幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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副題:VS伊井野ミコ(1試合目)


岩傘調は塞ぎたい

 「悪いけど此処を通す訳にはいかないんだな、僕と千花の為に」

 「せ、生徒会広報という権力を私的利用して! そんな行いが許されると思うんですか!?」

 「正当なる理由があれば許される。音楽室も体育館も、音楽や体育の練習をする為に使うものだ。その意図から外れた行いをするつもりは無い」

 「音楽の練習に、体育の練習……!? ひ、比喩表現で誤魔化しても駄目ですよ! どうせ音楽の練習で『もっと良い声で鳴くんだ!』とか体育の連中で『マット運動』とか『組体操』とかをしているんでしょう! ふ、藤原先輩をそんな風に扱うとか……! この鬼畜……っ!」

 

 いや、誰もそんな事は、言ってないし、やってないんだがな。

 何この娘。そんな発想するなんて、結構、頭がゆだってないか?

 

 「あ、貴方に藤原先輩を汚させははしません!」

 「好きに想像するのは勝手だけど、僕と彼女の関係に、君が口出しする余地は存在しない」

 「くっ、そう言って学園内の風紀を乱しているんです! 噂も耳にしているんですからね!?」

 「噂で人を判断しないように」

 

 がるるると唸る、小さな少女。風紀委員。見覚えはある。名前は……なんだっけ。

 しかし勘違いを訂正させると、何故音楽室の元に彼女を踏み込ませないかを、説明しなければならない。……それは出来ない。僕は自分に不名誉な称号が与えられるのは我慢出来ても、友人に不名誉な称号が冠されるのは阻止したいのだ。

 だから説明せずに、適当な笑顔で誤魔化して、何とかして追い払おうと躍起であった。

 

 「君がどういう想像をしているのかは聞かないでおくが、僕の意見は変わらない。帰りなさい」

 「風紀委員としてそれは聞き入れられません……!」

 「風紀委員が生徒会役員の言葉を信じることが出来ずに噛み付いているとも言えるな。……何回も言うように、中では生徒からの悩みを受け、音楽の練習をしているだけだ。それを信じることが出来ない理由は何か? 其処まで言うならば僕が千花を連れ込んで不純異性交遊をしているという証拠を持ってきて貰おうか? 僕を疑うだけの理由があると説明出来るなら中に案内するのも吝かではないよ。でも今はダメだ。生徒のプライバシーに関わる」

 「ぐっ……! 屁理屈ばかり……! 良いでしょう、二日以内に集めて来ますからね!」

 

 滔々と並べた言葉を前に、彼女は歯噛みして引き下がって行った。

 今日の所は何とかなったらしい。今日が火曜日。明後日に来たとして……次に来るのは木曜日。そして金曜日か。その二日分を何とかして稼がないといけない。

 何か妨害工作を仕掛けたとして阻止出来るのは一日。となると金曜日に彼女が音楽室に来るのだけを防げば、時間の捻出は出来る。

 

 そこまでで何とかして欲しい。何とかしてくれるよな?

 音楽室の中では、我らが生徒会長:白銀御行の音痴を直す為、千花が全力指導中である。

 

 ◆

 

 御行氏の、勉強以外の基礎値が恐ろしく低いのは僕と千花だけが知っている秘密だ。

 

 運動。基礎体力はあるが、致命的なまでに運動神経が悪い。一年生の頃、僕が御行氏の練習に付き合い、秘密裏に放課後特訓を重ね、何とか、彼が授業で活躍するだけの力を身に付けさせたのは前に話したと思う。

 

 その苦労は藤原千花も知る所だ。

 もう二か月くらい前になるのか? バレーボールの授業に備え、全力でサーブ・トス・レシーブの練習をしていた御行氏に、僕と千花が付き合って形にした。

 最も彼の場合、基礎値が低いだけで、成長性は恐ろしく高い。しかも努力家だ。一週間本気で練習をすれば、大体の事は熟せる様になる。千花の育成能力が高いことを差し引いても、御行氏の姿勢は尊敬に値する。

 

 そして今回は――音楽である。

 

 「会長、口パクだったんですよ! 生徒会長ともあろう人が! 校歌を!」

 

