幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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気合を入れて書いたら過去最長になってしまいました。
日間ランキングを見て驚いた。応援ありがとうございます。


一学期:挑戦する日々
岩傘調は甘えたい


 一線を超えるタイミングというのは、実はちょこちょこ日常に転がっているらしい。

 GW(ゴールデンウィーク)。そのとある一日にて。岩傘家のベッドにて、丁度、押し倒される格好になった二人が居た。勿論片方は僕、岩傘調。もう片方も、勿論、藤原千花だ。

 僕の息が荒い。微かに汗を掻いているのが分かる。真新しいシーツの上、僕は上半身に何も着込んでおらず、ともすればこのまま脱力してしまいかねない状態だった。

 

 どうしてこうなったんだっけ?

 

 床には色々な雑誌、漫画、単行本が散乱している。その何れも、肌色の占める面積が多い、可愛いまたは美しく――そして非常に煽情的に描かれた少女達が飾る表紙だ。所謂エロ本である。

 そう、これを千花が見つけて……。

 霞が掛かったように、ぼんやりと思考をする。

 そう、あれは確かGWの前日に遡る……。

 

 ◆

 

 予兆は、あったのだ。

 今年のGWは、金土日を三連休があり、その後月火水木が平日四日間を挟んだ後、金土日が再び三連休。月曜日を挟んで、火水木が三連休。金曜日を挟んで土日が二連休だ。

 三日休み・四日平日・三日休み・一日平日・三日休み・一日平日・二日休み。

 で、世間では最初の「四日平日」だけは通常運転が多い。岩傘、藤原両家の父親も、四日平日を纏めて休むわけには立場上行かず、旅行そのものは後ろ十日間に決定した。

 我が秀知院も、世間の企業と同じく、GWの開始は四日平日の後……つまり4月29日から。

 

 この最後の平日:四日間、僕は妙に調子が悪かった。

 毎日普通に過ごすが、なんかこう……違和感があった。

 千花が居ない間、若干能率が落ちた分のタスク回収を急いでいる時も、今一、振るわなかった。

 

 千花と会話が減って僕が寝付けなくなったのは、この先週の月曜日。

 

 憂さんの言葉通り、僕はかなりのロングスリーパー体質で、どんな時も睡眠時間をしっかりとらないと体調を崩す。流石に高校生にもなると徹夜一日くらいならセーフだが、初等部の頃など、徹夜をしたら必ず翌日は動けなかったくらい、睡眠時間を身体が欲してしまう。

 超ショートスリーパー型の御行氏の事はかなり羨ましい。とにかく僕は寝不足で、体の免疫機能は低下していたし、自律神経もちょっと乱れていた。

 

 次に、気の緩みがあった。ラブレター騒動は千花の自作自演だったわけだが、それはかなり僕の精神に負担をかけていて、千花とハグしてテンションが上がったあの瞬間、身体のセーフティ機能がちょっと緩んだ。

 

 最後に環境があった。四月とはいえあの日は最低気温に近く、しかも夜の手前。僕は長時間、曇った寒空の下で様子を伺っており、しかも待機場所は日陰&風通しが良いという二重コンボ。

 

 その影響が遂に出たのは、GWが目前の水曜日だ。

 僕は見事に風邪を引いた。金曜日からGWでバカンスだというのに、風邪を引いた。

 

 ちょっとの微熱なら無理やり着いて行っただろう。

 だが39度近い高熱となれば話は別。如何に座席がファーストクラスとは言え乗客に迷惑だし、向こうに付いても観光出来ず寝ているだけ。下手したら悪化まである。事実、今日まで僕は高熱が続き、仮に飛行機に乗っていたら間違いなくアウトだった。

 病院の医者曰く『重症ですが風邪ですね』。

 薬を貰い、点滴を受け、僕は只管に寝込んだのである。

 

 僕に気を使い『バカンスはまた今度にしよう』と大地さん万穂(まほ)さん(こちらを紹介するのは初めてかな。千花のお母様だ)は提案してくれたのだが、それは断った。子供達だけで旅行に行くならまだしも、我が家も藤原家も、親は多忙な身。夫婦揃っての旅行すら年明けを抜けば今年初というレベル。頑張ってスケジュールを調整してくれたのに申し訳が立たない。

 

 豊美さん萌葉ちゃん+僕の妹も楽しみにしていた。『圭ちゃんも一緒なら良かったね』とまでいう始末。お前らそれ、かぐや嬢の耳には間違っても入れるなよ? 俺が怒られるからな?

