哭きの京(とりあえず鳴いとこう)   作:YSHS

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 本人も(楽だからという理由で)哭きの竜役気に入ってるみたいだし、池田秀一で哭きの竜リメイクしないかなぁ……。もしくは置鮎ボイスか津田健次郎ボイスでやってほしい。

 P.S.4.
 あけましておめでとうございます。だいぶ遅くなったけど!


やめなされやめなされ、惨い麻雀はやめなされ:中編

 南三局。

 

「テンパイ」

 

京太郎

{①①①⑦⑦⑦發發中中} {白白横白}

 

「テンパイ」

 

{一一九九⑨⑨1199東東西}

 

 京太郎と壱が、聴牌したその手牌を倒した。

 

「ノーテン」

 

{發中東一二三234③④⑦8}

 

「ノーテンだ」

 

高久田

{一二三九⑧⑨⑨119西西西}

 

 対するノーテンの二人、高久田と弐は、逆にこれらを伏せた。

 

 京太郎と壱、ノーテン罰符、プラス一五〇〇点。対して高久田と弐は、その支払いでマイナス一五〇〇。

 

【南三局終了時点での点数】

 

 トップ、壱―― 五六四〇〇点

 

 二位、弐―― 二五六〇〇点

 

 三位、京太郎―― 九八〇〇点

 

 ラス、高久田―― 八二〇〇点

 

 以上。

 

 次局は南四局(親は京太郎)のオーラスとなる。この勝負は、京太郎がトップを取らねば勝ちではない。そのために京太郎は、現在トップの壱から倍満の直撃を取る、もしくは三倍満のツモ和了りか、連荘からの逆転を期待するしかない。

 

 しかし、勝負を長引かせるのは却って不利だ。差し込みをするにしても、残り八二〇〇しかない点棒が減る上に、相手の矛先が高久田に向けば危険は二倍になる。ここは振らず和了らずに徹するのが妥当だろう。

 

(ここで、終いか……、俺の役目は……)

 

 悟ったように微笑み、高久田は引き出しから一五〇〇点分の点棒を取り出すと、これを京太郎へ差し出した。

 

 この差し出された物を、京太郎はしばらく見ていた。てっきり、そのまま点棒を卓に置いて寄越すものと、京太郎は思っていた。ところが高久田は、それを差し出したまま置くことなく、ちょんちょんと、受け取りを催促するように振った。京太郎には意図は不明だが、高久田は直接渡したがっているのは分かった。

 

 敵方の二人も同様に、手で点棒の受け渡しを行っていた。上に向けて差し出された壱の手のひらの上へ、弐は摘まんだ点棒を置いた。受け取って壱は、それを震えるくらい握り締めてから、引き出しへ収めたのであった。

 

「麻雀ってよく分かんないけど、高久田君がファインプレイをしたっていうのは何となく分かる……」

 

 と、高久田と壱の間辺りで観戦していた生徒が、隣の生徒に小さな声で話し掛けた。

 

「あのキザ野郎が早い内に聴牌した混老頭七対子の西単騎待ちを止めたばかりか、その後対々和に向かわせないために、入ってきた一九牌をガメて、順子を崩してたんだ……」

 

 と、話し掛けられたほうは答えた。

 

 それを聞いていた麻雀部の現部長、染谷まこは、尋常ならざる面持ちでゴクリと唾を飲んだ。

 

「高久田君……でしたっけ。彼、なかなかですね……」

 

 小さく頷きながら顎に手を当てて、真剣な顔で彼を評するのは原村和であった。

 

「でもたしか、高久田君が麻雀始めたのって去年くらいだったはずだよ、京ちゃんが言うには……」

 

 と宮永咲が小首を傾げて訝しんだ。

 

「そうですね、それは捨て方から見ても分かります。それと、あの変な人二人組も、麻雀を始めて一年かそこら、或いは一年も経っていないかも分かりません……」

 

 と語る和に、

 

「い、一年っ? 今のやり取りでまだ初心者なんて、とてもじゃないけど思えんじぇ……」

 

