「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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お久しぶりです。番外編は一応これでラストです。


【終幕】舞踏会

「…武道会(ぶどうかい)?」

 

「いえ、舞踏会(ぶとうかい)デス」

 

 

 休日、キャメロット邸にある庭の小池。

 

 瓶底メガネ姿なティキ(パパ)の釣りに付き合っていたら、おやつの入ったバスケットを片手に千年公がやってきた。

 ちなみに千年公はオフの時は人間の姿である。

 

 ネアの肉体(ティキ)(多分)とアダムの因子(千年公)に挟まれて少し気分が悪くなったから、バスケットだけ盗んで退散しようとした。

 その矢先に舞踏会デビュウの話を持ちかけられたのだ。

 

「つーことは、大々的にお前が俺の養子だってことが知られるわけか」

 

「独身の子持ち男でも、その顔だったら引くて数多だよ」

 

「メンドクセー…」

 

 令嬢に集られるのが内心では億劫なパパは、社交界が好きではないらしい。

 わたしも人間がたくさんいるところはあまり行きたくないなぁ。

 

 乗り気じゃないわたしたちに、千年公は「ニコッ…」と笑みで返した。

 いくら嫌がっても参加させられるね、これは。わたしの体調が良くなかったら無しになると思うけど。

 

「せっかく新しい“家族”のお披露目の機会なンですから」

 

「んー……千年公が言うなら、しょうがないなぁ」

 

 目の前にあった中年太りの腹に抱きついて、抱っこしてもらう。そのまま千年公に甘えていたら、後ろで激しく水のはねる音がした。

 

 

「コイツァ大物だ!」

 

 

 ジョイドの釣り竿がこれ見よがしにしなっていた。瓶底メガネ男の死闘は数分続いて、釣れたのは鯉である。それをこなれた様子で丸焼きにし始めたパパ。何してんの? 

 

「千年公と……お前も食うか?」

 

「ダメだよ! 衛生的に──「いただきマス♡」………千年公!?」

 

 食べるの!? 本当に食べちゃうの千年公!!? 

 戸惑っていたら、男二人はすでに何匹か釣れていた魚も火であぶり出した。幻覚か、魚の目から涙が流れた気がする。

 

「なんだか美味そうなにおいがするのう…」

 

 どこからともなくワイズリーもやって来た。この子、今の時間はシェリル(デザイアス)とマナーのお勉強中じゃなかったっけ?

 

「フフン、逃げてきたのだ」

 

「知らないからね、怒ったデザイアスはねちっこいのに」

 

「その時は千年公に助けてもらうのう」

 

 その間も順調に調理は進んで、間もなくして焼き魚が完成した。

 

「どうぞ、マリア」

 

「わぁ! あっ、ありがとう千年公……」

 

 わたしには一番大きいものが渡された。

 

 

「うまいっ!」

 

 

 想像以上に美味しかった。思い返せばマザーの元を離れて各地をフラフラしていた数年の間に、同じようにワイルドな食生活を送っていたな。なつかしい。

 

 アレは生きるために必要なエネルギーを摂らなけれなばらなかったから、仕方なかった。今は貴族の家柄ということもあり、食に困窮することはない。

 

「のどに骨が刺さらないよう、気ヲつけてくださいネ」

 

「はぁーい!」

 

「すっかり子どもの姿が板についたのぅ、マリア…」

 

「中身はパパと同じくらいだもん!」

 

「フッ…」

 

 おいそこ、瓶底メガネの君、鼻で笑うんじゃない。絶ッッ対、「年齢詐称女」って思ってるでしょ? 