 千花が憤慨するのも無理はない。

 秀知院では毎週月曜日、朝礼が行われる。そしてその際、校歌斉唱も行われる。この朝礼、司会進行は生徒会が行っている。千花は指揮者を務めている。

 ……加えて言うならば千花は、音楽的素養は非常に高い。嘗てピティナピアノコンペティション(日本屈指のピアノコンクール)で金賞を受賞した経歴を持つ。音楽に妥協はしない派だ。

 

 校歌は初等部から同じなので『純院』の生徒は皆、歌える。中途編入の人間のみ引っかかる。当然、歌えないと恥ずかしい。てっきり御行氏は歌えないのかな、と思ったら――。

 

 「ちょっと音痴なんだ! 生徒会長が音痴とかどうよ!? 歌えば歌うほど恥を晒すことになるだろうが! 考えただけでもう嫌だ。そんな生き恥を晒すくらいなら、口パクの方が何倍もマシだ……!」

 

 事情を聴いた千花と僕は『ちょっと』がどれくらいか、考えたくもなかったが、しかし困っている会長を見捨てられるほど薄情でもない。

 

 その日の放課後から、音楽室で密かに練習をする事になった。

 予想通り、音痴具合が『ちょっと』ではなく『壊滅的』というか『地獄の門を開いたみたい』というか『ナマコの内臓』というか、そういう具合で、千花が頭を抱えるレベルの酷さだったのは言うまでもない。基本的に平静を装う僕が思わず耳を塞ぎ、千花は「助けてペス! 助けていーちゃん!」と嘆き叫ぶ程に激烈である。

 

 「嘘吐き! ちょっとじゃない! 致命的音痴! よくも騙してくれましたね!」

 「流石にフォロー出来ない。酷い。酷過ぎる。御免って謝る気すら起きない」

 

 というか一年生の時とか良くバレなかったな?

 

 ……僕も千花に指摘されるまで口パクだったと気付かなかった。

 聞けば、年季が違うと返事があった。義務教育中、小学校でも中学校でも音痴の余り『合唱しないで』と言われていた。その頃から、歌いたくても我慢して歌う真似だけをしてきたらしい。

 

 「本当は歌いたい。何も気負わず皆と一緒に歌いたい。だけど皆に迷惑が掛かるなら……」

 

 黄昏れる会長の目を見た瞬間、僕と千花の意識は一致した。

 

 「私がちゃんと会長を歌えるようにしてあげます! ママに任せて!」

 「その母性の出され方には、結構抵抗があるぞ!」

 

 バレーの練習でもそうだったが、千花はダメな人間を育成するのが好きらしい。

 僕も胸を打たれた。思わず二人に手を重ね、満願の思いを込めて頷く。

 

 「千花が練習に集中できるように全力を尽くす。この父に任せろ!」

 「お前もか岩傘!?」

 

 少し前に『籠の中に猫は何匹いますか?』の占いをした。

 その際の僕の答えは『雌の子猫が二匹、雄の子猫が一匹』の合計三匹。

 『その猫の数は貴方が欲しい子供の数を表しています!』との返事に、僕は『当たってる!』と返事をした覚えがある。

 千花によく似た美少女が二人。そして男の子が一人。

 ……そう、言うなればこれから一週間は、会長は我が子のようなものだ!!

 

 「心配をするな。あらゆる障害は僕が排除してやる……!」

 「くっ、実の父より頼り甲斐が有りそうに見えるのが辛い!」

 

 かくしてその日から特訓が始まったのである。

 特訓期限は僅か一週間。来週月曜の朝礼までに、彼の音痴を改善する。それが目標になった。

 

 ◆

 

 「運動音痴も、音楽が下手なのも、多分、理由は一緒。要するに思った通りに身体が動いてくれない状態だよ。……大事なのは認識能力じゃないかなと思う」

 「あー、なんとなく言っている意味は分かりますね。例えばサーブを打つ時に目を閉じてる自覚がないとか、そういうのですか」

 「そうそう。要は『自分がどう間違っているのか』の認識が出来ていない。だからそこを改善すれば治ると思う。……本当に矯正できない音痴っていうのは、それこそ本当に『自分が違っていると脳が認識出来ない障害』になってしまうからね」

 「つまり誰かと一緒に練習すれば治る?」

 

 そういう事だな。

 音痴にも種類がある。自分が外れていると分かっていても直せないパターンと、自分が分かっていないパターンだ。前者は、例えば発声方法が悪いとか、上手く腹筋を使えないとか、呼吸が下手とか、色々あるが直しやすいとされている。

 会長の場合は後者っぽい。が、今までの運動音痴を解消した時と同様の問題で音痴ならば、修正は効くだろう、と辺りは付けた。それで千花に頼むのはちょっと父親的に複雑ではあるがな!

