岩傘調は、惚気てばかりいる。
のんびりと惚気、やる気に溢れた時でも情熱的に惚気、調子が悪い時でも悪いなりに惚気。周囲が呆れるのも当たり前。2年B組における彼の態度は、既に高等部を超えて中等部でも有名だ。
だから、逆に
マスメディア部が、密かに情報を集めたことがある。どんな人間か、と。
『面倒見が良いというか、友情に厚い。義理人情を大事にする奴』とこれは白銀御行の言。
『約束を守るだけでなく、自ら進んで約束をしに来る、生真面目な男』とは四宮かぐやの言。
『藤原書記と友人の周囲には気を配る割に、自分の事は後回しにする人』とは石上優の言。
『鬱陶しい。邪魔。なんであんなのが千花さんと許嫁なのか理解できない』とは彼の妹の言。
しかして、最も彼を知る藤原千花はこう語った。
『馬鹿ですよ?』
ばっさりであった。
『あの人は馬鹿です。考えると空回りするし、頑張ると視野が狭くなります。それに子供っぽいですね。一見、固そうな文学青年に見えますけど、見た目だけですねー。人間賛歌っていうんですっけ、愛と勇気と正義が活躍する、ハッピーエンドな御伽噺。そういうのが大好きなロマンチストです。……だから私にも、ずっと全力です。途中でどんな障害があっても、それを乗り越えて、多分、一生……好きだって言い続けると思います。そういう馬鹿です。でも、そういうところが、私は好きですね』
マスメディア部は、この時、こう思った。
ならば、もしも『意思や決意を嘲笑い、どう足掻いても何も変わらないという現実を突きつける、超然とした物語』があるとするならば、それはきっと天敵に違いない、と。
その発言を聞いた藤原千花は、続けてこう返した。
『そうですね。もしもそういう物語が来たら、いーちゃんは全力で戦うと思います。殴ったりとかはしませんよ? 大体、いーちゃん喧嘩とか出来ませんもん。変な技も使えないですし。……でも私や、私の周りや、色んな人が過ごす、明るく楽しい生活の為に、頑張ると思います。そして、そういう物語を打倒すると思います』
だから、と彼女は笑いながら続けた。
『だから私は、いーちゃんが辛そうにしてたら、一言だけ言います』
『いってらっしゃい。待ってるから。頑張ってね。――って』
◆
「いーちゃん、ほら、悔しそうな顔をしてないで、立つ! 立ちましょう!」
路地裏のゴミを思い切り蹴り飛ばし、悔しいと嘆いた僕を、千花はぺしっと叩いで激励した。
日曜日。クルーシュチャと名乗った女に遭遇した翌日。
僕と千花は、龍珠組と協力し、憂さんと相手のデートを監視していた。監視といえば聞こえは悪いが、無事に上手く行くかを気に揉んで、様子を伺っていた……。いや、言い方を変えても監視だな、これは。
念のために言っておくと、憂さんも相手さんも『まあそうなるでしょうね』と身構えず受け止めていた。相手がヤクザの若者(それも組長の娘の護衛をする男)なので、監視があるのは互いに納得済み。迷惑にならない様に心掛けている。何時でも撤収する用意は出来ていた。
「今日は、宜しくお願いします」
