何日か前に『かぐや姫がいるなら、ちょっとくらいのオカルトがあって良い』と言った。
だがしかし。だがしかし。幾ら非日常が僅かばかり存在しているとしても、それが学園生活で発生するというのは、かなり受け入れにくい筈だ。僕はそう思う。受け入れ難い。受け入れがたいが――目の前に起きている出来事を、無視はできない!
「おい、やばいぞ。一階……! 入り口前の銅像の場所だ。上に避難している奴が限界だ!」
誰かが叫んだ。
大広間には幾つかの石像が置かれていて、その上に避難をしていた女生徒が三人いる。
だが石像とは言え、大きさは人間程度だ。台座の位置はロボットより低く、複数人が一度に、高い場所に乗り続けるようには出来ていない。このままだと、誰かが落ちる。そして捕まる。
死にゃしないだろうが怪我は確実。それは不味い。それは、とても不味い!
「どうする! 時間ねえぞ、白銀!」
「待て、今考えている! とりあえず無関係な奴は裏口から出入りが出来る。二階からじゃ……ロープを垂らしても距離が足らん! 電力は……阿天坊先輩、どれくらいで切れますか!?」
「津々美さんの言葉が正しければ2時間ね」
「今、教員室に連絡を入れましたが、校長主催の会議中です。急いで来るように伝えましたが、それよりは僕らで何とかした方が良いですよ!」
「待つのも無理か。――であれば、少々危ないが……男達で何とかしよう!」
玄関エリアを徘徊する巨大な躯体――恋愛占い機器『チクタクマン』。
2m強の立方体が、我が物顔で玄関ホールを徘徊している。その馬力はかなりのものだ。速度も、こっちが必死で走ればなんとか逃げ切れる程度……。事実、奴は階段も登れないし、急いで上階に昇った奴らは無事だった。此処まで怪我人は居ない。
玄関ホールで逃げ遅れた女子三人が、これから怪我をするかもしれない可能性を除いては!
「四宮! もう少しだ! 今からそいつを何とかしに行く……! それまで落ちるな!」
「……その言葉、信じます……。出来れば急いでください……。流石に腕が限界です……」
御行氏が叫ぶ。最もきつい姿勢で耐えているかぐや嬢は、表情こそ変えないが、流石に額に汗を浮かべていた。優れた体幹と体力を持っていても限界はある。
最も安全なのが渚さん、次が千花。渚さんは石像の頭部分にしがみ付いている。千花は石像におぶさるようにして足を上げている。かぐや嬢は――石像の腕に腕を絡め、一人だけナマケモノの姿勢。下手をすれば、頭から落下してしまう……!
『チクタクマン』のサイズと重さがネックだった。落下だけは受け身を取れても――最も受け身を取れるのは武道の心得があるかぐや嬢だけだろうが――軽く接触しただけでも骨折くらいは覚悟しなければならない。動きはぐねぐねして軌道を読みにくいし!
走って逃げられるとは言え、それは奴の動きを確認して、一直線で突き放せればの話。キャスター付きの足が如何なる理屈か自在に動き、滑るようにぐるんぐるんと回っている。壁にぶつかったり、絨毯を破ったりもしているが、基本、常に石像の周りを回っている!
幸い――奴は、石像そのものを壊そうとはしていない。手が届かないのだ。
だが上に避難している女生徒達に、執着している!
センサーが輝き、三人の少女を標的に捉えている……!
台座の周りを回遊する。その胴体がぶつかるたびに、台座に振動が走る。そして当然、上に乗ったままの石像と、女子三人が揺れ動く。――必死になって捕まっていても、足場が不安定で、体重移動も出来ない姿勢だ。落下は時間の問題。落下せずとも石像が倒れれば終わりだった!