 キャンセル料金くらいは負担するのに問題無い富裕層だが、時間は金では買えないのだ。

 お土産、期待しています――と僕は笑顔で(若干熱で壊れていたのは否定しない)送り出した。

 

 とはいえ、全部が全部、不幸と言う訳ではない。

 

 「あ、いーちゃん、起きましたか? 何か食べれますかー?」

 

 千花が、僕の看病に残ってくれたのだ。

 僕が風邪を引いた事に若干負い目を感じている様子。気にしないで良いのに、と言ったのだが、千花が気にすると主張。ならば……と看病をお願いすることにした。

 猫の手も借りたかったのは、本当だ。

 

 今、この家には、僕と彼女の二人しかいないのである。

 

 ◆

 

 藤原家は我が家より何倍も広いので、留守を預かる使用人さんが居る。

 そして実は、藤原家は我が家の隣家だ。

 学園での席は隣だが、家も隣同士。付属幼稚園通いの頃は、庭を経由して遊びに行っていた。

 敷地や立地、間取りの関係上、車で移動するとぐるっと周囲を大回りするのでちょっと時間が掛かるが、互いの庭を突っ切れば二分掛からない。走れば三十秒だ。公道に出る必要すらなく、安全に往復が出来てしまう。それでも不安なら藤原家の警備員さんを呼んで、敷地の境界線まで来て貰えば完璧だ。

 

 ……僕は今回、だからこそ安心して、彼女の看病に甘える事にした。

 数分の場所に彼女の家があるからこそ、彼女を心配せずに世話になれる。

 

 向こうの使用人の皆さんは、大地さん万穂さんの影響を受けて、千花がこっちに出入りするのを当然のように受け取っているし、僕が訪ねて行っても何時でも歓迎ムード。

 看病と言う名目で、僕の家に泊って行っても、笑顔で送り出すような人々である。

 次女の貞操の心配も、あんまりしていないらしい。僕が手を出したら絶対に責任を取ると承知しているからだろう。

 

 「起きれますか? 熱、まだ結構、あるみたいですね……」

 「……熱は、まだ、大丈夫。……喉が痛くて会話が辛いのと……。関節にキてる……、ぅっ」

 

 返事をした瞬間、喉の痛みで涙が出た。頭痛そのものはまだ我慢できる。だが扁桃腺が真っ赤で、食事は疎か、水を飲むのも苦労する程に痛い。

 肘、膝、腰、肩などの疼痛も酷い。身を起こすのに気合が必要だった。

 千花の手を借りて、上半身を起こす。怠い。重い。動きたくない。

 

 「汗びっしょりです……動けますか? シーツ、交換します。寝巻きも替えた方が良いですね。ちょっと待って下さい、今、服の準備をしますからね」

 「……ん、御免、お願い……」

 「はい。じゃあ、ちょっと椅子まで行きましょう。肩貸しますよー」

 

 藤原千花は、意外と母性的だ。困る子供にこそ保護欲をそそられるタイプ。

 情けないが歩くのも辛い。千花に肩を借りて、近くの椅子に腰かける。ベッドの傍らに置いてあったペットボトルのスポーツ飲料は温くなっていた。どうもかなりの時間、寝ていたらしい。

 

 時刻を見れば、もう16時を回っていた。

 窓から差し込んでいた日差しは、朝ではなく夕方の西日だった。――寝込んだのが昨日の……何時だっけ? 何回か目を覚ましてトイレに立った記憶があるような、無いような。寝ていたのか、呻いていたのかも、覚えていない。

