幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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幕間:学生達はチョコが欲しい 前

 2月14日。

 普段はやれ慣習がどうだの、校則と風紀がどうだの、と言っている締め付けも若干緩くなる。

 元々が製菓会社の陰謀だろうがなんだろうが、既に国の一般風習として成立した、甘い日。

 恋人がいる奴は安心し、人気がある奴は数を数え、見込みのない奴は義理に涙し、ハンカチを噛み締める。その日の名前は――バレンタイン・デイ!

 高校生の若い男女ともなれば、この日に興味を抱かない筈がない。

 性知識に著しく欠如が見られる四宮かぐやですら、そのイベントと詳細を把握している!

 

 これはまだ、春が始まる二か月ほど前……。

 学年が変わる直前、生徒会役員達が一学年である頃の、さる甘い日の記録である……!

 

 ◆

 

 「よし、これで準備は万全……! 渚にはチョコボールを渡すように頼んだ……!」

 

 早朝、まだ通学前の自室にて、鏡の前で気合を入れる一人の少女が居た。

 彼女の名前は四条(しじょう)眞妃(まき)。1年B組。学年三位。

 四宮家傍流、四条家の令嬢であり、密やかな恋心を秘めた少女である。

 表向きはキツい性格をしているが、その性根は繊細。そして健気だ。所謂ツンデレと評される。

 

 「翼君と距離を縮めるチャンス……! 渚からチョコボールを渡された翼君は『やっぱり僕は女子には人気がないんだな』と思う……! そこに私が颯爽と登場……! 良い感じのチョコレートを渡す! そうすると翼君はときめく……! これよっ!」

 

 幼等部からの幼馴染にして親友:柏木渚の手も借りたこの作戦。

 何があってもずっと友人だよ……! と誓った間柄。今まで何度も互いの窮地を救い、互いに協力しあって困難を乗り越えてきたのだ。その約束は今まで破られたことがない。渚なら間違いなく彼女の期待通りに動いてくれるだろう。

 

 件の男子、翼君とは此処まで順調に距離を縮める事に成功している。

 このバレンタインを活用して、一気に彼の心象を良い方向に持っていけば……交際も間近!

 

 「『彼女が居ない』という事も確認済み……っ! 完全にフリーな彼を此処で手に入れる。なんとしてでも……! ――あ、でも向こうから告白して貰うように持ってくるのが一番よね。……誇り高い四条家の娘として、自分から告白するなんて言語道断……!」

 

 飽くまでも翼君の方から告白してくること、それが四条眞妃の望みであった。

 そう、伊達に四条家は、四宮家の傍流ではない。

 

 彼女もまた、四宮かぐやと同じくプライドが高かった!

 自分から付き合って下さいとは言えない人間だった……!

 遠回りな工作を考えるのもまた血の定め。

 『おば様』と呼び慕う彼女と全く同じ思考で、同じような行動をしているとは、眞妃は思いもよらない。

 

 「でも気を付けないといけないわね……。翼君、誰にでも優しいし。キツイ事を言っても笑顔で受け流してくれる……! その包容力の前に虜にされる人が居ないも限らない……! 彼の温かさで他人のチョコレートが溶けてしまうなんてことになったら……。……ぐすっ」

 

 想像すると何となく泣けてくる眞妃であった。

 根は良い子で献身的なのだ(親友の柏木渚談)。

 嫌な考えを振り払い、身支度を整える。

 

 「まあ良いわ。厳選したチョコレートが此処に一つ……! あとはこれをタイミング良く渡せばいいだけ。……ええと……下駄箱の中……はダメね。ベタ過ぎるし、他にもライバルがいるかもしれない。名前を書くのは恥ずかしいし……! 一番は、私の手からそれとなく渡せる事。それも私が、恥ずかしくないシチュエーションで!」

 

 そしてその後で、翼君が『本命なのかも……!』と思ってくれるのが一番良い!

 難易度が高い発言をしているのだが、彼女自身は「きっといけるわ!」と考えていた。

 取らぬ狸のなんとやら。世の中其処まで甘くないのだが、恋する乙女に現実は通用しない。

 鏡の前で一喜一憂する姉の姿を見つめる、双子の弟:四条帝の目線は平常運転であった。

 

 だが何より、彼女は気付いて居なかった。

 彼女の様に悪だくみをする人間は、一人ではないのだと……!

