幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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やっと修羅場が終わった……。
もうちょっと修羅場が見えていますが!
一先ず時間が出来たので更新!
遅れてごめんなさい!

今更ですがアニメ12話最高でした。
2期も期待できますね。
花火会に向けて、此方の夏休み篇も盛り上げて行きますよ。

では、どうぞ!


そうして津々美竜巻は作品から抜け出した

 僕と津々美竜巻が出会ったのは、初等部だ。

 

 秀知院学園において『純院』『混院』の区別があるとは話した。幼等部・初等部からの学生は大体『純院』扱いだ。初等部一年生から入って来る名門子弟というのは結構多い。帰国子女であるとか、幼等部の際は人数的に弾かれたが初等部になって希望が通ったとか。

 

 キーちゃんは初等部に編入だったので、ギリギリ『純院』扱い。これで中等部からの外部入学だったら肩身が狭かっただろう。実際、憂さんは割と苦労した。

 津々美の場合、彼女の言葉を借りるなら『娘が秀知院にいるというステータスの為だけに私を入学させたのデス』という理由らしいが、それでも彼女は同級生になった訳だ。

 

 僕と千花は幼等部から高等部までずっと同じクラス。津々美は同じクラスだったこともあるし、違うクラスだったこともある。ただ()()であったことには変わりはない。

 『混院』の生徒以外は、大体全員が顔馴染みである――例えば四条眞妃やら柏木渚やらとも僕はずっと同学年だ――という事を差し引いたとしても、津々美と僕との関係は、悪くなかった。

 

 初会合は、今も覚えている。

 

 僕は初等部の頃、併設されていた図書館に足蹴く通っていた。実家に保管されている本の山は、初等部の自分が読むには難解すぎる品も多く、その時はまだ英語が辛うじて読め……読めるのか? という表現になるレベルの語学力だったので、もうちょっと身の丈にあった本を、辞書を引き引き読んでいた。

 

 最も当時、学園で勉強して、図書館に隠れて、本を抱えて向かった先が藤原家。家に帰らず、憂さんを悲しませていたというのは、前に話した通り。

 

 あれは数学の本を選んでいた時だ。ノーベル文学賞作品、各国の神話・伝記・奇書、和洋ミステリーと読み終わった僕は、ここらで分野を開拓するかと算術の本を手に取った。

 丁度二巻までしかなく、全十巻の中で三巻が借りられていた。

 

 此処で少し僕は戸惑った。というのも大抵の場合、僕の読破速度が相手に追い付くからだ。やろうと思えば速読(本のページをパララララとめくるだけ)で内容を理解することもできる。風情と娯楽として相応しくないからやらないけど。

 ……僕の活字を追う速度はそれ程なので、一巻を借りた僕だったが『多分、明後日までに三巻が返却されることは無いだろうなあ』と思っていた。

 

 予想は良い意味で裏切られた。

 翌日、一巻を読み終わって二巻を借りに行った僕の目の前には、三巻が返却されており、既に四巻が借りられていた。嬉しい誤算だ。僕はそのまま二巻を借り、翌日、三巻を借りると同時に、既に五巻が借りられているのを見て『その借りに来た奴を見てやろう』と思った。

 そうしてやって来たのが、クラスメイトの、デコ眼鏡だった。

 

 『確か、津々美だったっけ。読んで理解出来てるんだよね? 少し教えて欲しい』

 『……なんデス? 同じクラスの……確か岩傘サン。藤原サンと仲が良い……。教えて欲しい、デスか?』

 『そう。書かれてる内容、言葉は分かるけど、理解が追いつかない。是非聞こうと思って』

 『唐突デスね。私より周囲の大人に聞いた方が良いのデハ?』

 『……親とも身内とも折り合い悪いんだよ、僕』

 

 僕のその言葉に、津々美は『そうですか』と頷いて、なら、と解説してくれた。分かりやすい講義だった。……あの時、津々美は僕に共感したのだろう。僕の『反抗期』は津々美が抱えていたのと同じ物で、だから打ち解けたのだ。

 

 それが切っ掛け。それから色々話をしたり、グループを作る際に女子が必要、という時は千花と合わせて引っ張り込む程度には仲良くなった。そっからずっと腐れ縁である。

 

