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岩傘調は躍らせたい
新学期初日! 誰もが憂欝と期待を胸に日々に舞い戻る。
夏休みが始まったばかりの頃は『長い夏休みだな』と思い、始まって半分くらいが経過すると『そろそろ学校行きたいな』となり、終わる直前になると『もっと長ければ良いのに』と思い、終わって新学期が始まると『夏休みがもっと長ければ良かったのに』と直ぐ思うようになる。人間は現金な生き物だ。
僕は非常に色々と満喫した夏休みだったが、花火大会という一つの――しかし、これ以上もなく綺麗な――思い出を手にした、我らが生徒会のトップ達は、というと。
「ああああああああ!! もおおおおおおおお!! 痛い! 痛いぞ俺! 痛すぎる!! なんで俺はあんなこっ恥ずかしいことを!?」
「そんなに気にする事じゃないと思うけどな」
窓を拭きながら悶えていた。
夏の間、部屋に堪った埃を落とすために窓拭きをしているのだが、さっきから同じ場所しか拭いていない。その一か所だけ輝き、まだ強い残暑の日差しがピカピカと差し込んでいる。
暑そうだが、それを気にしていられないくらい、白銀御行は悶えていた。
「すっげえ格好良かったと思うんだけどな」
「岩傘、お前とは感覚が違うんだ俺は! お前はしょっちゅう惚気ているから分からんだろうが……! 俺はあんなテンションで会話をしたことなんか今まで殆ど無いっ! あの時、口から出ていた言葉なんか素面じゃあ言えんっ! 完全に黒歴史だ!」
「なるほど、今後数十年、指摘されては思い出してはじたばたするだろうエピソードと」
「そうだ!」
「やがて子供の前で嫁さんに指摘されて笑い話になると」
「そう――いや違う! 誰が隣にいるだ。さらっとボケるな」
「失礼した。でも僕はあーいうの好きだよ。御行氏は普段からちょっと我慢が多いと思ってる。模範たれ見本たれと振る舞うのも大事だけどさ。行動は、秘めたる情熱あってこそってねえ」
それ以上の言葉にはしなかったが、僕の頭の中には、鮮明なビジョンが浮かんでいた。幸せな家庭を作る御行氏&かぐや嬢、二人によく似た子供がいて、事ある毎に互いのエピソードを語るのだ。四宮家という高い高いハードルが両者の間にあったとしても、多分最後は、そこに落ち着くと思っている。……いや、思っている、という軽さじゃないな。確信だ。
願望が入っているのは認める。でもそうなると思う。千花も同意してくれるだろう。
さておき、御行氏が最も気にするのは、己の黒歴史でも、僕からの注目でもない。
かぐや嬢からの評価である。
あの晩の御行氏は、心底格好良かった。ハーサカさんと早坂愛が同一人物だと見抜き、彼女に千花のスマホを渡して会話を可能にし、己は自転車で迎えに行った。全て彼の発案で行動だ。
御行氏が持つポテンシャルと情熱の表れが、かぐや嬢への
その思いは、確実に届いている。
千花の元にスマホを返しに来た時、そのラブの波動を感知した。
かぐや嬢は『どっかの誰かさん達が惚気ているから、つい乗せられたのです』と話していた。
照れ隠しをしながらだった。僕も千花も『良かったですね』以上の言葉を言わなかったがバレバレである。
僕らの存在が間接的にとはいえ、二人の関係を好転させたのならば、それは嬉しくなる。
「気になるなら尋ねてみれば良いじゃん。かぐや嬢に」
「い、いや、それはアレだろう!? 俺の行動は格好良かったよなと煽ることにならないか!?」
「言い方が悪い、言い方が。そうじゃなくて感想を言えば良いじゃん。御行氏も楽しかったでしょ」
彼は少し考える。少し手の動きが遅くなった。
僕はそんな彼を横目に、生徒会室の荷物を整理していく。なんか妙に物が多いな、一体なんだこれは、と検分していると。
「遅れてすみませーん! 会長、今学期もよろしくおねがいしまーす!」
「お、おう、藤原……。と、四宮も…………」
「…………(ぷいっ)」
扉が開いて生徒会の女子達が入って来た。
呼ばれたかぐや嬢は、そっぽを向いてしまう。
ああ、これはまた面倒な事になりそうだなと思った。千花と目が合った。千花の目も『これは面倒ですよ』と語っていた。さてどうしたもんかね。喧嘩じゃないから難しい。
いっそ何も考えずに、流れに身を任せてみるか?