 

 ◆

 

 「おはよ。今日は朝から騒がしいな。やっぱり皆そわそわしてるか」

 「岩傘か。良いよな、お前は……。チョコレートの心配をする必要ないから」

 「いや、そうでもない。この時期はこの時期で、千花にも悩みはあるんだよ」

 「ほう」

 

 俺、豊崎(とよさき)三郎は、すぐ近くに座った同級生:岩傘調の発言に目をとめた。

 古くから秀知院学園に通っていた俺と、岩傘調の付き合いは長い。同じクラスになったタイミングこそ高等部に入ってからだが、初等部では一緒の委員会活動を行っていた。

 本格的に会話をするようになったのは、白銀御行、風祭豪という二人の『混院』生徒が同級生になってからだ。人間、間に緩衝材があると会話がしやすくなるものである。

 

 とはいえ藤原千花と岩傘調が『許嫁』で幼馴染である事は、初等部の頃から有名だ。

 皆が若かりし悪子供(ワルガキ)だった頃は何かと揶揄(からか)いの対象になっていた。それでも胸を張って『好きで悪いか!』と言い続けた姿を見て、その内『ああコイツに生半可な攻撃は通用しないな』と全員が知り、以後、惚気に対してヤジや嫉妬の声が飛ぶだけに留まっている。

 

 豊崎は、そういう岩傘の態度は凄いなと思っていた。

 惚気ている馬鹿だというのは――中等部にすら伝わっている噂だ――間違いではない。

 だが、惚気るために全力の努力をする。

 成績は悪い時でも40番以下には落ちないし、調子が良ければ20番を超える事もある。藤原千花との交流を堂々とするために、何やら多様な言語(読むだけらしいが)を習得してまでいる。

 

 その直向きさは、確かに男女問わずに交流が出来る社交性になって現れる。女子の中には『良いかも』と思う奴も居るらしいが、彼は『千花一直線なので』と公言して憚らない。

 ほんっと羨ましい限りである!

 

 「で、その悩みってのは?」

 「毎年毎年、手の込んだチョコレートを作るから、バリエーションと工夫が大変らしい」

 「んなこったろうと思ったよ!」

 「まあ今年は14日が明後日(日曜日)だからね、渡すなら今日だろって皆、意気込んでる」

 

 岩傘曰く、毎年チョコレートを貰うのは当然の流れらしい。

 しかし藤原千花からの手作りは、年を経るごとに豪華になっていく。毎年同じ代物を上げるのも嫌だと、年々工夫が施されていき、今ではその辺の洋菓子店で売っていても遜色ない代物になっているらしい。なんでも岩傘の家で働くお手伝いさんらとも共同作業だそうだ。

 

 「というか豊崎も十分貰ってるだろ。成績優秀で、野球部レギュラーとか、貰えない理由がない。告白受けたことだって、僕の記憶じゃ何回もあった筈だけど」

 「……欲しい女子から貰える訳じゃない……っ!」

 「ふうん? ――……ふうん?」

 

 然り。俺とて貰いたい女子の一人くらいはいる。

 1年C組の(きの)かれん。彼女がそうだ。

 クラスこそ違うが、マスメディア部の彼女は、時折野球部の活動を報道しにやってくる。機会を逃さず話しかけているのだが……残念ながら、上手く行った試しは無い。

 巨勢エリカは地味に応援してくれているようだが、それでも早々上手く転がる筈もない。

 

 「まあ、じゃあ頑張ってみれば良いよ。マスメディア部、人脈拡大の為ならあれこれ手を打つタイプだし。1on1で貰えなくとも、目的は達成出来る……と思う」

 「……今日はそれで手を打つしかないか」

 「そうだね。そして、そんな悩める友人に、これを渡しておこう。今日の放課後、色々あるからね。楽しみにしておくと良いよ」

 「……恩に着る!」

 

 『ここにおいでよ』と学園の地図を渡された。

 何を企んでいるかは謎だが、恐らくバレンタインに関する話に違いない。

 12日(今日)と15日(来週月曜日)。女子がどっちで動くかと言えば、早い方だ。早くに動かず15日まで待ち、結果、意中の人に既にチョコレートが渡されていました、とか洒落にならない。

 彼はそう言った。

 

 岩傘という男の情報網と活動予測能力は馬鹿みたいに高い。文系の処理能力というのか。数字や計算を元に処理するのではなく、与えられた文章からの推察、報告書からの予測、論文からの抽出等々、凡そ「読む」事に関する才能は並外れている。

