ゆっくりですが適宜ちゃんと直して行こうと思います。
このエピソード、前々から考えていたのですが、どう表現するかと悩んでいました。
そんな時にYJの修学旅行編を呼んで「これだ!」と形になったという経緯があります。
別名:四宮雲鷹の救済ルート。
ではどうぞ。
大きなベルを鳴らすと、即座に門が開かれた。
既に日が落ちた窓の外、手入れが行き届いた庭を抜けて、玄関へと足を運ぶ。
男を歓迎するように、再び扉が開く。
そしてその奥には、男の妹が、近侍を伴って佇んでいた。
「夜遅くに悪いな。顔を見に来た。一晩滞在する」
「歓迎いたします、お兄様。――早坂?」
「既に寝室のご用意は整っております」
己の来訪を、飽くまでも喜ぶ顔をしている。
だがこれが唯の仮面であり、取り繕っているだけだという事は、男には重々理解できていた。
彼もまた、目の前の妹:四宮かぐやと同じ生き方を重ねた者。
己が大兄や兄に対して抱く感情と、そう変わりはないのだ。
「……良い近侍だな、早坂愛は」
中に通され、寝室までを歩く間、話した言葉に、妹が反応する。
男が足を止めると、優雅に振り向いた四宮かぐやは、仮面の微笑みを向けて促した。
「ええ。私の自慢の従者ですから。彼女が何かありましたか?」
「いいや。俺は早坂奈央とは顔馴染みだ。だから少し気に留めただけだ」
「……それは」
「安心しておけよ、かぐや。俺は早坂を嫌っているが、
己の澱んだ瞳(自覚はある)を向けると、妹は素面のまま『そうですか』と頷く。
その頭の中で、どんな計算が働いてるのだろうか。
自分の裏を探っているのか、近侍を疑っているのか、それとも意外な関係に驚いているのか。
「何があるわけじゃない。昔の話だ」
今晩の寝所へと到着した。扉を開ける。
……あの時を思い返すと、今でも心中の気分が悪くなる。
……何があったのか、と微かに疑いの目線を向けられた。鼻で笑った。
「お前と同じで、俺は俺の弱みを告白できるほど、神妙な性格はしていない」
だから尋ねても意味はない。
続けると、妹は肯定も否定もせず、静かに礼を取って引き下がる。
そう。あの時の事実を話す気など無い。
早坂奈央が、己を裏切った時のことなど。
その裏切りから発生した、一つの事件のことなど。
己と、早坂奈央と、関わった1人の女以外、知っている必要が無いことだ。
用意された部屋に備え付けられたバルコニーに出て、夜空を見る。
あの時も――こんな天気だった。
◆
それは、一世代昔のこと。
その時、男は失意の底に居た。
人は人に出会えば変化する生き物だ。
尤もそれは、決して良いことばかりではない。
良い出会いに恵まれたのならば、己へと良い影響が出る。その逆も然りだ。
例えば、己の近侍が、ずっと己を裏切っていたと知ったら。
例えば、その近侍だけは、狭苦しい箱庭の中で己が信を置いていた相手だとしたら。
それは人間を、暗く染め上げるのに十分過ぎる出来事だ。
人間の心が最も傷を負うのは、同じ人間による攻撃に他ならない。
誰も居ない、夜中の秀知院校舎。
瞳に澱んだ光を湛えた男は、屋上で息を吐く。
空は晴れて、月は満ちていたが、男の心を震わせることは出来ない。
預言者ノストラダムスの天災が来るのも近く、世紀末は更にもう少し先。平成という元号に変わって幾ばくかの時。今日も秀知院は、過去と変わらずに佇んでいる。
その中に、幾つもの人間が生む闇を抱え込んで。
――所詮、俺も家からすればただの駒か。俺もアイツも、どうしようもないらしい。
男は息を吐いた。
どろり、とした内面を反映したような大きな溜息だった。
裏切られた感覚は、想像以上に己を傷付けているらしい。
――他人には見せられない姿だな。
――明日からは、俺も全てを切り替えて、元通りに振舞えば良い。
――信じられないまま、か。はははは、本当に腐ってるな、俺も。
どうしようもない血への唾棄と失望、そして自嘲を混ぜながら、男は笑った。
「何を屋上で黄昏ているんだ君は。その笑顔が似合っていないぞ、っと!」
笑いに返事をするように。
施錠をしてあった筈の、秀知院の屋上扉が、吹っ飛ばされた。
けたたましい音と同時に聞こえるのは、快活な女性の声だ。
陰鬱な空気全てを吹き飛ばすような風だった。
「夜分遅くにこんばんは。良い夜だね。気分はどう?」
吹っ飛ばされた扉が、屋上の隅にまで飛んで行く。
進行方向に誰も居なかったから良いものの、下手をすれば自分は潰れていた。
