幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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アニメ花火会放送まであと三日(現在:2019年3月28日木曜日)。
超楽しみ。

尚この作品は、花火会で折り返しです。
では、どうぞ!


岩傘調は撃破したい

 フィールドは約200m四方。間には南国の草木、果樹が茂り意外と奥深い。足場は其処まで悪くないが、気を付けないと泥で転んでしまうだろう。最も海が隣なので、仮に転んでもそのまま海に戻って汚れを落とせば良い。そういう意味で、後始末は簡単である。

 

 各自の水着には、上から胸(心臓の真上)と背中(その反対側)には障子紙が貼られていて、これが破れたらアウト。

 

 このサイズ、結構に大きい。僕が掌を広げたのと同じくらいの直径で、手で隠して隠しきれるようなものではない。如何にして相手の攻撃を回避し、あるいは相手の不意を突いて正面もしくは背面から攻撃が出来るかが重要になる。

 スタート地点は、互いに島の東西に決まった。南がビーチである。

 

 「こっちは三人、向こうは二人。だからこっちが警戒をして居れば勝てマスか……」

 「ってほど甘くないんだよ! 危ない!」

 

 右に千花、左に津々美と両手に花の状態で、僕は慌てて二人を引っ張った。

 直後、自分たちが居た場所に大きな水飛沫と共に破裂音が響く。巨大な水風船だ。

 そのまま頭の上から滝のように降り注ぐ水鉄砲の連射。それを撃つのは――。

 

 「キーちゃんやっぱ凄いな!?」

 「避けるとか生意気」

 

 当然のように、我が妹だった。

 

 たった一人で200mを駆け抜け、先手を打ってきたのだ。

 平然と細い樹の枝に足を乗せ、千花や津々美では両手でないと持てないサイズの巨大水鉄砲を片手で扱い、容赦なく真っすぐ打ち抜いてくる! 高低差が高低差だ。こっちからの反撃は届かない。しょうがないので腰元にあった水風船を投げる!

 

 狙いは、ばっちりだった。だがキーちゃんは素早く樹を盾として防ぎ、そのまま飛ぶ。背後に。

 ()()()()()()()別の樹の枝に飛び移ると、そのまま素早く姿を消した。

 忍者か何かか、アイツは。

 

 「……身体能力が高いにも程がある。あれは天性だな」

 

 キーちゃんは登山部だ。今は懐かしい春の予算案会議の際、僕が『遠征プランを持ってこい』と話を付けに行った、あの登山部である。日頃の体力練成もこの為。おかげで健脚この上ない。

 重ねてボルダリングやロッククライミングの技術まで習得済み。最近はパルクールとCQCまで憂さんから学んでいるのだ。何になるつもりなのか。

 

 小さい癖にパワーがあるから、どんな場所でもひょいひょいと登れるし、海外からもポーターとしてお呼びが掛かる位には優秀だ。

 

 因みに接着剤も登山用具である。応急手当的に補修をするのに使うそうだ。勿論、山に向かう時は故障のない完全装備で行くのだが、練習用の靴とか手袋、重さを背負う為の訓練用リュックなどを直すらしい。その常備ストックをクルーシュチャにぶちまけてやった訳だ。弁償したぞ。

 しかしだからって、あれ程までに高い身体能力を持っているとは予想外だ。上方修正しよう。

 

 「深追いはしないように。向こうは一刻も早く僕らの中の誰かを脱落させないといけない」

 「萌葉ちゃんは待ち伏せですか」

 「なるホド? 確かに2対3の現状では、向こうが不利デスね」

 

 幾らキーちゃんの身体能力が高いと言っても限度はある。

 互いに相手を認識して撃ちあい、睨み合いに持ち込めば――つまりキーちゃんの動きを封じれば、向こうは萌葉ちゃんだけだ。

 仮にキーちゃんが脱落し、こっちが二人以上残って萌葉ちゃんが相手ならほぼ勝ち。

 萌葉ちゃんを先に見つけて、1体3に持ち込めば、やっぱりこっちがほぼ勝ち(圧倒的有利)。

 二人を同時に相手した時でも、こっちが三人で撃ち合いになればやはり此方が有利だ。

 

