尚「『竹取物語』が史実であるかもしれない」というのは原作通りの設定です。よしなに。
生徒会役員の全員は、割と個性的と言われている。
御行氏、かぐや嬢、千花、僕、石上と、有能さと同時に独特の『濃さ』――存在感みたいな物を持っているらしい。僕にあるのかと言われれば怪しいが、クラスメイト:風祭からは、個性があるように見えるらしい。具体的にどんなんだ? と尋ねたら『変』と言われた。
僕は別に、奇妙な格好をしている訳でも、奇抜な性格を有している訳でもない。言葉遣いは普通だし、藤原千花と惚気ているのは……別におかしくはないよな?
「いや変だろ。取り合えずなんだよその本」
「【ウィンドロップ論文】。1911年に英国のウィンドロップ卿が道楽で書いた、北アフリカの先住民族と、彼らが語る伝説を纏めた小論文。ミスカトニック大学から写し貰って来た」
「……アーカム市の? なんかオカルト退治してるって噂のあそこか?」
「そこだね」
かぐや嬢が邪神ハンターを連れてきましょう、と言っていたあそこだ。
ちゃんと実在するぞ。
さて唐突だが
『竹取物語』。日本の誰もが知っている物語。この話は『史実だ』と言われている。
登場人物にモデルが居る、というのは昔から言われている有名な話だ。
だが、実は
それもモデルではなく
つまり歴史的に、本当に――月から来たかぐや姫は、本当に五人の王子に難題を出し、帝との交流も行い、不老不死の薬を残して月へ帰り、薬は富士山で燃やされたという事だ。
そして世界的に、こうした昔話や童話、伝承は、大体が史実だったと考えられている。
真面目に。冗談ではなくマジで実際にあったらしい。
科学が発達した今でも、過去の事象を確かめようはない。
だから大半は『史実だと思います』とされているが、基本は「あったらしい」という扱いだ。
エイリアンとか妖怪が今も存在する……と言うつもりはない。
エリア51だって最新鋭の飛行機研究施設。有名な河童の剥製は作り物だし、ネッシーは存在していないと思う。
ただ、人智を超えた何かはあるのかな、と僕は思っている。
かぐや姫が実在していたのならば、ちょっとくらいはそういう世界があっても良い。
今も河童が泳いでいるのは嘘でも、芥川龍之介が見た河童は妄想じゃないかもしれない。
千花は「邪神なんか出ませんからね!?」と、海VS山の戦いの時に話していた。『出ませんからね』であって『居ませんからね』では無かった。僕はそっちの方が好きだ。
そういう浪漫の塊は、真面目に大好きだ。
だから、生徒と生徒会と教職員と、外部の人を繋ぐ連絡役の仕事は楽しい。
色々な世界の人から、色々な話を聞けるからね。
そんなことを思い返し、風祭に返事をする。
『やっぱお前も変だわ。凄いけど変だわ』と言う顔をされた。解せない。
◆
さて、話題を変えて。
個性的な生徒会の面々なので、好みが似通う事もあれば、全く異なる事もある。
愛用のお茶などは、その一例。
「マレーシアのお土産だけは美味しかったですわね。流石は紅茶の名産地……」
「珈琲もな。全員で楽しめたのは有難い。礼を言うぞ岩傘」
「僕も貰ったものだからね。皆で飲めばお土産も満足するんじゃないかな」
と言いつつ、僕は急須で緑茶を注ぎ、そこに蜂蜜を投下。
軽くかき混ぜて、飲む。うん、甘すぎないのが良いね。
「良くやっているが旨いのか、それ……?」
「あら会長、ご存じありません? 東南アジアなどでは良く見る飲み方ですよ。海外の空港で緑茶を買うと、妙に甘かった……というのは良く聞くエピソードです」
「紅茶にブランデーやジャムを入れる文化もありますねー」
かぐや嬢の好みは紅茶。御行氏の好みは珈琲。そして僕は緑茶を好んでいる。
珈琲や紅茶は好きだし、お土産はお土産で堪能した。しかしそれはそれ、これはこれ。日本人的な味覚として、やっぱり和菓子と緑茶の組み合わせが一番だと思っている。
しかし傷みやすい和菓子を常に持ち運ぶわけにもいかない。そこで考えた結果が蜂蜜だ。
瓶詰を少量だけ持ち運ぶならセーフじゃないかな、と試行したら良い具合になった。
