なる悲鳴が巻き起こり、顔を押える者や嗚咽する者が続出した。
そんな里人を田端は叱咤した。
「目を逸らすな!! その目を逸らすな!! 決して逸らすな!! これが妖怪のやり方だ!! ヤツらは話し合いを否定し、武力と搦め手で里人を支配している!! これでいいのか!? 俺たちは共存を望んでもヤツらは簡単に踏みにじる。それが正しい行いなのか? 違う!! 違う!! 断じて違う!! だから、我々、秘密結社は戦うのだ! 言葉を否定した妖怪たちと!!」
大声を出しながらスマホでは演説中に隠し撮ったマミや文の姿とふたりの本当の姿、さらに他の妖怪たちの画像や動画を流し、民衆をこれでもかと煽る。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
メンバーのひとりが叫んだ。
「皆も協力して欲しい!! 人里の明日のために!! 我らに力を!!!!」
――オォォォォォォォォ!!
――協力するぜぇ!!
――妖怪がなんだっていうんだ!!
同調する者がチラホラと現れた。田端は彼らをさらなる渦へ引き込もうとする。
「皆で騒げば怖くない!! さぁ、叫ぶのだ!!」
――なんて叫べばいいんだ!?
「決まっている。『妖怪・消えろ!』。そう叫べ!! 里内外問わず、全ての妖怪たちに人の意思を叫べ!! 叫べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 妖怪・消えろ!」
「妖怪・消えろ!」「妖怪・消えろ!」「妖怪・消えろ!」「妖怪・消えろ!」「妖怪・消えろ!」
――妖怪・消えろ! ――妖怪・消えろ! ――妖怪・消えろ! ――妖怪・消えろ!
秘密結社のメンバーが『妖怪・消えろ!』と叫ぶ。それに感化されて、ちらほらと声が上がり始めた。
――妖怪・消えろ!
――妖怪・消えろ!
――妖怪・消えろ!
「声が小さい!! それじゃ何も変わらない!! 妖怪と里の権力者にかき消されてしまう!! 大きな声でやってみよう!! せぇぇぇぇぇのぉぉぉぉぉぉ――」
――妖怪・消えろ! ――妖怪・消えろ! ――妖怪・消えろ! ――妖怪・消えろ!
「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉとーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――よーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかい・消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「そうだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 叫べええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
――妖怪・消えろ!!
結社の行進に触発された里人たちが、まるで火でも点いたかのように彼らの中に加わり始める。
特に若い世代が積極的にデモへ参加しており、反対にお年寄りは呆れたように狂った集団を眺めていた。若い世代のほうが人里のあり方に強い不満を持っている。そういった印象だった。
ある程度、若者が乗っかってきた段階で田端が拳を天に突き上げた。
「皆、大通りを歩くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 少しでもこの想いを里人へ届けるんだあああああああああああああああああああああああ!!」
――オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
けたたましい大声を伴い、結社と里人で形勢されたデモ隊は大通りを行進し始めた。
――妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ!
――妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ!
――妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ!
――妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ!
これを皮切りに参加者が右腕を上下させる。今まで感じたことがないほどの熱気が里人を包んでいく。
それに呼応するかのようにあちらこちらで「言論は殺された」「結社は正しい」「妖怪と戦おう」「皆で行進しよう」と若者たちが大合唱。参加者がどんどん増えていく。
あまりにもうるさいので家の中の赤ん坊が泣き出し、小動物たちが里から逃げ出す。
狙撃地点を報告すべく稗田家に向かう途中でその状況を目の当りにした尊は絶句した。
「なにこれ……」
続けてマミも「わからんわい」。文も「わかりません」と固まる。
人々が自由を求める行進は止まることを知らず、結社とデモ隊は里中を狂気という渦で席巻していった。