『なんかもう生徒会室が愛の巣になっててどうすんじゃ』
良いぞもっとやれ。私も頑張って濃度あげなきゃ。
という訳でどうぞ!
さる平日の朝。
居間に顔を出すと、まず和食の匂いが漂って来た。
おはようございます、と挨拶をすると、三人がこっちを向いた。
僕の言葉に、おはよ、と荒っぽくはあるが返したのは、
既に食事を終え、制服に身を包んでいた彼女は、他二人に挨拶をすると、僕と入れ違うように部屋から出て行く。あの様子だと、通学しながらランニングをし、そのまま部活の基礎練習に参加すると言ったところか。
昔から僕への当たりは強い。千花との関係が進展したことを知って以後、彼女の態度は、まるで汚物を見るような目になっている。……お年頃なのだろう。
ただ藤原家の皆さんとは仲が良いので、これは其処まで気にしていない。挨拶はするし。
「おはようございまーす。はい、朝ご飯出来てますよー」
すすっと白米、お味噌汁、野菜、魚の煮付けと運んできたのは千花である。
既に制服だったが、彼女は上に割烹着を着込んでいた。見れば部屋の椅子に、鞄が既に置かれていて、これは僕の家からそのまま通学という魂胆だ。
配膳と同時に『どうぞどうぞ』と促される。
椅子まで曳かれたなら、断るのは悪い。そのまま着席した。
普通のエプロン姿も良いが、割烹着姿も良い。あまり激しく自己主張をしない色合いが、本来は自己主張の激しい体付きを上手に隠している。着痩せして見えるのだ。うーん、抱きしめたい。
台所に立っている彼女を後ろからしっかりと――というアレだ。
「いーちゃんが何を考えてるか分かりますよ? 裸エプロンとかして欲しいんですよね?」
「其処までは考えてない! ――してくれるの?」
「み、水着エプロンくらいなら……」
ふむ、まだ残暑は厳しい九月だ。無茶な注文でもないだろう。
会話をしていると、くすくすと僕らを見て笑う声が一つ。部屋に居た最後の女性だ。
「……おはよう、ございます。
「ええ、おはようございます、調さん。また夜遅くまで本を読んでいましたね? 寝不足にはならないように注意してくださいね」
「……気を付けます」
三人目の女性。つまり僕の義母。親父の再婚相手。名前を
かなり厳つい名前だが、ちゃんと女性である。
破天荒な我が生みの母:
身体もあまり丈夫ではなく、病みがちなことも多い。温泉旅行は療養も兼ねているのだ。
とはいえ日常生活を送るには不自由がなく、出来る範囲で家の事もやっている。
料理の腕は特に優れていて――憂さんは洋食・中華・エスニック等が得意だが――和食に関しては抜群の腕前だ。今日の朝食は、彼女の指導の元、千花が用意をしたらしい。
「この
「じゃあ一緒に食べよう。……雷光さんも」
「はいはい、ではでは。お義母様もご一緒にどうですか?」
僕と千花のほぼ同時の問いかけに、彼女は『お邪魔じゃない?』と首を傾げたが、勿論、そんなことはない。僕の隣に千花が座り、彼女は向かい合うように座った。
そして両手を合わせて、頂きますをしてから、食べ始める。
「そっか、そういえば家庭科では魚を捌くって話がちらっと出てたな……。その練習?」
「いえいえ復習です。三枚降ろしは勿論、二枚、四枚、五枚、皮引き、生け締め……烏賊や蛸、穴子みたいな奴までマスターしてますよー」
「家庭スキルが高い嫁さんが居て僕は果報者だなぁ」
花嫁修業。千花はなんか凄いことになっている。
万穂さんが『何時、お嫁に出しても恥ずかしくないように』とあれこれ指導をしている。加えて岩傘家の女性陣は全員千花と仲が良いので、一緒に作業をして、あれこれと教えている。
そういえばちらっと……柏木さんがマスメディア部から――お味噌汁の作り方を習ったみたいな噂を耳にしたが、千花はあれにも負けていない。
炊事洗濯、裁縫、掃除、教育等々。……最後のは主に生徒会に入ってから開花した気がしなくもないが。御行氏という子供の世話で。
後は実際の子供が生まれたらの話になる。それはそんなに遠くない話でもないだろう……。
「…………」
無言のまま、隣で美味しく魚を食べている千花を見る。
そのまま上から下まで見る。
元々女性らしいが、一線を越えて以後、色っぽい眼で見る僕が居た。
――これを抱きしめて、いちゃこら、あれこれしたんだよなぁ……。
――こう、捕まえて……運動して……。
「調さん、手が止まってますよ」
「おっと……」
慌てて顔を戻して再開する。
