勘違いをしたのかもしれない   作:おかぴ1129

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あまり寂しくはないかもしれない③

 参拝も無事に終わり、賽銭箱に二人で五円玉を投げ終わった私は、今は一人で大きな焚き火の前にいる。たくさんの参拝客に紛れ、パチパチという心地よい音とぬくもりの中で、金森くんが戻ってくるのを待っている。

 

 神社の社に視線を移すと、そのそばでは幾人かの神社関係者がテントを張り、そこで熱い甘酒を参拝客に配っている。この神社では、初詣に来た参拝客には甘酒を振る舞ってくれる。この寒空の下では、身体が冷え切ってしまう。そんなとき、甘くて熱い甘酒は本当にありかたい。もっとも私は、金森くんのカイロのおかげで言うほど寒くはないけれど。

 

 そのテントで、紙コップを2つ受け取る金森くんの背中が見えた。細身のチェスターコートを着ている彼は、周囲の人と比べても頭が一つ飛び出ている。その彼が、両手に湯気が立つ紙コップを持って、笑顔で私の元にやってきた。

 

「おかえりー」

「ただいまー。はい甘酒」

「ありがと」

 

 金森くんのカイロを左手に持ち替え、右手で紙コップを受け取った。中の甘酒は本当に熱い。金森くんのカイロ以上の熱が、今まで以上に私の右手を温める。

 

 その熱い甘酒を、一口だけすする。麹の香りがプンと立つその甘酒は本当に甘く、そして熱い。気をつけないと、舌をやけどしそうなほどに。

 

「あづッ!?」

 

 一方で、金森くんは甘酒を一口すするなり、こんな風に悲鳴を上げていた。

 

「金森くんって猫舌だっけ?」

「んーん……違うけど……アヅヅ……」

 

 クリームコロッケの時も悲鳴あげてたし、これは本人が否定しているだけで、ホントに猫舌なのでは? ……という気持ちを、私はグッとこらえた。

 

 金森くんは先程のひとすすりが相当キツかったらしく、未だに口を押さえ、もごもごしている。目が涙目だ。そんなに熱かったのか……

 

 金森くんがひとしきり落ち着くまでの間、私はジッと焚き火の炎を見つめていた。パチパチと薪が爆ぜる音が周囲に静かに響いている。焚き火の明かりの中では、たくさんの参拝客が体を温め、友人同士で談笑し、恋人同士で寄り添っている。

 

 私と金森くんの間は、少しだけ間が開いている。左手を伸ばせば彼の右のポケットには届くけれど、逆に言えば、伸ばさないと届かない程度に距離が開いている。

 

「……ねー金森くん」

「んー……もごもご……なに?」

「薫お姉さまたちってさ。今頃、何やってるのかな」

「……」

 

 私は、焚き火の炎を見つめながら、心の奥の疑問をつい口にした。焚き火の向こう側では、ひと組の男女が仲良さそうに肩を寄せ合い、焚き火のぬくもりで体を温めていた。

 

「……なんかね。二人で『ゆく年くる年を見る』とは言ってた」

「そっか」

「だから今日は家にいるんだって」

「なんだそりゃ」

 

 あまりに間抜けな理由に、つい苦笑いを浮かべてしまう。お姉さまにとって私は、公共放送の正月番組より存在価値のない女ってことか。

 

「そっかー。私はゆく年くる年に負けた女かー」

「まぁ……僕もそうなるね」

「寂しいなー。お姉さまにとって私は、その程度の女かー」

「自分のルーチンってさ。意外と大切なもんなんだよ。係長と正嗣先輩は、『大晦日にはゆく年くる年を見る』ってルーチンで、毎年生きてるんじゃないかな」

「……」

「だから、それと比べて小塚さんが大切じゃないとかじゃないよ」

「そっか」

「うん」

 

 優しい人だ。お姉さまたちの選択を肯定した上で、ちゃんと私のことも気遣ってくれてる。『ゆく年くる年に負けた女』という事実は覆せないけれど、それでも、金森くんの優しさはとてもうれしい。

 

 左手を袖の中に引っ込め、金森くんのカイロを袖口に仕舞う。そのまま両手で甘酒の紙コップを包み、一口すすった。今日はとても寒い。そのためか、甘酒はさっきより少し冷めて、幾分飲みやすくなっている。

 

 金森くんも、私と同じタイミングで甘酒をすすった。冷めた甘酒は金森くんにとっても飲みやすい温度のようで、彼が舌をやけどすることはなかった。

 

 二人で並んで、焚き火を見つめる。焚き火はパチパチと音を立て、私達の顔をオレンジ色に照らしている。こっそり金森くんの横顔を見ると、表情はいつもの穏やかな顔だったが、目だけはどこかさみしげだった。

 

「金森くんも、先輩がいなくて寂しい?」

「んー……まぁ、少し」

「そうだよねー」

「でもさ。初詣に来たのはよかったと思うよ」

「なんで?」

「んー……」

 

 当然の疑問だ。互いに目当ての人には会えず終いなわけだし。私だって、今日は楽しかったけれど、薫お姉さまに会えなかったことは残念だ。それは金森くんも変わらないはずなのだが……

 

 私の尋問を受けた金森くんは、照れくさそうに苦笑いを受けた浮かべながら、左手で鼻の頭をポリポリとかいていた。焚き火の明かりに照らされてるからいまいち分かりづらいけれど、なんとなく、ほっぺたが赤くなっている気がした。

