勘違いをしたのかもしれない   作:おかぴ1129

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勘違いじゃない②

 いつもより1時間早い午前六時。私のスマホのアラームがけたたましく鳴り響き、私は目を覚ました。

 

「んー……ッ!」

 

 布団から上半身だけを起こし、伸びをして周囲を見回した。ここは私の部屋ではなく、兄貴のマンションの客間。昨晩、お弁当の下準備が終わった後で普段は使ってない客間に布団を準備され、私はそこで眠ったことを思い出した。

 

 改めてスマホで時刻を確認する。午前六時。普段よりも1時間早いだけなのに、結構眠い。ここで布団の中にぼふっと飛び込んでしまえば、私はもう1時間眠ることが出来るのだが……

 

「……ふんッ!!!」

 

 意を決し、私は布団から勢いよく飛び起きた。髪に触れ、寝癖があまり酷くないことを確認したところで、部屋の外に出る。

 

「あ、おはようございます!」

 

 廊下に出た。室温は意外と暖かい。それはきっと、今挨拶をしてくれた小春さんが暖房で部屋中を暖めてくれていたからだろう。台所を覗くと、すでにピンクのエプロンをして準備万端という感じの小春さんが、いつものふんわり笑顔で私を見守ってくれていた。

 

「おはよう小春さん」

「はい」

「兄貴は?」

「今日は早く出る必要があるそうで、もう出勤しましたよ?」

「そうなの? 兄貴はやい……」

「まぁそんな日もあります」

 

 その後小春さんに促され、私は顔を洗って歯を磨き、寝癖を整えてパジャマを仕事着に着替えた。これで上にスーツを羽織れば、いつもの出勤時の服装になる。

 

 着替えが終わって台所に向かうと、テーブルの上には赤いエプロンが丁寧にたたまれて置かれていた。

 

「それ使って下さい」

「? いいんですか?」

「以前に私が自分用に買ったんですけど、赤は私よりもむしろ真琴さんだろうなぁと思い直しまして。可愛い妹へのプレゼントです」

「ありがとう小春さん!!」

 

 思いもよらぬお姉さんからのプレゼントに胸を熱くし、私は高鳴る胸を抑えながらそのエプロンを身に着けた。その赤いエプロンはたすき掛けのタイプのもので、着てみると身体にピッタリとフィットするタイプだ。これはふわふわな服を好んで着る小春さんの好みではないだろう。なら、ありがたく使わせてもらおうか。

 

 背中の腰紐をキュッとしばり、私は台所に戻ってきた。

 

「小春さんおまたせ!」

「はい。……似合ってますね。やっぱり小春さんには赤がよく似合う」

「ありがと……」

 

 まったく……姉さんはズルい。こうやって、すぐ私のことを褒めるから……。

 

 台所を見回す。大半の準備は昨日のうちに終わらせたので、今日やることは少ない。プロッコリーを茹で、卵焼きを焼き、巻いておいたアスパラベーコンを焼き、そして……

 

――大好物です! フライ全般好きですけど、クリームコロッケが一番好きですね

 

 昨日のうちに整形しパン粉をつけておいたクリームコロッケを揚げるだけた。

 

「じゃあやりましょっか。私はブロッコリーを茹でますから、真琴さんはクリームコロッケを揚げて下さい」

「私でも出来るかなぁ……」

「大丈夫。私が隣でちゃんと見張ってますから」

「お願いしますね?」

「任せて下さい。でも、真琴さんが作らなきゃダメですからね?」

 

 こうして、金森くんへのお礼を兼ねた、私と小春さんのお弁当作りが始まった。小春さん、頼りにしてます!!

 

 小春さんがブロッコリーを茹でるべく雪平鍋に湯を沸かしているうちに、私は天ぷら鍋に菜種油を注いで火を入れ、コロッケを揚げる準備に取り掛かった。

 

 油を温めている間に、冷蔵庫からクリームコロッケの種を取り出す。金属のバットの上に規則正しく並べられた10個のクリームコロッケは、昨日のうちに整形しておいたものだ。

 

「火は見ておきますから、パン粉も出しておいて下さい」

「なんで?」

「油の温度を見るんです」

「はーい」

 

 小春さんに促され、パン粉が入った筒状のガラス容器も冷蔵庫から出しておいた。小春さんの様子を見ると、沸騰したお湯にブロッコリーを投入しつつ、天ぷら鍋の火も見ている。