 

 僕がぼんやりしてる間に、千花は手早く動いていた。

 ベットからシーツを剥ぎ取り、新しいシーツに交換。同じように汗で濡れた枕カバーも交換。寝床を整え終わると、そのまま勝手知ったる僕の箪笥を漁り、新しい寝間着と下着を引っ張り出す。最後のはどうなんだ……と思ったが、突っ込む余力もない。

 

 「憂さんから聞いておいたんです。安心してください、私は家事とか得意ですから」

 「……分かった……、お任せする……」

 「あーこれ、かんっぜんにダメですね。何時もならもっと気力ある返事があります」

 

 憂さんの手で綺麗にアイロン掛けされていた寝巻と下着を取り出すと、千花は一回、シーツを抱えて外に出て行った。足音と物音から洗濯機に向かったのだろう。

 そしてすぐに戻って来る。戻って来た千花の手には、お湯の入った洗面器と、タオルが抱えられていた。……何をしたいのか察したが、逆らう気力は無い。自分で風呂に入る元気も無い。

 

 「……昔、こういうこと、あったよね。……ペスの時……」

 「ありましたねー、……あの頃から、いーちゃんは変わってません」

 「……育ってないかな?」

 「そういう意味じゃないですよ。ベタな反応、しないで下さいってば、もう」

 

 ぺしぺし、素肌を叩く彼女のツッコミも心なしか穏やかだ。

 

 「頑張ると無理するタイプなんですから。……ごめんなさい、無理、させちゃいました」

 「……貸し一つ。……今度、どっかで返して。それで良いよ。……僕は千花が、自分を責めるところとか、見たくないから」

 

 上半身を脱ぎながら(脱がされながら)、ふと思い出す。何年前だっけ、小学校の低学年の頃だから……七年?八年?……そのくらい……だな。その時も、こんな事をやっていた。

 かなり汗でべた付くシャツを脱がされた後、ぎゅっとタオルが絞られた。そしてそのまま首、背中、脇腹と拭かれていく。その手付きがに迷いがない。思わず尋ねる。

 

 「……恥ずかしくない?」

 「恥ずかしいですよー……。でも、……こう……なんというか、こそばゆい、って言うんでしょうか。何時もみたいな熱い感じのラブじゃなくて……、……じんわり来る感じのラブです」

 「分かる気がする。……前は、自分でやるよ、貸して?」

 「はい。下も自分でお願いしますね。――と、誰か来たようです。出てきます」

 

 リンゴーン、とチャイムの音が鳴った。知り合いの殆どは、僕がバカンスに行っていると思っている筈だ。となると宅配便とか営業とか、そういう奴だろうか……?

 何時もより四半減くらいで回っている思考で、必至に手を動かす。何とか着替えが終わり、真新しい衣装で、綺麗なシーツに倒れこんだのと、自室のノック音がしたのはほぼ同時だった。

 

 「空いてるよ……、着替え終わったよ千花……、……………じゃ、……ないね」

 「ああ。寝込んだって聞いたから、見舞いに来た。邪魔するぞ?」

 

 ポカリと喉飴が入ったコンビニ袋を差し出してくれたのは、我らが生徒会長だった。

 

 ◆

 

 「ああ、圭ちゃん……経由で……」

 「丁度バイトも終わったからな、見舞いに顔を出した。起きるな。寝てて良い。というか寝ていろ。あんまり長居する気もないし、顔色悪いぞ」

 「……お言葉に甘える……」

 

 素直にベッドの中に潜り込んだ。交換されたシーツと、洗濯されて乾いた寝巻が快い。

 貰ったポカリを飲み、喉飴を舐める。ちょっとだけ喉奥の痛みは緩和された。ちょこちょこと痛くならない範囲で会話する。マスクを付けておけば少しくらいは良かろう。

 千花は一階で食事の準備中だ。

 