脚のラインが見える、どちらかと言えば男装姿に近い衣装を着た憂さんは、格好良かった。元々が西洋風の顔立ち。どこかの女優みたいに様になっている。人目を惹く華である彼女を出迎えたお相手も、流石は――と言って良いのかは分からないが――龍珠組の若い男。胆力があるし、礼節を弁えた男だった。爽やかなイケメンではなく、男前、という表現が似合う。
果たして『逢引か……?』と言われると謎な挨拶だ。だが、少なくとも互いに悪い印象は持っていない様子だったし、物静かな会話をしながら歩き始めたのを見て「これは様子見だな」と、僕と千花と藤原家と龍珠組は頷き合い、遠目での観察に切り替えた。
場所は神保町。古書の街。
逢引に指定するとはまた古風だなと思ったが、僕個人としては大好きな街。
憂さんも嫌ではなかったらしく、むしろ話は弾んでいた。彼女の表情筋は全く動かない上に、淡々としたまま口調も、語り口も、平時と何も代わりは無いが、それでも気は悪くなさそうだった。長い付き合いの僕には分かった。
しかし、その行く手を遮る連中がいたのだ。
遠目からの殺意(と彼女は後に報告をした)を感じ、路地裏――出来るだけ人気のない場所へと脚を向ける。そして何時しか、二人は囲まれていた。体格の良いスキンヘッド達に。
僕にはそれが、何者なのか直ぐに分かった。
嘗てアメリカ、インスマスで出会った人々に、よく似ていたからだ。
「何と誰を狙いかは分かりませんが『龍珠組』だと分かって手を出しているのですね?」
「ワダツミの命令。覚悟!」
「単刀直入ですが話が通じませんか。良いです、ならば加減は無用」
ほとんど会話もなく、挑発もなく、奴らは襲い掛かってきた。
……『
だが二人を取り囲んだのは、明らかにヤバい連中だった。
彼らが
僕は即座に龍珠桃に確認をした。奴らのワダツミって単語、聞き覚えがあるか? と。
答えも即座に帰ってきた。『戦前に勃興したワダツミ産業が、何かと汚れ仕事を任せていた暴力団があるとは聞いたことがあるな』と。
一番の脅威は、彼らが日常生活を脅かす、社会的地位を擁していることだ。
権力の強さは、秀知院に居る以上、よく知っている。それを悪意を持って使われたらどうなるかも。人間一人の人生を狂わせる程度、簡単なことなのだと、知っている。
「あんにゃろうが……っ!」
クルーシュチャの歪な笑顔を思い出して、僕は苛立った。悪態を吐いた。そして何より悔やんでいた。
このタイミングでの暴力団組織の介入。どう考えてもあの女に関係していない筈がない。
じわり、と胸の中が締め付けられた。昔からそうだ。
何もしなかったと言われる――その事実を知るのが、何よりも辛い。
僕がもう少し上手く立ち回れば!
僕が何か事前に準備を整えておけば!
僕がもう少し気を使って、逢引の邪魔をさせないように手配しておけば!
憂さんは、ごくごく平和で、尊い一日を手に入れたのに……!
悔しかった。歯痒かった。くそったれと思った。
普段、散々に他人を応援しておいて、このザマは何だと!
肝心な時に、姉の応援が出来ないなんて情けないにも程がある!!
周囲を巻き込むまいと、素早く近くの、取り壊し中のビル内部に飛び込んだ憂さんと相方。その後を追うスキンヘッド共。彼らの喧騒音が響いてくる。肉がぶつかる音、電撃の音、何かが吹き飛ぶ音、瓦礫の音、そして怒号!
