哭きの京(とりあえず鳴いとこう)   作:YSHS

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 最強キャラにありがちなこと:コピー能力

 ただしここの京ちゃんはコピー能力なんて持ってません、たまたま同じ現象が起きてるだけです。


天に一番近い場所:後編

【1】

 南四局オーラス、開始。

 

 ラス親(東家)のチャンピオンは第一打を打ち、局の幕を上げた。

 

 続く南家の京太郎が打ち、下家へ番が回ってくる。そこで下家は、妙な気分に浸っていた。

 

 {12355668②③赤五八西}

 

 ほぼ索子のみの配牌。メンホン、上手く伸ばせばメンチンも見えてくる手。ドラこそないものの、倍満さえ期待出来る。

 

 しかし下家には、それらとは全く別の未来が見えていた。

 

(緑一色が見える……)

 

 役満。ただその仕上がりだけが見えていた。

 

 その絵を完成させようと、彼はごく自然に八萬を切った。

 

 続く対面も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 

 {東東東南南西白發68一九③⑦}

 

 彼もごく自然に、

 

(字一色か、四喜和……)

 

 と考え、まず六索を打った。

 

 間髪入れずにチャンピオンが二つ目の打牌をする。

 

 その次の京太郎の番、彼は中を引いた。それも、白と中がそれぞれ暗刻っている上にである。

 

(来たーッ! 白三枚、中四枚! これはカンせずには――)

 

 と、四枚並んだ中を倒そうと手を伸ばし掛けたところで、突然彼の脳裏で何かが閃き、手が止まった。

 

(いや待てよ……、面白いこと思い付いたぞ! 中が四枚あれば実行出来る、あの幻の技を! どうせオーラスで俺の逆転の目なんて無いんだ、ちょっと遊んだってバチは当たらないだろ)

 

 と考え、彼は手の内にある中牌を持ち、それを力強く河へ、逆さまにした状態で置いた。

 

(中ビーム!)

 

 これがやりかったがために。

 

(説明しよう! 中ビームとは、流し満貫の一種で、超マイナーなローカルルールの一つだよ! 中を河に逆さまに置くことで、『中』の字のあの縦棒の下の尖ったところが対面にビームを放っているみたいなことからそう呼ばれているんだ! その中ビームを一局の中で四回繰り返すと、対面の人から満貫の点棒を貰えるというルールさ!)

 

 麻雀のルール碌に知らないくせに何でそんなくだらないこと知ってんだ。

 

 なお、観客やスタッフ含め、他の者は京太郎がそんなふざけていることなど思いもせず、

 

(須賀は大三元を狙ってはいないのか?)

 

 下家は八索を自模後、打西。

 

(字牌が必要な役満は無し……というわけか)

 

 対面は南牌を引っ張ってきて、打八索。

 

 三巡目。チャンピオンの後、京太郎は自模ってきた牌をほとんど見ずに手牌へ仕舞うと、問答無用で中を切った。

 

(中ビーム!)

 

 外から見れば、卓に肘を突いた辛気臭い猫背の男にしか見えない姿だが、その内ではひょうきんな想念が遊んでいるなどと誰が思おうか。

 

 その次、下家は六索を自模り、二筒を打った。赤五萬には用は無いが、しかし、それだと疑われる。チャンピオンに直撃させたいのなら、それは出来ない。

 

 次の対面は見事に北を引いてきて、打七筒。が、その直後にチャンピオンが西を打った。

 

(最後の西……鳴くか? いや、副露して役満を(ちょく)れる相手じゃない、西は頭としておくか)

 

 鳴きを入れるか迷う対面。

 

(中ビーム!)

 

 で、相変わらずふざけている京太郎。

 

(ふはははは! さあどうする、対面さん! これで三回目の中ビーム、あと一回でお前はお陀仏だ! 頼みの白バリアをしたくても、白牌は既に俺の手の中で暗刻! この最後の中ビームを防ぐ手は、もう無い!)

 

 他の皆が全神経を研ぎ澄まして必死に役を作っている間中ずっとこれ。

 

 しかし、京太郎の中ビームという陰謀は、この巡にて呆気なく崩れ去ることになる。

 

 対面が白を打った。

 

(な、何ィ、は、白だとォ! 馬鹿な!)

 

 そう、中ビームは、四回発動する前に対面が白を捨てていると白バリアが発動し、無効となるのだ。つまり、京太郎が次巡で中ビームを撃ったところで効かないのだ。

 

 要するに馬鹿は京太郎なのである。

 

(ふっ、流石だぜ、対面さん……。俺の中ビームを悟って白を捨てるなんてな……)

 

 心中で京太郎は対面へ敬意を払い、

 

(中ビーム!)

 

 そして最後の中ビームを撃ち果たした。

 

(対面さん、あんたは良い打ち手だよ、あんたとは気が合いそうだ。後でアドレス交換しよ)

 

 で、次の三巡、京太郎は今度は白を三連手出し。

 

(誇ってくれ、対面さん、それが俺への手向けだ……。スカイプとかやってる?)

