ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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油断してたら間が空きすぎてしまいました。


第29話

 

 

オラリオ某所。

VIPしか足を踏み入れることを許されない極東様式の大きな屋敷の離れにて、二人の人物が正座で向かい合う。

 

部屋の間取りはわずかに三畳。

互いに向き合う両者が不用意にお辞儀をすれば頭突き事故になりかねない狭さであるが、この狭さは建築士の設計ミスによるものではない。

遠くオラリオを離れた極東では、貴人が茶席を口実にして集い、陰謀を巡らせる密談の場としてこのような偏執狂じみた小部屋が必要とされる。

本来ならば蛍光ピンクのバイオイグサがフローラルな香りを漂わせるバイオタタミや、ワビサビの風雅なオリエンタルアートに彩られたフスマを、純金のそれに置き換えた派手な茶室の中で、これまた純金の茶釜が煮え立っている。

 

立ち上る湯気を挟んで正座しているのは、極東式の着物に身を包んだ美女。

藍色の着物を着た黒髪の女が、茶釜より湯を黄金の柄杓で掬い上げ、茶器に注いだ。毎度お馴染みキル子である。

キル子はメレン港を通じて極東から齎された最高級の茶葉を惜しむことなく大量に注いだ。素早く力強い手つきでチャ・ミキサーを用い、チャが泡立てられる。甘みやコクをブレンドするため、クリームや砂糖、スパイスといったアクセントも忘れてはならない。キル子は苦いのが大嫌いなのだ。会社勤めの負け組サラリマン時代も、この絶妙な味付けがウケて、よくお茶汲みを命じられたものだった。何故かハイソな顧客の接客時には絶対に出すなと厳命されたが。

 

「つまらないものですが」

 

差し出された茶器は歪に歪んでおり、色もナスめいた艶やかな黒。一見、黄金の茶室に合わせるには見窄らしいが、見るものが見れば目を見張らずにはいられないワビサビに満ち溢れている。

ゼンのアート観はショッギョ・ムッジョを内包したストイックなもので、極めて注意深い洗練の上に存在する。華美なだけではダメなのだ。

少なくとも茶席の主、キル子は己のワビサビに深い自己満足を覚えた。

 

一方、その対面に座り、キル子の持て成しを受けているのは、これまた頗る付きの美女だ。

 

「お手前、頂戴いたします」

 

茜色の着物に身を包み、金髪の髪の合間より獣めいた耳をのぞかせた狐人(ルナール)の女、サンジョウノ春姫は茶席の主人に一礼すると、おだやかな笑みを保ちながら右手で茶器をとり、左てのひらにのせた。

軽く頭を下げて神仏に感謝を示すと、手元で二手ほど廻して正面を避け、いよいよ口元に運んで、一口飲む。

 

格調高い香気を陵辱するかのごとき味付けをされたそれは、落ちぶれても元上流階級たるサンジョウノ家の一粒種として生まれた春姫の感覚からすれば『誰が茶席で抹茶ラテを作れと!』と、小一時間ほど問い詰めるべき事案である。

茶菓子もまた、バターとクリームとアズキをふんだんに使った甘ーいオハギ。春姫の知る牡丹餅とは明らかに別物のそれは、喉が焼けるほどに甘く濃厚で、()()()()に合わせるにはやや強すぎると思われたが…

 

春姫の口元に、微かに苦笑が浮かんだ。

間違っても故郷の正式な茶会で出されるようなものではないが、そういうものだと思って飲めば、これはこれで。

それに、この型破りな茶を故郷の作法にうるさいお歴々に出したらどのような顔をするか、と。つい想像してしまう。

 

そんな内心はつゆほども漏らさず、静かに三口半で飲み干し、右手の親指と人さし指で飲み口を拭った。

懐紙を取り出して指を拭い、茶器を先ほどと逆に回して置いてから、居住まいを正す。

その一つ一つの動作に、洗練された優美さがあった。

 

「さて、キルコ様。お手前、しかと拝見させて頂きましたが…」

 

「はい、センセイ。いかがだったでしょうか!」

 

己のウデマエに自信満々のドヤ顔を浮かべるキル子に対して、春姫は困り塩梅の笑顔を浮かべた。

 

「客人を持て成そうというお心がけはしかと伝わって参りました。大変素晴らしく思います。これが親しい友人を招く茶席ならば、十分なお手前と言えましょう」

 

キル子の鼻腔が得意げに膨らんだ。

 