 勉学家であると同時に、非常にタイトにスケジュールを管理する御行氏。そのスケジュールに何が詰まっているかと言えばアルバイトだ。ゴールデンウィークは繁忙期に当たる。あちこちで臨時雇いを募集しており、今日もその帰りにこっちに寄ってくれたそうだ。

 

 僕の方も話す。医者に行ったが、インフルや胃腸炎などではない、普通の風邪らしいという事。薬を飲んで休めば連休明けには復活するという目標。その他、取り留めのない話だ。

 

 「しかし、岩傘の家に来るのは初めてだが……話に聞いていた通り、凄い家だな」

 「……言いたい意味は分かる。興味ある奴、持ってって良いよ。読み終わったら、返して」

 「真面目にお願いするかもしれん。明らかに買うより得だ」

 

 僕の家は、決して贅沢な造りではない。ただそこそこの敷地はある。

 しかし居住スペースは狭い。なぜかと言えば、大半を本棚が占有しているからだ。

 勿論、全部ぎちぎちに本が収納されている。居住区より本置き場の方が確実に広い。品揃えも、その辺の書店には負けない。入りきらなくて平積みの山すらある。

 家に全部で何冊あるのかは考えたくない。僕も知らない。多分、親父も知らないだろう。岩傘の家は先祖代々、男はバカみたいな読書家。僕も例に漏れず乱読家だ。

 流石に妹には窮屈らしく、本を移動させて、空いたスペースを自分好みに飾っているけど。

 

 「俺は今、岩傘が国語100点常連の理由を実感したぞ」

 「国語で困った事は無いし、一生困んないと思う。……二階の奥に行くと、爺さんとか曽爺さんとかが買った、今では絶版の奴も結構あってね。……何時だったかな……テレビの鑑定団とか、国会図書館の役人とかがやってきて『これは貴重、絶対保存すべき』とか色々話してたよ。……参考書はあんまりないけど専門書は多いから、興味あったらご自由に。丁寧に扱ってくれれば、何も言わないです」

 

 本は読まれるためにあり、優劣貴賤は無いというのが代々の共通した心情だ。

 父方の祖父は田舎へ隠居してのんびり余生を送っているが

 『通販で漫画を買うにはどうすれば良いんだ。この北海道で金塊を探してる奴の続きが欲しい』

 とか電話がかかって来る。パソコンの使い方は覚えないのに。

 やっぱり『家業』の影響なのだろうさ、そこは。

 

 「余り深い事情を聴くつもりは無いが、ご両親とは仲が悪いのか?」

 「ううん。仲は良いよ。親父とは昔から仲良いんだ。忙しい中、授業参観とか運動会の応援とかも昔から来てくれてる。……母とも悪くはない。以前見せたでしょ、お弁当。あーいうの作ってくれるし。ただ、なんていうのかな。――龍珠桃(りゅうじゅ・もも)みたいな感じ。御行氏、顔馴染みだったよね」

 「……なるほどな?」

 

 納得したように彼は頷いた。

 龍珠桃。秀知院生徒VIPの一人。四宮かぐや嬢、柏木渚さんを始めとする『喧嘩を売ったら社会的に死ぬ』とも言われる女生徒。天文部長を務めている。

 言葉遣いも目付きも悪いが、彼女が危ない最大の理由は『家業』にある。

 広域暴力団『龍珠(りゅうじゅ)組』――つまり、日本屈指のヤの付く自由業が、彼女の実家だ。

 予算申請の話で顔を出して何度も会話しているが、別に悪い人じゃない。同学年だし。向こうのメンチに怯まなければ良いだけ。ただ周囲の評価として、彼女は恐れられている。

 

 僕もそんな感じだ。家族との仲は良いが、家業に関して複雑な気分というだけである。

 

 「まあ元気そうで安心したぞ。お前が復帰してくれないと困るからな。休み明けに待っている」

 「そうかな? 僕が休んでても案外、何とかなるんじゃない?」

 「ふむ。――そうだな、否定はしない。広報の仕事は、藤原書記と石上会計で分担できるだろう。もしかしたら、俺、四宮と四人だけで、生徒会は何とかなるのかもしれない。だが……」