「いっそ一人だけならまだ何とかなったんだ……。三人ともなれば、下手に誰かを逃がすと、そのままバランスが崩れて転落する。それは奴に轢いて下さいと言っているのと同じだ……!」
「岩傘、落ち着け! それは言っても始まらん。彼女達を助けたくて歯噛みしているのは俺も同じだ! 今、男子たちを走らせた。もう直ぐに道具が届く。そうしたら始めるぞ!」
「分かってる……!」
いっそ一人だけなら『チクタクマン』の上に落下するようにタイミングを計れば良かった。
しかし今、三人は奇跡的なバランスで石像の上に乗っている。三人同時に助けない限り、ヤバイ。
僕はこんな状態を作り出した奴に、盛大に毒突いた。
◆
阿天坊ゆめ、という先輩が居る。
秀知院学園高等部三年生、オカルト研究部・部長。そして例に漏れず秀知院VIPの一人。
幸いにも彼女自身は恋人同士を見ると、ちょっとセクハラしたくなるだけのおっとりした女性だ。基本的に笑顔で、のんびりとおちょくるような人物。気分を害させなければ危険はない。
が、今回の本題は、そこではない。彼女がセクハラ好きと言うのも関係は無い。
関係があるのは、彼女がオカルト研究部の部長であり、ちょっとばかり
彼女は技術開発部に恋愛マシーンの開発を依頼した。そしてその際、彼女の持つ恋愛観測能力や、ある程度の予知、占い技能や考え方などが、自動処理プログラムの一種として組み込まれたのだ。それこそが
本来ならばゲーセンの筐体みたいな物で、所詮はお遊びでしかない。嘘発見器の仕組みを応用し、恋人が放つ周波数をキャッチして反応する程度の、可愛い存在だった。
だが、どんなに可愛い機能であっても、使い方と動き方では立派な怪物になる。
それを僕らはまざまざと実感していた。
コンペンションでの展示が終わり、学園に運び込まれたのが半日前。
オカルト研の倉庫内で充電され、起動されたのが2時間前。
いきなり動き出し、指示を受け付けないまま、倉庫から一気に突っ走って玄関ホールに突入! 四宮かぐやをロックオンして突撃してきたのが30分前だ!
何故、かぐや嬢を狙ったのか――それは僕の推測になる。あれは恋愛の波動をキャッチすると言っていた。であれば、恐らく学園内で、最も秘めた恋心を抱いている少女に奴が向かって行ったのだ。そして、それに渚さんと千花も巻き込まれた。
三人で何を会話していたのかは後日知ったこと。なんでも渚さんの恋愛相談に乗っていたらしい。三人でコイバナ(かぐや嬢は自分の事だと認めないだろうが)をしていたが為、機械はより強く反応し、三人に向かって突撃して行ったのだ。
タイミングも悪かった。よりによって昼食を三人で取り終わり、良い感じにリラックスしていた最中に突貫せんでも良いだろう! 咄嗟に早坂が三人を掴んで回避させなければ、最初の時点で誰か怪我をしていたに違いない。
その後はもう混乱だ。いきなりゲーセンの機械が加速して突撃してきたら誰だってビビる。生徒達は慌てて二階に避難。そして一階には、石像の上に登って難を逃れた少女が三人ということだ。何故あの三人が二階に逃げられず、あんな場所にいるかは知らん! 咄嗟だったんだろう。
僕と御行氏が騒動を聞いて駆け付けた時には、既にあの状態。
分かる範囲を周囲から聞いて、此処までの話を理解したのだ。
「待たせた! 持ってきたぞ! ステージ組み立てに使った鉄棒と噛ませるための角材だ!」
僕はこの時、気が気じゃなかった。正直に言おう。かぐや嬢や、渚さんの事は目に入っていなかった。彼女が怪我をしやしないかと焦りに焦っていた。
だが、そんな僕に御行氏――いや、白銀は活を入れた。
「助けたいのは俺も同じだ! だから全員で行くぞ!」
僕の意識はそれで戻って来た。御行氏の顔も必死だった。彼とてかぐや嬢が心配だっただろう……! だが責務を忘れなかった。冷や汗を浮かべていたが、続けざまに指示を出し、この事態を打開しようとしていた。
畜生、と思った。やっぱり彼は生徒会長の器だ。自分が不甲斐ない!
