四宮かぐや嬢が、白銀御行氏を好いているのは、知っている。そして現在、凡そ異性での相談役としては僕が彼女の第一人者である。それが出来るのも、偏に僕が千花と許嫁であるからだ。
そして僕が心底、藤原千花に敗北し、惚れこんでいるからこその役割である。
僕が藤原千花とガチガチの両想いであることは学園の誰もが周知している。そして僕は生徒会役員。であれば僕と彼女が何か話をしていても余計な噂は立たない。
女生徒の相談役は、千花に早坂愛近侍に、他にも増えそうな気配があるしね。
そして!
例え許嫁であったとしても!
千花と会長の仲が良いのは、僕にとっても複雑なのだ!
故に僕とかぐや嬢は共同戦線を張っている。万が一にでも会長の目が千花に向かないようにだ。そして僕は出来る限りかぐや嬢の応援をする。会長の逃げ道を塞ぐ……いや、それだと言い方が悪いな。言い換えよう。男性として発奮を促すことにしている。
いざ困ったら、御行氏は石上に相談しに行くという確信がある。アフターフォローの心配をしていないからこその僕の暗躍である。
「千花は気にしていないようですしね……、先日のお弁当の時だって……」
「そうです。岩傘さんは彼女をもう少し操縦して下さい。藤原さんが、会長に目を向ける事は……幸いにして無いようですが! 会長が藤原さんに目を向ける可能性はありますので」
とはいえ、とはいえだ。さっき会長が千花に目を向けるのを妨害する、と宣言したが。
内心では八割くらい「それは無いと思うよ」と思っている。
ぶっちゃけ御行氏は、かぐや嬢にしか目が向いていない。
だが言葉で何を言おうとも、かぐや嬢の心配が消える訳ではないし、言っても無駄である。というか前にも何回か「無いと思うよ」と話をしているのだ。早坂さんも言い聞かせているだろう。だがそれで彼女が納得できるなら、此処まで拗らせてはいない。
それに僕だって心配と言えば心配だ。千花が会長にラブの目線を向ける可能性を考えると、心臓が止まりそうになる。無いと思うが、絶対にありえないとは言い切れない。
……夫が不倫してないかと不安がる妻の心境ってこんな感じかもしれないね。ちょいと重い自覚はある。
「……じゃもうちょっと生徒会室で惚気た方が良いですかね? ムード造り的な意味で」
「それ藤原さんといちゃつきたいだけでしょう!」
「悪いですか!?」
断言すると「ケッ、やってらんねー」みたいな顔をされた。
僕の台詞でもあるんだがなそれ。
「大体、お二人も十分ラブコメしてると思いますけどね」
「あら、お可愛い冗談が得意なようで……。私が、何時何処で、どのように会長とイチャイチャしていると? それではまるで既に告白済みの恋人同士のようではありませんか。間違っても貴方が見ている物は、未遂、勘違い、もしくは目の錯覚です」
「……そーですね。お二人はまだ交際しておらず、故に本来は恋人同士でするようなシチュエーションも、所詮はぐーぜんの結果でしたね」
僕は内心で「ケッ、やってらんねー」と思った。
お判りいただけただろうか。
かぐや嬢は御行氏が好きである。御行氏もかぐや嬢が好きである。しかし互いに好意を表には出さない。全て「偶然」もしくは「挑戦と対決」でやり取りしており、その結果、どう見てもラブコメっていても、互いに「いちゃついているように見えるだけだ」と主張する。
その癖、互い以外に好意が向けられる可能性を排除し、不安がり、待ち焦がれている。
くっそ面倒臭い!
だが僕は諦めない!
だってこの二人をなんとかしないと!
生徒会で堂々と千花と惚気られないからだ!
問1:かぐや嬢と御行氏がイチャイチャできるようになればどうなりますか?
