おめでとう……!おめでとう……!!
今の時期、徒歩通学をするのも悪くない。
車を使うのは、飽くまで治安や千花の安全確保の為だ。男子高校生である僕が、普通の公道を歩いて、何かトラブルに巻き込まれる可能性は低かろう。
本日、我が家の送迎車は妹の為に使われている。
千花の妹:萌葉ちゃんや、白銀さん家の圭ちゃんと同じ学年、同じクラスの我が妹。彼女は毎日走って通学しているが、先日、部活中に思い切り足を捻って、数日間の安静を言い渡された。骨折はしていないが負荷を掛けたらダメです、とお医者様に言われ、彼女は車での移動になった。
別に一緒の車で通学しても良いのだが、向こうは部活で朝がやたら早いのだ。
車必須なほどに遠い距離に秀知院がある訳でもない。徒歩で20分くらいの場所。そもそも御行氏などは往復15キロの距離を毎日自転車で疾走して通学しているのだ。蝶よ花よと育てられた箱入り娘でもないし、偶には良いかと歩くことにしたのである。
千花には事情を話してある。帰りだけは厄介になろう。
眩しい太陽が、そろそろ青葉に変わりつつある木々の隙間から覗いている。
「いい天気だねぇ……」
「そうですねえ」
「春眠暁を覚えずという言葉があるけど、眠くなるね」
「分かります。眠くなりますよねー。うちの学園、授業中は誰も寝ませんけど」
「寝たら置いてかれちゃうからなぁ……」
と、そこまで会話して、隣を見る。
「どしたん千花。何故に僕の隣を歩いているん?」
「昨日の夜、萌葉から聞いたんですよ。明日は多分、いーちゃ……調さんが徒歩だろうって。なのでご一緒しようかなーと」
「なるほど? じゃあ一緒に行くか」
僕が一緒に居れば安全だと思おう。
と、隣り合って歩き出したのは良いのだが、別に新鮮さとかは感じなかった。大体、学園でも何時も隣に居るのだ。家も近いし、教室の座席も近い。本当に千花は「隣人」なのである。しかも幼馴染で許嫁。三つ揃っている相手は、世間を見回しても中々居ないのではないだろうか。
千花が「新鮮さが欲しい」といった気持ちは分かる。
ドキドキ感も初々しい感じも、大分昔に通り過ぎてしまった。
人はそれを羨むが、僕らも僕らで羨ましいことはある。
石上辺りに言ったら「うるせえバーカ!」とか言われてぶん殴られそうだけど。
「……そういやゴールデンウィーク、どこ行くか決めた?」
「コタキナバルまでホテルと飛行機を手配しておきましたねー」
「マレーシアかー。今の季節でも確か30度とかあるんだっけ? バカンスには丁度良いね」
「はい。……同行者な、んですけど」
「うん。萌葉ちゃんと豊実ねぇ……豊実さんも一緒でしょ? 僕の妹と、こっちは憂さんが付いてくるだろうし、藤原家の使用人さんも何人か――」
「居ません」
「――、……はい?」
「居ません、です。はい」
言葉の意味を反芻する。
Why? 今なんとおっしゃいましたかね千花さん?
マジマジと彼女の顔を見ると、その頬はほんのりと紅潮している。
「いえ、勿論、ホテルまでの案内する人とかは、日本の観光協会にお願いしてあります。ただ、宿とかは、島なので、誰も居ません」
「あのさ、……一言、良い?」
「……はい」
「もうちょっと貞淑にしよう! 貞操は大事だからな!? 早まったらダメだよ!?」
「そこは喜ぶのが筋じゃないんですか!?」
かっ飛ばし過ぎだ! なんか先日から千花がグイグイ来てるぞ!? 何があったんだ!?