 「だが?」

 「お前の存在は貴重だ。お前のお陰で、藤原を制御できる……事も多い……筈だ」

 

 語尾に自信の無さが表れた。

 気持ちは分かる。僕もそう思う。

 

 「……かぐや嬢にも、同じことを言われているよ。僕も振り回されることが多いけど。僕が振り回すことも多いけど。……実は、少し前まで、僕も千花から目を離すのが、心配でしょうがなかった。……ああ、そうだ。――話が有ったんだ。聞いてくれる?白銀」

 「聞こう」

 

 御行氏、ではなく白銀、と呼んだので、御行氏は椅子に座って、僕をまっすぐに見る。

 言葉を選びながら、僕は切り出した。

 うん、ここで本音を話しておかなければならない。

 僕が彼を友人だと思うなら、どこかで吐き出しておかないといけない話なのだ。

 

 ◆

 

 「千花は……あの通り、他人との距離が近い。だから生徒会が発足して、年度が替わるまで……、というか……四月の頭、この前までだね。僕は結構……不安だったんだよ。白銀、君が……千花に目を向けないか、とか」

 「岩傘。俺はそのような真似は」

 「安心して。そんな事をしないのは知ってる。僕の空回りだよ。だけど不安だったのも、本当だ。友人に対して、情けないことを思ったなと反省している。ごめん」

 「別に謝る必要もないだろうが、律儀だな」

 「まあね。……そしてさ、その不安を抱いているのは、僕だけじゃないよ? 白銀を気にする人間は、居るよ。君の、案外近くに」

 「岩傘? ……それは」

 「そこから先は野暮だね。ノーコメントだ」

 

 その相手は、という言葉を、僕は言わせなかった。手を出して制止する。

 かぐや嬢の意見を代弁してはいけない。此処でそれ以上を追求させても行けない。

 二人の関係は、二人で進めるべきだ。僕の役目は、応援するだけだ。

 

 「それ以上は僕には言えない……。だけど、そういう事だ。そっちも気付いて居るでしょ? 互いに認めてないだけで。互いに踏み込まないだけで、想いは承知している筈だ」

 

 かぐや嬢にも、こんな風な言い方でこそないが、伝えている。弓道場での一件のように。

 そこから如何やって進展させるか、相手に踏み込ませるかこそが、彼らの関係を表している。

 だから僕が、彼らの意見を代弁は出来ない。この会話がギリッギリ。

 僕の意思は、それでも彼には伝わったらしい。

 

 「僕は白銀の友人であるけど、同時に――『彼女』の友人でもある。だから二人には仲良くして欲しいし、両方を応援している。関係がどうなるかも、見守りたい。ダブルスタンダート……というかダブルスパイみたいな真似は出来ないけどね。だから何かあったら相談してくれよ? 僕は、君の友人であると自認している」

 「藤原と惚気るために?」

 「勿論! ……ごっほごほごほっ! ……っ……!」

 

 大声を出した瞬間、喉にぐさっと来た。咽る。

 すまんすまん、と御行氏は謝罪し、笑いながらも返してくれた。

 

 「ありがとうな、そういう風に気を使ってくれるから、俺はお前を勧誘したんだ」

 「一年生の時の話? 僕は別に、それまで通り動いただけだよ」

 「それでも、だ。いや、だからこそ、か。……藤原の事は抜きにしても、岩傘、お前が生徒会に必要なのは本当だ。同学年の同性が居るとな、気が楽だ。お前はちょっとばかり自分を蔑ろにする傾向があるが、誰かの為に頭を下げるのを厭わない。――だから藤原も、慕っている」

 「……昔、同じことを、千花に言われたよ」

 

 恋愛感情を抜きにすれば、御行氏と千花は、きっと本当に相性が良いんだろうさ。

 ……内心にあった複雑な想いを吐き出せて、満足した。

 