 と戦慄したのは片岡優希であった。

 

 勿論、そうなったのは優希だけではない。他の麻雀部員の女子生徒たちも同じであった。

 

 去年の大会のお陰で、清澄の麻雀部には、有力な打ち手を含めた何人か女子生徒が入部した。勿論、その中には、麻雀未経験なのも居れば、麻雀歴一年前後という女子だっている。その彼女らからしても、あの彼らのやり取りは、麻雀歴一年のそれではないように感じられたのだ。

 

「確かなの?」

 

 と咲が、和に問う。

 

「高久田君の打ち方を見てみると、ある程度牌効率を知っているらしいものの、やはりまだ甘いところが見受けられます。また、相手側の打ち方のレベルが高久田君と同じなのは、おそらく素……。思うに今の彼らは、経験に依る読みではなく、持ち前の洞察力や直感で読んでいるのでしょう……」

 

(いや、それだけじゃない。京太郎の小三元和了牌を止めていた――否、大三元を妨害していたあやつ……。最初に京太郎が白を鳴いた時に、あの手が向かう先を見切りよったばかりか、東と一萬を抱えといて、いざって時にはあのキザに鳴かせようとした……。まったく、『持ってる』奴じゃ)

 

 まこは敵方の二人の内、弐のほうに警戒を向けていた。さりとて意味はなく、京太郎がしてやられないことを祈るばかりだったが。

 

 南四局一本場、オーラス。京太郎のラス親。

 

 これで京太郎が壱から倍満直取か三倍満ツモ和了、もしくは連荘で時間稼ぎからの逆転を為せなければ、敗北。即ち、京太郎は立場を失くし、居場所を失うこととなる。

 

 余裕だ、と壱は、ドラを捲りながら人知れず笑みを浮かべていた。ドラ表示は四索で、だからドラは五索。

 

(南二局では思わぬ横槍に泡を喰ったものだが、何てことはない、ただの悪あがきだったのさ)

 

 その証拠に、前局で京太郎は、大三元聴牌どころか、小三元すら和了出来なかった。あんな大物手が入るなんて奇跡、この土壇場で二度も起きまい。

 

(奴の運は――枯れたんだ)

 

 自らの勝利を確信して、壱は手始めに八筒を打った。

 

「ポン」

 

 それに水を差すように、京太郎は哭きを入れた。それから索子を打ち、倒した八筒の対子に持ってきた八筒を入れ、卓の端に滑らせた。

 

(ふん、往生際の悪い)

 

 そう胸中で嘲笑いながら、壱は弐へ視線を送った。弐は一瞥を返すと、興味なさげに自分の手に視線を戻し、それから六筒を打った。京太郎は鳴かなかった。

 

 再度回ってきた壱の自模番。彼は三筒を捨てたが、これは京太郎も鳴かなかった。

 

 次、高久田は西を捨てた。次、京太郎、一索を捨てる。その次に弐は打發し、壱はこれを、

 

「ポン!」

 

 と鳴いて七筒を捨てると

 

「ポン」

 

 またも京太郎が哭いた。

 

 それから次に京太郎が哭いたのは二巡後であった。彼は、壱が自模切りした四筒を、

 

「ポン」

 

 と哭いて、八索を切った。

 

 そして更に三巡後、壱は一筒を引く。

 

{四赤五六④⑤5南南白白} {横發發發} 自模{①}

 

 ここで彼は沈思した。

 

 もし、京太郎がこの局での逆転を期待しているのなら、こんな見え見えの染手はあり得るだろうか。ここで京太郎が目指さねばならないのは、壱から倍満の直取か、三倍満のツモ和了か、連荘して次局に期待するしかない。

 

 とは言え、少なくともこの一筒は京太郎の当たり牌ではないというのは予想がつく。だから彼はこれを打つのを迷わなかった。

 

「ポン」

 

 京太郎は最後の哭きを入れた。そして彼が中を捨てたことにより、

 

{裏} {①横①①} {④横④④} {⑦横⑦⑦} {⑧横⑧⑧}

 

 何かしらを聴牌をしたのであった。

 

