幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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祝:14巻発売!

修羅場が終わった……! 終わった……!
お待たせしました!それでは更新再開します!

試練その二「叩かずとも鳴る(つづみ)」篇スタート!


夏休み:難題「叩かずとも鳴る鼓」
岩傘調は運びたい


 「うおおい!生徒総会お疲れ!」

 「お疲れ様!」

 「明日から夏休みでーす!」

 

  いぇーい、と互いにハイタッチ。その後、床に散らばった大量の資料をかき集めながら、大変だったなあと生徒総会を思い出していた。長い期間、地道に色々と準備をした甲斐があって、さしたる問題もなく会は進行し終了した。

 

 矢面に立ったのは、無論、御行氏だ。彼は半日に渡る間、講堂の壇上に立ち続け、ここ一年の活動報告と質疑応答に終始していた。報告しなければならない話は山ほどある。一学期に行った行事の振り替えりや纏め、大量の寄付金(減りつつあると言っても大金である)の使い道、今後の計画、単純な連絡から面倒くさい連絡まで様々だ。

 

 我らが生徒会に、庶務と会計監査の二人が居る、という話はどっかでしたと思う。先輩方は三年生。昨年度、御行氏が大立ち回りを演じた結果、二人は僕らと折り合いが悪く、仕事は最低限。勿論……生徒総会の運営に協力などしちゃくれない。

 彼らがどうしても必要な決済(会計監査として、石上の作った書類に印鑑を押すとかね)は、僕らが居ない隙を見てこっそりとやってくれているが、それだけだ。時と場合によっては会長or副会長の代理印で処理されてしまう。居ないのと一緒なのである。……いや、居て欲しいと思う訳じゃないけどさ。

 

 なので。準備と仕事量は本当多かった。会の準備をかぐや嬢が取り仕切る中、僕は只管に、過去の実績やら、活動の記録やらを引っ張り出しては、石上に『これお願い』と纏めを投げていた。算数は好きだが、細かい数字を延々と見続けるのは辛い。彼には感謝である。

 

 「いや、岩傘先輩も凄い量を準備してたじゃないですか」

 「僕のは大した苦労じゃない。……過去の総会資料を引っ張ってきて纏めただけだよ」

 「だが質疑応答は、お陰で困らなかった。礼を言うよ、岩傘」

 「それくらいはね。最近ちょこちょこ生徒会を開ける時間が多かったから」

 

 前々から話している通り『混院』である御行氏へは風当たりが強い。

 桁外れの努力を積み重ね、学年一位を死守し、風紀校則にすら一部の隙を見せず、一般家庭の生まれでありながら社会カースト上層部と渡り合う……そんな彼への風当たり。この場合「だからこその」風当たりともいえる。普通の人間がエリートより優秀ってのは、エリートにしてみれば気に食わないことも多い。

 本当に優れたエリートは、努力して這い上がってきた、御行氏みたいな人を認めて受け入れる者なのだけど。全員が全員、そうじゃないって事実は、秀知院の隠しようがない一側面だ。

 

 だから僕は、その対策を立てた。

 

 過去の生徒会活動の実績、議事録というのは保管されている。

 そして毎年毎年、報告する内容は大体一緒だ。であれば出てくる質問だって一緒なのである。厳密に全部一緒とは言わないが……過去十年分くらいの議事録を確認して、質問の傾向を予測し『こういう質問が来ると思います』というのを準備しておいた。それだけである。

 

 この辺、本来は書記:千花の仕事なのだが、前述したように我が生徒会の庶務&会計監査はいないも同じだ。だから千花に庶務的な仕事を投げた。彼女をあっちこっちに顔を出させて生徒からの意見を拾い上げ『あの行事はどうだった?』とか『あの事件の結果は?』とか『今の生徒会の不満は?』とか色々聞きだして貰った。御行氏の負担を僅かでも減らせたなら幸いだ。

 

 「同時並行で、学園裏サイトからも情報を集めてましたよね……」

 「あれの意見の大部分は遊びだよ。あんな場所に本気で書き込む人間なんかいない。精々が世間話に毛が生えた程度だ。……匿名性が高い場所だし、悪意も見えるからね。頼っちゃいけない」

 

 実際、昔『藤原千花と交際するためにはどうすればいいですか?』という質問が来たことまであった。僕は暫し考えた後『諦めたら?』と匿名メールで返事をしてやった。

 

 尚こうした質問に関して、僕は大らかだ。つまり千花がそれだけ魅力的ってことだからな!