「…ですが、やはり正式なお席としては、いささか拙うございます。一例をあげるなら、お茶に砂糖を入れるのはいただけません。せっかくの良き茶葉なのですから、素の苦味、渋み、香気を味わってこそ、茶席の醍醐味。ならば、菓子の甘味も引き立ちましょう」

 

まず無難に褒め、その上で拙いところをやんわり諭す。かつて過ごした公家社会で身につけた処世術である。

 

「個人的にはキルコ様のお茶も好ましくは思いますが、古来より伝わる定石には、それはそれで敬意を払うべきものが御座います。まずはキチリと定石を修めた後、己が数寄を見出されるべきかと」

 

「なん、だと…⁈」

 

驚愕に打ち震えるキルコを見ながら、実際、春姫は悩んだ。

この頓珍漢な作法の、何処から正したものか、と。

 

春姫は娼婦である。

かつては上流階級の子女なれども、実父より勘当され、遠方に送られる途上で山賊に襲われ、人買いに売られた。

その後は故郷を遠く離れ、流れ流れて最後にたどり着いたのが、オラリオの歓楽街を仕切るイシュタル・ファミリアだった。

そのイシュタル・ファミリアにおける春姫の立場も微妙なものである。娼婦ではあるのだが、実際に客を取らされたことは一度も無い。

 

春姫は極めて希少なレアスキルを有しており、それは女神・イシュタルにとって来たるべき宿敵との抗争において切り札になり得るほどの手札。

おいそれと下手な客の前に出して情報が漏れたり、あるいは春姫を失う危険はおかせない。そのため、娼婦としてファミリアに所属しつつも、普段はファミリア・ホームの奥深くで、籠の鳥の日々を過ごしていた。

 

その風向きが変わったのは、つい最近のこと。

オラリオ中の話題をさらった戦争遊戯の直前、オラリオ近郊のメレンにてカーリー・ファミリアとの同盟がご破算になったあたりから、時折、イシュタル・ファミリアの内部で()()()()()が囁かれるようになった。

 

迷宮商店(ダンジョン・ストア)の店主、キルコ。

 

ある日、唐突にオラリオに現れるや、冒険者ではない一介の商人にもかかわらず18階層に拠点を構え、リヴィラの勢力図を一変させた女傑。今やダンジョン内部の物資の流通を完全に掌握し、ファミリアの垣根を越えた大勢の冒険者に影響を及ぼす立場にある。

 

その一方で、旧ダイダロス通り跡地の再開発を一手に受注し、極東風市街に仕立て上げ、表社会への進出も著しい。

生産系ファミリアと直接契約を結び、巨大資本の暴力で安く大量に仕入れた商品を売りさばいて価格破壊を起こしつつ、観光業にも手を広げている。

 

もちろん、恩恵を持たない只人がこんなことをやらかせば、タチの悪いファミリアによってたかって食い物にされるだろう。

キル子の背後には都市最大の探索系派閥であるロキ・ファミリアがケツモチについており、今のところ掣肘されるような様子はない。

さらに、黒社会系ファミリアともつながりがあるとされていて、あのカーリー・ファミリアを傘下に収め、メレンの港湾利権すら手にいれたという。

 

なお、私生活においてはLV.6の第一級冒険者にして【凶狼(ヴァナルガンド)】の二つ名を持ち、昨今では恋多き色男として名をはせているベート・ローガの愛人の一人であり、『戦乙女(ワルキュリア)』と名高い女性冒険者・キルトと恋のさや当てを繰り広げていると、もっぱらの噂だ。

 

事ここに至り、有象無象の勢力からの妬みと恨みは有頂天に達し、直接的な殴り込みや暗殺の標的にされること、枚挙にいとまが無い。

だが、そのすべてをキルコは返り討ちにしたという。恐ろしいことに、その悉くを皆殺しにして。

 

そういった噂を話半分に聞くとしても、イシュタルがかつて同盟を組もうとしていたカーリー・ファミリアを赤子の手をひねるかのごとく蹂躙した力量は尋常ではない。

また、イシュタルの怨敵・フレイヤの誇る都市最強、Lv.7たるオッタルを半殺しにしたともされており、今やオラリオ中で密かな語り草になっている。

 

イシュタルとしても、それが真実ならば喉から手が出るほど欲しい戦力であるが、背後に控えているらしきロキ・ファミリアは、都市の勢力を二分している最強派閥の一角。うかつには手が出せない。

