それが何よりも大事で、素直な気持ち
ハンターになった理由は、人によってさまざまである。
生活のために、英雄譚に憧れたために、成り行きで、理由は千差万別。
少女もハンターを目指した。理由は、端的に言ってしまえば一目惚れだった。
事の始まりは、一つの依頼だった。
少女の暮らす村はお世辞にも豊かな村ではなかった。だがその地を治める領主が村に訪れることとなった。その時まだ幼かった少女には、領主が何故訪れたか覚えていない。ただ接待のためにと、少しでも高価な料理を出すことが決定していた。
とにかく、村長はハンターズギルドに飛竜の卵を依頼した。
竜の卵は庶民の口に入ることなど滅多にない食材。依頼料金は村にとって痛手ではあったが、振る舞うことを決めたのだ。
依頼は通り、卵が村に納品された。
始めはただの物珍しさしかなかった。竜の卵を見れるという好奇心が少女を動かした。他の村人も同じ気持ちだったのだろう。
ハンターズギルドの職員と、何故か村にまで卵を運んだハンターを総出で出迎えたのだ。
そこで少女は出会った。己の運命を大きく変える存在と。
少女は目が離せなかった。見ているだけで叫びたくなるほど気持ちは昂ぶり、すぐそばに近づいて抱き着きたくなる衝動に駆られた。初めてのことだった。
これほどまでに心を奪われるものを見るのは、少女の生きてきた年月では初めてのことだ。
少女の視線の先、そこには、
見たことのない鎧を着こみ、重々しく武骨な武器を背負う人物──────の腕に抱かれた卵。
少女は卵に一目惚れをした。それはもう目がハートになるほどだった。
ハンターとギルドの職員は帰り、村に残された卵。
領主が来る日まで少女は毎日卵を見に行った。気持ちは通い妻だった。
時には誰も見ていない瞬間を見計らって、頬ずりをしたりキスをしたりとおませな、というか変態行動にも出ていた。
村人たちは幸いというべきか、少女の変態行動には気づいていなかった。そのため「この娘は料理人にでもなりたいのかな」程度にしか認識していなかった。
だが少女に取って幸せで、とろけるほどに甘い時間は終わりを迎える。
領主が来る日がやってきたのだ。
少女はいつもと変わらず卵を見に行き、そして絶望した。
村長の奥さんが卵を割った瞬間を見てしまったのだ。
少女は叫んだ。愛しい卵を割られたことによる怒り、哀しみ、憎しみ……絶望と憎悪の音叉の叫びであった。
村長の奥さんは戸惑った。当然である。卵を調理しようとしたら少女が叫びだしたのだ。こわい。
叫びを聞きつけて村の人たちが集まった。そして事情を聴き、暴れる少女を押さえて倉に閉じ込めた。
事情を聴いても全くわからなかったが、このままではせっかくの飛竜の卵を台無しにされてしまうと危惧したためだ。最悪領主に掴みかかりそうだったので、その日は閉じ込めておくことにした。
昏い倉の中で少女はただただ嘆いた。
翌日、倉から出された少女は、愛しい卵の割れた殻を見て大粒の涙を流した。正直ドン引きものだ。
卵の殻に向かって号泣している少女。少女の両親は、彼女のために数ヵ月後、ハンターズギルドに依頼をした。依頼の内容は勿論、竜の卵の納品だった。
その話を聴いた彼女は満面の笑みを浮かべ喜んだ。もう一度愛しい卵に会えるのだと。
そして依頼は達成され、彼女は早朝からギルド職員を出迎えるために村の門にいた。やってきた職員から卵を受け取るや否や、人目を気にせず頬ずりをして甘えた声で卵に語りかける彼女の姿は、夢に出そうなほど不気味だったらしい。
とにかく、彼女は卵を抱きしめながら家に帰った。
そしてその日の夜、絶望した。
悲しいことに、彼女の両親は真に彼女のことを理解していなかった。まあ卵に異常な愛を注ぐのを理解しろというのは難易度が高すぎるものである。
