幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

27 / 57
岩傘調は更新したい

 「うー、国語が分かりません……。英語も点数低いの何とかしないといけません……」

 「だからこうして一緒に勉強をしているんだよ。はい、手を動かす」

 

 秀知院では年に5回の試験が実施される。期末試験が3回、実力テストが2回だ。

 この内、実力テストはいわば進学試験。単位取得のための試験だ。常日頃から学習している人間には余り難しくない。平均点の半分以上の点を取っておけば良く、順位発表もない。

 

 その一方、学期末テストは別だ。流石は偏差値77。これは難易度がかなり高く、順位も掲載される。その不動の一位が御行氏、二位がかぐや嬢だ。

 

 そこから下は大体同じメンバーが顔をそろえている。四条眞妃、柏木渚、豊崎三郎、阿部和音、津々美竜巻……。この辺が3位~10位くらい。その下に風祭豪。僕の順位は、調子が良いと20位の上。一番悪かった時で40位くらいだ。

 

 ……今回から本気で上位を狙いたいと、思っている。

 

 ニャルラトホテプに勝てるビジョンが全然浮かばないからだ。全く浮かばないが、取り合えず頭を良くする為に勉強をしようとは決意した。計算速度を上げるとか、新しい知識を頭に入れるとか、今まで触れてなかった領域に触れるとか。そうやって地頭を鍛えて、奴に追いすがる方法を探る意味でも、テストでの上位層を目指すのは間違ってはいない。筈だ、多分。

 

 「むむむ、会長は『試験前に座禅を組むと集中力が上がる』とか話してましたし、かぐやさんは『いっそ勉強しないのもありだと思いますよ』とか話していましたけど……」

 

 「千花は素直だからね。そういう卑劣な戦略に引っかかっちゃダメだよ。勉強意欲はあるんだし、真面目にやるのが一番良い。まあ、真面目でもただの馬鹿真面目と、効率の良い真面目がある……。……教員は、皆、レベルが高い。試験でも、所謂『良問』が多いから、適当に分野を抑えただけじゃ点は取れない。だから知恵を使って勉強しなきゃ」

 

 採点基準を明確にし、尚且つ、頭を全力で使えば解ける問題。仮に問題フリークみたいな人間が居れば「おお」と感心するようなテスト問題が我が秀知院の試験では並ぶ。

 

 いや本当、過去問とかきちんと確認して対策しているが、飽きないレベルでバリエーション豊富且つ為になる。超面白い。

 

 この秀知院学園で、成績を気にしない人間はまずいない(少量だけいるが、これは働きアリの理論みたいなもんである)。勉強してないーと言ってるやつはまず真面目に勉強をしている。風説やデマで周囲を攪乱させるのは序の口だ。

 

 情報・財力・人脈、それら全てを駆使して上位を狙いに飛び込んでくる。最も、全てを駆使できる奴も一握りしかいないし、皆が皆同じ程度の工夫というパターンが多いので、結局、トントン位に落ち着くのだが。

 

 「断言しても良いけど、御行氏とか死ぬほど勉強してると思うよ。この時期はバイトも休んでる。そして当然、かぐや嬢もね。……あの二人に追い付けとは言わないけど、あの二人に自慢できるくらいには成績を上げておきたいだろ? それに」

 「それに?」

 「色恋沙汰に(うつつ)を抜かして点数が下がったとか言われたくない」

 「……それは確かに。分かりました。気合入れます!ぐっ!」

 

 『馬鹿』の称号は重い。

 生活態度が良くても『でも成績悪いよね』の一言で全部ぶち壊されるくらいには、重い。

 

 逆に言えば、ある程度恋愛をちゃんとする為にも『でも成績良いんだよ』の一言は欲しい。

 

 藤原千花は、性格以外は非常に多芸(僕は彼女の性格は大好きだが、確かに色々天然で掻きまわす外道なのは確かだ)で、勉強意欲もあるのだが、如何せん、ちょっと素直だ。

 特に自分より成績が良い――自分が尊敬する二人(御行氏とかぐや嬢)の、勉強に対する姿勢は真似する傾向にある。真似すれば成績が上がると思っている。

 