全力で駆け抜けてきた
そして階段に陣形を組むように並ぶ。僕も彼も受け取った。
「よし……! やる事は分かるな!? 三人を怪我させずに救助する! 方法は一つ! ――あれをひっくり返す!! 気合を入れろ!!」
並ぶ男子達は、一斉に構え、御行氏の号令と共に『チクタクマン』の足元へと突き進んだ。
◆
やることはテコの原理と一緒だ。
『チクタクマン』の足元は、キャスターで動いている。つまり本体と地面の間に僅かな隙間がある。その隙間に鉄棒を差し込み横転させるのだ。奴が後ろに滑って逃げることだけが懸念事項だったが、幸い奴は女子達に執着していた。御行氏の狙い通り、自分から前進してきてくれた。
切っ先が上手く入り込んだのを確認したら、次は――全力で鉄棒を、持ち上げるのだ。
――せえええのおおお!!
鉄棒を握っていた男子達が、一斉にそれを上へ、加える力の方向を変える。
その場にいた男子全員の意識が結集し、一塊となって鉄棒を持ち上げ『チクタクマン』は斜めに傾いだ。――その隙を見逃さない!
待機していた別動隊が、その隙間に更に鉄棒と丸めたビニールシートを噛ませる。これで支柱が出来た。例え鉄棒が抜けても『チクタクマン』の胴体は半分身を浮かせたまま。重心が浮き、一気に負担が減った。
こうなってしまえばもう、あとは一瞬だ。
「ころがれええええ――っ!!」
御行氏の――いや、白銀のその声は、その場にいた全員の心を代弁していただろう。
揺らいだ重心をそのまま押し続け、全員が体重を込めて、全力で――横転させるっ!
『チクタクマン』は電子音を響かせ、ずずんという音と共にひっくり返った……!
「四宮っ!!」
「千花ぁあ!!」
「渚さん!!」
そして、その横転に湧く周囲を無視して、男三人は突っ走った。
『チクタクマン』の脅威が去ったのを確認し、まず会長が飛び込んだ。
そしてほぼ同時、限界を迎えていた、かぐや嬢の腕が滑る。それに――御行氏が、間に合った!
滑り込む動きで、両腕を伸ばし、背中から落下する、かぐや嬢を――両腕で受け止める!
「……どうだ……言った通りだろうが……。なんとか……しに行くと……!」
「ふふ、そうですね……。助かりました……」
汗だくの会長の腕の中、お姫様抱っこの状態で、二人は分かりあっていた。その内に唐突に、自分たちの現状に気付いて降ろすとか倒れるとかのイベントがありそうだが、僕と翼君にそれを見ている余裕はない。
かぐや嬢が落下し、石像のバランスが崩れたのだ。
慌てて他二人にも飛び降りるように指示を出した。
渚さんは翼氏の上に着地。彼は地面に転がったが、無事に腹の上に渚さんが落っこちてきたのを見て安堵していた。彼が身を挺して助けていた姿は、彼女からも十分に見えている。彼氏が全力で助けてくれたのが嬉しかったようで、笑顔だ。
そして僕も、無事に千花をキャッチした。流石に、会長&副会長のように、お姫様抱っこで――とは行かなかったが、良い感じで抱き留めて、足から着地させる。
「助かりましたぁ……! もう冷や冷やでしたよ。ありがとうございます、いーちゃん!」
「良いさ……。千花も無事で、良かった」
倒れこみそうだった石像を、阿天坊先輩と龍珠桃の二人が押さえ、台座に戻す。
かくして『チクタクマン』の脅威は、去ったのである。
本日の勝敗:チクタクマンの敗北
理由:一同の力が結集して三人の女性を助けたため。
◆
――で、それで話が終わる訳がなかった。
開発者である
損傷された床、壁、壁画、絨毯、台座等々を合わせての賠償に、技術開発部からの脱退処分まで告げられたのである。解決直後は。
……直後は、である。
というのも。流石に起こした問題の大きさにショックを受け、泣き顔で言い訳も出来ずに『チクタクマン』を解析した津々美は、新たな事実を突き止めたのだ。
「あ、あのデスね。確かに私がハードを作りましたデスが、こんな風に暴走したのは、原因は私ではありまセン。誰かが……ソフトを……弄ってマス……!」
最初は『下手な言い訳』をと誰もが思った。思ったのだが、確認したらその通りだった。