両親は「卵がとても好きなのだろう。あの日泣いていたのは卵を食べたかったもしくは、自分で調理したかったからに違いない」と考えたのだ。
だから彼女の母親は、彼女にその日の夜、言った。
「アリシア、今から一緒にご飯を作ろっか。その卵、割ってくれる?」
それは彼女にとって、愛しい人を自らの手で殺せと言われたに等しい言葉。
当然彼女は激怒した。卵を割るなんて何を考えているのだ、と両親の正気を疑って怒鳴った。
それに対して両親は逆ギレをしたのだ。娘のためにと高い依頼料を払って手に入れた卵、それを調理に使う以外何があるのだと。逆ギレというより正当な叱りだった。
そこで両親は、ひょっとしてと思い考えた。この娘は卵を孵したいのでは、と。だが竜の卵を孵すのはダメだ。今度飼育用の鳥の卵を市場から買ってやるべきかと考えた。結構甘やかせる親である。
だが念のため、卵を孵したかったのか、と尋ねた。尋ねながら無慈悲に竜の卵は割った。
少女は号泣しながら答えた。卵は愛でるためにあるのだ、孵してはダメなのだと。両親には意味がわからなかった。というかほとんどの人には意味がわからないものだ。
母親は泣きじゃくる娘を放置してスクランブルエッグを作った。少女は目を真っ赤に腫らしながら卵を食べた。しょっぱかった。
その日以降、彼女の前で卵の話題は禁止となった。
村中に彼女の奇行が広まったのだ。だが彼女は諦めていなかった。
領主に出したあの卵、依頼主はいわば村全体だ。個人が勝手にしていいものではない。
両親が頼んだあの卵、依頼主は自分の両親だ。卵の所有権は自分ではなく親のもの。
ならば、自分が依頼主となって卵納品依頼を出せばいいのではないか。
そうやって手に入れた卵となら、どう扱おうと誰も文句は言わないだろう。勝手に割ろうとした奴の頭はかち割る。
過激な思想を元に、彼女は毎日両親のお手伝いをしてはお小遣いを稼いだ。
数年経つと手足が伸び、お手伝いではなく村の仕事を行うようになった。そしてお給金を受け取り、毎日貯金していった。
ある程度のお金が貯まり、彼女は街まで出て依頼を行った。当然卵である。
またあの美しい卵にいよいよ会えるのだと思うと、身震いが止まらなかった。受付の女性は、ニタリと笑いながら震える彼女の姿に恐怖した。こいつやべぇ。
一週間ほど経ち、依頼達成の報告が彼女の元に届いた。そして彼女は村の門で職員を、もとい愛しの卵を待ち構えた。
胸の高鳴りが止まない。いよいよ憧れの卵との生活が待っている。そう思うと顔は熱くなり、まさに恋する乙女そのものだった。その実態は卵異常愛者である。
しかし、職員が運んできた卵を受け取った時、彼女は落胆した。
それは確かに飛竜の卵だ。だがこれは、美しさが足りない。
楕円のフォルムの角度が求めるラインよりも深すぎる。これは彼女の美的センスを刺激するものではなかった。卵ならなんでもいいわけではないのだ。イケメンもといイケ卵じゃないと彼女の心は動かないのだ。
落胆こそしたが、次は卵の細かい指定までして依頼しようと彼女は決意した。
その日の食卓は卵料理となった。
数ヶ月後、前回よりもお金を持って彼女は再び街へと向かった。
もちろん目的は卵納品依頼を出すために。今回は細かな指定をするために、お金は前回の倍を越えている。さらには指定に齟齬がないように、自身の理想とする卵のスケッチもあるのだ。
今度こそ愛しの卵とランデブーなのだと思うと、呼吸が荒くなる。受付を行った女性は、やべぇ人がまた来てしまった、と青ざめながら対応した。
しかし、彼女の理想とする卵は出会えなかった。
スケッチを持たせても、イケ卵ではないものが納品された。ギルドに苦情を言っても理解してもらえなかった。むしろ迷惑な依頼主としてマークされてしまった。