 

 京太郎による白の暗刻落としには、これを見ていた全ての人間が驚愕していた。

 

(中の槓子落としだけでなく、白の暗刻落としまで……。大三元だって狙えたはずなのに)

 

(やはり白はこいつが暗刻ってやがったか!……)

 

(須賀京太郎……、大分お前の考えていることが読めてきたぞ……)

 

 他三家は各々、得体の知れない恐怖を抱きつつ京太郎を見やっていた。

 

 それは観戦場も同じであった。

 

『須賀選手、中の槓子落としのみならず、白の暗刻落とし! 一体何を狙っているんだ!』

 

『大三元でなく、緑一色、字一色、四喜和、四槓子、四暗刻の線は無いようですね。それと国士無双も無いでしょう。――』

 

 しかし、会場の人々が驚いているのは、京太郎の行動だけではない。最初の配牌は勿論、そこからの各選手の引きの良さもであった。下家は緑一色、対面は四喜和か字一色。それまでの不遇さが嘘みたいに手が、ゆっくりとだが着実に綺麗に揃っていく。

 

「あれって、ひょっとして豊音の……」

 

 元宮守の臼沢塞は、ゾクゾクと身震いしながら、同じく元宮守の仲間に視線を配った。仲間たちはいずれも瞠目して、無言で暗に同意する様子を見せた。

 

「わー、京太郎君、お揃いだねー」

 

 呑気に喜ぶ豊音――あとナマケモノ一匹――を除いて。

 

(大安の能力だけじゃない……、やっぱりあの和了封じにしても。加えて他の能力と併用して、応用を……)

 

 塞をはじめとして、この観戦場に居る何人かが、今自分が何やら勘違いをしていることに気付かず、このような推測を巡らしていた。そうして弥が上に京太郎は過大評価されてゆく。

 

 場は十一巡目を回り、十二巡目に突入した。そこでついに、下家が聴牌をした。

 

 {12234555666888}

 

 ただし、その手は緑一色のものではなかった。

 

 二三四の順子、六と八の暗刻を無事に作ったまでは上手く行った。が、場には既に二索が一枚、三索が三枚、切られていた。ここから緑一色を和了するためには、發か四索の刻子を作れらなければならない。

 

(ここまでか……)

 

 下家はふっと小さく、諦観の溜息を吐く。

 

(この流れで緑一色は打ち止め。四索も發も入ってくることはない……。これが、俺の限界というわけだ)

 

 だが、と彼は他家に目を向ける。

 

(俺の勝負はもう終わっても、他家の――チャンピオンと須賀の勝負は、まだある)

 

 自らに訪れたモノを受け入れて、彼はほのかに微笑を浮かべ、手の中の二索を持ち上げ、

 

「立直」

 

 と宣言して、場に自らのリー棒を供えた。

 

 下家――メンチン、高め三暗刻。一 - 四索ノベタン、三 - 六索両面、カン五索の五面張。三、六索は既に空、赤五索に至っては早い内からチャンピオンに捨てられたため、実質一 - 四索ノベタン待ちの三暗刻確定。倍満手を聴牌。

 

 他方、対面もまた同様の状態であった。

 

 {東東東南南西西北北一一九九發}

 

 彼はクツクツと笑っていた。

 

(なるほどな。命を磨け、か……。確かに、役満までは行かなかったが、なかなか可愛いのが出来上がった。そっちの言う通りだったな、対面さんよ……)

 

 左端にある東の暗刻の中の一つを右端に移動させる。

 

(ドラ表示牌は九筒か……、せめて八萬か九萬だったら、もっと伸びてたんだがな。ツモと、裏ドラによっては――いや、詮無いことだな。今はとりあえず――)

 

「立直!」

 

 清々しく彼は立直を宣言し、下家に合わせて場にまた一本、リー棒を捧げた。

 

(見さしてもらうよ、そっちの命ってやつを……。だからチャンピオンさんよ、つまらねえ放銃はするなよ)

 

 対面――メンホン、混老頭、七対子、發単騎待ち。倍満手、聴牌。

 

 これにて場に二本のリー棒が出、チャンピオンと須賀京太郎の――

 

(俺とお前の一騎打ちだな、須賀京太郎……。そして――ありがとう、こんな場を立ててくれて)

 

 胸の内でチャンピオンは二人に謝辞を述べ、最後に残った二索を切った。

 

(彼ら二人はいずれも倍満手。役満手だったとしても、差し込んだところで俺のトップは変わらない。だが、俺はもう逃げない……)

 

 次、十三巡目、チャンピオンは發を自模。それは既に持っていた發の対子と重なった。彼の頭の中で、この發に対して激しい危険信号が出ていた。

 

(もし須賀京太郎が大三元を追っていたら、彼は間違いなく終わっていた。本当に恐れ入った、人間の勘を超えている……、しみじみ思うよ。して、彼の手牌には大三元も国士も、ましてや字一色も無しで、四暗刻が無ければ四槓子も無し。緑一色は先ほどまで対面【京太郎の下家】が、四喜和は上家【京太郎の対面】が作っていた。捨牌からして、彼の手は筒子の染め手で、その系統の役満と言えば――)

 

 筒子の九蓮宝燈――通称、天衣無縫。

 

 チャンピオンは自分の手を再び見る。今彼の手には、一索と四索、發の暗刻があり、これらは他二家の当たり牌なのは間違いないとは読み抜いている。無論切る気は無いが、しかし後には筒子しかない。もしこれらいずれかの中にある当たり牌を切ってしまえば、京太郎の役満への振り込みとして、捲られて終わる。

 

(俺は必ずこの手を仕上げ、須賀京太郎を倒す! そして名実共に須賀京太郎に勝利したという看板を背負って凱旋する!)