 向こうがどこぞの研究資料を要求した時は、僕が伝手を使って提供した。逆に僕から依頼を持ち込みもした。バレンタインとか良い思い出だ。

 

 勿論。勿論だ。当時から今迄、僕は千花に一直線だ。ラブは全部、千花に向いていた。初恋とか色々あったけれど、最後は彼女を向いている。津々美に関しても、それは同じだ。

 彼女は友人だ。大事な異性の友人だ。

 それ以上ではない。それ以上では、ないのだ。

 

 ◆

 

 「おはよーございます……、ふぁふ……、……失礼」

 「お義兄さんは寝ないとダメな派ですもんねー、体内時計狂ったままっぽいです。私も眠いですー」

 「珈琲と紅茶、どちらにしましょう」

 「……珈琲下さい」

 

 翌日。朝としてはギリギリ許容範囲の午前8時。

 アロハシャツに着替えて食堂に行くと、萌葉ちゃんとキーちゃん、憂さんが居た。万穂さんと豊実姉はまだ寝ているらしい。千花と津々美は何やら着替えに手間取っているそうだ。

 

 差し出された珈琲で眠気を覚ましながら、朝食だ。スープ、サラダ、卵料理、お皿の上には白身魚。頂きますと手を合わせて、フォークとナイフを手に、皿の上の魚を口に運ぶ。

 ……口当たりが軽い。濃厚だけどホロホロと崩れる肉。何だろうこれ。

 

 「鮫です。昨日捕った奴を提供しました」

 「……なるほど。美味しいです」

 

 昨日捕ったとな。……やっぱり昨日捕ってたのか。まあ美味しければ良いや。

 萌葉ちゃんは欠伸をしつつもしっかり食べているし、キーちゃんは……髪が濡れている。朝起きて一泳ぎして来たなさては。どっちも元気そうだ。若い。

 さて今日の予定だが――。

 

 「マウナケア大丈夫そうです?」

 「今のところは天気も良いようです。現地に行って狂う可能性はありますけど」

 

 それは言ってもしょうがない。お天道様のご機嫌だけは如何にもならない。

 

 ハワイには海だけでなく山もある。今も尚噴火が続くキラウエア火山などが特に有名だろう。しかしあの場所は、何分、山の機嫌に左右されるので、正直あんまり行きたくはない。……過去に一回行って、非常に危ない噴火タイミングに遭遇してしまい、以後、ちょっと苦手意識がある。

 

 故に今回は、マウナケア山をチョイスした。最高標高4000m。世界各国から天文台が集まる観光名所。山の頂上まで行くコースではないが、夜、星を見てからホテルに戻って来る。そういうプランになっている。御行氏のお土産にも最適だ。

 今日はこの後、全員で着替え、荷物を持って、車で出発。

 僕らが居るビーチはコナ。マウナケアまでは普通に90分から120分くらいだ。余裕はある。

 

 「なんだけど……千花達は遅いな。何やってるんだ?」

 「お待たせしました!」

 

 と言っていたら、千花が津々美を連れ立ってやって来た。……津々美だよな?

 僕が疑問になったのも無理はない。普段は掛けている分厚い眼鏡が無くて、デコが光る髪型が変わっていて、衣装もかなりラフだ。短パン、へそ出し、上はシャツ。非常に珍しい観光姿。

 僕がじーっと観察してると、気恥ずかしいのかモジモジして千花の背後に隠れてしまった。

 

 「あ、あんまり見られると、ちょっと照れ臭いデス」

 「あー御免。でも似合う似合う。イメチェン? 可愛いじゃん」

 「か、かわわっ!?」

 「ですよねー! 私もそう思います! 昨晩ちょっと気になる事があったんで話に行ったんですよ。で、少し雰囲気を変えてみようかなと」

 

 昨日、寝る間際に何か言ってたな……。記憶が曖昧で覚えていないけど……。

 

 津々美を見る。そもそも素材は悪くない。特別美形でもないけど、平均以上には美人。運動不足気味だけど太っている訳じゃない。成績も優秀。ちょっとばかり常識外れな部分もあるが、道理は弁えているし、テンションが高い以外はノリも会話も楽しめる。

 理数系的な不健康そうなオーラが一転して、夏の冒険中といったイメージになっている。

 