 どう考えてもブラフだろうという発言を鵜呑みにした結果、生徒会に入って以後、成績は下降気味だ。ゲームではブラフが得意な癖に、こういう時には千花ブレインは働かないらしい。

 こんままじゃ万穂さんに「お小遣い抜き!」と言われる日も近かろう。

 そうなると、必然、一緒に遊びに行き難くなる。

 

 これは不味い、と僕は本腰を入れて、一緒に勉強しようと決意した。これで二回目である。

 なんとか下降は食い止めたが、横這いでは意味がない。上昇させないといけないのだ。

 

 「でも、いーちゃんは良いんですか? 勉強に付き合って」

 「良いの良いの。教うるは学ぶの半ばというでしょ。人に教えるためには自分で理解していないといけない。口に出して、分かり易く整理する。正しい答えになっていると自分で自分を納得させて、それで人に教えられるようになる。これも僕の勉強だ」

 「……頼りにしますー」

 「おう。じゃあ何か……そうだな、約束するか。モチベーションを上げよう。一科目90点以上に付き、何か千花が欲しい、お金で買えない物を要求できる。どう?」

 「言いましたね?」

 「言った」

 

 テストは文理混合の5教科、500点満点。御行氏は大体490点~500点という超高得点だ。要するに全部の問題の中で、失点は1問、もしくは2問程度である。

 

 トップ10位以内でも、総合点が460~470点くらい。

 それくらい、本当に難易度が高いのだ。だから比率でみると、上位陣が少なく(50人前後)、ちょっと間を空け、真ん中に120人くらいが団子になってて、その下が続くという形になっている。要するに、頭抜けて成績が良い奴は固定されているのだ。

 今の千花の成績を上げ、そこに入れるには、相当の努力が必要となる。

 

 「代わりに僕も同じものを要求する。それでどう?」

 「良いでしょう」

 

 すっと千花が小指を出した。僕も小指を出す。

 互いに指切りげんまんと約束をする。嘘ついたら針千本飲ます、と切った。

 

 「じゃ、まず千花の国語から行くか。僕は既に事前準備は終わってる」

 

 千花は言語が得意ではない。

 多言語を操れるが故に日本語力が低く、口語が得意だからこそ文語が苦手。

 そして日本語力の低さはそのまま成績の悪さに直結する。

 

 英語以外の全教科は日本語で書かれている(海外留学生のために英語/仏語での受験も出来るけどね)。読解力が低ければ、点数が下がるのもしょうがない。

 

 僕は英語の点数は(主に聞き取りが苦手なため)点数は良くない。数学も苦手だ。だが、他は大体、高得点をマークしている。国語は余裕、社会は簡単。それもこれも、全部正しく問題文を理解し、相手の意図を把握できるからこそ、である。

 

 数学が苦手なのだって複雑な計算が苦手なだけで、問題の意図を見抜いて正解に至るアプローチは正しい。だから部分点を取って平均以上を維持している。

 千花も、読解力をフォローすれば伸びる筈だ。

 

 「じゃ、解説するか。過去問持ってきたからね、やってくよ」

 

 こうして僕は千花と付きっ切りでの勉強を行っている。

 テストまで、あと一週間。

 

 ◆

 

 「部活ってちょー下らないっすよね」

 

 という石上の声が聞こえたのは、数日後の放課後だ。

 

 この日僕は臨時のノートパソコンで仕事をしていた。生徒会室に据え置きのパソコンの具合が宜しくないのだ。学園が懇意にしているSE業者を呼んで対応して貰うまで、急遽として代用品を使うことになったのである。

 

 幸いにもテスト期間が近いため、そこまで急ぎの仕事は無く、広報から伝える情報も少なかった。夏休みに向けての大小様々な連絡事項は、テストが終わってからやれば良い。生徒会の仕事をさっさと終わらせ、自宅で勉強を、と意気込んでいる時に、声が聞こえてきたのである。

 タイミングが良いのか悪いのか、ノーパソだったので、机からは見えない死角に座っていた。何時もの石上みたいな恰好で仕事に打ち込んでいたともいう。

 