大惨事を引き起こした女性は、いそいそと自分で扉を回収し、元の形へと戻す。
そうして改めて、男の隣に並んだ。
「気分はどう?」
「ふん、最悪以外の言葉は浮かばない」
「それは残念だな。この私が様子を見にきてあげたんだけどな」
やって来た女は、美人だった。
人々が想像する『格好良い、細くスタイリッシュな美女』と形にしたような存在。
社交界で多くの美女を見ている彼でも、はっきりと『別格に美しい』と判断する魅力があった。
目鼻立ちが整っているだけではない。ただ、その瞳に浮かぶ生命力が、余りにも強かった。
スタイルも決して豊満ではなく――むしろ痩せて起伏は少ないが――野生の獣を彷彿させる機能美に溢れている。そこに佇んでいるだけで周囲の目を引き付ける『存在感』があった。
彼女はナーバスな男の空気を読まず(意図的に無視して)隣に並ぶ。
男の深刻な空気も、苛立ちも、不平不満も、全て理解した上で平然と笑顔を浮かべていた。
彼女は、男の先輩に当たる。
この学院では珍しい『混院』だが、実力と手腕、何よりも性格で、他生徒を魅了した。
嘲笑や侮蔑には同じように笑顔で向き合い、時にはやや強引な手段を使ってでも己の価値を認めさせた。
今ではすっかり学院の人気者だ。
そして彼女は、男にもちょっかいを掛けた。
殆どの人間が打算と遠慮を以て接する中、彼女はそうはしなかった。
『勝手に作られた距離や壁なぞ知ったことじゃない』と蹴り飛ばした。
本来は家柄的に、逆立ちしても叶わないだけの身分の差があるというのに―― 一歩間違えれば手を回され社会的な死を招く可能性すらあるというのに、それを微塵も恐れずに、接していた。
「まー今の君じゃあ、私を信じろというのも無理だろう。だが私は、周囲の知り合いが辛気臭い顔をしているのに我慢がならないタイプでね……。ちょっと付き合うといい。その最悪な気分を変えに行こう」
気分転換という奴だ、と彼女は男を誘う。
「……お前は、俺が誰だか分っているのか?」
「後輩。それ以外になんか要る? 私は先輩で、生徒会の役職的にも私が上だよ」
ばっさりと切り捨てた女性だった。
唯でさえ……気分が沈み、孤独を感じ、周囲へと負のオーラを撒いていた最中だ。
余りにも確固たる『私は私の好きなようにやる』という発言に、男に抗う力は残っていない。
「ちょっとばかり酷い目にあうが、真正面から受け取る事だ」
「待て。俺をどこに連れて行く気だ!?」
男の――四宮雲鷹の言葉に、何を馬鹿なことを、と返される。
「早坂奈央の元に決まってるじゃないか」
当たり前のように、
◆
その時自分は、確か……「ふざけるな」と言った。
早坂奈央。雲鷹を裏切った女。
親しいと思っていたのは彼だけで、本来の彼女は、身内から送り込まれた鼠だった。
「知ってる。さっき知った」
痛くない程度に強引に引っ張る彼女の腕を、振りほどくことが出来なかった。
心底に嫌がっている雲鷹だったが、彼女の掴み方はどんな技を使っているのか、抵抗も出来ないまま引き摺られていく。
護衛の男らが立ち塞がったが、無造作な『ちょっと邪魔』の蹴り一撃で沈んでしまう。
「怒ってるのは分かるけどねえ、でもこのまま放置して別れるのが一番ダメージ大きいよ」
「貴様――!」
「おや、私を貴様とはよっぽどだな、四宮君」
ふざけるな、と続けて言葉が出る。
屋上で吐き出した筈の、心の中の憤懣が、形となって。
「ふざけるな! この手を放せ……! 俺はあの女と会うのは二度と御免だ! あんな女を! 薄汚い鼠を! 全てに嘘を吐いて居た人形と! 今更――」
「近づくのも嫌だと」
「分かったような口を聞くな!」
「分かっていないよ?」
思わず出た大声に、女性は、刹那、真面目な顔で返した。
足を止め、拒否する雲鷹を真正面から睨み、その眼光で思わず動きを射竦めさせる。
高校生とはいえ四宮家で育ってきた男だ。三男とはいえ修羅場の数はそれなりに多い。
だが、その彼の動きすら止める威嚇が叩きつけられ――彼が黙った後、彼女はゆっくり続けた。
「君の気持ちは私には分からない。君の気持ちは、君にしか分からない」
だけど、と彼女は続ける。
「だけど、君が屋上でぶつくさ呟いていたのは聴いていたし、奈央の表情が曇ってたのも知ってるんだ。……ならウジウジしてないで会話をしろよと思うのは間違いかな?」
「――――っ!」
間違ってはいないのかもしれない。
だが実行できる強さを持った人間が、どれ程居るというのだ?