 「昨晩、何を話したん?」

 「そこは乙女のお話、秘密の約束でーす。いーちゃんには内緒です内緒。ですよね?」

 「はいデス。ご心配なく!」

 

 二人がそう言うならば何も言うまい。昨日より元気そうに見えるし。千花が何か相談に乗ったのだろう。ラブ探偵とか言っていた記憶がある……。…………。いやいや、まさかね。

 少しだけ心の中が(さざなみ)だったが、気のせいだ、と思い直して朝食を促した。

 

 「まあ座って食べなよ。この鮫、美味しいよ」

 「そですねー。じゃあ失礼します。ところでいーちゃん、一個右に動いてもらっても?」

 「良いけど」

 

 フォークとお皿を抱えて、そのまま一席スライドする。千花は右の空席に。さっきまで僕が座っていた場所には津々美が着席した。……両手に花だ。

 

 (……何を狙ってるんだ?)

 

 この行動が千花の作戦というのは分かる。津々美のイメチェンに、今のコレにと、昨晩からの秘密の打ち合わせが関係しているのだろう。それは分かる。良く分かる。

 

 目的が分からない。

 ちょっとだけ「もしかして」という疑問はあるが、こっちの口から出す訳にはいかない。その問いかけを僕から投げないだけの分別は持っている。

 

 千花が何故、こんなことをしたのかも、ハワイ旅行中には分かると良いな。

 と思いながら食事は進み、一行は天文台に向けて出発したのである。

 

 ◆

 

 「る!? ……え-と……【ルルイエ異本を基にした後期原始人の神話の型の研究】。「う」だ。どうぞ……万穂さんが一緒じゃないというのは、気楽な反面、ちょっと良いのかあって思う……」

 「【ヴェールを剥がれたイシス】。エレナ・ブラヴァツキー。……調サンがやってたゲームではマハトマ!ハイアラキ!と言いながら本のファンネル扱う人デスね。「ス」どうぞ」

 「ス!? ……お母様はこういう時でもないと会えないお友達が沢山なのよー。私達に遠慮しないでって言ってたわ。アメリカ本土にまで足を延ばして友人達とのパーティにも顔を出すって。……憂ちゃん! スから始まる作品何か知らない?」

 「そうですね。【水没都市】。ロックバンドの音楽作品ですが、定義は満たしているかと」

 「流石―憂ちゃん素敵―! じゃあ次は中列。シよシ」

 「あ、私答えられます! 【新本格魔法少女りすか】! カですよー!」

 「【怪物王女】。ナクアさんはセーフですよね?」

 「セーフですね。【妖蛆の秘密】。どうぞ。もう少しでマウナケアです。寒くないように上着の準備をお願いします。近くの休憩所で止まって、空気に慣らしましょう」

 「【終の空】。……しりとりは此処までかなー」

 

 やいのやいのと車内は賑やかだ。

 え、何をしてたかって? 邪神系しりとり。テーマは関係作品であることだ。車の中では時間があったので暇潰しに始めたのだが、これが中々盛り上がった。

 

 移動する大型車。座る席は三列。常の如く憂さんが運転手を務め、助手席に豊実姉が座っている。後部座席には千花と津々美とキーちゃん。僕と萌葉ちゃんが中部座席だ。珍しい組み分けだ。

 前中後の三グループ協力性。前列の憂さん、中列の僕、後列の津々美とバランスは良い。白熱したが決着はつかなかった。残念だ。

 

 マウナケア山までもう一息というところで車が止まる。前述したとおり、標高が高いので、寒くて空気もちょっと薄い。途中で上を着込み、少しで良いので空気に慣らしておくのだ。

 

 「……【終の空】って相当古いですが、私の記憶が確かなら、年齢制限付きでは」

 「あ、やべっ」

 「いーちゃーん?」

 

 千花のジト目に対して目を逸らした。いや、良いじゃん。こっそり自宅のPCでエロゲやるくらい! しかも古い奴だぞ! ……【素晴らしき日々】もやったけどな。

 

 秀知院ではさておき、由緒ある有名進学校では、何処でもエロゲー配布してたりするんだ、此処だけの話だが。教室の隅っこに大型パソコンがあって、そこから好きなゲームをDL出来るんだ。麻雀だけは禁止されているらしいが、これは『音がうるさいから』という理由である。本当だよ?