 「部活の大切さは分かりますよ? 部活が無ければ暇を持て余した若者は遊びに走り、やがて生活態度を崩して非行に。それから悪い遊びを覚え、停学から家庭崩壊、素行不良な相手に妊娠して終わりです」

 「いや、それはちょっと考えすぎじゃないか……?」

 「大体ですね、部活動やってるやつとかって大抵は半端じゃないですか。本気でやってるやつとか一握りなんですよ。マジって顔して仲良しごっこしてるだけじゃないですか。そういうの薄ら寒いっていうか……楽しんでないでもっと必死にやれよって……思いません……!?」

 

 その後も石上の発言は続く。どうやら御行氏は、彼に部活動の活動費削減の意見を聞きたかったようだが、強烈なネガティブオーラを身に纏った石上は、かなりの圧政暴君ぶりを発揮する。

 

 サッカー部、野球部、バスケ部という女子人気が高い部活動を『カップル一組に付き5万円削減しましょう』とか言い出すわ、『幸福に対する税金を掛けるのは悪じゃありません』とか『恋人要るくせに部活動を優先してデート辞めるなよ!』とか。延々と彼の愚痴は続く。

 

 うーむ、これは出るに出られなくなってきたな。

 

 石上も元々は陸上部。今でも体格は良いし、運動能力は高い。

 例の事件で、一旦引き籠ってからは部活動から離れているし、成績も低空飛行だ。

 もうちょっと吹っ切れれば――まあ、吹っ切るのが難しいとは僕も理解しているが――彼とて部活に参加出来ると思うのだが。いやはや難しい。

 そして彼は叫んだ。

 

 「彼女居るならデート行けよ! 大事な彼女が居て、彼女より大事な物があるってなんだよ!」

 「良いだろう、教えてやる!」

 

 あ、いけね、うっかり出ちゃった。

 投げ込まれた爆弾に対して、反射的に、ノーパソを片手に立ち上がってしまっていた。

 唐突に出現した僕に、うおう、と御行氏も石上も驚いている。『居たのか……!』と。

 

 「居たんだよ。ずっと聞いてたよ」

 

 が、今は何は兎も角、石上への疑問に答える事だ。

 石上は『え、僕、質問してませんけど』という顔をしていたが、眼に入らなかった。

 

 「石上の質問に答えよう。デートの約束より大事な物、それはな、その相手への――」

 

 

 

 「――()()()

 

 

 

 言い切った。

 

 「ええかっこしい、なんだよ」

 

 僕は実感を込めながら続けた。

 何せ、御行氏という努力家は、その最たる例だ。

 

 「大なり小なり、男の子ってのは、見栄っ張りなんだ。時に格好付けたくなる。時に意地を張りたくなる。デートを断るのは、その娘より練習を優先してるんじゃない。その相手への『俺は格好良いだろう』っていう見栄なんだ」

 「そ、それは女の子には」

 「()()()()()()()()()()()じゃないか。分かってないな、石上」

 

 甘い甘い、甘すぎるぜと思いながら僕は笑って説明した。

 フハハハ。悪いな! こと恋愛における情報なら僕は誰にも負ける気は無いぞ!

 御行氏の視線と、動揺する石上に、僕は自信満々に答えた。

 

 「女の子の心の中にはハードルがあるんだ。何をするにもハードルを持ってる。告白される時。手を繋ぐ時。抱きしめられる時。キスする時。そういう場合場合に『このくらい頑張ってくれたらOKする』っていうハードルを持っている。そして――」

 

 千花から聞いた話も入っているから、全部が僕の持論ではないが。

 これは翼君に助言した、手を繋ぐ際のストレートさにも繋がる話である。

 

 「男の子が、そのハードルを越えよう越えよう……と頑張るとな、女の子は『しょうがないな』と思って、ハードルを下げてくれるんだ。だから見栄を張るのは大事なのさ。まあ見栄ばっかり張って努力しない奴は論外だけどね。分かった?」

 

 「うるせえ馬鹿(バーカ)って言って良いですかね先輩!?」

 