 まあ隠し撮りに近いような写真とか、悪質なコラ画像とかが出回ったら、僕は何をするか分からないね。全力を持って犯人を突き止めて、死なない程度に真面目な制裁を加えるだろう。

 

 ……と、こんな具合で、過去にも何度か話を出していたが、僕の仕事には学園裏サイトの巡回も入っている。

 アカウントをBANしたり、不適切な書き込みを削除したり、という管理人権限も有している。

 飽くまで運営の手伝いくらいの立場だ。顔が見えない掲示板だと、一部の会話は、それはもう、えげつないえげつない。闇が垣間見えて、眺めていると時には「うわぁ」とドン引きするのは、別に学園裏サイトに限った話ではないのだな。

 

 故に千花が絡まないこと以外は書き込まず(マスメディア部とかは気軽にお悩み相談とかしているらしいが)延々とチェックだけして、面倒なのは削除&コピーして専門家にパスである。

 

 ……悪意の場合、御行氏への物も結構あるのが分かる。建設的からは程遠い感情が見えていて『やっぱり御行氏の力にならなくちゃな』と僕は認識を改める、そのくらい。

 この辺はかぐや嬢にも手伝って貰っている(彼女は機械に弱いが、彼女がお願いすれば専門家は動ける)。早坂からの目付きが怖くなることもあるけどな!

 

 片付け終わって、全員が適当な場所に座ると、夏休みの話題が出た。

 

 「皆は夏休みの予定とか決まってるのか?」

 「私はそうですね、買い物に行くくらいでしょうか。会長は」

 「バイトのシフト調整に難航してな。結構スケジュールに余裕がある」

 「……そういやもう三か月くらい前でしたっけね。山に行くか、海に行くか、って話題」

 

 僕の目線に、会長&副会長は『それを待ってたんだよ!』と揃って僕を見る。

 最近この二人、ますます呼吸があっていると思う。僕は目撃していないが、生徒会室でケーキの食べさせあいをしていたなんて話も千花から聞いている。ただの惚気じゃないか? と思わなくもない。口に出すと『お前が言うな』案件なので、これ以上は突っ込まないでおく。

 時間が経過するのは、あっという間だなと思いつつ、先に進めることにした。

 

 ◆

 

 「僕と千花はハワイ行ってきます。一週間ほど」

 「岩傘! お前その流れで二人だけの旅行の話を切り出すか!?」

 「いえ、ですから、ハワイから戻ってきた後に、皆でどっか遊びに行きましょうよ。夏祭りとかキャンプとか、山でも海でも。個人的には石上の意見を尊重して、河で良いんじゃないかなと思いますけど」

 

 ゴールデンウイーク、態々準備をしたのに風邪を引いて旅行に行けなかったからね……。その埋め合わせもあるのだ。藤原家&岩傘家の皆で出かけるのも悪くない。男女比率は偏ってるけど。

 

 「夏休み」。

 社会人にそんな物はない。

 どっちの父親も仕事だ。それも多忙だ。

 お盆の時だけは休み(で、夫婦で温泉宿にでも行くらしい)。だがそれだけで、大地さんも親父もずーっと仕事。

 僕の義母は、長時間の飛行機旅行を満喫できる程、元気ではない。

 

