「部活連からの注文が多い……。岩傘、手伝ってくれ」
「はいはい、具体的にはどんな具合でしょう、会長」
秀知院学園、生徒会室。生徒会長の白銀御行氏の注文に、頷いて立ち上がる。
作業中のパソコン画面を落として彼の元に向かうと、若干の疲れた顔で一枚の書類を見せられた。
我らが生徒会は僕を含めて五人での運営だ。
会長、副会長、書記、会計、広報(僕)。庶務(雑用)という役職では良くないだろう、と適当な役職を貰って任命して貰った形だ。それに僕を広報担当を据えておけば、他に庶務を増やす余裕が生まれるというのもある。
広報の仕事は簡単だ。
生徒会からの連絡を逐一掲示板で報告したり、逆に生徒会への要望を聞き取ったり。一応、学院のインターネット担当も僕の仕事だ。実は裏サイトがあったりもする学園、秘密の管理人は必要である。直接顔を合わせての対人関係だけは正直得意じゃない……が、これも経験の一種として割り切った。それ以外の部分、文章を書くのも、情報を読むのも得意だったので、楽しくやっている。
「部活連の皆さん、濃いですからね……。波風を立たないようにするには大変と」
「そうだ。多額の寄付があるからこそ、金の使い道は考えねばならん」
御行氏は、金を大事にする。実家が裕福ではないというのもある。端的に言えばケチだ。備品は大事に扱い、余分なものは切り捨て、効率良く運営する。手弁当まで自作する。
会長から見せられた書類には、各部活動からの申請備品がずらっと並んでいた。
上から下までをザーッと眺めて、文章として記憶する。思わず「うわぁ」と言いたい高級品もずらり。
柔道部の畳の張替えや、運動部のトレーニングマシンはまだ安い。天文部の大型望遠鏡やら、吹奏楽部の大型楽器の新調やら、登山部の海外遠征費用やら……。節制すれば中流家庭が数か月から半年は生活できるだけの費用が、一つの部活に付き一個は申請されている。
あんまり目付きが良くない会長(金額を前に胃が痛いのもあるだろう)の目がますます怖い。
どう思う、と彼は僕に話を振ったので、私見を述べる事にした。
「この申請書が全部通るとは、向こうも思っていないかと」
「俺もそう思う。生徒会権限で却下出来る物もあるだろう。だが同時に譲れないと申請している物もあるはずだ。その見極めをせねばならん。その為には人手と時間が必要だ」
「……それを手伝えって話ですね」
「そうだ。運動部も文化部も多いんでな、すまんが頼まれてくれ」
「お任せを。しかし副会長……かぐや嬢は、今日はどちらに? 彼女も手伝うべきでは」
僕は会長、副会長などの役職名以外では、御行氏、かぐや嬢と呼んでいる。さん付けで呼ぶのは得意じゃないのだ。
かぐや嬢は、カースト的な立場が立場なので、どうしても適度な礼儀を弁えた名前で呼ぶように心がけている。公の場で、藤原千花を一人だけ名前呼び捨てにするわけにもいかないし。
かといって同級生で同じ仕事をする友人だ。あんまり遜った言い方も面倒だ。色々悩んだ結果、妥協点として此処に落ち着いた。僕が生徒会で呼び捨てに出来るのは石上会計くらいだろう。
「四宮からは、今日は日直とクラスメイトからの相談があって遅れると連絡を貰っている」
御行氏はスマホを取り出して見せた。
なるほど、相談があって、遅れる、ね……。
「ですか。分かりました。じゃあパパっと行ってきますよ。早めに終わらせましょう」
「すまんな。流石に今日一日では無理だろうし、出来る範囲で良い。難しい問題は後に回してくれて構わん。俺が直接出張る必要もあるかもしれんのでな」
「会長の手は煩わせませんよ。それじゃ、行ってきます」
かくして僕は申請費用の一覧を片手に、学院内へと繰り出した。
会長のスマホは無事に使われているらしい。僕は数日前を思い出した。
◆
御行氏がスマホを買おうと思っている、との話を聞いたのはある日の放課後の話だ。
今まではガラケーだった会長も、帰宅途中に大特価セールをしていたのを見て、良い機会と切り替えようと思ったそうだ。お金持ちの秀知院、かつては携帯電話の持ち込みは禁止だったらしいが……最近の時世には逆らえず許可されている。そして携帯やスマホが許可されているという事は、インターネットやアプリも承認(暗黙の了解で)されている。
学園裏サイトが動いているのも本当だ。僕が適度にチェックしているが、匿名掲示板は今日も元気に活動中である。さておき、そんな会長が新しくスマホを買う、と。
「良いですねぇ、会長、機種とか拘りあるんですかー?」
「いやあ機械には疎くてな。今、良いのがないかと相談をしているところだ」
などと千花と会長が話している中、僕はと言えば、無言で四宮かぐや嬢の顔色を窺っていた。
彼女の裏側は非常に(言葉に言えないくらい、非常に!)計算高い。昔は冷徹な女王かぐや様だった片鱗は、今でも時々見ることがある。いや、会長の前で見せなくなった分、より怖い。光が強くなった分、影もまた濃くなったというか、そんな感じで。
……いや、偶然なんだけどさ。裏サイトの巡回してたら、早坂愛さんをちょっと離れた電気屋の前で見つけたって情報があったんだよ。他の雑多な情報に流されて、もう何処に書き込まれたかも定かではないが、確かに僕はその情報を目にしている。
これは――仕組んだな?