『チクタクマン』のプログラムを解析した時、不自然なログが見つかり、それらは技術開発部とは全く無関係の場所からアクセスされていたのだ(勿論、竜巻の周囲にある電子機器全てが裏取りされ、彼女の仕業ではない……と暫定的にはだが判断された)。ハッキングである。
『チクタクマン』が暴れたのは、オカルトでもなんでもない、誰かの悪戯――にしては少々質が悪すぎるが――もとい、誰かが仕組んだことだと、判明したのだ。
僕は最初、名前からして不吉だなとか思った。
マジでやばい邪神が乗っ取って動いているんじゃないか、とすら思った。
だがそれは大きな勘違いで、何者かによる操縦だったのだ。
津々美には『誤解して悪かった!』と真剣に謝っておいた。
勿論、管理者責任はある。誰かに細工されたと気付かなかったこと。防壁が不十分で(現実でもネットでも)誰かに細工をされた、という事実そのもの。これらの二点に関しては津々美の落ち度だ。しかし彼女が、実行犯ではなく、被害者の一人だと判明すれば、話は変わる。
賠償金・部活脱退、その他諸々の処分は無くなり、彼女はほっとした顔であった。
そして生徒会に、話を持ち込んできた。
「……バックログ漁ったヨ。外部か内部かは分からないケド、プログラムが走っていたのは確か……。私達の目を盗んで実行できる奴が、何処まで痕跡を残しているかは謎だったケドね。そして、その中に――恐らく意図的に、消されてナイ、メッセージが残ってマシた」
「論より証拠、見てみて」
騒動から二日後。不眠不休で己を貶めた奴の手掛かりを探っていた津々美竜巻は、ハッキングした相手が残していたらしいメッセージを携え、やって来た。
会計:石上優も一緒である。騒動を聞いて事態の深刻さを理解した彼は、指示される前に動き、津々美の元に足を運んで解析を手伝っていた。その傍らで本来の自分の仕事も終わらせていたのだから、やっぱり能力は凄い。彼も若干寝不足だったが、此処は大目に見てあげよう。
差し出された画面に映っている文章は、簡潔だ。
――かぐや姫はどこにいる?
――誰か彼女に、約束の言葉を届けてほしい。
――これを見た皆へ告げる。
――R・F。
「……どういう意味でしょ? かぐや姫と『チクタクマン』に何の関係があるんですか?」
「かぐや姫……。……四宮。お前はこの件に関しては?」
「知りません。全く心当たりもありませんね。先日の件はグループでも探っているようですが……私の元に届くまで、まだ時間が掛かるでしょう」
「言葉を届けて。そこだけ抜けだせばロマンティックだけどねぇ……」
「…………R・F。……なんだっけ、R・F……」
千花から石上まで各々が感想を口に出す。
僕はと言えば、何となく漠然としたピースのようなものが浮かんでいた。R・F。聞き覚えがある単語だ。口に出して呟いていると、かぐや嬢が、関連性を暫し考えた後に、こう告げた。
「スティーブン・キング……でしょうか」
……それだ。
◆
「……スティーブン・キング。言わずと知れたモダンホラー作家。彼の著書に『ダーク・タワー』というシリーズがある。詳細はネタバレになるから言わないでおくけど……そこに出てくる、敵側のエージェント、というか仇敵と言うか、そういう奴がいる。『黒衣の男』だ。この男は、出てくるたびに名前を変えるが、ほぼ共通しているポイントがある。それが、イニシャルがR・Fだということ」
僕の実家にも揃っている。
初等部の頃に読んだが、その時は途中で挫折した。改めて読んだのは中等部の時だ。
言葉に出している内に、段々と情報の整理が出来てきた。
「さっきのメッセージの差出人ですね?」
「……このR・Fという男の正体は、彼の有名な邪神ニャルラトホテプだとされている。燃える三眼、這い寄る混沌、顔の無い王、膨れ女、ウィッカーマン、悪心影、星五ムーンキャンサーBBちゃん
「「《月に吠える者》だ」だね」
僕と石上の発言が重なった。
目で頷き合う。やっぱ石上なら知ってるよな。サブカルチャーにも詳しいし。
「T・九郎さんの講演会を覚えています? 月は女性の象徴で、男はそこに手を伸ばす。まるで狼が吠えるように。――つまり男は《月に吠える者》なんです。かぐや姫とニャルラトホテプが、どんな形で繋がるかと言うと、そこだと思います。このR・Fという者は、かぐや姫を探している」