 

 目下彼は、完璧な勝利を求めている。須賀京太郎という大いなる敵に、ただ純粋に勝ちたい一心で。その確かな意志を以って、手の中から筒子を一枚、強く卓に打ち付けた。全身がピリピリとひりつき、早鐘を打つ心臓に全身の血管がビクついているのを、感じながら。

 

 次の十四巡目でも、筒子の有効牌を得た彼は、前巡と同じように浮いた筒子を打ち付ける。前の時より、一際強く心臓脈打ち、

 

(まるで身体の至る所で小さな爆発が起きてるみたいだ)

 

 そして十五巡目、彼の手についに聴牌が訪れた。

 

 {赤⑤赤⑤⑤111444發發發②⑧}

 

 四暗刻単騎。

 

 ここに至り、チャンピオンの胸中は一周回って平静となっていた。

 

(後は天運に任せるのみ)

 

 と、悟りめいた想念を浮かべ、手牌右端にある二筒と八筒を小手返しでいじる。

 

 須臾にして、彼は二筒をやおら持ち上げた。

 

(八筒は、今俺が持っているのを除いて一枚も場に出ていない……、対して二筒は既に二枚も場に出ている。これでいいだろう)

 

「通らば――」

 

 その手付きに躊躇はあまり看取されないが、けれど彼はこの理屈に確信を抱いているわけではない。飽くまで、この二枚の内どちらを打つかをさっさと選ぶための方便である。何故なら、彼はもう、この一打は天運に任せているからである。

 

「――立直ッ!」

 

 甲高い音を立てて、チャンピオンの手によって二筒が河へ叩き付けられた。

 

 チャンピオン、八筒単騎待ち聴牌。

 

 この音を皮切りに、刹那の間だけこの場から音が消えた。

 

 この勝負を見守る者、誰もが固唾を飲んで見つめていた。

 

 須賀京太郎は、俯いたまま。その打牌を前にしても、何も反応を示さなかった……。

 

(通った……)

 

 誰もが心の中に、この言葉を見出した。それが意味することは、めいめい違う。ある者は歓喜を、またある者は落胆を、そこに含ませていた。

 

 皆が思った通り、京太郎は山から牌を持ってきて、そのまま自模切りした。

 

 観戦場では、完全に京太郎の敗北、チャンピオンの勝利の空気が入り混じり、流れていた。宮永咲はそのさなか、呆然と画面を見つめ、はらはらと涙を流していた。

 

「京ちゃん……」

 

 悲しみの泣きの声に喉を詰まらせながら、彼女は辛うじて名前を呼んだ。もう会えない大切な人を名残惜しむように。

 

 彼女だけではない。清澄の面々もそうだ。いずれも口を半開きにし、顔を青ざめさせて、言葉にならない声を漏らしていた。

 

 京太郎の勝利を信じて疑わなかった、衣や透華の龍門渕、ネリーをはじめとした臨海のメンバー。京太郎へ畏怖の念さえ覚えていた元宮守の面々。白糸台の照、菫、それと画面越しに喝を飛ばしていた淡でさえ、眼前の映像にある光景が信じられないという顔で、言葉を失っていた。

 

 十六巡目。

 

 チャンピオンが引いたのは五筒。四枚目の五筒だった。

 

 この牌を引いてきたチャンピオンは、少しだけだが、笑った。

 

「須賀京太郎、お前の待ちを当ててやる。――ずばり、五筒……だろう? おそらく八筒も当たり牌……」

 

 チャンピオンは喜びの声を上げたい気持ちを抑え付け、

 

「カンっ!」

 

 声を張り、その四枚の五筒を倒し、これを槓子として卓の右端に飛ばした。

 

(勝った……、勝ったんだ!……。俺はこの男に……須賀京太郎という強者に勝ったんだっ!)

 

 彼は自身の勝ちを確定的なものとして、嬉しさに笑みが堪え切れなくなっていった。緊張から解放され、気の緩んだ笑み。

 

 そのチャンピオンの読み通り、京太郎の手牌は、

 

 {①①①②③④⑥⑦⑦⑧⑨⑨⑨}

 

 五 - 八、七筒変則三面待ち(七筒は二枚捨てられ既に空)となっていた。

 

(あ、本当だ、九蓮ばっか意識してたから気付かなかったけど八筒でも和了れるな、これ。いやあ、これも中ビームで遊んでたお陰だな! 遊ぶのに夢中で途中まで気付かなかったけど!)

 

 という京太郎のさっぱりした内心を知らないまま、下家は諦めの様子で、自分の目前の王牌山の新ドラを捲って――仰天した。

 

 新ドラ表示牌は八筒――新ドラは九筒ということになる。

 

 えっ……と京太郎以外の三家が口を揃えて漏らした。その直後に、チャンピオンがはっとなって、おずおずと嶺上牌に手を伸ばし、牌の顔を指で隠しつつ一枚を持ってくる。それから指をよけ、露わになった牌の顔を見て、彼は息を詰まらせた。

 

 持ってきたのは一筒だった。

 

 チャンピオンは戦慄にその手が震えそうになるも、辛うじて堪える。

 

(まだこれが彼の当たり牌と決まったわけじゃない……)

 

 彼の考える通り、最早これは危険牌ではないはずである。京太郎の当たり牌は五筒と八筒。一筒はせいぜい槓材でしかない。これで京太郎が大明槓をしたとして、そこから嶺上牌から、京太郎に残された当たり牌八筒を持ってくることなどあり得ない。

 

(立直した以上、切るしかないんだ……)

 

 自分の最後の天運に縋り、渾身の力を込めて彼はその一筒を打った。

 

 京太郎は打ちだされたそれをジロリと横目で見て、

 

「カン」

 

(九蓮が無いなら、もういいよな……。物足りないんだ、やっぱ。鳴きの無い麻雀なんて……お魚抜きの海鮮丼だよッ!)