かといって無視もできない。キルコの経営するオイラン・ハウスは徐々に歓楽街を仕切るイシュタル・ファミリアの縄張りを侵しつつあり、フレイヤ・ファミリアなどよりよほど目障りだ、という意見もファミリア内では少なくない。

 

そんな頃合いだった。

渦中の人物から、奇妙な依頼が舞い込んで来たのは。

 

【求む、ハイク、カドー、チャドーのマスター・センセイ!】

【経験者優遇!高給保証!有給完備!タイムサービス有り!!】

 

…ひたすら怪しいが、これでもギルドを通した正規の依頼だ。

 

イシュタル・ファミリア一同はそろって首をひねった。

例えば、だ。たまにファミリアの門を叩きに来る冒険者志望の初心な娘に、戦闘娼婦の心得を手取り足取り体に覚え込ませる、といったことなら、まだ分かる。

しかし、歓楽街を仕切り、戦闘娼婦を売り物にするイシュタル・ファミリアに、礼儀だの作法だの俳句だのとそんなハイソなものを求められても困る。

だいいち、そんなものを教えられそうな眷属もいない。…只一人の例外を除いては。

つまりは、これはそういった方面に詳しい唯一の眷属、サンジョウノ・春姫への直接指名依頼である。

 

さて、前述したとおり春姫はイシュタル・ファミリアの切り札。おいそれと外に出せるわけがないが、さりとてイシュタル的にはキルコとのパイプにも同じくらい興味をそそられる。

怪しいと言えば怪しいが、キルコの縄張りである旧ダイダロス通りこと現オミヤゲ・ストリートは、歓楽街から目と鼻の先。春姫の護衛に付き添いの眷属をいくらかつけて送り出せば、件の人物を堂々と品定めできる。

 

それに()()()は神・ヘルメス(最近失踪したらしいが、いつものことだ)より既に受け取っており、計画は順調に進んでいる。その効果が最大となる次の()()()()まで、まだしばしの時間がある。ならば、ここは一石二鳥を狙ってみるか、と。

 

そんなイシュタルの思惑により、春姫はここでこうしているのだが…

 

「マ、マスター・センセイに何というシツレイを…!!」

 

春姫の指摘を受けたキルコは、顔に驚愕を貼り付けたまま、速やかにその場に土下座した。

そう、土下座である。土下座の姿勢をとる事は、相手への全面的な屈服を意味し、母親とのファックを強いられ記憶素子に保存されるのと同程度の、凄まじい屈辱なのである。

 

もちろん、春姫は慌てて諌めた。

 

「キ、キルコ様!そのようなことをされては困ります!」

 

「いえ、ケジメさせて頂きます!!許してつかぁさい!!」

 

「アイエエエエ!!ケジメ?ケジメナンデ?」

 

キルコは血まみれの出刃包丁を取り出し、覚悟完了した表情で自分の小指を切り落とそうとしている。

 

実のところ、春姫はキルコ本人に会うまで、どんな面妖な(それこそイシュタル・ファミリア団長である"男殺し"のような)怪物が出てくるかと、内心でビクビクしていた。

ところが、実際に出向いてみれば大勢の使用人(見た目があからさまにヤクザなのはどうかと思ったが…)と共に玄関で深々と腰を折って出迎えてくれたのは、趣味のいい小袖を纏った美女である。

しかも、春姫を"先生"と呼び、下にも置かない歓待をしてくれた様子からは、とてもオラリオ中に悪名をとどろかせている人物には見えなかった。

あれよあれよと茶室へと案内されながら「噂などあてにならないもの」と思っていたのだが…

 

結果はご覧の通りである。

 

「確かに拙いところは御座いますが、知らぬは恥ではありません!そ、そのような猪突猛進な礼儀は、かえって失礼になります…!」

 

「なるほど!オクユカシサ重点ですね!勉強になりますセンセイ!」

 

鼻息も荒くメモをとるキルコを目の当たりにして、春姫は重度の目眩に襲われた。

 

幼い頃より身につけた、多少なりとも他者に誇れる芸事。それを教え導く仕事と聞き、内心では期待があった。

春姫には、もう時間が残されていない。

何か一つでも、誰かに何かを残して逝けるなら。あるいは自分がこの世に生を受けた意味もあるのではないか、と。

 

