勘違いをしたのかもしれない   作:おかぴ1129

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言うほどでもなかったかもしれない①

 私たちがランチから会社へ戻る前の話だ。事務所に一本の電話が入ったそうだ。お茶で一服中だった渡部先輩が電話を取ったところ、相手は重要な取引先であるサイトウ・テクニクスの担当者、一色玲香さん。

 

 電話を取った渡部先輩いわく……

 

――本日を持ちまして、御社との契約を打ち切らせていただきます

 

 という旨の話を、ものすごい剣幕で一方的にまくしたてた後、受話器が乱暴に切られたそうだ。

 

 サイトウ・テクニクスといえば、うちの会社の売上のかなりを占める取引先。現在進行系の企画もいくつかあって、今この時期に契約を打ち切られるというのは、さすがに考えにくい。折返しすぐに薫お姉さまが先方に連絡を取ったところ……

 

――頭のおかしなそっちの担当者と、その連れに聞いてみたらどうですか

 

 一色さんはそう捨て台詞を吐いて、再度一方的に電話を切ったそうだ。

 

「サイトウ・テクニクスさんの担当といえば金森くんですよね」

「はい」

「そして時間帯的に“その連れ”というのは小塚ちゃんですよね」

「そうです……」

「昼食時に喫茶店でよく会っていたというのは聞いていましたが……」

「……」

「まず、何があったのかを話してください」

 

 薫お姉さまの冷たい声が、第三会議室に静かに響く。無機質な会議室の中が、さらに冷たく、硬質に感じられる。

 

 私達は今、第三会議室で薫お姉さまと渡部先輩から、事情聴取を受けている。一つの白い簡易テーブルに、私と金森くん、そして向かいに薫お姉さま。私たちのそばの壁には、渡部先輩が腕組みをしてもたれかかっていて、普段は感じることのないプレッシャーを私達に放ち続けている。

 

「……」

「……」

「……言えないことですか?」

「……」

「仲の良い私たちにも言えないようなことを、先方に働いたのですか?」

 

 一向に口を開かない私達に、薫お姉さまが追い打ちをかけてくる。こういう時のお姉さまは恐ろしい。

 

 お姉さまは普段から無愛想で冷静な顔つきだが、意外と表情豊かで優しく仲間思いなのは、私もよく分かっている。

 

 でも、本当に怒っている時の薫お姉さまは、体中から硬質で冷たいオーラを漂わせる。今日のお姉さまがまさにそうだ。普段はお姉さまの言葉の端々から優しさを感じ取ることが出来るが、今日はそれがない。一切の遠慮と配慮のない、とても冷たく、厳しい声だ。

 

 だから私は、口を開くことが出来なかった。私と金森くんのさっきの喫茶店でのことは、決して間違ってないと言い切ることは出来る。でも、薫お姉さまの無言のプレッシャーの前では、そんな自信もゼロ近くまで減退してしまう。

 

 それは金森くんも同じようだ。チラと隣を伺うと、金森くんも病み上がりの口をつぐんでいる。目はまっすぐ薫お姉さまを見てはいるけれど、その表情はこわばっているように見えた。

 

 つまり私達は萎縮しきってしまい、口を開くことが恐ろしくなってしまっていた。

 

「……なぁお前ら」

 

 渡部先輩が頭をぼりぼりとかき、眉をへの字に曲げて口を開いた。薫お姉さまに比べれば、渡部先輩の口調の方がまだ優しい。渡部先輩の様子は、『怒っている』というよりも『困っている』という感じに近い。

 

「黙っていたらわからん。何があったのか話してくれ」

「……」

「それが分からんと、俺達も判断が出来ん」

 

 冷静な薫お姉さまに比べ、幾分優しさが感じられる先輩の説得は、確かに私達の緊張を少しだけ解いた。

 

「……分かりました」

 

 意を決した金森くんが口を開いた。彼は少しだけ足を開き、両手を組んで状況を思い出しつつ、ゆっくりと正確に先程の喫茶店でのやりとりを話していった。

 

「……小塚さん。もし間違いがあったら訂正よろしく」

「うん」

「あと、僕が顔を出す前の説明もお願い」

「分かった」

 

 金森くんが、勇気を出して話すことに決めた……ならば私も、キチンと話をしなければ……膝の上に乗せた手をギュッと握りしめ、私は震える喉と口で、思い出せる限り正確に状況の説明を行った。

 

「では小塚ちゃんが一人でランチを食べていたら、先方の一色さんが突然?」

「はい。私と相席になりました。そこから喧嘩腰で話しかけられ、私もつい……」

「よくその店で会っていたそうですが、あまり仲はよくなかったんですか?」

「はい……」

「なぜ? 一色さんといえば重要な取引先の担当者ですよね?」

「……」

「金森くん?」

 

 仲が良くなかった理由……それも話さなければならないのか……できればそれには触れたくない……そう困り果てていたら……

 