 一番の可能性は、清一色トイトイによる跳満で、赤五筒入ってようやく倍満。

 

 ひとまず直撃は免れたことで、壱はほんの少しほっとした。

 

(差し当たってこれでまた奴の腹の内が見えた。おそらく連荘狙い……)

 

 と、壱がそう仮説を立てた。

 

 ところが、その次巡の京太郎の番で、彼は引いてきた八筒を、

 

「カン」

 

 と加槓して、既に副露してある八筒の明刻に向かって、叩き付けんばかりに走らせた。そうして牌と牌がぶつかった瞬間であった。

 

 バチッ、と音を立てて、一瞬……ほんの一瞬だが、

 

(何だ……、今一瞬……閃光が……)

 

 そこにスパークのような青白い閃光が弾けたのを、幾人かの者が幻視した。

 

 嫌な予感がして、壱はドラを捲った。現れたカンドラは――、

 

(三筒……つまり須賀の四筒の刻子にモロ乗り)

 

 これで京太郎の聴牌は、清一色対々和ドラ三、倍満。あと一翻で京太郎の勝利条件が整うところまで来た。

 

 この事実に壱は動揺した。彼だけではなく、ギャラリィたちも然り。

 

(間違いない、須賀京太郎は三倍満のツモ和了狙いだ。そのためのあと一翻は赤五筒。奴のあの裸単騎か、もしくは自分で引くか……)

 

 自分の手牌の中にある五筒を見て、壱はそう考えた。筒子に限り、赤五は二枚ある。つまり、仮に壱と同じで京太郎も五筒を持っているとするのなら、残る二枚は確実に赤ということになる。掴んでしまえば即和了れる。

 

 そして壱は確信していた。それは京太郎の背後に居るギャラリィを見ての確信だ。京太郎は、残る裸単騎の牌を、聴牌してまもなく伏せてしまっていたが、しかし背後のギャラリィはそれまでに確かに京太郎の待ちを見ていたはずである。そしてあれらの顔はまさに、京太郎が五筒の――それも赤五筒の裸単騎で待っているという顔だった。

 

 何とも小賢しい、最後の手段。ギャラリィを利用して牌を読むなどとは。裏を返せば、それだけ壱も追い詰められたと言えよう。

 

 けれども流れはまだ壱にあった。

 

 それは次の弐の自模番である。彼は持ってきた牌を見て、少々瞠目した様子を見せて、それから壱へ流し目を送ると、持ってきた牌を意味ありげにちょんちょんとつついた。

 

 一見して捨て牌に悩んでいる風だが、

 

『赤五筒を掴んだぞ』

 

 というメッセージが潜んでいた。

 

 これで残る五筒は一枚。

 

(早く和了って、流してやらねばな……)

 

 そう考えて壱は、

 

「チー」

 

 弐が打った六筒を鳴いた。

 

{四赤五六5南南白白} {横⑥④⑤} {横發發發}

 

 これで聴牌、南と白のシャンポン待ち。当然この二種の牌の内いずれかは、弐が持っている。あとは一巡耐えて、弐に差し込ませればいい。

 

 これにて壱が確信したのは勝利であった。最後のほうでの京太郎の悪あがきに、壱は随分と戦々恐々させられたものだが、どうにかなった。

 

(手こずらせてくれた……。所詮は、流れを失った凡骨か)

 

 そんな安堵交じりに、彼は五索を意気揚々と打った。

 

「ロン」

 

「えっ……」

 

 鳩が豆鉄砲を喰ったような顔をする壱を余所に、京太郎は伏せていた牌をひっくり返して見せた。

 

{赤5} {①横①①} {④横④④} {⑦横⑦⑦} {⑧横⑧⑧} ロン{5}

 

ドラ表示{4③} → ドラ{5④}

 

「対々和ドラ三……、いや、五索はドラだからドラ五か?……。跳満?……」

 

 と高久田は少し怪訝な顔をした。何というか拍子抜けだったのだ。連荘があるとは言え、この方法で直撃を取っておいて、まだ逆転していない。にも拘らず京太郎は、妙に――相変わらず辛気臭い顔しているが――自信満々な様子。

