新生徒会がワード・ウルフで遊ぶだけのお話。

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新生徒会は遊びたい

 それは生徒会のとある放課後のこと。

 

「そんな満面の笑みを浮かべて……また何か面白い遊戯でも見つけたのか、藤原書記?」

 

 生徒会室の窓際に構える座席。

 年季が入りつつも厳かさは一つも衰えていない机の前に座る目つきの鋭いこの男こそ、私立秀知院学園生徒会長である白銀御行である。

 富豪名家に生まれた者が通う秀知院学園において外部より入学した『混院』であるにもかかわらず、勉学一本で生徒から畏怖と敬意を集める彼は、まさしく生徒会長が代々受け継ぐ純金の飾緒に相応しい模範的な生徒だ。

 

「あら。今日はどんな遊戯を持ち込んで?」

 

 そんな白銀の傍らに佇んでいた黒髪の美少女。濡羽色の艶のある長髪をまとめる彼女は、会長たる白銀を支える副会長に座す、四宮かぐや。

 総資産200兆円。鉄道、銀行、自動車等、あらゆる分野に子会社を持つ四大財閥に数えられる『四宮グループ』―――その本家本流総裁の娘として生を授かった正真正銘の令嬢であるのが彼女だ。

 

「また前に持ってきたTG(テーブルゲーム)部で作ったクソゲーじゃないでしょうね」

 

 一方、生徒会室に佇むソファーに腰かけ、手慣れた様子でノートパソコンのキーボードを叩く少年は、1年ながらも生徒会会計に抜擢されたデータ処理のエキスパートこと、石上優である。

 有名玩具メーカーの次男として生まれた彼は、一度中等部で事情があり引きこもりになっていたものの、白銀を始めとする生徒会メンバーに助けられ、恩義もあってかこうして生徒会に在籍していた。

 

「石上! あんたねぇ、藤原先輩への敬意ってものが足りないのよ」

 

 そんな石上に食って掛かるおさげの少女は、会計監査である伊井野ミコ。

 彼女も石上同様1年でありながらも、定期試験では入学から不動の学年1位を取るほどの少女である。生徒会の他に風紀委員も兼任する彼女は、何よりもモラルやルールを守ることを絶対とする―――が、ここ最近は生徒会の面々に毒され、その辺りがザルになってきているかもしれない。

 

 そして、そんな天才たるミコに尊敬されている生徒会書記がこの女。

 

「まあまあ、ミコちゃん。今日はそんなミコちゃんもニッコニコになるゲームを持ってきましたよ!」

 

 藤原千花。前髪に張り付いている黒いリボンがトレードマークの天然ゆるふわ系女子である。

 ラブ探偵を自称するほど恋バナに興味を示す彼女だが、年相応に面白い遊戯にも興味を示す。

 

「して、それは?」

「ふっふっふ~! そ・れ・は……これだYO!!」

 

 白銀に促され、藤原がノリノリで掲げたのはスマホだ。

 その画面には次のような文字が映し出されていた。

 

 

 

『ワード・ウルフ』

 

 

 

 

 

☆新生徒会は遊びたい

 

 

 

 

 

 人狼、というゲームを御存じだろうか?

 

 大まかに説明すれば、ゲーム開始時にプレイヤーは村人陣営と人狼陣営に分けられ、己の正体を晒し、時には隠し欺きながら他のプレイヤーと話し合う。最終的に、村人が昼に行われる投票で人狼を処刑できれば村人の勝利、逆に処刑される前に村人の数が人狼の数と同数になれば、人狼の勝利というものである。

 村人には役職というものが存在するが、それは人狼ゲームを一部踏襲したワード・ウルフには関係ない部分であるため、ここでは省く。

 

「つまり、こうだろう? ワード・ウルフでは各自に単語(ワード)が配られる。それは人狼ゲームの村人にあたる多数派の単語と、人狼にあたる少数派の単語。話し合いの後、投票で少数派が誰であるのか当てられたのであれば多数派の勝利。できなければ少数派の勝利。しかし人狼と違い、投票後に当てられた少数派に多数派の単語が何であったかを当てれば勝てるという逆転ルールが存在するため、多数派もあまり踏み込み過ぎずに仲間を見つけるよう話し合わなければならない……簡単だ」

「なるほど。藤原先輩が関わってないなら期待できますね」

「コラコラ石上くん、殴りますよ~?」

 

