勘違いをしたのかもしれない   作:おかぴ1129

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勘違いされたのかもしれない①

「うーい。飯だ飯だー」

 

 お昼休みに入る2分ほど前になると、私の隣の席の正嗣先輩は、そう言って自分のバッグからお弁当箱を2つ取り出す。正嗣先輩のその声を合図に、社員のみんなは昼休みに入ることが多い。正嗣先輩の昼飯コールは、いまや社内のお昼休みを知らせるアラームと言っても、過言ではない。

 

 薫お姉さまも、時計を見るよりは正嗣先輩の昼飯コールを聞いてお昼休みに入ることが多い。今日も薫お姉さまは、正嗣先輩の昼飯コールを聞いた途端にパソコンのキーボードを叩く手をピタリと止め、席から離れて正嗣先輩の元にやってきた。

 

「先輩、今日のお弁当のメニューは」

「お前、作ってるの横で見てたろ? 今日はクリームコロッケとネギ入りの卵焼きだ」

「卵焼きがネギ入りだとは聞いていませんが」

「嫌だったか?」

「……いえ。逆に楽しみです」

 

 そんな、いつもの微笑ましい会話が渡部夫妻の間で繰り広げられる。『横で見ていた』はずなのに、なぜ薫お姉さまは卵焼きがネギ入りだと言うことを知らなかったんだろう……という小さな疑問は、口には出さない。なぜなら、そんなちょっと抜けたところも、薫お姉さまの魅力だと私は思っているからだ。

 

 一方で……

 

「え!? 今日の正嗣先輩たちのお弁当はクリームコロッケなんですか!?」

 

 『クリームコロッケ』という単語を聞いた金森くんは、幻の犬耳をピクピクと動かし、いつものペンギンみたいな動きで渡部先輩の元へとちょこまかと向かっていた。ケツの部分に犬のようなしっぽが見えていて、そのしっぽが元気よくブンブンと左右にふりふりされてる……これって、幻だよね……?

 

「そうだが……なんだ金森くん、クリームコロッケ好きなのか」

「大好物です! フライ全般好きですけど、クリームコロッケが一番好きですね」

「んじゃ一個つまむか? 俺の弁当からでいいなら」

「よろしいんですか!?」

「ダメですっ。金森くんに一個あげると言うなら、私はその一個を強奪しますっ」

「だそうだ。残念だったな金森くん」

「仕方ない……僕はいつものお店でランチを食べますよ……」

「だからそのメランコリックな笑顔はやめろ」

 

 そんなお決まりのやりとりの後、金森くんはとぼとぼと渡部夫妻の元を離れていく。私は薫お姉さまが大好きで、渡部先輩を亡き者にしたいと思っているから、正直、金森くんが頑張ってくれるのはとてもありがたいんだけど……でも、やはり渡部先輩を守る薫お姉さまの壁は厚いみたいだなぁ……。

 

 パソコンの画面を見た。社内報の作成もキリがいい。私もお昼を食べに行こう。立ち上がり、財布とスマホが入ったバッグを手にとった。

 

「……あ」

「……お」

 

 金森くんが、私のすぐそばまで来ていた。金森くんはジッと私の顔を見て、そして……

 

「……よかったら、今日も一緒にあの店行かない?」

「別に……いいけど」

 

 私をランチに誘った金森くんは、私の返事を聞くと、ニヘラと力が入ってない笑みを浮かべ、私を誘導するように、事務所の出入り口へと向かった。

 

 

 会社から歩いて数分のところに、私と金森くんの目当ての喫茶店『喫茶・ちょもらんま』はある。名前こそなんだかふざけた感じの店だが、マスターが作るメニューの数々はとても美味しいし、その奥さんが淹れてくれるコーヒーはスッキリしてとても美味しい。……らしい。私はコーヒーが飲めなくて、ドリンクを頼む時はいつもオレンジジュースだし。

 

「んじゃ、ミックスフライ定食とオムライスだねー」

「はい」

「ドリンクはコーヒーとオレンジジュースでよかったっけ?」

「そうですね」

「はいよー。んじゃごゆっくりー」

 

