魔法科高校の副風紀委員長   作:伊調

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バレンタインデーは終わったと言ったな?あれは嘘だ


第五十七話

一勝負終えた芺はテキパキと帰り支度を終える。残念ながら感想戦をする程、今の芺には時間が無い。帰り次第報告書に目を通し、その時が来るまで研鑽を積みながら待機しなければならないのだ。

芺は気配を殺してそそくさと校門に向かう。沢木があの場面でバレンタインデーの話題を出してしまったからに、今ここで知り合いと……特に同級生の男陣と出会えばチョコレートの数の追求は避けられない。

 

幸いにも周りに見知った男の気配は無い。芺は強く意識しなければ認識から外れてしまう程、自分の気配を制御して歩みを進める。これは魔法など介在しないただの『技術』だ。

まあ、言ってしまえばそこまでする必要はないのだ。五十里や桐原あたりは連れがいるため来るとは思えないし、何より聞かれた所で答えればいいだけの事。沢木のせいで無駄に意識していたが、そこまで気にかける程のことでもなかった。

 

「あれ?芺さん、今帰りですか?」

 

そのため、こちらに近づく見知った人間から遠ざかる事もしなかった。

 

「ああ、お前もか?エリカ」

「はい。せっかくですし、一緒にどうです?」

 

“どう?”と言うのは言うまでもなく一緒に帰るだけなのだが、妙に遠慮がちというか、そんな雰囲気を感じた。

芺としては特に断る理由もないので二つ返事で了承する。改めて隣を歩くエリカを見てみると、どこか疲れているように見えた。

 

「少しお疲れのようだな。何かあったのか」

「あー……いえ、今日ってバレンタインデーじゃないですか。だから周りから……」

「なるほどな。女子間でもそういうのは気になるものなのか」

 

芺はエリカの口調と言葉から、一日中彼女が誰にチョコを渡すのかという視線に晒され続けていた事を察する。

 

「全くですよ。私が誰にあげるなんてそんなの勝手ですよねー……」

「それについては同感だが、お前は美少女だからな。周りもやはり気になるんじゃないか」

「びしょっ……!?そ、そんなものなんですかね」

 

妙に歯切れの悪いエリカをよそに、芺は特に意に介さずといった様子で前を見ている。

エリカからは少し見上げる位置にある顔。纏められた少し長い髪に、魔法師らしく平均より整った顔立ち。こうして見るとどこか達也に似ている気もしない様な……という印象を受ける。

 

「……?俺の顔になにか付いてるか」

「えっ!?いや、何も」

 

人一倍周りを常に警戒し、気配を探っている芺を凝視していればもちろんこうなるわけで。なんだかありがちな台詞を吐いた芺にたじろぐエリカ。

 

「そ、それよりも!芺さんはチョコいくつくらい貰ったんですか」

 

話の流れを変えるため咄嗟に話題を出したエリカだが、愚策だったと気づくのにそう時間はかからなかった。

芺としては回避出来たであろう話題が降りかかってきたことに若干星の巡りの悪さを呪いながらも答える。

 

「九個……いや、一応十個か。剣道部の女子達から貰った分が大きいな」

 

ちなみに芺が一応のカウントに入れたのは前生徒会長からの分である。

 

「エリカは?誰かにあげたのか」

 

ここでやっとエリカは自分の浅慮さを悔やむ事になる。話の流れからしてこの話題が来ることは容易に予測できた。おまけに聞いたのは自分からのために話題を変えては心象が悪い。芺の性質からこの質問に欠片ほどの悪意もない事が分かるために答えるべきか否か……。等々エリカは自問自答を繰り返す。

 

「あ、あげてないですよ!帰ったら道場の男共に渡しはしますけど……」

「そうか。かなりの大所帯だろうに。大変だな」

 

芺の少しの同情と労いを孕んだ言葉を受けてエリカは黙り込む。話の流れから別に切っても問題ない流れだが、エリカは別の事で頭がいっぱいだった。

ちなみに柳生家まではコミューターが通っており、芺も帰宅にはコミューターを使用している。そのため、最寄り駅までの道が基本的な帰り道だった。

 

「芺、さん……」

「なんだ」

 

妙に控え目というか、珍しく恐る恐るといった様子のエリカ。彼女のそんな姿を見るのは余り経験がないため、芺も何かあったのかと思考を巡らせる。

 

「その、最近物騒じゃないですか。芺さんがこの前みたいに襲われるかもしれないし……なんで、家まで送ってきますよ。せっかくですし」

 

少し視線を外しながら一息で言い切るエリカ。芺がまず最初に抱いた感想は“逆じゃないか?”といったものだったが、エリカの真意を測りかねている芺はここで彼女を逆に送っていっても心配は晴れないのではないか?等と一瞬のうちに頭を回す。

しかし、それでも自分が取るべき最前の行動が思い当たらず、取り敢えず彼女の申し出に従うことに決定した。

 