…なのだが、人に何かを教えるという行為は思った以上に難しいようだ。

この相手は何処で覚えたものか、面妖極まりない歪な作法を身につけており、まずはそれを矯正するところから始めねばならない。茶器を持つ手つきからは、さほど慣れているようには見えないし、また本人もやる気に満ち溢れているのでだが……いささか、満ちあふれすぎている気もするが……

 

それに、気になるところは他にもあった。

例えば、()()()自体は紛れもなく慣れ親しんだ極東様式なのだが、だからこそ違和感の大きいこの屋敷とか。

 

全てが黄金で満たされた、あまりにも華美な茶室。

赤や青の蛍光色じみた不気味な提灯。

部屋の床の間に張り出された画一的過ぎる書体の『不如帰』の書画。

廊下に幾つも飾られている総金張の鎧甲冑。

庭の隅にズラリと並び、軽快なラップ音を奏でている鹿威し。

小ぶりな雪洞を繋げて天井に吊るしたアレはまさか…シャンデリアのつもりだろうか?

 

「…ひとまず、お茶については、今日のところはこれにて。他にも、お花やお歌のお稽古と伺っています。まずは一通り、お手前を拝見したく思います」

 

問題点を一通り洗い出した方がよさそうである。数寄の塩梅も様子を見た方がいい。付け焼き刃でどうこうなるものではない。

 

なお、茶室の出窓の向こうでは、春姫の護衛として付いてきたイシュタル・ファミリアの誇る戦闘娼婦(バーベラ)達が、差し入れと思しき酒瓶や馳走の詰まった重箱の山を傍らに、朱塗りの杯や匙を使って盛大にかっくらい、酒盛りに興じている。

 

お気楽そうな姉女郎達のことをうらやましく思いながら、春姫は微かにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さま、お久しぶりごきげんよう初めまして、キル子でございまぁす!

 

いささか唐突ではございますが、つい先日なんやかやとありまして、めでたくベート様と結ばれました。なお、それがどういう意味かは各自の脳内で補完してくださいませ♪オホホホホホホホホ!(勝ち組の余裕)

 

快挙でございます!大勝利でございます!

恥ずかしながら新妻でございます!

新妻なのでございます!!!!

大事なことなので(ry

 

フィーヒヒヒ!……コホン。さて、そこで私、考えました。

立派な人妻になるために、必要なものは何かと。

料理にお掃除、お洗濯といった生活スキルはもとより、教養も必要です。

特にハイクは重要です。生き馬の目を抜くネオサイタマのサラリマン社会では、出世に必須のスキルでした!

下手なハイクで婦人会のマウント合戦で敗北し、旦那様に恥をかかせて恥辱のあまりにセプクさせるなど、断じて許されることではありません!

 

しかし、でございます。そこで、はたと気がつきました。

恥ずかしながら、これまでの人生で、その手のリアルスキルを何も学んでいないのです!

 

特にお料理はまったくのダメです。かつては食事は毎日のようにドンブリポンに通って済ませていましたし、ましてやオーガニック食材なんてオラリオに来るまで見たこともありませんでした。

 

お料理に挑戦したいのはやまやまなのですが、致命的なことに料理スキルを一切持っていないのです。つい先ほどもメレン産の新鮮なお魚で焼き魚チャレンジをしてみましたが、ことごとく消し炭と相成りました。メシマズ以前の問題です。

 

どうやら私、ユグドラシルの法則に縛られているようでして、スキルに該当する行動に制約が生じているようなのです。

料理一つするにも、料理に関する何らかのスキルを持っていないと、自動的にファンブルする体質になり果てているようでして。

 

お掃除やお洗濯といった、ユグドラシルにスキルが存在しない行動に対しても…その、ええと…スキル的な問題ではなくですね。一人暮らしのズボラ生活が長かったせいと申しますか…リアルスキル的な問題があります。まあ、汚部屋作りには一家言ありますわ!

 

とまあ、我ながら情けなくなる有様です。

では教養はどうかといえば…白状しますと、ハイクの一つも読んだことがありません! っていうか、単なる最下級事務職にそんなん必要なかったんじゃよ!!!

ま、まあ、その分夜の方は頑張って、最近ようやくオバケ体力のベート様に最後までお付き合いできるようになってきて…その…いい気になってたら本気出したベート様にわからせられたというか…ゲフンゲフン……はい、この話しゅーりょー!続きは脳内補完してくださいませ!

 

し、しかぁし、これではいけません!ええ、いけませんとも!ベート様がセプクしてしまいます! キル子奮起の時で御座います!

