哭きの京(とりあえず鳴いとこう)   作:YSHS

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 前回の京ちゃんがあまりにも非道かったので、今回はちょっとこわれてもらいました。


ありえない手筋で全国選手をフルボッコしてみた:裏編

 どうも、須賀京太郎です。最近心療内科の先生から、夢遊病の疑いがあると言われました。

 

 まあ確かに、近頃は変なヤクザに絡まれたり、変な麻雀打たされたりでストレスがすんごいことになってる。ついでに言うと金もすんごいことになってるが、高校生男子が持つにはあまりにも多すぎるその額を見ると、素直に喜べない。目下悩みの種だ。

 

 かと言って、暴対法や賭博罪に抵触するような行為に足を浸けていました、なんて言うわけには行かない。捕まるし。そしたら俺は将来の就職の道も閉ざされ、ヤクザの世界にどっぷりと浸かってそのままオカマ掘られることになるだろう……。考えただけで寒気がしてきた……。

 

 そこで俺は、先生に俺の優雅な日々を語って聞かせてみたのだ。麻雀部での輝かしい雑用の、あの日常を。

 

 ところが心外なことに先生は、

 

「雑用やり過ぎてストレス過多だったのでしょうね」

 

 と言ってきたのだ。

 

 何だとこの野郎。俺は今充実してるぞッ! 清澄麻雀部に入って、俺は労働の素晴らしさというものに目覚めたのだ!

 

 だから俺は周囲には自分の診断のことについては黙っていたのである。が、こともあろうに親はバラしてしまった! お陰で麻雀部での俺の雑用の仕事が減らされるに至った。

 

 くそう! 竹井先輩が部長なら、あの人でなしの部長だったら、遠慮なくこき使ってくれるのに! 染谷部長は分かってない!

 

 一体俺が何をしたって言うんだっ!

 

 というわけで、俺は今大会ではあまり雑用をやらせてもらえず、有り余る体力を持て余し欲求不満となっていた。刻一刻と迫ってくる試合に、俺は憂鬱になっていた。そうして気付かされる、雑用の心地良さ。

 

 あの雑用のお陰で、俺は麻雀から離れられた。対局の緊張を忘れられたのだ。掛け替えのないものってのは、無くなって初めてその得難さの全容が分かるものなんだな……。

 

 俺は居ても立ってもいられず、去年知り合った友達及び彼らから紹介された人や、今年知り合った愉快な仲間たちと一緒に、チンチン侍をして気を紛らわせていた。悪くない気分だった。完全に復調したわけではないけど、少しはマシになった。やっぱ友達って良いよな。

 

 で、俺は愛しい仲間たちの励ましを受けて試合に臨んだわけなのだが。

 

(俺はボンクラです……、ブタです……。もう歯向かいません……、麻雀もやめます……。だからもう許してください……)

 

 これ俺です。

 

 はいそうです、気が重くも頑張って試合に臨んだは良いものの、こうして沈鬱に俯いている始末です。

 

 どうしてこうなったかというと、対局相手の方々に怒られたからです。

 

 何故かって? そりゃあ、ストレス解消に鳴き麻雀しまくってたからに決まってるでしょ。

 

 ポンチーカン! ポンチーカン! とノリで鳴きまくってたら、段々と相手方の表情が険しくなっていった。特に上家の人が怖かった。当初ではそこまで目くじら立ててたわけじゃなかったけど、最初の親だった下家の人が連続で二回和了ったあたりから、以後俺が鳴くたびに睨んでくるようになったのである。

 

 もう怖くて怖くて。だから俺は、卓に肘を立てて、手の甲辺りで頭を支える姿勢をする振りで、出来るだけ上家の人と目を合わせないようにしていたというわけだ。

 

「あのさぁ……、いい加減にしてくんねえかな。さっきっからポンチー、ポンチーってさ……。さっきっからテメエの鳴きのせいで俺の運がダダ下がりなんだよッ! これ以上場を荒らすんじゃねェ!」