「じゃ、じゃあ……本物の邪神が……」
「いや、居る訳ないでしょ」
千花の声を、僕はばっさりと切った。一蹴した。
誰かが勘違いしないように、念押しした。
「確かにクトゥルフ神話は、ラブクラフトが纏めて体系化した神話。そして――「多分、史実」という扱いではあるよ。全部が全部嘘ではないのは確かだ。でも、それは、それこそ「かぐや姫が実在した」と同じレベルでしかない」
今の科学で観測できない領域に、何かが存在しているのは確かだ。
言うなれば架空粒子ダークマターに命や魂があるか、無いかというだけ。
過去に神話生物が居たのも、有名な事件が過去に引き起こされていたのも史実だ。
まあでも古代には想像も出来ない生物が居たからな……。古生代の生き物とかキモイくらいクリーチャーだし。
インスマスやセイレムを始めとした土地が実在しているのも本当。
実際、僕はそこで溺れて、九郎さんに助けられている。
確かに、インスマス面も目撃した。結構沢山いた。……が、一般人の中にそういう顔立ちの人が居て、遺伝です、と言われれば、それまでだ。
『すいません、深き者との混血ですか?』とか尋ねるなんて無礼すぎる。
古びた漁村で、海からの匂いがちょっと磯臭かったのは確かだが……結構、村人は親切だった。夜な夜な侵入者を追いかけて殺そうなんて真似はしていなかった。ご飯は美味しかったし、ベッドも洗面所も綺麗だった。
世界中で今も解明しきれない謎が沢山ある。
神話生物がこっち側に顔を出すこともある。
現在進行形で増えている、脅威や謎に、ミスカトニック大学の人々や、僕の実母が取り組んでいるのも、そういう謎の解明だ。
蜂蜜貰った図書館の先生も、今ではすっかり元気にミスカトニック大学で教鞭をとっている。
年齢だけは怪しいけど。
怪しいオカルト、それら全部が、宇宙的で根源的で曖昧模糊とした冒涜的な連中による、世界を滅ぼすためにやった仕業と言うのは、無い。
一部はそうかもしれないが、全部が全部では無いだろう。
野生動物と一緒だ。人間の方からちょっかいを出さなければ、理由もなく――それこそ空腹だった、とかじゃない限り――襲ってくる奴は少ない。
人間の中に犯罪者が居るように、神話生物の中にも犯罪者がいる。
そして、そいつらが今
「今回の事件は、邪神とかクトゥルフ神話とか、ぜんっぜん関係がないんだよ。ネタとして使われているけど、直接そういう生物が関与してる訳じゃない。――フィルターが掛かっていると何でも怪しく見えるから、先入観を捨てて考える」
そもそもの出発点が違うのだ。
同じ事象を見ても、思い込みやスタート地点が違うと、見当もつかない方向に向かう。
良くあることだ。
僕の発言に、生徒会室に少しの間、考え込む呼吸が聞こえ――最初に、同じ答えに到達してくれたのは、かぐや嬢であった。流石、根本的な地頭が良い。
私が続けても? というので、僕はどうぞどうぞと促した。
「良いですか? まずこの『R・F』と名乗った人物が犯人だと仮定しましょう。で、この『R・F』氏は、ハッキングをして『チクタクマン』を操りました。断じて『チクタクマン』が意志を持っていた訳ではありません。阿天坊先輩をベースとしたAIを搭載していたのは確かでしょうけれど……。でもそれだけなら、別に『R・F』という人物が邪神じゃなくても出来ます。というか人間の仕業です」
「まあ警察とかはそう思うよな。俺も人名、イニシャルだと思う」
「会長の言う通りです。で、次に――この『R・F』氏の狙いは何かを考えましょう。答えは書いてありますね。――「かぐや姫はどこにいる?」」
石上が素直に答えを告げた。
「『かぐや姫』を探している……『R・F』氏にとっての『かぐや姫』を探している。そこに視点を当てると、多分『R・F』氏というのは、本名でも何でもない、悪戯ですね?」
「正解。珍しく冴えていますね、石上会計」
つまり、順番が逆なのだ。
「かぐや姫」を探している、ハッカーのA氏が居る。
A氏は『チクタクマン』をハッキングし、操った。
そしてメッセージに『R・F』という偽名を残した。