 ワイズリーも胡乱な目をしない。実際に今の体で生きた年月は二十年といくらかだもの、嘘は言っていない。

 

「ウエーン、パパとワイズリーが意地悪するよう、千年公!」

 

「フ、フフッ……棒読みすんな…!」

 

 ツボったらしいジョイドはむせたのか、途中で大きく咳をこぼす。魚の小骨が喉に刺さってしまえ。

 

 

 そうして四人で団欒していられるのも、あと少し。

 

 数分後、ガチ切れのデザイアスが襲来したことで、場は解散となった。首根っこを掴まれて回収されるワイズリー。ジョイドも池の魚を密猟した罪で怒られていた。

 

 千年公は注意された程度で解放されて、わたしと昼寝することになった。この時には所用でいなかったロードちゃんも合流して、二人で千年公のお腹の上で眠った。

 

 穏やかな午後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「ボクとダンスの練習をしよう!」

 

 マリアが舞踏会にはじめて参加する話を聞いたロードは、いの一番にダンスの相手を申し出た。今度のパーティーでは子供同士で踊る催しがある。

 

 中身は大人でも、子ども姿のマリアはもちろんこれに参加することになる。

 

「ボクが男の子役するから」

 

「ダンスかぁ…」

 

 マリアがお貴族のパーティーに出たのは、覚えている限りで数百年単位で前のことだ。淑女とは何たるかを心得ているが、過去の教養や知識が今でも役立つかと問われれば、要所要所だ。役立つ部分もあるし、役立たない部分もある。

 

 少なくともダンスの作法や技術は大きく変わっているだろう。ゆえに練習なしでぶっつけ本番というわけにはいかない。

 

「じゃあ今度のダンスの授業楽しみにしててね、マリア!」

 

 

 

 そしてダンスの授業初日。

 

 ダンスの指導はこの手の類に精通しているシェリルで、お貴族勉強のためにワイズリーも参加させられた。

 

 ロードは芭蕉服姿で、髪をオールバックにしている。一方でマリアはデコルテが強調された漆黒のドレスだ。下にいくほどその色に深緑のグラデーションが入り、動くたびに装飾された宝石がキラキラと輝く。

 

 事前にAKUMAが採寸した大きさで、寸分の狂いもなく製作された衣装。マリアのドレスはロードが選んだ。

 

 他にもいくつか見繕ったドレスがあくまで練習用なのだから、家柄の裕福さがうかがえる。

 

「ワイズリーが死んだ顔なのはどうして?」

 

「ここのところ、厳しく僕が貴族の作法を教えてるからだよ」

 

 シェリルはニコッ…と義理息子の方を見て笑う。芭蕉服でもターバンは相変わらずなワイズリーが頭を押さえた。

 

「はぁ、はぁ、おえっ……ず、頭痛がして来そうだ……」

 

「まぁ最近逃げてばかりだったからね、諦めなよワイズリー」

 

「辛辣なのだ、マリア…」

 

「ではそろそろ始めようか」

 

 

 最初はダンスの大まかな種類の説明が入り、その中でも社交界用のダンスの話に移る。

 

 最低限の技術を覚えるところからスタートして、お手本をロードと腰を下ろしたシェリルが見せて、それを真似る形でマリアは踊った。やはりうん百年前とは大きく違う。

 

「ロードちゃんと踊れてニッコニコだなぁ、デザイアス……」

 

「ののの? ロードとデザイアスの手本を見てから踊るなら、儂とマリアで踊れば良いのではないか?」

 

「ハァ?」

 

「マジトーンでキレるな、ロードよ」

 

 どの道踊るにせよ、ワイズリーとマリアでは身長差があり過ぎる。ロードとでさえマリアは小学低学年と高学年ほどの差があるのだ。

 

「マリア、もっとくっ付いていいよ」

 

「う、うん……あっ! ごめんね、靴踏んじゃった…」

 

「大丈夫、全然平気だよぉ。疲れたらいつでも言ってね」

 

 慣れない形での踊りと慣れない子供サイズの体で、マリアはミスを連発した。

 それをロードもワイズリーも微笑ましく見つめ、シェリルは写真機を片手に鼻血を流す。

 

「スゥー……フゥー……。芭蕉服姿も可愛いなぁ…さすがボクの愛娘……少女二人で踊る姿は絵になるなぁ………」

 