率直な目線は、余りにも――四宮という家に染まった雲鷹には、余りにも眩しく見えた。
そんなことが言えるのは、幸福な人生を送っている奴だけだ。
富と権力はあっても、世間一般の「幸せ」からは遠い四宮家では味わえない物だ。
何も知らない奴の戯言だと、彼女以外が言ったのならば切り捨てていただろう。
……彼女が言ったから、雲鷹はそこで、言葉を飲み込まざるを得なかった。
「文句の続きは奈央と会話をした上で私に言いなよ。ほれ」
投げ渡されたのは、ヘルメットだった。
気付けば秀知院の門扉まで出ていて、何時もは生徒で賑わう通行口のど真ん中に、単車が置いてある。大型の、免許を取得できるのかも怪しい、二輪車だ。
その後部座席に乗れ、という事らしい。
「私の基準で安全運転だから、振り落とされないように」
スタイリッシュに跨った彼女は、良いから腰掴んでろと雲鷹に告げる。
有無を言わさないその態度は――今に始まったことでは無かった。彼女は、今日に限らず、雲鷹を構い、弄り、時には手伝わせた。他人の壁を容易く壊し、敬遠されがちだった彼を『平和な学校生活』に引き摺りこんだ。……断れなかった。そのルーティーンは、今でも消えないままだった。
ハンドルを握り、エンジンを回す。
猛烈な馬力を持った大型車が吼える中、彼女は不敵な顔をする。
「そんじゃあ大馬鹿二人を会話させに、行くとするかな!」
彼女の言葉では、どうやら早坂奈央は既に東京を離れたらしい。
数時間前に己に別れを告げて、素早いことだ。予め撤退する用意を済ませていたということか。
新幹線や公共交通機関では、直ぐに追跡される。
移動方法は、四宮家が手配した専門の自動車だろうと彼女は告げた。
「奈央には発信機を付けてある。本当はGPSを持たせたかったんだけど小型化とノウハウがまだ手元に無いからね」
四宮家とはいえ、つい数年前アメリカで実用化されたGPSを入手・運用するのは難しい。
SAが米国政府に解禁されていない今、それを使うよりかは発信機の方が楽だと彼女は笑う。
大雑把な東京の地図と主要高速道路と、相手までの距離が分かれば、追跡くらいは容易い――しれっと化け物染みた能力を告白し、彼女はクラッチに足を掛けた。
「交通法規は守るけど時々無茶するからね。ちょっと失礼」
彼女の腰に回した手が、ロックされる。
頑丈な手錠で両手首を固定され、更に手錠ががっちりと彼女の身体に結ばれる。
タンデム使用の座席が動き、落下しないようにと尻部分をホールド。
何があっても絶対に落下しない様に、と備えられてしまった。
本来ならばニーグリップが必要な筈だというのに……さては魔改造した品物か。
「美人の先輩と相乗りだ。喜ぶと良い」
「お前……これが終わったら覚えてろよ。……俺への仕打ち、忘れないからな……!」
「憎まれ口を叩けるなら上出来だよ」
雲鷹の文句を聞き流し、彼女はバイクを発進させる。
騒々しく、まるで倦んだ心を吹き飛ばすような音と速度に、彼の心は微かに震えた気がした。
「何言うか決めとくんだね、四宮雲鷹!」
猛烈な勢いで加速する。加速していく。
まるで疾風のようにバイクを駆る彼女の背中で、雲鷹は必死だった。
学園前から国道に出て、そのまま西へと突っ走っていく。
車を追い抜くたびに、左右に動く加重が身体を軋ませ、時には服を車体が掠めていく。
交通事故で四宮の人間が死んだなんて冗談にもならないというのに!