焦って視野が狭くなり、思い切り壁を殴った僕を――
――千花が「ていっ!」と叩いたのは、直後のことだった。
◆
「全く、まーた、自分一人で色々、変な方向に責任を抱えてますか! 馬鹿ですね!?」
べしっべしっと千花のチョップが続く。
ラブ探偵チカの帽子とパイプを手に持って、遠慮なくビシビシツッコミが続く。
「痛い、痛いです千花さん……!」
「どうせまた考えてるんでしょう! 『自分がもっと頑張ればあの二人のデートを潰さずに済んだのかもしれない!』とか下らない責任を! 何でもかんでも自分が八方手を尽くして頑張れば防げるとか思うのは、いーちゃんの悪い癖です!」
手に持っていたパイプで叩かれる。地味に痛い。
「世間には何をどう足掻いても無理なことはあります! ペスの時みたいに無理やり通せることじゃないって理解してるでしょうもう良い年なんですから!」
反論できない正論がぐさぐさと突き刺さる。
こと、僕に関することにおいては、彼女は石上よりも鋭かった。
「背負う必要がないことまで責任を感じるのは馬鹿じゃなくてドアホって言うんですよ! 勝手に背負って勝手に潰れるんじゃありません!」
べしべしがゲシゲシという蹴りに変わった。段々と千花の蹴りが本気になって来る。
ラブ探偵チカの持つ意思が伝わってきた。
『少しは学習しなさい!』と、彼女は怒っていた。
「他人の幸せを願えてそれを叶えるのに全力で失敗したら自分の様に悲しむ! 確かにいーちゃんのそれは美徳ですでも馬鹿って言うんですよそう言うのは!! ――悔しいっていう気力があるなら! 頑張ってフォローに走りなさいっ! そして時に関係ないことは関係ないって振り払う努力をしなさいっ! 私が好きなのは!」
びしっと指を差された。
僕より15㎝小さい千花が、指先で鼻を突いている。
「『誰かの為』だけじゃなくて! 誰かと自分の気持ちの『
「……はい」
「声が小さいですよっ!」
「はいっ!」
思わず勢いよく返事をした僕に、千花は『宜しい』と胸を張った。
ああ、やっぱ僕には、彼女がいないと駄目らしい。昔から今まで、ずっとそうだ。
荒れていた心が、それで溶けて、穏やかになる。千花の言葉と笑顔は、僕の精神を巧みに分析し、乱れていた均衡を安定させる。こればかりは彼女の才能だ。
「大丈夫、憂さんは強いです。龍珠さんのヤクザさんも応援に入れます。なら、いーちゃんがする事は簡単ですよね? さっさと終わらせましょう。明日は月曜日ですよ!」
「ん、……気合入った。ありがと」
「どういたしまして! 後で沢山褒めて甘えて下さい。ふふん」
どやー、という顔の千花を一瞬抱きしめて、頷いた。
自分の頬を叩いて気合を入れる。そして冷静に考える。
『チクタクマン』の時もそうだった。今もそうだ。僕は、誰かの恋路を邪魔される光景を見たり、恋愛にケチを付けに来る存在が居ると、視野が狭くなる。其処しか目に入らなくなる。全力で――突っ走ってしまう。
あの時、御行氏にも言われたじゃないか。
『気持ちは、皆、一緒だ。だから落ち付け』と。
落ち着く。深呼吸をして、考える。
自分には何ができる?
じっと頭の中を探った後、スマホから番号を呼び出した。
喧嘩が出来ない僕は、鉄火場に飛び込んでいくことは出来ない。世間には
……実家の権力ってのは、こういう時に使うものなんだ。
此処に来て、親を頼るのは如何なんだ、と思う。
けれどもこれが今の最善だと考えて、僕は親父へと連絡を入れた。
同時に、走り出した。
◆
正中線に二連打が突き刺さり、一人が崩れ落ちる。
そのまま前進し、崩れ落ちた男を足で蹴り上げ、正面から近寄ってきた数人の元へ蹴り飛ばす。
巻き込まれ転倒した男達の元に飛び、靴先で、顎・喉を素早く蹴り抜き、気絶させながら反転。
背後から迫るの手を掌で受け、回転させて姿勢を崩させ――
そのまま地面に叩き付ける!