 だから逆に言えば、向こうはキーちゃんの戦闘能力を生かして攪乱し、一刻も早く僕らの人員を削る。2対2に持ち込めば一気に中等部メンバーの勝ちに近くなる。

 

 「とりあえず三人行動は心掛けよう。一網打尽になる可能性はあるけど、各個撃破よりはマシ」

 

 マシだ、と言いかけて、まさか勝負がそこから一気に動くとは思ってもみなかった。

 

 周囲と頭上を伺いながら数分。視界の広い場所へ向かおうと注意して進んでいく。

 少しだけ張り出した木の根を踏み出した瞬間――足が何かに取られたのである。

 泥の中、水が溜まった落とし穴だ! 思わず足を取られた僕は、そのまま前につんのめる。勿論、咄嗟に手で姿勢を立て直したが――その瞬間に気付いた。

 

 (やば、背中……!)

 「いーちゃん危ないです!」

 

 このゲームは『相手の障子紙を攻撃で破ったら勝ち』――ではない。『破れたら負け』なのだ。

 つまり! 何らかのトラップや事故で破れても、失格となってしまう……! だからこそ僕は胸の紙を破らないように手で転倒を阻止した。だが当然そうなれば、背中は無防備になる!

 

 「てええいい!」

 「萌葉っ!? くっ、間に合ええええっ!」

 

 頭上から聞こえた萌葉ちゃんの声。彼女は待ち伏せをしていた。キーちゃんと同じく樹の上で。死角になる場所でじっと息を潜めていた。

 

 同時に千花が動き、僕の上に覆いかぶさり!

 背中に柔らかい塊が当たり!

 同時に届く水飛沫!

 破裂音!

 

 身を起こすと、そこには萌葉ちゃんは既に居ない。

 視界の隅、萌葉ちゃんが逃げていく様子が目に入った。

 そして地面に倒れる千花の姿も、だ。

 

 「がふっ……。いーちゃん、無事……無事ですね……?」

 「ああ、無事だ! 無事だぞ! 千花が庇ってくれたおかげで!」

 「そう、ですか……。すいません、私は、此処まで、です……目が霞んできました……」

 

 目を閉じながら、震える声と共に、弱弱しく手を持ち上げる千花の手を、握る。

 

 「最後に、いーちゃんを守れて……良かった……」

 「千花あああ!!」

 

 そして「ばたりっ!」という擬音語と共に、ばたりと腕から力が抜ける。

 彼女はそのまま動かない。どことなく世界が夕暮れに染まり、僕と千花の姿だけを照らす。

 

 「ああ、僕はなんてことをしてしまったんだ……! 千花……! よくも千花を! ……そこで待っていてくれよ……。必ず萌葉ちゃんの首を届けに来るからな……!」

 『寸劇していないで進めましょう。藤原千花さん敗北です』

 「もうちょっと余韻に浸らせてよ!」

 「でもその場で合わせてくれるの流石ですねー」

 

 よっこいせと起き上がった千花は、そのまま憂さんに連行された。

 

 知ってるよ! 今は向こうも空気を呼んでくれているが、余韻に浸っている暇はないのだ。

 

 さっき危惧していた2対2の状況に持ち込まれてしまった。……この状況から勝つためには、何としてでも僕と津々美で、中学生のどっちかを先に撃破しないといけない。

 

 「さっき萌葉ちゃんが樹の上に居たのは、キーちゃんが運んだからだ。……こっちで同じことは出来ない。僕は体重が重いし、樹の陰に隠れ切れるほど小さくない」

 

 腐っても男子高校生。身長と体重の値は、この面子の中で一番高い。キーちゃんなら簡単な木登りも僕には出来ない。津々美を樹の上に登らせることは出来るだろうが、津々美自身の運動能力があんまり高くないと来た。さっきのように不意打ち、罠からの波状攻撃は――出来ないな。

