嵐を呼ぶパレードは稗田邸の近くまで迫っており、元から稗田家周辺にいたデモ隊と合わせるとその数は百人に達しようとしていた。
合流して巨大になったデモ隊の先頭を陣取る結社メンバーの中には田端の姿はなく、代わりに彼から預かったのであろうスマホを持った男たちが指揮を取っていた。
彼らはこのように叫ぶ。
「妖怪の手先、稗田を追い出せー!!」
――稗田を追い出せー!! ――稗田を追い出せ!! ――稗田を追い出せ!!
――妖怪・消えろ 消え消えろー!! ――妖怪・消えろ 消え消えろー!!
――稗田を追い出せー!! 妖怪・消え消えろー!! 妖怪・消えろぉ!!
『妖怪・消えろ』コールや『稗田家を追い出せ』コールが周囲を包み、その一体感は何とも言い表せない気味悪さを伴っている。デモ隊はごく短期間のうちにより結束した集団へと変化していたのだ。
魔理沙と霊夢は女中たちに「門は絶対に開けるな!!」と指示し、阿求の護衛を慧音に任せて自身らは正面入り口付近で待機する。
地鳴りのような不気味な足音が目の前まで押し寄せる。魔理沙は門の上までのぼり、密かに参加者の数を確かめた。
その人数をちらっと確認した魔理沙は霊夢を残したまま、血相を変えて客間へと飛び込み、その中央に座る阿求へ告げる。
「ちとマズイぜ。集まった人間の数が半端ない! ざっと百人はいる!」
「じょ、冗談でしょ!?」と阿求は狼狽えた。
「さ、最悪……、脱出を考える必要があります。その場合は――」と慧音は魔理沙を見やり、彼女もまたその意図を汲んだ。
「私が運んでいく。心配するな、足には自信がある」そう言って魔理沙は胸を張った。
「避難場所は可能な限り安全なところにしてくれ」
「そうなると博麗神社や香霖堂はマズイか……。紅魔館も冥界も好ましくない。永遠亭だな」
「わかった。頼んだぞ!」
「任せておけ、こういう時の私だ」
そう言って魔理沙は霊夢のところへ戻っていく。門前では抗議の声が飛び交う。
――稗田阿求を出せー! ――ここに出てきて説明しろー! ――卑怯者!!
「あの娘を出せるわけないでしょ!」
狙撃銃や手投げ爆弾おまけに人間か妖怪、単独犯か複数犯すら特定もできない。その状況で阿求を人前に出せるわけがないのだが、デモ隊には関係ない。
――出せ! ――出せ! ――出せ! ――稗田を出せ! ――稗田を出せ!
狂気を帯びたデモは止まることをしらない。
――裏切り者!! ――人殺し!! ――忖度女!! ――人間は妖怪の奴隷か!!
――奥村を返せー!! ――ふざけるな!! ――妖怪・消えろ!
抗議は一時間半もの間、続く。
「気が滅入る……」
阿求はぐったりしたように座卓に右頬を付け、その目を虚ろにする。
女中たちや慧音も皆、暗い表情をしていた。闇雲に出ていってもやり玉にあげられ、デモ隊の更なる結束を招く可能性がある。稗田側は動けない。
それをよいことにデモ隊のテンションは上がり続け、これ見よがしに結社メンバーと思われる男が前に出て歌い始める。
『へいへいへーい! 朝から今まで引き籠りぃー』
――HEY! 朝から今まで引き籠り!
『へいへいへーい! おかしいぞぉ、おかしいぞー♪』
――HEY! おかしいぞぉ、おかしいぞ!
『へいへいへーい! 稗田の威光じゃ 俺らは潰せない♪』
――HEY! 稗田の威光じゃ 俺らは潰せない!
『へいへいへーい! 皆で叫ぶぞ、妖怪・消えろ♪』
――皆で叫ぶぞ、妖怪・消えろ♪
『HEY!』
それが終わると次の抗議ソングが歌われる。歌詞は《幻想デス・トピア》の二番だ。こちらもかなりエッジの効いた幻想郷批判ソングだった。
――いいぞー!!
――名曲だぜぇ!!
――素敵よー!!