そこまでなって、ようやく彼女は悟る。
今までは周囲の人がおかしいのだと考えていたが、実は自分こそがおかしいのではないかと。遅すぎる悟りだった。
依頼実行者のハンターの審美眼がおかしいのだと思っていたが、職員すらわからないとなると卵の美というのは普通わからないのだと、彼女は悟ることに至った。
村に戻ると彼女は自身を鍛えることにした。
誰にも理解されない卵の美を得るためには、誰かを頼ることはできない。信じられるのは自分だけ。
竜の卵を得るには身体能力を高めなくては話にならない。それこそハンターになれるほどに。
さらには竜の卵がある場所に行くことは難しい。まず見つけること自体が困難だ。ハンターズギルドならばある程度把握しているらしい。ならば、ハンターズギルドから情報を得るために、自身がハンターとなるしかない。
愛のために彼女はひたすら鍛えた。
すでに成長期を迎え終わっており、あとは気にせず筋力をつけるのみ。舗装されていない山道は足腰を鍛え抜き、街への買い出しに荷物運びも積極的に参加した。荷車を自ら率先して引いた。ガーグァやアプトノスに頼ることなく、ただただ愛のために。
両親は彼女が鍛える理由、ハンターになりたいということに始めこそ反対したが、卵以外に情熱を注ぐ姿を見て「あの時よりははるかに健全だし、いっか」と応援することにした。実際は卵への情熱とは見抜けなかった。
数年後、彼女はハンターとなった。
ハンターとなって最初のころは大人しいものだった。とにかくどんな依頼でも自発的に受け、ハンターズギルドからの信頼を得ていった。彼女の本心としては、卵以外受けたくなかったのだが堪えた。その理由は、依頼で受けた卵納品とはつまり、最終的に自分の手には残らないものだからだ。つまりはロミオとジュリエット。卵依頼で出会った卵とは、悲恋の運命にある出会いなのだ。
そのため彼女はまず、ギルドの信頼を得ることに集中した。
一定の信頼を得れば卵を融通してもらえないか、と考えたのだ。甘い考え過ぎる。
いつしかひよっことは言えないほどに、彼女はハンターとしての実力、実績を得た。
狩猟依頼に赴けば、確実にこなす。ギルドですら想定外なイレギュラーが現場で発生した際も、最適な行動あるいは乱入したモンスターを狩猟するほどに。
ハンターズギルドで褒められれば褒められるほど、彼女はほくそ笑んだ。この調子なら卵を一個くらい家に持ち帰っても怒られないんじゃないか、と。
そして彼女は実行に移した。
超怒られた。ものすごく怒られた。彼女は、号泣しながら卵を抱きしめ抵抗したが、泣き落としも通用しなかった。
それまでの実績のため厳重注意で留まったが、彼女の珍行は瞬く間に噂になった。ギルド期待のハンター、卵抱きしめ号泣! と月刊誌に取り上げられるほどだった。
それ以来、彼女は意気消沈してしまった。
どれほど信頼を積み上げても、卵を持ち帰ることを許してくれないことに。
それから彼女は不真面目になった。依頼に出れば、設けられた期間をギリギリまで粘って現場で卵観察に費やした。依頼自体は達成するが、本当にぎりぎりまで粘るので扱いづらい優等生という立場になっていった。そのため緊急性の高い依頼などは彼女に通されることはなくなっていった。
期待の新星から一転、厄介なかつての優等生となった彼女は同業のハンターからも厄介者扱いを受けるようになった。
何せ一緒に狩猟依頼に行けば、いつの間にか卵観察に消えてばかりなのだ。そんな奴と一緒に危険な仕事はしたくない。どんどんと彼女は腫れ物となってしまっていた。
卵を抱きしめすべてを失った女ハンター。
そんな悪評の高い彼女だからこそ……表に出ることのできない組織は注目した。
ある日、彼女は自身にあてがわれたハウスに帰ると一通の手紙が置いてあった。