生徒会室には簡単な給湯設備があって、そこにはティーポット、サイフォン、急須なんかがおかれている。かぐや嬢は流石、紅茶を淹れるのが上手く、千花は珈琲や緑茶を淹れるのが上手い。僕もまあ一通りは淹れられる。
田舎に引退した爺様が居る事は話したか。その連れ添い、祖母が華道の師範だったのだ。残念ながら数年前に鬼籍に入ってしまったが、華道と茶道の作法は、簡単にだが教わった。
そして蜂蜜は、遠くの図書館に勤めている、昔お世話になった先生からの贈り物。
二つの組み合わせは最高である。
「で会長。僕に話があると聞きましたが、どんな?」
「ああ、これは岩傘に頼みたい。実は今月に一つ『講演会』が予定されていたんだが、向こう側の都合で穴が開いてしまってな。急遽、代理を探しているところだった。あちこち伝手を頼って探したら、一応、一人、手を挙げてくれた人が居た」
「日本の方ですか?」
「いや英国の大学で講師をされている方だ。この学園、英語は大抵の人間が出来るから、講演会そのものには支障がない。厄介な注文も付けて来ていない。ただ学園の図書館を閲覧したいと希望されていてな、その辺りを任せたい」
秀知院学園では、エリート校らしく、様々な行事が開催されている。
他国との交流だけではなく、有名な講師を読んでの『講演会』なんかも良く行われる。
自由参加なことも多いが、見聞を広めるために、とOBOGから送り込まれる講師は、いずれも現役の最前線、第一線で働く人々ばかり。聞かなきゃ損な中身ばかりだ。
そういう人々は多忙なので、スケジュールが狂う事も珍しくはない。
「了解……。それで何故、僕を指名に? 英語は平均点でしかないですよ。単純な会話くらいは出来ますが、流暢な交渉が必要なら、かぐや嬢や、千花の方が得意かと思います」
「向こう側からのたっての希望だ。なんでも岩傘に、四、五年前に会ったと聞いている」
とすると中等部時代か。中等部時代。色々あった中等部時代。
確かに一時、学園を休んで旅に出たことはあるが……、その時に、出会った人……?
何となく何となく、僕は嫌な予感がした。……え、マジで?
「ああ。
「! ……ええ、知ってます。恩人です」
真面目に安堵した。これでもっとヤバイ名前が出たら僕は逃げていたかもしれない。
危うくお気に入りの湯飲みを割ってしまうところだった。
御行氏が気にしていたので、話す。
「中等部の時に、ちょっと旅行に出たんですよ。ちょっと実家でゴタゴタしてて、嫌なこと忘れようと思って……ふらっと渡米していました。で、適当にあちこち彷徨ってたんですが……旅の最中、うっかり海で溺れそうになりまして……」
「ああ、そういえば海がお嫌いでしたね」
「ご指摘の通りです、かぐや嬢。――そこで溺れたのが未だにトラウマで、足が付かない深い場所が嫌いなんです。……で、溺れかけてた僕を助けてくれたのが、その九郎という方です。丁度、英国から米国に研究で訪れていたようで。……名前こそ漢字ですが、国籍は英国です」
「なるほどな。じゃあ担当は岩傘に任せた。後は……とりあえずは、大体が石上が片付けている。部活連からの話と……何時もの書類決済だ。さっさとやってしまおう」
あいあいさー、と各自で返事をし合い、仕事の開始となった。
蜂蜜入りのお茶を飲み干す。頭もすっきりさせて、励むとしようか。
◆
僕は据え置きのパソコンに向かい、メールをチェックする。マスメディア部に語った通り、広報担当というのは、つまり外部と内部と応対窓口なので、中々分量が多い。
既に埋まっているスケジュールの再確認、新しく追加される予約の調整、その合間を縫って伝えられる生徒からの要望。優先順位を付け、不満が出ないように組んでいく。
石上が相当色々処理してくれているから楽だ。僕一人だと首が回りきらない。
仕事をし始めて30分、そういえばー、と千花が切り出した。
「旅行とは違うんですけど、お父さんもなんか珍しい珈琲を買ってきたらしいんですよー。飲んでみません?」
「ほう。それは気になるな」
珈琲党の御行氏は反応した。既に仕事前に淹れた飲み物は、作業の合間に手を伸ばし、全員が空になっている。ここらで追加供給が欲しかったところだ。