「すっげえな、あの姉さん……。――おう、私だ。なんだ岩傘」
双眼鏡で覗く龍珠桃の視界の中、女は八面六臂の大活躍で次から次へと迫るスキンヘッド達を叩きのめしていく。華麗だ。桃を護衛する周囲の男達も、感心しながら見惚れている。
彼女と一緒に居た
しかし、のべつまくなしに参戦したら『組』の名に傷がつく。それは避けねばならない。
状況を推し量っている所に、連絡が来た。
「連絡が遅れた。悪い。そっちで人数動員できるか。情報工作は
「良いんだな?」
「ああ。今回の事件は暴力団同士の抗争だと片を付ける。『龍珠組』に対して連中が、喧嘩を吹っかけたという構図に持っていく。小島君にも、そう通した。だから頼む」
「は、誰に物を言っている?」
許可が取れたのならば、何も障害は無い。
龍が獰猛に牙を剥く。
「ウチの若いのも被害者なんだ。身内の為に全力なのはお前だけじゃねえんだ! 任しとけ!」
通話を切った桃は、周囲を囲んでいた若い男達に命令を出した。
『個人』を『組織』が襲った喧嘩なら、襲われた個人の側が被害者だと主張できる。
だがこれが『組織』と『組織』なら別。下手をすれば暴力団同士の大規模抗争として、龍珠組にダメージが来る可能性があった。それは避けねばならない。
しかし、岩傘調が、隠蔽工作に加担するならば、話は別だ。
「よし野郎ども! 情報漏洩の心配はしないで好きなだけ暴れろ! 女気男気、溢れる奴を見ているだけとか、男の風上にも置けねえだろう! やっちまえ!」
「「「「応!!!!」」」」
一斉に廃ビルの中に流れ込んでいく黒服の男達。
スキンヘッド――というよりも若干、魚のような顔立ちをした連中とぶつかり、ビルの内部は瞬く間に戦場と化した。その隙間を縫い、優華・憂は、逢引相手を背負って外へと抜けてくる。
どうやら片方は良い一撃を受けて気絶してしまったらしい。
そこは男女逆にしておけよ、と思いながら、桃は出迎えの車を呼んだ。
◆
『我が家でずっと働いてくれている人だ。彼女の為なら、力を貸してあげるのは構わない。だけど調、学園に居る生徒との交渉はお前がやれよ』
「勿論!」
親父に即答した僕は、走りながら階段を上っていた。
千花は人通りの多いカフェテラスに避難させてある。公衆の面前なら安全だ。
すべきこと。まずは連絡。助力を希うことだ。僕一人じゃ出来ないなら、出来る人の力を借りる。其処に躊躇いは無かった。何時もやっていることだ。それすら頭から抜けるのだから、僕の視野狭窄は度が違うらしい。
広報として手に入れた人脈を駆使して、この騒ぎを平和に終わらせなければならない。
そして憂さんの未来へと繋げるのだ。
……次にすべきことは何か?
決まっている。『答え合わせ』だ。
神保町の中にある、古びたビル。幾つもあるボロいビルから、一つを選び、その中に入る。不自然な程、人の気配がない建物内部を掛け上っていく。
道中、幾つもの曲がり角がある。少し迷うが、壁にワザとらしく描かれた落書きを見て、理解する。――道案内をしてくれている。その案内図に込められた嘲笑を肌で感じながら、けれども矢印に従って、再び走る。
続けて番号を押した。
「広報の岩傘です。今、時間ありますか、小島さん。……神保町でちょっとした乱闘騒ぎがあるんですが、目を瞑って下さい。見て見ぬ振りって奴です。ええ、一般市民には被害が出ないようにしてあるので。――有難うございます!」
階段を上がる。金属音が断続的な音を立て響いて行く。
頭の中で地図を確認。ああ、くそ、こういう計算、本当は白銀が得意なんだろうに!
