事の起こりは、交流会での後片付けの最中だった。
面倒な書類仕事は石上がやってくれるのだが、備品チェックを始めとした、目で確認しないといけないアナログ仕事は此方に回される。特に持ち回りが決まっている訳ではない。御行氏、かぐや嬢、千花、僕と手が空いている人間がその都度行っている。
御行氏は部活連の会合に顔を出していて本日は遅刻。
千花は部活の助っ人を相談されたとかで遅刻。
かぐや嬢は、椅子の傍らに墨と筆を用意し『責任と責務』と書いている。流石、書道でもコンクールトップを飾る女かぐや嬢。美しい字を書く。どうでも良い話だが千花の字は可愛い。
そんな彼女の邪魔にならないように、ちょっと離れた場所で、僕は石上と後始末の最中だ。
互いの気がそぞろにならない様と、間に
「使われたグラスとかクロスとか額縁とか、その他諸々は確認終わったぞ」
「そですか。あ、これ頼まれてた奴の手配です」
「ありがと会計」
石上優。生徒会会計。高等部一年生(後輩)。
目の前でノートパソコンを弄り続けている男。
長い前髪で、人目を避けるよう片目を隠している。ヘッドホンを付け外部の音も遮断。一目見ただけでは陰気な雰囲気の男だ。別にそんなに根暗でも陰険でもないのだが、ちょっとばかり自信がない――ワンテンポ遅れて反応するような、壁がある男(by白銀御行)。
打ち合わせ以外にあんまり顔を出さないが、別に悪い奴じゃない。というか案外、話してみると話しやすいのだ。素っ気ない、飾らない、演技をしないで我が道を行く空気が心地いい。
昨年、今の生徒会が発足後、御行氏が彼を生徒会へと引き込んだ。その前後で、色々とトラブルもあったが……無事に解決し、能力的にも問題ないと判断され、会計に就任。
今でも延々と裏方仕事で事務仕事を淡々と終わらせている。
「30人分の追加授業許可証と栞なんて何に使うんです?」
「この前のフランス姉妹校との交流会、参加してくれた有志の人達にお礼を渡そうと思ってる。あんまり高級でもいけないし、使い道がない物を貰っても困るだろ。申請しても中々手に入らない7時限目の参加券だ。受け取った本人が必要ないなら、それを別の人への贈り物に出来るし」
「広報、そういう所マメですよね。会長の判子待ちですが、多分OK通ると思います」
「使える縁は出来るだけ切らずに確保しておくのが大事なんだよ。いざって時に色々出来る方が良い。特に卒業後も何かと役に立つ……。君に同じ事をしろとは、言わないけど」
「同じ事したら死ねますよ。会話的な意味で」
違いない。
言いながら、僕の権限で許可できる書類にサインをしていく。
「次は……えーと、……授業スケジュールと、それに合わせての練習場の解放。後は……演劇部の発表会? と練習の使用場所……あ、そっから小道具の申請来てる。これは任せた」
「任されました。ところで広報、今期アニメ何見てます?」
「ジョーカー・○ームとかかな。原作から入った派だけど」
石上はどっちかというと隠れオタク派だ。僕は別に隠していない。本なら何でも読む。深夜アニメも見る。ゲームもする。しかし世の中、成績が良く、礼儀と内申が良く、身分がちゃんとしていれば文句は言われないものだ。総理大臣だってアニメ見てる時代だしな。
それに中身によっては、千花のお爺さんとも結構、話が合うものだ。この前、千花の家に顔を出したらいらっしゃっていた。その後、岩傘家にも顔を出してくれた。タイミングよく僕が『艦○れ』をプレイしていたら、そのまま歴史の話をすることになった。
「リア充生活お疲れ様です」
「いやー疲れるほどの物でも無いかな?」
「皮肉ですよ! ひ・に・く!」
などと会話をしていると、生徒会室の扉が叩かれた。
お客さんかな、と思って立ち上がるより早く、かぐや嬢が出て応対をする。
「あの、恋愛相談の続きをお願いしたくて……」
「……広報、下がってましょう。出てかない方が良いです」
確かに、僕らが顔を出しても良いことは無いな。
柏木さんじゃないか。翼君の彼女、VIPで学年四位の柏木渚さんじゃないか。顔を出すのは良くなさそうだな。僕と翼君は同じクラスだし。聞かないふりだ。