 後輩であるにも拘らず遠慮ない物言いをする石上に、藤原は真顔のまま物騒な宣言をした。

 だが、藤原が考えたゲームの内容により、開始1ターンで強制リタイヤさせられた経験のある石上にとって、彼女への警戒は当然と言ってもいいだろう。

 

 しかし、今回藤原が持ち込んだのはいわばスマホアプリ。

 本業が携わっているのであれば、自身の警戒も杞憂だと石上はホッと胸をなでおろす。

 そんな石上にミコが食ってかかるものの、その間、藤原は早速アプリを操作し始めてゲームの準備を進める。

 

「んっ! まあ最初は無難にウルフ側が一人のでプレイしましょう! 私はワード確認しましたので、かぐやさん! 次どうぞ」

「はい。……見ました」

「じゃあ、次の人に渡してください!」

「では……はい、会長どうぞ」

「ああ」

 

 その後、白銀、石上、ミコと各々の単語を確認したところでゲームの準備は整った。

 

「話し合いの制限時間は3分。話が詰まったら、ゲーム側で用意してくれてる話題を開けますが……まあ、習うより慣れよです! 早速始めましょう! よーい……スタートォ!」

 

 景気のいい声でゲーム画面中央のタイマーのボタンを押した藤原。

 

 動き出す時間。火蓋は切られた!

 

 しかし、人狼と違いまずは各々が互いを視線で牽制し合う。

 与えられているものは単語のみ。少数派による逆転ルールが採用されているワード・ウルフにおいて、浅はかに自分の単語を答える訳にもいかない。

 そう! このゲームの肝は、多数派はいかに少数派に己の単語を気取られず共感してくれる者を探せるかであり、少数派はいかに多数派に合わせられるかである。

 

 だが、一言が命取りになるワード・ウルフでは、迂闊に話すことさえままならず、沈黙が場に流れていく。

 

「ふっふっふ……みなさん、甘いですねぇ~」

 

 静寂の中、一人が一石を投じた。

 

「藤原さん?」

「このゲームで重要なのは、ズバリ“信頼”なんです!」

 

 どこぞの探偵ばりに決めポーズを決める藤原が、皆の視線を集める中で話を続ける。

 

「自分に配られた単語しか情報がないゲーム序盤……なればこそ、最初に単語に関する話題を提示し、共感を得ることこそが勝利につながる……そうは思いませんか?」

『!!』

 

 タイミング!

 

 ワード・ウルフにおいては、必然的に己の単語の情報をバレない程度に小出しにしつつ、共感を得ていくゲーム展開となる。

 だが、そんな展開の中でも最も信頼を勝ち取りやすいのは序盤も序盤!

 光明の視えぬ暗闇の中、それでも臆さず単語の情報を出し共感を得られれば、その者の信頼は不動の者となる。多数派は勿論、少数派もだ。

 多数派からしてみれば、どんどん共感できる単語についての情報を吐き出せる者に信頼をおけるが、話を合わせやすい後半の発言はそれほどまでではない。

 

 タイミングを制す者がワード・ウルフを制する!

 

「今回の単語……私にはあんまりイメージがないと思うんですよぉ~。どうですかっ!?」

『……』

「あ、あれ?」

 

 冷たい視線。今、藤原が感じているのは紛れもない疎外感であった。

 空気を読めないという理由で各所から警戒を持たれがちである藤原だが、人並みに空気を読むことは当然できる。

 

 故に感じ取った―――『やっちまった』と。

 

「か、かぐやさん!」

「もう議論の余地はありませんね」

「会長ぉ~!」

「すまんな、藤原書記。流石に擁護できん」

「石上くん!?」

「ぷっ……」

「ミ、ミコちゃん……?」

「藤原先輩……ごめんなさい」

「フラれた!?」

 

 全会一致。逃げ場はない。

 

「では、投票に移りましょう。みなさん、藤原さんでよろしいですか?」

 

 藤原が喚くも、他四名の考えが揺らぐことなく投票は始まり、四つの票が藤原に入れられた。

 意趣返しに藤原は石上に入れるものの多数決でやられるのは無論藤原である。

 

 結果、勝者は―――多数派であった。

 

「藤原さん? 多数派の単語分かりますか?」

「分かる訳ないじゃないですかぁ~……!」

 

 逆転ルールに則り、多数派の単語を当てるようかぐやに催促された藤原であったが、最小限の情報も出なかった話し合い(とさえ言えない中)で分かるハズもなく、お手上げだ。

 

「はい、藤原先輩の負けですねー。あー、多数派(ぼくら)リボンだったですけど、少数派(藤原先輩)ネクタイだったんですか。デカデカと額にリボン引っ付けてるのに『イメージない』とか、一瞬何寝ぼけたこと言ってんだって思いましたよ」

 

 石上の口撃!