どうどう、と落ち着かせて、努めて冷静に事情を聴くことにした。
「そのですね、かぐやさんと、会長が、仲良くなりつつあるんですよ」
「良いことなんじゃない? 仲良くなりつつあるって言われても――スマホを買いに行ったのと、映画を隣で見せたくらいだけど。まあ進展はしたよね……?」
「あとは、海行くか山行くかで同じ勢力になって主張したりとかですね。……そうです。順調です。いーちゃ――周囲には誰も居ませんね? よし――いーちゃんの暗躍で、段々とあの二人は進展しつつあります。二人きりで生徒会の仕事をしてる時とか、自然と良い雰囲気になってるらしいですし、周囲から見ても明らかに態度に花があると持ちきりです」
「ふむふむ」
「で、それを聞いた時、思ったんですよ。――負けてられません!」
言いたいことは理解した。
「……千花、羨ましい?」
「ぐっ……。その通りです。羨ましいです。うーらーやーまーしーいんですー! かぐやさんと会長が良い雰囲気になるのは嬉しいですけどー! なんか見ててハートがトキメキ☆ハイスクールって感じがして! もっとそんな空気が欲しいんですよぉ……。だって私といーちゃんの関係とかもう十年ですよ? 十年なのに、甘い雰囲気で負けるって癪じゃないですか……!」
「まあ、分かった。分かったけど、流石に二人きりは止めておこうね。千花に言われた通り、僕から全力で惚気れるように頑張るから」
トキメキハイスクールって30年位前のゲームじゃないっけ、というツッコミは野暮である。
千花は淑女にみえて、かなりブレーキを踏む位置が微妙だ。
あらぬ方向に舵を切る。それこそ先日のように、水着売り場でスク水を見せるような斜め上に突っ走っていく。常識外れなのではない。常識の中で三回転捻りをかまして来るのだ。
多分GWの宿も、そんな感じで突っ走ったのだろう。
……これは明日にでも、大地さん(千花のお父さんだ)の家にお邪魔して、事情を説明しておいた方が良さそうだ。千花は、誤解を加速させるのが上手い。断じて誉め言葉ではないぞ。
「昨日から、惚気る方法を色々考えてるんだ。……それで満足できなかったら、GWの主張を通してあげるから。ちょっと待って欲しいな」
「言いましたね? ふふん、いーちゃんが何を企んでいるか知りませんが、早々負けるとは思わないで下さい。いーちゃんが私と十年一緒にいるように、私も十年いーちゃんと一緒にいるんですからね!」
と主張はしているものの、僕の言葉が嬉しかったのか、るんるんと足取りは軽くなる。
他人から見れば、今日も今日とて、僕と彼女は惚気ているように見えるんだろうか……と思いながら、秀知院の校門を潜ったのである。
その言葉、覚えてろよ?
◆
「おい岩傘、なんかお客が来てるぞ? C組の
「ん? あー、あいつか……。ありがと
僕のクラスは千花と御行氏と同じB組である。かぐや嬢は早坂さんらとA組だ。
さておき、休み時間、次授業の予習をしたノートを取り出して確認していた僕を呼び止める声があった。言われて廊下を見れば、見知った女子が僕を呼んでいる。
紀かれん。
うわぁ……と思った。
文化部が一つ:マスメディア部の一員だ。
相棒の
生徒会広報という立場上、何かと彼女らマスメディア部との関係は多い。
多いというか、対立しているというか、犬猿の仲というか、報道の自由を主張する側VS個人の秘密を重視せよと主張する側というか、ばらまく側VS検閲する側というか、まあそんな関係である。
こいつらの上に居る眼鏡部長も、淑やかな顔をして結構な食わせ物だ。
マスメディア部。他の学校なら報道部とでも言うのだろうか?
その名前の通り、実家が情報媒体を扱っている生徒が多く所属している。実は僕も高等部進学時に「入りませんか?」と誘われた口だ。断ったけど。
「要件を簡潔にどうぞ。君たちのお気に入りのかぐや嬢はA組だ」
自然と警戒する口調になった。
相手も僕が警戒しているのを承知していて、誠実な姿勢で話を持ってきた。
むむ、どうやらちょっとはまともな内容なのか?