 もう言ってるじゃん、と思いながら僕は椅子に座った。

 折角なので、と男子三人分の緑茶を淹れて持っていき、話に加わる。

 偶には男子同士で仲良く会話するのも良い。

 石上はさめざめと泣いて潰れていた。慌てて御行氏がフォローを入れる。

 

 「ほら石上もパソコンとか詳しいし……、それ系の部活とか入ってみたら良いんじゃないか?」

 「津々美の所ならいつでも紹介するけど」

 「あんな変態技術部に入ったら頭がおかしくなりますよ。ていうか津々美先輩だってあれで学年10位とかじゃないですか。付いていける気がしませんよ」

 

 まあアイツ理数系の天才だしな。

 理科と数学は100点常連。英語も高得点。序にドイツ語にも堪能。代わりに社会(特に日本史と世界史)が弱点だが、他で稼いで合計点が450~460くらいには届くのだ。

 伊達に技術開発部所属のギフテッドではない。

 

 「岩傘先輩の部活は?」

 「無し。テスト期間に備えて休みにした。大変だったよ? 休みにするかしないかを『ドミニオン』で決めることになって。僕か千花の5本先取ルール。激戦だった」

 

 ドミニオン。世界大会まで行われているアメリカの傑作カードゲーム。

 僕は一度、世界大会に出場された方にお会いする機会があって、攻略本(専門店に置かれてます)にサインをして貰った。経験値が物を言うゲームだったので、僕が何とか勝ち切った。

 話がずれたな。兎に角、部活は休みにして勉強タイムだ。

 

 「千花は、かぐや嬢と何やら話があるとかで遅れてますがね。生徒会に来たら、最低限の仕事をぱぱっとだけやって、帰宅して勉強です。……あ、御行氏、これ夏休みの注意事項を纏めた奴です。確認お願いします」

 

 「おう。そういや二人がTG部な理由は聞いたことが無かったな。――石上、こっちは遠征費が纏めてある。生徒総会に向けて他と一緒にしておいてくれ」

 

 「受け取りました。ああ、岩傘先輩、こっちの確認もお願いします。夏休みに活動する部活の、各部屋の使用許可証とかあるんで。……僕も気になりますね。藤原先輩は、家、厳しいらしいですし。アナログゲームに走ったってのは分かるんですよ。でも岩傘先輩、中等部でブラスとかやってませんでしたっけ」

 

 「はいはい、じゃあテスト終わったら提出する。――やってたねえ。理由は……さっき石上が言ってたじゃん。『本気でやってない奴多い』って。ウチじゃ全国とか無理なんだよ。管弦楽は兎も角、吹奏楽とかの激突は凄いよ? 全国大会の門は甲子園より狭いからね。其処に全力を傾ける私立とかがどうしても強くなる。――千花もピアノは超絶に上手いけど、でもピアニストにはなりたくないって話してるでしょ。まあ、僕もそのくらいの距離で良いかなって」

 

 貰ったUSBをノーパソに入れて中を確認し、取り合えず保存。

 仕事をしながら、あれこれと説明する。

 

 甲子園は各県一校まで出場できる。

 吹奏楽は違う。全国大会出場枠30校。日本にある吹奏楽部は、大体3500校。メンバーの規模が小さくて大会に出られない学校を引いても、3000校だ。ざっと1/100の狭すぎる門。

 初等部の頃だったっけ。テレビで、各地の高校にある吹奏楽部を巡る、という有名な番組をやっていたが……そこに登場するような学校と同じことは、秀知院では出来ない。

 管弦楽は良いんだけどね。毎冬にフェスティバルあるし。あれ予選とかないし。ちなみに会場は日本青年館(ドリフが「8時ダヨ」やってた場所)である。

 

 「そういや四宮は弓道部だったか」

 「あ、四宮先輩は弓道部なんですか。向いてますね。胸スカスカですし」

 

 ケラケラと笑って、弓道の弦が胸に当たる、当たらないという話をしていた石上。

 その背後に、かぐや嬢がすすっと出現し、更には千花まで登場していく。御行氏と僕は『そこまでにして置け!』と心の中で静止したが、それが通じる筈もなく。

 石上は千花にハリセンで叩き潰され、かぐや嬢に脅されるのであった。

 

