幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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岩傘調は並びたい

 デートに置いて映画を選ぶのは、あんまり良い選択肢ではない、という意見がある。

 というのもだ。まず男女に置いて映画の好みが似通うか、という問題がある。出てくる俳優の演技を見るタイプの人が居れば、アクションを楽しむタイプの人も居る。万が一映画の中のヒロインに、男が目を奪われたとしたら、女性はあんまり面白くなかろう。

 次に暗闇の中映画に集中するので、ずっと会話が出来る訳ではないという問題がある。映画が退屈だったり、感情移入できなければ、その精神状態は、デートそのものに影響を与えるだろう。

 

 一方で、映画を見に行くのは悪くない、という意見もある。

 値段が手頃であり、映画終了後に意見を交換して会話の種にできる。天候や気温に左右されないし、運良く映画中に手でも繋げる物なら、その印象は映画後も継続するかもしれない。

 

 「ということで、運に左右される映画館……、会長と副会長は無事に入場できたようで」

 「そうみたいですねー、頑張ってチケットをプレゼントした甲斐があったってものです」

 「あとは二人の座席の問題……。……偶然、二人が隣り合う席になればいいんだけど……」

 「それは難しそうですねぇ?」

 

 気合が入ったコーディネートに身を包んだ、四宮かぐや嬢が、映画館に入ったのは五分前。

 御行氏といえばその十分ほど前にやってきては、うろうろと映画館のホールを彷徨っていた。彼自身は否定するだろうが、かぐや嬢が来るのが、楽しみであり、同時に『本当に来るのか?』と不安で仕方がなかったのだろう。

 

 幸い無事に()()()()(ここ大事)映画館で出会い、引換券の話をしている。

 箱入り娘で世間知らずのお嬢様:四宮かぐや嬢は、映画館の作法など全く知らない。オペラやクラシック音楽のコンサートとは違うのである。

 

 昨日、念のために事前に確認をしたら、本当に何も知らなかった。ペアチケットを持ってそのまま観劇するのではなく、それは座席指定を兼ねた入場券と交換しなければならないとか……、楽しむためにはポップコーンとドリンクが必須だとか……。そういうことを全然知らないのだ。

 

 正直、最初は、こっちで座席指定をしてしまおうか、とも思った。

 

 『実はー調さんと見に行こうかと思って、座席指定まで済ませてしまったんですけどー』

 『用事が入っていけなくなってしまったんで、二人に譲ろうかなと』

 

 そういう風にすれば、二人は自然と隣り合う席に座って映画を見ることになる。

 

 しかし……!

 だが、しかし……!

 お膳立てばっかりしては、彼ら彼女らの為にはならないのだ!

 そりゃあ今回は成功するかもしれない。しかし次に映画を見に行くと二人が考えた時、またこっちがあれこれ手を尽くさなければならないのは勘弁だ。いや映画じゃなくても良い。彼ら二人は、もう少し互いの自然な誘い方を勉強すべきなのだ!

 

 なのでしょうがない。

 此処はかぐや嬢を、間接的な方法で、応援することにした。

 

 「名探偵藤原、準備は良いな?」

 「アイサー、岩傘ワトスン博士。お任せあれですよ!」

 

 どこからか探偵御用達のハンチングハットを被って虫眼鏡を取り出した藤原千花。

 僕も併せて丸い帽子を被り、眼鏡を交換して、恰もドクターっぽい雰囲気を醸し出す。

 

 そして互いにサムズアップをして健闘を祈る。

 

 千花は会長の元に、僕はかぐや嬢の元に、互いの距離が離れた瞬間を見計らって近寄る。

 第三者として接触するのは不味い。偶然を装うのだ。かぐや嬢の後ろに並び、彼女が受付に入った後、その隣の受付に入り、自然な態度で注文をする。

 

 「すいません『とっとり鳥の助』一枚ください。座席はHの11で。……ああっと、これは偶然ですね、かぐや嬢。今日は映画ですか? 確か数日前『ラブ・リフレイン』を千花から貰っていたと思いましたが」

 「……貴方のその白々しさにはいっそ感心するわ。今日は藤原さんと一緒?」

 「そうですよ。デートです、デート。……かぐや嬢は、飽くまでも貰ったチケットが勿体ないから来ただけで、御行氏と映画館で待ち合わせた訳ではありませんよね?」

 「そうね。話が早くて助かるわ。……それで?」

 

 映画館の周囲に隠れて黒スーツの謎集団が潜んでいたり、早坂さんが変装して伺っていたり、明らかに下準備が完璧な癖に――映画の一般常識を抑えていない、微妙に頭が抜けている、かぐや嬢である。恋愛頭脳になるとトンチンカンすぎだ。

 まあまあ、とかぐや嬢を宥めて、スマホを取りだす。そこにはタイミングよく、千花からのメールが届いていた。内容は、簡潔。

 

 『12匹のペンギンG(グレート)って言えばわかりますかー』

 

 「……千花からのメールです。座席のヒントは『12匹のペンギンG』だと……」

 「ペンギン、ですか……なるほど」

 