石上の言う通り、仕事をして時間を潰していよう。静かにいていればバレないと思うし。
……ん? と何かが引っかかったが、違和感の出所は分からない。
無言になる。音を立てないように。
石上もノートパソコンを畳み書類に目を通し始めた。
「はい。この前、少し触れていた話ですね。お待ちしていました」
僕はこの時、判断を間違えた。
詳しい話を聞く前に、素直に顔を出して、部屋から出るべきだったのだ。例え仕事があったとしても――例え、ちょっと気まずい空気が流れたとしても――。
結果として即座に部屋から出るのが、最適解だった。
「それで、相談の話を、もう一度確認なのですが……」
「はい。彼氏と円満に別れる方法が知りたいんです」
悟ったのは、重い爆弾が投下された後であった。
この時僕は既に、敗北していたのだ。
◆
柏木さんの話はこうだ。
翼君から告白されて交際を始めた。向こうが自分を好いてくれるのは知っている。以前の『チクタクマン』騒動で自分を助けてくれたのも嬉しかった。
しかし自分は彼を好きなのだろうか? 彼の好きという気持ちに応えられているのだろうか? 彼とどうやって接したら良いか分からない。気まずくなり前より距離が出来てしまった気がする。だからいっそ別れた方が良いのではないか……、とこういう訳だった。
「この前の……お昼の相談は、結局あの恋愛ロボットでうやむやになってしまいましたし……」
あー、あの時、何故あの三人が一緒だったのかが今分かった。
翼君に関しての相談だったんだな。その詳細を語る前に『チクタクマン』が乱入してしまったから、今回、改めて相談に来たと。
……納得するが、やっぱり違和感は消えない。
「あの時の行動で、ちょっとドキドキして「これならいけるかな」って思ってたんです。でもそれから進展がしなくて……吊り橋効果だったんじゃないかなとまで思い始めて……」
「なるほど、それは……分かる気がしますね……」
吊り橋効果。有名な名前だ。
吊り橋の上で告白をすると成功をしやすい、というアレである。いわば恐怖感から来るドキドキを、恋愛感情からくる興奮と錯覚して起きると言われている。吊り橋の上じゃなくても、何かピンチを迎えるとかでも良い。ハリウッド映画でよく見るハプニングとかまさにそれだ。
「お待たせしました! このラブ探偵チカにお任せ下さい!」
千花が乱入する。例の探偵コスを身に着けている。ちなみにアレ、演劇部の小道具らしい。思い出す限り四月からずっと使っている。借りパクになってないかだけ確認しておかねばな。
……と、そこまで考えて気付く。
今、千花は何と言った?
――お待たせしました。
つまり、今日ここに、柏木さんが来ることを千花は知っていた。
そして更に、先ほどまでの違和感の正体に感づいた。
何故、かぐや嬢は、僕たちを追い出さなかったのだ?
彼女は僕らが衝立の向こう側で仕事をしていると知っている。
同性の、デリケートな問題を話題にするのだ。僕らが出ていくべきだ、という答えに気付かなくとも『ちょっと出て行って下さい』と一言、彼女なら伝えに来るだろう。それをしなかった。
つまり……
そりゃあ勿論、かぐや嬢が僕らへの忠告を忘れた可能性はあるが……。
それなら今このタイミングで、出ていくように指示だって出来る。しかし其れもない。
これは、まさか。
「大丈夫! 此処に居るのは乙女が
「!!」
出られなくなった。間違いない。
彼女は
衝立の隙間を、かぐや嬢の真っ黒い目が突き刺さった気がした。
あれは間違いない。僕の動揺を察して『お可愛いこと』とほくそ笑む顔だ!
千花は――千花は!
かぐや嬢に相談をして、この時間、このタイミングに柏木さんが来るよう誘導。
故に『お待ちしていました』とかぐや嬢は返事をした。
僕が見えない位置で話を聞けるように、場を整えたのだ!
「柏木さんの恋という名の落とし物。この名探偵が見つけ出して差し上げます……!」
そして恋という名目で話すなら、幾らでも僕を相手に殴れる。一方的に!
衝立の隙間から覗く。柏木さんからは見えない位置。衝立越しに目が合った千花は『今度はこっちのターンですよ!』と言わんばかりに口元を綻ばせる。
……耐えれば良いんだろう、耐えれば!!
