〇月÷日
トマトに付けられた傷が目立っていたので、赤髪の人、もとい主神ヘファイストスに聞かれたのでありのまま応えた。
するとヘファイストスは怒っていたので、もう殺したことを伝えると「殺すか、殺さないかしか出来ないのか」と言われた。
拷問は好きじゃない、と答えたら呆れられた。僕は今、おかしな事を言ったのだろうか?
エリクサーという回復薬を貰って飲むと、身体が元どおりに戻った。抜かれた歯や剥がれた爪も何とかなった。
主神に工房を与える、と言われたので付いていく。
途中に黒髪で隻眼の女に声をかけられた。ここには隻眼の女しかいないのか?
〇月」日
随分と日が空いた。
主神から恩恵をもらってから、一度もダンジョンに行かずに鉄を打っていた。
一ヶ月ほど工房にこもり、そして何も食べていなかったので飯を食べることにした。
豊饒の女主人という所で飯を食べた。主神より貰った金の殆どを使ったので腹は膨れた。が、頭の中では鍛冶での反省点を上げていた。あの時もう少し早くすれば、もう少し熱くしておけば。
初めてということで妥協は許されない。
何故なら、これは僕の半身をつくる行為なのだから。誰でもない、僕自身が僕のために武器を作る。
帰り道、じゃが丸くんという食べ物をたべた。
僕の後ろにいた同い年くらいの女の子が、財布を忘れていたみたいなのでひとつ奢ってあげた。
オラリオには美味しい食べ物がいっぱいある。
〇月>日
とりあえず一ヶ月近く使って作り上げた剣を主神に見せに行った。
評価は「初めてにしては、まぁまぁ」だそうだ。形が悪いや、芯がズレているなどの指摘をされた。
ミリ単位のズレも冒険者にとっては命取り。と言われ新しく打ち直すことにした。
だが、硬さと切れ味は
ハイスミスとやらが何かは分からないけど、そこだけを頑張って作ったので出来ていたことに少なからず達成感を得た。
先日の隻眼の鍛冶師、名は椿と言うらしい。何でもこのファミリアでは団長なのだとか…。
僕からしたら男勝りな変態にも思えるのだが、これでもLv5の冒険者らしい。と言っても本業は鍛冶師で試し斬りついでに冒険者だそうだ。試し斬りをしなければ本当に必要な改善点が分からない、というのが椿の持論らしい。
だから試作品二号が完成した時には僕も試し斬りをしてみようと思う。
あ、能力のせいで武器が持てないんだった。
〇月+日
あれから椿に、そして主神に聞いてみた。絶対に折れない剣は存在するのか?と。
主神は面白そうな目を、椿は歓喜の目を。両者共に良い感情からくる眼差しだった。
そして一人と一柱は答えた。ある、と。
何とそれは魔剣らしい。
それはどうやれば手に入れられる?と聞くと、早い話Lvを昇華させて発展アビリティに鍛冶を取るのが言いそうだ。
ならばどうすればLvを昇華させられる?と聞けば帰ってきた答えは「偉業を成し遂げろ」とのこと。
偉業とは何か……。
僕は一日だけ鉄も打たずにそれについて考えた。
神が認める偉業。
Lv5まで上がるのに成し遂げる偉業の数々のその一歩。
武器を持てない、それは僕にとって最大の武器であり、最大のハンデでもあった。
〇月<日
主神から聞いたけど、僕の能力には名前があるみたいだ。たしかスキルで名前が【
こんなスキルに僕の人生は振り回されたのかと思うと、何故か笑えてしまう。いや、笑えなくなったから今僕はどんな顔をしているんだろう。
手にしたものを破壊するように、記憶までも忘れられることが出来たのならどれだけ楽なのだろう。
僕は今日も鉄を打つ。
使い捨てになると分かる剣を作り、創り、造り……そうやって一つ一つを砕くことになるだろう。
絶対に折れない剣。それはどんなものなのだろうか…。それを自分の手で造りあげることが出来たのなら、それはどれだけ良いものなのだろうか?