「やっぱり親子ですね。古読さんも昔から、好きな人への目線はかなり情熱的でしたから」
「
「姉さんと、私との両方です。熾烈な戦いがあったのですよ」
……さて、暁母さんと、雷光さんと、親父の関係を此処で公表しておこう。
暁さんと雷光さんは姉妹なのだ。だから本来なら、雷光さんは僕の叔母に当たる。
経緯としては簡単だ。熾烈な姉妹の争いの末、親父と暁母さんが結婚し、雷光さんは引き下がった。しかし暁母さんは海外特派員として飛び回っている最中に、行方知れずとなった。
結局、暫くの後、憂さんが家に来たことで、彼女の生存は確認されたのだが――。
それまでの間に、雷光さんが、親父に猛アプローチをかけた。妻を亡くして失意の内にあった親父を慰めたというのもある。
結果、僕の親父は、姉妹揃って手に入れたのである。
……こればっかりは擁護をするのが難しい。
いや、うん、親父を尊敬している部分も多いが、尊敬できない部分もあるのだ。
社会的立場故、お妾さんを囲ってもフォロー出来るだけの金と力があったという事。
元々の姉妹関係は良好で、よく見るエロゲー的な姉妹セットルートが実行できたという事。
周囲の人間も納得(説得までに時間がかかったが)したという事。
親父と、雷光さんとの間には、子供が出来なかったという事。
こうした点が何とか良い具合に作用して、再婚という形に落ち着いた。
今でも姉妹の仲は良いので、騒動には発展していない。
……良く勘違いされるが、
彼女は暁母さんと親父の間に生まれた子だ。DNA鑑定もして確認している。
一体何時仕込んで、何時産んだのか……と僕は首を傾げているが、確実に同じ血が流れている妹であることは間違いない。
「……僕は其処までは出来ないので」
僕が、豊実姉や萌葉ちゃんとの距離に注意しているのは、これが理由にある。
親父とは仲が良いし、あれこれと会話するのに問題はない。が、姉妹揃って手に入れたという部分だけは僕には――割と複雑で、見習ってはいけないなと思っている。
確かに豊実姉、萌葉ちゃん、どっちとも仲は良い。だが仮に彼女達からアプローチがあったとしても、僕は丁重に断る。そんなハーレムとか無理。絶対に無理。
「お姉さま、いーちゃんの事を結構に気に入ってますけどね。多分、誘えば寝れますよ」
「止めて。そういうの止めて。海の時だって煩悩消して接するの意外と苦労したんだよ。この点だけは譲れない」
豊実姉の『お気に入り』という自覚はある。ヒエラルキーが既に構築され、逆らうのは難しい。
だけど彼女から誘惑されても、僕は突っぱねる。魅力的な人だとは思うが、それでもだ。
割とちゃらい上に雰囲気も軽いから、良く男のターゲットにされる。貞操観念はしっかりしている人だから良い具合にあしらっている。そんな彼女から真面目に誘われるという点は――そりゃあ嬉しいが、嬉しいで終わりだ。
萌葉ちゃんだって同じこと。
水着のまま肩車は出来ないし、ペスすらも藤原家に居ない頃(幼等部の頃だな)には一緒に入浴した記憶も朧げにあるが、とてもじゃないが今現在、激しいスキンシップは出来ない。
「というか千花は良いの? 豊実姉とか萌葉ちゃんとかと深い仲になるのって」
「嫌ですよ。いーちゃんは私だけの物なので、離す気はないです」
「その答えを聞いて安心した! 僕も千花以外は選ばないから。問題は無いな」
雷光さんは、あらあらと笑っていた。
僕と千花の関係は、彼女にとっては微笑ましく、羨ましい物なのだろう。
そうしなさいな、という無言の言葉が、僕らの幸せを応援してくれるようだった。
「さて、ご馳走様でした。――学校行くか」
「行きましょー。では十分後に玄関で」
「では、調さん、お弁当を持って行って下さい。今日も腕を振るいました」
「ありがとうございます。頂きます」
高校生になって、ようやっと雷光さんを『母』なのだと認識できるようになった。
『もう一人の母』。血は繋がっていないが、この人とちゃんと向き合えるようになった。
暁母さんは好きだが、雷光さんも好き。
家族という枠組みで言うなら、それで良いと思っている。
(……しかし『暁』の娘が『響』で、暁の妹が『“雷”光』って、なんというか……)
母方の祖父祖母は既に鬼籍に入っている。
だから何を考えていたか、どんな意味があるのか不明だが。
感性を疑うネーミングセンスだと思う。
今の時代ならまだ許容できても、昔ではさぞ浮いていたんじゃないか?