 そもそもキーちゃんの行動範囲は木の上だ。この場所だと戦うのに不利すぎる。

 だからこその南への移動だったのだが、先読みされて待ち伏せされてしまった。

 

 「どうしマス? このまま待ち構えマスか……?」

 「いや、このまま浜に出る。そうしないと負ける。もう仕掛けは無い筈だ。開始から此処までの時間的にね。走れる?」

 「俊敏では無いですが50mくらいならまーまーデス」

 「OK、それじゃ一気に走る!」

 

 それに、駆け抜ける相手を正確に狙い撃つのは難易度が高い。キーちゃんならやってきそうだが、萌葉ちゃんには無理。なら少しでも有利な方向に向かうのみ、だ。

 合図とともに、津々美と僕は浜辺へ駆け出した。

 

 ◆

 

 距離にして50m。密林という程深くないが、日本では中々お目にかかれない南国の樹々を抜け、浜辺に出る! 視界の端には『救護室』と書かれた砂浜と、その中で手を振って応援している豊実姉、脱落した千花が居る。が、それよりも、真正面だ!

 

 「来ましたね、お義兄さんっ! 此処であったが百年目ですよっ!」

 「千花の仇、取らせて貰う――っ!」

 

 目の前には真っすぐに水鉄砲を構えた萌葉ちゃんが居た。構えがしっかりしている。さてはキーちゃんから教わったな!? 初心者の萌葉ちゃんが適当に水鉄砲を撃っても当たらない。

 であるならばしっかりと来る方向を予想し、待ち構え、射程内に来たら指を引く。それがキーちゃんの作戦。なるほど、確かにその銃口は僕をしっかり狙っている。ベストの判断だ。

 

 だけどそれは僕も同じことだ!

 既に水鉄砲は構えていた。そして射程距離からだが、撃った。

 

 「え、ちょ、お、お義兄さんが怖い! マジだ!」

 

 射程が届かない? そんなことは分かっている。これは萌葉ちゃんを動揺させる作戦だ!

 

 サバゲーなどしたことは無い。だが男の子ってのは、それまでの人生の何処かで、一回くらいは『銃を撃つ真似』をするしミリタリーに触れる物だ。

 萌葉ちゃんよりはサマになっているだろうさ!

 

 加えて体格だ。木登りや隠れるには不適切だが、真正面からの威圧感は一番強い。全力で自分に向かってくる年上の男(しかも既に水鉄砲を発射している)状態。幾ら義兄とは言え!

 

 「え、え、ちょ、やー! ぃやああっ!! え、おお、お、お義兄さんに襲われますぅっ!!」

 「これも勝負だ、悪く思うなよっ!」

 

 慌ててしっちゃかめっちゃかに水を連射する萌葉ちゃん。目を瞑ってすらいる。

 当然、そうなると僕に命中はしない!

 僕は努めて冷静に水鉄砲を撃ったまま近付き、その勢いのまま胸元の障子紙を破った。

 中等部の癖にけしからん、たわわな胸元が大きく揺れて水を弾いていく。

 

 「今度、お義兄さんに、ぶっかけられて破られたって噂してやります!」

 「冗談でも止めなさいね!」

 『萌葉さん脱落ですー。残り三人』

 「と、こんな事をしてる場合じゃねえ――よっしゃ津々美そのまま走ってろよ!」

 「ふぇ、ふぇ、結構、無茶を、言いマ、ス、ね……ふひぃ……ひぃ……!?」

 

 僕と津々美では、当然ながら僕の方が、足は速い。因みに僕は50m走6.6秒。陸上部の俊足には到底叶わないが、同学年と比較しても早い部類と言えるだろう。

 津々美はそれより遥かに足が遅い。だが、足は止めるなと指示を出してある。

 

 元々、ただでさえキーちゃんの動きは凶悪なのだ。開けた場所での回避は、僕でもまず出来ない。運動能力に劣る津々美なら猶更だ。だから『兎に角走り続けろ』と指示をしておいた。ばてて動けなくなるまでは、向こうも無暗に乱射はしてこない。

 

 僕は萌葉ちゃんを撃破した時も、走る脚を止めなかった。撃破して一安心、となった瞬間に、背後からばしゃー!では意味がない。千花と同じように倒れた萌葉ちゃんを尻目に、走る方向を変えて、津々美の方に転換。そのまま勢いを殺さずに進む! ……砂浜で足が重いっ!!

