既存の登場人物だけでは限界があるな、と思った時にのみ追加します。よしなに。
月とは女性である、とT・九郎氏は切り出した。
船を女性として呼ぶように、月もまた女性である。事実、世界中の伝説を見ても「月から来た女性」「月に帰っていく女性」は多くとも、男性の場合は数が少ない。
むしろ男は月を見上げて吠える立場なのだ。狼男が吠えるように。
「最も『月に吠える者』は別だが……」
と妙に実感の籠った言葉が印象に残っている。
古来、男にとって「月」とは「届かぬ女性」として存在していた。
そこに手を伸ばそうとした。
それほどまでに高嶺の華へと恋焦がれたのだ。
かぐや姫へ手を伸ばした者達と同様に。
◆
『講演会』は無事に終了した。
講演者:タイタス・クロウ三世の研究発表及び講義は好評で幕を閉じ、僕は肩の力を抜いた。
ちょっと複雑な立場なので簡単に解説しておくと、『タイタス・クロウ』と言うのは英国の称号の一つだ。第二次大戦前、1900年代前半に活躍した勇士『タイタス・クロウ』氏は、時の女王から叙勲され、以後その子孫は、本名とは別に『タイタス・クロウ』と名乗っている。
そして『タイタス・クロウ三世』が『タイタス・九郎』氏だ。ややこしい。
「いや突然の来日だったけど、何も支障なく満喫できた。助かった。楽しかった」
「こちらこそ。突然の来日、ご足労をおかけしまして」
「良いって事さ。これも縁ってやつだ。
T・九郎氏。実家から離れて出奔し、アメリカで探偵をしていた時、金鉱脈を発見。それを運用して財閥を隆興させ、更にアーカム市の発展に多大な功績を与え、同市ミスカトニック大学の名誉教授職も手に入れた。
元が日本人っぽいのに戸籍は英国出身、アメリカで財閥を構築して二枚の草鞋を履いている。なんかもう色々混ざっててどっから突っ込めば良いのか分かんないが、とにかく凄い人だ。
中等部時代「折角だから勉強してけよ」と大学に放り込んでくれたコネもこの人由来である。
「土産話にもなったしな? 機会が有ったらまたこっち来いよ。連絡してくれれば仕事も受ける。金はとるけどな。大学の門戸は結構広い。卒業後の進路としては考える余地あると思うぜ」
「そうですね。……ミスカトニックですか……」
「いざって時は推薦してやるさ」
生徒会における僕の最大の武器は『人脈』だと思う。
OBOGを経由して作る伝手、後輩や同級生との伝手。更に言えば実家経由で入手する伝手。僕自身の力はただの高校生だが、何かあった時に頼れる大人が本当に多い。
無論、無償で力を貸してくれる人達ではない。確固たる理由、明白な内容、誠実な態度と礼節、そして
だが、だからこそ頼れると言える。無償で手伝ってくれる人ほど怖い人はないというし。
そういう大人の一人、九郎氏。実にイケメンである。
しかも軟弱ではなく、色んな修羅場を潜り抜けた男の面構え。
広報として色々な人と出会う僕だが、尊敬できる人がどんどん増えていく。ありがたい。
「お前も頑張れば、もう少し改善出来ると思う。大事だ、やってみろ。情熱的にな」
「もうちょっと情熱的に告白ですか?」
「いや。そうじゃない。もっと方向性を変えてみるんだ。単純に惚気るんじゃない。馬鹿みたいな感じじゃなく、心で表現しろ。包容力とは違う力も大事だぜ? 俺はアイツにそうやった」
そういって、千花と会話する
漠然としか過程を聞いていない僕だが、クロウ氏と彼女の間にある縁は強固だと分かる。
この後も英米に直帰せず、折角だからとあちこち日本を回ってから帰還するとの事だ。両者並んで歩いていて、職質されないかだけが心配である。
先ほど礼を言われたが、それこそ些細な話だった。
元々のスケジュールがあった所に講演者を入れ替えた形なので、複雑ではない。体育館は押さえてあったし、準備要員の手配もそのまま。宿、送迎車などの準備も終わっていた。念の為、通訳も兼ねた案内人を変更した程度で、さしたる障害はなかったのだ。
まして、恋愛相談に乗っていただけるなら、この程度些末である。
「貴方が居なかったら、僕はインスマスで溺れて死んでいました……。この程度の歓迎、むしろ小さいとすら思ってます」
「そうか。その思いは受け取っておく」
「そうだ。あまり謙遜するものではないぞ」
と、千花を連れて、クロウ氏の奥方がやってくる。そして「土産じゃ」と紙袋を渡される。
中身は何だろうか? 確認してみようと覗いたが、包装された箱である。分からない。
「こいつはちょっとした
「おい、アル。それ結構効果ある奴だぞ……? 主に羞恥心で死にたくなる奴だぞ……」
「ふふふ、だが面白かったであろう? 魔除けにもなるからな、念のため持っておけ」
「まあそうだけどよ……。その土産で何か困ったら、連絡してくれ。お詫びはする。それじゃあな。元気でやれよ?」
尊大に笑った奥方を引っ張り、九郎氏はタクシーで帰って行った。
またどっかで会えると良いと思う。
その晩、関東平野の一角に位置する:
二人には関係ない筈だ。多分。
◆
講堂は第二体育館でもある。
片付けの指示出しをしながら、僕は九郎氏との会話を考えていた。
『心で表現しろ。包容力とは違う力も大事だぜ?』
言われても分からない。分からないのだ。
今のままとは違う物というのは分かる。
新鮮な惚気が欲しい、という言葉が表している。それを簡潔に表すならば、何か……何だろうか……??