◆
授業も終わり、生徒会室に足を運ぶ前に、僕は技術開発部に顔を出した。
頼んでおいた修理品の引き取りだ。
「お邪魔するぞ。津々美、頼んでいたプロジェクターの修理、終わってる?」
「くふふ、先輩は席を外している。が、修理の話は聞いている。その三つ目の段ボールだ」
「それはどうも」
総会に限らず何かと役に立つプロジェクター。最近、調子が悪いので修理に出していた。
豊富な予算を持つ我が学院とはいえ、何かあったら即座に買い替える訳では無い。修理できるものは修理する。昨今は部活動の予算に限らず、無駄使いは厳しく咎められる。石上の目も厳しい。
「変な悪戯をしてないだろうな」
僕の目線に、灰色女は「してないしてない」と手を振って否定した。
「した方が良かったなら今からでも仕込むけどねぇ?」
「するな。二学期は一学期以上にイベントが多いんだ。余計な手間を増やすな、
僕がそう呼ぶと、イクサはさっと目を逸らした。
エクレール。この女の本名である。
考えても見てほしい。イクサ・クルーシュチャという名前が、本名の筈がないではないか。
二学期開始時の掃除の際、彼女が訪ねてきたが、その時に確認をしておいたのだ。
あの時の彼女の話を、箇条書きで纏めるとこうなる。
・犯罪者『R/F』はイクサの兄。リリアナ・ファリンはその相棒。
・その頭脳は化物であり、一国が全力で保護している為、まず情報は出てこない。
・イクサにも行方は掴めず、命令に従うしかない力関係だったが、リリアナは天文台で撃退。
・二人の狙いは『不老不死の薬』。それを使いたいらしい。
まあ、ざっとこんな感じだ。
『不老不死の薬』。
名前だけを聞けばオカルトアイテムだが、古今東西、名前も研究も山ほどある。
ベニクラゲの生態は一昔前に話題になったし、テロメア/テロメラーゼを科学的に制御して寿命を延ばそうとする試みはある。
それに『不老不死』は言い過ぎでも、例えば10年20年と寿命が延びる薬品ならばあり得る。
想像をしてほしい。
江戸時代の平均寿命は約30歳。これは乳幼児・子供の死亡者が多いから正確な数字ではない。裕福な生活をしていた将軍家で、大体50歳くらいだというから、一般平民もこれくらいか、これよりちょっと低いくらいだろう。
此処では適当に50歳としておく。
で、今現在の日本人の平均寿命は、80歳から85歳。生活環境の改善、子供の生存率上昇、食事・医療などの大きな発展で30年延びた。この30年という数字は大きい。江戸時代の人間が知ったら『未来では大勢が30年も長く生きるのか』と驚くだろう。
同様で――例えば平均寿命を100歳とか120歳に延ばすような薬があったら、それを『不老不死の薬』と呼んでも嘘ではないと思うのだ。
さておき、そんな話をして、イクサからの情報を引き出した後、僕は切り出したのだ。
「お前の本名を教えろ」
逃げるなよと目に力を籠めると、イクサは参った参ったと言いながら降参のポーズをした。
「偽名だとはバレたのか。一応カリテックの名前も改竄しておいたんだけど」
「本名で通すには無理があるだろう。むしろあれで誤魔化せると思うな。――そっちが助力を欲するなら、相応の態度を見せるのが筋だろう。お前は前科が多すぎる」
僕の指摘に全くだ、と肩を竦め、彼女は本名を名乗ったのである。
「エクレールだよ。エクレール・ド・サヴァリス・クラヴリー。頭文字を取ってイクサ、さ」
フランス人らしい名前だった。――初邂逅がフランス交流会なのだから当然だった。
まあそんな訳で、イクサは一先ず大人しい。また変な暗躍をするかもしれないが、その時は容赦しないと、僕のみならず千花やかぐや嬢まで頷きあったのである。
プロジェクターを抱えて、生徒会室に向かいながら、ふっと頭に考えが過る。
イクサ。本名をエクレール。フランス語で、意味は「雷」。