 必然、万穂さんが引率で、護衛に憂さんが付き、豊実姉、千花、萌葉ちゃん、僕、(キーちゃん)という面子になる。

 勿論、安全のために新しい護衛(憂さん手配の人)とか、藤原家の使用人(男女それぞれ3人くらい)とかも同行するので、男子が僕だけ、というのは誇張かもしれないが、それでも遊ぶ側にいるのは僕と少女の皆さんだけである。

 

 豊崎に話したら『ハーレムじゃねえか』と言われたが、失礼な話だ。

 僕はハーレムとかいらないし。千花だけ居れば良い。 

 憂さんだってケジメを付けたのだ。この先も同じだと思う。

 

 そりゃあ勿論! 豊実姉のスタイルは抜群だ。千花よりたわわに育っている。豊か過ぎる。萌葉ちゃんとて中学生にして既にかぐや嬢より発育が良い。……ちんちくりんな我が妹と比較すると憐れみを覚える。顔に出すと蹴られるので言わないけど。

 

 「河か。水遊びは暑気払いに良いかもしれん。だが危なくないか? 山の気候は変わりやすいというし。特に水辺なら猶更だ」

 「んー、……僕の実家で良ければ来る?」

 「ほう」

 

 僕の実家が、国内有数のさる大手新聞社である――とは話はしたと思う。

 正直、情報産業という点では我が家は圧倒的だ。その社長が親父である。先代社長は祖母である。そして経営は身内だ。

 

 田舎の爺様も重役を務めていたが、祖母が体を壊して退社/引退したのと同時、切りのいいタイミングでスパッとやめて引っ込んだのだ。祖母は……流石に仕事の無理が祟ったのか、それから間もない内に天に召されてしまった。

 残された祖父は落胆後、少しずつ立ち直り、広い山奥でのんびり隠遁生活を送っている。

 

 「ただ、娯楽施設はあんまりないよ? ……神社とか仏閣はある。星も綺麗。野菜と肉と水と空気は美味しい。後は本の山があるだけかな……。ああ、一応Wi-Fiとかはちゃんとしたの通ってるし、スマホも十分使える。インフラは問題ない。一応家政婦さんが毎日やって来て、炊事とか掃除はやってくれるから、その辺の心配もない……。東京に比較したら映る番組が異常に少なかったりするけど、そんくらいかな」

 「星が綺麗なのか。……悪くないな。具体的に言うとどの辺なら良いんだ?」

 「んー、お盆とか?」

 

 星の一言で御行氏が反応した。

 ……ああ、そういえば天体観測が好きだったっけ。

 

 八月十五日とかその辺だな。二週間後だ。今から連絡しても、あの矍鑠とした爺様なら『来い来い、沢山準備して待っておるぞ』と言いながら嬉々として許可をくれるだろう。

 楽しい場所だ。危険はないし。熊と猿とか猪とか禁足地に行かなければ安全だ。

 

 「え、いーちゃんいーちゃん、そこエジプト行ってますよ!?」

 「……それ初耳なんだけど。何時入れたの?」

 「お姉ちゃんが昨晩思い立って予定を入れました」

 「聞いてない。ちなみに僕は」

 「チケット手配したようです」

 

 あ、そう……。となるとこのイベントは秋まで先延ばしだな。

 御免と謝る。皆は気にしていない、と返事をしてくれる。だがなんとなく、かぐや嬢からの()()()()視線が鋭かったので割って入った。そんな顔をされても困る……。千花はまだフォローできるが、藤原家の行動を予想するのは僕でも無理です。

 

 今年の9月は秋分の日と敬老の日が平日にあって、土日から祝日を2日挟んで土日だ。上手くいけば九連休になる。学園側も配慮して後半は連休にしてくれるだろうから、そこだな。

 まあ夏の暑い季節も良いけど、紅葉に染まった秋の山も悪くない。

 

 「じゃあこの辺の花火大会ですかね。確か20日に大きな祭りがあったかと」

 「え、いーちゃんいーちゃん! そこスペインでトマト祭りやってますよ!?」

 「それも初耳だよ!」

 「藤原書記は何回旅行に行くんだ!?」

 