 やっぱり会話は大事だ。

 タイミングを読んだのは確かだが、甘えさせてくれたのは、本当、ほっとした。

 

 僕はベッドに倒れこんで、それからは話題を変えた。

 取り留めのない、極々普通の友人としての会話だ。

 一先ず、本をおススメすることにする。

 単純に面白くて、勉学にも有用そうな奴を。

 

 「そうだな、とりあえず、その棚の……うん、壁から二つ目の『数学少女(ガール)』とか如何かな。数学を題材にしてる小説だから、読んでみると面白いかも。『数のデビル(悪魔)』とかは有名だけど、あれは小学生でも読めるからね。それよりは複雑な数学式の話してる。余裕ある時にでもどうぞ。……あ、でもその棚から先の、カバー掛かってる奴はアウトね。見せられない奴もあるから。察して?」

 「……察した。そうだな、それは流石に表には出せんな?」

 

 ふふふふ、と男同士だからこそ分かる相槌を打った。

 千花と言う許嫁が居て、可愛いなー好きだなーと思っている。が、それはそれ、これはこれ。年齢制限が付いちゃう奴だって持っています……。ソフトなの、かなり過激なの、危ない奴まであったりします。千花には内緒だぞ!

 御行氏、品行方正な生徒会長であることは確かだが、結構、お年頃だ。

 

 そうこうしていると、千花が顔を覗かせた。

 

 「はいはい、盛り上がってるところ申し訳ありませんがー、そろそろお時間ですよー」

 「おっと嫁さんのチェックが入ったか、岩傘。俺はお暇させてもらう。またな」

 「ん、見舞いありがと。また休み明けにお礼するよ。白銀も体調管理と帰り道には気を付けて」

 「お嫁さんってのは大袈裟……でも無いですねえ。――会長、良いこと言うじゃないですかー」

 「だろう? 不純異性交遊にだけはならないようにな」

 

 かくして御行氏は、僕の『数学少女』を1・2巻とナップザックに入れて帰って行った。感想を聞いて面白いと貰えたら続きを貸してあげよう。

 ……そういや他意はなかったけど、あれ恋愛っぽい小説でもあったな?

 まあ良いか。

 入れ違いに、千花が鍋を持ってくる。

 

 「材料はあったので、簡単ですけど……お雑炊を作ってみました。美味しいですよー」

 「レシピとか、憂さんが残してってくれた?」

 「いえ、これは預かり物ですね。かぐやさんからです! ……いーちゃんが風邪で寝込んだって話をしたら、なんか専属の?料理人さんに話を聞いて、私に『作ってあげると良いわ』って渡してくれたんですよー」

 「それはまた、意外な……話だ」

 

 多分それは専属料理人ではなく早坂愛(はーさか)さんだな。

 あの主従には元気になったらお礼を言っておこう。

 石上もメールで『お大事に』と一言、送ってくれている。素っ気ないが彼らしい。

 ……僕の周囲の人間は、皆、良い人だ。

 そして一番近くにいる千花は、一番に可愛くて素敵な人だ。

 

 「はい、それじゃあ、あーんして下さい、あーん」

 「あん」

 

 こうして千花の看病の元、僕の風邪は順調に癒えていった。

 ……ここで終われば、平和な話で終わったんだけどね?

 

 ◆

 

 「ご馳走様でした。美味しかったです」

 「お粗末でした。……最近、ちゃんとお料理するように頑張ってるんです……。やっぱり将来的に『お嫁さん』になるなら、そういうの勉強した方が良いよねって。恋愛映画とか、昔はダメだったんですけど……いーちゃんとなら良いよってお父様も言ってくれて」

 「みたいだね。指の絆創膏、ちゃんと見えてる。千花は、頑張り屋さんだ」

 「……千花、ですか?」

 「ちーちゃんは、頑張り屋さんだ」

 

 手招きして、ちょっと目で「良い?」と確認した後で、彼女の髪に触れる。そのまま引き寄せて、頭を優しく撫でる。僕の手に、彼女は少し目を細め満足そうに、にへっと顔を緩めた。

 学園では藤原さんもしくは藤原書記。彼女も僕は調さんと呼ぶ。基本は。

 内心での呼び方及び惚気る時、場合により千花。向こうはいーちゃん。

 僕から彼女への、更に貴重な呼び方は「ちーちゃん」だ。この最後のは……ちょっと、ねえ?

