幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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大幅に遅れてごめんなさい!
これも全て『灯争大戦』とGWって奴が悪い……!

これからも無理しない範囲で楽しく書いていきます。

では、どうぞ!


岩傘調は守りたい*

 夜闇の中である。

 街灯も殆どない、月明かりと星灯りしかない一角の中、肉を打つ音が響く。

 

 影の中、二つ。それは人の形をしていて、動きは鋭く、互いに迫ったと思えば離れ、何かを投げたと思えばそれを回避し、相手の一撃に対してカウンターを当て、時として力で、時として技を持って絡み合う()()()だ。

 

 片方は、俊敏性に加え、巧みな足さばきを持って距離を詰め、相手の拘束を狙う。もう片方は射程距離を生かし、巧みに相手との間合いを維持する。

 何度目かの激突の後、片方は、呼吸を深くし、構えながら告げた。

 

 「『黒い扇子』を持った東洋人の美女。……此処に来て、()()()ですか」

 

 全く厄介ですね、と彼女は確認する。

 しゅるり、と女の元に戻っていく黒い扇。蛇のようにのたうつそれが、相手の獲物だ。鉄扇柔術と鞭技の組み合わせといったところか。力では倒せない。技量によって制さねばならない。

 

 優華・憂は、対面する女を見る。つい先日は、彼女からの『建前』を前に引き下がるしか無かった。しかし今は違う。此処に居るのは己と彼女だけ。天文台の中に、岩傘調と、秀知院の生徒会メンバーは()()()に入り、津々美竜巻の元に向かっている。

 

 あれから四日後の夜。彼女は此処で、この女の、足止めを任されていた。

 背後には愛弟子たる岩傘響を待機させてある。周囲は、誰かが来ないよう早坂愛が手配済み。

 

 生徒会の面々に暴力事は似合わない。出来て四宮かぐやが護身術を嗜んでいる程度。そう言う荒事は、自分ら専門家の仕事だ。

 

 ……一行は真正面から天文台に入った。そして天文台の職員には、何ら危害が及ぶことはないだろう。調べたら、この女が研究所に来たのはほんの数日前だという。あの場の指揮を執っていたのはこの女だ。他研究員が詳しい事情を知っている様子は無い。

 

 であれば、これを封じれば、邪魔は限りなく減る。

 彼女が単独行動になったところで、闇討ちし、助けを呼べないようにタイマンに持ち込む。それで連絡をさせないように動く。余計な茶々は入らない。警察の介入なんか起こさせない。

 

 「一人目は『チクタクマン』と《R・F》。二人目はイクサ・クルーシュチャ。そして貴女が三人目です。――黒い扇の東洋人『膨れ女』」

 「……へえ」

 

 感心したような言葉だった。けれども、声には何も感情が籠っていなかった。

 

 『膨れ女』。『膨らんだ女』とも呼ばれる存在。大きな黒い扇を持った絶世の美女だが、それは見せかけの話。実際は体重300キロを超える肥満の女だという。《R・F》氏も、イクサ・クルーシュチャも、カテゴリは『人間』だ。邪悪なニャルラトホテプと名乗っているが、実際は比肩しうる頭脳と邪性を持っている者。というだからこの女も人間で良いだろう。

 本名も調べてある。しっかり《R・F》というイニシャルだ。

 

 憂の言葉に、女は乾いた笑顔を浮かべる。分かっているのに喧嘩を売ったのか? と。

 

 扇を広げ口元を隠す東洋人は、嘲笑うような瞳だ。それを受けても、憂の中に動揺は無かった。目の前の存在は、人間の形をしていて、人間の様に思考し、行動する。これで本当に身の丈数十メートルで三本足で顔がなくうねうねうぞうぞしていたら、流石にちょっと対抗手段を考えた。が、……今はそうではない。イクサと同じで、地味な痛みも通用する。

 

 ならば倒せる。

 先ほどからの戦いで、手応えがある。精神性が異常でも、身体へダメージは通っている。でなければしつこく黒扇を駆使して己に攻撃を繰り出してはきまい。

 

 「何処まで異能があるかは知りませんがね……。この世界に居る以上、物理存在でしょう。そして目の前に形があるなら何も問題はありません。それが仕事ですから」

 

 イクサ・クルーシュチャが手配をした『同族』。さてどんな関係なのか、事情を知りたい気持ちはある。だがそれは己の仕事ではない。調査は、今、天文台で、暴力とは全く違った形で戦っている皆に任せよう。

 優華・憂は、無言で懐から『それ』を取り出す。慣れた手付きで両手に二丁。

 

 「さて()()ニャルラトホテプさん」

 

 ご存知ですか? 私、元々中東の紛争地帯で生きていた、少年兵ですよ?

 此処はハワイ。合法的に手に入る。

 ――消音機(サプレッサー)付きの小銃。既に弾丸は装填済みだ。

 

 「自慢の扇で、何処まで出来るか、見せて頂きましょう。私も、怒っていますので」

 

 ◆

 

 当たり前だが、天文台に物理的&暴力的に殴り込みなんかできる訳がない。不法侵入でお縄になるとか冗談じゃない。飽くまでも正式な手続きと題目を持って入り、津々美を回収するのだ。

 

 作戦を立てる必要があった。

 生徒会メンバーと合流後、ホテルの一室で作戦タイムとなる。

 

 「状況を再確認するぞ。二日前、マウナケア天文台群に足を運んだ。メンバーは岩傘広報、藤原書記、藤原家の姉妹と岩傘の妹さんと使用人さん、そして津々美竜巻。――そんな中、カルテクサブミリ波天文台の職員である女に、津々美が連行された」

 「そうです。そして更に言えば、津々美の連行は『親からの要請』を受けて保護されたという、これ以上なく有効な建前を有しています。加えて職員は米国籍。下手に騒動を起こすと確実にこっちに被害が及びます」

 「……分かっていて私達を呼ぶ辺り、広報、貴方もイイ性格をしていますね」

 「何とでもどうぞ。ですが、何とかしなければいけないんです」

 「今回ばかりは私もちょっとオコですよ。真面目にオコです!」

 

 御行氏が纏め、かぐや嬢がツッコミを入れ、千花は真剣な顔で続ける。

 彼女の顔は憤りに溢れていた。普段は天然ゆるふわな千花だが、心底真剣になると表情は変わる。政治家の娘としてのカリスマ性は、普段はほとんど見えないが、実はあるのだ。実は。

 千花の顔を見て、やはり重要な問題だなと御行氏は頷く。

 

 「俺達を呼んだという事は、()()()()()()()()()とお前が判断をしたんだろう? 具体的な作戦は纏まっていると見た。どんな方針なんだ岩傘」

 「シンプルな話をすれば、『津々美の親を説得する』――それだけです。流石に天文台職員に喧嘩は売れませんし、売っても意味はありません。正直、顔面引っぱたきたい奴はいますけどね、それは優先度を下げます。……説得材料は今集めている最中です。時間があれば間に合います」

 「説得か。出来るのか?」

 「……まあ、多分。ただ手段は多い方が良いです。そして説得までには手順が必要です」

 

 そして手順を踏むのは、僕一人では不可能だ。

 

 千花には既に凡その概要を説明してある。頷いた彼女は、恐るべき速度で飛行機の手配をした。白銀家三人(御行氏、圭ちゃん、お父様)と、四宮かぐや、合計四人分だ。

 飛行機代に宿泊費用まで手配された状態で、夏休みで元々時間に余裕があった、というのを差し引いても、即座に即決してハワイまで来てくれた皆には感謝しかない。

 早坂愛は変装して同伴しているが、イクサ・クルーシュチャの奴は(当然だが)来ていない。

 彼女の処罰に関しては、かぐや嬢に、後で確認しておこう。

 

 「お二人にお願いしたいのは、天文台への合法的な入館の手配です」

 

 今回の問題が何処から発生しているのか? 答えはシンプルだ。

 

 津々美竜巻の母:津々美津波さんからの『娘を回収してください。彼女はそのまま留学させるので』という依頼である。その仲介をクルーシュチャが行い、天文台に居る、あの黒扇子の女が実働隊となった。

 津々美を助けるとは、『津々美母からの依頼を撤回させる』という意味に等しい。

 だが――その為には、天文台に行かねばならない。合法的に、遭遇しなければいけない。

 

 「合法的に、ですか。なるほど、それで私を呼んだのですね?」

 「察しが良くて助かります。四宮家のご令嬢が、天文台の勉強をしたいとコンタクトを取ったなら向こうも無下には出来ないでしょう。どっかで許可は降りますよ」

 「その『何処か』が、津々美さんのお母さまに会えるタイミングなら最高と」

 

 そういう事である。

 当然ながら物理的に殴り込みは出来ないので、アポイントメントを取って真正面からの訪問になる。とはいえ常識的に考えて『明日は無理です、一週間後なら良いですよ』という答えが出れば御の字だ。ただでさえ常識外れな要望なのに、加えて黒扇子の女が居る。容易く時間は稼がれてしまう。何とかしてごり押さないといけない。

 

 かぐや嬢にお願いするのは其処だ。正直、大分無茶な頼みをしているという自覚はある。……だが、かぐや嬢「個人」ではなく「四宮家」としての行動ならば、行けるはずだ。

 

 知ってもいる通り、津々美竜巻は技術開発部だ。そして彼女には、四宮家も出資している。

 あれで津々美は人脈が広く(『人脈と同時に友人を作った方が良いじゃないですか。私、親みたいな打算だけの関係を作りたくないので』)、大抵の『家』とは仲良くやっているのだ。龍珠組から仕事を任され、阿天坊先輩から依頼を受けていることからも、それは伺える。

 故に『四宮家(スポンサー)として彼女の調子を見たい』というお願いは通りやすかろう。

 

 「作戦は分かった。俺は校長に連絡を入れ、天文台へ『秀知院の学生として』見学を求める手筈を整える。四宮は『四宮家』として津々美に対する権利を主張する。そしてそれらは、津々美の母の耳に入れる情報にすると。……権力に弱い女なら、接触さえすれば説得は可能か」

 

 津々美の母に会う前に、津々美に会う必要はない。

 先んじて天文台にアポを取り、津々美母が来ると同時に、彼女に接触する。そして権力をちらつかせる。そのまま彼女と同伴して津々美に会う。

 これが一番スマートだ。これならばギリギリ僕らでも何とか実行が出来る。

 

 「割と負担をかけるお願いしているのは分かってます。……ですが、お願いします」

 「良いさ。お前が俺達に頼むなんてことは滅多にない。高い貸しにしておいてやる」

 「利子まできっちり頂きますので」

 

 頭を下げた僕に、会長と副会長は、互いに目を合わせて頷いてくれた。

 

 二人ならば、僕の提案を実行できる。とはいえそれは、後日、互いに色々な干渉を受けることになる。御行氏は学園から、かぐや嬢は実家から。それに対して最大限のフォローをするとしか、今の僕には言えない。交渉としては下の下、相手にメリットがない()()()だ。

 だけどそれを聞いてくれた。……僕は友人に恵まれていると思う。

 

 「で、石上、いけそうか?」

 「まあ何とか絞り込みますよ。元芸能人だけあって足取りは割と探しやすいですし……。広報からの情報提供を合わせれば、来訪時期とかスケジュールの予想は立てられます」

 

 さて、上の二人に天文台への入場をお願いするならば、石上にお願いするのは津々美母の調査だ。既に実家に連絡は入れた。津々美母がどのような行動を取りそうか……という部分を情報収集に努めている。プロファイリングという奴だ。

 

 相手は元芸能人。岩傘家のマスメディアパワーを駆使して芸能関係者から情報を集め、SNSも使って足取りを追う。

 

 ……津々美が、日本に勝手に強制送還される、というのは余り考えていない。何故かと言えば、津々美を一人で行動させたらアウトだからだ。何かしらのタイミングで彼女が逃げる機会を作ってしまうと、そこを狙って僕らは彼女を奪還してしまえる。最悪、彼女が日本の空港で大騒ぎでもしてニュースにでもなってしまったら、世間の目は集まる。津々美の母は、そんなスキャンダルを容認できる大人ではないのだ。

 

 だから一番確実な方法は、ずばり『直接迎えに来る』。これに限る。

 

 そしてやって来ることが分かれば、相手の搭乗する飛行機を調べ、どんな動きをするかも検討が付く。我が家の収集能力と、石上の処理能力を組み合わせれば、迎え打つ準備は整う。

 

 「空港で待ち構えるのも視野に入れている。だが天文台に『津々美津波さんしか入れません』となったら不味い。唯でさえ日本人観光客が多いし合流できるとは限らない。やれることはやるさ。……あとすまんがこっちも頼む」

 「なんです? ……これ」

 「説得材料」

 

 僕が石上に差し出した幾つかの資料を、受け取った石上は、ざーっと目を通す。

 

 そこに書かれた英文に、若干、眉を顰めながら(苦戦しながら)読んだ石上は、一言「色々考えてるんですね」と呟いた。まあそりゃあね。やれるだけやるさ。

 

 手早く情報を打ち込んでいく石上に任せて、僕は憂さんの元に足を運ぶ。

 今回の事件、喧嘩騒ぎにしては不味い。とはいえ、とはいえだ。あの怪しい女(クルーシュチャの同類)は、荒事慣れしている人間に任せるに限る。

 御行氏達が来るまでの短期間で、調べるだけは調べておいた。

 

 「『Rilianna Fannin』……。数日前にハワイにやって来た研究員。カリテックの一員らしいけど、天文台職員も彼女の来訪は寝耳に水……。……悪意が透けて見える」

 「彼女を押さえておけばいいのですね?」

 「お願いします。彼女とて一日中ずーっと研究所の中ではないでしょう。どこかで必ず外に出ます。そうじゃないと他研究員に怪しまれる。其処を闇討ちしましょう。津々美の母が来るまでの間、アレを動かないようにすれば問題はありません。憂さんなら、多少非合法な方法でも、侵入・誘拐・闇討ちからの白兵戦、行けるでしょう」

 「その気になれば天文台ごと吹っ飛ばせますよ。テロリストが出来ることは大体出来ますので」

 

 流石にそれは勘弁してもらおう。罪もない研究者も沢山いるんだ。

 憂さんに頼んで津々美一人を攫ってきてもらうのも考えた。が、憂さん曰く『流石にあの女の妨害を掻い潜っての津々美奪還は無理』とのこと。彼女が専念すれば何とかなる、という手合いらしい。なら任せてしまおう。

 

 変装した早坂愛――今はスミシー・A・ハーサカと名乗っているんだったっけ?――彼女と、我が妹(キーちゃん)と、三人掛かりだ。それなら行けるだろう。多分。

 こうして作戦結構までの時間は過ぎていった。

 

 かぐや嬢から質問を受けたのは、その日の夜である。

 

 ◆

 

 何とか天文台へのアポを取り付けた(頑張ってくれたらしい)かぐや嬢からの質問を受けたのは、準備を終えた後だった。

 御行氏も恐るべき手腕で(時差もあっただろうに)学園長を経由してあれこれ助力してくれた。割とスムーズだったのは、最初にハワイまで呼び寄せた際、来るまでの間にも先んじて動いてくれていたから、というのもあるらしい。やはり我らが会長&副会長のペアならば、大抵の事は可能になってしまうのだ。流石である。

 

 皆が来るまでの二日間で、僕と千花で出来る準備はしておいたとはいえ、全員が揃ってから僅か一日だ。それで凡その形になってしまうのだから、そのパワーは誇って良いと思う。

 さて、そうして準備を進めた一行が、その日の夕食を終え、休憩時間となった頃。

 

 「ああ、良いところに。どうしても腑に落ちないことがあるので、お尋ねしようと思いまして」

 

 私服のかぐや嬢から、話しかけられた。

 僕は千花と二人、ベランダで、明日の天文台訪問に向けて山を見ている最中だった。

 席を外そうかと思ったら、僕への質問だった。彼女はこう問うた。

 

 「津々美さんを何故助けるのか、聞いても良いですか?」

 「……私が説明するより、いーちゃんが説明すべきだと思うので、任せます」

 「任された。シンプルな答えですよ。津々美は友人だからです」

 

 僕の言葉に、かぐや嬢は疑問を頭に浮かべる。

 

 『でも津々美さんは()()()()を求めている訳で……。助けたら、告白から返事をする事になるし、関係も悪化するのでは?』という顔だ。

 

 かぐや嬢に置き換えてみれば、それこそ早坂愛が、御行氏に告白をする――と聞いたような物だ。それで平静を装うのは難しい。至極、まっとうな考えだ。

 

 「おっしゃる通り、確かに関係は悪化するかもしれません。でも悪化しないかもしれません。……例え悪化してでも、僕は()()()()で済ませたくないんですよ。これはもう、僕が千花と惚気る為に、自分自身に架している覚悟みたいなもんです」

 「いーちゃん、言い方が大袈裟ですよ。かぐやさんが勘違いしますよ」

 「……かぐや嬢が、真似したり、見習う必要はないので」

 

 前置きをした上で、僕は続ける。

 

 「分かりやすく話します。――かぐや嬢も恋文の一つや二つは差し出された経験はありますよね。僕は滅多に来ません。ですが千花には時々来ます。……手紙のパターンは二種類です。一つは僕より優れているから僕を捨てた方が良いという内容。もう一つは単純にシンプルに千花に告白する内容です。前者は笑って破り捨てますが、後者は、きちんと話をしに行きます」

 「そこで私を例に出すんです!? ……分かりやすいですけど」

 「そういう告白には、真摯に返事をします。千花は、真正面から『僕が居るから交際できません』と言ってくれますよ」

 

 勿論、相手は本気であればあるほど泣くだろう。

 僕に対して負の憤りを抱くこともあるだろう。

 

 だがそれは行動をしたからだ。行動したから、頑張ったから、その分だけ大きな傷を負ったのだ。……僕だってまだ若造も若造だが、十六年は生きている。その間に少しは学んでいる。行動して傷を負う方が大事だと(別に他人に強制する気はないけど)思っている。

 

 「告白も出来ず、返事も貰えないっていうのは、唯の逃避です。真正面から意見を交わすことが出来ない、視線を合わせられない、そんな相手に友情を抱けますか? 僕は無理です」

 

 どっかの誰かさん達のような、最後の一歩を踏み出せないのとは訳が違うのだ。

 どっかの二人は互いに理由があり、互いに譲れない物がある。なにより両思いだ。

 

 「かぐやさん、想像してみて下さい。かぐやさんが好きな人が居て、その人と会話が出来ない。ただ恥ずかしくて出来ないのではないです。会話を諦めて、視線を向けない、喧嘩状態のまま、それがずーっと続くんです。それは耐えられますか?」

 「無理ね」

 

 即断された。そう、無理だ。かぐや嬢が想像した相手(御行氏)と、そんな状態がずっと続けば、それは関係の破綻といっても良い。そんなものは恋愛はおろか、友情ですらない。

 

 「別にね、本人が夢を見ているままが良い、というなら良いんですよ。其処は関与するべきじゃない。ですけど。――ですけどね!?」

 

 気付けば、酷く荒っぽい語気になっていた。

 

 「勇気を出した本人の覚悟を無視して、言葉を最後まで言わせずに納得させて、こっちからの返事をする機会も寄越さない。……津々美の覚悟を何だと思っている! 僕からの返事を何だと思っている! あいつらは僕と彼女の関係に泥を塗った。友情を壊したまま、津々美の足を引っ張り続けて改善すらさせない! 僕はそんなのは我慢が! ならないんです!」

 

 「……広報、意外と熱血漢なのね」

 「本人はあんまり認めませんけどね。いーちゃんのそういう部分は、私の好きポイントの一つなんですよー。人間関係を大事にする仕事が最適でしょう? ね、かぐやさん?」

 「そうね……。来る前にイクサ(雇った新人)を一発叩いておいて良かったわ」

 

 色々言われているが、僕は別に熱血漢という程じゃない。ただ友情を大事にしたいだけだ。

 

 関係が破綻したまま別れるなんてのは、以ての外なのだ。

 僕は千花が居るから人生を楽しく生きている。人間が楽しく生きるのに必要なのは自分以外の誰かだと知っている。津々美との学園生活は楽しかった。これからは――そりゃあ分からないが、しかし、だ。出来る限り良くしたい。

 

 僕だけではない。津々美の未来にとって絶対に必要だ。

 だからもう一回、津々美と会話をしたいのだ。

 

 気合を入れた僕は、マウナケア天文台群の方角を見た。

 明日には、連中の元に殴り込みをかける。

 

 「……ところで、今、気になる単語を聞きました。イクサ、一発叩いてきたんですか」

 

 今度は僕からの質問になる。かぐや嬢は、にこりと微笑んだ。目が真っ黒だった。

 

 ◆

 

 当然ながら僕が確認をしておかねばならないことがあった。

 

 あのイクサ・クルーシュチャという女は、津々美へちょっかいを掛けた。帰国したらぶん殴りたいと思う。問題は……問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 考えたくはない。かぐや嬢が指示をしたという可能性は、僕の中ではありえないと結論が出ている。メリットもないし。彼女の事を、少しは理解しているつもりだ。だが確かめてはいない。

 

 かぐや嬢は時折自嘲している。

 『他人が利用可能か否かをまず考えるような酷い女だ』と。

 

 まあ中等部時代、何かとかぐや嬢を気にしていた千花に対しても辛辣だったのは、僕も承知している。僕も巻き込まれたことはある。……最近は丸くなった。丸くなったが本質は変わっていない。今でも、やろうと思えば非道が出来るだろう。他人を脅して()()出来てしまうだろう。

 

 流石に、イクサ本人に『津々美さんを苦しめなさい』と命令をした、なんてことはないと思う。

 ……だけども、無いなら無いと確かめておきたいのが、正直な話だ。

 

 「ええ。貴方が出会ったという、黒い扇子の女性。リリアナ・ファニンさんでしたか。イニシャルが《R・F》。あの『チクタクマン』事件から時間が経ちましたが、今になって尻尾を見せたのは意外です。……イクサは当然ながら、知っていました。白状しましたよ」

 

 と、かぐや嬢は、イクサの声真似をする。

 

 「『くふふ、これはこれはご主人、バレてしまってはしょうがない。あの女は僕と同族で、何かと僕も関係が深い。……この際、全部白状をすると、これは抵抗なのさ』」

 

 「……抵抗? どういう意味です?」

 

 「真似をして続けるとこうなります。『くふふ、僕は彼女と仲が良いわけじゃあないのさ。むしろ不倶戴天の敵だ。僕にとっては、あの女はさっさと始末をしたいし、マウントを取って情報を吐かせたい。だけど通常、僕に勝ち目がない。常に僕がヒエラルキーの下で、嫌々ながらも従っている状態だ。僕はだから()()()()()()()()()()()()()()()……くふふ、良い計画だろアイタぁ!?』と、こういう事ですね」

 「余計に性質(タチ)悪いじゃないですか」

 

 白黒アホ毛の行動に納得がいった。あのリリアナという女を、イクサは嫌っている。少なくとも好いてはいない。だが逆らう事も出来ない。そこで津々美という餌を使い、こっちに行動動機を与えて、彼女を倒そうとしている。

 ……他人を利用してまで、何をしたいのか、気になるが、彼女はこの場に居ない。

 

 「イラっとしたのは私も同じですので。殴りたい気持ちは分かりますが、尋問までに留めて下さい。私達を利用した罪は、支払って貰うのが通り……とはいえ、暴力的な仕置きは、私が済ませてきたので」

 「叩いてですか」

 「ええ。鞭で。先程の最後の悲鳴は、私の鉄槌が下った音です。私も昔、何かと、されましたので」

 

 そう言えば、千花から聞いた覚えがあるな。かぐや嬢の家、本家の躾は非常に厳しくて、技能や修練が上手くいかないと鞭で叩かれたのだと。それを使ってイクサを一発引っ叩いてきた、……とは、彼女も相当ご立腹だったらしい。

 

 津々美に対して害を与えたこと、敵を倒すために己らを利用したこと、それらに対してかぐや嬢は怒り、イクサの行動を叱ったのだ。かぐや嬢の主導でないと判明した。大きく安堵した。

 

 「……其処まで言うなら、僕の拳は納めます。今度やったらその時は殴らせて下さい」

 「ええ。次はどうぞ、存分に」

 

 女子供に対して殴る拳は、基本的には持たない僕だ。しかしアイツは自称ニャル様らしい。なら殴ってもセーフだろうさ。……R・Fを名乗る女も、盛大に殴ってくれ、と憂さんに伝えておこう。

 それから幾つかの確認を済ませて、かぐや嬢は帰っていった。

 

 「いーちゃんいーちゃん、その時には私にも一発殴らせてくださいね」

 「分かった」

 「津々美さんの件が終わったら、甘えさせえて下さいね」

 「それも、分かった」

 「だから、決着を付けに行きましょう」

 「……ああ!」

 

 千花の言葉に、返事をする。

 見上げた夜空は、数日前と同じように輝いている。

 

 ◆

 

 そして、その夜空を、津々美竜巻もまた見上げていた。

 

 彼女がいる部屋は、研究者が寝泊まりする、仮眠室の一部屋だ。洗面所、シャワールーム、寝具といった最低限の設備はある。しかしそもそもが着の身着のままで、天体観測中に攫われてきた身だ。スマホは動いているが充電が出来ない。充電器はあったが規格が違う。

 

 近くの本棚には英語での書籍がずらっと並んでいて、それらは天文学に関するものだった。軽く読んで、内容は面白かったが、楽しむ余裕がなかった。

 結果として、彼女はベッドに寝転んでいる。

 

 カーテンを閉めることもなく、開けっ放しにして、空を見上げている。

 

 「……軟禁状態なのに、それを異常と思わないのは、異常デスね」

 

 リリアナ・ファニン。名前が《R・F》であるとは気付いていた。確か『ダーク・タワー』シリーズには、リチャード・ファニンという『黒衣の男』が居たはずだ。符号が一致する。

 

 津々美という異分子を受け入れて、天文台は平常運転をしていた。

 

 『津々美竜巻が此処に居ることを意識しない』とでもいうのか。認識し、客人として保護されて、そのまま二日。どう考えても異常な話なのだが、研究職員が自分に関して何かを言う様子も、そもそも興味を持つ様子がない。食事を運んでくる職員も、会話をしようとすらしない。

 

 あの女が、何かしたのだろう。研究に支障が出ない程度に薬を持ったとか。

 

 ……彼女か、逸れに連なる誰かが、あの『チクタクマン』事件を引き起こしたのは間違いない。

 だけど、何もできない。

 

 「……かぐや姫に吠える者、デスか。……そうデスね、きっと、今の私は」

 

 寝転がりながら月を見る。日本でもハワイでも、月の輝きは同じだ。

 

 今の私は、かぐや姫にすらなれない。

 

 囚われの姫にも満たない、唯の小娘。もう直に、己を縛る毒親という手が迫っているというのに、逃げる術もない。道具だ。今の己は、唯の道具。誰かの支持で右往左往し、誰かの望みを奏でる物。相手が望んだ音を出す楽器のような物だ。

 

 ……だけど。

 だけど、願うのは不相応だろうか。

 自分を助けてくれる誰かが来てくれないかと、望んでいる。

 あの窓を開け放って、誰かが手を伸ばしてくれないかと、希望を抱いている。

 

 「寂しい、デス」

 

 枕を抱きしめて、心の裡を明かす。

 夏休みが楽しかった。ビーチでのサバゲーも、バーベキューも、買い物も、水着での騒動も。その前の時間も。それらの日々が輝くほどに楽しかった。だからこそ、影は強い。深く根差して覆っている。……夢を見てしまったからこそ、現実が辛かった。知らなければ、マシだったのに。

 

 「…………ぅ」

 

 枕へと染み込んでいくのは、己の涙なのだと、自覚するにも時間が必要だった。

 ただ只管に、何もできないと、己に()()()()()()だけの、諦めの時間が過ぎていった。

 

 どれ程に、そうしていただろう。気付けば空が白み始めている。微睡みの中、半分も動いていない頭で、のろりと起き上がって、手配された衣服を着替える。下着を取り換え、研究員が使っているらしい質素な服に身を包む――その時。

 

 チャリン、と“それ”が転がった。

 顔を上げて、転がったそれを手に取る。

 

 「…………!」

 

 掴んで、握る。抜けた力が、それを掴んだ時、強くなった。

 

 ――他人が横で不幸になってる状態で、千花と惚気るのは難しいだろう。結局は下心だ。

 ――下に心があるってつまり“恋”デスよ?

 ――その下心に救われてる人も多いんデス。私は確かに救われマシた。

 

 思い出した。思い浮かべた。……諦めていた自分の中から、ふっと事実を確信した。

 

 そうだ。そうだった。

 ……あの男は、こんな自分を放置しているような人間じゃあ、ない。藤原千花と幸せな時間を過ごすために、己を見捨てることが出来ない、そういう奴だった。

 

 だから。だから、きっと彼は、来るだろう。

 私を助けに来るだろう。

 あらゆる方法を使って、ただ私を大事に思って、来てくれるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……ああ、そうデス。そうデシた。私が、独りで泣いていては、意味が、無いのデス」

 

 寂しかった。だけど、傍らにこれがあると忘れていた。

 

 思い出す。自分を応援してくれた藤原千花が居る。色々言いつつも助言をしてくれた藤原家の姉妹が居る。少しの手解きと世話をしてくれた大人達が居る。

 自分一人がメソメソと落ち込んでいる間、彼ら彼女らは何をしてくれるだろうか?

 

 情けない、とは思わないのか? ――思う。思うとも。

 

 「泣くなら。……泣くなら、……人の胸で泣くのデス」

 

 自分らしくあれ。ただ自分らしくあれ。

 例え自分が恋する乙女になったとしても、その心だけは、その精神だけは捨ててはならない!

 悔しくても、心が怯えて竦んでも、苦しい現実を前に折れそうになっていたとしても。

 自分の心だけは、偽ってはならない。

 

 「私は、作品では、ないのデス……!」

 

 弛んでいた己に、気合を入れる。

 親が来た時に毅然として立ち向かえ。周囲が何を言おうとも、自分が自分であれば、結果は良い方に転がる。周りが何をしても己が不意にする。それは――それは、冒涜だ。

 

 何かを生み出そうとする熱意。何かを形に仕様とする愛情。それらへの侮辱に他ならない。

 それが欲しくて、それを欲して、今まで自分は、技術開発部に所属していたのだろう!

 

 「負けません。ええ、負けませんとも。待っています! だから……だから早く来て下さい!」

 

 月を見上げて、羨ましがっていては何にもなれない。

 ならば、かぐや姫になれ、津々美竜巻!

 

 「待っています、調さん!」

 

 掌の中、ホワイトデイに貰った、花の栞が揺れた。

 




YJ最新話で垣間見えた四宮家の闇。
鞭って……。手の甲とかバチバチされたんでしょうね……。
それを使うあたり、かぐやも真面目に怒っていたりする。

第二の試練もそろそろ佳境。
そして皆の人間関係が大きく進展するのも、そろそろです。
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