歌い終わると同時に拍手が巻き起こる。その歌に魔理沙は「つまんねーな」と腹を立てた。霊夢はさりげなく「気にしちゃダメよ」と言い聞かせてから門のほうを向いて警戒する。
「あー、ホントむかつく……」
頬を座卓に密着させた阿求は堪りゆくストレスを発散できず、目を虚ろにしながら「今に見てなさい……」と低い声で呟いた。
分断されているといっても特命係は犯人特定のため自発的に行動する。犯人を特定し、それを排除できれば何ともでなる。今の阿求は心のどこかで特命係を頼っていた。
「(都合がいいのはわかりきっているんだけどね……)」
ほとほと自分が嫌になる。それでも動かないことを彼女は選択している。今は耐えるのだ、と。しかし、連中は甘くなかった。
人だかりの中で突如、白煙が上がって昨日と同様、視界が遮られる。それからまもなく、
――ボン! ――ボン!
ごく小規模の火花と同量の音が発生した。デモ隊はパニックに陥る。
――なんだ、これは!! ――また爆発かぁーー!! ――キャア!!
そこに結社メンバーが「妖怪があああああ!! やりやがったなぁぁぁぁ!! こうなったらこっちもやるしかねえ!! 皆、戦うぞーー!!」と叫んでから、火のついたかんしゃく玉を上空に投げる。
かんしゃく玉はそのまま爆発し、里中に大きな音をまき散らす。
「何事だ!!」
慧音が声を荒げるが、その頃には門の外を白煙が覆っていた。
さらに「稗田が俺たちを攻撃した」「抗議すらも聞き入れない」「戦うしかない!」「やってやろう」と聞こえては「あけろーー!!」と門をドンドン押す。
「絶対に中へ入れるな!!」
慧音はそう叫んで女中や協力してくれるけが人を指揮した。最悪の場合、弾幕による防衛も辞さないと覚悟を決める。
それをここより少し離れた火口家の敷地内から見ていた青年が「時間だな」と呟いてからコソコソと物陰に姿を眩ます。
☆
暴動が始まってから数分後、火口家にデモ隊から別れた数十人にもなる若い衆が押し寄せ、火口家の門を物凄い勢いで叩き壊そうとする。
「開けるんじゃねえぞ!!」
火口は部下に命令して、表門へ人員を向かわせた。
そんな中、ひとりだけ命令に反し、青年は違うところで活動する。
彼は火口家に併設された火縄銃製造所にある保管庫に一番近い裏口の鍵を内側からガチャリと開けた。
外で待っていたのは表で騒いでいる連中とは別、それも
彼らの先頭にいたのは顔を隠した田端であった。田端は鍵を開けた青年に礼を言う。
「よくやってくれたな
「ふんっ、これくらい朝飯前だ」
青年の正体は淳也を犯人にしようとした不届き者――
彼は右京が事件を解決したために厳重注意の上で無罪となるも、元々の性格が災いし、皆から村八分にされて物書きで生計を立てられなくなった。
すべてを失った信介だったが、それを見かねた彼の知り合いが口添えしてくれたおかげで約一週間前から火口家で雑用の仕事を与えてもらっていたのだ。
信介は彼らを内側へと招き入れてから、
「この通路を真っ直ぐいった突き当たりを右に曲がったところの倉庫に火薬が保管されている。火縄銃も近くの倉庫に置いてある。数は約二十丁だ。ついでにそっちも開錠しておいた」
「ほう、すごいじゃないか。どうやって鍵のありかを掴んだ?」
「『皆から白い目で見られて毎日辛くて、俺はただ疑われたくなかっただけなんですよ。正気を失っていたんです』って泣きついたら、代表のヤツが同情してくれてさ。色々なところを見せてくれたんだ。そのとき、偶然にも鍵のありかを知ってな。混乱のどさくさに紛れて取ってきたんだよ」と信介は倉庫の鍵をチラつかせた。
「さすがだな。見込んだ甲斐があった」
「そういうことだから、後は好きにしてくれ。あ、約束の金は忘れずにな!」
「もうお前の家の郵便桶に入れてきたぞ。十円分の一円札をな。後で追加報酬も渡そう」
「そいつはありがたい! 銭が少なくてな。それじゃ俺はここから離れる」
信介は嫌らしい笑みを浮かべながら踵を返して足場にこの場を去った。
それを見届けた田端は作戦開始の合図を出した。