 

 一人で延々とPDCAを回していれば良い勉学と違い、相互協力が必要不可欠な分野では、一人での練習には限界がある。誰かが指摘して改善してやらねばならない。あの運動音痴さ、小学生時代や中学生時代、如何やってフォローしていたのか凄く気になるが、それは尋ねてもしょうがない。

 

 「とりあえず生徒会権限で、音楽室の使用許可は取った。他の部活も使う予定は無いらしいからね。練習だけは存分に出来る。後は、如何やって()()()()()()()事を運ぶかだな。……その辺は、僕が何とかする。千花は会長を全力で教えてあげて」

 「恩に着る。二人とも」

 「良いよ良いよ。その代わり千花の練習は厳しいから。頑張れ」

 

 頭を下げて感謝する御行氏を、音楽室に放り込む。

 まずは単音で、他人と同じ音が出せるかを確認し、自分の音を認識させる所からスタートだ。

 

 人間、誰しもが『相対音感』を持つ。これは和音に対して心地よい音を認識する脳の機能の一つ。プロはガチガチに鍛え上げるという。御行氏だって持っている筈なので、まずはその確認だ。学習速度は速いのだから、一回理解させれば後は簡単。……の筈だ。多分。

 こうして彼を音楽室に放り込んだのは良い。

 

 のだが、まさか風紀委員に噛みつかれるとは、思わなかった。

 

 「まあ教室の手配をするのは僕の仕事だからなぁ……」

 

 広報というのは生徒と生徒、教員、外部の人々とを繋ぐ仕事故、数々の『お知らせ』を行う。イベントの宣伝のみならず、会場の手配をしたり、やって来るお客さんの応対をしたり、要望が叶えられる様に取り計らったり。だから他人(授業、部活、教員等)のスケジュールを圧迫しない限り、僕の権限で、体育館や音楽室を『練習で使う』許可を取ることが出来る。

 

 この辺、下心を持って権利を使ったことは無い。

 ないのだが、どうもあの風紀委員の娘には、それが信じ難いらしい。

 

 ……まあ体育館の許可を取ったのも僕だし、千花と僕が使っていたのも確か。御行氏の名誉を守る為、その練習相手が彼だという情報は出来る限り表に出さないように取り計らった。下手に生徒に表に出すと、見物人が増えてしまう。体育の教員は知っているが、それだって『練習をする』までで『死んだアルパカを人間に育てる』とは知らない話だ。

 

 そうなると僕と千花と『謎の誰か』が練習をしていたと受け止められる。

 それが発展すると()()()()()レッスンをしているように捉えられても、不思議ではない。

 

 一年生、つまり今年の春に中等部から上がってきたばかり。生真面目で潔癖気味な性格。其処に聞こえる、生徒会役員の癖に、やったら惚気ている僕の情報。千花に対して尊敬の念を抱いているのも重なって……。僕の評価が、相当低いと。

 

 「僕だけなら兎も角、千花の評価が下がるのも良くないな。どうしたもんかね」

 

 『オニ』と気合の入ったハチマキを締めて音楽室から出てきた千花と、二日目にして憔悴した顔の御行氏を見ながら、僕は首を捻った。

 

 ◆

 

 伊井野ミコ、というらしい。

 

 それとなく情報を集めた結果、割とすぐに名前や立場は判明した。真面目で融通が利かない一年生。その勤勉さと几帳面さ故、成績も学年一位。正し余りにも潔癖さが過ぎて、周囲からは疎まれたり、煙たがられていたりするのだとか。

 幼い頃からピアノに触れていたらしい。千花を尊敬しているのかこれが理由だろう。

 

 正直に言えば、論破するのも泣かせるのも簡単だ。

 どんなに優秀な風紀委員でも、こっちとは場数が違う。ただ頑固で潔癖なだけの娘一人くらい、捻るのは訳はない。これでも生徒会役員。部活連やらOBOGのお偉方やらを相手に色々と会話を重ねているのだ。