 

「小春さんありがとう! コロッケ出したよ」

「ありがとうございます。そしたら一度、パン粉をひとつまみ油に落としてみて下さい」

「はーい」

 

 ガラス容器の中からパン粉をひとつまみ取り、油の中へと入れてみた。パン粉は細かい泡を立て、全体に広がっていった。

 

「……そろそろですね。2つずつぐらい揚げていきましょ」

「はーい」

 

 小春さんに言われた通り、コロッケの種を見るのに2つ、鍋の油の中へと入れた。シュワシュワと心地いい音を立て、クリームコロッケが揚がっていく。本当は菜箸でひっくり返したりしたいが、小春さんが言うにはあまりいじってはいけなかったような……これも美味しいクリームコロッケのためだ。我慢、我慢……。

 

 そうやって、私がコロッケをひっくり返したい衝動と戦っていたら……である。

 

「ぷぷっ……」

「? 小春さん?」

 

 プロッコリーを茹で終わり、それをザルに開けた小春さんが、私を見てぷぷぷと笑っていた。ほくそ笑んでいると言ってもいい笑みだが、不思議と小春さんがそれをやると、どこかお茶目で可愛らしい。

 

「……今日はなんでまた、突然お弁当を作りたいと思ったんですか?」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、小春さんが私の顔を覗き込んできた。私はほんのり色づいてきたコロッケを菜箸でひっくり返しつつ、そんな小春さんの顔を見つめる。

 

「なんか、同僚の方に作ってあげたいって言ってましたけど」

 

 そう。本当のことを言うのがなんだか恥ずかしくて、私は昨日、小春さんに『同僚に作ってあげたい』と言って誤魔化した。でも、小春さんにはお見通しなんだろうなぁ。今開けてある2つのお弁当、確実に大きさ違うし……

 

――はい。有能で頼りになるし、私と仲良くしてくれる……私の自慢の同僚です

 

「はい……同僚、です……」

 

 なんとかもう一度、同僚であることを強調したのだが……小春さんは『ふうん』と意外とそっけない返事をし、アスパラベーコンを冷蔵庫から出すと、私の隣のガスコンロにフライパンを置いて火をつけた。私は私で、コロッケをジッと見る。焦げないように、でもきつね色にこんがり揚がるように……

 

「……」

「……」

「好きなんですか?」

「ばッ!?」

「鍋から目を離さないで」

「ご、ごめんなさい……」

「……で、好きなんですか?」

「こ、小春さ……!?」

「ほら焦げますよ?」

 

 口を押さえてぷぷぷと笑う小春さんに促され、私は慌てて油の中のクリームコロッケを取り出した。取り出す時は最後に少しだけ油に浸して、そして出す。確か昨日、そんなことを小春さんが言っていたような……でも手が震える……小春さんが突然変なことを言い出すから……

 

 でも、小春さんはなんで突然そんなことを聞いてくるんだろう……? 私は新しいクリームコロッケの種を2つ、油の中に入れた。途端にシュワァァアアアと揚がる音が鳴り響き、油の中でコロッケがぷかぷかと浮かび始めた。

 

 一方の小春さんも、フライパンが充分に熱くなったようだ。アスパラベーコンを3つ、フライパンで焼き始める。

 

「だってほら、大晦日の日に振り袖着て行ったじゃないですか」

「はい……」

 

 思い出す……薫お姉さまに、きれいになった私を見て欲しくて……でもそれが、ダメになってしまって……金森くんと二人で……。

 

「あれって、好きな人にキレイな自分を見て欲しいからだろうなーって思って」

「はい……まぁ……」

 

 間違ってはいない。間違ってはいないんだけれど……。

 

――振り袖もかすみ草もよく似合ってる。素敵だ

 

 でも、金森くんはそんな私をキレイだと言ってくれて……小春さんが挿してくれたかすみ草も、似合ってるって言ってくれて。

 

 一向に白状しない私を見て、小春さんは何かを察したようにニコリと笑う。コロッケの色が少しずつきつね色に変わり、私はコロッケを裏返す。小春さんのアスパラベーコンも、いい感じに焼き上がってきたみたいだ。

 

 アスパラベーコンの焼け具合をジッと見つめる小春さんは、とても楽しそうだ。

 

「ねぇ真琴さん?」

「はい……」

「誰に作ってるんですか?」

「えっと……だから同僚、です……」

「同僚ですか」

「はい……」

 