答1:僕と千花が同じことをしてもセーフである。
石上が「リア充死ね」とか言ってそうだが、彼にも出会いはあるさ。良い奴だもんアイツ。
「……まあ、生徒会役員の風紀が乱れている、とか風聞が伝わったら不味いんで、それは程々にしておきますけどね。……かぐや嬢としては、御行氏が雰囲気に乗ってきてセーフなんです?」
「それ、は、その……」
僕の指摘に、固まった彼女は、やがて徐々に頬を染めていく。
ダメじゃん。いざ真面目にラブコメになったら負け確定とか益々ダメじゃねーか。
わかっちゃいたけどポンコツすぎる。
このままだとフリーズして話し合いが出来なくなるのが分かったので、僕は話題を変えた。
「……まあ、僕は僕で千花を全力で抱えて、逃がさないようにするんで、そこは安心しておいて下さい。それで、スマホの件は……どうでした?」
「こほん。そ、そうですね……。聞かずとも良いでしょう。貴方の言った通りになりました。それはお礼を言っておきます」
スマホに限らず、携帯電話というものには、アドレス登録が出来る。そして御行氏のスマホにもかぐや嬢のスマホにも、役員全員のアドレスが登録されている。
だがアドレスを手に入れることも、電気屋でダブルデートになったのも、布石でしかない。
アドレス帳はソートが出来るのである。
かぐや嬢に、ガラケーと併用でも、スマホを持っておくと良いよ、と言ったのはこれが理由だ。
つまり
口に出したら石上みたいに地雷を踏むので言わないけど。
僕の生暖かい目に負けたのか、彼女は再びこほんと咳払いをし、空気を改める。
「では、お礼と言う訳ではありませんが、お渡ししておきます」
す、っと渡されたのは封筒だ。
かぐや嬢を応援する見返り――いや、僕は見返りなど要らない、その為に助力するのではない、と言ったのだが、かぐや嬢の気が済まない、と言う事で――を受け取った。
中に書かれているのは、試験内容でもなければ、権利書でもなく、金でもなく、まして裏社会で使うようなコネでもない。ただの情報、人探し用の調査結果だ。
無言で受け取って、鞄の中に収納する。家に戻って確認しよう。
「どうも。お世話になります」
「win winな関係を作る為にも、無償の奉仕は辞めておいた方が良いですからね。お気になさらず。……ご家庭の問題に首を突っ込む気はありませんが、いざという時は頼って下さい」
その辺の感覚はしっかりしている四宮かぐや嬢であった。
此処で念を押しておく。
四宮かぐやという女性は、基本、初対面の人間は「使えるか使えないか」で判断する真っ黒な性格を持っている。御行氏への態度が可愛いだけで、真っ黒になると本当に真っ黒なのだ。時々見せる蔑んだ表情とか怖さすら感じる。
ただ同時に、有能・優秀だと判断した相手を見極める眼力は高い。その相手と良好な関係を作る手腕も非常に高い。
石上を招き入れたのは御行氏のファインプレーだが、かぐや嬢も、石上本人をきちんと評価していることからも、それは伺える。
『氷のかぐや様』を多少知っている僕としては、最近の柔らかさは助かっているのだ。
「さて、来たからには一応、仕事をしていきましょう。……予算案の話なんですけどね、弓道部の申請が『弓道場』ってなってるんですが、これ本気です? 物品とかじゃなくて建物って。言い換えるとリフォーム費用ですよねこれ?」
「まさか。適当なお題目に決まってますでしょう?」
「ですよね。まあそうだと思いました。その費用で何するのか知りませんけど、流石に無理があると思います。……僕が会長なら、楽しいやり取りが出来たんでしょうけどね」
「私は貴方にそれを求めてはいません。安心しなさい」
仮にこの場に僕ではなく会長が来たら、どうしていたか。
弓道の姿で会長を魅了させよう作戦が発動した以外に、多分、費用に関してもやり取りがあったのだろう。やれ何のために必要かとか、やれ私の晴れ姿が如何とか、同じ部活の少女達を味方に付けた上での、面倒くさい頭脳戦を繰り広げていたに違いない。
金額が大きい程、御行氏が動きやすくなりそうってのもあったのだろう。
「……交渉役にならないというのは、誉め言葉として受け取っておきますよ」
まあ今までの部活巡りで大体の要件は済ませて、そこで交渉はやって来た。
細かい部分や打ち合わせこそ残っているが、それはまた後日、会長も交えてやれば良い。運動部の仕事は終わり。生徒会室に戻るとしよう。
「……ああ、これは会長が、以前に話していた内容なんですが」
何となく癪なので、出る前に、お土産を置いていくことにする。