「係長、その件は僕らのプライベートな問題です。関係があると分かるまで、話したくはありません」

 

 と金森くんが助け舟を出してくれた。渡部先輩も頭をぼりぼりと抱えつつ、

 

「仲が良くない理由なんてどうでもいいだろ。薫だって意味もなく嫌いなヤツの一人や二人いるはずだ。それでも仕事はキチンとやるだろうが」

「そうですが……」

「そんなことより顛末の方が大事だ。嫌いな理由なんぞどうでもええわ」

 

 と薫お姉さまに食って掛かる。この場で味方だと思っていた渡部先輩に噛みつかれ、薫お姉さまはちょっと困った顔を浮かべていた。

 

 そうして、私と金森くんの事情聴取は30分弱にも及んだ。薫お姉さまは真剣な表情で時折メモを取り、その硬質で怒り心頭の雰囲気とは裏腹に、私達の話を口を挟まずジッと聞いてくれていた。

 

 一方の渡部先輩も、腕を組んだまま壁にもたれかかり、私達の話をジッと聞いていた。静かな第三会議室には、しばらくの間、私と金森くんの声だけが響いていた。

 

「……以上です」

 

 最後に一色さんが退店をしたところまで説明したところで、金森くんは説明を終わらせた。病み上がりの彼には少々辛いのか、少し息が上がっているように見えた。

 

「ふむ……」

 

 自分が取っていたメモを眺め、薫お姉さまは顎に手を当てた。さっきまでの怒り心頭な雰囲気は、幾分影を潜めていた。

 

「どう思う?」

 

 私たちが話している間中、渡部先輩も口を挟むことはしなかったのだが……ここで先輩は頭をボリボリとかきながら、薫お姉さまにそう声をかけた。普段に比べるとだいぶ引き締まった顔をしているが、それでも先輩が何を考えているかは表情からは読み取れない。

 

「……とりあえず、明日先方にお伺いしようと思っています」

「そうか」

「では僕も……!」

 

 責任を感じているのだろうか。金森くんが椅子からガタッと立ち上がるけれど、薫お姉さまはそんな金森くんを右手を上げて制止する。

 

「いえ。金森くんは来なくて結構です」

「しかし……ッ!」

「結構です」

「でも!」

「結構だと言っています」

「……はい」

 

 お姉さまは、最後はピシャリと金森くんを切り捨てた。ご夫妻の前では普段はあれだけ元気のいい子犬のような金森くんも、今は完全に萎縮してしまっていて、まったく薫お姉さまに食いつこうとしなかった。

 

 

 その後薫お姉さまから『事務所に戻りなさい』と言われ、私と金森くんは第三会議室から出た。事務所に戻るまでの短い道を、金森くんと共にうなだれて歩く私達。

 

「……ねぇ金森くん」

「ん?」

「私達、相当まずいことしちゃったのかな……」

「どうだろう……間違ったことをしたつもりはない。けど、係長のあの様子は……」

「うん……」

 

 そう。私と金森くんは、間違ったことをしたつもりはない。私達は、ただ降り掛かってきた火の粉を払い、それを相手が逆恨みしたに過ぎない。私の認識はこうだし、きっと金森くんも同じ考えのはずだ。

 

 でも、それではだめな場合がある。自分たちは何も悪くないはずなのに、それでも頭を下げなければならない場合があることを、この短い社会生活の中で、私は何度か目の当たりにしてきた。

 

 それが、今回だと言うのだろうか……しかも、愛する薫お姉さまに迷惑を掛ける形で……。

 

 自分の席に戻ってからも、陰鬱な気分は抜けない。渡部先輩が戻ってくるまでの間にエクセルのデータ整理を済ませてしまおうかと思ってファイルを開いたが、気もそぞろでミスを連発してしまう。

 

 チラと金森くんを伺うと、私と同じ状況のようだ。りんごマークのノートパソコンを開いて仕事をしているが、中々集中が出来ないらしく、時折こちらをチラと伺っている。

 

 そうして私達二人がもんもんとした気持ちと格闘しながら待つこと十数分後。薫お姉さまと渡部先輩の二人が会議室から戻ってきた。私はすぐに二人の元に行きたかったのだが、『迷惑をかけてしまったのかもしれない』という意識が、私に二の足を踏ませる。

 

 私が躊躇っていたら、お姉さまと渡部先輩は部長の席へと向かい、そこで何か話をはじめた。ある程度距離が離れているから、二人の会話は中々に聞き取りにくい。ただ、『明日』『先方』『詳しい説明を』という言葉が聞こえてくるから、薫お姉さまが明日先方に向かうことは、確定なようだ。

 

「んじゃ、明日は頼む」

「はい」

「うーす」

 

 不思議とそこだけははっきりと聞き取れ、二人が自分の席に戻ってくることがわかった。金森くんは薫お姉さまが席に戻った途端にお姉さまに話しかけていたが、体よくあしらわれたみたい。うなだれて自分の席へと戻っていった。