……妹。響の通り名は『通りすがりの雷娘』。
妙に符丁が合うな、と思った。
◆
それから頼まれていた諸々を買い込み、段ボールを抱えて生徒会室に戻ると――。
生徒会室の前で、大勢が扉から様子を伺っていた。
「御行氏だけじゃなくて皆集まって、何をやってるんだ……?」
「あ、いーちゃん静かに! 静かに! 中で柏木さん達がいちゃ付いてるんですよ!!」
御行氏と石上、その後ろにかぐや嬢と千花。そして早坂愛。
花火大会の日、御行氏が、早坂愛=ハーサカと見破ったことは話したと思う。その結果、彼女がかぐや嬢の家で働いていて、学園生活でもフォローしていると判明してしまったのだ。
結果、かぐや嬢は取り繕うことも無く、早坂を生徒会室役員の前に連れてきた。
特に役職は無いが、かぐや嬢の補佐として(少しだけだが)手伝いを任される様になった。
勿論、生徒会役員以外には極力、その正体を出さないように、と暇を見つけての手伝いで――9月末で、この67期生徒会は解散となるから、それまでの約一月の間、ちょっと人出が増えることになっただけの話、なのだが。それでも早坂が顔を出すようになったのは事実である。
「早坂まで居るし。止めないで良いの?」
「貴方も気になるのでは?」
まあ、気になるけど。分かるけど。
そそっと生徒会室を除くと、柏木さんと翼君は、仲良くしていた。
しかし翼君、随分と格好がちゃらくなった。夏休みで色々な経験をして変化したのは分かるが、ちょっと軽すぎる。髪の色違うし、髪型違うし、ピアス穴まで開けている。校則違反はギリギリしていない。
『神ってるカップルってのはですね、二人きりにするとアホな行動を取り始めるんですよ!』
そのあまりの変貌ぶりと、恋愛相談という名の惚気相談を前に、一時生徒会室を預けたと。
石上が主張し、果たして二人が何処まで進展をしたのかと確認をするのが目的だそうだ。
……なるほど。趣旨は理解した。
「かぐや様、この場合の神っているというのは恐らく、神聖な行いで――」
「え、セッ――」
などと耳打ちされていた。千花はスルーである。
そりゃ経験済みだから照れることはないだろう。こういう時、女は強い。
「じゃ負けてられないな。千花、ちょっとお邪魔するか」
「はい? え、そこ張り合いますか?」
「張り合う。悪いが学年一の惚気るカップルの座は譲れない」
「初めて聞きますよその称号! ……まあ、付き合います、けど!」
言いながら、僕は千花を引っ張って生徒会室に入ったのである。
◆
丁度二人は恋人繋ぎから、頬へのキスをしている最中だった。
こっちを見るが、気にせずどうぞ気にせずどうぞと促して、そのまま窓際の方に。
生徒会長の机回りでいちゃこらするわけにはいかないし、来客用の机と椅子を柏木カップルが支配しているなら、僕と千花が惚気れる場所は窓際だけである。
良い具合に引き寄せて、千花を腕の中に抱え込む。
丁度、朝とか、こうしたかったんだ。あの時の気持ちのまま行動に移しただけである。
「……イニシアチブ……」
「はい?」
「カップルの形は様々だけど、僕と千花なら、基本僕がペースを握って、千花が逆転をする事もある」
腕の中に確保したまま、髪から背中を撫でる。
千花は千花で、もうちょっと良い姿勢を、と身動き。
僕の右半身に身体と顔を寄せるような姿勢になる。
元々柔らかくて甘い香りがしたが、女性らしさというのか、その柔らかさが溶けるような感じに変わっている気がする。女性ホルモンの活動は肌艶や髪、体温なんかに影響するというが、まさにそれ。
「向こうは……柏木さんがペースを握ってるらしい……」
「冷静に指摘する当たり、流石ですね広報さんは」
くすっと笑って、柏木さんが顔を上げる。
思えばこうして彼女と会話をしたことはない。此処は少し、互いの自慢話といこうじゃないか。