「御行氏、かぐや嬢の弓道している姿、格好いいと思っているようです。ちゃんと写真も持ってますよ、千花経由で。――良かったですね、弓道を辞めなくて。後日『なんで持ってるんですか!?』と追及する材料にでもしてあげて下さい」
「え、それ本当……!?」
表情が再びキランとした乙女の顔になる。
その追及が来る前に、弓道部の扉を閉めた。
本当だ。高校生から編入してきた白銀御行氏は、中学時代の四宮かぐやを知らない。
戦に置いて、敵を知り己を知ればという言葉がある。かぐや嬢のオーダーに答え、彼女を応援し、白銀御行に頑張って貰う為には、彼とも親しくなければならない。
だからさり気なく、さりげなーく、彼に色々と情報を渡している。無論、かぐや嬢に不都合がない程度の、彼女の魅力を高めるような情報を、である。
勝手に写真を渡すのはマナー的にかなり危ないと思うが、渡したのは千花。そして千花はかぐや嬢から許可を貰っている。渡す相手が御行氏だと言わなかっただけだ。
御行氏にとって、かぐや嬢はライバル。石上は悪友。千花が癒しだとするなら、僕は仕事人(エージェント)だ。私人としての関係でも、生徒会の仕事でも、上が清廉潔白な分、ちょっとばかり黒い部分を担おうくらいの意識でやっている。
「……認めたくないけど、やっぱ親に似てるのかねえ……」
まあ、あの二人を応援するなら、ちょっとくらい、骨を折っても良いか……。
本心からそう思える辺り、僕は根っこの部分が、I氏こと父親に似ているんだろう。
◆
「ご苦労だったな、今珈琲を入れたところだ。飲むか?」
「貰います」
無事に交渉(話し合い)を大体終わらせて生徒会室に戻り、顛末を報告する。
御行氏は、今日は千花が部活で顔を出さないと知っているからだろう、自分で珈琲を入れていた。ご相伴に預かる事にする。
淹れたてで美味しいが、相変わらず苦い。あと強い。御行氏が重度のカフェイン中毒なことは知っているが、これはちょっと僕にもキツイ苦さだ。素直に砂糖とミルクを入れて頂こう。
「新しい機材関連は、新品は無理でも、OBOGの家にある中古品……勿論、高級な奴で今でも現役で使える奴です……を譲って貰えないかとの相談をすると落ち着けました。新品を買うよりはマシでしょう。そっちの話し合いは、かぐや嬢にお願いする形です」
「海外遠征の費用は、交渉で回数を決めました。安全&お金に優しいプランニングを建ててくれれば回数を判断して融通利かせるという形です。最初から費用を出すのではなく、遠征費用、少なくとも一回目、二回目のプランを持って来いと言っておきました。これは石上会計の目を入れます」
「文化部系は藤原書記と巡りますよ。不甲斐ないことに運動部しか回れませんでした」
僕の報告を聞いて、御行氏は、感心したように頷いた。
「いや十分だろう。たったの三時間で……、よくもまあ網羅してきたものだ」
「文章から相手の狙いを読むのは得意なので。広報の面目躍如ですかねえ」
「国語100点、センター予想200点は伊達ではないな、岩傘広報」
「5教科500点には負けますよ、白銀会長?」
ハッハッハと互いに笑い合う。
かぐや嬢の応援をすると決めている僕だが、それは白銀御行を虐めるという意味では断じてない。石上と僕と三人で遊ぶのも、それはそれで凄く楽しい。
御行氏がアルバイトでスケジュールが開いていないので、中々余暇を一緒に過ごす、とはならないが、石上を含めた三人で昼食を食べる程度なら良くあったりする。
学院の中には、そもそも混院(つまり外部入学制と言う意味だ)である御行氏を邪見に扱う勢力もあるらしいが、そんな羽虫の言い分など細かいことだ。かぐや嬢と千花と僕で、何とでもなる。なんとか出来るし、する。それくらい、僕は彼も生徒会も気に行っているのだ。
「ただ、惜しかったですね。弓道部、かぐや嬢が居ましたよ?」
「だろうな。予想していた」
ほう、と僕は驚いた。
かぐや嬢が何か企んでいることは分かっていたが、それを承知で会長が送り出したとは。
これは僕の予想を超えてきた。流石だ。
先を促すと、胸を張って御行氏は説明をしてくれる。
「四宮が相談を受けるというのは、確かに無くはない。半年前なら兎も角、今は随分と丸くなった。だが日直と重なるのは偶然が過ぎる。そして運動部の申請書が送られてきたのも今日だ。申請書に目を通し、数値を纏めるのは石上の仕事。しかしそれを受け取り、俺に渡す前に確認をするのは四宮の仕事だ。此処まで考えれば、恐らく待ち構えていると、予想が付く!」
「……じゃ何で会長が行かなかったんです?」
「決まっている」
不敵な笑顔で御行氏は言った。
「この話をお前から四宮にさり気なく伝えれば、四宮は悔しがる。そして!」
「そして……?」
「何故来なかったのかの質問が来れば俺が追求し、――はっ」