 私達のオーダーを取ったウェイトレスの奥さんは右手をぴらぴらと動かしながら振り返り、店の奥へと消えていった。

 

 いつものことだけど、奥さんの髪型はすごい。髪色だってほんのりピンクと紫が入ってて派手だけどキレイだし、髪型も爆発とまではいかないけれど、ところどころツンツンととんがっていてとても個性的だ。でも、そんな個性的な佇まいがよく似合う。

 

 店内は古びたアンティーク調の木造で、真ん中には薪の暖炉が置いてある。パチパチと心地いい音が鳴って、暖炉の前の席の時は、薪が燃える様子をずっと眺めることが出来る特等席だ。

 

 残念なことに、今日私達が座るのは窓際の席。とはいっても窓そのものはあまり大きくはなく、物を置けるスペースがあるから、そこまで窓際というイメージはない。そのスペースには、奥さんたちご夫婦の昔の写真だろうか。いくつかの古い写真が入った写真立てが置かれている。

 

「今日は金森くんオムライスなの?」

「うん」

「クリームコロッケ! て大暴れしてたから、コロッケ定食頼むんじゃないかと思ってたけど」

「迷ったんだけどね。オムライス、美味しそうだったから」

 

 そんな会話を金森くんと続けながら10数分。やがて私達の元に、奥さんがオーダーの品を届けてくれた。

 

 私たちがオーダーした品は、両方ともとても美味しそうだ。私のミックスフライ定食は揚げたてでまだジジジと音が聞こえるし、金森くんのオムライスも、真ん中から卵をパカッと割るタイプのもので卵もふわふわだし、チキンライスもとても美味しそう。上にかかっているケチャップまで美味しそうに見える。

 

 ちなみにミックスフライ定食はその日によってセットのフライが異なる。今日はエビフライとアジフライと……あと、俵型をしている最後の一つは何だろう? あとはバターロールのパンが2つと野菜スープ。スープは金森くんのオムライスについているものと同じものだ。

 

「んじゃ」

「うん」

「「いただきます」」

 

 二人で声を合わせ、私はエビフライを、金森くんは卵ごとスプーン一杯、同じタイミングで口に運ぶ。サクッとした衣の奥のぶっといエビが、ぷりぷりとした食感でとても美味しい。タルタルソースの酸味も絶妙だ。

 

「んーおいしい!」

「オムライスも美味しい」

 

 金森くんが頼んだオムライスもとても美味しいらしく、口の端っこにほんの少しだけケチャップをつけたまま、無邪気に微笑んでいた。いたたまれなくなり、金森くんにケチャップ付着の事実を伝えてあげることにする。

 

「金森くん、口」

「ん?」

「ケチャップ」

「ん……どこ……」

「端っこ」

「んー……」

 

 テーブルから紙ナプキンを一枚取って、金森くんは口の端っこを拭く。だけど金森くん、ケチャップが付いてるのは右じゃなくて左だよ……なぜか目だけ上を向けたまま、金森くんは一生懸命に、ケチャップの被害に遭ってない、私から見て左側の方を必死にゴシゴシ拭いていた。

 

「違う逆」

「え……逆?」

「そう。左」

「え……でもだったら今拭いて……」

「違う逆だって。私から見て左」

「あ、そっか……」

 

 やっと気付いたようで、金森くんはケチャップを拭き取りナプキンをテーブルの上に置くと、私にニヘラと微笑んだ。こんな人が、社内外で話題持ちきりのイケメンなんだもんなぁ。薫お姉さまから『取引先に行くたびに黄色い声援が起きる』と聞いたこともあるけれど、そんなイケメンが渡部先輩狙いだなんて……一体誰が想像出来るだろう?

 

 そんなわけで、私達は暖炉によって心地よく暖められた店内で、暫くの間美味しいランチを堪能していたわけなのだが……

 

「……あら! 金森さんじゃないですか!!」

「ん?」

「……?」

 

 そんな静かなランチは、一人の女性の甲高い声によって、バッサリと打ち切られた。

 

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