だが僕は見誤っていたのだ。
ラブ探偵千花の、全力を。
本来ならばIQ3程度のポンコツと言われる彼女が、僕を相手に本気を出すと、どうなるかを。
◆
「私の場合ですがね。いーちゃん……岩傘調の良い場所……実は冷静に考えると、あんまりないんですよね。スペックだけを見れば学園で、いーちゃん以上の人、居ますし。幾つかの得意科目はありますが、総合成績で言えば20番から40番くらいをウロウロしてますし。運動は平均ですし。別に美形って程の美形じゃないです。加点要素で可能性を上げると、会長の方が高いです」
「藤原さん……?」
「冷静に考えれば、はい。そうですねー、会長の方が好みな気がしますね?」
「藤原さん……っ!?」
「落ち着いてくださいよ、かぐやさん。ただ、悪いところも知ってるんですよ? で、そういう悪い場所を山ほど知っていても、でも嫌いじゃないんです。だから多分、いーちゃんが一番なんじゃないかなーと思います」
しょっぱなから殴られた。
軽いジャブで揺らいだ所を、ボディに一発受ける。
『良いところを上げてみては?』の質問で、かぐや嬢が
そこで『悪い場所は沢山知ってます』から入るのはずるいだろう!?
「藤原さん、これは『好きなところ』を上げるテーマでしたよね!?」
「好きと嫌いは表裏一体ってやつですよー。じゃあ柏木さん、一緒に考えてみましょう? 翼さんが持っている、嫌いな場所、不満な点を上げてみましょう。一つや二つくらいは思いつけるんじゃないですか?」
さっきまでの僕への見下し目線は一瞬で消えた。
かぐや嬢があわあわと慌てている。協力する姿勢は示していても、どんな風に話を展開するか、までは聞いて居なかったのだろう。つまり彼女もまた、千花の話術に翻弄され――自分が御行氏にどんな感情を抱いているか、整理させられてしまう……!
そうなったらもうダメだ。かぐや嬢は、御行氏を考えるとポンコツになる。もはや彼女も千花の手に落ちた。千花に翻弄されるだけの玩具になった。
逃げられない。
逃げたら柏木さんの話を聞いていたことが、ばれる。それは柏木さんが傷つくかもしれない。
……いや、千花やかぐや嬢の事だ。
僕がここにいる事を教えて貰った上で、素知らぬ顔で話をしているのだと思う。
だが「もしもグルではなかった場合」の可能性を考えると、僕は動けない。
翼君への別れ話についてを聞かれたとなれば、柏木さんが不安を抱くだけではない。千花やかぐや嬢への、彼女からの信頼も揺らぐ。それは出来ない。
万に一つでも柏木さんが傷付く
やってくれる……!
「……ちょっと穏やかなところ、とかかな。優しいんだけど……強引さも欲しい……とか」
「(もう少し……口に出して欲しい……と思うのは……我儘でしょうか……)」
歯噛みする僕の視線の先、柏木さんのみならず、かぐや嬢も考えて答えを出す。かぐや嬢は口に出していなかったが、彼女が何かしらの答えを頭に浮かべたのは一目瞭然。
ですよねー、ありますよねー、と千花は頷いて続けた。
「でも、それって『嫌いだから別れたいんです』じゃないですよね? この先、こうなったら良いなっていう気持ちが込められた『して欲しい』ですよね? ……ならばそれは、好きと同じなんですよ。相手に求める点では、嫌いも好きになりますよー」
もの凄くまともなアドバイスをしている。
千花の恋愛レベルが上がっている……! 明らかに上昇している……! 考え方を教えるのもそうだが、納得できるだけの自信に溢れている……!
かぐや嬢、このままでは不味いと思ったのか、千花へと質問を投げた。
「ち、ちなみに藤原さん、貴方の広報に関する話を聞いても良いですか?」
かぐや嬢の言葉に、千花はお任せ下さい、と豊かな胸を張る。
僕は身構えた。さあ、何が来る……!?
「んーと、例えばですね。いーちゃんは頑固です。不可能な事に取り組む頑固さじゃないですよ? でも頼むだけで許される事があったら、全力で頼んで、自分だけじゃ無理なら周囲の人も集めて、頭下げまくります。そういう頑固さです」
表情で分かった。あれは問いを想定していた目だ。
否定できない自分が居た。ペスの事とか、まさにそれだ。
「でね、その頭を下げてお願いしたメリットに、自分が関わらなくても良いかな、とか考えるんですよ。『それで私が笑顔になるなら、良いよー』って言うんですよ。いや良くないですよ! 私の為に全力になってくれて! だけど私から見返り無くて良い! とか昔ほざいてたんです! 馬鹿でしょ!? それ馬鹿って言うんですよ! 『それじゃ私が嬉しくないんですっ!』と主張して、この件は終わりました。いーちゃんは反省して『じゃあ、自分と私が楽しくいられる関係を構築しよう』ってのを意識するようになりました。今の状態とかまさにそれですね。そういう部分が、嫌いだけど大好きなところです!」
「……藤原さん。私は今、貴方があの広報の相方なんだと再認識したわ。……惚気よそれ」
「そのつもりで話しましたから」
ボディブローで蹲った所にアッパーカットが入った。
黒歴史を暴露するなよ……っ!