 果たしてキーちゃんは……!

 

 「ぜい、ぜい、はぁ、ふぅ、……も、もう良いですかネ……!?」

 「気を抜くな。……居ない訳がない。上じゃない、砂浜じゃない。……何処だ!?」

 

 走りながら津々美と合流する。互いに背中合わせになり、周囲を確認。

 だが、居ない。キーちゃんの姿がない。もしやまだ密林の中なのか? こっちの体力切れを待って、向こうが待ちの姿勢になったのか? ――違った。

 

 「ここだよ」

 

 と声がした方向を向く。そちらに銃を向けつつ振り向いた、瞬間。

 固まった。

 

 海の中から、立ち上がっていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 腕で器用に(起伏がささやか過ぎる)膨らみを隠して、銃を向けていた。幾ら身内しかいないと言ってもその思い切りは蛮族の発想だ。

 幾ら破天荒な()()()()の元で育ったからって、其処まで似ないでも良いじゃん!

 

 そうか! そうだ畜生!

 悟った。障子紙が破られたら負け、と言った。

 

 だが『常に身に着けている必要』は無い!

 禁止というルールは確かに明言していない! 僕のミスだ。

 

 キーちゃんは、僕らを襲ったあの時、その辺に水着を脱いで、樹のどっかに置いてきたのだ!

 水着を脱いだのは海で擬態をする為。……憂さん経由でスクーバダイビングの基本に触れていたんだっけ!? 何から何まで利用してきやがる……っ!

 

 「危ない! 逃げろ津々美ぃっ!!」

 

 反応が遅れた。キーちゃんの裸なんざ見ても何も感じないがびっくりはした。

 咄嗟に出来たのは、自分らに向かって飛んでくる水風船から庇う事だけだ。

 

 飛びつきながら抱え、そのまま地面を転がる。腕の中で津々美が「え、え、え? え!?」という顔をするが僕に余裕は無かった。背中に思い切り水風船が直撃して、障子紙が破れる。

 

 「逃げろ……、そして勝利を……」

 「は、はいデス……。わ、わわ、わかりマシた」

 

 調さん脱落でーす、という報告を聞きながら、そのままばたりと砂浜に倒れる。

 

 何故か動きがぎくしゃくした津々美は、太陽で日焼けしたのか、顔が若干紅いまま、先程の森林部へと走っていく。

 見失わないように、キーちゃんは冷静に駆けた。通りすがりに憂さんを経由してパーカーを羽織り、上半身を隠すのも忘れない。

 津々美が勝てるかどうかは半々。上手くキーちゃんのポイを発見できれば勝てる。だが追いつかれたら勝ち目はない。結果はすぐわかる。

 

 数分後、伝えられた結果は、キーちゃんの勝利だった。

 

 ◆

 

 「なんで皆、僕の皿にお肉と野菜を盛るのかな?」

 「沢山食べて欲しいんですよー。はい、パイナップルも追加です」

 

 パイナップルを焼くと甘くなって美味しい。確かにお肉との相性は良いけど……。

 

 女性陣の数に比較して、男子は僕一人。

 ヒエラルキーは最下層では断じてない! が! 圧力と勢いには負ける。

 しかしこれも水着を堪能できたご褒美だ。頑張って食べよう。

 さておき――。全員でコップを持って乾杯!