 

 藤原に10のダメージ!

 

「っていうか、うっわ恥ずかしい!! あんなに声高々にゲームの攻略法を語ってたのに、それで逆に負けるとか!! 揚げた足を掬われるまでもなく自分で派手に倒れるって!! 習うより慣れよって……慣れる間も無かったんですけど!?」

 

 石上による怒涛の追い打ち(オーバーキル)

 

 藤原は倒れた!

 

「ミゴちゃ~ん! 石上くんがイジメる~!」

「ああ、藤原先輩!! ちょっと!! 石上のせいで藤原先輩がセンチメンタルクライシスを迎えてるじゃない!!」

「石上くんの鬼ぃ~! 悪魔ぁ~! 正論で殴ってくるDV男ぉ~!」

「藤原先輩が殴りやすいボディしてるのが悪いんですよ」

 

 

 

 第1ゲーム、藤原千花の負け(敗因・死に急いだ)

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで始まる第2ゲーム。

 石上にフルボッコにされた藤原も立ち直り、新たな単語を各々が確認したところで、藤原の二の舞にならぬよう心に誓う(当人さえも)面々がいざゲームに挑む。

 

(『遅刻』ですか……)

 

 そんな中かぐやに与えられた単語は『遅刻』。

 ワード・ウルフというゲームのシステム上、この単語が多数派か少数派か現時点ではわからないものの、もう一つの単語が『遅刻』と何かしら関連がある言葉であるとは推察できる。

 

(『遅刻』と言うのであれば、まあ時間に関係する単語がもう一つの単語と考えるのが妥当でしょうね)

 

 もう一つの単語に当たりを付けつつ、誰かの発言を待つかぐや。

 確かに一番に発言する者が、今後のゲーム展開において確固たる信頼を得ることができる美味しい立場にこそなれるが、そこまでリスクを負う必要はないと考えたのだ。

 

「では、僕が……」

 

 そこで手を挙げたのは、つい先ほど藤原を口撃でボコボコにし、心なしかお肌がツヤツヤになっている石上であった。

 

「これは悪いことですよね」

「確かにな」

「でも、事情にもよりますよね」

「わ~、分かります!」

 

 まず同意を示したのは白銀。続いて藤原。

 

(確かに『遅刻』は悪いことですが、電車の遅延、病診等許されるケースは多数……成程、少なくとも石上くんとは同じね)

 

 冷静に自分の単語と照らし合わせる。

 開示された情報と共通することから、石上―――延いては自分が多数派であることを確信したかぐやだが、他の者たちを信じるにはまだ早い。

 すかさず同意を示した白銀と藤原であるものの、適当に頷いただけで、実際どうであるかはわかったものではない。

 現状、最も信頼をおけるのは石上のみ。そして、その石上と共通点多数の単語であることから多数派であることは確信したものの、まだかぐやはそのことを他の面々に伝えられていない。

 

 こういった場合、皆の視線が向くのはまだ発言していない者だ。

 かぐやとミコ。まだ発言していない彼女たちに情報開示を欲する彼らの目は獲物を見つけた獣のごとし。

 

(ふふっ、ですが私は会長にだけ多数派か少数派か判別する質問を持ってます)

 

 クスリと一笑。

 余裕綽々の笑みを浮かべるかぐや。彼女の濡れた紅玉のような瞳から放たれる鋭い視線が白銀を射抜いた!