 さて、満足したところで、もう一休みしよう。

 

 「あ、休むなら着替えましょう。汗かいちゃってます。お雑炊、生姜とか葱とか色々ありましたし……。ちょっと待って下さいね、今、新しいの、出します」

 「ん。……分かった」

 

 とりあえず寝巻の上を脱いで、着替える準備をする。しながら千花を目で追った。

 彼女は箪笥を先と同様に漁り、下着類を引っ張り出している。性別が逆ならアウトだったな。

 そういえばと切り出された。

 

 「盛り上がってたみたいですけど、会長と何を話してたんですー? なんか本の話とかしていたみたいですけど……」

 「ん、色々とお勧めをね。勉強になる面白い奴を紹介したんだよ。その辺の」

 「あーこの辺のですか? そう言えばどんな本があるか知らなかったですね。えっと?」

 

 ――僕は気付いた。

 ――その瞬間、僕の顔は、風邪とは関係なく、真っ青になった。

 

 『その辺』と言った結果、千花の手は――カバーが掛かってる棚に伸びたのだ。

 違う! とか待て! とか見るな! とか色々台詞は言いかけたが、遅かった。

 

 ああああ、やばい!

 これは最悪的にやばいぞ!?

 喉の痛みで、咄嗟の静止が間に合わなかった。

 

 僕の目の前で、彼女は内緒の本に手をかけて――。

 

 「えっと、女子高生の淫……、触……魔法少……調………」

 

 ぼん、と傍から見て分かるレベルで、千花の顔が真っ赤になった。

 

 「違う……! 会長に勧めたのは、その三つ隣の棚だ……! そこは僕の秘蔵の……!」

 「ひ、ひひ、秘蔵の、えっちな本じゃないですかあ! もういーちゃんの馬鹿っ!! 酷い! 信じられません! 私っていうお嫁さんが居るのに! こ、こんなふしだらなあっ!」

 

 動転したのか、千花はその棚の本を慌てて僕の方に投げてくる。ガンガン飛んでくる。

 痛い。痛い痛い! 角はダメ! というかカバーが外れて、投げるたびに卑猥な絵が増えていくのは不味い! 僕の色んな趣味がばれる!

 

 「なんですかこれ!なんですかこれええっ!! 乱れてます! 淫れてます! しかも数多いし! 色々あるし! わ、私じゃダメなんですかっ!?」

 

 最後、そういって僕の方に、飛び込んできた。ぽかぽかと叩かれる。

 勢いが付いて、とてもじゃないが止められない。というか最後の台詞、それ違う。それ不味い。それヤバイ。

 

 結果的に、上の下着を着替える直前の格好のまま、僕は千花に押し倒される姿勢になった。

 

 雑炊で温まったお陰で汗ばんでいるし、熱が有るお陰で頭に霞が掛かっている。

 これ僕が上で千花を組み敷く図だったら、完全にアウトだったぞ。流れで致してしまう可能性すらある。幸い僕が下で、風邪で脱力してるから、先には進みそうもないけど!