 

 「おおう、夕方だし冷えるなあ……」

 

 外に出て冷たい空気を吸い込む。

 いや昼間でも相当寒い場所だけど。この辺は雲が少ないので、太陽が沈むと放射冷却であっという間に冷え込むのだ。

 

 しかし景色は良い。太陽が沈む中、眼下では大自然が赤く染まって広がっている。

 これは写真に収めておこう。スマホを出してパシャパシャしていると、隣に千花と津々美が来た。アロハシャツの上に、長袖をしっかり着込んでいる。

 今朝から変わらず、仲が良いことで。二人にカメラを向ける。パシャリ。

 

 「三十分くらい休憩だってさ。観光地だけど二人一組行動は徹底してねって話してた」

 「じゃ、いーちゃんは津々美さんをエスコートしてあげて下さいねー」

 「……まあ、それは良いんだけどさ」

 

 千花に目を向ける。流石に、此処までお膳立てが重なると、気にするぞ。

 幾ら彼女が「良いんですよ」といっても、僕が常時OKを出す訳ではない。それこそバレンタインとは真逆の形。僕の目線に「今日だけですから!」と両手でお願いをしてきた。

 

 ……今日だけというなら、信じよう。

 切り替えて、津々美を横に置く。

 

 「……そのアクセ使ってるんだな」

 「調サンらしいチョイスですけど、私は嫌いじゃないデスね」

 

 互いに写真を撮っている時に、彼女のスマホに取り付けられた花が見えた。

 

 バレンタインデイの時の話題が出たので、ホワイトデイについても触れておこう。

 勿論、お返しをした。貰った男としてお礼をするのは当然の事だ。とはいえ雑多な寄せ集め(友人にばらまくようなタイプ)のお返しは、こっちも割と適当な品で返す。問題は、きちんと手渡しをしてくれた相手へのお返しだ。千花や、藤原家の皆や、憂さんや。その中に津々美も入っていた。

 

 『如何すればいいでしょうか?』

 『気持ちがこもっていればなんでも良い……というのは、アドバイスにはなりませんね』

 

 最初は、何か高そうなお菓子を買ってきて渡そうかな、とか思った。しかし藤原家も我が家も裕福な訳で。特に、長女から三女まで食いしん坊な藤原家。銀座で売っているような一品は、既に大体は制覇している。キーちゃんは甘い物あんまり好きじゃないし。

 

 じゃあ『何か手作りで』というのも考えたが、これは自分で却下した。最近はお菓子作りが得意な男子も増えているらしいが、僕の家庭科スキルは学校の授業でやった程度でしかない。憂さんからの指南を受けて作る、というのも無いわけじゃないが。「ないわけじゃない」程度でしかない。そもそも手料理に気持ちを入れて振る舞うのは、やれて千花で精一杯だ。

 

 となると自分らしい贈り物を、と答えが導かれ。

 

 選んだのは、本と栞である。

 本人に似合いそうな古書を一冊。そこに花をあしらった栞を一枚。それを全員分。

 

 津々美にはドイツ語の詩集をプレゼントした。そして栞は、これはただの紙ではなく、パズルのピースのように花模様の部分を外せる仕組みだ。花だけをアクセサリに転用できる。それを津々美は持っていたという訳だ。

 

 「そういう所デスよ。そういうマメな所が、評価高いんデスよ」

 「人間関係は大事にしたいだけだよ、僕は。……他人が横で不幸になってる状態で、千花と惚気るのは難しいだろう。結局は下心だ」

 「下に心があるってつまり“恋”デスよ? ……その下心に救われてる人も多いんデス。私は確かに救われマシた」

 「……なんかしたっけ?」

 「調サンの、何時も通りの行動ってだけデス」

 

 休憩所には展望台があって、ハワイの山麓が見下ろせた。

 横に並んで景色を見る。そのシチュエーションを、津々美がどんな風に受け取っていたのか。僕が代弁するのは野暮というものだ。

 休憩所を発つまでの、それから十五分の間。僕と津々美はずっと取り留めない会話を続けた。

 

 ◆

 

 津々美竜巻が、何時、岩傘調という人間を意識したのか。何時、その在り方に救われたのか。

 それは紛れもない『チクタクマン事件』の時である。

 