僕も手を挙げて「ちょーだい」と合図した。千花は全員の器を回収すると、「はーい」とくるくる踊りながら瓶を抱えてサイフォンの元に向かい、魔法瓶の湯温が適温だと計ってから、豆を注ぎ入れる。ちょっと淡い感じの珈琲の匂いが生徒会室に広まっていく……。
可愛いなーと思って眺めていた。
彼女が踊っている映像だけで多分一日中を過ごせると思う、僕。
というか過ごした。中毒になった。千花チカ踊りの威力マジやばかった。
ちらっと作業中の千花を見ると、彼女はティーカップと夫婦湯呑にコーヒーを淹れ、それを持ってくる。まずかぐや嬢。次に御行氏。ん? と思った。かぐや嬢、カップを間違えてないか? こう見えて目星の技能は高い。カップの模様が、先ほどまでの御行氏の物と入れ替わっている。
口を開きかけて――。
すんごい目付きのかぐや嬢と目が合った。
笑顔だった。笑顔だったが、恐ろしく怖い笑顔だった。
そして納得した。了解、わざとですね? わざとなんですね? なら黙ってます。
最後に僕の方に珈琲を持ってきた千花から、湯呑を受け取る。湯呑に珈琲って中々凄い絵だ。意図的に千花の物を手に取る。向こうがやってるなら同じことしても構うまい?
そのまま口を付ける。一風変わった風味の珈琲が喉から胃へと降りて行った。
珈琲に……なんだろう。珈琲の持つ香りはちょっと薄くて、代わりに甘いエッセンスがあった。チョコレートやバニラに似た香り。ナッツのようなまろやかさ。苦味はそこまででもなく、代わりに酸味がちょっとある。果物の樹が混ざった感じと言えば分かり易いだろうか……?
「調さん調さん、それ私のですよー?」
「良いでしょ別に。今更だし。代わりに僕の使いなよ」
「そうですね? じゃあ頂きますー」
何やらカップを見て互いに気付き、固まっている会長と副会長を横目に、口を付ける。
御行氏、千花がお弁当を食べた時には全然動揺してなかったのに、かぐや嬢だとあの反応。……やはり、意識し合っていると違うという事か。
僕は、僕の湯飲みで珈琲を飲んでいる千花の口元を見る。
……小さいし、桃色で柔らかいし、あれを啄んだことあるんだよな、としみじみ思った。
千花も僕と同じことを思ったのか、口に出す。
「……最後にキスしたの何時でしたっけ?」
「去年かな……。その前は中等部だけどあれはノーカン。初等部でもあったけど、あれも事故。付属幼稚園の頃のは遊びみたいなものでしょ。最近は……してないね」
「してないですね。世間では恋人同士は沢山するらしいですけど……」
「……まあ何かしらの記念とか、大きなイベントで合わせてしてるよね、僕ら」
まあ、キスの経験はある。マウス・トゥ・マウスの奴だ。ただ毎日公衆の面前でキスしてるような馬鹿っプルと違い、僕と千花の場合は、回数は数えるくらいでしかない。全部覚えているくらいに印象的な時にしかしていない、ともいう。
言いながら横目で御行氏とかぐや嬢を見た。
互いに緊張して動けない二人は、カップを口元に運んでは止まり、止めては運びを繰り返す。なんか会長がカップを見て仰け反り、暫し後にかぐや嬢の傍らにある
あれかな。カップに付いている痕跡は、これ糊だから、これは口付けてセーフだから! とか思ったのだろう。良いからさっさと口付けてしまえと思うが口には出さなかった。
「調さん的に、ガツガツしたいものなんですか?」
「んー、……いや、あんまり。ずっと傍にいる千花を繋ぎとめる必要とか感じない。キスしたいか……と言えばしたいけど、今は良いかな。したくなったら言う」
「私の方から誘ったらしてくれます?」
「するよ。今が良い?」
「いえ、今じゃなくていいです。じゃ、その時を待ってますね?」
果たしてこの会話は惚気だろうか? 僕としては微妙な判定だ。
そうこうしていると、我らが生徒会のトップ二人から
「ああ、四宮も気付いたか」
「どうやらカップを取り違えたようですね」
「そのようだ。だがまあ――取り替えるのも面倒だしな!」
「別に良いですよね! ああ忙しい忙しい!」
「全くだ! 席を立つ暇もない!」
互いに強調し合い、そして同時に口を――付ける……!