それでは、と僕に説明を開始した娘:紀かれんも『紀出版』という出版社の社長令嬢。
先祖が紀貫之とか言われても納得しそうな苗字である。
まあ大層な苗字を持っていても、生徒会の会長と副会長、二人を見て目をぽやーっとさせているのが、紀かれんという女だ。
廊下を歩く姿を一番に発見し『あれが生徒会のお二人よ』と最初に言う生徒、と言えば分かるだろうか。
「今日は真面目なお願いですわ。……生徒会の皆さんを記事にさせて欲しいのです」
「それは御行氏の就任時にやったんじゃないっけ? ……ああ、新入生用?」
「ですわね。この春からの一年生は、まだ皆さんを詳しく知りません。中等部で噂を聞いていたくらいでしょう。昨年度の大立ち回りに関しても、《氷のかぐや様》に関しても」
「だから記事にね。……まあそれなら良いと思う。会長達には確認しておくけど……。僕より、二人に話を持ってった方が、早いし楽だったんじゃない?」
かなり真面目な提案だったので、普通に頷いて日程を確認する。
そういう話なら全然OKだ。僕は別に彼女らの人間性を嫌っているわけではない。
マスメディア部、割と容赦なく取材をして、人気がある生徒のポンコツなシーンを激写するとか、かなりギリギリのゴシップ記事を飛ばすこともあって、一部からは要注意扱いなだけなのだ。
胃を痛めている人も多い。早坂さんとか早坂さんとか早坂さんとか。頑張れヴァレット。
とりあえず許可を出して、ついでに疑問が浮いたので聞いてみると、今日は会長・副会長、共に通学がギリギリだったらしい。
そりゃあまた珍しいこともあるものだ。御行氏はかなり遠くからの自転車通学で、努力に努力を重ねる人間だから、時間ギリギリの予定を組むことは良くある(それでも無遅刻無欠席は凄いけどね)。かぐや嬢がギリギリというのは……何かあったのかね?
「一緒に通学していらしたの。同じ自転車に乗っていたのではないかしら……、やっぱりあのお二人、きっと交際をなさっているのよ……。自動車通学のかぐや様……、しかし毎日自転車で通う会長の姿を車から見ていて、ふと思ったの。――『私も一緒に乗ってみたい』……。それを察した会長は、ある日、かぐや様が出てくるのを自転車に乗って待ち構え……、爽やかに笑って言うのです。『俺がお前を運んでやる(キラーン)』……、それに赤面したかぐや様は――」
途中から報告ではなくトリップに変化していたので無視して教室に戻った。
妄想には付き合っていられない。……確かに、彼女のそれは、ある意味では的を射た妄想だ。だがあの二人の関係はそこまで可愛くはないし――それを教えてやる義理はなかった。二人の関係は、記事にしたら多分、拗れるだろう。それは僕の望むことではない。
次の休み時間に、御行氏と千花に話をしておこう。
英単語の並んだノートに目を落として、そんな風に考えた。
◆
僕らの生徒会は、第67期生徒会になる。
メンバーは、御行氏、かぐや嬢、千花、僕、石上会計と、此処までは常時顔を合わせる面々だ。しかしそれ以外に、実は2人ほど別メンバーがいる。この2人は会計監査とか庶務にとか当たる人材……なのだが、高校三年生で、僕らとは顔を合わせない。
受験に忙しいとかではなく、単純に居心地が悪くて顔を会わせ辛いのだ。
だから皆、話題には出さない。それこそ御行氏が、次の役員を指名すれば、それで済んでしまう話なのだ。先輩達に敬意を払い、役職を取り上げない御行氏は、優しいんだなと思う。
昨年、御行氏が一年生の頃の生徒会選挙において、彼が大立ち回りを演じ、就任したのは同学年の誰もが知っている。その際の影響が今も残っていて、二人は僕らがいない間に仕事を済ませている。ひょっとしたら、かぐや嬢辺りはコンタクトを取って手綱を握っているのかもしれないが、それは誰も追及しなかった。聞かなくても良いことだ。
