そして胸に滾っている情熱がある。
書きたい理由はそれで充分でした。
岩傘調は惚気たい
教員室で印鑑を貰い帰ってくると、許嫁が生徒会長の弁当を食べていた。
それを怨霊のような目付きで睨む副会長もセットである。
会計は……今日は不在らしい。
「ハンバーグにタコさんウインナー、白米とお味噌汁……、美味しいです……!」
「ははは、そうかそうか、そう言ってくれると作った甲斐があったというものだ!」
「(死ねばいいのに)」
「あー、えー、……どういう状況?」
耳に届いた、最後のぼそっと呟かれた一言を意図的に無視して、生徒会室に踏み込んだ。
お昼時。午前中の授業が終わり、午後の授業が始まるまでの1時間。やたらと仕事が多い生徒会の面々は、此処に来て様々な書類を裁きながら昼食を取る。今日もその流れだ。
応接机の上に広げられているのは、小さな手弁当が一つ、水筒が一つ。
白米に振りかけ、ハンバーグにたこさんウインナー、卵焼き、野菜とシンプルな内容である。子供心をくすぐる、母の味を彷彿させる、男の子なら絶対好きなお弁当。僕もちょっと心が躍る。
「調さん調さん! 見て下さい、会長のお弁当! 可愛くて美味しいんですよ! しかもですね、ご飯を口に入れてお味噌汁を飲むと、口の中でぱーっと解けて……!」
「……ああ、ふうん? ……そういう事か」
副会長の目がすっごいことになっている理由も、自分の機嫌が傾いたのも分かった。
当の本人はハテナマークを頭に浮かべている。
彼女の名前は
「? 何かありましたか? 難しい顔してますよー?」
「……。……かぐや嬢、説明をしても良いでしょうか」
「ええ、お願いしますわ。どうやらお二方とも自覚がないようですので」
氷のような目で微笑む副会長、
「藤原書記。さっき使った箸と、口を付けた水筒のカップは、誰のものだい?」
「そりゃー会長のですよ」
「うん、それだよ。それ」
思わず感情が高ぶったのは悪くない。僕は悪くない!
「間接キスって知ってるか! 藤原千花さんや!?」
「え? ……あー、そーいえばそうですねえ。うっかりしてました」
「いいかい? かぐや嬢が怒っているのは、生徒会で不純異性交遊が行われないかという心配だ。そして僕が怒っているのは――」
特に恥じるようすもなく、ノーテンキにふわふわ笑っている藤原千花。
昔からこんな具合だ。その都度その都度、僕の心は複雑になる。あー畜生、全然わかってねえ。
僕の顔を見て、暫し考えていた千花は、やがて結論が出たらしい。
「分かった! 嫉妬しちゃいました?」
「するわ!」
「やだー、嬉しいかもしれませんよこれ」
僕の内心を言い当てて、問いを投げた。勿論、肯定した。
当の本人はわあいとか小躍りしそうな感じで喜んでいる。
かぐや嬢の本音も、多分嫉妬なのだが、それは口に出さないで、一般論として語っておく。僕の言葉は、彼女のお眼鏡にかなったらしい。ストレートに下手を言うと石上会計みたいに地雷を踏むのでちょいとばかり気にしないといけないが、もう慣れた。
「慎みを持てとは言わない。千花さんは千花さんのままでいい。いや、ままが良い。でももうちょっと……こう……男子の目線を気にして! 頼むから……! 勘違いさせるタイプだって自覚して!」
「そんなに心配しないでも大丈夫ですって。会長はそんな人じゃありませんし」
「んなこた知ってる! だけど僕が! 気にするの!」
「ちょっと過保護じゃないですかー?」
「そんなことは無い! 千花さんに何かあったら僕は凄く悔やむし悔しいぞ! 雑草みたいな男子は沢山いるんだからな……!? 放したくない! 分かる!?」
「……そ、そこまで情熱的に言わないでくださいよぉ、恥ずかしいです」
「あ、うん。僕も冷静になったらかなり恥ずかしい言葉だった」
「お前たちもう少し静かにしろ。此処はラブコメの場所じゃない」
我らが生徒会長:
後更に言えば「ヤベエ四宮に笑われるんじゃないか!?」という不安であろう。
彼の頭の中では「そこまで慌てふためいて案外初心なのですね会長、お可愛いこと」と、かぐや嬢が笑っているに違いない。
あの生徒会長は、かぐや嬢の事を気にしている。だから藤原千花に、恋愛感情を向ける事は無い。のだが! あんまりいい気分じゃないのだ。
「しょうがないですねー、それじゃあ、一緒にご飯を食べましょう。で、私が「あーん」してあげますよっ。……なら良いですよね?