 

 「という訳で色々ツッコミドコロはありましたが! 中等部組の勝ち! おめでとう!」

 「やーりまーしたー!」

 

 いぇーいとピースサインを送る萌葉ちゃんと、当然という顔のキーちゃん。

 

 運動も終わったのでご飯である。砂浜に用意されたのは大きなバーベキューセットだ。

 高級な肉、野菜、麺や米まで食材は豊富。

 

 次々と焼かれる食材に舌鼓を打つ中で。

 萌葉ちゃんが「勝者の権利として要求しまーす!」と主張した。

 あんまり無理な物でないなら、と僕は許諾する。

 

 「私を肩車して島を走ってください! こうぐるーっと!」

 「え、マジで?」

 

 もうちょっと――お義兄さんに対しての羞恥心を持った方が良いんじゃないか? と思う。

 良いの? と千花を見る。彼女は笑って「良いですよ良いですよー」と送り出してくれた。

 

 「じゃあせめてズボンを履いてきなさい。そのままじゃダメだよ」

 「興奮します?」

 「それは平気だけどさ。そのままじゃ色々と、はしたない」

 

 僕の主張に、しぶしぶとだが彼女は太腿まで隠れる短パンを水着の上から着る。

 

 準備オーケーでーす、という言葉を聞いて、僕は萌葉ちゃんを肩車した。ズボンで良かった。水着ならこれ、両頬が太腿に触れている。流石にそれは不味い。

 そのまま海岸をダッシュ! 加速すると同時に、萌葉ちゃんのきゃーきゃーという笑い声が響く。その顔があんまりにも楽し気だったからか。

 島を一周して戻ってきた僕の前には。

 

 「……はぁ、はぁ、……順番待ちされてない……?」

 「萌葉に出来て私に出来ない、とかは無いですよねいーちゃん!」

 

 一息を付いた僕の前には、千花が居た。

 その背後には豊実姉が居た。その豊実姉に引っ張られる憂さんが居て、最後に津々美まで並んでいる。キーちゃんは『あんな兄の何処が良いんだ』と言いたげな瞳で、黙々とお肉と野菜を食べていた。ていうか津々美もかよ!

 

 「ダメでシタか、やはり」

 「いや良いけどさ、良いけどさあ! ……僕の体力、持つかなぁ」

 

 幾ら全員、僕より身長が低いとは言え、相応に体重はある。女性に体重の話をするのは厳禁と言っても、どんなに軽くても50キロはあるんだぞ。

 

 ……まあコミュニケーションには成功したという事か。千花と津々美の中は急接近して非常に仲が良いし、今も上手に溶け込んでいる。これで少しは、彼女が負い目を感じずに夏休みを過ごせるならば、文句は無い。

 

 「……分かった。やる! やるよ! だけど間に休憩は挟ませてね!」

 「そう来ませんと! という訳で私からでーす! 私はズボン履かないで良いですよね?」

 「うん、まあ、良いよ」

 

 水着姿の千花の背後に失礼して、軽く開いた足の間に頭を入れて、肩の上に乗せる。

 お尻と太腿で頭を固められ、千花が頭に手を置いて重心を固定させたところで、周囲に倒れないように気を使って、立ち上がった。

 ……頬がむっちゃ温かいし柔らかいな!?

 

 「わ、わわわ、これ結構、視線が高くて面白いですよーっ!」

 「それは何より! 走るのは無理だから歩くけど良い!?」

 「疲れましたか?」

 「いや。やっぱり重い」

 

 べしん! と頭を叩かれた。叩くなよ! 本当の事だろ!

 それが悪いとは言ってないじゃん。千花の身長体重諸々は把握してるんだぞ、こっちは。

 

 「そこは黙って下さいよ! 体重の話、厳禁ってこと位は分かってますよね!? 分かって言ってますよね!? 私だから許しますけど! 他の皆は許しませんからねー!? ですよね?」

 

 僕が身体ごと(首を動かせないのだから当然だ)女性陣を見ると、全員が頷いている。

 ……藪蛇をこれ以上、突く趣味は無い。頑張ろう。

 

 それから僕は頑張った。千花は無事に終わった。豊実姉の時は根性を出した。憂さんは気遣ってくれて途中で休憩が挟まった。津々美は――。

 

 「……あれ、津々美は?」

 「え、わわ私はやっぱり良いカナって思いマス! ええ、し、岩傘さんも疲れている様子デスし!」

 