手紙にはこう書かれていた。
『お前の愛を誰も理解しない。だが我々ならば理解できる───Tシンジケート』
手紙の通り、彼女の愛は孤独。誰からも理解を得れないものだ。
しかしそれを理解できると書いた手紙。始めこそは悪戯だと考えた。悪評を聞きつけたどこかのチンピラだろうと。だが彼女は孤独に疲れ切っていた。藁にも縋る気持ちで同志を求めた。
そのため、手紙に書いてある場所に足を運んだ。
それが彼女と組織の出会い。
卵シンジケートとの、出会いだった。
卵シンジケートは影の組織。決して表に出ることのない闇だ。
その組織の主な活動は、卵を愛でること。これに尽きる。
彼女、アリシアは市場で日用品の買い物をしていた。正確には買い物をしているフリである。
「いらっしゃい! 今日はいい南瓜が入ってるよ!」
八百屋の店長の呼び込みに彼女は微笑みながら近づく。卵が絡まなければまともな外見なのだ。
「お、アリシアちゃんいらっしゃい! 今日はうちで南瓜パーティするから来な!」
「強制っすか」
アリシアの反応に八百屋の店長が周囲を見渡しながら声を落とした。
「……今日は支部全体に大事な知らせがある。裏ボスからの指令だ」
「……裏ボスから!?」
「しっ! いやぁいい南瓜だろう!? ……馬鹿、声がでけぇ」
「ご、ごめんなさい……」
卵シンジケートの構成員は皆表向きの顔を持つ。この八百屋の店長も卵シンジケートの一員だ。アリシアの先輩構成員、というかこの地の支部長にあたる。
「裏ボスからだなんていったい何が……」
「……詳しいことは南瓜研究室で集まってからだ。絶対参加だ。いいな?」
「はい……」
卵シンジケートの裏ボス。
その実態は組織の構成員と言えども掴むことはできない謎の人物。ある者は裏ボスのことを卵の神と言い、またある者は裏ボスとは卵そのものだと言う、組織の真の支配者。
裏ボスと言うからには当然表ボスもいる。だが表ボス、大ボスは数年ほど前に代替わりをし、今の大ボスはあまり卵愛が見られないそうだ。でも卵愛がないのが普通なのでは? という想いは組織の誰も抱かない。全員異常者である。
とにかく裏ボスとは本来一構成員が関われる存在ではない。裏ボス→裏ボスの補佐官→大ボスもしくは幹部→各支部の支部長、と間にいくつもの役職者が挟まれるというのもあるが、それ以前に組織としては他支部とのつながりが薄いのだ。
卵を愛でる同志は同支部の者たちがいればそれでいい。それに、あまり大きな集会となれば表の目に見つかってしまいかねないからだ。
しかし裏ボスからの指令となると、それはつまり組織全体が関わる事態。ひとつの支部で収まる話ではない。
いったいどのような指令なのか、アリシアには皆目見当がつかなかった。ただ直感で感じた。
今夜の集会は、自身の今後に大きく関わる、と。
夜遅く、アリシアは目出しの黒い覆面をしながら八百屋の裏口に向かう。完全な不審者ルックだ。
裏口の鍵は空けられていた。音を立てず入り込み、八百屋の家の居間へと向かう。ちなみに店長は組織の者だがその奥方は一般人だ。奥方は今頃夢の中である。
居間にはすでに支部の者が全員そろっていた。全員目だけ出している黒い覆面を着用。わかりやすいほど怪しい姿だ。
「ようやく来たか。TH04」
「すまない、家の前に酔っ払いが居て時間が掛かった」
「TH04のことだ。見つかってはいないのだろうが……大丈夫だったか?」
「無論だ」
TH04とはアリシアのことである。T(たまご)H(ハンター)04番。組織外部の者が集会に忍び込んでいても、個人を特定させないために集会時は名を伏せるのが通例だ。
覆面の額部分に『支部長』と書かれた組織員は部屋に収まったメンバーを見渡して話し始めた。ちなみにアリシアの覆面の額にも『TH04』と書かれている。