暫し考えた後、僕は素直に、かぐや嬢の側に立つことにした。
僕には分かるぞ。
この二人の事だ! どうせ会長がスマホを手に入れたとして!
「連絡先を自分から聞く」
=「自分が貴方に連絡を取りたい」
=「自分は貴方に色々と伝えたい」
=「お可愛いこと」
とでも考える羽目になるに違いない!
……なんで分かるかって?
過去、僕も千花にそういう風に接していたからだよ。黒歴史だ。
「あー、会長会長、あのですね、当然ご承知だと思いますが……。今時分、携帯を乗り換えたとしても、契約会社が同じなら、番号とかメールアドレス、変更しないままですよね?」
「……? そうだな、当たり前だ」
「です。なので連絡先は改めて聞く必要ないです。ラインとか始めるんじゃなければ」
僕の言葉に、白銀会長は、!?という顔を一瞬だけ見せて、平静を装った。
あー、これはアレですね。
完全にかぐや嬢から「連絡先を教えて下さい」と言われるのを計画していた顔ですね。
同時に背後から、彼女の突き刺さるような視線を感じる。かぐや嬢も、知らなかったらしい。「余計なことを!」と言われている気がするが、そもそも貴方の古すぎるガラケーじゃラインは無理です。それも教えてやらねばいけないな。
「とはいえ今まで、会長は仕事用一本でした。折角なのでプライベート用のアカウントとかも作る良い機会じゃないでしょうか。追加登録は簡単ですし、買う時、電気屋に相談すれば簡単です」
「……ほう」
「ただ、かぐや嬢の携帯が、ガラケーで、ライン出来ないんですよね。それ以外にも、通信制限とかデータ容量的に引っかかると思います。そのガラケー、結構昔から使っている物でしょう?」
「? ……ええ、まあ、そうですね。幼稚園から使っているので愛着がありますけど」
愛着があるものを無理やりに更新させるのも良くない。彼女の機種交換は彼女の判断に任せるとして……。
え、そうだったんですかー!? と千花が驚いている。このままラインの話をしたら完全に乗り遅れるところだったと彼女も察した。
そして僕の方を見る。長い付き合いだ。
僕の顔色で何を企んでいるかは伝わる! 筈!
「じゃあ更新時期ってことじゃないです? 僕もそろそろ更新したい時期だったので」
切り出す。気分はギャンブラーだ。
「――生徒会で携帯買いに行きません?」
その瞬間! 多分、二人に電流が走っただろう!
生徒会は5人! 僕と千花は許嫁! そして此処で石上を上手いこと別行動させれば!
二人は一緒に行動をすることになる……!! 実質、ダブルデート! ――と!
ピシャーン、と雷が落ちたかもしれない。
此処まで後押しして外堀埋めなきゃ動けないこいつらってどうよ、と思うが。
二人は一周回って馬鹿なのだ。
それが可愛くもあり、微笑ましくもあり、アホらしくもある。
「良いですねえ、ここ最近はずーっと家と学院の往復でしたから、皆で遊びに行きましょう!」
空気を読んでか読まないでか、千花がわあいと賛成した。
生徒会の一員として、滞りなく職務を全うさせるために必要な活動!
生徒会で集まる以上、その後で別行動になってもそれは全くの偶然!
ならば一緒に行動して何の不都合はない!