 

 「しかし豊崎も丸くなったね……。去年の春とか、御行氏や風祭相手にあの態度だったのに」

 「それを言うなよ。あの時は……頭に血が上っていたんだよ」

 

 そう、何を隠そう、俺は一年生の頃、白銀に妨害工作を仕掛けたことがある。

 この学園では成績が貼り出される。俺も相当な上位層だ。そんな中、突如として現れ、猛烈な勢いで順位を駆け上がる白銀に俺は恐れをなした。そして妨害工作を行ったのだ。『混院』の彼に負けるのが悔しかったという気持ちもある。一年生で生徒会に抜擢された嫉妬もあった。

 その妨害工作を白銀は「知ったことじゃない」と打ち破っていった。途中、岩傘が、俺に妨害工作を辞めるように語り……白銀相手に「正面からぶつかる」と約束をする事になった。

 そして俺は負けた。……負けた俺を、岩傘も白銀も笑わなかった。

 

 『最後は正々堂々の勝負になったんだから、それで良いだろう』

 

 その時、思ったのだ。ああ白銀と岩傘との仲が良いのも、人気があるのも分かる、と。

 結局それから今までこうして友人としてやってきている。あの時の事を持ちだす事もない。岩傘が本気になれば、他人を貶めることなど――それこそマスメディア部よりも――簡単なのに、彼はそれをせず、脅すカードにする事もない。

 

 俺はそのことに深く感謝をしつつ、今後も出来る限り二人の力になろうと決めている。

 故に、彼らが何か悪巧みをするならば、一枚も二枚も噛ませて貰うのが道理であろう。

 

 「まあ、これを大事にしておけばいいんだな?」

 「そうだよ。風祭も誘うと良い。損はさせないさ。後でちゃんと働いて貰うから」

 

 生徒会役員は悪い顔をしていた。

 後からやって来た白銀と目を合わせ、フフフと怪しげに笑い合う。

 

 「かぐや嬢からの協力も得られましたし……」

 「ああ。俺の方でも約束を取れた。後は連絡を任せたぞ、岩傘」

 

 それだけを見れば、まるで悪人達が犯罪計画を練っているようであった。

 

 ◆

 

 社会カーストが構成される秀知院だが、そこそこの家柄出身でも、成績が良く尚且つ性格も良いとなれば、学園内での立場は上がっていく。

 

 その最たる例が白銀御行という男の生徒会就任なのだが、それは此処では横に置いておこう。

 

 出生によって自動的に与えられる、周囲から押し付けられる一種の「思い込み」は、個人的には無縁でいたいというのが私の心情だ。

 ただ色んな人から好意を向けられるのは悪くないと思っているし、皆と仲良く出来るのは楽しいと思っている。

 

 私:子安つばめの元に、生徒会広報がやって来たのは、バレンタイン前の火曜日だ。

 私も誰かにチョコレートを渡すのだろうか? なんて気になる視線を感じる頃だった。

 

 「子安先輩、ご協力をお願いできませんか? 具体的に言うとこんな感じで……」

 

 と私に内緒の計画書を見せてくる広報。

 学年関係なく、ちょくちょくあっちこっちに顔を出すが、動きやすいのだろう。

 彼は生徒会書記ちゃんという許嫁が居て惚気続けているという。つまり女生徒と会話をしていても、あらぬ誤解を受けることがない。それはどっちにとってもメリットだ。

 

 差し出された計画書は、金曜日に発生するバレンタインに関する問題解決案だった。

 金曜日に大規模な騒動が起きるのは間違いない。それを生徒会側で制御しておきたい、という話である。中身を確認してみると、なるほど、中々……良い考えが書かれていた。

 

 「阿天坊先輩とかにも声を掛けますが……。これなら楽しくバレンタインを過ごせるでしょう。風紀委員がワイワイと喧しくなることもありません。取り締まりも楽になります。校長及び教員には既に通達済み。後は協力者を募るだけです。……引き受けて頂けませんか?」

 「良いね。面白いんじゃないかな? 分かった、協力するよ」

 「有難うございます。では詳細はこちらに書かれているので……内密にお願いします。詳しい話は直前にまた連絡を差し上げますが……。気楽にやっていただければ、と」

 「そうだね。会長さん達にもよろしく」

 

 確かにこれなら気楽に行動できる。自分達がやきもきする必要もない。大勢が笑顔になる。

 良い計画だ。

 この後彼は、阿天坊さんや、一年生達の周りを回ってこれを実現まで持っていくらしい。

 毎年、風紀委員の笛が響き、チョコレートを渡す際にトラブルが多発するバレンタイン。

 

 今年は楽しくなりそうだ。

 

 ◆

 

 その放送は、唐突に始まった。

 

 お昼休み!