 

 手牌から一筒を三枚倒して手前の枠に寄せ、たった今上家のチャンピオンが切り出した一筒を手に取る。手に取ったこれを、手首を反らして反動を付け、三枚の一筒にぶつける。

 

 四枚の連なった牌が翔けてゆき、パチッと音を立てて槓子は卓の枠の角にぶち当たって揃った。ユリア樹脂の滑らかな牌肌が、天井にある照明の眩い光を反射させ、一瞬煌めいた。

 

「今のは……」

 

 下家が怪訝そうに目を擦って再度その槓子を見た。

 

「今、牌が……」

 

 対面が驚嘆した。

 

「牌が……閃光(ひか)った……」

 

 呆然とチャンピオンが呟いた。

 

 俄かに観戦場はどよめいていた。京太郎が負けたとそれまで消沈していた者たちが、首をもたげていた。

 

 えっ……。

 

 まさか……。

 

 もしかして……。

 

『天衣無縫は天の産物、人の手で仕上げられる代物じゃない』

 

 画面の中の京太郎は嶺上牌を一つ取り、自分の眼前の額辺りまで持ってきながらそう言った。牌の顔はカメラの死角に入っているのか、確認は出来ない。

 

「来る……」

 

 突如咲は立ち上がって身を乗り出した。清澄の仲間たちも、目を見開いて画面を食い入るように見つめて、咲の行動を訝まずにいた。彼女の他にも、会場のあちこちで、京太郎の大明槓に何かを感じ取った者が立ち上がって画面に釘付けになっていた。燻っていた雰囲気は再び燃え上がりつつあった。皆、半信半疑ながらも、どこかでこれからへの予感に期待して。

 

「来る……、来るっ……。ああ、京ちゃん……」

 

 咲は新たにその目から感涙迸らせた。

 

 ずっと居ないと思っていた。消えたまま、もう見えなくなってしまうのかと思っていた。でも違った。

 

「ずっとそこに居たんだね!……」

 

 映像の中、京太郎はその手に持った牌を手牌の前に叩き付け、

 

『ツモ、嶺上開花』

 

 人差し指の背でなぞるように倒牌し、これを晒す。

 

 {②③④⑥⑦⑦⑧⑨⑨⑨} {横①①①①} ツモ{⑧} ドラ表示{⑨⑧} → ドラ{①⑨}

 

 清一色、嶺上開花、そしてドラ七……数え役満。チャンピオンに大明槓責任払い直撃。場に出たリー棒三本含め――

 

【結果】

 

 トップ、須賀京太郎――四六〇〇〇点

 

 二着、チャンピオン――四三三〇〇点

 

 三着、対面――七〇〇〇点

 

 ラス、下家――三七〇〇点

 

 以上。

 

 これらの結果が画面に反映されると、観戦場からは溢れ出さんばかりの歓声がワッと一斉に上がった。

 

 全員、興奮に力いっぱい叫び声を上げ、隣り合った者と肩を組んだり抱き合ったり、或いは飛び跳ねたり足踏みをしたりして地面を踏み鳴らし、一様に盛り上がっていた。

 

 清澄の面々も例外ではなく、周囲に負けず劣らずはしゃいでいた。

 

「こうしちゃいられないじょ!」

 

 そう言って優希が一目散に部屋を出ると、その後に続くように他にも何人かが駆け出していった。どの者も、京太郎を迎えに行こうということらしいのは分かるだろう。

 

 で、対局室。

 

「終わったな」

 

 和了を見せるや否や、京太郎はそれだけ言って席を立った。歩き出しながらポケットからチョコレートシガレットを取り出して一本口に咥える。

 

 そこへ、

 

「なあ、対面さん」

 

 声を掛けたのは対面の人であった。

 

 呼ばれて足を止めた京太郎は、半身だけ振り返る。

 

「そう言えばそっちは、あの女子の部の宮永咲のことで……、あー……、ちょっとした話し合いをチャンピオンさんとしに来たんだったよな」

 

 歯切れ悪そうに口を開いた。こういう暑苦しい話は得意ではないらしい。

 

「そっちは、あの宮永咲って娘をどう思ってるんだ。そりゃあ、今の対局を通して、そっちがあの娘が大切だってのは伝わったけど、けど何だかよく分かんなくてな」

 

 要領を得ない問いだが、要するに彼は、お前は本当に咲が好きなのか、どれくらい好きなのか、という単純なことを訊きたいのである。ごく当たり前で、わざわざ訊くことでもない質問だ。どうして対面はこんなことを訊くのかというと、当然、疑問だからである。

 

 どうして彼がそう思ったのかは、京太郎の本意を考慮すれば分かることだろう。

 

 京太郎は今回、幼馴染の咲の未来の彼氏さんを見極めるための面接をしに来たつもりなのはご存知だろう。そういったことから、チャンピオンと咲を取り合うつもりで対局に臨んだわけではないことになる。

 

 対面は、そういった京太郎の本意を敏感に感じ取って、京太郎が咲をどれくらい思っているかに疑問を抱いたのであった。

 

 その対面の問いに京太郎は、

 

(ううむ、対面さんは、俺が咲に過保護なんじゃないかと苦言を言いたいんだな。だからあんなに言いづらそうに尋ねてきたんだ。そりゃあそうだよな、本当だったら咲が自分で考えなきゃいけないことなのに、俺が出しゃばっちゃいけないよな……)

 