 大体、一番性格がヤバイ、四宮かぐや嬢という相手に対して、それなりに良好な関係を築いている僕だ。彼女に比較すれば雑魚である。いや雑魚言っちゃ悪いけど。

 

 加えて藤原千花との関係は、学園で一番強いと自負している。他人に横入りを許すほど、僕は手綱を緩めるつもりは無い。無いが……全力を出して泣かせるのも後味が悪い。

 

 とりあえず一年生から上がってきている細かな要望で、風紀委員が対処出来そうなお悩み相談を、回しておく。生真面目な伊井野ミコなら、これを断る事は出来まい。頑張って処理して貰おう。これで一日は時間が稼げる。

 

 「石上、何か弱点とか知らない?」

 「知りません。僕、クラスメイトの名前すら覚えてないんですから。……生真面目で潔癖で喧しい狂犬ってくらいですかね」

 

 そう言った石上の顔は、真面目に鬱陶しそうな表情だった。

 冷静に思い出すと、あの伊井野ミコという娘、今までもちょくちょく顔を見せていた。あれは御行氏のスマホを、生徒会全員で買いに行った時だ。『チクタクマン』時間が起きる前の……あの時、電気屋でゲームを眺めていた石上に吠えかかっていたのも、彼女ではなかったか。

 TG部勉強会でブラのホックが外れた事件の時も、廊下に駐留して見回りをしていたし。

 

 「(キーちゃん)に聞くのもなんだしな……、言うこと聞いてくれるとは思わないし」

 

 ううむと考えるが、良いプランは中々浮かばない。

 

 「素直に受け止めて何時も通り惚気れば良いんじゃないか?」

 「……そうするか。そうしよう。有難う御行氏」

 

 水曜日木曜日と時間は過ぎ、金曜日、何とか御行氏がまともな歌を歌えるようになってきた頃、彼女は再び襲来した。ご丁寧に、本当に僕の所業を集めてきた。直談判の姿勢である。

 

 情報を集めた感じ、彼女は真っすぐだ。穢れが無い真っすぐさだ。どっかで折れるにせよ、誰かに折られるにせよ、それは僕の仕事じゃないだろう。恥じる事をしている訳ではないし。

 

 「本当に来たんだな。――伊井野さんは僕を誤解しているようだ。此処でその誤解を解いておこうと思ってね」

 「誤解……! 誤解と言い張りますか! ちゃんと集めてきたんですからね!」

 

 とメモ帳を片手に読み上げていく。

 

 『マスメディア部を通して大々的な交際宣言』

 『中庭でハグしていた』

 『藤原先輩に猫耳を被せたまま一日学園生活』

 『その藤原先輩に対して調教プレイ』

 『テーブルゲーム部の部室内で淫行』

 『公衆の面前で、藤原先輩を抱く発言』

 

 等々。

 

 「更に体育館と音楽室の私的利用……! これは明らかに校則違反です! 反論があったら聞きましょう!」

 「まず1と2と3は別に良いでしょ。校則違反という訳じゃないし。僕と千花は『許嫁』な訳で、それより過激な真似をしていたら困るけど、あれくらいはセーフというのが僕の判断だ。それ以上は見解の相違になるから言わないけどさ。むしろ『許嫁』として浮気をしていない、好きな人を相手に一直線というのは悪いことなのか?」

 「何を言いたいんですか!?」

 「いや、そのままの意味。冷静に考えてよ。健全な学園生活を送るために、風紀を乱すのがいけないんだろう? じゃあ僕と千花が、素敵な学園生活を送るために必要不可欠で……、誰かに迷惑をかける訳でもない、健全な交際をしていることに問題は無いんじゃないか? イチャイチャをもう少し抑えて下さい、というのは分かる。でも否定されるつもりは無いぞ。千花とラブラブしなかったらストレスが溜まって勉強に集中できないとなったらどうするつもりだ。実際、中庭ハグ問題の時は体調を崩しかけたんだからな? 好きな人を好きだと言って何が悪い!」

 「むぐぐぐ」

 

 半分くらい開き直ってしまえ、と口を開いたら怒涛の勢いで言葉が出た。屁理屈を言っているつもりは無いよ。ただ本音を言ったら言葉数が増えて一気呵成になっただけだ。

 伊井野ミコは台詞のアチコチにある言葉に反応したらしく、一瞬黙ったが。

 