それが何か分からない。考えてぼーっとしていると、かぐや嬢から叱りの言葉が飛んだ。
「岩傘広報、考えるより早く手を動かしなさい。部活動が出来ないと排球部が待っていますよ」
「と、失礼……。すいません、急ぎます。――次! ステージの上のスピーチ台を下ろして片付ける! 男子、集合してくれ! ステージ解体は明日だが細かい物は片付けるぞー!」
呼びかけて、かなりの重量があるスピーチ台を下ろす。無事に床に降ろされガラガラと倉庫へ運ばれていく様子。更に床に敷かれていた緑の防護シートが丸められていく様子。解体前のステージに人やボールがぶつからないようにと間にカーテンが閉じられるのを確認して、一息。
片付けも大体終わった。手元にあった書類に、片付け終わり、と記して、かぐや嬢に渡す。
僕の報告書と体育館の現状を確認し『確認済み』とチェックを貰い、これで仕事は終了だ。後は明日、無事にステージが解体された事だけ用務員さんに確認しに行こう。
さて生徒会室に戻って、他の仕事だ。
「そういえば風邪の時、レシピを頂いて、ありがとうございます」
「あら、お気になさらず。手配したのも書いたのも
「……『彼女』にあんまり苦労させない方が良いかとも思いますよ。最近何かと胃を押さえている姿を見ます。胃薬で済んでいる内が花かと?」
「ご親切にどうも。ですが彼女は私の
かぐや嬢の管理と世話でかかる負担が洒落になってないと思う、とは言わなかった。
僕はこう見えて言葉遣いと言葉選びには気を使う。嘘は言わないが適当な言葉で濁すのは得意だし、相手が勝手に誤解してもそっちの方が都合良いなら解かないこともある。
故に、その近侍が2年A組の早坂愛さんであると名前は出さない。
「お二人の恋愛頭脳戦は、僕の立場から見ていてとても楽しいですが、羨ましくもありますよ」
「嫌味でしょうか? 貴方と藤原さんの関係こそ、わた……さる女性が目指している物ですが」
「嫌味じゃありませんよ。こう見えてこっちにも悩みがあるんです……。惚気たいけど、惚気てもマンネリ化する。言うなれば新鮮さが補充されません。家庭を築いて平和な生活をするなら今のままで良いんでしょうけどね……。かぐや嬢……ではなかった、どこかの少女のように、目付きの悪い誰かと色々関係を構築して積み重ねていくのが、羨ましいんです!」
「贅沢な悩みを言いますね」
と言いつつ、かぐや嬢の顔は少し綻んでいた。
羨ましい、という言葉が理由だろう。許嫁同士である僕と千花の関係より、優れた部分がある――御行氏との関係を模索している二人の方が、見方によっては優位である、というのが満足心を刺激したのだと思う。ちょっとだけ微笑みに感情が混ざる。
つくづく恋愛初心者な人だ。昔は冷徹で、笑顔すら仮面だったのに。
恋をすると此処まで変貌するのか――。
……。
……………。
「それだ」
我、天啓を得たり。
「はい?」
「それだ! 分かった。何が必要か分かったんです! いやあ本っ当にありがとうございます! かぐや嬢のお陰で切っ掛けが掴めました! 何が自分に足りないのか! 今必要なのかが何か! 流石はかぐや嬢……!」
そうか、と分かった。
答えが分かった。情熱的に愛を囁くのではなく、もっと方向性を変えてやるべきこと。
九郎氏の言葉に、かぐや嬢の変化、それらを総合させる。
一つの単語が形になった。
廊下を走――数学の
突然飛び込んできた僕に、まだクラスに残っていた面々が驚いた顔をする。
一直線に千花の元に向かう僕に『また始まった。今度は何を言うんだ?』と注目が集まったが無視。こっちを向いた千花の肩を、両手で掴んで、目を見て一言、簡潔に!
「恋を!! しよう!!」
そう、これが答えだ。
愛情はある。互いにLoveだ。これは間違いない。英語圏では愛と恋は同じLOVEで区別が難しい(正確に言えば前後の文章を付けねば区別できない)というが日本語では違う。
恋とは落ちる物!
恋とは焦がれる物!
恋とは世界が変わること!
「新鮮なる惚気」とは「恋の熱意」!
恋する乙女は最強、まさにそれだ!