 

 たった今俺が上家に三五〇〇振り込んだ後、とうとう上家の人がいきり立って怒鳴ってきた。勿論俺は、怯え声こそ上げてなかったけどビビッてる。出来るだけ相手を見ないように、縮こまっていて、かつ視界の端で上家さんが怒鳴り上げる兆候が見えたことで身構えられたからだ。

 

(うぅ……、めっちゃ怒ってる……)

 

 で、俺は蛇に睨まれた蛙状態。

 

「やめろよ! 今は対局中だぞ。それに、お前の手がパッとしないのは自分の責任だろうに」

 

 下家さんが助け舟を出してくれた。

 

 と思いきや、

 

「はあ? よく言うわ、東一局で四連荘してトップに立っていい気になってた奴が、今は俺に捲られてるくせによォ?」

 

 と上家さんが面罵したことで、下家さんまで剣呑な感じになり、

 

「そもそもそれは僕が削っといたからやろ。こん中で満貫が無いんは、まだ一度も和了れてないそこの鳴き虫さん除いて、お前さんだけやん」

 

 挙句の果てには対面さんまで介入してきて、

 

「ああ、ああ、そうだなァ。二連荘しかしてない上に俺とは違ってトップにすら昇れなかった奴が言うと違うなァ……」

 

「お?」

 

 もうまさに一触即発の険悪な雰囲気になってしまったのだ。

 

 俺はと言えば、自分のせいでこんな事になってしまった罪悪感に縮こまっていた。何だろうこの気持ち、『ウォーキングデッド』でリックとシェーンが争う原因になったローリの気持ち? ……いや違うな。どちらかと言うと、ガバナーのとこから逃げてきたメルルだ。

 

 しばしの睨み合いの後で、各々は矛を収めて次の局への進み出す。

 

 で、その時に下家さんが、

 

「大体、何でこんな奴が……。去年は女子の尻にくっついて召使みたいに、幇間みたいにヘラヘラしてた奴が、こんな所に居るんだよ……」

 

 次いで対面さんが、

 

「やれやれ、恋は盲目とはよう言うたもんやな。女子のチャンピオンさんも、そのほかの有名人さんも、ただの恋する乙女やったっちゅうわけか。あれや、好きな男は強くあってほしって気持ちが言わせたんやろ、アイドルの追っかけやっとる馬鹿な男や女みたいに。違うか、スケコマシ君」

 

(うう……、俺のせいで照さんをはじめとして皆が悪く言われてる……)

 

 と、まあこんな事があったので、

 

(俺って奴はどうしようもない奴だ……。この人たちだって日々努力して全国まで行き着いた人たちなのに、なのに俺はくだらない鳴き麻雀で空気悪くして……。そんで、こんなしょっぱい麻雀打ってたお陰で、皆の顔に泥を塗っちまった……)

 

 俺はこんなメランコリックボーイになってしまったのだ。

 

(クソッ! こうなったらヤケ鳴きだァ!)

 

「ポン」

 

 次局、やぶれかぶれになった俺は性懲りもなくまた鳴いた。

 

 当然ながら他の人も、俺に対抗するかのように鳴きを入れ、辺りは壮絶な鳴き合戦が展開された。それはもう激しいもので、申し訳のなさとヤケクソが同居していた俺の心は、この鳴きの嵐に晒されたことで弥が上に熱くなっていったものだった。

 

 俺一人だけ鳴いたのはたった三回。大した数字ではないが、しかし俺は随分と鳴いた心持ちだった。気が付けば河の列は三列目の終わりにまで至っており、俺はこの局が終わりが近いのだと感じた。

 

 その矢先に俺が自模ったのが二萬だった。それは俺の手の当たり牌。この局はこれで終わりなのか、と俺は悟り、

 

「ツモ」

 

 とその牌を手牌の横に討ち、倒牌した。

 