 

「会長」

「なんだ、四宮?」

「私と会長……一度、一緒にこれをしそうになりましたよね?」

「一緒に? ……ああ、あの時か! 確かにそうだ!」

「では、私と会長は同じ単語ですね。つまり、石上くんとも同じと考えても良いでしょう」

 

 かぐやの婉曲な言い回しに対し、数秒思案したものの、ハッと思い出す白銀。

 伝わった=白銀とかぐやは同じ。

 

 かつて、送迎の車のエンジンに猫が入り込んでしまった時のことだ。当時、友人と共に登下校することに憧れを抱いていたかぐやは、絶好の機会だと徒歩で登校したことがある。

 白銀の登校ルートも把握し、偶然を装い共に登校する―――つもりであったが、横断歩道を渡れず泣いている小学生の女の子を見過ごせず、見知らぬ場所まで送り届けた。そこで遅刻を確信した時、これまた遅刻しそうになっていた白銀が偶然合流し、かぐやは彼の自転車の荷台に乗って登校することとなり、無事悲願が達成されたという経緯がある。

 

 この一度の経験こそがミソだ。

 単語に対する一般的な認識を口にするだけでは、少数派に気取られる危険性がある。

 しかし、特定の人物にだけ通じる情報を口にして伝われば、二人の単語は同じ=多数派という式が通用する可能性が非常に高い。

 

(一緒……?)

 

 そんなかぐやの戦略による発言で困惑する女が一人。

 

(一緒……)

 

 ミコは自分の単語を思い返した。

 

『寝坊』

 

 果たして寝坊は一緒にするものなのだろうか?

 

 100%ないとは言い切れないものの、あるにしても非常に限定的な場合であろう。

 生徒会に居る者達は皆色んな意味で勘の鋭い者達だ。違和感を覚えているということは、自分が少数派である可能性が高い。だが、そんな不和を覚えている様子を彼らは感じ取ってしまうだろう。

故に、妙な違和感を覚えるミコは気取られない為、必死に『一緒に寝坊する』ケースを―――白銀とかぐやで―――想像した。

 

 

 

 ♡

 

 

 

―――チュン、チュンッ。

 

「んっ……おっと、もうこんな時間か。そろそろ服を着ないとな」

「会長……」

「どうした、四宮」

「このままもう少し眠っていませんか」

「それは……つまり、そういうことか?」

「ええ。このまま一緒に寝坊……しましょ?」

「まったく……困った寝坊助さんだ」

 

 

 

 

 

 

「はわ―――っ!!?」

「へぁ!? きゅ、急にどうしたのミコちゃん!」

 

 突如として奇声を上げるミコ。頬も真っ赤に染める彼女が席を立ち、白銀とかぐやを順々に睨む。

 

「ダメです、白銀会長!! 四宮副会長!! そそそ、そんなこと、風紀委員として認められません!!」

「ま、待て伊井野! 確かにお前が風紀委員としてこれを認められないのはわかるが、あくまで偶然一緒にしかけたというだけで、実際にしてしまった訳じゃあ……」

「偶然で一緒にしかける訳ないじゃないですか、こんなものっ!!」

 

「これは伊井野ですね」

「そうだねー」

 

 ミコと白銀がぎゃいぎゃい騒いでいる間、彼女の様子から少数派がミコであることを石上と藤原が意見を同じくさせた。

 

 

 

 第2ゲーム、伊井野ミコの負け(敗因・想像力が豊か過ぎた)

 

 

 

 

 

 

 巡り巡って第3ゲーム。

 藤原が特攻しまんまと自爆した第1ゲームと違い、第2ゲームでようやくワード・ウルフというゲームの感触を得られた。

 つまり、これからが本番とも言える。

 

 しかし、この程度のゲームは日々白銀との恋愛頭脳戦に挑んでいるかぐやにとって、子供の遊びでしかない。

 

(さて、上手く会長を嵌められる単語ならいいんだけれど……)

 

 そんなことを思いつつ、かぐやが見た単語は、

 

 

 

 

 

『ちんちん』

 

 

 

 

 

「ぶっ―――」

『?』

「なんでもありません」

 

 皆がかぐやが僅かに噴き出す様子に反応する瞬間、彼女は反射的に右手で左の頬に触った。

 

 ルーティーン!!

 

 メンタルコントロール法の一つだ。一定の行動をとることで、自身をリラックスさせるというものである。

 以前、白銀を想い過ぎる余り倒れて救急車に運ばれた挙句、四宮家お抱えの名医に『恋の病』と診断されたことがあるかぐや。彼女が、白銀を前にして緊張しないために覚えたのが、このルーティーンである。

 

 そして、彼女がこの瞬間にルーティーンを行わなければならなかった理由―――それは彼女に配られた単語に他ならない。

 

(まさか、こんな時に……!)

 

 ちんちん!!