 (……私は作品を大事にしマス。私は、決して、あんな親みたいには、なりません)

 

 津々美竜巻は『作品』だ。見栄と称賛でのみ生きる母と、それに従うだけの愚かな父の『作品』だ。人並み以上の容姿も、相応の実家の権力も、授かった天性(ギフテッド)も、所詮は『作品』の箔に過ぎない。少なくとも、両親にとってはそうだった。

 

 だけど秀知院に通って、自分がそうではないと気付いた。周囲の皆は、彼女を彼女として受け入れた。学園の皆にとって、彼女は「津々美竜巻」だったのだ。

 嬉しかった。それだけの事がとても嬉しかった。だから津々美は()()を捨てた。

 

 自分らしくあれ。

 負い目を恥じるな。

 持った才能を使って『作品』から抜け出してやれ!

 

 だから彼女は、技術開発部に入った。自分の力を振るって、自分だけのコネを作ろう。自分の作った作品に愛情を込めよう。その作品で多くの人が笑えるようにしよう。バレンタインでドローンを作ったのも、恋愛機械『チクタクマン』を作ったのも、それが理由だ。

 

 白衣も眼鏡もハイテンションも、自分らしくあろうと素を探していたら身に着けていた。親は何も言わなかった。当たり前だ。父は、己が優秀な技術者であればいい。母は「自分に相応しければいい」。求めているのは、それだけだ。

 

 個性を学園は歓迎した。優秀且つ一風変わったマッドサイエンティストとして、津々美は受け入れられた。だから初等部から今迄の生活は、概ね満足していた。実家に帰れば嫌な顔を見ることも多いが、学園があると思えば我慢が出来た。

 

 中・高等部ともなれば、親のあしらい方も身に付いてくる。適当に相手に合わせて、向こうが満足するように振る舞って居れば何も言われない。呆れながら、心の中で舌を出しながら、津々美はそれに付き合った。全ては日常の為に、だ。

 

 だがその平穏が崩れかけたことがある。

 他でもない『チクタクマン』事件だ。

 

 (あの時、私を取り巻く環境は、全て壊れました)

 

 昇降口と備品を大きく破損させ、生徒に怪我を負わせる、危ない作品を作り上げた。

 

 その失点は、今まで積み上げてきた津々美への認識を一変させた。個性的な女として受け入れられていた世界が一転して排斥に変わった。あの時の、あの目線は、何よりも痛かった。

 

 人知れず泣いた。

 自分の居場所が失ってしまったこと。

 自分が愛すべき『作品』を、自分の手で壊してしまったこと。

 まるで周囲も、そして自分も、あの嫌いで嫌いでしょうがない親達になってしまったようで、それが何よりも辛かった。

 

 ……だけども、岩傘調は、その彼女の名誉回復に走ってくれた。

 

 誰からも取り残されて、たった一人でバックログを漁っていた自分の元に、やって来た。技術開発室から除名されかけ、誰もが自分を見て陰口を叩く、環境の中で。

 

 『……色々言われてるようだけど、津々美がやったとはあんまり考えてないんだ』

 

 『そりゃまあ千花が危ない目にあったのは、腹立たしい。だけど津々美竜巻は、僕が知って居る限りでは、そんな下らない真似をするような女じゃない。誰かを傷付けて喜ぶような性根はしていない。……そして本当に事故であるならば、その責任から逃げる様な女じゃないってことも』

 

 その時、確かこう言った。

 

 「私と一緒に居ると、調サンも疑われますよ。評価が落ちますよ」

 『今更だな。石上の時だって同じ経験をしている。そんなのは如何でも良いんだよ。罵詈雑言とか、千花と一緒に居る時の嫉妬で聞き飽きている。……だけど、知り合いが泣くのは慣れない』

 

 彼は続けた。ごく当たり前のように続けた。

 

 『一番悔しいのは津々美だろ。一番泣きたいのは津々美だろ。分かるさ。……分かるよ。だって僕だって、そうやって色々な人を泣かせてきた。――自分が作った品を、誰にも褒められないで、興味すら示されないで、それを延々と続ける。……それを味わわせたんだ。僕は。……だから津々美が、今同じ目にあってるなら――絶対、泣き止ませる。……それくらいはしたいんだよ。長い付き合いだろう』

 