僕が生徒会に入った理由もここにある。
御行氏の、その大立ち回りに協力した為というのが一つ。
御行氏がそんな僕を庇い役職をくれたというのが一つ。
表向きは、後処理に責任を持つため、となっている。
そんな経緯で発足している第67期生徒会だ。
故にイメージは、実はかなりフィルターが掛かっている。
起きた出来事だけが大きく取り上げられ、本人達と無関係な場所で印象が独り歩きする。
良くあることだ。
御行氏やかぐや嬢は「なんか凄い人」。
千花や僕は「なんか友情に厚い人」
石上は逆に「なんであんな人が……?」というタイプ。
良くも悪くも話題性が高い面々だ。
まあ石上会計の事情は特殊としても、御行氏、かぐや嬢の二人が無駄に美化されているのは本当だ。話してみればもっと人間味があって優しい人達なのだが、クラスメイト以外には余り知られていないのが実情なのである。
さて、そんな生徒会。春に編入して来た学部生や、進学してきた新一年生にとっては殊の外、殊更に、頭の上の存在過ぎる。もう少し親しみを持って貰うには、マスメディア部の紹介記事は歓迎要素だ。
「……と言う事で、まずは千花と僕がインタビューに答えましょう。会長と副会長は忙しい。急なスケジュールを言われても困りますから。アポで確保してからです。OK?」
「分かっておりますわ。……今日はよろしくお願いします」
「はーい、よろしくお願いしまーす」
ということで、人気のない会議室で話をする事になった。
千花はいつも通りの気楽さで返事をする。
逆に僕は気合を入れた。
「えー、では、まずお二人の自己紹介からお願いします」
「はい! 生徒会書記、藤原千花です!」
「同じく生徒会広報。岩傘調です。……藤原千花とは恋人で許嫁です。よろしく」
「はい、宜しくお願――。……あの?」
「そちらで編集するでしょう。僕も記事には目を通しますので、気にせずやって下さい」
「……分かりましたわ。お二人に関しては、何時もの事ですものね?」
「な、ななな、ななななな!! い、いーt……じゃなかった。調さん!?」
千花の顔色が変わった。察したのである。
皆は知らない。
千花が新鮮な惚気を欲していることを知らない。
新しい刺激を欲していることを知らない。
初々しさに羨望を抱いていることを知らない。
ならばその望み、叶えてやろうじゃないか。
約束通り、頑張って惚気てやろうじゃないか。
この機会を利用して――千花を褒めて褒めて褒めちぎって!
もうこれ以上は無いくらいに全力で可愛いと連呼してやろう。
それが昨日のお返しだ。逃がさないぞ?
僕の顔を見て千花が戦慄する。
「い、いーちゃんが本気だ! 本気で私を脅してる……! 紀さん! 紀さん、ちょっと待ってください! これ危ないですよ! 私が死にます! 悶絶殺しをする気ですよこの人!」
「大袈裟ですね。何時もの事じゃないですか、ねえ? 紀さん」
「……そうですわね?」
「し、しまった……! しまりましたー……っ!」
千花が戦慄している。ふふふ甘いな千花。幾ら君が僕から攻撃されていると主張をしても、それは通らない。恋人同士の
クラスメイトに確認したら、客観的には、僕と千花は毎日いちゃいちゃしているらしい(答えと同時に嫉妬の拳も貰ったが)。
であれば――この会話が、普段と違うと知っている、気付けるのは、僕と千花、君だけなんだ!
マスメディア部のインタビューという名目で逃げ道は塞いだ。
御行氏、かぐや嬢の二人には遅れると連絡を入れてある。
さあ、覚悟は良いな? 惚気るからな? 藤原千花!