 

 それは一般的に、男性器の俗称か、犬の芸の一つである前足を上げて立つ状態のことを指す。

 

 そう! かぐやはちんちんで笑ってしまうのだ!!

 

 つい数か月前まで初体験の意味を知らなかった彼女は、今後性知識において恥をかかぬようにと、性について勉強するようになった。

 だが、所詮性知識については教科書に載っていない隠語や暗喩については知らない始末。

 つまり、性知識に関してかぐやは小学生低学年レベル程度しか持っておらず、意味もない低俗な下ネタで笑う時期真っただ中であったのだ!

 

(ルーティーンが無かったら危なかった……)

 

 思わぬ伏兵であった。

 余りにも突然なちんちんであったため、防御する間もなかった。もしルーティーンを獲得できなかった以前の状態であったならば、白銀は勿論、後輩である石上やミコにも下ネタで笑い転げてしまう無様な姿を見せてしまっていたことだろう。

 

 

 

『え……? 四宮先輩、こんな下品な単語で笑っちゃったんですか?』

『幻滅しました、四宮副会長……』

『まあ、なんと言うかだ、四宮……お前はこんなお可愛い下ネタで笑っちゃうような女だったんだな』

 

 

 

(ダメ! それだけはダメ!!)

 

 かつて『氷のかぐや姫』とまで恐れられていた深窓の令嬢が、ちんちん如きの下ネタで爆笑すると知られでもすれば、四宮家末代までの恥である。

 

(気をしっかり保つのよ、四宮かぐや)

 

 辛うじて、その事実は藤原しか知り得ないものである。

 だからこそ、これ以上恥を広めないためにゲームに挑まなければない。

 

(流石に直接ちん……男性器のことを単語に指定してくることはないはず。つまり、このちん……は犬の芸の方を指す単語だと考える方が妥当!)

 

 そうだ(断定)。

 そうであるはず(推定)。

 そうであってほしい(願望)。

 

(ですが、流石に今のままでは拙い……ここは先ほどと同様、少し様子を見てから攻めることにしましょう)

 

 平静こそ取り繕っているものの、内心では爆笑している。

 そんな中ではかぐやの(普段、大部分を無駄なところで使っている)天才的な頭脳も100%の力を発揮することはできない。

 

(さあ! 誰か早く!)

 

 これぞまさしく他力本願!

 かぐやは現在、四宮家の教えに真っ向から背いていた!!

 

「藤原書記」

「はい?」

 

 かぐやが誰かの発言を待っていた時、口火を切ったのは白銀であった。

 

「ペスはこれをできるな?」

「はい、勿論ですよぉ~!」

 

 ペス―――藤原の飼っている犬の名前だ。

 

(そうね。元々藤原さんのペスがちん……ができる話で笑ってしまったんだわ)

 

 しかし、まだ判断材料は少ない。

 犬の芸であるということは確信したが、白銀と藤原が示唆している単語がちんちん以外の芸である可能性は十分にある。それこそ最もポピュラーな犬のしつけや芸である『お手』や『おかわり』、はたまた『待て』等々……その他諸々だ。

 もしかすると、白銀の発言は『お手』を意味しているのかもしれない。

 

 攻めるには時期尚早。

 故に、他人に促す。

 

「石上くん」

「え? あ、はい」

「石上くんから見て……これは絶対覚えさせるものかしら?」

「これ……ですか?」

 

 後輩に質問!

 

 先輩という立場を存分に生かす戦略である。

 ゲームを遊んでいる者同士、本来であればそこに立場の違いを持ち込むのは無粋だと言えよう。

 しかし、かぐやはそのようなことをお構いなく石上に質問を投げかけた。

 

(な、なんだろう……今日の四宮先輩、いつもより怖いぞ……!?)