 その時の、きっぱりと言い切った言葉に。

 確固たる彼の表情に、心が跳ねた。

 

 ……寂しく泣いている時に、優しくされただけと言えば、そうなのかもしれない。

 

 だけど彼は、のべつ幕なしに誰かを助ける様な人でもない。彼はきっぱりと告げたのだ。『津々美だから助けた』と。……その、ほんの少しの特別さが、嬉しかった。

 

 無事にバックログを漁り終わり、ハッキングによる、悪意ある『R・F氏』の仕業だと判明した後、彼はそのフォローと情報流布に駆け回った。

 

 『津々美は被害者だ。秀知院に喧嘩を撃った奴がいる。そいつが悪い。利用された津々美も、少しは悪いが、でも彼女が元凶じゃない』

 

 その後に、こう付け加えてくれたのだ。

 

 『なあ皆、だから謝ろうよ。誤解した奴、陰口を叩いた奴、掲示板に書き込んだ奴、全員だ。自覚はあるだろう皆? ……だから悪かったと謝って、今まで通り、彼女が笑って過ごせるようにしよう。僕が、きちんと整える』

 

 ……その言葉の通り、彼は大勢を部室に連れてきた。本当に謝りたいと思っている人を見抜いて連れてきて、津々美との関係を修復してくれた。そうして再び自分の世界を取り戻してくれた。

 

 彼が居なかったら、きっと彼女は――学園に来る前の、寂しい世界に逆戻りしていただろう。

 あの時、津々美竜巻は、岩傘調という存在の意味を知ったのだ。

 自分の世界にとって、どれだけ大事かを悟ったのだ。

 

 (……知ってますよ。分かってます。だって千花さんが居ますから)

 

 けれども、それは表には出せなかった。出すつもりもなかった。

 

 藤原千花もまた、友人だ。長い付き合いだ。何かと関係は深い。互いに色々とお願いをしたりしなかったりする間柄。岩傘調と藤原千花の関係は、学園に少しでも長くいる者ならば知っている。津々美が割って入れるような物ではない。割って入りたくもない。だって彼は、藤原千花と一緒に居る時が、一番楽しそうで、幸せそうだったのだ。

 

 『僕は千花と惚気る為に、周囲も幸せにしたいの』。

 

 その言葉の通り、見ていれば満足だった。楽しかった。幸せだった――筈、なのに。

 ……世界が輝いたからこそ――対極(親の命令)は、堪えた。海外へ行け。手続きは済ませておく。それが(お前)にとっての幸せだ。

 何よりもその言葉に従えなかった。そして心に、二つの気持ちを抱いてしまったのだ。

 

 幸せを(お前)が決めるな!

 私の世界に、彼に居続けて欲しい!

 

 気付けば、津々美は荷物を纏めて家を出て、彼の家に逃げ込んでいた。

 そして今、藤原家と共にハワイまで足を運んでいる。

 

 (……女々しいデスよね。馬鹿デスよね。……千花さんにまで、気を使って貰って)

 

 「……どうした津々美、天文台に向けて出発するけど」

 「いえ。何でもないデス。楽しみデス。星に願いを込めるのが。……お願いがあるのデスが」

 「うん?」

 「名前で呼んで貰えないデショウか?」

 「竜巻。――行くぞ竜巻」

 

 その言葉に、自分の顔が綻ぶのが分かった。

 心に抱いたこの感情は、叶わない願いだ。

 だけど、この一週間は自分に残された最後の時間だ。

 その時間を、せめて思い出にするくらいは、許してくれるだろうか。

 もしもの可能性を、夢見ても良いだろうか。

 

 「はいデス。行きましょう調サン!」

 

 そうして彼の腕を取ったのだ。

 

 今だけ。

 今だけで良い。

 浮気をさせるつもりも、心を寝取る気もない。

 だけど少しだけ――甘えさせて欲しかった。

 

 だけど私は、知らなかった。

 

 親の『愛情』が、すぐ傍まで迫っているということに。

 今の幸せは、ほんの少しの、誰かの執念で、意図も容易く奪われてしまうことに。

 

 所詮私は、あの親達の『作品』であるという事実から逃げることは出来ない。

 

 その事実が突きつけられるまで、後、一時間。




次回「岩傘調は逃がしたくない」

更新予定は、明日か明後日です。
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