というよりも
R・F=ニャルラトホテプ=月に吠える者=かぐや姫を探す男。
咄嗟に考えてネーミングをしたには、機転が利いている。
あー、そういう事デスか、とこの辺で竜巻も理解してくれた。
「この『R・F』氏が、何者なのか……というのは、今の時点では全く分からない。それこそ、女かもしれないし、老人かもしれない。極論、私
「……邪神は、微塵も、関係がないね」
「デスよね。私も自慢のプログラムを、邪神が乗っ取ったとか、実は邪神の頭脳をプログラミングしていたとか言われたら「ハぁ?」とか思いマスもん……。そういえばコンペで壊れた『チクタクマン』を修理中、妙にランプがチカチカと点滅していマシたね。あれが既にハッキングだったのかもしれマセン」
A氏の正体は分かっていない。だから幽霊だったりインターネットウイルスだったり本物の神話生物の可能性はある。あるが、その問題を追いかける事に意味は無い。
犬が棒に当たった理由が神話生物だと推理するようなもの。
本当に神話生物が喧嘩を売ってきていたら、その時に考えれば良いのだ。
納得している竜巻から受け取って、言葉を続けた。
「で、……相手が等身大の人間だと考えると、このメッセージも分かって来ます」
――誰か彼女に、約束の言葉を届けてほしい。
「つまり『R・F氏』は『かぐや姫』に何か言葉を伝えたい。そしてその為に『チクタクマン』を利用したんでしょう。……秀知院学園で、此処までの大事件を起こせば、その情報は広がっていくからね。――すっげえ迷惑な奴です」
「伝えたい、ですか。具体的には何を?」
かぐや嬢の言葉に、そりゃあ、と僕は答えた。
ここまで答えが出ていて、犯人の動機が分からない辺り、恋愛頭脳がポンコツだ。
「かぐや姫に、男が伝える言葉なんて一つしかありません。推測ですけど」
「『告白』でしょう」
言い換えると今回の事件は――このR・F氏の目的は――洒落た言い回しをすると、こうなる。
『かぐや様に告りたい』。
《月に吠える者》の動機は、それだ。
「例え話ですよ? この『R・F』氏について……、神話生物みたいなスケールの大きな発想は捨てて、もっと身近な人間だと思いましょう。そうですね……天才的な――少なくともハッキングして外部から『チクタクマン』を操れる程度には優秀な――頭脳を持っている男がいるんです。この男は、色んなことが出来ます。ひょっとしたら、クトゥルフ神話でいう邪神ニャルラトホテプみたいに暗躍して犯罪をしているかもしれません。しかし彼は同時に《月に吠える者》でしかない。意中の
「…………ふむふむデスね?」
「その『R・F』氏は……かぐや姫がどこにいるかも分かっていない。だけど探していて、何とかしてメッセージを伝えたい。そんな時『チクタクマン』と名付けられた機械が、秀知院にある事を知った。そこでハッキングして、暴れさせて、メッセージが発見されるように計画を立てた」
「もの凄い迷惑だな? それが理由とは……」
「でも御行氏。そんな理由で、と言いますが、そういう風に考える奴は居ますよ。肩がぶつかったから殴り殺した、なんて事情よりは理解できます。ハッキングするような奴ですから。……ハッキング先でどんな事件が起きようが、どんな被害が出ようが、濡れ衣を受ける奴が居ようが、そういうのは些細なことでしかない……。――千花、この前、TRPGやったよね?」
「やりましたね。あのエネミーの行動原理が……アレだった……」
「アレと同じ。あのシナリオはフィクションだけど、世の中もっととんでもない奴は多い。それこそ……自分が意中の人に告白できるなら、他がどうだって良い奴はいるでしょう。流石に世界と個人を天秤にかける奴は中々いないでしょうし、そんな機会に遭遇する奴はもっと滅多にいないでしょうけど」
僕がそこまで語ると、御行氏は大きく息を吐いた。
そして、じゃあ、と最後に〆をの言葉を告げる。
「じゃあつまり、俺達にまた喧嘩を売りに来るという事か。――これを見た皆へ頼む、とご丁寧に名指しだ。……その挑戦は、受けてやらねばなるまいな」
その言葉に、その場の全員が、大きく頷いた。
『R・F』は何者なのか?