 ◆

 

 「……で、生徒会の仕事も終えて、こうやって勉強をしてる訳だけどさ」

 「ですねー」

 「膝の上から退いて欲しいなって?」

 「休憩中ですよ。いえ、えーとこれはあれです。――じゅーでんちゅーってやつです」

 

 充電中か。それはしょうがないな。

 

 勉強場所はTG部室を使っている。今の時期、図書館や自習室は満席。まともに教え合うことも出来ない。その点、部室ならうってつけだ。邪魔が入る事もない。

 尚ボードゲームの山は、視界に入らない様にしまってある。息抜きに遊ばないように、収納場所をガムテープで梱包する念の入れようだ。

 

 「まあメリハリは大事だからね……。休憩したらちゃんと勉強だよ」

 「はーい……。ぷしゅう」

 

 僕の国語読解講座を聞き、頭から煙を吹いた千花は、膝の上にうつ伏せで垂れている。

 垂れ千花。タレチカちゃん。……マスコットになりそうだ。可愛い。

 思わず頭を撫で、背中を撫で、頬をぐにーっと引っ張りたくなったが、我慢。今は我慢だ。

 ……いや、背中を撫でるくらいはセーフか。

 

 「よしよし、わしわし」

 「やだもうくすぐったいですよー?」

 

 背中を撫でて序に髪を弄ると、もぞもぞとくすぐったそうに動く。

 可愛い。

 

 髪と制服の間、微かに見える首に指を添える。つつっと動かすと、再びもぞもぞ。

 可愛い。

 

 背骨に沿ってゆっくり撫でると段々脱力していく。

 可愛い。

 

 流石にお尻を触る訳にはいかないな。

 代わりに腰骨の辺りを、スカートの上からぺしぺししてあげる。

 千花は猫みたいににゃーんと鳴いた。……わざとやってるな?

 

 GW中に秘蔵の本を見られた上に、フランス交流会での猫耳だ。異常に似合って僕が動揺するのを理解した千花は、最近は懐くように甘えてくる。くそう、負けそう。

 

 「うりうり、この辺か? この辺が良いのかー?」

 「やん、もー、退いてって言ったのはいーちゃんですよ? 逃がさないんですかー?」

 「これは僕が充電中なんだ」

 

 いや本当、少し前までの憂さん騒動。あれはまだ終わっていないが、取り合えず一段落は付いている。龍珠組の若い人との交際は順調(といってもまだ一週間ほどだが)らしく、毎日電話とメールでやりとりをしているのだとか。

 こういう日常にどっぷり浸れるのは、とても有難い。息抜きというか休息というか、千花とずっとのんびりじゃれていたいというのが本音だ。

 

 思いながら背中をよしよししていると、千花が「あっ」と小さく声を上げた。

 

 「ん、どうしたの?」

 「あの、いえ、それが……」

 

 起き上がると、ちょっともぞもぞする。脇の辺りを締め、背筋を伸ばしてぎこちない動き。起き上がると、周囲をきょろきょろと見た。この部屋には僕と千花しかいないな。

 お手洗いかな? と思って(これは言葉に出さずに)目で促すと、千花は耳元で小声で。

 

 「あの、今ので……外れちゃったんです……」

 

 外れた。何が。

 

 「ブ、ブラのホック……が……」

 

 ……そりゃ大変だな?

 

 ◆

 

 女子の洗面所に行ってきなさい、とまずは常識的な判断をした。

 

 勿論、千花は頷いて廊下に出た。しかしすぐに戻って来た。この部屋から女子トイレまで距離があるというのが一つ。もう一つは――どうも男子が道中に(たむろ)しているらしい。ちょっと通り抜けるのに勇気が要るとの事。ううむ、それはしょうがないな。

 

 じゃあ僕が手前まで同行するか、と再び廊下に出たが、再び引き返さざるを得なかった。

 

 「何で風紀委員が身嗜みチェックをしてるかなあ……」

 