 

 一体この違和感は何なのか。

 

「いや、五索だけでもドラは三つじゃな、つまりドラ六で――」

 

 と、染谷まこの言った言葉で気付かされた者たちが居た。主に麻雀のルールを完全に把握していない者たちだ。卓に座る者も――ついでに京太郎も――同様。

 

 殊初心者ほど忘れがちだが、赤ドラとドラは別々である。この場合は、ドラが五索であるため、赤五索は赤ドラとドラ五索として、ドラが二つ扱いである。これに、壱が捨てた五索を足せば、ドラが三つということになるわけだ。

 

 ということは、

 

「対々和ドラ六……倍満!……。逆転した!」

 

 誰かの声によってこの事実が知らされた時、一呼吸、場は静まり返ると、須臾にしてざわめき出し、中にはワッと沸き立つ者も居た。

 

 誰よりも、それこそ本人よりも喜んでいるのは、他でもない高久田であった。

 

「ッシャア! どうだ見たかこの野郎ッ!」

 

 立ち上がって京太郎の肩に腕を回し、彼を揺すりながら、ざまあ見ろとばかりに捲し立てた。

 

 この結末に、ポカンと壱は京太郎の手牌を見つめ、弐は目を泳がせていた。

 

「い、いや、ちょっと待てよ!」

 

 しかし、この結果にアヤを付ける者も居た。

 

「須賀の待ちは、赤の五筒だったろッ! 何で赤五索に変わっているんだよ! 握り込んでたのか!」

 

「何を言っとるか。京太郎の待ちは、元から赤五索だったぞ。筒子の面子が並んだ思い込みと、赤五筒と赤五索が両方とも真っ赤だから、見間違えたか」

 

 と、含むような低声でまこが言ってやると、何かしら後ろめたいことでもありそうなその者は言葉に詰まった。

 

 しかしながら、壱が振り込んだのは、これらのことばかりが要因ではない。ポイントとなったのは、京太郎の加槓である。

 

 新たに加わった槓ドラ四筒だ。あのモロ乗りによって、壱は五索がドラであることから目を逸らされたのだ。

 

 これだけでなく、京太郎が本当に三倍満をツモ和了してしまうことを危惧し、早和了りを急いてしまったのも要因である。経験の浅さからか、普通のドラと赤ドラが別になることをあの局面で察知出来ず、追加されたドラ三を見抜けなかったっこともあっただろう。

 

 幾重にも張り巡らされたまやかしの糸の中、ひとたびでも壱は納得をしてしまったばかりに、放銃してしまったのであった。

 

「何て奴だ……」

 

「計算だけじゃない……。並外れた直感と強運、そんな不確かなものを信じられる精神力じゃなきゃ到底出来ない」

 

「恐れ入った……」

 

 と、ギャラリィの中には、京太郎の成し遂げたことへの畏敬や称賛を口にする者が現れ出した。いつの間にか皆一様に、京太郎への評価を逆転させていた。いや、実際そうなのだ。南二局までのやられっぱなしの姿と、それ以降の逆転する姿は、まさに真逆の姿だったのだ。

 

 ――これが、去年の県予選で満貫以上の手ばかりに振り込みまくり、敗退した男の実力なのか。

 

 ――実力を隠していたのか、はたまたこの一年以内に開花したのか。

 

 掴みどころのない男、それが今の京太郎への、周囲からの妥当な認識であった。

 

 ……まあ実際には、

 

(……赤五索と赤五筒を素で間違えてたって言えないよな、これ。寸でのところで気付いて慌ててロンしたなんて言えない空気だよな、これ)

 

 過大評価――それも間抜けなミスのお陰で――されていることに赤面している顔を、さりげなく手の甲で隠す京太郎であった。

 

「まだだ……」

 

 そう低い声で呻くように言ったのは壱であった。

 

「まだ勝負は、続行する。あんなつまらないミスでなんて、認めない!……」

 

