幼馴染で隣人で許嫁な彼女と惚気たい   作:金枝篇

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アニメだと10月15日がスーパーチューズデーになっています(アニメ2期5話より)。
しかし2016年の10月15日は土曜日です。その日は休日です。
2019年だと火曜日。月曜日は体育の日で祝日。
これらの事実から、投票日が何時か……を考えたのですが、これは『10月第三週の最初の日』ではないかと推測しました。申し込み締め切り日(9月26日)から三週間(9/26~10/16)選挙活動をして、全員の前で演説をして投票、という手順ですね。

毎回、誤字報告ありがとうございます。順々に修正しています。
生徒会選挙篇も愈々佳境。
藤原千花が出てこない珍しい回となりました。

では、どうぞ。


岩傘調は崩したい

 何度も言う通り生徒会室は現在使用禁止である。僕はそのルールを破ろうとは思わない。

 だがどんな手段を使ったのか、四宮かぐやは、生徒会室を使えるようにしてしまった。

 教員に圧力をかけたわけではない……と思いたい。流石に権力で中に入る真似はしないだろう。

 ……許可を取ったのは、良いとして。

 

 (施錠とかもされてるんだけどなぁ)

 

 聞けば合鍵は『作製済み』だとか。

 そして合鍵を駆使して、過去に何回も早坂愛を生徒会室に送り込んでいたらしい。

 『普通のコーヒーとカフェインレスコーヒーとを交換してきて』と命令したこともあるらしい。

 

 相変わらず近侍の扱いが雑なんだな、とか。

 頼めてしまうくらいに二人の関係は近しいんだな、とか。

 早坂はどっかで一回怒って良いと思うぞ、とか。

 生徒会選挙に勝つために、手段を択ばない四宮かぐやが怖いなあ、とか。

 

 僕は隠し部屋の中で、思っていた。

 学生運動の時に使用されたという部屋だ。

 解散前の片付けで皆が存在を知った、あの場所である。

 そこに潜んだ僕は、室内で行われている会話(OHANASHIAI)を聞いている。

 まあ、四宮さんが本郷君に対してやっている脅迫を止める気はないんだけど。

 

 「この角砂糖は、羅漢果から採られた甘味料ですので、太る心配もありません……」

 

 氷の微笑みを見せる四宮さんの姿があった。

 ハイライトの消えた瞳で、角砂糖が溢るほど入った紅茶を差し出された本郷勇人(2年C組)。

 言葉の刃1つ1つが、僕でも震えそうになるくらいに冷たい。

 

 「辞退を強いているように聞こえましたか……? 心外です、私は貴方の味方ですのに」

 

 だから、どうか、召し上がって?

 差し出された紅茶を前に震えが限界に達した本郷君は。

 漏らしたりはしなかったようだが、恐怖に染まった顔で、悲鳴と共に逃げ出してしまった。

 ……あれは心が折れたな。生徒会長選挙への出馬は取り下げるに違いない。

 彼の気配が完全に消えたのを見て、僕は部屋から出る。

 長い時間ではなかったが、あの四宮さんを見ながら隠れ潜んでいたお陰で、体が強張った。

 

 「ふぃー、じっとしてるのは大変だった。……結構マジで脅しましたね」

 「あんなの可愛い物よ?」

 

 まだ普通の穏やかな顔に戻り切っていない、氷の顔が目の前にある。

 懐かしいな。高等部の一年の頃とか……中等部とか。彼女の全てを拒絶するような態度。

 

 僕にとっては、扱いが難しい存在だ。

 氷の時代から今までを近くで見ていた千花ならば、何も気にすることは無いのだろう。

 だが『氷のかぐや様』は、言うなれば()()()()()みたいな立場なのだ。用事がない状態で、積極的に会話をしに行き難い……微妙な距離感がある。とはいえ、先の本郷君のように恐怖に震えて逃げ出す気は無いけどね。

 

 「アレくらいが妥当だと思いますよ。……僕としても留飲は下がったので」

 「岩傘さんが誰かを嫌うのは珍しいですね」

 「ええ、まあ」

 

 解散前、毎日使っていたパソコン前の椅子に座る。

 羅漢果の塊が浮いている紅茶は流しに棄てて、まだ暖かいポットの中身を新たに注ぐ。

 コーヒー派だが偶には紅茶も良いだろう。蜂蜜の瓶は……手元にない。良いかストレートで。

 飲みながら、本郷君への感想を口に出す。

 