 少し顎に指をあてて考える。

 座席指定に時間を結構に使っている筈なのに許されるのは、美人の特権だな。

 彼女の目は、映画館内をぐるりと回り、宣伝中のペンギンの着ぐるみで停止した。

 

 12匹のペンギンGとは、国民的人気アニメの一つである。

 主人公は「ペンたん」。今着ぐるみになっている可愛い奴だ。

 シナリオは「ペンたん」を筆頭とする合計12匹のペンギンがメインで進んでいく。

 全員ペンギンなのに見分けがつき、個性的で子供達に大人気。キャラボイスもやたらと気合が入っていて、渋い声から可愛い声まで勢揃いだ。

 初代は「12匹のペンギンG」。続編が「12匹のペンギンW」「12匹のペンギンSEED」「12匹のペンギン00」等々、色々と展開している。次回作は「鉄血のペンギン12」だったかな?

 この映画館でも劇場版が上映されていて、ゲーム機を持って来れば限定ペンタンが貰える。

 ……のだが、そんな知識を、かぐや嬢が持っているはずがないな。

 

 「主人公がペンたん……ペンタン……、つまり……化合物C5H12のペンタン!これね!?」

 「いや、流石にその想像をするのは貴方だけだと思います。G-12だと思いますよ素直に」

 

 化学物質ペンタン。

 発泡スチロールを作る際に使われたりしている。揮発性が高く、特殊引火物として消防法にも設定されていた筈だ。

 ……炭化水素は物理の履修範囲でも、ペンタンと言われてぱっと出てくるのは頭がおかしいと思う。僕がペンタンと聞いて返しが出来たのは、メールを受け取った後、wikiで即座に調べて話を合わせたからに他ならない。普通知らないです、そんな単語。

 

 「本当? G-12なの?」

 「だと思いますよ。化学式ペンタンでH-12を指定するなら、其処の売店で、何かお菓子でも買ってきて糖分補給が大事だ、とでも伝えた方が早いでしょう」

 

 こっちは履修範囲だな。理数系が苦手な僕でも記憶している。

 糖分、もとい人体で最も重要なエネルギー源ブドウ糖=グルコースの組成式は C6H12O6だ。

 既にC-6の席は埋まっているし、O-6は15列目で遠すぎる。残りはH-12となる。

 だが流石にデート……ではなく()()()()()(ここ大事)で、そんな面倒臭いアピールはしないだろう。……しない筈だ。秀知院のカップルは普通とは違う事も多いので断言はできないが、常識的な感性の御行氏は、そんな遠回しすぎるアピールはしないだろう。多分。

 

 「違ったら僕がかぐや嬢に恨まれるだけです……。後日、文句は受け付けるんで、早く決めましょう。後ろが迷惑をしています。僕も早く千花と合流したい」

 「……そうね、助言は聞いておきます。藤原さんによろしく言っておいて」

 「いえいえ」

 

 かくしてかぐや嬢はG-12のチケットを入手。シアターの中に消えていった。

 ほぼ同時に千花が戻って来る。かぐや嬢にG-12の席をおススメしておいた、と告げると。

 

 「そうですよねえ、私も会長が買ったのはG-11だと思います」

 

 と同意が得られた。うん、僕と彼女の意見があったのならば、多分正解だと思う。

 ここで捻って御行氏が本当に化学物質ペンタンを指定していたら、僕はかぐや嬢に逆恨みされるだろうが、僕も御行氏に対して若干の苛立ちを覚えるであろう。

 そんな僕の眉間に、若干の皺が寄っているのを見て、千花がツンとつついた。

 

 「まーまー、いーちゃん、そんなに心配しないでも良いですよ。今は私と映画の時間、複雑な顔してると私はちょーっと悲しいです。楽しみましょう! とっとり鳥の助!」

 「そーだね。後は二人に任せて、僕らはのんびりラブラブ楽しむかー」

 

 とっとり鳥の助、結構面白いんだよ。

 ゆるふわなシナリオかと思ったら、まさか三話で、実は鳥取県以外の地域が存在しないと分かった時のインパクトは凄かったね。

 

 ◆

 

 映画館終了後! 僕と千花は二人だけで街を歩くことにした。

 この辺は映画館を始め、色々な娯楽施設が集中している。僕らに限らずカップルと思わしき人々が歩いている。あ、早坂さんがまだ隠れて映画館の様子を伺ってる。頑張ってくれ。

 

 「少し考えたことがある。この前の車の中で話した話だ」

 「ほうほう? ああ、前みたいに関係を作ってくのはどうするかーって話ですか」

 「そう。それだ。流石に関係を進展させるのは……アレだよな?」

 「……あれですねえ」

 

 互いに何となく気恥ずかしくなって、顔を背ける。顔が赤い。頬が熱い。

 まだ早いっていうか勇気が出ない。ヘタレと呼ばれてもしょうがないかもしれない。だが男として、許嫁で、両想いで、結婚まで見据えていても、エッチに踏み切るのは覚悟がいるよ!