 大丈夫なのに、と促しても、妙に緊張した面持ちで固辞されてしまった。

 居心地が悪くて遠慮したのでは無いらしい。……まあ、良いというなら、良いか。

 

 すっかり溶け込んだ津々美は「ええ!良いんデス!」と付け加えて、そのまま中等部組と一緒にバーベキューの攻略に向かう。追いかけようかなとも思ったのだが、萌葉ちゃんに比較して三倍くらい食べてるキーちゃんが、僕の方を見て睨んできたので退散しよう。

 

 「いーちゃん、お疲れ様です。こっちこっち、こっち来てくださいな」

 「んー?」

 

 パラソルの下で千花が呼んでいる。お昼を終え、休憩中だ。

 

 豊実姉は既に食べ終わって寝息を立てている。

 

 憂さんは『では後は、藤原家のお手伝いさん達に任せて、少し泳いできます』と海へ入って行った。……遠くで鮫が海上に吹っ飛ばされているのは気のせいだ。アザラシを弾き飛ばすシャチの如く鮫が空中にすっ飛んで、しまいには網に捕まっているのは見間違い。

 僕が千花に近寄ると、そのまま引きずり倒された。

 

 「お、おおう?」

 「お疲れ様でしたー。という訳で膝枕です」

 

 これじゃ千花が休めないんじゃない? と思ったけど――野暮か。

 視界の中、反転している千花が、僕の唇に指を当てて「良いんですよ」としたので、黙る。……素直に寝ようっと。

 

 「大胆ー、良いなあ、私もしたい……」

 「私の頭で良かったら貸してあげるよ。もしくは私がする」

 「そうじゃないんですよキーちゃん!」

 「……お二人は何時見ても仲が良いデスね」

 

 サバゲー、肩車、満腹の三連コンボで、視界があっという間に暗くなっていく。

 欠伸が出ると同時に瞼が重くなり、皆の声が遠い。

 

 萌葉ちゃんの羨ましそうな声。

 これはきっと『私にも素敵な出会いがあれば良いな』だろう。

 

 キーちゃんの不服そうな声。

 これは『兄と千花さんが許嫁なのがやっぱり信じられない』だ。

 

 そして最後に、津々美が何かを話していた。

 『……そうデスよね。お二人はもう……』と。

 

 ――全部は、聞こえなかった。

 

 ◆

 

 その日の晩は、ホテルだった。ラブが付かない高級リゾートホテル。その一角、ワンフロア……とは行かないが『この先、藤原&岩傘家の宿泊関係者のみ』と書かれるくらいには、廊下を曲がった先、数室のスイートルームを貸し切っての宿泊である。

 

 二人きりでの、ロッジがあるプライベートビーチも良いですよ? とか勧められたが断った。

 

 ヘタれたのではない。単純に僕が、あのまま千花の膝の上で熟睡してしまい、気付いた時には午後三時過ぎだったのだ。その後、もう一回海で泳いだら、へとへと。とてもじゃないが小島で二人……というには、体力と気力が尽きてしまった。

 

 全員、割と疲労困憊。憂さんとキーちゃんは夜市を見てきますと出て行った(尚、誰も彼女達二人が危険に巻き込まれるとは思ってもいない)。のんびりすることにしたのである。

 

 「あー、やっぱ海外からでもアクセスできるんだねぇ、助かる……」

 「海外からの不正アクセスに引っかからないように色々工夫してるんデスよ。違法にはなりませんしアカウント凍結やBAN対象にもなりマセん。ご自由に。ところで何を?」

 

 という事でノートパソコンを取り出して、のんびりすることにした。

 

 海外まで持ってくるなって?