 「彼、千花を口説いたんですよ」

 「まあそれはそれはなんて無謀なのでしょう。……それが気に食わないと?」

 「いやいやまさか。それだけなら、僕はそんなに気にしません」

 

 千花は人気がある。応援演説の候補にして問題ないくらいには人気がある。男子からも相当だ。

 そして男子が千花を追っかけたり、惹かれたり、時にラブレターを出したり、千花が迷惑に思わない程度のアプローチなら笑って受け流すだけの度量を、僕は持っているつもりだ。

 嫉妬をしないとは言わないが、嫉妬した分、千花へ僕のラブパワーを注ぐので問題は無い。

 

 「なんですその謎ワード」

 「僕の概念です。嫁が美人で人気があるって、自慢出来る話でしょう」

 「……それはそうですね。では何故?」

 「千花をダシにして白銀の情報貰おうとかも画策してましたし」

 

 マスメディア部にまで手を伸ばしてたようだしな。

 別にね、口説いたり軟派したり、それくらいなら見逃すよ。

 千花を本気で好きになって、僕をライバル視して挑んでくるみたいなのでも良い。そしたら僕が全力を出すだけだから。かかってこいと言うだけだ。千花を好きになる権利は誰にだってあるさ。

 

 でも利用するのは頂けない。

 本郷君は『難題女子』を生み出したが、それより扱いが悪いじゃないか。

 それは許せない。断じて見過ごせない。

 

 だから僕は、四宮さんが彼を追い込んだのを止めなかった。

 出馬を辞退して貰った後で、じっくりと反省して貰おうと思う。

 

 「ですので、ありがとう、ございます」

 「あら、感謝されること?」

 「本来は、其処は僕が直接やれよ、って言われる話だと思うので。四宮さん任せにしてしまったのはね」

 「構いませんよ。藤原さんを利用するだなんて……あれじゃ甘かったですね」

 

 表情を変えないまま微かな笑い声が聞こえてくる。

 その表情が怖くない、とは言わないが……怖いのも含めて、四宮さんだ。

 生徒会の中で一緒に活動をしてきた間柄。この程度で信頼が揺らぐほど、僕の心は弱くない。

 

 「そうだ。感謝しているならば、私にもう少し協力して頂けませんか?」

 「疑問形ですが僕が拒否しないと思って言ってますよね……断りませんけど。何でしょうか」

 「そう言ってくれると思っていました。信頼を裏切らない人で嬉しいです」

 

 僕の肯定に、彼女は満足そうに頷いて。

 

 「伊井野ミコさんの情報を、集めて欲しいのです」

 

 氷の微笑みが、あの娘に向いたことを認識した。

 

 ◆

 

 伊井野ミコの情報を集めるのは、難しい話ではない。

 生徒からの評判や表に出ている経歴を漁るのは朝飯前だ。良い意味でも悪い意味でも彼女は注目を浴びている。学園裏サイトをちょっと閲覧するだけで僕の元には、彼女の個人情報が転がり込んできた。

 周辺人物となれば難易度が上がるが、それでもさしたる苦労はしない。

 有名人であるなら、猶更のこと。

 数日後。10月13日。木曜日。

 

 「精度は保証する。出来る限りはやっておいた」

 

 封筒に入れた分厚い調査報告書は、四宮さんの御眼鏡に叶ったようだ。

 四宮家で調べた情報と補完すれば抜けもないだろう。

 伊井野ミコのご両親は、立派な職業だ。父は裁判官で母は国際人道支援団体。堅物で規律の塊のような人柄。世の中には清廉潔白を地で行くことに熱意を傾ける人間がいるが、まさにそれ。

 

 命も要らず名も要らず、官位も金も要らぬ人は、始末に困る者なり――西郷隆盛の言葉だ。

 元の言葉では『そういう人間でなければ国を興せない』と続く。

 このご時世には過酷な道だ。

 伊井野ミコが実践をするには、ちょっとばかり無謀に過ぎる。

 