「その少女二人の空間をぶち壊しにするな、義理父(オトウサマ)

 

 なおも「パシャ! パシャパシャシャシャッ!」という音が授業の終わりまで続いた。

 

 くたびれたマリアは肉体に引きずられて、とうとう眠ってしまった。仕方なくシェリルが抱っこして、ロードが横に続く。ワイズリーはその後方で写真機を持ちながらゆっくり歩いた。

 

 眠る少女をチラチラ覗きこむロードに、シェリルは前々から思っていたことを尋ねる。

 

「ロードは本当にこの子が好きなんだね」

 

「うん。千年公と同じくらい大好きだよ」

 

 それは言い換えれば、「メチャクチャ好き」ということ。

 ノアのメモリーの『(デザイアス)』らしく嫉妬心を浮かばせるシェリルに、ロードは子供らしからぬキレイな微笑みを見せる。

 

 

「ダメだよぉ、お父様。お父様がボクのことだ〜い好きなのは知ってるけど、マリアのこと傷つけたら絶対に許さないからね」

 

 

 そう言って、ロードは空いている方のシェリルの腕に抱きついた。

 今度はあざとく、あどけなく笑う。

 

「もちろんお父ッ様のこともだ〜〜い好き!」

 

「はぅ…! 僕の愛娘がこんなに可愛い!! ワイズリー、ボケっとしてないで今この瞬間のロードを撮るんだ!」

 

「人使いが荒いヤツだの…」

 

 パシャと音が鳴り、一見すれば娘二人と父親の仲睦まじい光景が撮れる。

 写真機から出たその一枚をじっと見つめたワイズリーは、男の腕の中で眠る少女の姿を見つめた。

 

 幸せそうに、眠っている。

 

「どうしたんだい、ワイズリー?」

 

「……何でもない、デザイアス」

 

 ターバンを目元まで下ろし深い息を吐いた青年は、目をつむった。

 

 あぁ、なんて穏やかなのだろう。彼らはこの世を破滅(デス)に導かんとしているのに。

 

 魔眼の瞳からこぼれた雫が布に滲んだ。

 

 

「憎いぞ、神よ」

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 舞踏会当日。前日からソワソワしてあまり眠れなかったマリアは、侍女AKUMAに朝から入浴やら化粧やら着替えやらで、お昼を迎える前に一度おやすみの世界に入った。

 

 AKUMAは相手がノア様ということもあり、オロオロして起こせずにいる。

 そんな中、ひと足先に身支度を終えたロードが部屋に突撃した。そして眠る少女の姿を見るなり声を荒げる。

 

「今日の主役はマリアなんだよ! 寝ちゃダメだって!!」

 

「ムニャ………雲は全部わたあめでできてるの!?」

 

「んもう〜! 幸せそうな夢見てないで、起・き・て!」

 

 ワイズリーや双子あたりだったらしばいて起こすが、ロードは能力を使って雲をムシャムシャしていたマリアを夢から引きずり出した。

 

「……んん? おはよう、ロードちゃん」

 

「もうこんにちは、だよ」

 

「うん、おやすみ……」

 

「だから寝ちゃダメだってば──ッ!」

 

 結局おやつ時までマリアは起きず、馬車で会場に向かう際も呆れた様子のティキの目の前で眠っていた。

 

 今回舞踏会に参加するのはキャメロット夫妻とその娘(シェリルとロード)。それにティキとマリアに千年伯爵だ。

 

 ワイズリーは留守番だった。まだ人様の前に出せるような仕上がりではない。何せ少し前までホームレスボーイ(ノアに目覚める前)である。

 しかも数千年分の知識があるくせして、この男は究極のズボラーだった。

 

 

「起こさなくていいんスか、千年公?」

 

「着いてからでいいでショウ」

 

 馬車には相席で千年伯爵も乗っている。伯爵が視線に映しているのはマリアだ。

 一応義理父ではなく伯爵の膝を枕にして、少女はすやすやと寝息を立てている。

 