 いや逆だよ。長期の旅行だからこそPCは必須なんだ。単純に情報のやり取りがスマホ以上に簡単というのもそうだし。――デイリーミッション回せないし。

 

 「夏イベ中。今回は敵も水着モード。26ちゃんは無事に掘れた。取り合えずE4を割ってからE5に行かないとね」

 「スマホの方でも色々やってるようデスけど、メインは何を?」

 「人類最後のマスターとして世界を救ってる。しゃんしゃんするゲームはやってない」

 

 津々美にもちゃんと個室が与えられている。

 僕が個室。千花と萌葉ちゃんが同室。豊実姉が個室。万穂さん(尚、彼女は彼女で色々と満喫していたそうだ。海外の友人に会いに行ったとか)も個室。キーちゃんは憂さんとセットだ。

 で、その津々美の部屋ならば多分出来るだろうなと思ってノートパソコンを持ち込んだのが、僕である。

 

 「しかしその……なんだ。すっごいゴツいね、そのPC。重そうなんだけど」

 「重いデスよ。鉄製デス。――んー……岩傘サン、「いーちゃん」て呼ばれてマスけど……、その名前で主人公が呼ばれる小説、知ってます?」

 

 青少年向けのライトノベル系書籍に関しては、学園で一番詳しい自信があるぞ。

 

 「実は物語シリーズよりも好き。本名不明な戯言使い(いーちゃん)だね」

 「デスデス。……その1巻で話題が出てくるじゃないデスか。破壊されたら困るから鋼鉄で作ろうーって話題が。アレですよアレ。軍用で運用されてる専門品を、更に改造してありマス。南極でもナミブ砂漠でも動きますよ」

 「そりゃ凄い。じゃちょっと相乗りさせて貰います」

 

 どうぞどうぞと言われたので、遠慮なくテーブルの上にPCを置いて向かい合って座る。

 千花は早速、今日の出来事をツイッターで報告しているらしい。

 

 「あ、かぐや嬢がツイッターを始めてる」

 「岩傘さんはやってるんデス?」

 「アカウントだけ作ってあるよ。御行氏のツイートは確認できるようにしてる。でも僕は滅多に発言しないし、リツイートもしない。LINEも連絡用に最低限。Skypeはまだ使ってたけど、最近は使い勝手が悪くなって、どうしようかなって感じ」

 「ああ、よりよくなる更新(より良くなるとは限らない)って奴デスね」

 

 かぐや嬢のアカウントは確認できたが、特に何かを呟いている様子は無い。多分、まだ何を語れば良いのか良く分かってないのだろう。後でメールでも送っておこう。

 石上は『暑くて死ぬんでゲームやってます。でも夏コミは行きます』と書かれていた。

 

 「でも以外デシた。岩傘さんがパソコンに熱中するってのは。新聞社社長の息子なら、ゴシップとか嫌いそうデスけどネ」

 「書かれてることは殆ど嘘だと思って使ってるだけ。学園裏サイトも同じ同じ。大半は適当な雑談で意味なんかないよ。やばいのは管理者権限使ってるし、ちゃんと監視もしてるんだ――親父の言葉になるけどね『ネットの情報は、素人でも好き勝手に作って送れる。それが良いところであり悪いところである』。……今時、アナログだけじゃ本読むのも一苦労だ」

 

 電子書籍は嫌いだ。本は重量を感じ、手でページをめくってこそだと思う。

 でも古書を手に入れたり、レア本を確保するのにネットは必要不可欠。専門店まで足を運ばないと無いような商品までクリック一押し。便利な世の中である。

 

 「なるほどデス。ところで岩傘サン。私は今、学園裏サイトの検閲と管理権限と監視っていう何気に重要な確定情報を聞いてしまったのデスが」

 「……聞かない振りでお願いね」

 

 生徒会も学園裏サイトを確認している――というのは利用している生徒の大半は知っている筈だ。しかしそれが本当か、誰が管理しているのか、そして権限がどれくらいあるのかは内緒だ。

 

 「まーなんとなく、そういう仕事をするなら岩傘サンかなーとは思っていたんで、良いデス。私は何も聞かなかったという事で」

 「うん。……あと、いい加減、苗字じゃなくて良いよ。名前で」

 「え、あ、そ、そうデスか!?」

 

 僕がそう言葉を投げると、津々美は何故か慌てた様子になった。動転している。

 さっきまでの平然とした態度は何処へやら、妙に挙動不審になった。

 