とまあ、そんなわけでニンジャ達の尻を叩いて探し出し、大枚はたいて歓楽街から講師としてお招きしたのが、サンジョウノ・春姫センセイなのです!

ちなみにこの方、色気がヤバすぎます!

これは絶対に数々の男を咥え込んで腹上死させてきた名うてのオイランに違いありません!

…まあ、サンジョウノ・センセイを招いた理由は、それだけじゃあ、ありませんがね。

 

 

 

 

 

 

「メレン港 水面に沈む ドラム缶 …如何ですか、センセイ!」

 

キル子はハイクを詠んだ。

つい先日、額に汗してささやかな労働に勤しんでいた際に浮かんだ、渾身のハイクだ。

 

魚が食べたい気分だったのでメレンに()()に行ったが、リヴィラに()()()時もある。人様の縄張りに手を出そうとするアホには似合いの末路だろう。いずれにしてもアリア配下の食人花が綺麗さっぱり片付けてくれる。

 

そういった尊い労働の喜びと、ナニカが詰まったドラム缶が水瀬に沈んでいく風雅な情景を、奥ゆかしくも表した一句だった。

 

なお、キル子の目の前には無数の剣山で滅多刺しにされた山盛りの彼岸花が、青磁の花入れにいけられ鎮座している。無惨に切り取られた人の首を思わせるアート、即ちカドーである。

 

己のワビサビに深い自己満足を覚えるキル子だったが、意見を求められた春姫は何故か顔色を真っ青にして、ガタガタと震えている。

 

「ヒエッ……な、なかなか味のある句と存じますが…ひ、ひとまず、そういった方面からは離れましょう。季語も入っておりませんし…」

 

どうやらワビサビの道はまだまだ遠そうである。

 

 

 

 

 

 

さて。

本日の稽古事もひと段落し、春姫がどうしようかと内心頭を抱えながら、そろそろファミリア・ホームへ帰ろうかと身支度をしていた頃合いのこと。

 

「本日はタイヘンにありがとうございました。流石は朝廷の覚えめでたき三条(サンジョウ)家の姫君であらせられます」

 

微妙なアクセントの違いに、思わず訝しんだ春姫の前で、キル子は極東渡りの高価な湯呑みを片手に、意味ありげな流し目をよこした。

 

「…私が商っている品には、極東交易で得たものも多く含まれますので。親しく商いさせて頂いているのですよ、御実家のサンジョウ様とは」

 

いきなり父親の名を出され、呆気に取られる春姫を他所に、キル子は「ですが」と続けた。

 

「サンジョウ様は最近、とみに体調がすぐれないご様子でして」

 

奥方を亡くし、春姫を遠ざけてより、心痛のせいか酒量が過ぎるようになったらしく、昨今では朝廷への参内も滞り、口さがない公家衆からは良くない噂の的になっている、と。

 

「ま、まさか父が………⁈」

 

ついには内裏からも『構い無し』を告げられるに至ったという件を聞き及び、春姫は思わず悲鳴を上げた。

 

極東は『朝廷』と呼ばれる超巨大国家系派閥【アマテラス・ファミリア】が治めている(…表向きはそうなっているが、実際には地方に行けば行くほど、まつろわぬ民が跋扈し、相争う戦国乱世だ)。朝廷には複数の有力氏族により公家社会を構成しており、春姫の実家、サンジョウもその一つ。

 

そして、内裏の寵愛を失うのは公家社会では死を意味する。

このままではお家断絶は免れない。幼い頃から公家社会で育った春姫にはその重さがよく分かった。

 

「…心中、お察しいたします。わたくしどもも、何とかお力になりたいとは思いますが、お心の問題ばかりは余人にはどうにも…」

 

顔を青ざめさせて呆然とする春姫を前に、小袖の裾で邪悪な笑みを浮かべた口元を隠しつつ、いかにも憂えた表情を取り繕っているが、珍しい美味い酒ならば、相手がだれであろうと高値で買うというサンジョウのバカ殿の噂を聞きつけ、迷うことなく神酒を売りつけたのはキル子である。

しかも、よりによって、あまりに強すぎて、本来なら販売に適さない方を。

 

極東社会は新参者を嫌う。伝統と格式が重用され、たかが商人の商いにさえ、明確な序列と格式が存在する。

マッポー時代の暗黒メガコーポじみて複雑怪奇な風習やしきたりが蔓延り、限りあるリソースを身内だけで独占すべく、余所者を締め出しているのである。

まるで故郷、ネオサイタマに戻ったかのような企業カーストの煩わしさに痺れを切らしたキル子が、サンジョウに目をつけたのは当然の成り行きだった。

 

もともと心が弱って酒浸りになっていた春姫の父親に神酒を売り込み、完全に依存させて影から家を操り、商売の手を広げるというスバラシイ計画!