 当日の彼女の衣装は、淡い桃色のドレスだ。胸元で一段と輝く大きなルビーは少女の瞳の色に合わせたもので、勝るとも劣らぬ輝きを放っている。

 

御髪(みぐし)が乱れてしまったので、後で直さないといけませんネェ」

 

「呑気なヤツだな、誰のためのパーティーか分かってんのかねぇ」

 

「ティキぽん、その口調もしっかり直してくださいネ♡」

 

「…はいはい、分かってますって。いつも通りにやらせていただきますよ」

 

 マリアはティキ・ミックの義理娘ということになっているが、その後見人は千年伯爵という設定になっている。

 本来なら伯爵の養子になるはずだったが、マリアがティキを選んだことでこのように少々複雑なことになった。

 

「着いたぞー、かわいいけどかわいくない俺の義理娘ちゃん」

 

「う゛うぅ………」

 

「おい、仮にも父親の手をはたき落とすなよ」

 

「マリア、着きましたヨ」

 

「うーん……」

 

 千年公が揺り起こすと、ようやく紅い目がのぞいた。血のようなその色が辺りをキョロキョロと見回して、そこが馬車であると理解したようだ。

 

「もう着いたの? ってことは、今は夕方近いのか…」

 

「会場に入ったら、一旦髪を直しましょウ」

 

「え? …あはっ、本当だ! ボッサボサー!」

 

 窓にうっすら映った自分を見てマリアは笑う。その後ティキに手を引かれて会場に入った。

 

 彼ら(ノア)専用の休憩室では、伯爵の指示を受けた侍女AKUMAにより、少女の乱れた髪があっという間に直される。

 

 その間、後から着いたキャメロット一家が登場する。マリアはスカートの裾をつまみ、貴族然とした会釈をした。

 ノアではないキャメロット婦人がいるので表面上を繕った彼女だが、せっかくの挨拶はロードの突進で中断される。

 

「ぐえっ」

 

「ティッキーより様になってるよ、マリア!」

 

 直された髪が再度乱れ、ロードは謝ってから夫妻とともに部屋を出て行った。

 そして所用でいなかった千年公とティキが戻った頃に、今度こそ髪の直しが終わった。

 

「時間がかかり過ぎてねぇ?」

 

「女性の用意は時間がかかるものなんですヨ、ティキぽん」

 

「いや、抱きついたロードちゃんにグシャグシャにされて…」

 

「「………」」

 

 二人の同情のまなざしがマリアに刺さる。

 

「それよりそろそろ時間でしょ? 行こう行こう」

 

「途中で寝るなよ、頼むから」

 

「たっぷり寝たから大丈夫だよ、パパ」

 

「ハンッ、どうだか」

 

 

 

 パーティーはそして滞りなく進み、ダンスの時間になった。大人たちが見守る中、緊張したり純粋に楽しんだりと、子供たちは演奏に合わせて華やかに踊る。

 

 それぞれのドレスが動きに合わせてふわりと舞う様は、さながら色とりどりの花が咲き誇るような鮮やかさだ。

 

 マリアもロードも相手を変えながら、次々と踊っていく。

 練習では失敗の多かったマリアも、相手の靴を踏む──というような大きな失態を犯すことなく無事に踊り終えた。

 

 あとは食べるなり、飲むなり、談笑に花を咲かすなり、自由な時間だ。

 

「んー……」

 

「…あら? ミック侯、どうやら桃の妖精さんがおねむの様ですわ」

 

「おや、本当ですね」

 

 義理父の隣で愛想よく振る舞っていたマリアは、船を漕ぎ始める。

「やっぱジョイドの敬語超似合わない…」と思いつつ、寝ぼけてそれを言葉に出すことはなかった。

 

 

「我輩が連れて行きましょう」

 

 