 「……頼んだ私が言うのもなんですが、伊井野さんの情報に熱意が見えますね」

 「本郷君とは別の意味で、僕は彼女に注目していたんです。なんというか、色々()()を崩してあげたいってのが本音なんですよ。ちょっとばかり伊井野さんは……えーと……思い込みが激しい上に、地に足を付けて歩けていないように見えるので」

 「素直に『現実が見えてない娘』と言えば宜しいのに」

 「メンタルも大して強くない少女にそれを言って泣かせるのも良くないと思います」

 

 伊井野ミコは頑固で意地っ張りで、真面目だ。

 しかしそれがイコール精神的に成熟しているには繋がらない。

 性根は真っすぐだから悪い子では無い。きちんと自分に非があると謝るし。

 でも悪い子じゃないから余計に面倒くさいのだ。

 

 「今日の放課後、伊井野さんを呼び出すようですが」

 「貴方も来ますか?」

 「止めておきます。様子を窺ってだけはおきますけど。僕が参加したら殴り殺せます」

 

 手に入れた情報を元に、四宮さんは伊井野ミコを呼び出し、告げるつもりなのだ。

 今回の生徒会選挙からは降りろ、フォローはしてあげる、と。

 普通は説得に応じる。『四宮さんに説得されたから止めました』という大義名分付きだ。

 

 「通じますかね。伊井野さん、相当に……その……夢見がちですよ」

 「戦うことの意味を分かっていない娘には良い薬になりますよ」

 

 本郷君に比較すれば若干柔らかい(それでもハイライトは消えているが)四宮さんが微笑む。

 ……その薬、効果的過ぎるのではないかな、と思ったが、黙っておいた。

 

 伊井野ミコが己の力だけで挑んできた場合、彼女はまず敗北をする。

 そしてそのままレッテルを貼られる。

 

 『アイツやっぱり白銀に負けたんだぜ。風紀委員で偉ぶっててもやっぱりその程度だよな』と。

 

 彼女はそれを理解していない。

 自分に、賛成票が集まっているのは、政策が支持されているからではないのだ。

 大部分は、白銀を嫌う一部の奴らが『白銀じゃないから』という理由で投票をしているだけ。

 役に立たなければ用済みとばかりに、掌を返されるだろう。

 ……そもいきなり就任して、無事に生徒会長の仕事を全う出来るとも思えないしね。

 彼女は未熟で経験不足だ。

 

 普通は、四宮さんの提案を飲む。

 どんな取引を渡すかは知らないが、ぱっと見、彼女を応援するような話を持っていくのだろう。

 だが伊井野ミコは……マイルドに言えば、現実を直視するのが苦手なタイプの娘だ。

 メンタルは、頑固で意地っ張りで、真面目で、()()

 頑固で真っすぐで、柔軟性が無い。だから一定以上のダメージを受けると崩れてしまう。

 ……乗るべき提案を蹴って、自滅するのが、今から手に取る様に見える。

 

 「それに伊井野さんには、先代の会長さんが応援演説として就いたのでしょう? ならば私が多少の『お話(交渉)』をしてもフォローしてくれますよ。あの方は、伊達に先代の会長ではないです」

 「……ノーコメントとしておきます」

 

 件の先代会長が、何故伊井野ミコの応援演説を引き受けたのか、は。

 ここでは黙っておこう。どっかで漏れないとも限らないし。

 ただ、僕からの評価を伝えるのであれば、あの人はとても素敵で優しい人だということだ。

 断じて白銀を倒すためではない――とだけは言っておく。

 

 「それで、伊井野さんに対して真剣に情報を集めた理由の続きを」

 「……あの娘、千花に対しても夢見てるんで」

 

 僕の言葉に、なるほど、と四宮さんは頷く。

 本郷君と言い伊井野ミコと言い、僕の嫁を何だと思ってるんだろうね。

 生徒会選挙の期間になってから、千花を利用する奴が多すぎるぞ!

 普通さあ、白銀のバックアップに注力させてくれるもんじゃないの!?