道路交通法どころか危険運転、免許偽造、年齢制限まで含めてアウトばっかりじゃねえか!
「風の音で文句は聞こえないんだなー」
彼女はケラケラと楽しく笑ってバイクを加速させる。
そうして2時間。内心での罵詈雑言が2時間、延々と続いた後、雲鷹は地面に足を付けていた。
地面に足を付けた瞬間、疲労で倒れこみそうになったが、意地で体を支える。
そして、目の前に停まっている黒塗りの高級車を見た。
「本来なら高速道路を京都に一直線なんだけどね、タイミングが良いのか悪いのか一部区間が夜間工事で通行止めだ。急ぐ奈央は、国道を通ると分かってたから、少々無茶でも追いつけた」
ヘルメットを脱いだ彼女にとって、今のは準備運動でしかないようだ。
会話の時間だぜ、と雲鷹を促す。
「まあ私が横から口を出すつもりはないよ。君らの問題だ。だけど、私が言うとするなら」
運転手を綺麗に気絶させた後、彼女はベンチに座った。
仮に煙草を吸えていたならば、これ以上もなく似合っていただろう。
「
車の中には、早坂奈央が居る。
◆
そして時計の針は、現代に戻る。
「俺が……早坂奈央を許せたのか、といえば、答えは『否』だ」
雲鷹は、今でも早坂奈央を許すことは出来ていない。
自分にとっての裏切り者で、鼠であるという事実を、許すことは出来なかった。
だが――。
「何時かの日、か。今になって、やっと意味が分かる」
だから関わりの全てを捨てたかといえば、そうではない。
許せないが、許せないなりに、早坂奈央との関係を断ち切らず、続けることを決めた。
そしてその恨みを、それ以上に増やさないことを決意した。
早坂奈央を傍に置くことは出来ないが、定期的に連絡し、会話は重ねている。
そして早坂愛から、早坂奈央というルートを経由して、妹:かぐやの情報も聞いている。
なんでも最近は楽しく学園生活を送っているらしい。
……かぐやならば、四宮の家から逃げることが出来るのだろうか。
……自分みたいな屑へと堕ち切ることなく、育つことが出来るのだろうか。
自分には出来なかった、呪縛を断ち切ることが出来るのだろうか。
「……今は、岩傘暁か。……彼女は理解していた」
何処かで必ず、誰かが何かを変えることが出来る。
雲鷹の態度や早坂奈央への拒絶だけではない。
今も尚、四宮を牛耳っている父:雁庵の態度や、その行動を。
自分以上に四宮に染まり、雁庵の後継者と目されている大兄:横光の意志や性根を。
何時か誰かが正して――真っすぐになれるのだと、信じている。
「全く、俺以上に大馬鹿じゃないか、なあ暁
卒業後、岩傘の家に嫁いだ話は聞いた。
嫁いでも――多分、それで彼女が淑やかになったなんてことは、ない。
だが、人間を信じる強さは、もっと強くなっているのではないだろうか。
よりにもよって、と思う。
四宮に対して
……事実、結局、雲鷹は屑のままだ。
四条家への態度は変わらないし、部下に対する傲慢さも潜めてはいない。目は腐ったままだ。
そんな自分の、何が変わったと言うならば。
「……ふん、妹が腐りきらないように、気遣えるようになったのは成長か?」
あの時の会話が無かったのならば。
もしかしたら、四宮かぐやに対しても、利用することしか出来ない男だったのかもしれない。
だがあの時――早坂奈央と会話をして――少しだけ、決意が固まったのだ。
早坂奈央と、早坂愛とを、同じような人間だと見ることはしない、と。
同様に、己と、四宮かぐやとを同じような人間にすることは、辞めさせておこう、と。
どこかで負の連鎖が続くなら、せめて1個くらいは断ち切っておこう、と。
一番力が弱い、三男に出来ることなぞ限られている。
己が、妹に信頼されるような人間だとは微塵も思っていない。
そういうのは次男の嫁に任せておけば良い。
だが、四宮に染まった愚妹を――『良いからお前はこっちに来るな』と追い返す手伝いくらいは出来るだろう。