やっべえな、これまだ続くんだろ……!?
全部終わった後、俺は果たして無事なんだろうか、と思いながら床に這い蹲っていた。
ふるふる震えながら悶える僕を、石上はヘッドホンをしながら死んだ目で眺めていた。
◆
「まー、いーちゃんのダメエピソードは事欠かないんです。でもどんだけ減点しても、何度喧嘩をしても、こうやってラブラブですから。むしろ喧嘩するたびに互いの嫌いな部分を把握して、それを互いに直そうと努力してきましたからねー。向こうも私のダメエピソード知ってます。機会があれば話してくれると思います」
藤原千花という少女が、僕の計算以上に成長していたと実感をせざるを得なかった。
地頭や身体と言う意味ではない。本来ならばアーパーなのだ。ド天然なのだ。ゆるふわ系でボケボケなのだ。それを変えたのは、僕だ。多分僕だと思う。
恋愛という視点において、圧倒的なまでの経験を握った藤原千花は、かぐや嬢を手玉に取ることが簡単になった。……言い方が違うな。元から
だが今は、計算しても上回ることが出来るようになっている。
かぐや嬢に質問を投げ、柏木さんからの答えを笑顔でこなす姿に、僕は風格を見た。
……ひょっとして僕は、とんでもない
柏木さんは
だが、藤原千花もまた傑物であると、認めざるを得ない。積み重ねた経験は、お花畑な恋愛脳を、地に付けた実践的思考へと変化させたのだ。女は、強い。そして怖い。恋する乙女は最強だが、恋と愛を知った女は、最強以上になる。
「と、まあ此処まで色々と助言をしてきましたが、柏木さんにはちゃんと翼さんを好きだって気持ちがあると思います。後はゆっくり育てれば良いんです。私はゆっくり育ちましたからねー。今現在のいーちゃんと、初対面だった時、恋人になるには――あー、でも状況によってはOKするかもしれませんけど――関係を進展させるのにかーなーりー時間が掛かると思います。多分、柏木さんより長いと思いますし、すっごい色々苦労すると思いますよ。私もこんなふうに話せなかったのは間違いないです。でも
千花は晴れ晴れとした、惚れ惚れするような顔で、笑った。
「岩傘調から告白された、藤原千花を好きだ! ――っていう言葉は、大事にしたい私の想い出です! だから柏木さんも、その思いを忘れないようにすれば良いんです! その思いを抱えて、それでもやっぱり別れたいと不安になったら、また相談をしに来てください。その時も――」
中指と薬指を折り曲げて、目の横に付けるチカ☆ポーズで、格好良く宣言した。
「――このラブ探偵チカが、必ず恋の場所を教えてあげますから!」
心臓に何かが貫通した音が聞こえた。
ま、まだだ、まだ、終わら……な……!
僕が必死で崖に捕まっているところに、千花は笑顔で蹴りを入れた。
話はまだ、終わらない。
◆
それからも話は続く。柏木さんは千花から山ほどのエピソードを聞こうと姿勢を正し、かぐや嬢は目が死んでいた。何を考えているかは分かる。
『私は恋愛的に藤原さんに完敗していたのね……』と理解してしまった目だ。
(これ、関係がまた変化しそうだな……!)
長い間同盟を組んで、かぐや嬢&御行氏を応援していた僕とは事情が違う。
まさか、かぐや嬢も、協力を要請されて直ぐに此処までの言葉に晒されるとは思っていなかった筈だ。同性の親友が、遥か格上だったと認識させられるとは思っていなかっただろう。
であれば、この先の関係は予想が付く。
……かぐや嬢が、千花に、御行氏への想いを暴露するのも時間の問題だ。
……僕と千花の二人が揃って、かぐや嬢&御行氏のサポートに回るのも時間の問題だ。
――いや、既に気付いて居るかもしれない。先日のフランス交流会での最後の発言からして、千花は……あの二人の関係に、もう気付いて居るのかもしれない。ラブ探偵チカは、今日、僕が知るより早くから覚醒していたのかもしれない。
そうなった時――そうなったら。
(…………別に何も問題はないな?)