……そんな気楽な考えが、まさか、あんな
この時は。
◆
御行氏とかぐや嬢が、互いに上手に会話が出来ていない横。僕は段ボールの山を整理する。
生徒会の仕事には備品整理という物がある。春先には御行氏とかぐや嬢の二人が行い、ゴキブリ騒動を引き起こしたアレだ。
夏休み明けにもこれはある。夏休み中は生徒会役員だって学園に居ないのだ。対して部活は活動している。運動部も文化部も(超一流の私立には劣るとはいえ)それなりに頑張っている。社会人に休みは無いから、休み中に備品の手配をすると、それは
御行氏が窓を拭いている間、僕は申請リストと睨めっこしながら開封作業に勤しんでいた。休み中に申請された物、数週間放置されていた物もあるのでダンボールも結構、埃っぽい。
運動部の消耗品やら、文化部の高級品やらにチェックを入れていると、一風変わった代物を発見する。高さは70㎝から80㎝ほど。四角い土台の上に、ラッパ口のような金属が据えられている。これは――。
「――……蓄音機を発見した」
「なんですなんです? あー、レコードプレイヤーですか。どっから見つけてきたんですー?」
「其処の有象無象の山の中だよ。相変わらず整理整頓がなってない。誰だこれ注文したの」
「結構な年代物ですよ。んー、……最高級品ではないですけど……綺麗ですし、アンティーク的な意味でも価値あると思います。あ、此処に名前ありますよ。ペスカロロ学園長です」
「あの人のか。あの人、毎回生徒会に私物置いてくんだよなぁ……千花、これお値段は?」
敷地内はゲーム禁止に関わらず本人はポケGOやっているし、カップ麺を戸棚に保存して夜食を食べているし、ケーキを差し入れる題目で持ち込んでいるし。
恋愛話に現を抜かさず、雑誌の持ち込みは駄目デスよーと言う割に本人は破って読んでいる。
それで許される愛嬌があるのは流石だが。
――注文品の中に私物を置いておかないでほしい。
――本人はちょっとした倉庫のつもりだったのかもしれないけどさ。
「50万円から70万円くらいじゃないかと。音楽プレーヤーとしては今でも現役ですよー。そりゃ高級なステレオとかネットとかでも演奏は聞けますし、生のコンサートとは違いますけど、違うなら違うなりに味があります。うちにもレコードの山が保存されてますよ。いーちゃんの家にもあるじゃないですか、円盤の山」
「あれはレコードじゃない。レーザーディスクだ。親父の」
「……なんです? それ」
「ブルーレイディスクの前がDVDだけど、その前に使われてた大型円盤映像ディスク。昔は流行ってたらしいよ。ビデオテープの普及、レンタル店の進出に、プレステ2でのDVD再生可能技術とか重なって廃れた……らしい。僕も実際の映像を見たことはない」
「いーちゃんいーちゃん。プレステ2って私達、まだ幼等部になったばっかりです」
……せやな。僕らが今高校二年生で、2016年だからな。
GBAより後に生まれているんだと話題に上がったら、憂さんは愕然としていた。彼女はGBで初代ポケモン赤緑をやったらしい。発売当時の小学生は、今では二十台後半なのである。
何処でやったのかって? 拾ったらしいよ。湾岸戦争で爆撃を受けたGBが動いたという前例もある。ある時に拾った奴が普通に動いて、その中にカセットが入っていたそうだ。
「お前ら手が止まってるぞ」
「おっと、ごめんごめん。――レコードも見つけた、ほら。これ学園祭で使うような音楽が入ってるらしいし使ってみる? 学園長の備品なら変な曲が入ってるなんてことは無いだろ」
「音量下げてやってみますか。誰に迷惑かける訳じゃないですし。作業用BGMってことで」