雲鷹には、出来なかった。
腐敗と利益と権力に溢れた、薄汚い家の『呪い』から逃れることも、それを解除することも。
だが……。そう、
自分以外の誰かが同じことをするならば、それに手を貸すことは出来るのでは、ないだろうか。
岩傘暁ならばそう言うだろう。
雲鷹に「やってみたらどうだ」と彼女はあの時言ったのだ。
その一言は、早坂奈央との決定的な別れを阻止させた。
……ならば、何時かで良い。
ほんの少しだけ未来に希望を持っても、悪くない――そう思うのだ。
◆
「邪魔をしたな。――お前が本家に要求していた資料だ。せっかくだから俺が持ってきた」
翌日の早朝。学院に向かう支度を整え、朝食の席に座っているかぐやに、封書を渡す。
『岩傘暁の現在地に付いて』
四宮家シークレットサービスを以てしても痕跡を探るのがやっとの、一人の女の資料。
四条家の妨害もあって、海外での追跡は困難だ。
だが彼女の足取りを追い、探すことが――雲鷹自身の中で、小さくとも確実な『楽しみ』になっていることは否定できない。
妹の同級生に、あの破天荒で型破りで、余りにも強かった彼女の息子が、居るらしい。
(……勿体無いことを、したのかもしれないな、俺は)
雲鷹は、今なおも独身だ。妻を娶る予定は、今のところはない。
声を掛ける女は多いし、政略的に探すならば数日で婚姻まで漕ぎつけられるだろう。
仮に自分が希望する好みの女を上げるならば、彼女は……いい具合だった。
(――彼女が己の手元に居ないことは、残念だが)
だがまあ、それで良いのではないか、とも思う。
自分では彼女を制御することも、彼女の強さを生かすことも、彼女の魅力を引き出すことも出来ないのだから。
「本家に戻る。父上や兄貴らに言伝があるならば聞いておく」
雲鷹の提案に、かぐやは『お気遣いありがとうございます』とだけ返した。
内心では『余計な言質を取らせるつもりはありません』と考えているのだろう。
まあ、そう思うだろうさ。
今のは珍しく、ただの本当の親切心だったのだが。
理解されないことも、分かっていた。
「そうか。――じゃあ、最後に一言だけ、世話を焼いてやる。余計な話だろうが」
雲鷹は立ち上がった。
手配された、京都行きの送迎車へ乗り込む直前に、言い残す。
「早坂愛を信じて、大事にしてやれよ。――俺には、それが出来なかったんだ」
「「……!?」」
雲鷹は気付かない。
その一瞬、その助言を渡した時、自分がどんな顔をしていたのか。
まるで憑き物が落ちたかのような、穏やかで優しい顔をしていたことに、気付かない。
既に消えた筈の、家の闇に呑まれた筈の、『兄』としての素顔が顕れたことに。
四宮かぐやと早坂愛が、呆気に取られて、言葉を受け取ったことに。
二人の反応を見ることもなく、雲鷹は車に乗り込んだ。
既に待機していた眼鏡の部下に、この後の予定を聴き、車を走らせる。
向かう先は京都の本家だ。――彼もやるべきことは山積みで、それに終わりはない。
四宮雲鷹の、ほんの少しだけ救われた心。
それがどんな影響を齎すのか、まだ誰も知らない。
今は、まだ。
四宮家の三男。早坂愛の母:奈央とは、今のかぐや&愛と近い関係だったと推測される。
秀知院に在籍していたことも判明。彼もまた四宮家に毒された被害者であるようだ。
自他共に認める屑だが、奈央との決定的な決別を回避した結果、娘を利用する魂胆は消えた。
そして妹:かぐやを(自分が信頼されていないことを承知で)『こっそり助けてやるか』と考える程度には、妹思いになった。
もの凄く遠回しなので理解されていないが、理解して貰うつもりもないのだ。
主人公:調の母。この物語におけるジョーカー。出てきたら全部解決してしまう人。人類最強の赤色とかそういう類。もうアイツ一人でいいんじゃないかな。
四宮雲鷹を原作開始前に救済していた女である。