普段の名前呼びすら抜ける。僕は必死に考える。答えに向かって計算を重ねる。
――連中に指示を出せて、憂さんら、二人の行動を観察できる場所。
――龍珠組とインスマス面が喧嘩を繰り広げる光景が、見える場所。
――龍珠桃や、僕、千花といった監視役も、見える場所。
警察は封じた。警視総監の子息、剣道部の小島部長に連絡を入れた。
阿天坊先輩にも連絡を入れ、その後で龍珠桃に連絡を入れ、最後に、津々美に頼む。
「神保町でちょっとした騒ぎがある。出来る限り隠しているが、その辺り、実況してるツイートやらSNSの書き込みがあったらさり気無く話を逸らしてくれ。『チクタクマン』暴走させた奴が絡んでるんだ。頼んだ」
「突然デスね! ……了解、お任せを。そういう事なら奮起せざるを得まセン」
連絡を終えた僕は、息を吐いて、考えと脚の速度を上げていく。
クルーシュチャの方程式。邪神に至る方程式。
解くことは不可能に近い、しかし解いた物はニャルラトホテプになるという数式。
あのモザイク女は、己を数式だと名乗ったのだ。
ならば、この事件も数式と考えれば良い。ヒントは撒かれている。ヒントを組み合わせたその先に、必ず答えがある。魚面の奴らの調査は後で良い。今は、やるべきこと、それは。
――奴の性格的に、僕の足で届く場所。
――馬鹿と煙が居る場所は――高い場所だ。
「あの性悪女の計算に、僕が追い付けるかを確認しておかないとなぁ……っ!」
今回、あれに勝てるとは思わない。前回だって翻弄されたままだ。
だからこそ此処で確かめておかねばならない。僕の頭で、僕の意思で、食らいつけるかを確かめておかねばならない。
悔しい。ああ、悔しいとも!
この事件の
それくらい僕は腹に据えかねている。
だが今は出来ない。……ならば認めろ。ならば自覚しろ。
今の自分では勝てないと理解するのだ。
悔しさはバネになる。今は負けても、次に勝つ為の餌にする。その為には、己の計算が――自分の決意が方程式を解き明かせるかを、確認しておかねばならない。もしも間に合ったのならば、後は、速度を鍛えれば良いのだから!
計算と方程式が一つの答えになった。
階段を登り切り、古びた扉を勢いのまま押し開ける。
……そこには誰もいない。荒れ果てた、錆びた手摺の屋上があるだけだ。
外れか、と思った。計算を、間違えたか。
「いいや、正解だ。くふふ」
僕の背後から、邪悪な女の声がした。
「待っているよ? ハッピーエンドなかぐや姫。そんな幸せなお話を壊す悪意があって……けれどそれを更に破り、愛と勇気の物語に戻す、その瞬間を」
振り向いた一瞬、満足そうな嘲笑を浮かべ、モザイクの女は消えた。
◆
本日の勝敗:岩傘調の勝ち
理由:勝負にも負け、試合にも負け、けれども正解には到達した。
◆
「随分と、動いたようですね、広報」
翌日。月曜日。週明けの日。
部活連に顔を出して詳細を説明し、あれこれと今後を含めた話をした後、生徒会室に戻る。
そこで珍しく、無表情に近い顔をしたかぐや嬢に、話しかけられた。
目が語っている。僕が日曜日に何に巻き込まれたのかを把握している。
「半分は事故です。そして半分は、悪意です。この先、こっちに降りかかるかもしれません」
「その時は私達で撃退するだけです。……藤原書記を泣かせてはいけませんよ? 彼女は、私の親友ですからね?」
「言われずとも」
「では、私は何も言いません。何かあったら、頼りなさい。生徒会は貴方の味方です」
「……しかと、覚えておきます」
事件は何も解決していない。
あの襲撃者達は全員、捕縛し、龍珠組と警察で対処した。捕まえて牢屋に放り込まれている。けれども彼らに指示を出したものが誰なのかは、不明なままだ。
捕まったインスマス顔の男達は、それから数日後、どんどんと人間へと戻って行った。同時に意識が混濁し、己が如何暴れていたのか、という記憶も曖昧になっていった。