…だが、神酒があまりにききすぎたため、当のバカ殿がぶっ壊れて、スバラシイ計画は破綻した。ブッダシット!

今では神酒を求めて譫言を繰り返すゾンビのような有様である。当然ながら人前には出せず、屋敷に押し込めているので、サンジョウ家は周囲からハブられている。本末転倒な有様だった。

もちろん、そんな些細なことはキル子的にはどうでもいい。問題なのは、このままではせっかく苦労して手に入れた極東交易の旨みがないことだ。

 

…しかし、八方塞がり万策尽きたかに見えたキル子に、手を差し伸べた人物がいたのだった。

 

「オホホホ!お困りのようでおじゃるのう」

 

キル子と春姫しかいない筈の茶室に、突如として壮年の男性の声が響いた。

 

思わずギョッとする春姫を他所に、澄まし顔のキル子は一歩下がると、隣室に繋がる襖を開く。

 

「サンジョウは清華家でも内々の家柄。このままお家が絶えるは、惜しい事でおじゃる」

 

おしろい顔に高眉、冠を被って杓を持ち、煌びやかな着物を着た、典型的な極東貴族の出立をした男が正座していた。

 

「久しいのう、春姫殿」

 

「イ、イチジョウ三位(さんみ)様!」

 

春姫は平伏した。

 

イチジョウノ・公麿。三位中納言の位にある朝廷の重臣中の重臣である。

 

「ホホ、麿はここにはいないでおじゃる。よいな?遠く離れたオラリオごとき辺境に、麿がいよう筈がないでおじゃろう?」

 

極東貴族独特の迂遠な言い回し。

その意味するところを、春姫は正確に察した。密使であると。

 

「…内裏は憂いておられる。古より続くサンジョウがなくなるは忍びないとな。サンジョウめも、ちとやり過ぎたでおじゃる。酒が過ぎた故、もう、先も長くはなかろうが…」

 

それを聞き、春姫の胸中に複雑な感情が溢れた。

 

母の死をお前が生まれたせいだと罵られ、生まれて初めて出来た友との関わりを否定され、挙句、勘当され、放逐され…

それでも、あの家は、あの父は…

 

そんな春姫の胸中を無視して、イチジョウは話を続けた。

 

「それはあやつの責。しかし、このままでは歴史あるサンジョウ家まで取り潰すほかない。あまりに道理の通らぬ春姫殿の勘当の一件しかり。流石に醜聞が過ぎよう…」

 

そもそも貴族社会では血筋が重要なステータスであり、たった一人しかいない正統な血を継ぐ嫡子を、大した咎でもないのに勘当して追放するなど、あってはならない。

しかも、後添えも迎えず、養子も取らず、朝廷への出仕さえ滞るとあらば…

 

「分かるであろう?もはや、御家を守るには、サンジョウめを隠居させ、春姫殿が家督を継ぐほかはないのじゃ」

 

春姫は我知らず、唇を噛んだ。

 

今の春姫は、娼婦である。

とても元の身分に戻れようはずもない。

公家は強者には媚びるが、弱者には辛くあたる嫌らしさがある。

伝統と格式を何より重んじる朝廷にとって、娼婦に堕ちていたなど、大変な醜聞なのだ。

例え春姫が家督を継いだとしても、禁裏で復権するのは不可能に決まっている。

下手をすれば名誉のセプクか、ボンズ・シスターとして出家あるのみであろう。

 

「ホホホ、春姫殿、ご案じ召されるな」

 

イチジョウの目が、嫌らしく笑った。

そんなことは、百も承知とばかりに。

 

「所詮は遠くオラリオでのこと。口さがない噂雀に京童とて、地の果てまでを見聞きすることは出来ぬでおじゃる。麿の口もほれ、この通り、固いでおじゃるからのう?」

 

家を潰すも潰さないも、自分の口次第だ、と。その目は如実に語っている。

 