『R・F』が探す「かぐや姫」は誰なのか?
『R・F』が秀知院を狙ったのは、本当に「目立つ為」だったのか?
『R・F』がこれからどんな風に僕らの恋路に干渉し、妨害し、強制を強いてくるのか?
これらの謎は解明されていない。微塵もヒントがない。
次の接触まで待つしかない。
だが、必ず来ると思っていた。
全員を刺激する理由は明白だ。
――売られた喧嘩は買ってやらねばならない!
次は負けないと誰もが思った。
◆
「……でもまあ、少しだけ……羨ましいと思わなくもないな」
「え。『R・F』さんの事がですか!? ――いーちゃん、怒ってたんじゃないです?」
「いや、怒ってるよ。よくもそんな理由で千花や、他の皆に危害を加えたな、と思ってる。かなり怒ってる。一発殴らないと気が済まない。……ただ、馬鹿で愚かだけど、その愛情の強さは理解できる。少しだけね」
僕は千花に話した。帰り道、車の中だ。憂さんが運転する自動車の中である。
竜巻からスタンガン手袋を買い取ったようで、少しだけ楽しそうにハンドルを握っていた。
「例えばな? 僕がここで千花にプロポーズをして、こう切り出したとする。『実家を捨てて駆け落ちしてくれ。二人だけで過ごそう』――千花、即答できる? そもそもOK出せる?」
「……えー、えー……うーん、……いーちゃんは好きですが……、相当、悩みますね。お姉ちゃんや萌葉ちゃんとも別れて会えませんし、家とかピアノとかも全部なくなる訳ですよね?」
「そうなる。――奴のやってることは、それと同じだ。この前のTRPGで僕がRPしたのと同じだ。大体の女は「ちょっとそれは」ってなる。そんなのは許せない、ってね。――それが分からないくらい、暴走しているのか。それとも己に自信があるのか……。不明な部分は多いけど、その行動力だけは、凄いってことさ」
かぐや姫を探す、ニャルラトホテプ。
字面は凄いが、そこに愛情があるのは確かだ。
例えそれが一方的で、独善的であったとしても。
車が止まる。藤原家の前に到着していた。
「……あ、そうです。いーちゃん、ちょっと思い出したことがあるんです。耳、良いです?」
「ん。どしたの?」
僕が顔を寄せると、頬に何か柔らかい物が触れる感触がした。
「ここ数日の頑張りのお礼ですよっ。明日からまた惚気合戦、再開ですからねー?」
にへへっと笑って、千花は家に戻っていく。
僕は何かを言おうとして、何も言えず、……ただ口の中でごにゃごにゃとした、言葉にならない言葉を噛みしめていた。
不意打ちすぎる。
かぐや姫とCoCを混ぜたらこうなりました。
結局、全ては「LOVE」で動くのです。
次回から、フランス姉妹校との交流編です。