 どうすっか、と悩んでいたティキに救いの手を出した千年公。

 小さな体を抱き上げて、そのまま星がちらつくバルコニーへ出た。夜風に当たれば、少しは眠気も覚めるだろう。

 

 対し残されたティキは娘がいなくなったことで、一気に女性たちに囲まれた。事情があってティキがマリアを引き取ったことになっているので、そこらの話を詳しく知りたい婦人や、その美貌に惹かれる令嬢たちの餌食になったのである。

 

「すごいねぇ。義理娘とは言っても、娘がいてあのモテっぷりとは」

 

「逆に前より増えてる気がするなぁ〜」

 

 それを遠くから愉快そうに見ていたシェリルとロードの助けが入ることは、ついぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

「…あれ、また寝ちゃった?」

 

 冷たい風が肌を撫で、その感触でマリアは目を覚ました。

 

「ごめんね、千年公。最近何だかすぐ眠くなっちゃうんだぁ」

 

「構いませんヨ。寝る子は育つと言いますから」

 

「……千年公、わたしの精神年齢覚えてるよね? 見た目そのままの子供じゃないからね?」

 

「我輩の養子にしたかったんですケドねェ…」

 

 伯爵はまだ養子の件を引きずっているらしく、あからさまにしょぼんとする。

 

「言ったじゃん、千年公の養子になるのは嫌だって。でも千年公が嫌いだから断ったわけじゃないからね? むしろ大好きだから」

 

「じゃあ何故ですカ?」

 

「なぜって、そりゃあ、えぇと……」

 

「………」

 

「あぁもう、悪役がそんなすぐに落ち込まないでよ!」

 

 そもそもティキ・ミックの養子になったのも、ネアに似た男の反応見たさという、大分捻くれた理由があったからだ。

 反対に千年公の養子が嫌なのは、我が子のように扱われたくないから。

 

 イヴはアダムの骨から作られた。彼女はアダムの分身であれど、子ではない。

 

 子というのは、女の胎から生まれるものだ。男の肋からは生まれない。

 それが人間という生命の在り方だ。

 

 

「わたしはね、千年公の家族でありたいけど、子供じゃ嫌なの」

 

「……兄弟がいいということデスか?」

 

「兄弟は違うよ。千年公ってみんなのパパポジションじゃん」

 

「では………何でしょう?」

 

「ふふ…さぁ、何だろうねぇ」

 

 マリアはとぼけて見せて、考え込む千年伯爵ににんまりと口角を上げる。

 

 バルコニーには二人以外に人はおらず、背後から煌びやかな光が眩しいくらいに差し込む。

 中の様子をうかがった少女はその光に目を痛めて、何度か瞬きを繰り返した。

 

「寒いなら上着を貸しましょウ」

 

「大丈夫だよ。ちょっと下ろして」

 

 優美な合奏が流れ込んで、外の冷えた空気に溶けていく。雲に遮られぬ月明かりがやんわりとマリアを映す。

 中の華やかな明かりから逃れるようにして暗闇へ踏み入れた少女は、一瞬夜の色と混じって姿を消した。

 

 驚いた千年公が慌てて一歩前に出る。

 

「マリア…!?」

 

 だが、次の瞬間には弧を描いた紅い瞳がまた光の中に佇んでいた。

 

 深淵に染まるドレスをまとい、その闇と交わらぬ白い肌がやけに妖しい。

 長い、金とも銀とも取れる白い髪が揺らめく。

 

 ぺたりと、素足が地面に触れて、中の光を遮るようにその足元から伸びる影が中と外を分断した。

 そこが、二人だけの空間になる。

 

「……マリアなのですか?」

 

「ふふふ……どうだろう。元の自分の姿なんて、どれが本当だったか覚えてないから。でも、今はこの姿がいいと思ったのよ」

 

 数えきれないほど姿形を変えて、聖戦の裏に潜んできた。

 確かなのは性別が女ということだけで、あとはひどく曖昧だ。

 

 