学園長の物なら、丁寧に扱えば文句は言われまい。音楽を聴くための道具を、音楽を聴くために使うのだ。取扱説明書を読んで、レコードをセットし、針を落とす。
静かに回り始めた円盤から、豊かな響きの音楽が流れてくる。
自然、生徒会室の中の空気が和らいだものになる。御行氏とかぐや嬢の対立も、これで少しは解消が――。
――されなかった。
僕の見て居る前で、二人は距離を詰める――と思った瞬間、互いに擦れ違ってしまう。
それが二回、三回と繰り返されていく。
かぐや嬢は『会長の顔を素直に見ることが出来ません』とつい顔を背けてします。
御行氏は『黒歴史について弁明し信頼を取り戻さねば』と名前を呼ぼうとして躊躇っている。
(……これは上手くいきそうにないな)
どうすればいいんだ? と思っていたら、いきなりレコードの曲調が変わった。
(ええ!?)
フランス人の学園長が用意した物だ。風雅なクラシックかと思ったら――聞こえるのはカスタネットの音、ジャカジャカかき鳴らされるギターの音色。何故か聞こえるステップの音。
(……これスパニッシュ音楽!?)
なんでフランス人の学園長がスペイン音楽を聴いているんだと思ったが(そりゃ何聴いても自由だけど)。ともあれ、それで空気が変わる。物静かなレトロな生徒会室に、まるで熱情を掻き立てるような音が流れたのだ。
僕の頭の中では某フライトシューティングゲームMission18に流れる
これが生徒会で繰り広げられる
しかもなんかBGM付きで!
◆
立ち上がりは静かだった。穏やかではなく、これから火が燃えるような熾の音。安定した低音の上に、基本フレーズが乗っかっていく。三拍子、1・2・3というリズムが自然と歩調を変える。ファンダンゴ、明るく華やかな旋律が跳ねる。
単調な作業中、BGMがあると人間は集中しやすくなる。
窓ガラスを拭く、御行氏の腕が重なる。キュッキュッキュ、クックック、という具合に。
箒を掃く、かぐや嬢の音も重なる。シャッシャッシャ、サッサッサ、という具合に。
幾ら互いに意識をしていても、恥ずかしくて距離を開けてしまうと言っても、同じ波長で同じように動くと、自然と行動はシンクロするものだ。
……体育が下手で運動音痴な御行氏だが、僕は彼に付き合って特訓をしたことがあるとは前に話したと思う。一年生の頃、体操の授業に備えて、基本的な
とはいえ基本は出来ている。それを伝えてある。
音楽に乗っての作業は、御行氏の能率も上げた。
そして、僕ら以上に社交界での活動が多い、かぐや嬢だ。
不慣れな御行氏をリードするくらいは容易い。それこそ、彼の動きに自然に合わせて無意識の内に身体が完璧に乗る位には、ごくごく当たり前のように動けてしまった。
そうした幾つもの事象が重なった結果、御行氏とかぐや嬢の二人は、ふっと動きが合わさった。
まるで互いが向き合い、ワンオンワンで決闘するように、互いがぶつかり合う進路を取る。
先ほどまでは、まるで騎士が槍を繰り出すように、互いの武器を交差させるだけに留めていた。相手の射線から逃れ、ギリギリで回避する。人はそれをヘタレと呼ぶ。しかし今度は違った。
二人の足が同じように動き、同じように止まる。
真っすぐに歩いた互いは、そのまま互いに向き合って。
「……あの、会長。さっきから、既の場所で避けてますよね」
「いや、避けているのは四宮の方だよな?」
背後で音楽が激しく! カカン! とカスタネットの音が響いた時。
二人はほぼ同時に口を開いた。
ギターの音が合間合間で、雷の様に入り込み、両者の背中に白い光を走らせるっ!