「全員揃ったな。では今日の集会目的を発表する……が、その前にまずはこいつを見てくれ」
集会参加者はアリシア含めて全員で8人。
一般家庭の居間に8人はやや狭いが誰も文句は言わない。むしろ少なすぎると思っている者ばかりだ。何せ全員卵愛者。同士はもっといてもいいと考えている。
とにかく支部長は机にアレを置いた。アレとは当然、
「卵か……これは、ガーグァの卵ですね?」
「ああ、TH02。それともう一つ、こいつも見てくれ」
卵である。
支部長は卵を二つ、机の上に置いた。どちらもサイズは一緒、ガーグァの卵。しかし二つ目を置いたとき、場にいた構成員は全員どよめいた。
二つ目の卵は、あまりにも美しい卵だったからだ。見ているだけで頬が染まり(覆面で隠れているが)、うっとりと思わずため息がついてしまうほどのもの。当然アリシアも例外ではない。
全員の反応を満足げに眺めた支部長は言葉を続ける。
「よし……スパイは紛れていないようだな」
異端者の集まりだからこそのあぶり出し。一般人であれば卵を見てうっとりとすることはなかなかない。
「随分と疑り深いじゃねえか支部長」
「伝えただろう? 今日は裏ボスの指令発表があるんだ。いつもより念入りに警戒しないとな」
「じゃが、これほど美しい卵では表の奴らも見惚れてしまうのではないかのぅ」
「翁の言う通りだぜ」
額部分に『翁』と書かれた構成員の言葉に全員が笑う。卵に見惚れるなんてそんなわけがない。だけど悲しいことに、この場には誰一人まともな感性を持つものはいなかった。
「さて、普段ならここから卵品評会や卵発表会をするところだが、今日は違う。裏ボスからの指令だ。言っとくが、かなりやべぇ……」
やべぇのは組織そのものである。
「なんと……先月の続き『俺の卵がこんなに可愛いはずがない』の発表は次回ですか……」
「そんな……!」
「マジかよ……」
TH06の言葉に、悲痛な声を各々が漏らす。だが空気が変わる前に支部長は補足した。
「あー、すまない。言い方が悪かった。裏ボスの指令発表後はいつも通り行う。俺も続きが気になってたからな」
「なぁんだ、脅かさないでよー」
「悪い悪い」
安堵の息がアリシアから漏れた。
先月はヒロインの卵が揺れ動いて孵りかけて終わったのだ。もうすぐ最終回と言うこともあって気になり過ぎる引きだった。このまま無情にも孵ってしまうのか、それともただの地震だったのか、予想は尽きることはない。
「では裏ボスからの指令を言う。よーく聴くんだぞ。特にTH02、TH04、TH07」
TH04であるアリシアは驚いた。まさか名指しで言われるとは思わなかったからだ。普段から集会も真面目に行っているのになぜ、と思いつつもすぐに予想が浮かぶ。
TH02もTH07も、アリシアと同じく表の顔はハンターである。ということは今回の指令、それは実働員が関わるということ。
卵シンジケートは卵を愛でる。それは鶏の卵でも、ガーグァの卵でも、飛竜の卵でも。
だが竜の卵となればハンターズギルドに睨まれる。そのため依頼と言う形をとり、依頼主と実際に卵をとるハンターと、口裏を合わせて動くのだ。そのため各支部には最低でも一人は表向きハンターの者がいる。そういった者たちは構成員の中でも実働員と呼ばれるのだ。
「裏ボスからの指令はこうだ。『新大陸の調査に送りこまれる五期団入団テストに参加し、合格をもぎ取れ。そして新大陸に我が組織の新たな支部を発足せよ』……とな。つまり、実働員にはテストを受けて合格しろってことだ」
「新大陸って……確か行けば帰ることが困難なあの……?」
「ああ、その地に骨を埋める覚悟が必要となる新大陸。ハンターズギルドが40年かけても全容が明らかになっていない地だな」