 「それで誤魔化しきれない部分はありますよ! 特に最後! 先日藤原先輩を抱く発言したってのは皆が話している噂です!」

 「あ、それは違う。あの時は『夏休みの時間が欲しい』って言ったんだよ。言い損ねたけど。大体『抱く』ってどういう意味なのか理解した上での話だよな? 公衆の面前でハグするくらい良いだろう? それともそれ以外をするとでも?」

 

 『それ以外の意味を追求してくるつもりか?』と匂わせると黙った。

 何となく顔が紅潮しているのは、頭の中で、千花のエロシーンが浮かびでもしたんだろう。

 やっぱこの娘、想像力……というか妄想力が豊かで、あらぬ景色を勝手に捏造してないか?

 

 「TG部での話は本当に誤解だ。多分、槇原こずえから聞いたんだろうけど、あれは違うよ。勉強中、千花のボタンが取れてしまってな。手が届かない位置だったから、僕がその場で縫い合わせたの。それを聞いた槇原が誤解したの。『狭い』とか『キツイ』とか『手が太い』とか全部、裁縫の時の話。大体、学園内で淫らな事をするはずないだろう。――千花に迷惑が掛かる! 僕は自分に欲望が、微塵も無いとは言わないが! 千花に恥をかかせる様な男にはなりたくない!」

 

 微妙に違うが、似たようなもんだし、嘘は言ってない。

 それに千花に変な称号を与えるのも僕の意図するところではない。

 僕が『アイツ、恋人に猫耳させる男なんだぜ』と噂されるのは良い。

 だが千花を淫乱扱いするのは断じて許さん。天然で可愛い僕の嫁だ。

 

 「僕以外の誰にも彼女を汚させはしないぞ。勝手に写真を撮るくらいはまだ許すが、本人に手を出したら惨刑に処してやる」

 「や、やっぱり藤原先輩を汚すつもりなんですね……!」

 「学園じゃやらない。『汚す』言うな『汚す』と。何れ結婚するんだし。その後に夫婦の関係に茶々を入れる権利は君には無いだろ。それとも世間に居る夫婦の営みを不潔とでも言うつもりか」

 「た、体育館と音楽室については!」

 「言うなれば子供の世話だな」

 「こ、子供……っ!?」

 

 僕の微妙な表現に、伊井野ミコは顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。

 まあ半分くらい誤解させつつも、千花に迷惑が行かない様に軌道修正しているんだが。

 

 「下世話な発想をしない。千花を母とすると僕が父親的な意味で、世話のかかる子供の教育をしている感じだな。妻のサポートをするのは旦那の役目だろう? そして子供とは、言うなれば学園の生徒の事だ。――信じられないという顔だな。だが冷静になって考えろ」

 

 僕は音楽室の中を指さして、言ってやった。

 

 「今ここで、僕が伊井野ミコ、君と会話をしている最中にも、音楽室の中では千花が、生徒の練習に付き合っている。これが、僕が私的利用していない最大の根拠以外のなんだ?」

 「ぐぬ、ぬぬぬぬ」

 

 図星だったらしい。反論できずに彼女は黙った。

 そうこうしていると、背後の扉が開いて、千花が疲れた表情で、顔を出す。

 

 「お、お疲れ。終わった?」

 「なんとか無事に教え終わりましたー。多分大丈夫です。いーちゃんが邪魔を入れないでくれたお陰ですね。……そっちの彼女は?」

 「千花のファンだってさ」

 

 さり気なく『邪魔』という一言が飛んだ。伊井野ミコに若干のダメージが飛んだ。

 まあ追撃はしないでおいてあげよう。無難な紹介をして、無難に千花と引き合わせる。

 

 「あ、そうですか。ごめんなさいです、今ちょっと、音楽が苦手な人にスパルタ教育を施してまして顔を出せなかったんです。ええと、伊井野ミコさんでしたよね。私と……彼が何か?」

 「い、いえ! そ、その、岩傘広報が、藤原先輩に、狼藉を働いていないかな、と」

 

 僕を相手にしていた時とは随分と違う、神妙な態度で彼女は問う。

 憧れの先輩を見る様な目をしている。

 彼女の質問に、無いです無いですと笑顔で否定して、伊井野ミコにこう告げた。

 