自然、彼女と僕の間に、火花が散った。
互いに悟っていた。
――関係、進展しましたね? 広報さん。
――そちらも、行くところまで行きましたね? 夏休みで。
まあ、でもそれに触れるのは無しだ。
下手に触れると、確実にこっちの進展まで生徒会にばれる。……別にばれても良いけどさ。約束事、秘め事は、秘密にしておいた方が価値は上がるのだ。二人だけの秘密とか素敵じゃん。
「翼君の雰囲気が変わったのは柏木さんが話したのかな?」
「ええ、私がぽろっと言った言葉を素直に聞いてくれたんです。ちょっとワイルドな人が好みっていったら合わせてくれて……。素敵でしょう? 合わせてくれるなんて」
「良く分かる。今朝とか千花が割烹着姿だったけど、何年後かには裸エプロン姿とかやってくれると思う。そういう互いにお願いし合うって良いよね……」
「分かります。良いですよね……」
互いに頷きあう。
「ちょ、ちょっといーちゃん、何を! そんなもう、それじゃ私が痴女みたいじゃないですか」
「嫌? というか提案したの千花からじゃん」
「いえ、嫌ってんじゃないですけど! ――まあ、いーちゃんになら良いかなって思いますけど! そーいう誤解を招く言い方はですね! 良くないと思うんですよ! まるで私が
「違う。僕の前でだけそういう姿を見せてくれれば良いっていう話だよ。――柏木さんは翼君から何か頼まれたりとか無いの?」
「そうですね……」
バンバンと身体を叩かれるが痛くない。千花も加減している。
生徒会室の外からの視線は告げていた。
『お前ら(貴方達)の関係の進展具合を聞かされてるだけじゃないのかコレ?』
僕からの振りに、柏木さんは少し考えて、小さく首を振った。
「それが中々……。デートには誘ってくれるんです。夏休みだけで、結構、色々あちこち行きました。でもそこから先は焦らされるんです。私の方から欲しがってやっとです」
「アドバイス貰うまで自分からアプローチも出来なかったからねぇ」
「いやだなー、酷いですよ広報も、渚も。僕は気を使ってただけですって。ガツガツして傷付けたくないじゃないですかー」
「それは分かる。では此処で千花、反論をどうぞ」
「え!? ……ええと、それじゃ」
へらっと笑って気の抜けた笑顔で告げた翼君だった。
なるほど、その意見も分かる。確かに僕もその辺は気を使う。
なので、ここは彼女に任せよう。
任された千花は、こほん、と軽く咳払いをした上で返す。
「ええと、確かにその意見は分かります。ですけどね、こう」
何を思い浮かべたのか、千花は頬を染めた。
「……傷を負わされるって、良いですよ?」
顔に手を当てて、いやんいやんというポーズである。
生徒会室の入り口では『どんな意味なの早坂!? サディスティックって奴!?』とかぐや嬢が慌てている気配があった。頑張れ早坂。
が、それはスルーだ。全員意図的にスルーをして、話を続ける。
「いえ、こう、好きな人から忘れられない傷を貰うって、ちょっと良いじゃないですか。一生の傷ですよ。『あ、付けてくれたんだな、一生大事にしてくれるんだな……』って愛情、感じません……? 感じますよね?」
言葉に、室内の皆が同意する。
「分かる気がします。うん、勿論私たちは高校生だから、皆の考えてるようなことは致していませんけど」
「首筋噛まれるのとかも、一緒だね」
「そうです。そういう事です」
くすり、と微笑んだ柏木さんは、制服からちらっと肩を見せる。
そこには虫刺されのような跡が幾つか。
――普通の虫刺されの跡ではない。この時期、蚊が居るとは言っても、あんな風にはなるまい。
なるほど。どうやら健全に不純な関係が進展しているようだ。
「むむ、いーちゃん、今どこ見てたんですか?」
「千花と比較してた。――さて、そろそろ入り口に居る皆が限界そうだから、この辺で切り上げようか」