「そうそう、家を継ぐとあらば、独り身では春姫殿も心細いでおじゃろう?春姫殿も年頃でおじゃるし、如何かな、婿を取られては。サンジョウに釣り合う、よい血筋の男子を婿に迎えれば、朝廷での立場も自然とよくなるでおじゃるよ」

 

その言葉に、春姫はイチジョウの狙いを悟った。

 

「オホホホホ!万事、この麿に任せておくでおじゃる!サンジョウ家を継ぐとあらば、引く手数多。婿の成り手には事欠かぬでな。まあ、下手な婿をあてがうことはできぬであろうから、そこは麿がしかと後見するでおじゃる。大船に乗った気でいるがよい」

 

そして実権はその婿とやらが握り、春姫は再び屋敷に押し込められるだろう。しかも、婿を選ぶのは、当然、目の前のイチジョウである。

意味するところは、あからさまなお家乗っ取りだ。

 

断ることは出来ない。そうすれば、この男の口はたちどころに軽くなり、サンジョウは潰される。

勘当され、放逐されたとて、公家社会で生まれ育った身。自ら実家を潰す選択肢は、取れなかった。

 

こういった人の心の弱さにつけ込む陰湿な陰謀は、極東貴族のお家芸である。

例えるならば、旗本三男坊に身をやつし、隙あらば外様大名に難癖をつけてデーンデーンデーンと成敗し、改易して幕府天領を増やす狡猾な将軍オーバーロードにも似た鬼畜の所業であろう。

 

そこで、春姫はある意味、最後の希望に縋った。

 

「…イチジョウ様、御好意、大変有り難くは思いますが、今の私はイシュタル様の眷属で御座います。ありがたいお話ではあるのですが、イシュタル様の許可なしには…」

 

「その件につきましては、ご心配なく、春姫様」

 

それまで、側で成り行きを見守っていたキル子が、初めて口を挟んだ。

 

「イシュタル様には、私から話を通しますので。…まあ、それ以前にイシュタル・ファミリアは、すぐにそれどころではなくなると思いますがね」

 

意味深な言葉を告げるキル子に、イチジョウも頷く。

 

「ふむ。…だそうだが、春姫殿?」

 

最後の逃げ道を塞がれた春姫は深々と頭を下げ、下知を受け入れるほか、なかった。

 

「…よろしく、お願い申し上げまする」

 

生くるも地獄、死ぬも地獄。

春姫は涙を堪え、己が波瀾万丈の運命を嘆いた。

今度は、家と父と。全てに破滅をもたらさずにはいられない、己の汚れた身と魂を呪いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

悲嘆に暮れた春姫が、キル子の屋敷を去った後のこと。

 

ケバケバしい黄金茶室は、その本来の用途に用いられていた。

 

「これで春姫は取り込んだも同然よ。サンジョウを立て直したとあらば、ミカドもお喜びになるでおじゃろう。ニジョウやゴジョウめの悔しがる顔が目に浮かぶでおじゃる!」

 

イチジョウは専用に用意された重箱から、トロマグロ・スシを取り出し、一度に二つ食べた。

 

「おめでとうございます、イチジョウ様。その暁には…」

 

「わかっておるわ。我がイチジョウと、ついでにサンジョウめの海外交易の販路は、そちにくれてやるでおじゃる。その代わり…」

 

「もちろん、イチジョウ様への手数料は惜しみませんわ」

 

「オホホホホ!迷宮屋、そちも(わる)よのう!」

 

「いえいえ、イチジョウ様ほどでは!」

 

なんという邪悪な密談であろうか!

このまま哀れな春姫は馬の骨じみた婿を取らされ、実家を乗っ取られるしかないのか!

ブッダよ、そろそろ昼寝から起きて、悪党をアビ・インフェルノ送りにしてもいいのではないですか⁈

 

 

 

 

 

そして。

 

「春姫…」

 

醜悪極まる陰謀渦巻く茶室の外で、悍ましき会話の一部始終を、イシュタル・ファミリアが誇る戦闘娼婦(バーベラ)にしてファミリア幹部、アイシャ・ベルカが盗み聞いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御方様」

 

「首尾はどう?」

 

「彼の者はしかと、話を盗み聞いておりました。遠からずイシュタルの耳にも入ることかと」

 

「よろしい。では、作戦を第二段階に進めましょう。ロキに伝令を」

 

「ハハッ」

 

 




どっかの邪悪のせいで更なる人生ハードモードな春姫の明日はどっちだろう。
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