 

 一方で、渡部先輩も私の隣の自分の席へと戻ってきた。

 

「うぃー。疲れた疲れたー」

「あの……先輩」

「ぁあ? なんだ小娘」

「すみません……迷惑かけて……」

「あ? お前、自分が悪いことしたとか思ってんのか」

「そうではないですけど……」

「だったら堂々としてろ。悪いことやってないのに頭下げたりするな」

「はい……」

 

 とこんな具合で、あまり私の言葉を真剣に受け取ってはくれなかった。

 

「金森くんと私、何か処分が下されたりは……」

「まだ分からん。そういうのは、明日先方の話を聞いてからだ」

「薫お姉さまが私達の代わりに先方に行くんですか?」

「そうだ。まぁ俺も行くが」

「渡部先輩も?」

「うん。まぁ……お前の指導社員だし」

 

 驚愕の事実……もうこれだけで分かる……普段は主夫仲間の野村さんのところ以外にはめったに外出しない渡部先輩が外出する……しかも、私の指導社員という理由で……ことは相当重大みたいだ……

 

「すみません渡部先輩ッ!」

 

 いてもたってもいられない。罪悪感で頭がどうにかなりそうだ。何をすればいいのか分からず、私は改めて渡部先輩に頭を下げた。でも渡部先輩はいつものように欠伸をした後……

 

「だから頭を下げるな。お前は何も悪いことはしてないんだろうが」

 

 と言いながら、私の頭のてっぺんを左にペシンとはたいた。はたいたと言っても、ほんとに髪をかするぐらいだ。だから痛くもなければ渡部先輩に触れられたという不快感もない。

 

「……あ、そうだ」

 

 私が頭を上げると、渡部先輩は急に忙しそうにわちゃわちゃと動き始めた。何かを印刷したらしく、プリンターから何枚かの紙が出てきた。

 

「やい小娘、今印刷したやつ持ってきて、それをクリップでまとめろ」

「はぁ」

 

 言われるままに、印刷された数枚を手に取る。これは私が東京出張のときに古賀さんに褒めてもらった資料だ。野村さんの紹介スライドに描いてある私のネコの落書きが、今だけはなんだか腹立たしい。

 

「まとめたらこっちよこせ」

「はい」

 

 言われるままに綴じた資料を渡部先輩にわたす。受け取った先輩はそれを一枚の封筒へと入れ、それを私に手渡した。

 

「はいこれ」

「……なんですか?」

「ノムラ事業所の野村さんちは知ってるよな?」

「知ってますけど……」

「んじゃこれ頼む。野村さんから頼まれてたヤツで、今日持ってくつもりだったんだ」

「はぁ……でもその資料、野村さんも持ってませんでしたっけ?」

「本人がほしがってるんだから、欲しいんだろうよ。あとUSBメモリも入ってるから、それもちゃんと渡せよ」

「でも先輩が持っていきたいのでは?」

「いいから持ってけって」

「はい……」

 

 『自分で持っていけばいいのに……』とは思ったが、今の私には、それを口にする勇気はなく……渡部先輩から渋々その封筒を受け取り、コートを着て外出準備に勤しんだ。

 

 事務所を出ていく寸前、金森くんと薫お姉さまの様子が視界に入った。金森くんがぺこりと頭を下げ、お姉さまが我関せずと言った感じで何かを話している様子は見て取れたが……具体的にどういうやり取りをしているのかは、ここからは聞こえなかった。

 

 野村さん宅までは電車を使う。すぐそばの駅まで歩き、そこから10分ほど電車で移動するのだ。お客さんの少ない単線で、電車の本数も1時間に2本と極端に少ない。

 

 駅に到着すると……運が良かった。電車はすでに到着しており、あとはそれに飛び乗ればすぐに目的地に到着する。私は急いで電車に飛び乗り、ガラガラの車内の空いてる席へと腰を下ろした。ほどなくして、電車はのろのろと動き始めた。

 

 のんびりと進む電車に揺られながら、私は目的地を目指す。封筒の中身が気になり、私は中を覗き込んだ。中はA4の紙の束……さっき私が綴じた資料……一部と、小さなUSBメモリだ。USBメモリの中身は何か分からない。私は封筒の中から資料を取り出した。

 

 その瞬間、私は渡部先輩がこれを託した理由が分かった。渡部先輩のトラップに、私はうまく嵌められてしまったわけだ。

 

――昨日は金森くんの看病したし、今日もあんなことがあって疲れたろ。

  野村さんにこれを渡したら、今日はもうそのまま帰れ。

  お疲れさん。今晩はゆっくり休めよ。

 

 封筒の中には、私の預かり知らない一枚の手紙が入っていた。私の目を盗んで、一体いつの間にこんなものを準備していたのだろう。……ありがとうございます渡部先輩。今日は渡部先輩に甘えさせてもらいます。

 

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