 少しの間気落ちしたのち、

 

「はっきり言って、咲はポンコツだ、下手なとこに行くと他人様に苦労を掛けることになる。だがあいつは、俺には迷惑を掛けたっていいんだ。あいつは、母親と父親、それと姉の照さんの他には、俺ぐらいには迷惑を掛けてもいいんだ。尤も、その代わりあいつにも少しは俺のワガママを聞いてもらうけどな」

 

 と反論した。

 

(それが兄――家族ってもんだからな)

 

 この時の京太郎の顔は、対局が終わるに伴って圧迫麻雀面接は終了としたからか、もう哭きの京――もとい圧迫面接官としての顔ではなかった。一人の青年としての、毒の無い表情。

 

 席に着いたままの三家は、それに目を丸くした。

 

 語り終えると、もう言うことは言ったとばかりに、京太郎は速足で退室した。

 

 京太郎からの回答に、対面は満足した様子で椅子の背もたれに身を預けて、

 

「聞いたかよ、チャンピオンさん。こりゃあ、そっちの完敗だな」

 

 揶揄するというよりは、慰めている風に言った。

 

 言われた当のチャンピオンには、表情の変化はあまり見られなかった。口角だけを上げた、微笑みに近い中立の面持ちで、そっと自分の手牌を倒した。

 

 {111444發發發⑧} {裏赤⑤⑤裏}

 

「四暗刻、八筒単騎待ち……、やっぱり俺たちの当たり牌を使い切ってたんだな。凄いな、あんた、本当、麻雀やるのが嫌になってくるよ。それを軽く飛び越えた須賀も大概だけど」

 

 下家も同じように手牌を見せる。それから対面にも目配せをして、対面も素直に手牌を見せた。

 

 下家の一 - 四索ノベタン(三 - 六、五索待ちは空)待ち。対面の發単騎待ち。京太郎の高め九蓮宝燈の五 - 八、七筒変則三面待ち(七筒は既に空)。全部止めていたのだ。

 

「うっわ、分かってはいたけどえげつねえな。こりゃ立直するわな……」

 

 対面が驚愕を禁じ得なかった。

 

「道理で場に八筒が一枚も出ないわけだな。チャンピオンに一枚、須賀に一枚、それと新ドラ表示牌に一枚で、最後に嶺上牌に一枚……。あんたが五筒を暗槓したばかりにそれを掘り当てられてしまい、嶺上牌にあった一筒を掴まされてしまったわけだが、かと言ってそのまま五筒を切れば九蓮への振り込み……」

 

 下家の解説に、チャンピオンが乾いた笑いを上げた。

 

「ははは……。詰み、だったわけか。確かにこれは完敗だ。何だか自分が恥ずかしくなってきたよ……」

 

 彼は顔に手を当てて俯いた。

 

「俺は思い上がっていたんだ……。須賀京太郎なんていう得体の知れない男、宮永さんにはふさわしくない、だから俺が彼女を守らなくては、と。邪竜から姫を奪還しようとする騎士でも気取ってたのかな。……でも本当は羨ましかったんだ、嫉妬していたんだ」

 

 ごく自然に一緒に居て、仲睦まじく並び歩く二人。時々片方が離れていくけど、残された片割れは相手の意思を尊重して、その後また元に戻っていく。一方的な奉仕ではなく、お互いにもたれ合っていく。相手の重さを半分負いながら、自身の重さを相手に支えてもらう。

 

 夫婦のようなそんな関係……。

 

「応龍は人を殺めたばかりに天に昇れなくなり、その後南方の地に身を潜めたという話がある。彼は邪竜なんかじゃない、不躾に触れてはならぬ聖獣だったのさ。まったくお笑い草だ。所詮俺は、垂れてきた蜘蛛の糸を手繰って天上の高嶺へ登ろうとして、途中で糸が切れて地獄へ落とされたカンダタだったんだ……」

 

 話せば話すほど卑屈になっていくチャンピオンの顔は、勝負の締め付けから解放されたことで噴き出した汗でべったりと濡れていた。

 

「まあ待ちなよ」

 

 そんな卑屈な彼を、対面がたしなめた。

 

「チャンピオンさんは立派な勝負師だよ。だってそっちは、須賀さんに完全に勝ちたくて、逃げるなんて真似しなかったんだろ、恐れ入るよ。そんな卑屈になられたら、そっちに負けてきた連中、例えば俺の先輩の立つ瀬がねえよ。俺が期待し過ぎちまって、最後の試合の直後では碌に俺に顔を合わせてくれなくなっちまった、尊敬する先輩がな……」

 

 そうだよ、と下家が同意した。

 

「あんたは凄い奴さ。結局俺は三年間負けっぱなしだった。でも楽しかったよ、あんたとは。あんたがカンダタなら、俺たちなんか糸に群がる有象無象の亡者だよ」

 

 そうして笑い掛ける二人に、チャンピオンは項垂れながら微笑むと、そのまま動かなくなった。

 

「おい、チャンピオンさん、ここで寝ちゃ駄目だぜ」

 

 苦笑しながら対面が、そのチャンピオンの肩を叩いた。だがチャンピオンは、意識を無いように無反応だった。これを怪訝に思った対面は、より強くチャンピオンを揺すった。

 

「おい、チャンピオンさん? おい……。おいっ……、おいっ!」

 

 他方、部屋を出た須賀京太郎は、恥ずかしそうに俯いて早歩きをしていた。

 