後日判明したことだが、あの魚人顔は、薬物投与によるものだった。つまりドーピングだ。
……ちょっとの進展はある。彼らは元々『星龍組』という暴力団で、一種のカルト教団と結びついていたとは判明した。この辺は阿天坊先輩が調べてくれた。彼らが崇めるのはダゴンやクトゥルフといった海の邪神で、どうも組の設立にそいつらが関与していたらしい、とまでは判明した。
しかし肝心の『星龍組』指導者はどこを探しても見つからず、記憶の混濁及び魚人化から戻った構成員達は、何も知らない。投薬すら自分の意思ではないと主張している。
情報は途絶えた。
「辛うじての収穫は……憂さん、か」
あんなことがあった後だが、憂さんは、そのまま交際関係に発展したらしい。
優さんは、相手側の奮戦を確認した。相手も憂さんの実力を把握した。更に言えば自分を抱えて龍珠組まで撤退し、その後に世話までしてくれたという事で、完全に惚れ込んだそうだ。大立ち回りは組の人にも理解されたようで、歓迎ムード一色である。
それは良いことだ。良いことだが……。
次に、同じようなことがあったら困る。それは今度こそ、阻止したい。
だが。如何すれば阻止出来るのか、次にどんな風に攻撃されるのかが、分からない。それが目下、最大の悩みだ。
親父に頼んだ結果、無事に情報は隠匿出来た。具に調べると『神保町で喧嘩があったらしい』くらいのゴシップは発見できるが、ニュースにもなっていない情報だ。重要度が低いと判断すれば、人はそれを視界に入れる事もない。
その代わり、僕は部活連に出向き、今回の事情を説明する羽目になった。
割と僕の方から、色々とお願いした立場だ。かなり向こうからの突き上げが痛かった。ただ向こうは、僕――というか我が家に貸しを作れたことが収穫だと判断してくれた。
タダ程高い買い物は無い。今後を考えると少しだけ胃が痛いが、憂さんの為に尽力するのは間違いではない、と思う。
「昨日の騒動を、記事にしている新聞は無い。インターネットでも、この分だと直ぐに雑多な情報に流されて終わり。後処理は、済んだけど……ね……」
僕は新聞を置いた。日本全土ばかりか海外にまで情報を発信している全国紙。明治期に創業されてから今まで連綿と情報産業を牽引し続けた、この新聞は――僕の先祖が創立した物だ。
親父は、社長をしている。
幼い頃は「凄い!」で済んだが、高校生にもなると、複雑だ。
偏向報道だの、右だの左だの、政治家との癒着が色々とか、素直に喜べない。
「……今回は、何とかなったけど、でも、何回も頼れないしな」
そう、何度も何回も、親からの援助を頼れはしない。
今回の事件だって終わった訳ではないのだ。
一つの事件の中の、一つのイベントを、何とか隠蔽工作に成功したというだけ。
もしも『これ以上は頼れない』という心理を持たせるところまで計算していたならば、あの邪神のトラップにまんまと引っかかったことになる。
「……でも、な。やっぱり」
我儘な、自分一人じゃ何も出来ない子供でも。
いや、子供だからこそ、物語はハッピーエンドであって欲しい。
例え月に戻っていくのが正史でも、かぐや姫と求婚者達の物語は幸せであって欲しい。せめて全員が納得してからの、笑顔で終わって欲しいと思っている。
副会長がかぐや姫でも、会長は帝じゃない。
だけど誰もが一生懸命に、恋と愛の話に全力だ。
その努力を嗤って泥を掻けてくる奴らを相手には、立ち向かいたいと思うのだ。
――私、読むのならば、幸せなお話が良いです!
昔、千花がそう言った。
それは今でも忘れることが出来ない、僕が最初に千花を好きになった理由の一つ。
「好きな女の子が居る男の。好きな女の子のお願いを抱え続ける男の。その娘と自分の為にハッピーエンドを探す男の。心を、折れると思うなよ? 《
どこかから、僕の呟きを歓迎するような。
女の声が、聞こえた気がした。
難題は学園へ繋がる。