 

 「僕より千花を知ってる人間はいません。なのでちょっとマジになります」

 

 貴方、藤原さんが傍らにいない時って案外黒いわよね、との声は聴かなかった振りをした。

 

 ◆

 

 伊井野ミコは、千花を副会長にしたい、と考えているらしい。

 僕はそれを聞いて、酷く心配になった。千花は仕事が出来ないとか、副会長の権限を握らせて大丈夫か、とかそういう問題ではなく『伊井野ミコの人物眼』を疑ったのである。

 藤原千花を多少なりとも知っている人間は、彼女の本質にも気付いている。

 千花は確かにルールを破る人間ではないが、ルールの中で最大限好き勝手をする人間だ。TG部とか、生徒会室で行われた数々のゲームとかでそれは判明している。……というか悪名高いTG部に所属していることを伊井野ミコは知らないのだろうか?

 知らないなら問題だし、知った上で任命しようとするならもっと問題だ。

 

 「僕の所感ですけど、伊井野ミコの根っこにあるのは尊敬と憧憬なんですよ」

 「岩傘君の人間評価は割と正しいね。続けてくれるかい?」

 「はい。……つまり『自分の親は立派な人だ。凄い人だから私もそれに負けない様になろう』という尊敬と……『あんな風になってみたい』という憧れです。言葉だけ聞けば良い響きですが――『今の自分はダメなんだ』っていうコンプレックスと脆弱性の裏返しです」

 

 小等部や中等部からの情報も集めた。

 彼女の両親は多忙で、殆ど伊井野ミコに構ってあげられなかったらしい。

 今もそれは変わりがない。

 ……勿論、立派な仕事をしているのは誇りだろう。

 

 だが伊井野ミコは『だけど寂しいです!』という一言を、両親に告げることが出来なかった。

 自分の本音を言う機会が奪われた子供はどうなるか。

 親に自分の声が届かないと知っている子供は何をするか。

 

 誰が聞いても立派である『正義』と『常識』を振りかざすようになる。

 そうすれば、自分のことを認めてくれるのだと信じて。

 

 「自分の親は立派だから、と自分に言い聞かせているんです。一回本気で怒れば良いのに」

 「でも出来ない。身近な人間に吐露出来ないから、一層意固地になるということだね」

 「そうです。意固地になった挙句、等身大の自分を見失う」

 

 伊井野ミコは、白銀や石上に言ったらしい。

 『藤原先輩に憧れている。彼女は自分では足元にも及ばない天才だ』と。

 

 伊井野ミコは他の誰かになれない。

 伊井野ミコという自分を育てるしかない。

 それをする為には、自分を見つめ直さなければならないのだと、僕は思う。

 

 「……僕、結構漫画とかも読むんですよ。で、毎週月曜日に出る雑誌あるじゃないですか」

 「唐突だね。僕も結構好きだけど」

 「僕が初等部に入る前から連載してる死神の漫画ありますよね。あれの一言を思い出しました」

 

 「『憧れとは理解から一番遠い感情である』――って奴です」

 

 僕の言葉に、先代会長は納得したように穏やかに口元を和ませる。

 

 「千花に憧れてる時点で、千花を理解出来てないんですよ。だから副会長にしたいとか考える」

 「流石に断言するね?」

 「この学院で僕以上に千花を知ってる人間はいません。世界でも僕以上に千花を知ってる人間は、大地(義父)さんと万穂(義母)さんと豊美姉と萌葉ちゃんだけです」

 

 千花の欠点を知った上で任命したいというなら分かる。

 本郷君のように、千花とコネを作りたいから近付くのも分かる。許しはしないが納得する。

 千花の欠点には目を瞑った上で、良い部分が是非とも欲しい、というのも良いだろう。

 

 だが――伊井野ミコが千花をどれだけ知っているというのだ?

 僕は知っているぞ。千花の良い部分、悪い部分、頼れる部分、頼れない部分、僕が支えようと思う部分、逆に助けられていると思う部分。15年という人生で積み上げてきたのだ。

 こと、藤原千花に関して言えば、僕を相手に喧嘩をするのは甘いとしか言いようがない。

 そもそも千花と僕とを切り離して理解しようとする方が無謀なのだ。

 

 「白銀は昨年、四宮さんを任命しました。……多少私欲が入っていたのは間違いありません。でも盲目よりはずっと良い」

 「君、結構酷いことを言っているね。良いのかい? 僕は伊井野さんの応援役だよ?」

 「先輩は告げ口するような人ではありませんから」

 