 視線の先、廊下を塞いで、行く道を番犬みたいに塞いでいる少女が居た。

 都合が悪いことに階段で移動する手前に陣取っている。

 

 この状態で風紀委員の前を通るのは無理だな。

 しかも見覚えがある一年生だ。小さくて良く吠える子犬みたいな感じの娘。

 僕と千花は風紀を守って、不純にならない様に交友している自覚があるが、それでも時々噛み付かれる。

 

 千花を尊敬しているらしく、彼女と居ると見逃してくれるが……僕個人への風当たりは強い。どうもあの娘、僕が千花を淫らな道に引っ張り込んでいると勘違いしているようなのだ。

 

 『あの人、藤原先輩に猫耳付けさせたんですよ!』

 

 というのは既に伝わっているらしい。……事実だから否定しようがない。

 

 しかし尾ひれがついている。どうやら猫耳のみならず、首輪とか尻尾まで付けて、鎖で引っ張って調教(R18的な意味で)とか想像しているらしく、むっちゃ険悪な目で睨んでくる。

 思い込みが激しすぎない?

 

 ……僕自身が変なレッテルを貼られるのはまだしも、巻き込んで千花に風聞が立つのも困る。

 消去法で、TG部の中で解決することにした。

 

 「此処で直します……、あの、ちょっと来てもらって良いです?」

 「何か問題あった?」

 「大有りです。これを直すには、脱いで着直すか、手で何とかするかです。……脱ぐのはちょっと……アレなんで、その、手を借りて良いです?」

 「僕の手を借りる方がアレじゃないん?」

 「この制服だと上半身だけ脱ぐって出来ないんですよ。流石に上下で下着姿は……」

 

 まあ演劇部なら兎も角、此処にあるのは机と椅子くらいだ。ロッカーの中はボードゲームの山で満載。カーテンを閉めて手早く着替える以外に方法は無い。

 

 別に覗きもしないよ、と思ったが、千花が僕の手の方が良い、というなら、良いか。

 違和感はあるが、流石に女性下着に関する知識は持っていない。千花に従おう。

 

 言われるままに近寄り、どうするの? と尋ねる。

 ごにょごにょ、と説明をされると――要するに、服の上からホックの片方を掴んで、もう片方は背中に手を入れて引っ掛ける、のだという。

 

 「……オーケイ、それじゃあ、やるぞ?」

 「はい。お願いします」

 

 千花は、上半身の首元のボタンを緩めて、背中に手を入れるだけの余裕が出来る。

 服の上から大体の位置を確認し、意を決して実行した。

 

 

 

 ~以下、会話のみでお楽しみください~

 

 

 「……ん、そうです、そのまま、真っすぐ……です……」

 「これ、かな……、狭い……ちょっと、千花の(背中)、きついね」

 「いーちゃんの(腕)が、逞しいんですよ……」

 

 衣擦れの音。

 何か微かに苦痛を耐えるような音。

 微かに荒れる吐息の音。

 

 「ん、ここかな、……ん、掴んだ」

 「そこです、それを……背中伸ばすので……そうです、そうやって……上手……」

 「こう……?」

 「あ、そうです、ん、もうちょっと右で……はい……それで……」

 

 肉が微かに濡れる様な音。

 同時に、微かに喜ぶような弾みのある声。

 満足そうな、微かな笑い声が聞こえる。

 

 「あ、ちゃんと、……嵌ってます……! ぴったり……で……」

 「……満足した?」

 「……満足、しました……」

 

 やがて、微かに安堵したような、ふう、という息が聞こえる。

 ボタンを掛ける音がして、事は終わった。

 

 ◆

 

 「あの、一応聞いて良い? 覗かないよ?」

 「……こ、この前……買った奴だったので……、見せたくなかったというか、でもちょっと見て欲しかったというか……大っぴらには無理でもアピールしたいかな、みたいな……」

 「……超可愛い」

 

 無事にホックを引っ掛けたので、僕は安堵して元の椅子に座った。

 

 いや、なんか回りくどいな? とは思ったんだよ。

 確かに理由はあったけど、ちょっと無理っぽい口実じゃない? とは思っていた。

 僕に頼むのも大分問題だと思っていた。

 そうそう簡単に外れる様なものじゃないだろう、と。

 