「よしそれじゃお昼にしようか」
にこにこと微笑む、彼女のその一言で僕はあっさりと意見を翻し、機嫌を直して隣に座る。
いやあ彼女の天然な奔放さには困ったものだ。毎回こうして注意してもうっかりのミスをする。鞄から二段重ねのお弁当を取り出し、作ってくれた母に感謝して、頂きます、と蓋を開ける。
色取り取りのおかずを前に、さっきまでの苛立ちはどっかに消えていた。
承知しているように、箸は二揃えが入っている。
「おー今日は俵のおにぎりは2種類ですね! お茶……新茶ですかね?……それと」
「鳥飯だな。はい、箸とおしぼり。旬の食材が多いから美味しく食べようか。デザートには千花の好きな苺タルトも用意してある」
「さっすが調さんのお母様! やりますね! いただきましょう!」
互いに盛り上がって風呂敷を広げ、揃いの作りの箸を取る。
仲睦まじい僕と彼女の姿を羨んだのか、背後から氷柱を背筋に突っ込むような、怒気では言い表せない視線がぐさぐさと突き刺さってきた。
これは、かぐや嬢の視線だ。間違いなく嫉妬の目だ。しかし、……甘いな。
隣に千花が居る僕は無敵だ。
更に言えば、僕が居ないとどうなるかの想像も、かぐや嬢なら十二分に把握している。
故に、目線は、コワクナイ。
いや本当に怖くないから。足とか震えてないから。この震えは武者震いだから!
「調さーん、はい、あーんしてください」
「……あーん」
「美味しいですかー? 美味しいですよね。後で私にもして下さいねー?」
「………おう」
隣人で、幼馴染で、クラスメイトで、隣の席で、そして許嫁。
彼女:藤原千花の差し出した箸に、僕:
すっげー美味しかったのは、料理の味だけが理由ではない。
◆
恋愛において!
惚れた方が負けである!
故に先に「惚れている」と告白することは敗北を意味する!
それは己のプライドが許さない……!
……というのが、どうやら我が生徒会のトップ二人。即ちが生徒会長:白銀御行と、副会長:四宮かぐやのポリシーらしい。まあ、なんとなく言いたいことは分かる。『告白した』という事実を相手が握っている場合、それをカードに脅迫、もとい交渉は十分にできる。
彼ら自身はそんなことはしない人間と品格を兼ね備えているが、相手はしてくるかもしれないと考えているらしい。全く持って面倒くさい思考だなと思う。
「見て、生徒会のお二人よ。何時見ても気品に溢れた御姿……、お近づきになりたいですわ」
「お似合いですもの……。ひょっとして交際なさっているのかしら……」
廊下を二人が揃って歩けば、密やかに生徒達が目を向け、今日も今日とて妄想に耽っている。
それだけ見れば、ただの高校生達のワンシーン。……なのだが!
ここは、私立秀知院学園である!
明治時代、貴族や名士達の学び舎として造られたこの学園は、既に100年もの歴史を誇り、卒業生には名立たる逸材が揃っている。同級生と出会うのが国会だったり国際会議だったりというのだからふざけた話。通う生徒も殆どが社会カースト上位陣。
副会長を務める四宮かぐや嬢。かの四大財閥の跡取り令嬢であり、帝王学まで収めた才色兼備。
そんなかぐや嬢が、かなり対等に見ている会長――白銀御行氏は、外部からの中途編入生であるにも関わらず、試験総合成績トップの超秀才。苦学生でありながらも無遅刻無欠席を取り続け、意外と多い様々な欠点を努力し続ける、まさに執念で食らいつく男。マジ凄い。
「おい、あれ藤原書記だよな……。隣に居るのが……」
「岩傘調だ。……くっそぉ、俺らのアイドルの隣に居やがって……」
「仕方が無いだろう昔からの許嫁なんだ……。やるなら闇討ちにしようぜ……傭兵雇って……」
さておき、そんな秀知院である。が。
前を歩く二人を見て、その背後を歩く僕ら二人を見る視線、どちらも憧れと憎しみが半々だ。
――アホばっかりじゃねーか!