 全員が大体の食事を食べ終え、残った30分の時間で何をしようか、と考え始める頃。

 テキストを開く者、まだ食事中の者、仮眠を取る者、友人達と談笑する者、各々が様々にいる中、突然に始まったのが――生徒会からの放送であるっ!

 

 『あー、あー、アテンションアテンション! 学園内の皆さんこんにちは! 此方マスメディア部です。唐突ですが、此処で生徒会からのお知らせ! 大事な話なので良ーく聞いて下さい! 良いですね!? 本当に大事なので! では広報、お願いします!』

 

 『お任せあれ。――生徒会役員、広報担当の岩傘調です。さて本日は何の日か、皆さんご承知のはず。厳密に言えば明後日ですが、今日この日から動いている人が大半でしょう。あっちこっちでどんなイベントが起き、どんなフラグが立つのかと身構えている人も多いでしょう……!』

 

 放送が、学園全域に響いていく。

 

 『しかして同時に大きな騒動になるのも、また事実。風紀委員に取り締まられては困る! という乙女も! 貰えないと諦めている若人も! 既に当てがあって「いやー僕は本命あるから困んないですよ」とかいう僕みたいな人も! 各々、バレンタインを楽しみたいと思います。そこで生徒会は考えました。――『じゃあこっちでイベント立ててやるよ!』と』

 

 どよどよと学園内に広まっていく関心の声。

 放送室からでも聞こえるその声に、広報は楽しそうに続けた。

 

 『さて皆さん、テレビを付けて下さい。そこに説明が映りますからねー。テレビがない人はネットで生徒会室のお知らせ窓を開けて下さい。其処に詳細が載っています! ルールは簡単! 本日の授業終了と同時に! 学園敷地内、校舎外を三機のドローンが飛びます! そしてそのドローンには、銀色の『引換券』が入っています!』

 

 ノリノリで説明をしていく広報だ。

 

 『引換券は、空中を飛ぶドローンから定期的に排出され、それが地面に落下します。そのカードは、拾った人の物になります。ああ、言っておきますとドローンにはカメラ機能もあるんで、ずるしてカードを入手しようとか、喧嘩になったりとかしたらアウトです。他の人にカードが渡ったら素直に諦めましょう。更に言えば駆け足も禁止。全員、早足で歩いて探してください。――で! そのカードを手に入れた奴! 昇降口の前まで、やって来いっ!!』

 

 ババババッ! と映し出される美少女たちの顔写真。

 

 『この日の為に手配した、美少女の皆さんから、手渡しを受けられます! チョコレートは既製品! 手渡し以外のイベントは無し! 風紀委員の監視付き、更に言えば剣道部や柔道部と言った体育会系の護衛付き! ただし貴重な女子から手渡しのチョコレートだ! 今まで一回も貰ったことがないと嘆く奴でも構わない! 此処で追加でチョコレートを欲しいという強欲な奴でも構わない! 尊敬するお姉さまから貰いたいと密やかな願いを持つ淑女であっても構わない! さあ諸君! ――全力でカードを集めるが良いっ!』

 

 高等部の主だった女子達の顔写真!

 二年生:阿天坊ゆめ、子安つばめを始めとした美女達……!

 

 だが特筆すべきは、一年生の面子である!

 龍珠桃、早坂愛、藤原千花――そして四宮かぐや!

 

 『協賛のマスメディア部と白銀御行からも貰えるぞ!』と添えられている。

 

 うおおおおおお!! と男子達と女子達の咆哮が上がった。

 

 今ここに!

 秀知院学園、第67期生徒会によるバレンタインイベントが幕を開けたのであるっ!

 

 ◆

 

 「え、ちょ、私は如何すれば良いのよ!? これじゃ予定が狂いすぎるわよー!?」

 

 だがこのイベント、ごく一部の人間には不都合であった。

 迂遠で複雑な計画であればある程、率直かつ楽しい混沌とした出来事に弱い……!

 

 頑張れ、四条眞妃!

 彼女の明日はどっちだ!




尚2019年YJ11号にて神った時期まで判明してしまいました。
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