 僕だけでなく御行氏からツッコミが飛んだ。

 遊んでばっかりじゃねーか! との声は間違いではない。正しい。

 

 二年の夏は天王山、という言葉がある。大学進学を考える人間にとって、二年の夏で努力を重ねれば三年生になっても調子が上がっていくという話だ。確かに勉強は初動が大事だ。最初に頑張ってやる気を出すと、それが継続していく。

 千花は胸を張ってそう語り、続けた。

 

 「だからこそオンとオフの切り替えが大事なんじゃないですか」

 「……まあ、そうね。でも流石にスペインの方は、僕も遠慮する。ハワイにエジプトにスペインとか体内時計が狂って睡眠不足で死ぬ光景しか見えない」

 

 ……喜んで良いのか複雑だが、僕に就職先の心配はない。

 親のコネでそのまま入社である。……流石に昇進やらなにやらは下積みが必要だろうけど、それでも給料は間違いなく良い。ボーナスもある。将来的に出世も間違いは無いだろう。千花と自分と家庭を養うには十分だ。

 

 最悪大学に行かないでも良いって選択肢まである。

 

 それでも真面目に勉強をするのは、千花と惚気る為だ。『アイツ実家が金持ちだし将来心配しないで良いからって遊び惚けてるんだぜ』という噂が立たないようにする為。

 仮に千花が本気で政治家を目指すなら、その秘書くらいにはなりたいってのもある。

 クルーシュチャ関連で真面目に自分を鍛える意味も最近付与されたけど。

 

 「まさか皆、私を置いてお祭り行っちゃうんですか!? 酷いですよ!?」

 

 と主張した千花は、石上の「先輩がトマト祭りを楽しんでるのに僕らは楽しめないんですか?」という正論によって論破され――流石にこれは僕も擁護できない。石上が正しい――生徒会室から出て行ってしまった。

 夏休み、八月二十日、花火大会。僕は予定をしっかりと書き記す。

 

 「長い休みです。こっちに戻ってきたら、顔出したり、お土産を渡しに行きますよ。……それじゃ。千花を迎えに行って、僕らは帰ります。また夏休みどっかで」

 「ああ。――それじゃ祭りの日にな。何かあったらメールでも電話でも遠慮なく来い」

 「楽しみにしていますよ。藤原さんにもよろしく言っておいてください」

 「そうします。では、良い夏を!」

 

 かくして僕は生徒会室を出た。暫く会えなくなる、通えなくなる、と思うと、少し物寂しい。次にこの部屋に来るのは九月になるだろう。

 

 八月、三十日間の、長い休みの始まりだ。

 

 ◆

 

 生徒会室から出て、走って行った方向に向かう。

 

 千花を探す。

 居ない。おや? と思って見回しても姿が見えない。

 

 (……ふむ)

 

 TG部を回り、マスメディア部の追及を回避し、豊崎と風祭に「夏休み明けにまたな」と挨拶し、柏木さんカップルがどんな風に進展するのか応援しつつ、何故かその背後でサメザメと泣く四条眞妃の背後を通り過ぎて下駄箱をチェック。

 

 靴があったので『これはまだ学園内だな?』と探索し、竜珠桃から「さっき右に走ってったぞ」と聞いて右に向かい、阿天坊先輩から「階段降りてったわー」と聞いて階下に向かう。途中『廊下を走るなー!』とか伊井野ミコが言っていたので速足に切り替えて、歩く。

 最後にクルーシュチャが「階段上って廊下を突きあたりだねクフフ」とか笑っていやがった。

 ――その先にあったのは生徒会室である。

 

 (……考えてみりゃそうだよな!)