「……わかった。逆に俺が送って行くと言ってもお前は首を縦には振らんだろうしな」

「よくご存知で。さ、行きましょ」

 

と、エリカは芺の顔を覗き込むようにしてから歩き出す。実はこの時点でエリカは正常な判断力を失っており、家まで行くなどと言い切ったのも問題の先延ばしでしかない。そう、彼女のカバンには一つのチョコが入っていた。

 

──

 

「…………」

「…………」

 

沈黙が続く。芺は元々よく喋る方ではないし、エリカにとってもこの沈黙は別に居心地の悪いものでは無い。

こうして見るとやはり芺はどこか達也と似ていた。容姿もだが、どちらかと言うと少し雰囲気が。芺の黒髪も、気にしてみれば深雪の漆黒の髪にかなり近い色をしているような気もする。共通点……とまでは行かないが、どこか似ているからこそあの兄妹と芺はウマが合うのかもしれない。などなど色々と考えているうちに芺の降車地点に近付く。不意に芺が口を開いた。

 

「エリカ。パラサイトをどう見る」

 

突然の質問。咄嗟には返事が出せなかったが、直ぐに持ち直して芺の方を見る。

 

「脅威……ではあると思います。現に私は手も足も出ませんでしたし。芺さんは多分その眼で見えるんでしょうけど……私にはどうしたらいいか」

 

その言葉を聞いて芺は顎に手を当てて思案する。そして何かを思いついたかのようにこう言った。

 

「想子の集中的な知覚……これをお前なりに……いや、千葉流剣術なりに試してみるといい。悪い結果にはならないはずだ」

 

その言葉に何か思い当たったような顔をするエリカ。どうやらこれからの鍛錬の方向が決まったらしい。

 

「……はい!頑張ってみます」

 

それに芺は彼が良く浮かべる表情である優しい微笑みで返し、そこから特に会話はなく沈黙に戻る。

それから間もなくして、芺の家の最寄りにコミューターが到着する。至近ではないものの、歩くのは苦にならない距離だ。

芺は最後に挨拶をして降りようとしていたが、なんの躊躇いもなく自分も降り支度をするエリカ。その姿を見て“この前の失踪で心配させすぎたか”と自分の力不足からこの状況を招いたと反省し、何も言わずに彼女の降車を手伝う。

 

「……悪いな。俺が不甲斐ないばかりに心配をかけた。まさか後輩の女子に家まで送って貰うとは。もっと精進しなければな」

「ええ!?いやいやそんなつもりでここまで着いてきたわけではなく!」

 

芺の顔に一瞬疑問が浮かぶ。しかしその疑問は彼の中で払拭されたのかすぐにいつもの真顔……よりかは幾分か柔らかい表情に戻る。

 

「ははっ、そうか。お前は優しいな」

 

平時より砕けた口調。そして芺の微笑……ではない。珍しい笑顔を見たエリカは思わず彼の顔を見つめてしまった。芺は人前で滅多に笑顔を見せない。微笑をたたえる事はあるものの、破顔する事はあまりないのだ。

思わず見つめていた事に気付かれる前にと、エリカは少し不自然には見えるが進行方向に向き直る。なぜ自分が気付かれたくなかったのかは彼女自身、まだ分からなかった。

 

「ほ、本当にそういう訳じゃないですから」

「?ならなんだ」

 

芺はまだ少し顔を綻ばせながら冗談めかして問い掛ける。芺の言葉を世辞として受け取って返答したエリカはまたもここでピンチに陥った。しかし、今回は先程とは違う。どこか落ち着きが彼女の中にはあった。

 

(何でたかがチョコを渡す事に私がここまで悩まなきゃいけないのよ!しっかりしなさいエリカ。お世話になった人に感謝の気持ちを伝えるだけ)

 

「えーっ……と、その。実は……」

 

たどたどしく切り出したエリカに芺は少し目を見開きはしたが、彼女の発言を待つ構え。エリカは一呼吸置いて意を決した。

 

(なんで緊張してんだろ私。ここまで来たら後はどうにでもなれ!女を見せるのよ!)

 

「芺さん、ハイ」

「これは……」

「チョコですよ。ほら今日バレンタインデーじゃないですか。芺さんにはいつもお世話になってるんで、そのお礼です」

 

半ば押し付けられるようにして渡されたその小さな赤い箱とエリカの間を、芺の視線が一往復する。あまり表情は変わっていないが、内心の驚きが伝わってくる。

 

「……正直驚いたが、とても嬉しい。必ずこれに恥じない返礼をすると約束しよう。ありがとう、エリカ」

「いーえ。喜んでもらえたのなら何より。じゃ、私はこの辺で!」

「ん、そうか。じゃあ……またな」

「はーい!また!」

 

と、言い残してエリカはここまで歩いてきた道を走り去っていく。家まで送り届けるという名目上の目的は若干達成には至らなかったが、本来の目的が達成出来たということで万事解決。そんな様子のエリカは帰りのコミューターに乗り込む。