 千花の説明は、割と無理あったし。

 そもそも服の上からでも女子なら慣れた手つきで出来そうだ。

 

 とは思っていたが、僕はそれに乗っかった。

 乗っかって良いかなーとか思っていた。勝負しないでまったりしたかったのだ。

 

 どうも千花は『大天使のブラ』を試しに付けてみたらしい。

 着なれない代物だったのも、ホックが外れた原因らしい。

 

 「いや、流石に見せるのはちょっと、だと思ったんですけど……」

 「アピールはしても良いかなって?」

 「……です」

 

 じゃあ家でやれば、とも思ったのだが、今はテスト期間中。実家でもイチャイチャするタイミングは減らしている。僕が惚気るのを、殊更に我慢している。

 じゃあ何時か? という事で機会を見たのが今だった、とそういう事らしい。

 いっそテスト終わった後にすれば良いのに……とは思ったが。

 

 「着たら勇気が出るって言うのは、ちょっと本当っぽかったみたいで……反省してます」

 

 良い具合に事故が起きたからこその行動。

 休憩中だったのもあって、甘えてしまったんだそうだ。

 

 全くしょうがないなーと思った。

 許そう。

 

 石上の話じゃないが、千花のサイズは大きい。背中に手を入れた時、微かにふわっとリンスの香りがして、赤子のような甘い芳香が漂ってきた。引っ張った時、間接的にだが千花の胸部の弾力性と言うか、重さを感じて、なんというか――。

 

 「……僕も、まあ、悪い感じはしなかったし」

 「えへへ、……じゃあ、ウィンウィンってことで」

 「でも、テスト勉強は、手を抜かないからね」

 「……はい」

 

 てれてれ、と俯いてはにかむ千花に心を打たれながらも、念押しはした。

 学生の本文を忘れてはいけない。

 目標はトップ10だ。

 

 ◆

 

 翌日の放課後、マッキー先輩(一年生)こと槇原こずえに言われた。

 

 『学園内でヤるのは止めた方が良いと思います』。

 

 ……あの、何か誤解してない?

 

 

 

 本日の勝敗:槇原こずえの負け

 理由:先輩達は色んな勉強をしているらしい




 ~ドミニオン~

 ドナルド・X・ヴァッカリーノ氏によってデザインされ、世界大会も行われているアメリカ産のカードゲーム。ドイツの有名ボードゲーム賞で三冠王を取った傑作。

 各プレイヤーは価値1金の『銅貨』7枚、勝利点1の『土地』カード3枚を所持して開始。
 そこから『行動(Action)』『購入(Buy)』を繰り返し、資産と勝利点を増やしていく。

 『銀貨(2金)』『金貨(3金)』など『銅貨』より高い資産になるカード。
 『村』『鍛冶屋』『礼拝堂』『港町』など『行動』時に特殊な効果を付与するカード。
 『公領』『属州』『庭園』など高い勝利点を持つカード(ただし手札にあると邪魔)。
 『呪い』:他人の墓地に送られ、ゲーム終了時の勝利点を-1するカード。
 などがある。

 ルールはシンプルだが

 ・ターン開始時、山札からドローするカードは常に5枚。
 ・ターン終了時、使用したカード、未使用の手札は全て墓地に送られる。
 ・山札を使い切ると、墓地が山札になる。
 ・『購入』したカードは1度墓地に送られる。

 等々の条件がある。これにより

 カードを『購入』する
 =墓地が山札になるまで『購入』カードを使えない
 =『購入』するほど山札が増えていくので、欲しいカードを引ける確率が減る
 =当然『銅貨』等の資金も手札に集まり難くなり『購入』難易度が上がる
 という絶妙なバランスが成立している。

 1:如何にして相手より速い速度で資産を集め。
 2:購入したカードの効果で山札を圧縮できるか。
 が勝利へのポイント。

 藤原千花が原作28話冒頭でプレイしているのはこれ。
 『村』+『鍛冶屋』コンボは基本中の基本。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。