 

 千花があのまま夏休みの挨拶もせずに下校をする筈がない。

 その辺はしっかりしているのだ彼女は。

 

 飛び出して行った後、僕が追いかけている間に、入れ違いでこっそり戻ってきて(多分石上が居ないのを確認して)、御行氏とかぐや嬢に一言伝えて行ったのだ。

 撒かれた!と思って生徒会室のドアノブを捻る。鍵がかかっている。他の皆は既に帰ったのだ。この中に千花が隠れて、内側から施錠をした……。無いな。

 

 『さあ、いーちゃん、私を見つけて見せなさい!』

 

 と胸を張っている千花の顔が浮かんだ。

 

 足を止める。考える。彼女が本気で逃げているというのは……無い。見つけて欲しがっている。意図的に僕から逃げている。追いかけっこだ。

 彼女の性格からして、僕が見落としてしまうような場所に居ると思う。後で僕が気付いた時に『やられた』と思う場所に隠れている。

 今まで経由した場所に隠れている可能性は除外だ。目撃証言がある。

 

 「……となると……生徒会室……か……?」

 

 僕は再び生徒会室へ身体を向ける。

 此処でないならば、後は――。

 

 「――そこだ!」

 「ぬひゃあん!」

 

 振り向きざまに、カーテンを開け放つ!

 仕掛けは簡単だ。廊下にかかっているカーテンの裏。窓とカーテンの間に隠れ、僕が通り過ぎた後にバックアタックを狙ったのである。そうじゃないかなと思って背中を見せたら、まさにその通り! 予想通り! 彼女は今にも僕にダイブしそうな姿勢だった。

 

 僕の声にバランスを崩したので、そのままキャッチ。

 

 「おっとと」

 

 上から降ってきた千花を支えて、そのまま抱える。右腕を彼女の膝の下に入れた。

 姿勢を制御して、背中に左手を添えて、腕の中の輪に彼女を収める。

 

 「僕の勝ちー」

 「ふっふっふ、そうですか? そうですかね? ――以前の約束、1つ覚えてますね? 私のお願いを1つ聞くって奴です。それを今ここで履行して下さい! ずばり!」

 「へえ、ふうん? ……なるほどね」

 

 察した。答えになる前に歩き出す。

 

 「はい。私をこのまま運ぶ栄誉を授けましょう!」

 「承りましたお姫様、っと」

 

 その名の通り、お姫様抱っこをして彼女を運ぶ。

 

 重くはないし、香りとか触感とかふわふわ感まで味わえて、僕は別に全然苦じゃない。

 でもまだ学園内には人影が残っている。すれ違う人が皆口々に噂をしている。冷やかしの声も聞こえてくる。ちょっとだけ怨嗟の声も混ざっている。馬耳東風と受け流しながら、歩く。

 昇降口に向かう程、生徒の数は増えていく。

 

 「けど、なんでこんなことしようと思ったの?」

 「甘えたいだけです。理由なんて無いです!」

 

 千花はあっけらかんとして言った。

 ……それじゃしょうがないな。

 

 「よーし諸君、諸君、そこをちょっと避けてくれ! 噂して良いぞー! 羨ましいと思ったら今のうちに相手を作ると良い!」

 

 昇降口前に残った生徒達を前に、微動だにせず歩く。

 モーセの如く人の海が割れて、その真ん中を堂々とだ。やましい気持ちは一切ない。

 

 僕は平然としていた。千花も平然としていた。

 それが崩れたのは、そのまま公衆まで足を向けた時だ。

 道路側に、敷地外に向かってペースを崩さず歩く僕に、千花は、ちょっと慄く。

 

 「あ、あの、……いーちゃん、そろそろ降ろしてくれても良いんですよ?」

 「何を何を。折角だからこのまま家まで帰ろう。今日は歩きだ。ご希望通り家までエスコートしてあげよう!」

 

 笑顔で返事をする。

 

 「ま、参りました……っ! 参りましたから降ろして! やっぱり恥ずかしいです!」

 

 顔が赤いのは、夕焼けだけが理由では無い。

 

 「千花は自分から攻める癖に、本気で僕が攻めると弱いよね……」

 「肝心な場所でヘタレるいーちゃんに言われると複雑ですけどね! 期待してますからね!?」

 