「そうですね。ふふ、藤原さんや広報さんとは、また実りが多い会話が出来そうです……」
立ち上がり、優雅に『お邪魔しました』と微笑んで、柏木さんは翼君を連れて退室していく。
帰り際、入り口に居た皆に声を掛けたようだが、どうも僕らの会話で処理能力が飽和していた一行は、まともな返事も出来なかったようだ。
『結局、あの二人は何処まで進展したんだ!? 分かるか石上!?』
『分かんねーっす!』
『ぷしゅう(倒れているかぐや嬢からは煙が立ち上っている)』
去り際の態度で分かった。
恐らく『頻度』という意味では、彼女達は僕らより上だ。
僕と千花は元々の距離感が近い。進展したと言っても、そもそものスタートラインが『一緒に昼寝くらいは楽勝』とか『パジャマのまま何もせずに寝るだけ』とかいう僕らと比較して、あの二人は『交際を始めました』という状態。それはまあ、関係の勢いは、向こうの方があるだろう。
千花は天使であり、同時にちょっとだけ小悪魔っぽい感じがあるが。
柏木さんは何というか、もうちょっと悪魔っぽい感じがあるな、と思った。サタン柏木。柏鬼。良い表現が思い浮かばないが――そんな感じだ。
「うん、でもまあ、惚気という意味では負ける感じはしないかな」
「ライバルではなく連携相手ですねぇ」
僕と千花は、見送った二人を見て、頷きあうのであった。
◆
で、今回の話のオチ。
「取り合えずお前ら、あんな風に惚気るのは生徒会室ではやるなよ?」
「そうです。流石にあの二人の様な行いを見過ごせませんからね?」
御行氏とかぐや嬢は、柏木さんによる連続攻撃からの復帰後、僕らにそう告げた。
息がぴったりだ。
「それは分かってる」
頷いた。――そして、同時に、何となく思ったので、口に出す。
「……例えばの話なんだけど、御行氏やかぐや嬢が、こう好きな人が居たとして、その相手と二人っきりだったとして、それが誰もいない生徒会室だったりしたらどうする?」
「何を馬鹿なことを」
御行氏が代表するように、はっきりと切り捨てた。
「俺も四宮も、仮にそんな状況になったとしても、絶対に生徒会室で不埒な真似はしない!」
「そうです。例えそんな状況になったとしても嗜めます。愛を告げるなんて以ての外!」
本当? 本当にそれ守れる? と思った。
仮に御行氏とかぐや嬢が両思いになった時、生徒会室で二人きりの状態で、それ守れる?
押すなよ? 絶対に押すなよ? みたいなフリを感じたのはここだけの話である。
「ま、良いや、取り合えずプロジェクターは修理終わったから回収してきた。あと、はい」
ビニール袋から頼まれていた雑貨を取り出して、並べて整理していく。
夜食のカップ麺を戸棚に隠し、宅配されたお茶菓子を並べ、夏休みの間に放置され劣化した文房具やら。ああ、あと大事な物を忘れていた。
「隠し部屋に、これ使おう」
「そんな場所あったのか!?」
我らが生徒会室には、隠し部屋がある。
その昔、学生運動が盛んだった時期――1960年代とか――に作成されたらしい。
湿気が多く、夏場は熱く、人が入らないので、その手の虫には最適な場所だ。
蒸気で蟲を駆除するアレ――「バル○ン」を取り出したのであった。
早坂「……邪魔な虫を排除できるらしいですが……どうせなら、何かと迷惑を掛けてくる邪魔なクリーチャー、対象Fや対象Iも排除できませんかね」
岩傘「それは効果の対象外じゃないかな」
対象Fと対象I……ではなかった。
フレッチャーと石垣は無事に確保。今回しんどかったです(資源的な意味で)。
インドの空想樹も無事に伐採完了。今回しんどかったです(尊さで。CCCプレイ済みには特に)。
さて今後はちょこちょこイベントを挟みつつ――
生徒会選挙篇と運動会の石上篇に向けて進めて行きましょう。
頑張れミコちゃん、原作以上に生徒会の壁は高いぞ!
ではまた次回!