 どうやら壱は頭に血でも昇って熱くなっているらしい。そうでなければこんな、負けておいてそれを認めず食い下がるなんて、見っともない真似は出来ないだろう。

 

 そんな壱の眼を見て、京太郎は考えた。

 

(あれ……、この人ってもしかして、俺に友好的な『のどっちのおもち研究会』の人じゃなくて……、過激派のほう?……)

 

 今更になってようやっと、相手方が敵であることに気付いた始末であった。

 

 だがもう遅かった。

 

 壱は、近くに置いていた鞄から、複数の紙幣を取り出すと、勢いよく卓に叩き付けた。いずれも一万円札。そう来れば、この部屋の中に居る者たちは誰だって驚愕する。

 

 そして、それから壱が何を言うかのか、誰もが予想出来ていた。

 

「この金を賭けて、もう一度僕と勝負してもらおうかッ! 僕が負けたらこれは持っていけばいい、だが貴様が負けたら、今度こそ男子麻雀の県予選への出場権は僕が持っていくッ!」

 

 ついに、この男は一線を越えようとしていたのだ。この出所不明な、用途不明の、高校生が軽々と出せるような額ではない大金を賭けて。

 

 当然、これを看過出来ぬ者だって居る。

 

「ふざけるなっ! ここをどこだと思っとる! 高校の麻雀部だぞ! 現代の麻雀を何だと!……」

 

 イの一番に激昂したのは染谷まこ現麻雀部々長である。当たり前だ。彼女はこの中で年長であり、麻雀部の部長であり、それに――麻雀が好きだからだ。

 

 怒鳴りそうになったのは彼女だけでなく、和もだった。彼女とて麻雀を愛している。でなければ、確率論を究めて、オカルトを一蹴なんてしない。しかし彼女が怒りを現さなかったのは、染谷まこが先に声を上げたことで、少し冷静になれたからだ。

 

 なお、この場で一番驚愕し、一番困惑し、一番『ふざけるなっ!』と叫びたがってたのは他でもない、

 

(エエエエエェェェッ!? 何この展開イイイイイィィィッ!?)

 

 京太郎だ。

 

 外見では相変わらず辛気臭い顔で、手の甲に額を乗せて俯いているのだが、内心ではハッキョーセットさながらに甲高い声で悲鳴を上げていた。

 

(何だその大金は! どっから集めてきた! ていうかその金で何するつもりだったんだよお!)

 

 ある意味、この場で最も良識があり、常識的なツッコミが出来るのは彼ぐらいのものであろう。

 

 何せ――

 

(ちょっとちょっとちょっとォ! そこの人ォ! うちの麻雀部の人たち説得しないでッ、丸め込もうとしないでッ! 確かに麻雀は元々博打だけどさ! それ、正論なんだろうけど正論になってねえから! ていうか先輩たちもなに納得しそうになってんすかァ!)

 

 ――この部室で今の対局を観戦していたギャラリィがことごとく、この、博打への突然の移行に対して好意的だったのだから。

 

 平時なら彼らとて、目の前で行われようとしている博打を止めていたことだろう。ところが、彼らは理性が薄まっていた。何故なら先ほどの、京太郎の逆転劇の熱が冷めやらぬために、彼らは更なる熱を求めて、ついては博打を求めた。

 

(助けて! 高久田君!)

 

 そう縋る眼を高久田に向けるのだが、

 

「……お前の好きにしろ」

 

 と、何を勘違いしたのか、彼は精悍な顔で頷くだけだった。カッコよかった。

 

(そのカッコイイ顔ムカつくなァ!)

 

 取り付く島もなく、途方に暮れて卓に視線を降ろした時だった。彼の目に、ある物が偶然映ったのだ。

 

 それは紙幣だった。

 

(た、太子?……。聖徳、太子なのか?……)

 

 それは聖徳太子の絵。聖徳太子の描かれた紙幣。

 

 即ち、旧壱万円札!