 されても構わないと思っているし。本音は言われてナンボだ。

 悪口や影口を言っているつもりはない。名誉を貶める気は無い。

 だが自身への忠告を受け入れず、頑なに他人の評価を聞かない奴は、成長しない。

 これでも相当に言葉を選んでいるつもりだ。

 後輩の女子を虐めるつもりはないのだ。

 

 「恋に恋する、っていうんでしょうかね……。ルールを守ってる奴は偉い。それはそうです。ですが」

 

 ルールを守る奴と守らない奴なら、それはルールを守る奴の方が偉いだろう。

 だが『ルールの中で自由にする人間(藤原千花)』と、『ルールの中で身動きが出来ない人間(伊井野ミコ)』の間には雲泥の差がある。

 何より――。

 

 「ルールを守るだけしか出来ない奴は、ルールを作り出す奴には勝てません」

 

 伊井野ミコは風紀委員として活動をしている。

 生徒は彼女の指導に従う。だが彼女が風紀委員だから言うことを聞いているだけだ。

 もしも彼女が風紀委員でなければ、誰も彼女に従わないだろう。

 ルールを守れ守れというだけでは、人は言うことを聞かない。

 『規律(ルール)』は『正義』ではないからだ。

 

 学校で言えば、生徒同士が気持ちよく過ごせるように互いに守りましょう、という『約束』だ。

 それを知らず、ひたすらに正義を押し付ける奴は、嫌われる。

 

 「仮に白銀が風紀委員だったとしましょうか。……アイツは伊井野ミコより上手くやりますよ」

 

 きちんと会話をして、納得させるだろう。

 「風紀委員だから」ではなく「白銀だから」で従わせるはずだ。一部のアンチ白銀派以外は。

 

 「伊井野さんは、正義感が強いだけでは、ないんだけどね」

 

 苦笑い混じりで先代会長さんが付け加える。

 それは僕も否定しない。他人の為を思って行動しているのも事実だ。

 

 「否定はしません。……他の生徒のことも考えています。大仏さんでしたか? 彼女は、そんな伊井野ミコの優しい部分を知っているんでしょう……。……でも伊井野さん自身は、それを言えない。自分でルールを作り出せない……他人に尊敬と憧憬を覚えて、自分に自己肯定感を持っていない奴が、大声で新しいルールを叫ぶことは出来ません。言えるのは、既存の『規律』だけです」

 

 そして親が正しい、世間が悪いと思っているから、自分が汚れてはならないと思っている。

 そうではないのだ。

 犯罪をするのは確かにアウトだ。しかし全てを『規律』で決めるのも間違いなのだ。

 皆が立っている目線に自分から降りたところで、汚れる筈がない。

 伊井野ミコが、生徒からの相談を、規律を使わずに丁寧に助言したことが何回あるのだろうか。

 恐らくない。頼られることもないだろう。

 頼ってもルールに縛られてる奴に解決策は提示できないからだ。

 

 「ま、その辺やっぱ千花とは全然違うんですよ。千花はルールを破りません。でも最大限に使います。政治家志望ってだけあって屁理屈言わせたら相当ですよ」

 「君も同じだね」

 「褒め言葉です。どうもです」

 

 話がいい具合に落ち着いたところで、伊井野ミコは生徒会室から出てきた。

 室内で行われた四宮さんとの交渉はやはり決裂したらしい。

 憤懣やる方ない顔をしていた伊井野ミコは、僕の隣にいた先代会長に『お待たせしました』と丁寧に頭を下げて『行きましょう』と促す。僕の方には敵意の溢れる目を見せていた。

 失礼だな。廊下で仲良く並んで会話をしていただけなのに。

 どうも益々、生徒会が悪の巣窟だと思ってそうだ。

 

 「岩傘君、君の指摘は尤もだ。僕はそれを知って演説を引き受けた。……投票日を楽しみにしていると良い。手を抜くつもりはないよ」

 「勿論。貴方の影響力は重々、承知しています。……どんな人なのかも」

 

 風雅に帽子を整えた先代会長は、伊井野ミコを慰め、メンタルケアをしながら去っていく。

 僕が指摘した伊井野ミコの弱点など、彼はとうに把握している筈だ。

 僕や四宮さんからのアクションに対しての防壁として、彼は伊井野ミコをフォローするだろう。

 だが同時に……やるからには本腰を入れて、僕らを越える為の、演説をしてくるだろう。

 