思えばそう、藤原千花は、幼馴染で、隣人で、許嫁である。
だが「恋人」だという表現は殆どしない。
九郎氏から言われた言葉が形になった。
恋を経て少女は大人になり、愛を作り出す。
単純な「好き」とは一線を画すのだ。
「考えてみればそう、僕と千花はずっと一緒だったから、色々あったけど「恋人」だった時間はうんと少ないんだ。だから恋をしよう。そうすれば新鮮な惚気が手に入ると思う!」
そも恋人ですと語った回数が何回ある? マスメディア部で攻めた時に発言をした。しかしそれ以外では語ってない。負けた勝った、好きだ嫌いだ、愛してるとは言った、だが――。
「恋」が足りなかった! 僕らにはそれが足りなかった!
だからこそイチャイチャしても「何時も通りだったよなあ」とぼんやりしていたのだ!
「……あの、えっと、凄く話は良く分かりました。そうですね。そう思います!」
「だよな?」
「です! でも……クラスのど真ん中でいう話じゃないと思いますよ……?」
千花の顔が赤い。
………そうですね。おっしゃる通りです。
クラスメイトどころか、隣の部屋にまで届いたらしい僕の台詞は、もの凄い野次馬を招いた。
うわあ、とか言いながら呆れてる奴。死んだ目で眺めている奴。顔を赤くして噂している奴。『なんで俺には恋人が居ないんだ』と泣いている奴。『やっぱりどっかで闇討ちしようぜ』と結束している奴。流石にちょっと目立ち過ぎたらしい。
反省しよう。
言葉を翻す気はないけど。
◆
「お疲れさん。ゆっくり休んでくれ。……もう少し静かに終わっていれば、尚良かった」
「聞こえてましたか」
丸聞こえだ、と御行氏は告げた。どうもクラスの中だけじゃなくて結構広範囲に届いたらしい。
今年入学してきた一年生の中には刺激が強すぎた人間もいたらしく、何人かが真っ赤で逃げ出したと教えられる。甘いなあ一年生、そんなんじゃこの先もやっていけないぞ?
笑っている僕の顔に、御行氏が「ケッ、やっ(略)」みたいな顔を一瞬したが、気にしない。
とりあえず「恋」する方法を考えよう。
「まあ、何か進展したならば、おめでとうと言っておく。……ところでそれは?」
「お土産だそうです。軽いから……食べ物とかじゃないと思います」
無事にクラスから戻って来た僕は、頂いた紙袋の中を改める事にした。
何時もの生徒会室。石上以外の四人が揃っている。
鋏を借りて、箱を傷つけないように開封。蓋を開けると、そこにあったのは――。
「ネコミミ……」
「ネコミミだな」
「ネコミミですね?」
「ネコミミですねー。可愛いですね」
ネコミミであった。猫の耳が付いたカチューシャであった。全部で四つ。
思わず沈黙が落ちる。
一体なにがどうなってこんな物が制作され、それがお土産になったんだろうか?
「……何考えてるのかさっぱり分かりませんが、貰い物を捨てる訳にはいかないんで……。どっかに保存しておきましょう……。ちょっと備品置き場に置いてきます……」
備品置き場は、部活動の備品が搬入される物置みたいな場所だ。
毎年、年度末になると、申請した予算を使い切ろうと各部活は色々と買い占める。此処で余りが出ると翌年の予算が減らされるからだ。
僕は前に、部活動の皆さんに申請費用の交渉に向かったが、あれは言うなれば事前削減。こっちの買い占めは、事後の削減への対策だ。無駄な出費を抑えたい運営側と、出来る限り資金を手元に置いておきたい部活。このやり取りは激しく、多分延々と続くだろう。
数日前だったか? この辺の備品の納入チェックをしていて、ゴキブリが出たとかなんとかと御行氏かぐや嬢の二人が騒いでいたか。僕も虫は嫌いだ。……小学生の頃は「カブトムシって格好いいなあ」と思っていたが、最近はカブトムシも苦手。というか小さい奴がウゾウゾ集まっているだけで大分辛い。妖蛆とか名前だけでドン引きした経験があるぞ。
猫耳カチューシャを、取り出せる場所に設置しておく。
後日これが役立つんだから世の中ってのは分からないものだ。
◆
◎「恋してるっぽさを作り出す為の方法」
勝敗条件:実行した者はそれだけのポイントを取得する。
先にポイントが上限に到達した方が負け。
条件は各自、好きな時に追加できる。ただし過去に遡って参照することは出来ない。
勝者は、敗者に対して何でも好きな命令を出来る。
5点:『相手を愛称で呼ぶ』
10点:『自分から手を繋ぐ』
20点:『自分からハグ、及び抱き着く』
15点:『間接キス』
↓
(以下、延々と続く)
即ち「如何にして相手からのアクションを引き出すか」が焦点となる。
改めて宣言をしよう。
今度こそ、恋愛惚気合戦の開幕だ……!
タイタス・九郎 :探偵タイタス・クロウと某デモンベインが合体したような人。アーカム発展の功績から大学名誉教授も務めていて、稀覯本の貸し出しに協力してくれる。次の登場は未定。
猫耳カチューシャ: