もうラブコメに戻す! 流石にちょっと憂欝感を出し過ぎました! 反省!
という事で第二の試練は終わります。チャージした分を取り返すぞ!
中編にしようかなと思ったのですが、章を変えた方が良いと判断。
此方を後編にします(5月20日修正)
答えは最初から決まっている。
此処まで来るのに意外と時間がかかったなと思う。日数にすればそうでもないのだが、夏休みが始まって今まで、一緒に過ごした時間は濃密で、彼女が居ない間に起きた事件はもっと濃密だった。
見合わない苦労だとは、断じて思わない。津々美にとってそれだけ重大で重要な問題だ。僕にとっても大事な時間だった。
繰り返して言おう。どんな場所でも、どんな状況でも、どんな言い方でも、僕の答えは、決まっている。どんな条件を出されても答えが変わることはない。
その為に全力になった僕は、馬鹿だと言われてもしょうがない。
だけど意味はある。価値はある。無駄だったとは思わない。
カルテクサブリミ波天文台の、一角。廊下の奥。人気のない、僕と彼女しかいない場所。
僕は、津々美と向かい合っていた。
「岩傘調さん」
「はい」
思えば彼女と此処に至るまでの時間は、初等部の頃からだから、ざっと六年以上。定義で言えば幼馴染なことに変わりはない。まさか初対面の時は、此処まで関係が進展するとは思っても居なかった。多分津々美も同じだろう。彼女だってまさか僕に、だなんて思っていまい。
だけど
津々美は、真っすぐだった。真っすぐに僕を見た。その目には決意が浮かんでいた。
大きく深呼吸をした上で、しっかりとした声で、僕に告げた。
「……好きです。私と、付き合って下さい」
「……ごめん」
はっきりと言った。
「……僕は、千花が好きだ。だから、その思いには、応えられない」
返事は、意志の通りに言葉に出た。この返事を言う為に、ずっと頑張って来た。
僕の言葉に、津々美は、目を閉じて、大きく息を吐いた。
彼女自身も分かっていた。だけど言わねばならなかった。
「……二番目という提案は、どうでしょう」
「それも、出来ない。僕が愛せるのは千花一人だけだ。降った側が言うのもなんだけど、その選択は誰も幸福にはならない。……僕と津々美の間にあるのは、この先ずっと『友情』だ」
二番目か。……実を言えば、その言葉は僕にとってちょっとばかり、良くない思い出を想起させる。僕の「お母さん」と「義母」。この二人の関係についてはまた後日語るが、親父にとって二人は一番目と二番目だった。……理由はあるし、理解はしている。でも同じ轍は踏めない。
僕が複数を囲うだけの甲斐性と包容力があれば別だったのだろうが、持っていない。
憂さんの時と同じだ。一緒に居てくれとお願いできれば別だったのだろう。でも出来ない。
仮に津々美を二番目に位置付けたら、必ず彼女が不幸になる。
「なら」
津々美は、距離を詰めた。僕の傍に。一歩で距離を詰め、服を掴み、首元に手を回す。
「思い出だけでも、ダメですか」
何を欲しているのかは分かった。たった一回だけ、唇が欲しい、と、そう言った。
彼女の声は震えていた。彼女の身体も震えていた。その縋る手に対して。
「
彼女の肩を掴んで、出来る限り力を込めないようにして、引き剥がした。
心の中にあった小さな欲望の欠片は『貰ってしまえよ』と囁いた。だけどそれを意志で叩き潰す。僕の想いは、何があっても、ぶれない。絶対に彼女から揺らがない。
此処で折れたら、それはもう、僕ではない。
慰めてはならない。流されてはならない。口調は穏やかだが、確固たる意志を持って告げた。
「……そうですね。調さんは。……貴方は……、そういう人、でした……!」
津々美は、納得したように、悲しそうに、寂しそうに。
そして心の底から、羨ましそうに、引き下がった。
それから暫く、彼女は俯いていた。
だけど、僕が声を掛けるより早く、顔を上げる。
その時には、無理やりな笑顔を浮かべていた。耐えていることを、指摘なんか出来る筈がない。彼女はハイテンションに明るく振る舞って、僕に言う。
「良いデショウ! 何時か、調さんが私を振ったのが惜しかったと、残念だったと、後悔したと、そう言わせるだけの女になってみせマス! その時に私を見ても遅いデスよ!」
「……ああ。……竜巻なら、なれるさ」
僕の言葉に、彼女は、無理やりの笑顔を浮かべたまま、背を向ける。
「戻りマショう。もう天文台には、用事がありマセんから」
「……ああ」
袖にした女に対して、男が何かを言える筈がない。
こうしてカリテクサブリミ波天文台の一件は、決着を迎えたのだ。
それは同時に、津々美の問題が解決したことを意味していた。
◆
帰りの自動車は、憂さんが手配した新しいお手伝いさんと、藤原家のお手伝いさんの運転だ。
全員が同じ車で移動は出来ない。男女に別れて下ることにした。……津々美と同じ車で帰るなんて、どっちにとっても酷な事は出来ない。
車の中は無言だった。会長も石上も気を使って静かにしてくれていた。
流れていくハワイの山並みを目で追いながら頭に浮かんだのは。
津々美との思い出ではなく、千花との出来事……彼女に、告げた時の事だった。
人を好きになり、告白し、結ばれる。
それはとても尊いことだ。
千花に対して、僕が告白したのは、中等部の時だ。
勿論、幼等部から初等部と経て、その間ずーっと同じクラス。周囲から囃されたりもしたが、ごく普通の様に千花は僕の隣人だった。意識をせず一緒だった、と言える。別に当時から惚気ていた訳では無い(自覚していなかったという意味で)が、誰が見ても認める程に仲が良かった。……自分の中に『将来的にくっつくんだろうな』という漠然とした感覚はあった。
それを改めたのが、中等部の頃だ。
憂さんへの初恋は胸に抱いていたが意識せず、
――あ、僕は千花が好きなんだなあ、と。
胸の中に燃え広がった、その感情を如何しようかと思い悩んだ。真正面から見るのがちょっと恥ずかしくなりもした。でもまあ長い付き合いなので、直ぐに千花が気付いたのだ。
『なんか、いーちゃん、最近ちょっと様子が変ですよ? 何かありましたか?』
『……誤魔化す必要もないよね』
結局、感情を自覚してから数日の内に、僕は千花を呼び出した。
そして改めて“ちゃんと”告白をした。
その時の千花の顔は良く覚えている。照れ臭いような、嬉しいような、恥ずかしいような、色々な感情が混ざり合った、……にやけが止まらない、愛しくなる笑顔だった。
千花は、あの時の事を、今でも覚えてくれているらしい。
僕だってこの先死ぬまで忘れないと思う。
あの時の気持ちを、あの時の絆を、思いを、この先も裏切ってはいけない。
例えどんなに大事な友人であったとしても、踏み込ませてはいけない。
だから、ごめんなさい、というしか出来ない。
他の誰に対しても、そう返そう。
「……
ほんの小さく口に出す。……でも本当に辛いのは、フラれた方だ。
前を走る車は、様子が伺えない。千花が気を使ってカーテンを閉めている。だからあの中で、津々美が、かぐや嬢が、
男が同情する権利なぞ、持っちゃいない。背負うしかないのだ。
天文台から、車が下る。下った先は、また新しい明日だ。ハワイでの時間は、まだ残っている。
◆
幾つか補足をしておこう。
「申し訳ありません。取り逃がしました」
「……憂さんが?」
《R・F》の女は、何処に姿を消したという。彼女が逃げたことより、憂さんが敗北したことの方が驚きだった。互角以上に持ち込めると思っていたのだが。
彼女の戦闘能力は、なんかもう一人だけバグっている。最近は
いや、今は彼女の無事を喜ぼう。頑張ってくれた。
追加情報が欲しかったのだが、これはイクサの奴を追求するしかないだろう。
「鉄扇の一撃を腹に受けてしまいまして……。主導権を握られてしまいました。響さん、早坂愛さんらを、歯牙にも欠けずに立ち去ったようです」
「怪我は?」
「幾つか肋骨が折れましたが、既に処置は済ませてあります。痛み止めも飲みましたし、出血もありません。ちょっと熱が出ていますが、それだけです」
「傷跡が残らないように、お願いします」
変な傷が残っていたら、僕が龍珠桃に殺される。
嫁ぐ女に怪我を負わせたとか洒落にならない。
運転をするのに支障はないとも言い張ったが、そこは無理やりにでも休ませた。というか半日の間、延々と身体を酷使して戦闘をし続け、平然としているのが異常なのである。
藤原家の皆さんには《R・F》に関しての情報は公にしていない。津々美が大変だとは伝えたが、誤魔化せる部分は誤魔化して、開示できる部分は開示した。
豊実姉は『え、憂ちゃん怪我したの!? 大丈夫!?』と大慌てでやって来て、彼女を部屋に引っ張り込んで看病につきっきりになった。
なんとなく、僕を看病する千花を彷彿とさせた。
「肋骨だけですから。胸郭に傷はありませんし、しっかりバストバンドを巻いておけば問題はありません。飛行機にも乗れます。エジプトには同行しますので」
「無理しないでねー? 昔から憂ちゃんは苦労ばっかり背負いこむんだから。偶には私がお世話してあげるわよー」
「豊実さん。……有難くはありますが、私は使用人ですので」
「岩傘さん家のね。そしてもう直に、普通の主婦になるんでしょー? 長い付き合いの『友達』なのに、そんな風に一線を引かされると私、悲しいわ」
あの黒い鉄扇を思い切り胸部に受けたそうだ。臓器は庇ったらしい。
豊実姉と憂さんは、憂さんの方が年上なのだが、力関係は豊実姉の方が上である。元々お嬢様である豊実姉を、唯の一使用人である憂さんが目上として扱うのは当然なのだ。が、しかし、僕が憂さんを盛大に傷付けた例の件以後、豊実姉は『年上の世間に疎い女の子』を振り回し続けた。ぶっちゃけ岩傘家で、豊実姉に勝てる人は誰もいないと思う。
豊実姉の口実は『普通の家の奥さんになるならもう対等よね』という感じだろう。
そういう接し方をしてくれるのは、有難い。
「……ところでエジプトって何です?」
「あら、言ってなかったかしら。ハワイの次はエジプトに行く予定よー」
いえ、全然聞いてないです。
◆
さて津々美母は、クロウさんからの説得を受けて帰国した。帰国してくれて清々した。
『進路としてミスカトニックからスカウトを受けた』『学費は免除、研究費用も出す。歓迎する』『卒業後で全然構わない』etc……。数多くの「お土産」を前に、津々美母は屈した。
権威と利権に弱い女は、クロウさんの前に容易く翻弄され、しかし欲が満たされたことで、ほくほく顔で帰国していった。
後日、津々美から聞いた話だが、以後、彼女に関してやかましく言う事は減ったそうだ。……まあ津々美自身、もうあの家に戻るのは嫌になったようで、どっか適当な場所に住むと言っていた。秀知院には遠方出身の生徒の為に、寮も完備している。其処に入るつもりらしい。
今まではずるずるとしていたが、きっぱりと関係を清算したいのだと話していた。
出来るなら、僕ももう二度と会いたくない。
多分、かぐや嬢からの「しっぺ返し」――主に御行氏を侮辱した一件について――が待ち構えているだろうが、それは僕には関係がないことだ。事後報告だけどっかで貰うとしよう。
「私はエジプトに同行させて貰いマス……。夏休みのバイトはまだ続きマスから」
その津々美は、夏休みの間は、藤原家のバイトを続けると決めた。
天文台から帰還した日、車から降りて、その日は会話をしなかった。
翌日の朝、挨拶をして、その時、彼女は少しだけ元気になっていた。目元が紅く腫れていたことは、誰も指摘しなかった。僕と、何とか普通に会話は出来るようになったのだ。
暫くはぎこちないかもしれないが、夏が空けたら――前の様には行かなくても――しっかりとしたコミュニケーションは取れる筈だ。出来ると信じよう。
「僕は流石に遠慮しておきます。もう少しハワイで過ごして、帰国しますよ」
豊実姉と萌葉ちゃん、憂さんと
「じゃ、私も残りますね」
千花は、こっちに残った。
千花以外にも秀知院生徒会組は全員、ハワイでの滞在を選んだ。
少し触れたが、実は、御行氏を呼んだ時、彼の身内のお二人(御行氏父と圭ちゃん)も一緒に誘っていた。
津々美のトラブル中、圭ちゃんは萌葉ちゃんと一緒にあちこちを回り、御行氏父は、豊実姉・万穂さんらと行動をしていたのだ。僕らの問題に余り関与させるのも悪いというのもあったし、放置させておくのも悪いし。時間を持て余した者同士、ゆっくりと余暇を満喫して頂いた。
どうも御行氏の父、御行氏・かぐや嬢の関係を既に見抜いたらしく、その辺を豊実姉達と会話していたようだ。流石、大人は鋭い。
御行氏の家の状況は知っている。ハワイに来られるような金銭的余裕も少ないようだし、夏の思い出になってくれれば何よりである。
施しを与えるなんて言う侮辱を親友にする気は更々無いが、結果として楽しんでくれるなら問題は無かろうさ。
「これ結果的に、御行氏とかぐや嬢を海に引っ張って来るのに成功したってことかな」
「そうなりますね」
尚、早坂愛は変装して従僕に紛れている。彼女が水着で遊べないのはちょっと可哀そうなので、どこかで気を見て機会をプレゼントしてあげたい。本当苦労人だからな。苦労を掛けている原因が千花と僕であることは否定しないけど。
……と、まあこんな感じで、生徒会メンバーでハワイを楽しむことになった。
この具体的な話は、また後日にしよう。
たった一日だが非常に楽しい一日だった。此処で話すには長すぎる。
それより、大事な話が二つあるので触れねばならない。
一つは、今日この日から三日目に、かぐや嬢が強制送還されてしまったという事件。
天文台の一件を片付けて帰還。その二日後、エジプト行きの飛行機に乗った皆を見送った日が丸々フリーだったのだが、その翌日の事である。
どうも京都・四宮本家で集まりがあるらしく、会合に出席せよと当主:四宮雁庵氏から指名が飛んで来たのだ。
ハワイから帰還させるのか、というツッコミをしたかったが黙っておいた。
金持ちの当主、かぐや嬢とは仲が悪いらしい御仁について、僕が何かを言っても何かが出来る訳では無い。
元々、休みの後半、近場の夏祭りに集まろうと計画を立てていたのだ。それを先んじて、こっちの我儘でハワイまで招いてしまった形。スケジュールが元に戻っただけと言える。
一日フリーで遊べた日があったので、かぐや嬢は、ちょっと残念そうながらも素直に帰還していった。
この件は、少々先の……日本での花火大会に関する諸々に影響を与えることになる。
因みに御行氏(と白銀家)、石上も一緒の飛行機で帰還していった。
御行氏が帰ったのは『四宮が居ないハワイで滞在していても……』という以上に、流石に『これ以上、僕らに甘えたくはない』という気持ちがあったからだろう。
こちらが助けを求めて、それに応じるという形でハワイに来た手前、必要以上に滞在し満喫するのは、気が咎める。当然の反応だ。
先んじてお礼を渡した形とは言え、圭ちゃんや御行氏父の分まで旅費を出している。
それは、気にする。僕も気にする。気にしないと言いたいが、金銭での貸し借りは友情を破壊する第一要素だ。僕は彼と、お金で関係を構築はしたくない。
第二の問題は、つまり、これと地続きだ。
「……二人きりだねぇ」
「……そうですねぇ」
僕と千花は、二人きりなってしまったのだ。
ハワイの、ホテルで。
◆
エジプト行きの飛行機を見送って、更に日本帰国の飛行機を見送って。
『そういや二人きりなんだな』とホテルに戻ってきてから、実感した。
昼間の内は適度にデートを楽しんでいたのだが、ホテルに戻ってきて、買い込んだ荷物を置いた時「こんなに部屋が広かったのか」と思った。そりゃそうだ。最初は十人以上居て、今は二人だけなんだから。
藤原家の皆さんがエジプトに向かう前、宿の部屋は改めて調整してくれていった。
千花と圭ちゃんの部屋、かぐや嬢の部屋、御行氏&石上の部屋、御行氏父の部屋、僕の部屋。……しかし、かぐや嬢の帰還命令を聞いた僕らは、状況を把握後、すぐ宿に連絡を入れ、キャンセルをした。結果、二部屋だけ、残っている。
ホテルで夕食を取り、部屋に戻ってきたは良いのだが、なんとなく一人で居るのは物寂しい。
それは千花も同じだったようだ。
ピロロロロと内線が鳴った。
どっちかの部屋に集まろうという話になった。
――まあ、ここは、僕が行くべきだよな、と思った。
何となく。何となくだ。
大きな分岐点が、迫っている気がした。
予感よりも確信に近い。
それは多分、津々美から告白を受けたからだ。
受けたから、自分の中に在る気持ちを、再認識したから。
フった以上、フった彼女に対して誠実であるためには、此処で立ち止まってはならない。
だから、この気持ちを、形にしなければいけないと、そう思ったのだ。
夏休み、二人きり、夜、ホテルの部屋。……これ以上のないシチュエーション。
意を決して――僕は千花の部屋の扉を叩く。
ずうっと我慢をしていた、話したいことが、沢山あるんだ。
第二の試練は、二人の関係が進展する為にあった。
その結実は、次回です。
PS:「花火の音が聞こえない」の完成度が高すぎて介入のハードルが鬼難易度に……。
頑張ります。