 

明らかに走った事による動悸ではない胸の高鳴りに、彼女は気付くことはなかった。

 

──

 

その夜──

 

芺は頂き物のチョコを丁寧に冷蔵庫に仕舞う。さすがに一日で食べ切れる量ではないし、一応食事のバランスにも気を付けている芺は何日かに分けて食べることにした。

今日はどれにするか──そう思ってふと手に残ったのは小さな赤色の箱。エリカからのチョコだった。

 

自室に持って帰って箱を開ける。そこにはとある花を象った手作りと思しきチョコと、男性用なのかスマートな印象を与える髪留めが入っていた。チョコに関しては非常に精巧に作られており、随分と器用なものだといった印象を受ける。髪留めも最近伸びた髪の毛を襟足の辺りで結んでいる芺の事を考えてのものであろう。

 

「食べてしまうのも勿体ない気もするな……」

 

しかし食べない事の方が失礼か、と自問自答した芺はそのとある人物の名前に使われている花を象ったチョコを口に運ぶ。口の中で噛み砕くと、チョコ自体のほんのりとした苦味からか、溢れ出る生チョコの甘みが口内に染み渡った。シンプルな作りながらも、その分技量が試されるチョコであった。

 

(……美味いな)

 

もぐもぐと十分にチョコを味わった芺は、満足気に箱を自室に飾り、髪留めも机に置いておく。明日の朝にすぐ取り出せるようにだった。

エリカからのチョコを食べ終わった芺はふと、寝床に転がりながら思いに耽ける。

それは自分の中身(パラサイト)についてだった。幹比古や美月達には明かした事実。当然いたずらに明かしていいものでは無いことは分かっている。だが、あの純粋な眼でこちらを見つめるエリカのことを考えると、どうしても騙しているような……そんな申し訳ない感覚に陥るのだった。

 

──

 

(はぁ……なんで私、あんなに緊張してたんだろ)

 

芺の帰り道まで着いていき、押し付けるようにチョコを渡したエリカ。奇しくも芺と同じように彼女も寝床に転がりながら物思いに耽っていた──というよりかは、自問自答の最中だろうか。

 

(……アレね。周りの子達が誰に渡すのかうるさいから……変に意識しちゃってたのかな。そうよ。そうに違いない。全く、下らない恋愛遊戯に巻き込まないで欲しい……)

 

と、目を瞑りながら悶々としていたエリカは、部屋に近づく気配に気付かなかった。ドアをノックされる音で飛び起きたエリカは、そのドアの向こうにある制御された気配から、客人が自分の兄であることを察する。

わざわざ千葉修次が出向いたのには理由がある。それは達也が国防軍に監視されていること。そして自分が達也の監視と必要ならば護衛を命じられているということだった。

そして……これが本題だが、修次はエリカに達也の周りには余り近づかないようにと提案する。それをやんわりと受け取ったエリカに、とにかく厄介事に巻き込まれないよう気を付けるよう最後に付け足した修次は部屋を出る。

 

(……ま、芺さんのためにも達也くんの周りで気を付けないとね)

 

修次の退出を待って舌をチロっと出したエリカ。無意識に出たその心中の言葉。兄の真意とは外れることが分かっていても、あの誰も彼も護ろうとする芺の代わりに……はならないが、少しでも負担を減らすために達也の周りからは離れない事を決心する。

 

そう、それは達也のためではなく、あの妙に危なっかしい頼りになる先輩のためであり、小さい頃から疎まれていた自分に一人の剣士として接してくれた、あの新陰流の剣士のためだ。

未知の脅威からも身を呈して護ってくれていた、柳生芺という人物のためだ。何も、それはおかしなことでは無い──

 

 

 

 

 

 

(って、そんなわけないわよねー……)

 

思わずクスッと笑いが漏れるエリカ。自分が少々馬鹿らしくなったようだった。

どうしてもあの男の事を考えた時に起こる胸のざわめきは、つい先程自分が“下らない”と考えたものなのだと気付くのに、時間はかからなかった。

 

「はぁ……こりゃまた癖のある人選んじゃったわねー……」

 

そう言ってベッドにダイブするエリカ。セリフこそ呆れているように聞こえるが、その口調はどこか弾んでいた。

 




伊調です。

私、こういった……いわゆる恋愛模様を描くの、とても苦手なんですよね。経験が!ないので!!!

なので余り世に出したくはなかったんですが、半分くらい書いて捨てるのは勿体ない気もしまして……私の趣味に付き合わせる形になってしまいました。

そろそろ戦闘シーンも増えてくる頃合ですから、気合い入れてきます。

肩の力を抜いてお待ち頂ければ幸いです。伊調でした。
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総合評価:3254/評価:6.85/連載:86話/更新日時:2022年08月21日(日) 21:20 小説情報


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