付け……、いや、付けたのか!? どっちだ!? かなり怪しい判定だった。
僕の目星でも果たして口を付けたのかは分からなかった! だが……仮に! 仮に僅かでも触れていたのなら、それは両者の関係の進展だ! どっちだ……っ!?
内心では
「ここで決まるのか!?」と
「いや、どうせなら学園祭までキスは待て!」
みたいな思考が鬩ぎ合っていたが、結論は出せなかった。
というのもだ。直後に、千花が「あーそうです」と珈琲の銘柄を上げたのである。
「コピ・ルアクって言うんですよこれ」
「「!?」」
「…………………おう」
咄嗟にコーヒーを捨てようとした自分の腕を必死に止めた。
コピ・ルアク。別名をルアックコーヒー。
珈琲の名産地であるインドネシアでは、栽培中の珈琲の果実を、ジャコウネコが食べることがある。珈琲の果肉は消化されるが、
それがコピ・ルアク。
体内の消化酵素や、細菌による発酵。更にジャコウネコが食べた栄養豊富な自然の植物にも味が左右される、という。確かに、美味しかった。美味しかったよ……。
「……千花、どんな銘柄だか知ってた?」
「はい? いえ。何も。……特別な銘柄なんですよね?」
「……まあ、そうだね。うん、……御行氏、かぐや嬢、まだ飲みますか?」
立ち上がって、珈琲が入ったピッチャーを回収する。
僕の言葉に、二人は、千花に見えないように無言で小さく首を振った。
「ですか。じゃあ、これは僕が全部飲みますよ」
まあ心理的抵抗がゼロとは言わない。しかし味にも衛生的にも何ら影響はないのだ。
「……岩傘、溜まってる仕事が有ったら、こっちに回してくれて構わんぞ」
「いえいえ。お気になさらず」
勇者を見るような目で、僕を気遣った御行氏だった。
「お構いなく」と返事をして、珈琲を呷る。まだ結構回数が多いが、頑張って飲み切ろう。
「千花が淹れてくれた物です。無下に捨てるなんて言う真似、出来ないんですよ。僕」
そうして再び、珈琲を湯呑に注いだのだった。
◆
その夜、僕は読書をしながら考えていた。
結局、御行氏とかぐや嬢、二人の間接キスはどうなったのだろうか?
ひょっとしたら直前で終わったのではなく、少しだけ触れていたのかもしれない。千花が銘柄を叫んだタイミングは、二人が俯き、触れた直後だった。だから、可能性はある……。
だが、それを知っているのは、二人だけだ。二人だけしか答えを知らない謎だ。
そういう事があっても良いかな、と思う。
「惚気に答えが無いように、恋愛頭脳戦に答えが出る日はまだ先……かな……」
であるならば、その日まで僕は応援するだけだ。
丁度【ウィンドロップ論文】も読み終わった。二階最奥部にある、厳重な書庫に封印するように収納。御行氏に語った通り、此処には貴重な本が色々ある。
でも、それが何? という話だ。重ね重ね言おう。僕は千花と惚気たい。
不当な手段で邪魔する相手には相応の態度で挑もう。でも僕は千花と平和に惚気て、イチャイチャして日常を穏やかにラブラブ過ごせればそれで良い。その為に全力だ。
「それじゃー勉強するかー」
珈琲は千花が、仕事の能率を上げるために淹れてくれたもの。それが傍らにある。つまり勉強でも「頑張れ」と千花に応援されているという事に等しい……!
かくして僕は気合を入れて机に向かい、珈琲を飲み切ったのであった。
「『竹取物語』が史実であるかもしれない」というのは原作通りの設定です。
故に「ちょっとだけの不思議」はスプーン一杯ほど。
具体的には小説版「告らせたい」位だけは入れますが、それ以上の非日常モノにはなりません。
誰も求めていないでしょう。私も書く気はありません。
飽くまで、日常で惚気る為、全力を尽くすだけのお話。要素はただのエッセンスです。
それでは今後ともよろしくお願いします。