 そう。金森くんは同僚です。同僚のはずなんです。

 

「でも真琴さん?」

「なんですか?」

「その人に『美味しいって言って欲しいなー』て思ってます?」

「そりゃ、まぁ」

 

――んーおいし……

 

 反射的に、喫茶店ちょもらんまで美味しそうにクリームコロッケを食べる金森くんを思い出した。もし私のお弁当を食べて、あんな風に美味しいと言ってくれたら……

 

「いやありえない! 私は……!!」

 

 即座に私は首を振る。そうだ。この気持ちはきっと私自身の勘違い。あのクリスマスの日の夢から続く、私の小さな勘違いなんだ。きっとそうだ。そのはずなんだ。

 

 私は、守ってくれたお礼に作っているんだ。一色さんからずっと私を守ってくれていたから、そのお礼に今、彼が好きなクリームコロッケを揚げているんだ。

 

 でも……

 

「でも真琴さん」

「はい?」

「その人が喜ぶ顔が見たくて、お弁当作ってるんですよね?」

「はい……」

「その人、クリームコロッケが好きですか?」

「はい……」

「今もこうやって話をしてて、その人の顔、思い出します?」

 

――次からは、ちゃんと行き先の天気も確認するんだよ?

 

「うん……」

 

 畳み掛けるような小春さんの質問は、容赦がない。アスパラベーコンを焼きながらだからだろうか。こちらへの一切の配慮のない質問が、私に襲いかかってくる。そして……

 

――よかった。流されちゃうから、気をつけて

――大丈夫。離さないから

 

 そんな質問は私の頭の中に、いろんな金森くんを思い出させた。

 

「その人が他の人と仲良くしてると、妙にご機嫌ななめになったりします?」

 

――あ……でもせんぱ……そんな野性味溢れるせんぱいも……イイ……ッ!!

――いいんですお姉さま! 私が金森くんの代わりにがんばりますから!!

 

「うん」

「その人、クリームコロッケが大好きですか?」

「うん……」

「その人、頼もしいな〜って思います?

 

――よかった。流されちゃうから、気をつけて

 

「うん……頼もしいと思う……」

「その人の笑顔、見たいと思います?」

 

――小塚さん。……おはよ

 

「うん……見たい」

 

 小春さんが私に質問をポンと投げかける度、私の中で金森くんとの思い出が蘇る。その金森くんを思い出す度……思い出の中の金森くんに見つめられる度、私の胸はドキンとして心地よくて。でも、恥ずかしいから早くあっちを向いて欲しいような……でもずっと私を見ていて欲しいような……

 

 恥ずかしいから、早く頭から振り払いたいような……でも、振り払ったら振り払ったで、また思い出したくなるような……思い出の中でも、笑顔の彼と見つめ合いたいような……

 

 鍋の中に視線を落とす。ひっくり返したクリームコロッケの色はこんがりきつね色。さっきと同じように鍋から取り上げ、私は静かに2つの種を入れた。シュワシュワと音をたてるコロッケは投入したばかりだから、まだまだ色は全体的に白い。

 

 私は小春さんを見た。小春さんはいつもの春風のような爽やかな笑みを浮かべ、鍋ではなく私の顔をジッと見つめていた。

 

「真琴さん?」

「ん?」

「……それはもう、好きなのでは?」

 

 視線を落とし、コロッケをひっくり返した。ほんのりきつね色になりつつあるコロッケの周囲には、シュワシュワと小さな泡がたくさん立っている。

 

 小春さんの笑顔の前で、私は段々『違う』という言葉を発することができなくなってきた。一緒にお弁当を作っていく中で、心の中を小春さんに見透かされてしまったのかな……

 

 ねえ金森くん? どうなんだろうね?

 

 私はね? 薫お姉さまのことが好きなんだ。それは間違いない。

 

 だから私は、この気持ちは勘違いだと思ってるよ? クリスマスのあの日の夜から始まった、小さな小さな、私の勘違い。

 

 でも、その小さな勘違いを抱いた私の胸が、こんなにも心地いいのはどうしてだろう? キミの笑顔を思い出す度、胸が暖かくなるのはどうしてだろう? 仕事中のキミが頭に浮かぶ度、胸が高鳴るのはどうしてだろう? そして……

 

――……そっか

 

 キミが熱を出して私が看病をした日の、キミの寂しそうな返事を思い出す度、こんなにも胸が締め付けられるのは、どうしてだろう? キミの寂しそうな後ろ姿を思い出すたび、その背中を抱きしめたくなるのはどうしてだろう?