正確に言えばあれだ。どんな格式高い学校でも、所詮は皆、若者、高校生と言う事だ。
学園の生徒は揃いも揃って社会カースト上位とは話したと思う。その通り、保護者の上層部になると、某ヤクザの一人娘とか、宗教法人のトップの娘とか、警察官僚の子供とか、国際団体の一員の子供とか、本物の王位継承権持ちとか居たりする。
隣にいる藤原千花とて、曾祖父が総理大臣、叔父が省大臣という政治家一家。
一応僕も「そういう人々の範疇」に入っているようなのだが、それはそれ、これはこれ(実家の家業について内心複雑なものを感じている僕である)。
そんな連中が大真面目になって、生徒会の人間の諸々に反応しているのは、親しみを感じるが、呆れもある。まあ悪意が少ないのだけは幸いだ。
中には御行氏へ心無い感情を抱いている人間もいるようだが、不動の成績一位を前には何も言えない。あれで中々、彼は社交的であり、不満を持っていない大多数の人間とは仲が良いのである。
嫉妬が混ざった僕への悪意は多いようだがな!
「噂されてますねぇ」
「そうだねー」
「大丈夫です! 調さんとの関係は壊れませんよー!」
「そうだねー」
「何かあっても、全力で返り討ちにします! ……あ、そういえば今度のお休み、お父さんが調さんを誘って釣りにでもどうかって話してました。予定空いてますか?」
「勿論行くよ?」
「「「畜生、あいつ藤原さんと腕組みやがって……!」」」
藤原千花は人気がある。お陰で、男子達が色付く中等部時代から今に至るまで、僕への殺意は鰻登り。今も怨嗟の声が聞こえている。
だが無視! そんな悪口は通じない! 返事がおざなりなのはしょうがない。だって今ほら、腕組んでるし。肘の部分に千花の豊満な物が当たってるし。柔らかくて暖かいんだよ、気も散るって! そっちに意識向くじゃん!
まだ性別の垣根を意識したことがない昔から、彼女とはこうして仲良く過ごしていたが……。最近ではすっかり女性らしくなってしまって、いや本当、色々ドキドキするね。
視線を感じながら生徒会室に向かって足を進める。前を歩く二人の背中を見て、聞こえないように小声で言った。
「個人的にあの二人、とっととくっついて欲しいんだよな……」
「え、なんでですか?」
「そりゃあ」
口から言おうとした言葉が、一旦、途切れる。
学園の皆は関係を周知しているから隠すような話でも無いのだが――のだが、しかし、口に出すのは少々恥ずかしい。公衆の面前だし。
「なんでですかー? なーんでーでーすーかー? ですかー?」
僕を下から覗き込むように見つめる瞳。長い髪がふわっと揺れて微かに顔に触れる。
その顔は怪しいニマニマした笑顔だ。明るい天然の笑顔とは一風変わった、悪戯をするような顔である。女子は幾つもの顔を持っているというが、彼女のこういう顔には、弱い。
観念して、そりゃあ、の続きを告げる。
ここは学院の廊下で、壁際には大勢の生徒が並んでいるのだが――。
「そりゃあ、……僕が千花といちゃつけないからな……」
「えへへー、だからいーちゃんは好きですよー」
最後の方は、聞こえる程度の声で、会話をすることになった。
そのやり取りで、聞いていた女生徒が顔を赤く染めてひそひそと囀っていく。千花は人気がある。男子が余計な茶々を入れないように常に牽制はしておかなければならない。そしてそんな事情を差し引いても、公衆の面前で惚気るのは、恥ずかしいと思いこそすれ、決して不快には思わないくらい、僕は彼女にぞっこんだ。
僕と彼女:藤原千花は、許嫁である。
年齢も一緒。幼稚園に入る前から顔を合わせている幼馴染である。
恋愛において告白した方が負け、惚れた方が負けという言葉は確かに一理ある。
しかし敢えて言わせてもらおう。
僕の人生、もうこれ大勝利で良いんじゃないか? と。
◆
この物語は、恋愛頭脳戦を繰り広げる生徒会の二人を、時に激励し、時に応援し、時に呆れた目で見つめつつ、全力で藤原千花と惚気合いイチャイチャすることを目指す――
――僕、岩傘調の、記録である。