◆
「それでは、まずはお二人の役職の説明からお願いします」
「はい。藤原書記は緊張して上手く話せないようなので、僕から補足しましょう。書記というのは議事録の作成を始めとして様々な記録を残す役職です。千花の――ああ、此処から名前で呼びますが気にせずどうぞ――文字はとても綺麗で読みやすく、彼女の手が白い紙の上を泳ぐように動くのは上品さすら感じます。ここ最近はパソコンで記録を執ることも多く直筆は貴重な分、そういう光景を見ると、僕は「あー小さな手を、自分の手で包んでみたいなあ」とか思います」
「はうっ!」
「議事録にも色々ありまして、実は記録だけではないんですよ。これから行われる予定の日程を確認したり、例えば式典がある場合はそこで何を行うか、と言う予定を計画するのも仕事に入っています。この辺は広報である僕との連携もありますね。僕の方から『何時何時に何をするか』との話を受けて対応することがあれば、逆に藤原書記からのお願いを受けることもあります。デートみたいな感じで」
「ひゃふ……っ……!」
「過去の行事記録の確認なんかも、書記の仕事の一つですからね。データベース化されているとはいえ、秀知院の記録は流石に多い。生徒からの要望を受け取って実行に移す、となると広報の仕事と境界線が曖昧になってしまいます。なので僕と千花は大体一緒に行動をしています。別に彼女が可愛くて働いている姿をずっと観たいから一緒という訳じゃないんです」
「ふぇっふ」
「あ、これオフレコでお願いしますね。今のは全部本音です。もう千花はくるんくるん小動物みたいに、あっちこっちに駆け回っては興味津々で色々な仕事を見つけて来るんで、広報としての責任以上に、目が離せないんですよ。ずっと見てられます……この質問はこのくらいで良いかな?」
「ひうぅ……」
千花は可愛い悲鳴を上げながら足をバタバタさせている。
「……ええ、はい。それじゃあ、次の質問に移りましょう」
おや、なんか紀さんも微妙に返事の力がないぞ?
まだ質問が一つ目なのに。
「えー、では次は……そうですね、それぞれの仕事としてのやりがいをお聞かせ下さい。生徒会の一員としてのやりがいは、勿論あると思いますが、「この役職をしていて良かったな」と思ったことがあれば」
「千花が悶絶して返事が出来るまで少し時間が必要そうなので、僕が先に答えましょう。――やっぱり生徒の皆さんからの意見が形になったり、教員、保護者、外部の人らからの意見を形にしたり……。普段中々接点がない人達の間に立って、その仲介をする、これが醍醐味かなと思います。よく運命の糸、という言葉を聞くじゃないですか。あれをイメージして下さい」
「ちょ、いーちゃん、まって……」
「人は必ず何か『縁』の切っ掛けを持っています。両者を結ぶというのは、意見からそれを見つけ、新しい人に結ぶ、とこういう感じじゃないかと思うんですよ。ご覧の通り僕と千花は運命の赤い糸で結ばれています。こういう実感と感動があると、他の人の為にも全力を尽くしたくなりますね」
「まって、ま……はぅっ……!」
「『縁』なんていう大層な言葉を使わないでも構いません。人が何かをしようと思うには、何かしらの契機があります。些細なものから大きなものまで。学園を変えたいという壮大な目標から、好きな娘の為に全力でいたいという小さなものまで。そこに貴賤や優劣はありません。僕が、誰かの為に一生懸命になれるのは、最初に千花がそういうのを教えてくれたのが大きいからなんですけどね」
「ちょ、おねが……」
「さておき、そういう契機、切っ掛け、動機があっても、それが形にならないことの方が多いでしょう。タイミング、資金、人脈、場所、知識、等々。そうしたものを汲み取って、それを行える人材の元に渡してあげる。これが僕なりの考え方です。実際、千花がしていることも同じだと思いますよ。彼女の人脈は凄いですからね。誰もが皆、千花にはこっそり悩みを打ち明けたりします。それを聞いたらこっちも頑張ろうと思うじゃないですか。だから僕は千花が好きですよ。と、これは個人の感想になってしまいましたね、此処は記事には出来ません」
「い、いーちゃん……、も、もう、そのくらいで……そのくらいでぇ!!」
「どうしたんだい千花。君なりの返事をしてあげるといい。紀さんも待ってるよ」
僕が笑顔で促すと、顔を真っ赤にしたままの千花は、しどろもどろで何とか答えを紡いだ。
イベントが形になったのを記録する瞬間が充実するとか、計画を立てているのが楽しみだとか、色々と必死に。
間違いなく彼女の本音であったが、動揺して呂律が回っていない。
落ち着きなよ、と芯が抜けかけている千花の背中を支えると、彼女は変な悲鳴を上げた。
やだなー腕を組むとか何時もしているじゃないか。
何をそんなに慌てているんだろうな?