新大陸、テスト。
正直困難な話だ。まずテスト、これは誰もが受けれる者ではない。ハンターズギルドからの評価があって初めて受けれる代物。
アリシアの経歴は実績こそあるが、やらかし……卵盗難の前科がある。テストを受けれるか怪しいものだ。
「実働員以外も関係はあるからな。知識あれば編纂者としてでも入り込めとのことだ」
「編纂者?」
「俺もよくわかってないんだが、まあ頭のいい奴だそうだ」
編纂者。あらゆる情報を纏め、記述する者のこと。卵に関してなら組織員は全員編纂者となれる素質を持っているが、他のこととなると無理だろう。
「裏ボスもなりふり構ってられねぇのかね……他の支部にも指令が出てるんだろ?」
「ああ、裏ボスほどの力を持ってしても入団にねじ込むことができないんだろうな。裏ボスには腕の立つ側近がいるとのうわさだと言うのに……」
「しかし実働員はテストを受けれるかも怪しいぞ……」
「まぁ全員が合格できるとは裏ボスも思っていないのだろう。下手な弓矢も数射りゃ当たるってことだろうよ。この支部の実働員、TH02、TH04は一応ハンターとしてそれなりの実績持ちだ。TH07は駄目元でもいいから受けてみてくれ」
「は、はい!」
元気よく返事するTH07とは対照的に、TH04ことアリシアは気分が重たかった。
卵盗難事件は組織と出会える切欠として、良い出来事だったがこういう場面では足を引っ張る。
「テスト事態が非常に困難であり、受かったとしても非常に危険な内容だ。だが新たな支部には魅力がある。我らの組織がより大きくなることはもちろん、だが何よりも、新大陸の卵を一番に観察、触れることができる。このチャンスは是非ともモノにしたい……」
「新大陸の卵……想像しただけで……しばらく立てそうにないなこれは……」
「ははは、落ち着け。まぁとにかく……」
裏ボスからの指令を伝え終わったことだし、と支部長は軽く咳ばらいをして場の空気を整えさせる。
「では卵発表会に移るとしよう。全員、卵創作書は用意しているな?」
「よっ。待ってました」
「もちろんじゃよ」
「くひひ」
各々が手にノートを取りだす。その内容は卵に関する詩であったり、小説であったり、絵であったり、論文であったり、とにかく卵である。
「では今日はTH07から行こうか」
「はい! では私の発表、タイトルは『卵の儚さゆえの美しさ』の論文です」
「卵の追及だな。期待が持てるぞ」
その後、夜明け前まで怪しい覆面集団の談笑の声が八百屋から響いていた。
夜が明けて支部長の奥さんが起きる、その前に解散となった。あとは帰路につくだけなアリシアに、TH02が声を掛ける。
「TH04、この後暇かい?」
「TH02、どうした?」
「テストの申し込みを一緒にしないかと思ってね」
「ああ……」
同じハンターとして実績がある者同士。とはいえ表向きはそれほど仲が良いわけではない。組織構成員同士の繋がりはあくまで他人という形なのだ。
「何、たまたま同じテストを受けようとする同業と出会った他人同士さ」
「そういうことにするか」
「じゃあ後でまた。着替えたらハンターズギルドで会おう」
「ああ」
さすがに黒い覆面のまま申し込みに行くことはない。それくらいの常識を組織員は持っている。もっと他にも常識を持ってほしいところではあるが。
寝ていないが、一日くらいでどうにかなるほどやわな体をしていないアリシアは家につくと、ハンターとして防具を身に纏いギルドへと向かった。
「遅い、アリシア」
「仕方ないだろう。私のハウスは真反対なんだから」
ハンターズギルドにはすでにナルガの剣士装備で一式をそろえた女ハンター、TH02がいた。アリシアは名前を呼び返そうとしたが名前を思いだせなかった。かといって今聞くのもなと思い、そのままにした。