原点に戻って考える。
人が人を好きになるのに、悪いことなんかない。
関係が進展することに間違いがある筈がない。
恋愛関係の歯車が、今までよりも早くに前に進む――それの何が問題なのだ?
僕は千花と惚気たい。だからこそ会長と副会長の関係進展を応援したい。
進歩を『強制』させるのはアウトだ。
でも計算や打算を考えず気を使う事までが間違いだとは思わない。
僅かな機会をプレゼントしたい気持ちがアウトだとは思わない。
もしもお節介だと思ったら、二人は「お節介ですよ」と絶対に僕に言ってくる。
これは友人としての確信だ。
……なら、千花が何処までも恋愛強者になっていても、別に何も支障は無い。
ラブ探偵チカの惚れ惚れするような笑顔を見たら、どうとでもなる気がした。
かぐや嬢と御行氏の関係が進展していくとしても、何か色々な事件がこの先に起きていくとしても、きっと何とかなる。……なら、心配してもしょうがない。
「そうですね、では……この話しましょう。初キスの話……! 絶対内緒ですよ……?」
「「ごくり……」」
――はっ、と其処で平和に納得しかけていた僕の精神が、現実に戻って来た。
かぐや嬢ですら、聞く気満々じゃないか! これはヤバイ。その内容はヤバイ。
やめろ! やめてください! お願いします!! これを聞いたら、僕は悶絶死する。間違いなくだ。かぐや嬢と柏木さんなら他人に話さなそうだと理解した上での行動!
何か方法!方法を探さねば……! 今からでも……!
と改めて周囲を見回す。
そこで石上のヘッドホンが目に入った。
彼は柏木さんの問題が開始された後からこの状態だ。音を遮断して知らないふり。僕が悶えている最中もそうだった。スマホを弄って「我関せず」を貫いている。
僕は無言で、ボディランゲージとメモの走り書きで、石上に問うた。
『予備のヘッドホンとかイヤホンとか持ってない!?』
『……どうぞ』
差し出されたイヤホンを慌てて耳に嵌め、これで一安心――。
…………待て。待て、そうだ。石上。お前だよお前。
なんでお前、柏木さんが来た時に『下がっていましょう』と押し留めたんだ?
石上の性格からして、最初に『出ていきましょう』と主張する場面じゃなかったのか?
何故、石上は僕を引き留めたのだ?
もしも、という疑問が頭によぎる。
――もしも千花が、かぐや嬢や、柏木さん(恐らく)のみならず……。
――
――何かしらの約束を取り付けていたとしたら……?
――僕がここで石上に助力を求めることまで、千花が計算していたとしたら……?
固まった僕に対して、石上は無言で、イヤホンが繋がっている機器を差し出した。
中古のiPod。入っている曲数は一曲だけ。いや、これは曲ですらない。
『……私の声を聴いてゆっくり休んでくださいね……、いーちゃん』
『まずゆっくり深呼吸をして……。私が子守唄を歌ってあげます……リラックスをして……』
――囁き添い寝ボイスじゃねーかああっ!!
――聞けるかぁこんな危ない物を!! 公衆の面前でぇっ!
ちっくしょう忘れてた! 僕の性癖、GW中に目撃されてたんだった……!!
石上は無言でメモ帳に記す。
『すいません、藤原書記に『これ渡しておいて』って言われたんで……。何だったんです?』
言える訳がない。そしてこのデータを他人に渡せる訳がない。僕はイヤホンを回収し、iPodを懐に仕舞う。すると必然、耳に初キス経験の話題が流れ込んでいく。
結局、御行氏が戻って来るまで、生徒会室は千花の独壇場となった。
一番肝心な「及んだ時」までは触れないで終わったが、触りを聞いただけで、かぐや嬢は真っ赤になって降参だ。御行氏が戻り、柏木さんが退室した後、僕は衝立の後ろから這い出たが。
藤原千花の本気、おそるべし……。
その際に、真っ白になっていたことは、言うまでもない。
今回の勝負:藤原千花の完全勝利。
理由:最初から最後まで彼女の掌の中でした。
※尚、囁き添い寝ボイスは無事に保存しました。
石上は機会があれば正論でぶん殴りますが
その対象は一人から二人に増えています。
そして同時に、片方に助力して片方をぶん殴るのにも躊躇しません。
その内、石上も誰かにぶん殴られる時が来そうですけどね、YJ最新話を見た感じ。