 

 歪んだ笑みを浮かべるかぐやに問いかけられた石上は、それがちんちんという下ネタで若干笑いを抑えられていないからだということも分からず、周りの様子を窺いながら自分の単語を反芻し、慎重に答える。

 

「絶対、ではないですね」

「成程」

「そういう四宮先輩も、何か一つくらい情報を言ってくださいよ」

「そうですね……」

 

 ちんちんであると断定されることなく、ちんちんのみならず他の犬の芸に共通すること。それでいて絶対に覚えさせるものではない情報を言うことこそが、かぐやの生き残る道である。

 

「絶対……では、ないですが」

 

 一瞬、脳裏にちんちんの映像が過り半笑いになってしまうものの、グッと舌を噛んで堪える。

 

「出来たら……偉いと褒めてしまうでしょうね」

「あぁ~! 分かりますゥ~!」

 

 犬を飼っている身となれば、自身の犬が芸の一つをできたら褒めたくもなるだろう。

 無難な答えだ。しかし、声の大きい藤原が同意してくれたことにより、面々のかぐやに対する多数派であるという信頼は僅かばかり勝ち取れた。

 だが、その時であった。

 

「でも、うちのペスは左曲がりなんですよねーっ!」

「っ~~~!?」

 

 爆弾投下。

 

 かぐやは口に含みかけていた紅茶を吹き出しそうになったが、間一髪で堪えた。

 

(まさかのちん……多数派なの!?)

 

 まさかのちんちん多数派である。

 この中で、恐らくかぐやにしか伝わらないであろう『ペスのちんちんが左曲がり』という情報から、かぐやが到達した結論だ。

 

(正直な話、私が少数派だとばっかり思って考えていたけれど路線変更ね。これからちん……を基準に探っていかなきゃ)

 

 その時、かぐやの頭脳に一つの天啓が!

 

(! 逆に男性器の方のちん……で探るというのは?)

 

 そう、犬の芸の方ではなく、男性器としての意味で探るという作戦。

 男女しか居ない人間社会。一般的に付いている人が男で、付いていない人が女だ。一部、付いているものの女とされている者達も居るが、少なくともこの生徒会にそのような特殊な人材は居ない。

 ちんちんが多数派であり、年頃である男女であったならば一瞬でも男性器の方を考えたに違いない。

 

 ならば、『付いているか』の質問に理解を示さず違和感を覚えた者こそが少数派!

 

 しかし、この作戦には一つ重大な欠点がある。

 

 もし多数派に仕掛けた場合の例を挙げよう。

 

『会長には(ちんちん)付いてますよね?』

『付いているが……なっ、四宮! お前まさか、そっちの意味で理解していたのか!?』

『ご、誤解です会長! 私は決してそんな……!』

『俺は四宮がそんな下品な考えをする女だとは思っていなかった……残念だ』

『会長ぉ~~~!』

 

(―――No! この作戦はダメ!!)

 

 そう、例え下の方の意味で理解したとしても、それを口に出すのは下品と言わざるを得ない。男子側からならばともかく、女子側からこの質問を投げかけるのは、品性を疑われる。

 

 熟考の末、この作戦はナシ寄りのナシとし、却下されることとなった。

 

(誰……少数派は誰なの!?)

 

 

 

 

 

 

(俺だァ―――!)

 

 平静を取り繕う白銀。毎日夜遅くまで勉強しているためか、十分な睡眠をとれず目の下に隈を作っている彼が平静を取り繕えば、それは威圧感たっぷりの表情が仕上がる。

 そんな白銀のポーカーフェイスの奥に佇む思考は、藤原が投下した爆弾発言によって混沌を極めていた。

 

(え? 何? 左曲がりって何? 『お手』が左曲がりって何? それ完全に空ぶってるだろ。ペス、できてねえじゃん!)

 

 先ほどから白銀の脳内では、お手をしようとする度に軌道が左に曲がり、延々とお手ができない犬の映像が流れていた。

 お手がスカり続ける犬の脳内映像から、自分が少数派であるという疑念が高まってきた白銀。最早迂闊な発言は許されない。

 

(だが、ここで臆して発言を抑えれば俺が少数派であると悟られる……! 寧ろ攻めに出なければならん!)

 

 疑心暗鬼となり発言が少なくなれば、それは自分が少数派であると慎重になり過ぎていることを気取られる原因となる。

 ならばこそ、寧ろ積極的に情報を出していかなければならない。

 

(何はともあれ必要なのは情報だ! ここは……)

 

 白銀の視線が捉えたのは、第3ゲームにおいて唯一発言していない伊井野であった。

 ワード・ウルフにおいて、発言しないことは自分がウルフであるということを証明しているに等しい。法学で言うところの擬制自白だ!

 

「伊井野。お前はこれについてどう思う?」

「これについて……ですかぁ?」

 

 歯切れの悪い伊井野に視線が集まる。

 ほんのりと頬に朱が差す伊井野に対し、白銀は伊井野の単語が自分の単語と違うことを確信したと同時に、ますますもう一つの単語が何であるかが分からなくなってくる。

 

(なんだ? 一体なんだというんだ!?)