カッ! というカットインの如く。ドックファイトの攻撃が言葉となって撃たれていく。
「わ、私が避けているとは、また見当違いなことを、言わないで下さい。さっきから何回も擦れ違っているのは、偶然じゃありませんよね。さては会長、照れていますね?」
「馬鹿なことを! 四宮こそ生徒会室に入って来てから顔を合わせていないだろう。白銀の行く路に逃げ道無し……! 逃げているのは四宮だ!」
「いいえ、逃げているのは会長です! 私が何故避けないといけないんですか!? 私に恥ずかしがる理由なんかありませんよっ!」
「それを言うなら俺にだって無い!」
バルカン砲の撃ちあい。互いの心に命中しながらも、両者譲らず……!
一時の呼吸を置く。同時に蓄音機からのBGMもコーラスに入った。
飛び跳ねるような音、クラップスタン、これから益々の高ぶりを迎えるだろう空戦。その兆しを見せるようなリズム音に乗りながら、二人の口調はヒートアップする。
僕は千花と鼻歌を唄いながら雑巾で棚を拭いていた。
思わず指と身体が跳ねるようなギターの音色に、足指で床を叩く。
夫婦喧嘩は犬も食わぬというが、この喧嘩は見て居て微笑ましい。良いぞもっとやれ。
「い、良いです。ならどっちも避けてはいないってことで良いでしょう!?」
「良いよー!? 別に恥ずかしがってなんかいないからな!?」
(どう見ても君達二人でいちゃついてるようにしか見えないけどねー)
何時もの僕らへの評価は横に置いて、そんなことを思っていた。
そうして互いに掃除に戻る。御行氏は
だが終わりではない。
激しい音ではなく、叙情的な水のようなフレーズに。それらが徐々に曲調を変えてくる。主旋律が低音から高音に、チャージされるようにテンションが上がっていく。
そしてそれらが頂点に達しようという時。
再び、二人はぶつかった!
それも今度は回避をしなかったのではなく、互いに真正面から逃げなかったがために!
至近距離で、どん、と!。
「「………っ!!」」
互いに息を飲んでいた。BGMは空気を読んでピッキングが入った。
僕と千花も、思わず手を止める。その先がどうなるのか気になってしょうがなかった。箒が御行氏の身体にぐいっと食い込んで痛そうだ。
暫し二人が固まった。そのまま、互いに顔を合わせることも出来ず――かぐや嬢は御行氏の胸元近くで俯いている。その様子を見て、御行氏も悟ったらしい。
『ひょっとして四宮も意識しているのか……? 痛いと思われていないのか……?』と。
そのまま膠着する事、数十秒。
まず、御行氏が口を開いた。連続していたピッキング音が止まる。
「し、四宮。花火大会だが、……た、楽しかったよな!?」
御行氏が背後を取った。バルカンではなく大型ミサイルを発射する。それは確かにかぐや嬢に命中! 彼女がドキッとしたのが僕と千花には分かった。
先の僕が提案した通り、彼は言葉を絞り出したのだ。
自分の黒歴史を嗤われないように話題を振ったのだ。
言葉と同時BGMが再開された。カカカッ! とスタッカート混じりの格好良い音調に。
それは二人の持つ、心臓の鼓動を表す様な跳ねる響きだ。
「か、会長。その、花火大会、わ、……私。言いたいことが、あって」
「……楽しくなかったか?」
「い、いえ! 違います! そうじゃなくて!」
勢いのままに、かぐや嬢は、すうと息を吸った。
音楽はいよいよ一番の盛り上がりに向けて流れている。複雑に下がり、上り、下がり、再び上がる。その繰り返しが行われた後、かぐや嬢のテンションは最高潮に。
操縦桿を握った戦闘機が、そのまま一回転。マニューバ・クルビットの様に直ぐ様に御行氏の背後を取る。そしてそのまま彼に『
逃げちゃ駄目だと自分に言い聞かせながら、意を決して吐き出したのだ!