(あああああ! 恥っずかしいこと言っちゃった! シスコンみたいに思われたりしてないかな……、ドン引きされてないかな……。いや、それだけじゃない。天衣無縫は人の手で作れないって何だよ! 九蓮宝燈和了れなかった負け惜しみで格好付けてどうすんだよ! 和了れたけど、結局勝てなかったわけじゃん? しまらないなぁ……)

 

 歩みを速めるに連れて彼の中の羞恥心は大きくなってゆき、それがピークになったところで、ダンッと大きな地団太を踏んだ。それから一呼吸置いて、深く嘆息した。

 

(まあ、それでも二着だから良いか……。いや、俺がやってきたことなんて、ふざけながら運だけで勝利を重ねただけだし、真面目に研鑽してきた人に申し訳なくて手放しに喜べないけど。それに、最後に一回鳴けたしね。それで、さっきの和了りは何だろう……。清一色と嶺上開花だから……六翻と一翻で、えーっと……、うーん……、跳満の三〇〇〇・六〇〇〇かな?)

 

 京太郎、清一色の喰い下がり(五翻)と大明槓責任払いを失念、しかもモロ乗りしているドラ七に気付いてない。あと自分がトップなのも知らない。インターハイ優勝しても初心者なのは相変わらず。

 

「ん……」

 

 ふと遠くのほうで、どやどやと大群の足音がしたので、顔を上げる。見れば、京太郎のほうに向かって大勢の人たちが走り寄ってきているではないか。

 

 えっ、と京太郎が呆気に取られていると、その先頭を走っていた優希が迫ってきて、

 

「京太郎ー!」

 

 と大声で呼びながら京太郎の胴に抱き付いてきた。呆けていた京太郎は、急に来たその勢いによろめいた。

 

「優希?」

 

 我に返って状況を把握しようとする京太郎。しかし理解が追い付く前に、

 

「きょうたろー!」

 

 衣が、

 

「キョウタロー!」

 

 ネリーが続け様に京太郎の腰に抱き付いてきたのである。

 

 勿論、これで終わりではない。こんな状況で京太郎に更に抱き付いてくるようなやんちゃな奴と言えば……。

 

「キョータロー!」

 

 淡だ。凄まじい助走をつけて淡が飛び付いてきたのだ。

 

 しかも彼女は、前の小柄な三人に比べて大きく、それが飛んで京太郎の首に組み付いてきたものだから、彼も堪らず倒れた。いくら彼女らが小柄で、京太郎が体格に恵まれていると言えど、三人に組み付かれれば支えがたいもの。その上に淡が来たのだから無理もない。

 

「よくやったじょ、犬! 京太郎は犬の中の犬だじょ!」

 

「大儀であったぞ、きょうたろー!」

 

「やっぱりキョウタロウは最高のエンターテイナーだよ! これからもそれで売り出してこうね!」

 

「もー、本気で負けたかと思った! フェイントなんてヒキョーだよ、ヒキョー! ずっこい!」

 

 京太郎に顔を擦りつけながら、口々に彼への賞賛を送る少女たち。

 

 しかし波はこれだけではなかった。

 

「京太郎くーん!」

 

 と、京太郎を、引っ付いている優希、衣、ネリー、それと淡諸共持ち上げたのは大柄な少女。豊音の仕業であった。

 

「おめでとー、おめでとーっ! 本当に良かったよーっ! もうダメかと思ったよーっ!」

 

 彼女は嬉し涙を流して京太郎への祝福を贈った。京太郎たちを抱き上げたまま、ブンブンと右へ左へ振り回した。一緒に振り回される彼女らは、キャーキャーと童女みたいに喜び叫んだ。

 

(随分と大げさだなぁ……、二着なのに。でも、去年と比べれば大躍進だし、むべなるかな)

 

 面映ゆそうに京太郎はふっと笑い、自分を抱き上げている豊音の頭を撫でてやった。そうしてやると豊音は振り回すのを止めて、はにかんで、それから京太郎たちを降ろした。

 

 それから、引き続き京太郎に抱き付いていた少女らも、一人一人撫でてやった。特に淡に対しては、手のひらを大きく開いてワッシワッシと撫で繰り回してやる。ブーブーと文句を垂れながら、しかし彼女は楽しそうだった。

 

 自らを取り巻く人だかりに京太郎は目を配る。知らない顔も多いが、人と人の隙間から知ってる顔がちらほらと見えた。いずれも京太郎に向かって笑い掛けながら手を振ったり、喧騒に乗せて思い思いの賞賛の気持ちを叫んでいたりした。

 

「ところで、咲は」

 

 そう言えば咲が居ない。

 

 ここに居ないはずがなかった。京太郎は咲に、あの対局で答えを見せてやると約束したのだから。

 

(大方、この人だかりにまごついてるんだろう。ここを抜け出して、後ろのほうへ行けば居るだろ)

 

 と考え、京太郎は人ごみを掻き分けて進んでいく。しかし、後ろのほうまで来ても咲は見つからなかった。もう一度後ろを見て、今度は人ごみの中に咲が紛れ込んでいないか確認するが、見つからない。はて、と首を傾げた。

 

「咲ならちょっとお色直ししてるわよ、泣き過ぎて顔を見せられないって」

 

 声を掛けてきたのは久だった。

 

「ああ、先輩。へえ、あいつがお色直し? 珍しいこともあったもんだ」

 

「ええ、あなたのせいでね……」

 

 ふふふ、と彼女は忍び笑いをした。

 

「案内するわ、ついて来て」

 

 と先導する彼女に京太郎は従う。

 