「踊りましょ、千年伯爵」

 

 

 微笑んだマリアに虚をつかれた表情だった伯爵は、膝をついて、白いその手を握る。

 

「踊りが下手でも、笑わないでくださいネ?」

 

「どうかしら。それは千年公のエスコート次第よ」

 

 クスクスと少女のようにマリアは笑い、促されるままゆったりと踊り始めた。

 瞳を閉じればかつて同じように男と踊った記憶がよぎる。

 

「そう言えばマリアは、「マリア・ミック」にするのですカ?」

 

「……あ、待って、ちょっと鳥肌立っちゃった」

 

「え?」

 

 何だ「マリア・ミック」って。いや、養子になるのだから仕方ないだろう。ワイズリーだって正式に言えば、キャメロット家の養子だから「ワイズリー・キャメロット」だ。

 

「というか「マリア・ミック」以外に選択肢があるの?」

 

「……? マリアの本名は「イヴ・マリア」でしタよね?」

 

「えっ? あ、あー………そうね。覚醒した時、一度本名を名乗ったわね」

 

 これまで言及されたことがなかったので、すっかり彼女も忘れていた。

 あぁそうだ確かに、棺の中で目を覚ました時に、「Eve(イヴ)Maria(マリア)」と名乗っている。

 しかしてこれは両方名前のようなものだ。

 

 もっと正確に言うなら、「イヴ」が本名で、「マリア」が彼女のメモリー名だ。

 

「…うん。マリアでいいわ、マリアで」

 

「「イヴ」という名は、あまり好きではないのですね」

 

「……呼ばれたくないだけよ」

 

 一番「イヴ」と呼んで欲しい相手は何せ、そのイヴのことを覚えていない。

 そしてこの先も思い出すことはないだろう。それだけはマリアにも分かる。完全に壊れたものが元に戻ることはないのだから。

 

「ねぇ千年公、まだ踊りの途中よ」

 

「おや、そうでしたね」

 

 パーティーが終わるにはまだまだ時間がある。だからその終わりまで、楽しめばいい。今、この瞬間を。

 

 

「────あぁ」

 

「…? どうしたの、千年公?」

 

「いえ、もしかしたら、と思っただけです」

 

 

 家族であるけれど、親と子供ではない。兄妹でもない。なら、その家族とは何を指すのだろうか。

 

 白い髪に触れた伯爵は、眉を下げる。

 

「困りましたネェ」

 

「ほら、困っちゃうから言わなかったんだよ。それより踊ろうって」

 

「フフ、分かりました」

 

 そして最後に疲れて幼体に戻った少女は、伯爵の腕の中でうつらうつらとした。

 

「千年公、もし寂しくなったら、空を見てね」

 

「空ですか?」

 

「そう、空。いつでもわたしが見守ってるから」

 

「…マリアが死ぬ前に、我輩がこの聖戦を終わらせて見せまショウ。ですから今は、ゆっくりお眠りなさい」

 

「ふぁ〜い…」

 

 月夜に照らされて二つの影が映し出される。

 

 

海の星(マリス・ステラ)」が、二人をのぞいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もどこかで、聖マリアを讃える讃歌(イムヌス)が歌われていることだろう。

 

Ave Maris Stella(アヴェ・マリス・ステラ)(めでたし、海の星)』。

 

 海の星は人々を見守っている。これまでも、これからも。

 

 ゆえに我々は祈りを捧げましょう。神は貴女を祝福しています。

 

Ave Maria(アヴェ・マリア)」──────こんにちは、マリア。

 

 

 ずっと貴女は、人々を見守っていることでしょう。

 

 聖戦が終わった先も、悠久を歩み。

 

 ひとりで孤独に、見守り続けていることでしょう。

 

Ave Maria(アヴェ・マリア)」──────おめでとう、マリア。

 

 神は貴女を愛しています。

 

 

 

 さぁ、祈りましょう。

 

 聖母マリアに少しでも、救いがあらんことを。

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