「――あ、ありがとう、ございます。私も、……楽しかったです!」
その一言が、御行氏に直撃する。
彼の全身が、火を噴いたように赤くなり、煙を吹く。燃え上がったのだ。クライマックスを向かえた
――この一騎打ちは、かぐや嬢の勝利ではないだろうか?
――だがしかし、御行氏も負けては居なかった。
崩れ落ちる最後に、かぐや嬢の手を取り、自分の方に引き寄せると、悪足掻きを放つ!
「し、四宮が希望するなら――次を考えてやらんでもない!」
「えっ」
「は、花火大会は終わったが! 四宮の考えを読んで、希望を聞くくらいで良いなら、……幾らでも、やってやる……! ……
最後にちょっと日和ったが、その連射は、かぐや嬢に命中。
心を爆発炎上させる。
BGMは激しい音と共に終幕を迎える。余韻が響いて、徐々に生徒会室に静寂が戻る。
はう、という声にならない声を上げ、かぐや嬢は頬を赤く染めて固まった。
言ってから限界を迎えたのか、御行氏は慌てて距離を取ると、そのまま背を向けた。
「い、いや、何でもない! 忘れてくれ! 俺は部活連に顔を出してくる!」
「あ、ちょっと会長! 今のもう一回! 待って下さいー!」
駆けだした御行氏を追う、かぐや嬢の顔は、妙ににやけていた。
見間違えではないだろう。
……花火大会の影響が、良い感じに実って、良かったよ。
◆
さて、そうなると自然、生徒会室には、僕と千花だけになる。
さっきまでの我らが上司二人の会話を見て居て、僕らはちょっと当てられていた。
何となく距離を詰める。互いに無言のまま、何となくだが。
そして何となくだが手を絡める。
「……生徒会室でいちゃつくのは初めてじゃないけど」
「ちょっと落ち着かないですね――むずむずするっていうか……」
関係が深まったおかげで、二人きりになると――平たく言えば、
公衆の面前で一線を越えないだけの理性はあるが、その理性が外れやすくなっているのは確かだ。互いの実家には関係が判明している今、密かに夜半に訪ねて行っても通してくれる状態である。
箍が外れている、とは言わない。
だが常に距離を縮めていたい感情が支配しているのは確か。
無言のまま、指が恋人繋ぎになり、腕が絡まり、胴体が密着する。
「……掃除しないといけないよね」
「はい……」
言葉では言って居るが、行動は伴ってない。
制服姿の千花は久しぶりだ。服の合間から除く、日焼けをしていない白い肌に目が吸い寄せられる。何となく指を伸ばして、首元に触れた。
「にゃふっ……!?」
「あ……御免。……こう、撫でたくなって……」
「い、いえ。良いですけど。一言掛けてからにして下さい……」
胸ポケットから髪留めのゴムを取り出し、後頭部でポニーテイルに結び直す。
そして『さあ、どうぞ』と言わんばかりに、うなじと顎を差しだした。――まあスキンシップならセーフ。セーフだよな、と思いながら、其処に手を伸ばす。
猫を宥める様に、その顎の下をゆっくりと。
そのまま口で甘噛みしたくなった。
生徒会室でという若干の背徳感も合わさって、気分が昂ぶ――。
「こんちゃーっ……す?」
「うおおおうう!? ひひひ久しぶりだな石上!?」
「なわわあ、ひ、ひひ久しぶりですね石上君!?」
――と行動する寸前に、石上が入ってきた。
咄嗟に飛び離れ、今の状況を誤魔化すように声でかき消す。二人揃っての慌てた態度に、彼はジト目になって『どうせ惚気ていたんでしょう』と言いたげな目をした。が、そのまま突っ込まず、冷静なまま、半端に放り出されていた掃除用具を拾いあげた。
「久しぶりって程久しぶりじゃないですが、今学期もよろしくお願いします。それと」