慌てて口を噤んだ御行氏の態度で、僕は察した。あー、はいはい、そういうことね。
「何故来なかったんですか会長!」
=「ほうどうして俺が来ると予想していたんだ理由を聞かせて貰おう」
=「そ、それは……」
とかやりとりするのが狙いなのだろう。その頭を別に使えと言いたい。
別に使うと偏差値77の超エリート校秀知院で成績トップという結果になるんだけどさ。
「深くは聞かないでおきます。……さて、珈琲も頂きましたし、僕は帰ります。生徒会の掲示板の方は自宅で確認して、明日続きをやっておきますので。かぐや嬢も、そろそろ戻って来るでしょうから」
学生鞄の中に、四宮家SP直下の貴重な封書があるのを、再度確認して、立ち上がった。
「それじゃあ、また明日。お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様。明日もよろしくな」
挨拶をして廊下を昇降口に歩いて行くと、反対側からかぐや嬢が歩いてきていた。
仕草で「生徒会には二人きりですよ」と教える。彼女は、ちょっと緊張しつつも、頷いて、若干の早足になって生徒会室へ向かっていった。
いや本当、あの二人の関係、進展しないかね……。
◆
「はっ、名探偵チカの頭に今キュピーンと何かが閃きましたよ!」
「……具体的には?」
「えっとですねえ、生徒会室の中で、会長とかぐやさんが、何かこう……恋愛的な勝負をしてる気がします!」
「それ、明日、口に出して質問するなよ。絶対に迷宮入りするからな」
さてそれからの帰り道。
TG部(テーブルゲーム部。つまりボードゲームとかをする文化部だ)の活動を終えた千花と合流し、車に乗り込んで、後部座席で話をする。この車の手配は僕の実家がしたものだ。僕の家は、歩いて帰れる距離、場所にあるし、通勤通学を徒歩にしても苦にはしない……のだが、夜遅くに秀知院の学生、しかも男女が歩いて帰るのは不味かろうという親の配慮である。
「えー、私の恋愛探偵は外れたことがないんですよ?」
「そうだな、ラブの波動を感知はする。だけど解決しないだろ」
「いーちゃんの波動は感知できますよ?」
「それは僕も同じだ」
基本的に優等生な淑女だが、ゆるふわ天然ガールというのは本当だ。かぐや嬢曰く「時々IQが3になるわね」と言う通り、彼女はボケる時はボケボケだ。それ
「でも少し羨ましい感じしますね」
「……あの二人の関係が?」
「そうです。あ、えーと、……私といーちゃんは、許嫁ですよね? 勿論、私はそれをオールオッケーですから。でもあんな風に、今の年代で、ちょっとずつ仲良くなっていくのも、良いなーって思うんですよ。分かりません? この感覚っ!」
「……小学校や中学校の時、散々やった気がするんだけどなぁ」
「何回やっても良いと思うんです!」
意気込む千花だった。うーむ、なるほど、その気持ちは分かる。
「でもなぁ、今の状態で不仲になるのは、演技でも無理。僕は無理。出来ない。……で、もっと関係を深くするって言うと……」
「…………。……下手すると神る事になりますね?」
「そうなるね。……そうなるねー」
石上会計の言葉を借りての表現だった。
無言で千花を見る。上から下まで。
何となく沈黙が落ちる。
沈黙が落ちる。
車のエンジン音だけが響いて、沈黙が破れない。
静かである。
やがて限界になったのか、おずおずとだが、千花は返事をした。
「…………私は、………嫌じゃ、……な……ですけど……」
「…………!」
僕は、と言いかけて、車が止まった。
運転手を務めていた、僕の家のお手伝いさんは、静かに一言。
「藤原家に到着しました。お出迎えもいらっしゃってます」
「…………。ああ、うん、ありがとう
「……そうですね! いーちゃん、また明日ですっ!」
互いの間に何となく漂っていた空気を吹き払うように、互いに挨拶。
千花の出迎えに、萌葉ちゃんも出てきていた。
こんばん殺法! と謎のポーズをされたので、僕もお返しする。
こんばん殺法返し! どんな意味なのかは知らない。
千花達が家に入ったのを見て、車が動き出す。
……一人になると気恥ずかしくなってきた。
いや両想いで! 許嫁で! ってことは、最終的にどうなるかは当然なんだけどさ!
婚前交渉はかなり勇気がいるし! 興味はあるけど! 難問だ! 身近すぎて!
悶絶する僕を、呆れたように見る運転手:憂さんの瞳がバックミラー越しに感じられた。
僕が会長と副会長を見ている目と同じだったんだろう。多分。だが気にしてはいられない。
よし、考えよう。マンネリ化は夫婦仲を悪くするという。
僕は藤原千花とイチャイチャしたいんだ! もっと新鮮な方法を考えようじゃないか!