「というかここで申請ってできるのか?」
「何にも知らないの? 結構話題になってたのに」
「私には関係ないことだと思ってたからな」
裏ボスからの指令でなければ新大陸へのテストなど受けない。
さらにいえばアリシアは腫れ物だ。ハンターズギルドでの居心地はあまり良くないというのもあって、情報を集めることなど皆無だった。
「テスト自体は別の場所だけど、申請はここからでもできるよ。まあ書類の時点で弾くならここだね」
「私は弾かれそうだな……」
「あー、まあ……後ろ向きなことは考えるな!」
ナルガ装備の彼女にバシバシと背中を叩かれる。
「それより前向きな話をしようよ。新大陸に行けたらどうするかとかさ」
「前向き……そんなの私たちは決まっているだろう?」
「まぁね。理想のたま───TMGと出会う、それ以外ないよね」
「ああ、心に秘めた理想と完全に一致するTMG、それがあるかもしれないと思うと……なんというか、滾るな」
表の顔をしている最中は暗号を用いて卵を表現する。これも組織の一員として当然だ。引き抜き、勧誘時は別である。組織員同士の会話での話だ。
「よし、どっちがより理想のTMGと出会えるか競争しようよ。あっちへ行ったらさ」
「いいだろう。だが私たちは他人同士のはずだが……」
「他人同士から友達になったってことでいいじゃんいいじゃん」
明るい彼女の話に釣られるかのように、アリシアもだんだん気持ちが明るくなっていく。
これはなんとしても新大陸にいかねば、という気持ちがどんどんとこみ上げてきた。
「でも新大陸に行ったら、次回から集会行けないんだよねぇ……『おたか』まだ完結していないのに……」
「ああ……新たな支部を発足して、また一から別の何かを追いかけよう……」
彼女の言う『おたか』とは『俺の卵がこんなに可愛いわけがない』の略称である。TH06の卵創作だ。それだけが心残りになりそうである。
「アリシアさーん」
「お、呼んでるよ」
「ああ、行ってくる」
「うん、次回会う時はテストの場かな? それとも新大陸行きの船の上?」
「ふふっ、そうだな」
受付に呼ばれ、アリシアはナルガ装備の彼女と別れた。
前向きな気持ちになったアリシアは、明るい表情で受付に申し込みを行った。
数ヶ月後、新大陸行きの船前にて。
「さて…… 第五期調査団の諸君。そろそろ時間だ」
ハンターズギルドのテストを受かった者たちの前で、重々しい口調で話すのはギルドの重鎮。
いよいよもって、新大陸調査団の五期団が送られるのだ。
「別れの言葉は必要ないな。この船に乗ったらもう後戻りはできない。もし、覚悟が失われたのであれば……ここで引き返すことをすすめよう」
自薦、推薦、どちらにせよ本人の意思が最も求められる。この問いかけは最後のチャンスであった。どのような脅威が待ち受けているか不明の新大陸、それは命を失う危険がとても高い旅路。ここで引き返せば、今まで通りの生活……これも命の危険が完全にないわけではないが、それでも幾分か安定している生活に戻れる。そんな最後のチャンス。
しかし誰も引き返そうとしない。
ここにいる者たちは皆、様々な修羅場をくぐり抜けた実績を持つ者たち。
「それではこれより新大陸に向け出航する君たちに───導きの青い星が輝かんことを」
重鎮の手向けの言葉を受け取りながら、五期団員が船へ乗りこむ。
その中にはアリシアの姿があった。
それを見送るハンターズギルドの職員たち、と五期団の家族や友人たち。
アリシアはひたすら思った。
(お前が落ちるんかい……!)
見送りの友人枠に、ナルガ装備の彼女が笑顔で手を振っていたのを見て、アリシアは腑に落ちない表情になってしまった。
ぶっちゃけ出落ち感強い(´・ω・`)
続きはゆっくり書いていく(´・ω・`)