石上は入口扉の方を示した。
「お客さん、来てますよ」
視線を向けた先には、見覚えがあるデコがあった。
◆
「今、御行氏とかぐや嬢が、互いに顔を真っ赤にして出て行きマシたね。何が?」
石上と部屋前で合流した津々美が訪ねてきた。
少し前に生徒会から出て行った、御行氏達を目撃していたらしい。
「いや、夏休みのイベントの話をしたら、互いに恥ずかしくなって、勢いのまま走り出しただけだよ」
「互いにですね! 青春って奴ですね!」
誤魔化しも込めて大声で説明する。
石上が来たことで冷静になった僕らは掃除を再開した。
荷物の整理は大体終わった。蓄音機も演奏が終わっている。針を上げ、レコードを仕舞い、貴重品として部屋の隅に隔離しておく。掃除は半分くらいを終えたところだった。
石上に雑巾を渡す。序に手が空いている津々美にも箒を渡す。手伝って貰おう。
「イベントデスか?」
「うん。生徒会メンバーで花火大会を見に行ったんだよ」
津々美は、藤原家のバイトと、バイト終了後のお疲れ様でしたの労い会と、実家から別居するための引っ越し準備等で居なかった。僕と顔を合わせ難かったのもあるだろう。
「会長の気遣いが、本当炸裂したんですよ。……四宮先輩の気持ち、僕は分かります」
石上も、御行氏の全力に救われた人間だ。言葉には重みがあった。
「それで津々美は一体何の要件?」
長かった髪をばっさりと切って、眼鏡も四角い縁のないタイプになった津々美に問いかけた。
デコだけはそのままだが、大きくイメチェンをしたのだ。
新学期になれば嫌でも顔は合わせる。教室で遭遇して――何とか普通に会話にはなった。
あの天文台での一件以後、彼女との距離は
クラスの中では『何かあったんだな』と話が出たが、津々美は上手く『ちょっと失恋しただけデスよ』とだけ告げ、他は隠しきった。邪推してくる相手は居ないらしい。
まー翼君……田沼翼(物凄くチャラい姿なった)に比較すれば、彼女の変化は全然普通だし、今の姿形もなかなか似合っている。だから少し安心している。
「それで、何かあった?」
「岩傘サンに話がしたいと後輩が」
名前も、調から岩傘へと戻った。彼女なりのケジメなのだろう。僕は止めなかった。
後輩。津々美の後輩。それが誰を意味するのかは分かる。
「……下らない要件なら叩き出すぞ、イクサ」
「嫌われた物だね、くふふ」
顔を出したのは、あの厄介者だ。
当たり前だ。夏休みの一件を許した訳じゃない。どうやって好きになれというんだ。
花火大会の日、かぐや嬢の手伝いをしたらしいが、それで罪状が帳消しにはならないぞ。
僕の鋭い視線に、彼女はまあまあと宥める様にして、生徒会のソファに座る。
此処は生徒会でお前が客人なのだが、態度がデカい。御行氏とかぐや嬢が居なくて正解だった。
話を聞くのも手を動かしながらにしよう。
図々しい客人に、手伝えと箒を投げ渡した。
彼女はやれやれと言いながら立ち上がって、作業を始めた。
「此処で色々と隠していた事情を、語ろうかと思ったのだよ。詫びも兼ねて」
「有益な情報なんだろうな」
「そりゃ勿論。《R・F》の話に、かぐや姫の話まで、勢揃いだ」
「……岩傘先輩。僕も聞いてて良いんです?」
「良い。例の『チクタクマン』事件にも関わりがある話だ。好い加減、僕だけで抱えるには面倒すぎる。生徒会全員で共有して解決を目指したい」
かぐや嬢には、半分ほど話したんだがね、とイクサは切り出した。
手には箒を持ったまま、口元の笑みはそのままに、目だけは真剣だった。
ならばしょうがないか、と自分に言い聞かせ、僕は続きを促す。掃除をしながら。