 何をだ、という問いかけは野暮である。

 

 夏休み。ハワイ。

 期待することなど一つしかない。

 

 このまま運んでも良い、と半分本気で思っていたけど素直に降ろす。

 それは、それこそ夏休み中にやろう。

 今日はまだ前日なのだ。

 

 ◆

 

 と、こうして無事に一学期最終日が終わったのだが。

 最後の最後で、とんでもない問題が僕と千花に、襲い掛かった。

 

 道中『折角ですし今日はお夕飯を一緒にしましょうか』という事で買い物デートを楽しみ、互いにビニール袋を手に帰宅する。本日は岩傘家のキッチンを使うらしい。

 

 異変に気付いたのは、玄関を入った時だ。

 見覚えがない靴が置かれていたのだ。

 

 「誰だろ。憂さんじゃないし、(キーちゃん)でもない。義母さんでもない」

 「キーちゃんのお友達とかじゃないです?」

 

 サイズは僕の家の誰とも違う。千花と同じくらいの、新しい靴。

 家に居る……なら危ない相手でもないだろう。妹の友人か誰かだなと結論付けて、そのまま中に入り、廊下を歩いて居間に足を踏み入れる。

 

 「ただいま帰りました、千花も一緒だ、よ……」

 

 扉を開けると。

 

 そこには全裸の女が居た。

 

 風呂上がりなのかタオルで髪と身体だけは隠していたが全裸だった。

 

 ◆

 

 「…………」

 

 一瞬、何を見たのか理解できず、そのまま扉を閉めた。

 

 気のせいだよな? と思って、再び扉を開ける。

 

 そこには半裸の女が居た。

 

 慌てて下着を身に着けている。

 

 ◆

 

 「…………」

 

 上下共に下着姿。若干お肉が付いた腹回りに足回り。太っているというよりは運動不足のような体系。意外と安産型。桃色ではなく青色の生地。そしてこっちを見る眼鏡に、デコが光る。

 

 僕はそのまま無言で扉を閉めた。

 そのまま真横に居た千花を見た。

 

 「見間違いだよな?」

 「残念ながら錯覚じゃないと思います。いーちゃん、心当たりは」

 「あるわけないでしょ! その位は信用があるだろ! 僕は千花以外は目に入らない!」

 「知ってます。不安にならないでも大丈夫です!」

 

 互いに頷きあう。僕が原因ではないと伝わっている。ならば良し。

 

 千花の浮気セーフラインが、果たして何処までか……は知らない。

 確かめようとも思わない。

 

 だが彼女の一瞬だけ見せた、黒々とした――暗闇に泥をぶちまけたらこんな色になるんだろうか――という眼光は、僕がちょっとぞくっとするのに十分だった。流石政治家の娘。黒い。

 ……口を効いてくれなくなる。これは千花の怒り震度2を表す。最大は3だ。幸いこの震度3に、僕は一回しか遭遇したことがない。これからも見たくない。

 

 「もう開けて良いかな……」

 「……まあ、待ちましょう。向こうも裸のままじゃ話も出来ないでしょうし」

 「……そだね」

 

 思わず取り落としていた買い物袋を持ち直し、廊下で静かに待っていると、遠慮がちに内から扉が開く。

 

 白衣ではなく私服姿を着込んだ彼女は、流石に恥ずかしかったのか、若干頬を紅潮させていた。

 

 色々聞きたい事はあった。

 なんで全裸だったんだとか色々とあった。

 だが何より最も重要な質問を最初に投げることにする。

 

 「なんで(ウチ)に居るの?」

 

 「家出してきたんデス……! 助けて下さイ!」

 

 津々美竜巻は、僕と千花に土下座する勢いで頼み込んだのである。

 ……え、これまさかハワイまで付いてくる流れじゃないよね?




やっと更新できた……!
アニメの花火会までに色々合わせて進めていきたいので、これからもよろしくお願いします。
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