己の命を預けられる、最後まで共に戦ってくれる。そんな相棒のような存在が。
〇月=日
初めてダンジョンに潜った。
サポーターのような格好をして行ったからか、同業者達から指を指されて笑われた。他にも脇に数本の作ったナイフがしまってある。大きいバッグの中には道中集めた木の枝が、これでもかとぎっしり詰まっている。
肩慣らしを込めてゴブリンを相手にした。
エルフは認めた存在にしか肌を触らせることは疎か見せることも許さないらしいが、エルフとして育てられなかった僕には関係の無いこと。
小さなゴブリンの腹に拳を打ち込み、蹲る顔に蹴りを入れた。
首は千切れ、飛んで行った。変な音もなっていたが気にすることではないだろう。
ゴブリンの死骸から魔石を拾い上げる。
その時に自分の力が上がっていることを確信した。
毎日鉄を打っていたからか、筋力が上がったのかもしれない
手に持ったものが全て魔剣と変わってしまうのなら……。
12階層くらいまでなら素手でなんとかなった。殴ったり蹴ったりと。自分が思っていたより素手は
しかし13階層から環境はガラリと変わった。
常に使い捨ての木の枝を持っていなければ危ない状況が続いた。
ナイフなら魔剣として扱え、4度は持つが。木の枝は元より耐久がないため1度きりだ。
バッグに詰め込んでいた木の枝が五分の一も減った。
15階層に降りた時には、素手での攻撃がほぼ効かなくなっていた。
それで初めて一撃で倒せない敵が現れた。
それは猛々しい角を二本生やした、人の形をした牛、ミノタウロスだった。
試しに蹴りを入れてみれば、分厚いミノタウロスの皮に阻まれ僕は突進されてしまった。腕と足が変な方向に曲がっていたけど、注意するところはそこではない。
今にも僕を殺そうとしている奴だ。
死にそうだとは理解出来たが、怖い…とは思わなかった。
この程度の修羅場、飽きるほど潜り抜けた。だが地力が違う。吹っ飛ばされた拍子にバッグはかなり遠くまで飛ばされた。
4~5本地面に落ちているが、流石に取りには行かせて貰えないだろう。
つまり懐にあるナイフ12本で戦わなければいけない。
幸いミノタウロスは一匹。
すぐさま懐からナイフを一振取り出した。
手に武器を持ったということで、スキル【騎士は徒手にて死せず】が発動する。魔剣と成ったナイフを横目にミノタウロスを燃やした。
そのまま灰へと化す予定だった。
少なくとも僕はそう思っていた。だが現実は甘くないらしい。
ミノタウロスは倒れなかった。傷一つついていないわけでは無い。致命傷とは行かずともダメージは入っている。あと5回、冷静に考えればそれくらいでミノタウロスを討てることは理解出来ていた筈だ。
だが、僕は焦ってしまった。
動かない足に、折れた片腕。そして自分の魔剣で倒れない上位種。
だから僕は願った。
神なんて目に見える神にも、見えない神にも、湖の乙女でも、渡された強力な剣でもない。
僕は僕自身に願った。
僕という存在に、僕のもつスキルに。
邪魔でしか無かった手にした物を全て魔剣に変える力。
人生において一度も役に立たない、この呪われた力。森からは嫌われ、同種からは軽蔑され、信じたい物は壊され、手にした物は全て失う。
本当に碌でもない能力だ。これを呪いと呼ばずに何と呼ぶ。
だが恨んでばかりも居られない。
エルフの一生は長い、それこそ千年近くこれとは付き合っていかなけれならないだろう。
だから、壊すことしか出来ないのなら。嫌われることしか出来ないのなら、枷になり続けるのであれば──
──力を寄越せ。
知らずの内に制御のかけられていた【騎士は徒手にて死せず】は本来の力を、いや本来以上の力を解放し、ミノタウロスを…階層そのものを焼き払った。