「ではまず端的な部分から言おう。――《R・F》は、私の兄だ」
いきなりの爆弾から始まった。思わず手が止まる。
彼女に注視する全員の目が、懐疑的で、訝しんでいたのも無理はないだろう。
「兄の狙いは
衝撃をそのまま、灰色女は連続して爆弾を投下させる。
先ほどまでがドッグファイトだとするなら、これは空爆である。
イクサは告げたのだ。『不老不死の薬』は
「私は、君にそれを
――天に上ったかぐや姫を偲び、帝は泣き止むことは無かった。
――『彼女が居ない世界で、どうして長生きする意味があろうか?』。
――嘆いた帝は一人の男を召した。
――彼女の残した不死の薬を、最も高い山で燃やしてくれ。
――その男の名を――。
「なるほど。話は分かりました。やれたらやりましょう。ね、いーちゃん」
「え? ……ああ、うん、そうだね?」
考えこもうとした僕の意識を、千花が引き戻した。
イクサのことは「そうなんですかー」くらいの感覚だった。
「そうです! 話は半分くらいしか分かりませんが! イクサさんの話より大事な事が沢山ありますよ! ボーっとしてたらあっという間に時間は過ぎてしまうんです!」
言葉に、はっと自分を取り戻した。
そう、千花の言う通りだ。その通り!
所詮は、ちょっと危ない事件が近くで起きるかもしれないだけ。
口ぶりからすれば、前みたいなSAN値が減るようなイベントはまず起きないらしいし。
というかこれ以上、変なファンタジーイベントが起きて貰っても困る。それはNoThankYouだ。
え? 川沿いの土手まで走っていった? 周囲の皆が後を追いかけて大騒ぎだった?
それは急いで追いかけねばならないな。
イクサの言葉が真実だろうが、今は些細な事だ。
なんか役目があるとか言われた気がしたが、知るか。
巻き込まれたらその時考えよう。それくらいで十分だ。
生徒会が終わり、卒業するまでの間、僕はのんびりと千花達と惚気ながら過ごしたい。
その邪魔が入るならその時に考える。取り返しがつかない状況になる前に先手は打とう。だが優先順位を変えるつもりは無い。
第一はLove。
邪神相手の諸々なぞ四の次か五の次くらいで十分だ!
会長と副会長に、負けてはいられない。
あの二人を後押しし、あの二人の見本になる。御行氏・かぐや嬢という、不器用な、手のかかる子供達を導くのが、先達たる此方の仕事なのだから。
「……あの、私の言葉、聞いててくれたかい?」
不安げなイクサに対して、僕は頷く。
うん、聞いてた聴いてた。大丈夫大丈夫。きっと何とかなるよ。
その《R・F》氏の狙いやら、対象への感情やらは、どうせこれから知っていけば良い。
その時に、いざ対面した時に、負けないだけの経験値を――千花とのラブ・コネクションを――積み上げておけば良い。たったそれだけの話じゃないか。
僕の言葉に、石上は呆れて、千花は『それでこそです!』と頷いた。
「そういう訳で、二学期も惚気よう」
「はい! 今まで以上に一杯しましょう、いーちゃん!」
僕と千花の惚気は、まだまだ続くのだ。
こうして二学期の幕は開く。
夏休みのドシリアスはもうやりたくない! 明るくやるよ!
因みに投稿が遅れた理由は、提督業とか、TS男子&魔女で戦ってたりとか、腸を破壊されて入院とか色々ありました。皆さんも健康には十分ご注意ください。
次話ですが、インド異聞帯の空想樹を切り倒して、フレッチャーと石垣を拾ってくるので、少しだけお待ち頂ければ。
冒頭でも触れましたが、頂いた感想数が100を超えました。筆者の励みになります。今後とも頂けると飛び跳ねて喜びます。
ではまた次回!