 「手強いですね。私も彼を『説得』しようとは思いません。出来る関係でもありません」

 「来週の頭が、どうなるかですね」

 

 先代会長という立場は、四宮さんを以てしても対処できない相手だ。

 下手に藪をつついたら、彼を支持していた人間が、全員白銀派から伊井野派(正確に言えば先代会長派)へ鞍替えをしかねない。

 生徒会長をしていただけあって、胆力や雑務能力もずば抜けて高い。四宮さんと舌戦をしても負けない。

 それ以上に、白銀への恩義を考えれば、四宮さんは彼に危害を加えることは出来ない。

 

 「選挙管理委員会も支配下に置きましたが……」

 

 いつの間にか、僕も知らない領域まで手を伸ばしていたらしい四宮さんだった。

 

 「ポスターにマニフェストの宣伝と、千花と僕でやれることもやりましたが」

 

 投票日の最終演説がどうなるか、だな。

 使用するスライドは石上が全力で準備している。

 サクラ役は早坂愛らが務めてくれる。

 あとは白銀の言葉が何処まで生徒の心を掴めるか、だな。

 

 「……四宮さんは少し休んでください。暗躍のし過ぎで、心が痛いでしょう」

 「お言葉に甘えさせてもらいます。今週末はゆっくりしますよ」

 

 先代会長の言葉が如何に優れていても、こちらで見込んでいる票を全て奪われるなんてことは無い筈だ。

 白銀が生徒会長に就任したら、また忙しい日々が待っているのだ。

 我らが()()()には、白銀共々頑張って貰わないとな。

 後は僕や千花が頑張ろうじゃないか。

 

 ◆

 

 翌週火曜日。10月17日。スーパーチューズデー。

 投票当日の応援演説。

 

 「さて、伊井野ミコさんの欠点は今話した通りだ。その上で僕はこう提案をしたいと思う」

 

 読み上げる為の原稿用紙すら持たずに壇上に上がった、先代会長。

 彼は伊井野ミコを褒めるだけでなく、未熟な部分までもを丁寧に説明をした。

 仲間から蹴られた形だが、伊井野ミコは事前に聞いていたからか、動揺は薄い。

 そして――。

 

 

 「白銀御行君を、副会長に据えて、彼女のサポートをさせたい。どうだろうか?」

 

 

 投票を揺らがせるだけの、力ある言葉を放ったのだった。

 

 ……やっべえ、と思った。

 その提案は強い。白銀を生徒会に入れるという宣言をしつつ、生徒会長の座は譲らない。

 アンチ白銀派は嬉々として飛び付くし、伊井野ミコを嫌う人間も『それならば』と頷きかねない。

 今の生徒会をそのままに、伊井野ミコが参加する形にしたい、とすれば、異は唱えにくい。

 応援をするからには本気で応援するよ、という言葉の通りだった。

 どうやってひっくり返すんだ、と僕の頭の処理能力が飽和したレベルの衝撃だった。

 

 「落ち着け、岩傘」

 

 白銀が勝てなかったら意味が無い。

 そんな僕の背中を叩く親友の声がする。

 

 「お前が、俺や伊井野の為に、あの人を生徒会選挙に関わらせたのは知っている」

 

 振り向けば、マイクを片手に持った白銀が、覚悟を決めた目をしていた。

 それを見る四宮さんの目に、ハートマークが浮かんでいる気がする。

 其処にあったのは、昨年大立ち回りを演じたのと同じ『生徒会長:白銀御行』の本気の姿だった。

 

 「それには応える。だからミスだとは思うな。……石上にも頼まれたからな」

 

 伊井野ミコに勝つだけじゃない。

 徹底的に蹂躙するレベルで勝つのだ、と。

 

 「だから任せろ」

 

 颯爽とステージに向かって行く姿を見送る。

 ……やっぱカッコいいわ、アイツ。

 

 

 ――そして白銀御行の演説が始まる。




先代会長の演説はちゃんと次回の冒頭に入れますよ。
伊井野ミコが蹂躙されるのは嘘ではありません。
何せ味方の筈の先代会長からも攻撃を受けますので。

さあハードルは高いが頑張れ白銀御行!

次回、原作主人公のターンです。
生徒会選挙篇、決着をお楽しみに。
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