「あ、あの!」
ふと声を掛けられ、俺は振り返る。
そこにいるのは、見覚えのある女性だ。
「ん? 俺?」
「はい、そうです! あのですね、実は──」
彼女の話によると、最近設立した劇団サークルのメンバーを募集しているらしい。
「なるほどね。でも、なんで俺に声をかけたの?」
「あ、それはですね、以前貴方がクラスで演劇をしたことがあると聞いたのを思い出して、声を掛けさせてもらいました」
俺は少し記憶をたどると、確かに同じ講義を受けている友人とそんな話をしたことを思い出す。俺自身もかなりあいまいな記憶だっただけに、彼女がそのことを覚えているのに僅かながら驚きを覚える。
そして、彼女がその講義でよく見かけるグループに所属している一人であることに気が付いた。
「あ、自己紹介をまだしてなかったですね。ジブン、大和麻弥と言います! 上から読んでもしたから読んでもヤマトマヤ。よろしくお願いします! ……一応、同じ講義を受けていますし、もしかしたらご存知かもしれませんが」
「そうだね、よく知ってるよ。君は結構有名だから」
「えぇ!? そ、そうですか!?」
俺の言葉に彼女が驚き、少し呆れたようにため息をついた。
「君、芸能人なのにその反応はどうなの……?」
だけど、確かに彼女はそういうことに鈍そうではあった。
「もっと気を付けた方がいいと思うよ」
「た、確かにみんなにはよく言われます……って!? えぇ!? ジブンがパスパレで活動してるって知ってたんですか!?」
今しがた思い出したことではあるが…
「そりゃあ、最近有名だからね。たまに曲を聴くし」
「そ、そうだったんですね。ふ、フヘへ……なんだか照れますね」
そう照れながら髪をかき上げるしぐさに、俺は少しだけ顔が熱くなった。
「……どうしたんですか? ジブン、何かおかしいですか?」
「あ、すまん。なんでもない」
俺は慌ててごまかす。初対面から相手のことを褒められるほど浮いた人間ではなかった。
だが、アイドルになるだけあって、彼女の容姿がいいのは事実であった。
「それで、その……劇団の件は、引き受けていただけないでしょうか?」
「うん、いいよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
もともと、どこかのサークルに所属するつもりではあった。決めきる前に候補が目の前に出てきてくれるのは、実際都合が良かったこともある。
あまり感情を大きく見せるようなタイプではない彼女が手放しで喜んでいるのを見ると、彼の方も少しだけにこやかな気分になってくる。
もしかすると、そのギャップにやられてしまったのかもしれない。
「じゃあ、これからよろしく」
「はい、お願いします!」
退屈になりそうだった大学生活は、俺の予想を裏切るように動き出した。
アイドルの彼女。
普通な大学生の俺。
演劇という共通項だけでつながった俺達の大学生活は、こうして幕を開けた。