 

「私は……犬を飼ったらあんまり覚えさせたくはないですね」

「ほう。それは何故だ?」

「何故って、それは……」

 

 まごつく伊井野に対し、ここぞとばかりに白銀は畳みかける。

 

「そこまでです」

「っ、四宮!?」

「伊井野さんもそこまでで結構ですよ」

「四宮副会長……?」

 

 しかし、そこへ割って入ってきたのはかぐやであった。

 獲物を見定める鋭い瞳が白銀を射抜く。

 

「そう言えば会長、貴方だけが単語についての情報をお話になってませんね」

「何を言う、俺は……」

「最初の発言も藤原さんへの質問でしかありません。そして今の伊井野さんに対しても……」

「……」

「さて、会長。ここまでの流れの中で単語についてお話になっていないのは貴方だけになりましたね?」

 

 かぐやは見逃さなかった!

 一見五人の中ではそれなりに喋っている白銀であったが、その内容が他人への質問だけということを。

 それはつまり、白銀が自分の有している単語に多数派であるという自信を持てていないことを意味する。

 

「会長? ここは一つ、何かお話になって頂けなくて?」

「っ……!」

 

 かぐやの面に恐ろしい笑みが浮かぶ。

 それが、未だちんちんに対する笑いが抑えられないこととはいざ知らず、白銀は自分が追い詰められているという事実に足を震わせ、背中にじっとりと汗を掻き始めた。

 そして、出した結論は―――。

 

「こ、これは……この場で口にするのは憚られる!!」

 

(んまあ、でしょうね)

 

 白銀の逃げの発言に、隣に座っていた石上が心の中で冷静にツッコみを入れる。

 そりゃそうだ、だってそういうゲームなんだもの、と。

 

 しかし、当のかぐやはと言えば、石上とまったく違った反応であった。

 

(憚られる……つまり、会長の単語もちん……ということなの?)

 

 白銀のぼかした言い回しに、口にするのが憚られるのが内容ではなく単語であると勘違いしたかぐやが、当てが外れたと言わんばかりに歯噛みする。

 そうこうしている間に、制限時間が終わったことを告げるタイマーが鳴った。

 

 情報があまりない中で終了した第3ゲーム。

 皆の投票が集まったのは……。

 

「僕!?」

 

 石上であった。

 集まったと言っても、票がばらけた中で唯一の二票を獲得したのが石上であったというだけの話だ。

 因みに入れたのは藤原と伊井野である。

 

「え~……なんで僕に票が集まってるんですか?」

「石上くん、さっき私のことイジメたから」

「そうよそうよ!」

「私怨じゃねえか。なんつー判断基準で投票してんだ、あんたら」

 

(石上、お前は余り人のことを言えないぞ……)

 

 以前、カップルが多いという理由で部費の予算を削ろうとした男とは思えない口振りに、白銀は冷静にツッコんだ。

 結果として勝者はウルフ側であった白銀であったが、一つ気がかりであるのが多数派の単語である。

 

「四宮、多数派の単語はなんだったんだ?」

「へぁ!? それを私に聞くんですか会長?」

「なんだ、不都合でもあるのか?」

「だ、だって……」

「?」

 

 まさか淑女の口から『ちんちん』という単語を出す訳にもいかず、そっぽを向くかぐや。

 その様子に首を傾げる白銀であったが、石上たちとぎゃいぎゃい騒いでいた藤原が、頭上に豆電球のマークが浮かんだかのように閃いた表情を浮かべ、二人の元に歩み寄り―――。

 

「ちんちんですよ、会長♪」

「なっ、ち―――」

「ねー、かぐやさん!」

 

 満面の笑みで言い放つ藤原に狼狽える白銀。

 今一度かぐやに視線を戻すも、彼女は震えたままそっぽを向き続けるだけである。

 

(確かにそれは女子の口からは出せん……!)

 

 焦る白銀。かぐやを怒らせてしまったかと慌てふためく彼であったが、

 

(ち、ちん……っ!)

 

 その実、陰で必死に笑いを堪えているだけのかぐやなのであった。

 

 

 

 本日の勝敗 白銀の敗北(敗因・ちんちんが多数派だった)



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