「そうだな。広報担当にそこまで言われてはしょうがない。バイトのスケジュールもどこかで少し調整しよう」(ちらっとかぐや嬢を見る)
「そうですわね。そこまで熱心に提案されたのならば、吝かではありませんわ」(ちらっと御行氏を見る)
こうして会長も副会長も頷いて、予定と相成ったのである。
そして御行氏は無事にスマホを手に入れた。
……かぐや嬢は、ガラケーの更新はしなかった。とはいえラインへの興味は消せなかったようで、ガラケーとスマホの同時使用に落ち着いたのである。
その理由は僕には分からない。ただ彼女なりに大事な思い出とかが、あったのかもしれない、とだけ言っておく。僕にだって分からないことは多いんだ。
石上? ああ、彼はなんか知り合いらしい女の子からお説教を受けてたよ。電気屋で遭遇したらしい。またゲームばかりして! とか、風紀委員みたいな雰囲気の、小柄でちょっとキツメの娘だったけど、騒がしいやりとりが聞こえてきていた。
案外あいつも良い人間関係を培っているのではないだろうか。
◆
そんな経緯があって会長は、ラインの連絡先を、かぐや嬢と交換した。二人きりだと延々と話が進まないのは分かっていたので、無事に機種を選び終わったのを確認して僕らが合流した。
役職順で、と無難な名目を切り出して、御行氏とかぐや嬢の連絡先は交換がなされたのだ。
(と、まあそういう事があって、無事に電気屋巡りは済んだのだが……)
実はスマホを買う際の裏の意味は、かぐや嬢にだけは、伝えてある。
後で話そう。
思い出しながら校舎を歩く。
会長・副会長のような華はない僕だが、千花に付き合ってあれこれ人脈を培っているうちに『ちょっと変わっているけど真面目で面倒見が良い人』くらいの立場は手に入れた。少なくとも生徒会の一員として認識されるくらいには高評価だ。
同時に『藤原千花さんの許嫁だってー』というコイバナ的な意味での名も広まっているが、これは別項目として評価すべき事案だろう。
「運動部はまだ性格的にやりやすいから助かる……」
道行く顔馴染みにきちんと挨拶をしながら部室を回っていく。
運動部は、下地の教育が良い上に、やはりスポーツマンシップが徹底されているからか、正々堂々している部分があって、交渉はやりやすい。無理なものは無理、という意見が通りやすいのだ。
これが文化部になると、一癖も二癖もあって非常に面倒くさい。
野球部、バスケ部、テニス部、サッカー部、卓球部、バトミントン、水泳、陸上、柔道、ラグビー、etc……。予算申請リストを片手に、交渉難易度が高い連中から回っていく。
こういうのは前例を作っておいた方が良いのだ。××部はこれで納得していただけました、と切り出せれば交渉もしやすい。
そして順々に回って行って、ある意味、一番簡単で一番難易度が高いある運動部へと到達した。
来客の用件を伝え、中に入る。そこには――。
「お気に召しましたかね、かぐや嬢」
「ええ、貴方の行動にはいつも感謝をしていますわ。岩傘さん」
やはりというか、なんというか、かぐや嬢が待っていた。
此処は弓道部である。
会長の仕事を見た時、そして遅れるという話を聞いた時、確信したのだ。
まーた暗躍してるよ、この人、と。
かぐや嬢は弓道部に在籍している。大会成績は非常に優秀で、インターハイに出れるレベルだとか。少し前、退部する、退部しないというやりとりをしていたが、結局は続行に落ち着いた。
理由? さあ。繰り返すが僕にも予想不可能なことはある。
さておき弓道の道着姿のかぐや嬢は、凛として格好いい。
僕でも「格好いいなあ」と思うので、白銀氏にはさぞ効果覿面だろう。
かぐや嬢は、予算申請案の話をさせるという名目で会長を弓道場に誘い、自分の射る姿を見せて魅了させちゃえ……とか思っていたんだろうが、残念ながらやって来たのは僕である。
それはそれで話は出来るから、良いんだけどね。僕が来る可能性は織り込み済みだろうし。
「して、僕が来た場合の要件は、何を切り出すつもりだったのか、お伺いしても?」
「ええ……。単刀直入に言いましょう」
かぐや嬢は綺麗な正座で、まっすぐに私を見る。
すわ、どんな内容か、と身構え、言われた言葉は――。
「……最近、藤原さんと会長、距離近くありません?」
「近いですよね! 分かります! その話ですよねやっぱり!」
もの凄く同意できる内容であった。
僕とかぐや嬢は、共同戦線を張っている仲なのである。