 「えっ、えー、エート、じゃあ、し、……調、サン?」

 「で良いよ。……なんか緊張する要素あった?」

 「いえ、いえいえ別にっ!? なんでもないデスって!」

 

 おずおずとだが切り出した津々美の言葉に、僕は頷いて、画面に目を落とす。

 画面の中では椅子に座ったままのオールドレディが着任の挨拶をしてくれていた。

 

 ◆

 

 眠い。

 それを自覚したのは、二時間ほど後だった。

 

 新規娘をロックし、その他あちこちのサーフィンして、画面から顔を上げる。

 見ればすっかり星が輝く、夜22時だった。

 

 日本では17時。飛行機の中で軽く寝たが活動時間は実質……向こうを出発したのが夕方だから……えーと……今朝の7時に到着だから……深夜の2時に起きて動き出し、そのまま翌日の夜17時まで遊び続けた計算だ。

 

 それは眠くなる。

 今日の任務は終わったし、APも使い切った。一通りの活動は終えた。

 

 後は明日にしよう。

 僕は一言告げて、津々美の部屋を辞した。

 

 昼間の影響か、体が波の上をふわふわとしているような感覚が続いている。これは……うん、これはベッドに入って気を抜くと一瞬だろう。

 

 生欠伸を繰り返しながら部屋に戻る。パソコンは適当にその辺に置いた。

 ささっと寝間着に着替え、室内の灯りを落として布団に潜り込む。

 そのまま目を閉じる。

 

 「あの、いーちゃん、いーちゃん、もうちょっと、反応をくれると、嬉しいなーって」

 「御免……眠くて反応する余裕がない……会話相手は津々美ならまだ起きてると思うから……こっちで抱き枕になるなら歓迎しゅる……」

 

 何故か布団に先着していた千花が居たが、僕が積極的になる余力は無い。

 目を閉じたまま、手を伸ばす。すかっと手が掛け布団とシーツの間で空回りした。

 ……? と思って薄く目を開いてみると、千花はベッドから起き上がっていた。

 

 「……どしたの?」

 「いえ。ちょっと、ラブ探偵チカの嗅覚が反応しまして」

 「はやくねなよー……明日もあるよー……」

 

 駄目だ。眠すぎた。多分、言葉を言い終えると同時に、寝落ちしていた。

 だから僕は、隣の部屋で何があったかは、分からない。

 

 ◆

 

 津々美竜巻は、一人きりになった後で、大きく息を吐く。知らず呼吸が詰まっていた。

 無言で立ち上がって洗面所に向かい、そこで鏡を見る。

 

 「……顔が、紅い。日焼け……日焼け、デス、これは……」

 

 そう、これは日焼けだ。そうに決まっている。異性との接触でちょっと疲れただけだ。

 心臓の鼓動が速いのも、名前を知らず口が反芻してしまうのも、サバゲー中に庇われた事を思い出すのも、肩車から逃げ出した時に恥ずかしかったのも、全部、気のせいだ。

 

 何時からだ? と思う。

 バレンタインデーの時は、まだ其処まで意識をしていなかった。

 普通に男女の友情だと思っていた。

 

 だけど今の自分とあの時の自分は、明らかに違う。その自覚はある。

 夏休みマジック、ではない。

 気遣ってくれたから、というのでもない。

 ひょっとしたら、理由はないのかもしれない。

 

 大体、彼には、藤原千花という公私共に認める相手が居るのだ。

 自分に言い聞かせる。

 ()()()()()()()()時点で、誤魔化せていないのだが、その矛盾には気付けない。

 

 「明日からも一緒デス。この気持ちは切り替えないといけマセん。私は技術者、発明が恋人。……千花さんにも迷惑デスし」

 

 自己暗示を掛けようと必死になっていると、部屋の扉がノックされた。

 

 「津々美さん、今少し、良いですか? いーちゃんの事でお話があるんですけど」

 

 それは、ある意味、今、一番聞きたくない、藤原千花の声だった。




おや、津々美の様子が……?

※津々美ルートはやっぱり存在しません。
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