 

 「うう、いーちゃんが病人じゃなかったら、此処で追及してます……!」

 

 千花は涙目であった。羞恥心と夕日が合わさって、茹蛸みたいになっている。

 ……まあ、これは……男にしか分からない話だよな。千花に理解を求めるのは難しい。となると謝るしかない。僕は、言い訳をせず、まず謝罪することにした。

 

 「……ごめん。……ただ、浮気とかそういうんじゃない。それは分かって」

 「…………むぅ」

 「僕は千花を大事に思ってるし、傷付けたくない。でも()()()そういう気持ちもある……。まだ勇気はないけど。――だから……許してとは言えないけど、……僕も男の子だ。それは分かって欲しい……かな……」

 

 僕が静かに言うと、千花はかなり黙りこくって、やがて、分かりました、と絞り出した。

 

 間にかなりの葛藤があったらしいが、千花とて女子高生。

 中学校時代に保健体育の授業は受けているし、ほどほどに興味もある年頃。『神ってる(by石上)』の意味を理解しているし、レディース雑誌を読んだ経験位はある……筈だ。

 

 断言するのはどうかとも思うが、藤原家の倉庫の奥の方には、大地さんが昔読みこんでいたエロ本が箱詰めされて残っていると思うぞ。情報ソースはI氏だ。

 ぐぬぬぬぬ、と数分考えた末、千花は、じゃあ、と切り出した。

 

 「……じゃあ、罰ゲームです。許すので……複雑ですが許すので! 代わりに、私のこと、好きって言って下さい。沢山です。色々です! この本の山より沢山言えば、許してあげます」

 「好き。超好き。やばいくらい好き。言葉で言えないくらい好き。ずっと一緒にいたいくらい好き。喧嘩するけどやっぱり好き。天然な部分も狡い部分も好き。顔や目や口や鼻や髪や、全部好き。指とか腕も好き。スタイルとか超好み。抱きしめたいくらい好き。そっちから毎日ハグして欲しいくらい好き」

 

 かくして僕は、延々と彼女に愛を囁く羽目になった。

 僕が二時間くらい頑張って好き好き大好き超愛してると言い続けたら、最初は満足そうだった顔が、やがて限界を迎えて、折れた。茹蛸みたいな真っ赤な顔、二回目だった。

 

 満足してくれたらしい。

 とはいえ看病の手を休める様子は無く、何とか動けるようになった後、今度は藤原家に運ばれ、そっちで休息するようお願いされた。僕に拒否権は無かった。

 その後は――風呂に連行されるわ、同じベッドで休むわと、千花は、なんというか、全力だった。千花節が全開だった。テンションMAXに加えて、必然、どうしても生生しく意識してしまったからであろう。僕が風邪ひいてなかったらやばかったね。

 

 ペスですら呆れていたように思う。

 千花の指示で、藤原家の留守を預かっていた使用人の皆さんは、数日の特別休暇を与えられたのだが、もしも彼らが残っていたら――多分彼らからも、同じような目を見せられていたな。

 

 『えっちな本に負けるとか嫌です……!』

 

 とは彼女の言。

 そこで負けず嫌いを発揮しないでも、とも思ったけど、僕は黙っておいた。

 

 ……もう一つ、追加しておく情報がある。

 どうもエロ本を仕舞う際、ちょっと中身を覗いてしまったようで……。今回ので場所も知られてしまった訳で……。……段々、僕の性癖やら、好みのシチュエーションやら、コトに及ばない程度の攻撃方法やらを探られていくことになるのだが……。

 

 ……それはまた、別のお話。この時の僕が知る由もない。

 まーシチュエーションとか、R18にならない可愛さアピールの内容を巡って、更に深く会話出来るようになったのなら、それは色んな意味で進展であろうさ。

 

 こうしてGWの日々は過ぎていった。

 隙を見て秘密の本棚の場所は変えた。

 

 無事にコタキナバルから帰宅した両家の皆さんは、僕と千花が神ってないと聞いて「やっぱりなー」みたいな顔をしていた。あわよくば進展していればと思ったのかもしれない。

 

 無事に風邪も治った休み明け、生徒会の扉を叩く。

 珍しく石上まで揃っていた。

 お土産で貰った珈琲紅茶の山を抱えながら、僕は友人達に合流する。

 

 僕の隣にはいつも通り、藤原千花がくっついている。




次回からは普段の短さに戻る……筈。
学園篇、再会です。
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