いやあ僕には全然分からないな?
ほら紀さんも呆れてるじゃないか。
「デハ最後に、エー、今年入ってきた新入生に向けて、メッセージを、オネガイシマス」
「学園では色々な物を学べます。例えば女心とか。好きな人の事とか。どんな風に可愛くてどんな風にすれば歓ぶかとか。おっと惚気じゃないですよ? 入ってきた皆さんは、自分だけの『好きな物』『好きなこと』『好きな人』を探して、それに魅了されてみてください」
「はきゅっ……!」
千花、悪いな。まだ俺のターンは終わっちゃいない。
落ち着かせる暇なぞ与えん。
「何かに夢中になると、それを生かそうと思えます。僕の場合はそれは好きな人で、好きな人と一緒に過ごす空間で、好きな人と一緒に過ごす時間だったんです。だからそれを良いものにしようと今も全力で取り組んでいます。同じように他の人にも、この夢中な楽しさを味わって欲しいと思っています。もしも貴方が、何かに挑戦したい、と思うなら、是非話を聞かせて下さい。僕に限らず、生徒会は全力でお手伝いをします。だよな? 千花?」
「…………ぷしゅう、がくり」
頭から湯気を出した千花は、辛うじて首で頷いて、机に突っ伏してしまった。
動けないらしい。目が潤んで、突っ伏した身体はひくひく震えて、見える肌は全部真っ赤だ。人前に出せる状態じゃない。
こんなもんでいいです? と紀さんに目を向けると、彼女の瞳からは光が消えていた。
機械的に「ごきょうりょくありがとうございました」と返事をして、錆びついたロボットみたいに動いて、部屋を出ていく。
どうやらインタビューは終わりらしい。
それから暫く、部屋の中には僕と千花だけしかいない状態が続く。
十分か、十五分か、それくらいして、やっと、震えながら、千花が戻る。
「ふ、ふふふ、い、いーちゃん……! いーちゃん……! の、……ば、馬鹿……っ!! ばーかーでーす! もーやぁだぁー! 死にます! 恥ずかしくって死ーにーまーすぅ……ぅぅううう!! いーちゃんのおに! きちく! ケダモノお……っ!」
誤解されそうな言葉を叫んで、千花は僕の方に倒れこんできた。
キャッチしてやる。おう、熱い。溶けそうになっているなこれは。ドストレートに延々と千花が可愛いと言い続けたのは効果があったらしく、立つにも苦労しそうな有様だ。
御行氏にメールを送っておこう。
『千花と健全に過ごしてから戻ります』
これで良し。別に公序良俗に反することは何もしない。ただ千花を受け止めるだけだ。
分かっていた。彼女の顔は、紅潮して潤んだ乙女の顔。その口元には隠そうにも隠し切れない、にやけた笑顔がある事に気付いて居た。どうやらクリティカルヒットしたようだ。
満足した僕は、千花の背に手を回して、背中を撫でながら、そのままじーっとすることにした。
『ラブコメは程々にして早く戻ってこい!』
と御行氏からメールが来るまで、二人だけで静かにじーっとしていたのだった。