 道中、何故だか会話は無かった。久のほうから言ってくることは無かったし、京太郎が話し掛けても相槌を打つばかり。少し気まずい。

 

「この先に居るわ。じゃ、私は他にやることがあるから……」

 

 それだけ残してさっさと彼女は行ってしまった。引き止める間もなく。京太郎は疑問には思ったが、しかし今は咲のことを優先しておこうと思い直し、先へ進んでいく。

 

 それを背に、久は速足にひと気のない場所に足を運び、そこで目を閉じ深く息を吐いた。

 

「これで、良かったんかのう」

 

 いつの間にか追いついてきたまこが、久の背後で呟いた。

 

「良いに決まってるでしょ……」

 

 本当にそう思っているとは思えないような、重く低い声で久は言った。気圧されてまこは何も言葉を掛けてやれないでいた。

 

 けど、

 

「本当に思ってる?」

 

 そんな言問を投げ掛けたのは、風越の元キャプテン福路美穂子であった。

 

「美穂子……」

 

「久自身は、どう思ってるの」

 

「言う必要なんてある? 私の気持ちなんて美穂子なんかに――」

 

「痛いほど分かるわ……」

 

 真っ直ぐ見据えて言い切った美穂子に、久はこわごわと視線を寄越した。彼女

 

 の様子を見た久は、それから苦々しげに沈黙をしたのち、重い口を開いて、

 

「本心で……、別の結果が出たらって、思ってた。心の奥深くのどこかで、須賀君が負けてくれればって思ってたのかも……。美穂子なら、どうしてた?」

 

「きっと、久と同じことを考えて、同じことをしてた」

 

「そう……。なら、いい」

 

 これも一つの道だった。

 

「じゃあ、私はこれからやることがあるから」

 

 目を潤ませた久が声を震わせながら言った。

 

「やること?」

 

 わざとらしく訊いて美穂子は久の前まで近寄る。

 

「……泣く」

 

 久は美穂子の背に腕を回すと、その胸に顔をうずめてすすり泣き出した。これを受けた美穂子は、無表情ながら慈しむ顔でこれを包み込んでやり、頭を撫でてやった。

 

 その間、京太郎は咲と相対していた。

 

「よう」

 

「あ、京ちゃん、おめでとう……」

 

 どこかにある木の下で座り込んでいた咲は、声を掛けてきた京太郎に一瞬目を合わせるも、すぐに顔を赤らめて顔伏せてしまった。

 

「これで京ちゃんも、胸を張れるね」

 

「そいつはどうかな。所詮俺は運だけのボンクラ雀士だ」

 

 惚けた調子で京太郎は一部否定した。

 

「運も実力の内って言うでしょ」

 

「そりゃあな。だが運に頼り過ぎもどうかと思うんだよ。能は運に恵まれなけりゃ無用の長物だが、反面、運があっても活かす能が無けりゃあぶく銭にしかならないし不安定だ。そんな砂上の楼閣は御免だね。お前らに今までさんざん点棒毟り取られたんだから、嫌でも分かるよ」

 

 当てつけ気味に言う京太郎に、咲は困ったような笑いを浮かべた。

 

「んで、咲、お前の答えは出せたか?」

 

「えへへ、勿論だよ。京ちゃんが出してくれた答えでね」

 

「そりゃ良かった。なら、今すぐ圧迫麻雀面接の打ち合わせを……」

 

「何それ、圧迫麻雀面接って……」

 

 唐突に言われた訳の分からない単語に咲は怪訝な顔で小首を傾げた。

 

「圧迫麻雀面接は圧迫麻雀面接だろ。お前の父さん母さん、それに照さんと麻雀を通して面接をするんだ」

 

 自信満々に京太郎は答えた。

 

「そんなことするの? 必要あるのかな……」

 

「あるだろ、本人(チャンピオン)が必要って言ってんだから」

 

「まあ本人(京ちゃん)がそう言うんなら、止めないけど……」

 

 呆れた、諦めた様子で咲はひとまず納得することとした。

 

 気を取り直して咲は、立ち上がって京太郎の前に立つ。今の会話で多少は緊張が和らいだらしく、まだ顔は赤いままではあるものの、相手を見ることは出来ている。

 

 もじもじと咲は、ちらちらと京太郎を見てはまた別の方に目を泳がせることを繰り返す。そののち、子供が照れ隠しで相手に当たり散らすのと同じような具合に、そこから京太郎に思いっきり抱き付いた。

 

 いきなりのことで、京太郎は面喰った。

 

「どうしたお姫様よ、今日はやけに甘えん坊だな。そんなんじゃいつまで経ってもポンコツのままだぞ、一生俺の世話になる気か」

 

「別にいいもーん」

 

 京太郎の胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で咲は明朗に言ってから、

 

「だって、京ちゃんになら迷惑掛けたっていいんでしょ?」

 

 と、目だけをそこから覗かせて結んだ。

 

「……そう言や聞かれてたんだったな、あの対局、カメラ越しに」

 

 今度は京太郎がバツが悪そうに笑う番だった。

 

(咲の兄離れは当分先かね。けど、これも良いって思ってる自分が居る……。俺ってつくづく咲には甘いよな、これじゃ咲のこと言えないぜ……)

 

 京太郎はじゃれついてくる咲を受容して、彼女の頭を、彼女が満足するまでずっと撫でてやるのだった。

 

 そんな様を覗いている者が何人か居た。

 

 それは、二人からは見えない、建物の角からである。その角からは、何やらツノのようなものが飛び出ていた。

 