 「岩傘広報は生徒会役員の権限を私的利用したことは無いですよー。私相手に色々悪戯することはありますが、それは全部、責任が取れる範囲です。間違ってもエッチなことを学園でするような人じゃありません。家だと時々鬼畜ですけど」

 「き、鬼畜……!?」

 「語弊がある言い方をしないで貰おう」

 「語弊でも無いですよ。バレンタインの日に私を押し倒したじゃないですか」

 「押し倒――っ!?」

 「未遂だ未遂。大体それを言うなら水着とは言え風呂に一緒に入るのはどうなんだ」

 「混浴ぅっ!?」

 

 いちいち反応する伊井野ミコが面白い。なんというかキャンキャン吠える雑魚犬を弄り倒す感覚というか。千花も半分くらい楽しんでやってるなこれ。

 

 「まあそーいう訳で、学園内での風紀に関しては、問題にしないで良いですよ」

 「そういう事だ。気になるなら今後も頑張って監視すると良い。尻尾を出すかは知らないけど」

 「そうだな……」

 

 真っ白に燃え尽きた御行氏が、足取りも重く顔を出した。

 しかし顔は満足気だ。これは無事達成できたという事か。

 

 「御行氏もお疲れ様です。大変だったでしょう()()()()()()()()()()()するなんて」

 「……まあな。これも責務だ」

 

 丁度良い、此処に伊井野ミコが居るし、情報操作に協力して貰おう。

 千花だけではなく、御行氏も一緒に、謎の生徒Aの練習に付き合っていた、としておけば今回の追及はこれ以上行えまい。加えて御行氏が練習の相手だったという事実も隠蔽できる。

 

 「その本人は窓から?」

 「ああ。恥ずかしかったのか、俺と藤原書記にお礼を言って出て行った」

 「……本当に練習だったんですね」

 「だからそう言ってる」

 

 僕の言葉に、伊井野ミコは、暫し納得できない、という顔をしていたが――やがて『誤解して、ごめんなさい』と頭を下げて、去って行った。

 素直な良い子ではあるな。真っすぐ過ぎて凄く弄り易いともいうけど。

 

 「ともあれ、お疲れ様。二人とも」

 

 僕は二人を労う事にした。取り合えずその辺の自販機で、コーラでも差し入れるとしよう。

 

 尚、今回の件で、伊井野ミコから僕は更にマークされることになる。

 今まで学園内部で不埒な行動をしていなかった、とは理解してもらえたようだが、それで藤原千花との関係に納得した訳ではないらしい。今後やるかもしれない、と警戒を強めたようだ。

 

 彼女の頭の中で、僕が一体どんな人間になっているのか。

 どんなに鬼畜で外道でサドな紳士になっているのか、どこかで話し合う必要がありそうだ。

 

 ◆

 

 「ところで岩傘広報? 藤原さんのみならず会長も連れ込んで、()()()()()音楽室で密かに練習をしていたと聞いたのですが、何故その場に私もいなかったのでしょう?」

 「いや、石上も居ませんでしたが」

 「はい?」

 「ナンデモナイデス」

 

 かぐや嬢に追及される僕が居た。

 これに比較すれば、伊井野ミコなぞ恐れるに足らない。

 

 千花と御行氏の関係が強化される点に関しては、僕が居るから心配はないと納得してくれた。

 のだが自分が除け者になっているのは色々悲しいらしい。

 

 またこのパターンか! と僕は臍を噛んだ。これで二回目だ。

 仮に三回目があったら誤魔化しきれんぞ。頼むから三度目は起きないでくれよ?

 ……と、叶う筈もない願いを掲げたのである。

 

 ◆

 

 「それでもう会長の音痴を改善するのに付き合って大変だったんですよ」

 「やっぱり会長さんって努力家なんですね……! 一週間で改善するなんて、ますます素敵です。――お姉ちゃん如何しましょう、私、心の中のトキメキが抑えられません……!」

 「えっ」

 

 藤原千花はこの日、知った。

 さる六月の雨の日から、妹から白銀御行に対して恋愛のベクトルが発生していたのだと。




本日の勝敗:伊井野ミコの完敗
理  由 :岩傘にとって伊井野ミコを煙に巻くくらい簡単。
      とは言え泣かせたい訳でも傷付けたい訳でもないので、匙加減には苦労する。
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