 

 ひょっとしたら、この気持ちは……

 

「好き……なのかな……」

 

 再び顔を上げ、小春さんを見た。小春さんは相変わらず、名前通りの暖かい微笑みを浮かべ、私をジッと見つめていた。

 

「分からないけど……多分」

「そっか……」

 

 

 最後の2つのコロッケを揚げ終わった後、小春さんから促され、私は卵焼きも自分で焼いた。私が慣れ親しんだ卵焼き。出汁と塩と醤油に、少しだけみりんを入れて甘みをつけた、私が小さい頃からずっと食べていた卵焼き。キミはこれを食べた時、なんて言ってくれるだろう。キミは美味しいと言ってくれるかな。

 

 卵焼きがふわふわに焼けたら、お弁当箱へそれらを並べる。大きい方はキミのお弁当で、小さい方は私のものだ。ご飯をよそい、クリームコロッケと卵焼き、そして小春さんが手伝ってくれたブロッコリーとアスパラベーコンを並べていく。彩りよくお弁当箱に並べていき、最後に小春さんがくれたプチトマトを入れれば、キミへのお礼のお弁当は完成だ。

 

 あとは充分に冷えるまで待つばかり。私はエプロンを外しスーツのジャケットを羽織って、いつもの出勤時間が来るまで、居間で一休みすることにした。

 

 居間をぐるっと見回す。やはり以前のような、事故物件としか思えない立て看板はない。結婚したことで多少は兄貴も落ち着いたのか……それともまさか寝室にあったりするのか……キリが無くなりそうなので、余計な詮索はその辺でやめておいた。

 

「はい。お疲れ様でした」

 

 ソファに座り、のんびりとテレビを眺めている私に、小春さんが暖かいミルクを入れてくれた。ミルクが入ったマグカップを小春さんから受け取る。カップはとても熱くて、ミルクの温度がけっこう高いことを、私の手を介して伝えてくれる。

 

――あっつ!?

 

 これだけ熱いと、キミはしばらく飲めないだろうね。だって認めないだけで、キミはきっと猫舌だから。

 

 ほら。またすぐにキミのこと考えてる。

 

 時計を見た。時刻はまだ7時前。お弁当に目をやると、2つのお弁当からはまだ湯気がたっている。もうしばらくあのまま置いておいて、冷まさなきゃいけない。

 

 小春さんを見ると、小春さんもマグカップで静かに暖かい飲み物を口にしている。さっきから紅茶のいいにおいがするから、小春さんは紅茶を飲んでいるのかな。私にミルクを準備してくれたし、ひょっとしたらミルクティーなのかも。静かにマグカップを口にする小春さんは、とても穏やかな笑顔で、マグカップを両手で抱えている。

 

 窓の外に目をやると、今日は目が醒めるほどの晴天。真っ青な空には、小さくて真っ白い雲が、いくつかぷかぷかと浮かんでいる。

 

「いい天気ですね真琴さん」

「うん」

 

 そう。今日はなんだかいい天気。仕事するのがもったいないと感じてしまうほどだ。今だけは渡部先輩の気持ちも分かる。せっかくお弁当作ったし、こんなに天気がいいのなら、仕事なんてせずにピクニックにでも行きたいけれど。

 

――話のメモをお願い。iPad使っていいから

 

 そうすると、仕事をしているキミの姿は見られないわけで……私は、仕事中のキミも見つめていたいわけで。

 

 振り返り、台所のお弁当を見た。湯気がだいぶ少なくなってきた。あともう少しすれば、お弁当の蓋も閉じることが出来る。

 

「もう少しですね」

「うん」

 

 時計を見ると、7時を少し過ぎた頃。もうそろそろ出勤する準備をはじめる時間だ。私は立ち上がりミルクがまだ残っているマグカップを手にとったまま、台所へと足を運ぶ。テーブルの上には、2つのお弁当箱。中身も形も何もかもが同じだけど、大きさだけが違う2つのお弁当箱が、静かに佇んでいた。

 

――ちゃんと握っててね?

――大丈夫。離さないから

 

 その2つのお弁当箱は、仲良く並んで佇んでいた。

 

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