 

「んー……」

「んー?」

「えーと……」

「なになにー」

 

 ニヤニヤとほくそ笑みながら、金森くんを肘でつつく私。そんなに言いづらそうで、だけど言おうか言うまいか迷ってるような顔してたら、逆に気になるじゃないか。

 

「言ってしまえ金森くんっ!」

「わかった! わかった言うから!」

 

 観念したのか、柔らかい笑顔で金森くんは、私が右耳に添えている、かすみ草を指差し、そしてこう答えた。

 

「いつもと違う小塚さんに会えた」

「え……」

「振り袖もかすみ草もよく似合ってる。素敵だ」

「……」

「係長じゃなくてごめんね。でも、ホントに可愛くて、よく似合ってるから」

 

 私の顔が熱くなる。これは焚き火の熱じゃない。私の顔が真っ赤っ赤に紅潮し始めたからだ。

 

 大体、そんな屈託のない笑顔で、しかもほっぺたを赤くしながらの、そんな言葉は卑怯だ。薫お姉さまに振られたその直後に、そんな言葉は卑怯だ。胸がドキッとしてしまうじゃないか。勘違いしそうになるじゃないか。

 

「……」

「……あれ。どうしたの?」

 

 今ほど、この金森くんという人をズルいと思ったことはない。さっきみたいな言葉をしれっと投げかけたくせに、今はとても不思議そうに私の顔をのぞき見てくる。何の企みもないのに、あんな言葉を私に投げかけてくるのは本当にズルい。

 

 残った甘酒を飲み干したあと、その紙コップを焚き火に投げ入れた。ジュワッと音を立て、紙コップはすぐ焚き火の炎に包まれて焼けていく。

 

 私は金森くんに背を向け、そして顔を見られないようにした。かすみ草が落ちそうになったけど、それは自分でキチンとさし直す。

 

「なに言ってんの金森くんっ!」

「ん?」

「ほら! おみくじでもやりに行こう!」

「わかった」

 

 慌てて甘酒を飲み干し、私と同じ様に焚き火に投げ入れる金森くんを待つことなく、私は視界の先のおみくじ売り場に歩を進めた。袖口に右手を突っ込み、中のカイロを手に取ると、金森くんのカイロは、まだまだ温かい。

 

 

 金森くんと共におみくじを引き、中を開いた。

 

「……」

「……」

 

 私も金森くんも、おみくじの結果を見る目は真剣だ。私の結果は『吉』。良くも悪くもない一年になるということか。……しかし、私はもちろん、おそらくは金森くんも、一番気になるのは全体運ではない。

 

 結果を見た後、私の視線は『待ち人』の項目を探す。待ち人の項目には……

 

「やった!!」

「金森くん?」

 

 私が『待ち人』の結果を見たのと同時に、金森くんが元気な声を上げた。

 

「良かったの?」

「良かった! すごくいいよ!!」

 

 そう言って、無邪気な笑顔で私に自分のおみくじを見せてくれる金森くん。その目はとても喜びに満ちていて、おもちゃを母親に買ってもらった男の子のように、キラキラと輝いて見えた。

 

 金森くんのおみくじ結果は、『吉』。そして……

 

「待ち人『近くにいる』だってさ!!」

「へぇ〜……」

「やったよ!! これは絶対に正嗣先輩だ!! ついに僕と正嗣先輩が……ウハァー!!!」

「ちょっと金森くん……声でかい……」

 

 金森くんの声の大きさに、周囲の人たちの視線が集まってきた。大半の人は微笑ましく金森くんを見ていくだけだが、中には『目を合わせないように……』とあからさまに私と金森くんから顔を背けていく……

 

 その様子に、私も一瞬恥ずかしくなったのだが……なんだかこの光景も悪くない気がしてきた。呆れつつ、なんとか彼に静かにして欲しくて……でも半分あきらめつつ、彼をなだめるけれど。

 

「よしっ! これで言質は取れた……!!」

「ハハ……言質って……何なの……」

「神様からの言質だ! これで心置きなく……正嗣先輩と……ッ!!」

「ハハハ……金森くん、うれしいのはわかったから……」

「今年こそは!! 今年こそはァァァああああ!!!」

「ちょっと……ハハ……落ち着こうか……」

 

 私の制止など効果が無い様で、いくら声をかけても、金森くんの暴走は止まらない。

 

 それどころか時間が経てば経つほど喜びが倍加しているようだ。今は私にくるりと背を向け、暗闇の中に広がる公園に向かって、大声で『正嗣さん!!! 待っててくださいねぇぇええ!!! 係長! 負けませぇぇえええん!!!』と全力で叫んでいる。周囲の人がくすくす笑っていることに気付かずに。

 

 そんな彼の様子に苦笑いを浮かべつつ、私は改めて自分のおみくじを見た。

 

 私のおみくじの『待ち人』の項目には……『眼の前』と書かれている。

 

「……タハハ」

 

 思わず苦笑いが浮かび、かすみ草が耳から落ちそうになった。

 

 私の目の前には、ガッツポーズで愛する渡部先輩に向かって思いの丈をぶちまける、我が社きっての残念なイケメン金森くんの、素敵な後ろ姿があった。

 


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