 

 突然だが、須賀京太郎は――というか若者全般に言えることだが――レア物に弱い。

 

 たとえ、その物品の愛好家でなくとも、レア物と聞くと、ついつい保持したくなったり、可能なら手に入れたくなってしまうものなのだ。

 

 その多分に漏れず京太郎も、

 

「いいだろう……」

 

 聖徳太子に目が暗み、ほぼ無意識に再戦を了承してしまったのであった。

 

(だって、別に俺がまた打ったからって、勝ってその太子様を頂けるとは限らないだろ? 仮に勝ったとしても、また次の対局に行けばきっと負けるだろうし、その時には太子様以外の金を返上して、ついでに大会の出場権も体よく押し付けられるって寸法よ!)

 

 こんなしょうもない言い訳をしながら。

 

 次の半荘、東一局。今度の出親は高久田で、彼から反時計回りに、壱、弐、そして京太郎。

 

 ドラ表示{3} → ドラ{4}

 

「カン」

 

 序盤で京太郎、いきなり対面の壱が出した二筒を大明槓。現れた新ドラ表示は西で、新ドラは北。

 

「ポン」

 

 で、再度京太郎から始まった自模番回りで、弐が打った二索を哭いた。

 

(何だこの鳴きは……、タンヤオトイトイか?……。三色同刻も付いている可能性もあるが……、いや、そもそもタンヤオのみ手も……)

 

 そう考え込みつつ壱と弐は慎重に牌を切った。

 

「カン」

 

 次巡の京太郎の自模番で、二索が加槓された。またも現れた新ドラ表示は一索のドラ二索。

 

(二萬は切れない……)

 

 壱は手牌にある二萬に不吉なものを感じ、代わりに安牌の四萬を打った。

 

 そのはずだった。

 

「カン」

 

 事もあろうにその四萬は京太郎によって大明槓で喰い取られてしまった。これにグッと壱は息を詰まらせた。

 

 そんな壱を意に介すことなく、間髪入れず京太郎は嶺上牌を掴み取り、その牌を見ると、

 

「ツモ、嶺上開花」

 

 容赦なく卓に打ち付け、手牌を倒したのだった。

 

{二二44} {四横四四四} {22横22} {②横②②②} 嶺上ツモ{二}

 

 ドラ数は……、

 

「たしか……この対局ではカンは明槓、暗槓問わず即ノリだったな」

 

 不意にまこが口にしたことで、王牌に視線が集まった。対局直前に決めた通り、ここでは明槓でもドラは即ノリする。この最後に開く槓ドラは何なのか、皆気になるところであった。

 

 捲ったのは高久田だった。そうして現れた、最後のドラ。

 

ドラ表示{3西1一} → ドラ{4北2二}

 

 これによって京太郎の手のドラ数が確定。

 

 嶺上開花、タンヤオ、トイトイ、三色同刻、三槓子、ドラ九……十七翻で、四翻お釣りの数え役満。

 

 加えて大明槓包*1により壱に直撃。東一局のこの場では、一撃で壱がハコテンとなり、京太郎の勝利で終わりだ。

 

 ギャラリィは弥が上に沸いた。京太郎に好意的、及び敵対的でない者に限るが。

 

 あの鮮烈な逆転の続き、その次の局で相手に有無を言わせず役満直撃で畳み掛けるとなれば、まさに少年漫画の逆転劇そのもの。これに滾らない者は少ないくらいだろう。

 

 対照的に、京太郎に敵対的な者は、ある者は気を揉み、ある者は焦れた。京太郎に臆し、恐れる者も居た。流石にこの熱気の中で、京太郎にヤジを飛ばすわけにはいかないが。

 

 今まさに、この場は完全に、須賀京太郎という男に飲まれていた……。

*1
責任払いって意味だよぉ……。




 前編後編で終わる予定だったのに、思ったより長くなったので分割します。次回の投稿は三日後くらいに。

【朗報】

 ・アカギポジションのキャラが決まりました。

 ・そのアカギポジのキャラと、人鬼(ハギヨシ)にそれぞれスポットが当たる番外編のネタも、まだ構想途中ではありますが、それぞれ一話ずつ思い付きました。

 いつか書いてみたい。

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