 

 千花も同じだろう。距離が近すぎて、このまま家庭を作る余裕はあっても、性交渉となると踏み込めない。であればどうするか。どうするか、と考えたのだ。

 

 「そこで考えました。今までやったことがある、恋人っぽいことをもう1回やってみるのかどうかなと。小学校から中学校、今までと来て、やったけど昔だなーとか思うことあるじゃん、あれを再びやってみるとかどうよとか思ってね?」

 「ほうほう。じゃあえーと、そうですね……。まず……。……手を繋ぐ?」

 

 やってみよう。

 まず、ちょっと互いの並ぶ距離を近づける。

 で、次に、千花が差し出している手を、普通に取る。

 手が繋がる。

 

 「……うーん、これちょっと違う。違うよね?」

 「違いますね。これ普通にやってますよ! もっと新鮮さが欲しいんです! 付き合い始めたカップルが、ジリジリ距離を詰めて、ふとした拍子に頑張って手を繋ぐみたいな……! そういうのが欲しいんです!」

 「よし、じゃあもう1回やろう。やり直そう。……こういうのはどうだ」

 

 意見が揃ったので、打ち合わせをして再び歩き出した。

 

 まず二人で仲良く連れ立って歩く。

 しかし手も腕も組まない。仲が良いけどちょっと距離がある感じで歩くのだ。

 そして互いに、互いを見ないように、敢えて視線を外す。

 この状態で、千花は飽くまで目線を逸らしたまま。

 僕がちらちらっと彼女の方を伺って――。

 隙を見て、そっと距離を詰めて、手を繋ぐ……!

 

 「……あ、ちょっと今の良いです。今、きゅんとしました……!」

 「……僕もドキドキした。互いに意識し合っているのに踏み込めない感じ、演出してたと思う。もうちょっと工夫しよう。どうする?」

 「えっと、場所を変えてみるとかどうです? 丁度、向こうに良い感じの公園があります。そろそろ夕暮れですしムード出るんじゃないでしょうか」

 「そうしよう。……今日の門限は? 19時?」

 「19時ですねー。正確に言えば、18時には迎えが来て、そっから1時間以内に帰宅してねーって言われてます。お父さん、いーちゃんが相手なら夜でも良いよって話してましたけど」

 「まだ時間はあるね。じゃあ、やってみよっか」

 

 かくして舞台を公園に移すことにしたのである。

 

 ◆

 

 だがしかし、早々上手くはいかなかった。

 シチュエーションを替えたのだが、わざとらしさが抜けない。演技になってしまうのだ。

 僕は惚気たいのであって、見せびらかしたいのではない。

 実際公園の中にいる人には『何やってんだこいつら』的な目で見られた。

 

 「……難しいですねえ。もっとこう……トキメキが欲しい……、新鮮さが欲しいです……」

 「それなー、それなあ、いや本当になー」

 

 御行氏みたいに、それなーと同意する。思い返せば、小学校に入る前から、高校二年まで。もう十年間は彼女と一緒にいる訳で、大抵のイベントはこなしてしまったのだ。

 喧嘩もしたし仲直りもした。名前で呼んだし、デートはしたし、社交界にも顔出したし、正月に互いの家で挨拶したし、水着も浴衣も着物も全部目にしている。幼稚園の頃に遡れば混浴までしていたぞ。してないことなど、それこそ夜の神聖な運動(比喩表現)くらいだ。

 

 「……難しく考えてもいけませんかねー、……へくち」

 「ん、寒かったか」

 

 春とはいえ今日は冷え込んでいるようだ。千花は寒がりである。

 一先ず自分の上着を着せようとして、吹いてきた冷たい風に思わずぶるりと震えが走った。

 

 「……千花、着なよ。寒いだろ」

 「ふえ、えー、でもいーちゃんも寒そうです……。……はっ」

 

 そこで何かを思いついたのか、千花はとてとてと寄ってきた。

 僕にコートを着せ、僕にくっつくように背中を寄せて、そのままコートを着込む。

 おう、つまりこれはあれですね、僕のコートの中に千花がすっぽりと入っているという……!

 

 「……にへへへ、あったかいですねー!」

 

 そのまま千花は上を見上げた。そこには、彼女より幾分背の高い僕の顔がある。

 彼女はこれですよ!これ!と言いたげな顔で花のように笑った。

 ……。

 …………。

 ………………………はっ。

 

 不覚にも意識が飛んだ。千花の笑顔に心が死んだ!やっべえ破壊力高すぎる。体温を直に感じられるだけじゃなく、背中とか尻とか足とか接触しまくっててヤバイ。花の香りするし。

 そうか、と思った。

 

 この感覚! この感動!

 これが――新鮮(しんせん)惚気(のろけ)……!

 

 

 「……迎えが来るまで、このままでいよっか」

 

 僕が必死にひねり出した言葉に、千花はにへらと上機嫌に笑って、大きく頷いた。

 

 そっからどうなったかって?

 立ちっぱなしでもなんだからベンチに座った。迎えが来るまでの30分くらい、ずーっと一緒のコートに包まれて、とりとめのない話を続けていました。

 

 迎えに来た藤原家の人の目が呆れてたのは、多分気のせいだ。

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