「おいっ、ツノが飛び出てるぞ。さっさと引っ込ませろ」

 

 と、そのツノの主の頭を手で押さえ付けて引っ込めさせるのは、彼女に同行していた弘世菫であった。当然、この二人が居るなら、淡もここに居る。

 

「痛っ、痛い! 痛いんだよ、刺さってる! どうにかしろ、そのツノ、髪の毛の硬度じゃないぞ!」

 

「ツノじゃなくてチャームポイントね」

 

 自身の髪の毛の尖った所を摘まみながら、むっと照は唇を尖らせて言った。

 

「ちなみに淡ちゃんのチャームポイントは、キョータローが言うにはこのラーメンみたいな髪の毛なんだって!」

 

 キャピッという感じに、目元でピースサインを作り、キラキラと輝くように淡がポーズを決めた。

 

「お前はどうしてそれを誉め言葉だと思ったんだ、どう考えてもおちょくられてるだろ」

 

「え、だって京太郎が、これは誉め言葉だって言ってたし。髪の毛は女の命とも言ってたし」

 

「それだけで言いくるめられたのか……」

 

 まあこのアホは置いといて、と菫は切り替えることにした。

 

「咲は幸せ者だよね」

 

 不意に照がそんなことを口にした。

 

「ちょっとだけ羨ましかった。私が初めて京ちゃんを見たのは、咲が京ちゃんと一緒に遊んでる時。その時から京ちゃんは世話焼きで、当時から羨ましいって思ってた」

 

 だから、と照は菫を見て、

 

「菫が居てくれたのは嬉しかった。今までありがとう、あとこれからもよろしく」

 

 恥ずかしげもなく言って微笑んだ。

 

 菫はこれにふっと笑い、

 

「出来ればお前も須賀君に押し付けたいところだよ、私は。いっそお前も貰ってくれるよう須賀君に打診してみるか……」

 

 もう関わりたくないという感じに引きつった顔で言った。

 

「えー、テルーだけずるーい! 私も、私も!」

 

「淡も? ……いいんじゃないかな。菫も一緒にどう?」

 

「そうかそうか、つまりお前は私を逃す気はないんだな……」

 

 大して考え込まずに淡の要望を聞き、あまつさえ菫まで誘ってくる照に、もう何も言うまいと菫は諦観の溜息を吐いた。

 

「でもその前に……、先に京ちゃんの圧迫麻雀面接も済ませないと」

 

「え、本気でやるのか?……」

 

「だって京ちゃんがそうしたいって言うなら、その心意気を尊重しないと。それに新しい技を試したい。名付けて『連続和了・最終爆弾』……京ちゃんが見せてくれたあれ」

 

 ビシッと人差し指を立てて照は意気揚々と語った。

 

「あれを逆輸入? もっと実用性のあるのを使ったらどうなんだ」

 

 と菫がたしなめるも、照は耳を傾けず、

 

「こうしちゃ居られない、圧迫麻雀面接の日に備えてシュークリームとお茶を選定しておかなきゃ。京ちゃんはコーヒー派かな? それとも紅茶派?」

 

「待て、圧迫面接するのにシュークリームまで持ち込む気か。それもう圧迫面接じゃないだろ」

 

「良いなー、良いなー、私も一緒にシュークリーム食べながら打ちたい!」

 

 淡は、照の服を掴んで揺すった。

 

「淡も? いいよ、一緒に食べて打とう」

 

「わーい!」

 

「おい、もう何が何だか……」

 

「菫も一緒にどう?」

 

「面接をするんだよな? お茶会を開くわけじゃないよな?」

 

 弘世菫の苦労は絶えない。彼女は一生、この二人に悩まされ続けるのかもしれない。

 

【2】

「もう麻雀は懲り懲りだ……」

 

 陰鬱な顔で廊下を歩きながらでぼやく俺、須賀京太郎。

 

 近頃、麻雀を打てば打つほど、勝てば勝つほど変なことに巻き込まれている気がする。変な雀士に絡まれるわ、ホモのヤーサンに絡まれるわ、散々なもんだ。だからもう嫌気がさしたのだ。

 

 けれど、今更やめられない。麻雀自体には嫌気がさしているが、麻雀部という所は、とても居心地が良い。

 

 咲、和、優希、まこ部長。清澄の麻雀部の他にも、多くの麻雀の友人が居ては、麻雀をやめるには未練が多い。

 

 ふっと笑って俺は教室の扉を開いた。すると、なんかクラスの皆が一斉に俺の方を見て、ニヤニヤと笑い出したのだ。

 

(いや、思えば、廊下を歩いている時だって変な視線は感じていたような……)

 

 俺が物思いに耽っていると、クラスメイトの一人が俺の腕を掴んで、ある席の所まで引っ張ったのである。そのクラスメイトは、そこの机に置いてある雑誌の、あるページを開いて俺に渡してきた。

 

 で、そのページの記事のタイトルにはこう書かれていた。

 

『インターハイ新チャンピオン須賀京太郎選手、宮永咲を取り合い前チャンピオンと激闘の末、公開プロポーズ!!』

 

 その記事の写真には、俺と咲が映っていた。しかも抱き合っている姿で。

 

「おおん!?」




 ひとまず、一番書きたい話を書いたということで、このSSは完結と設定します。

 が、他にも書きたいエピソードはあるので、完結後も投稿します。その時は、ねこです、よろしくおねがいします。

 と思ったけど短編だと完結の項目が無いんですね……。まあこれからも、ねこですがよろしくおねがいします。
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