 {二123} {横五六七} {横978} {③横③③} ツモ{二}

 

 倒した後で、俺は重大なことに気付いた。

 

(……これ、役無いじゃん)

 

 思えば俺は、和了を目指して鳴きを入れたわけじゃない。なればこの手が知っちゃかめっちゃかなのは至極当たり前のことだ。にも拘わらず俺は、当たり牌を引いたことで勝手に終わりだと勘違いして和了宣言をしてしまった……。

 

(うわぁ……、これはもう本当に……)

 

「ゴミ、だな」

 

 情けなさのあまり俺はそんなことを口にした。そりゃそうだ。ここまでさんざん場を荒らして、その末にチョンボやらかして、おまけに俺は満貫払い。もう踏んだり蹴ったりだ。

 

 そうして俺が謝罪をしようかと顔を上げようとしたところで、

 

「ゴ、ミ、だとぉ!……」

 

 突如上家さんが気色ばんだ。

 

(うおっ、やべえ……、今の呟きがこの人に対する悪口と思われちまった!)

 

 どうやら彼は、俺の今の呟きを自分に向けられたものと勘違いしたようだ。無理もない。彼だってフラストレーションが溜まっていたのだ、それだけ神経質になっていたのだろう。

 

 さてどうやって弁解したものか。このままでは、俺が何を言っても、悪口を重ねてきたと捉えられかねない。

 

(ひとまず、彼の気が落ち着くまで様子を見るとか……)

 

 そう考えて、変な刺激を与えないようにじっとしていることにした。

 

 それが奏功したのか、次第に彼は荒ぶる呼吸を落ち着かせて、けっと吐き捨てると、

 

「三本場で八〇〇・六〇〇だ……」

 

 大分落ち着いたらしい。

 

 弁解するなら今がチャンスか、と思ったのだが、点数のやり取りをしている内に、話し掛ける機会を失ってしまい、結局有耶無耶になってしまったのであった。だって上家さん、絶対根に持ってるでしょ。

 

(……ところで、結局俺ってチョンボじゃなかったの? なら役は何を和了ってたんだ?)

 

 なお、この時俺は、自分が海底で和了ってたことに、後で衣さんが言及するまで気付かなかった。ダセエ……。

 

 次の局では、前の局でようやく和了れたことと、何だかよく分からない状況になって一旦頭が混乱したことで、少しだけ気分が良くなった。

 

 しかもその局での俺の手には、何と六七八の順子が二つ、つまり一盃口が!

 

 これは何としても和了りたい、とのことで、対子になっていた五索をポン! 直後に、浮いていた九筒を打って四萬、八索のバッタ待ちで待機していたところ、何と一発で八索を自模!

 

「ツモ」

 

 今度こそ俺は自信を持って和了出来たというわけだ。

 

(ふっ……、一盃口だぜ……。これで面前で打って立直掛けられてたら、一発が付いて更に良い手になってたんだろうなあ)

 

 という具合に心地良い気分に浸っていたところで、はたとおかしいことに気付いた。

 

(あれ、一盃口って面前じゃないと成立しないんじゃなかったっけ……)

 

 こんな重大なことを失念していた。

 

 神様って叫びたくなった。今度こそ駄目だ。今度こそ俺は満貫払いだ。ここまで対局の場を乱しておいて、役無しチョンボやらかすなんて……。

 

(これって、俺の鳴き麻雀を真似して元気いっぱいに役無しチョンボやらかした小蒔と大差ねえじゃん……。もう嫌だ。もし生まれ変われるのならナマコになりたい)

 

 と俺は覚悟を決めたのだが、どういうわけかツッコミは無かった。それどころか他の人たちは、憮然としながら黙って俺に点棒を渡してきた。

 

 怪訝に思って改めて自分の手牌を見てみたところ、

 

(あ、タンヤオ)

 

 どうやらまた命拾いしたようだ。

 

 ちなみに後で指摘されて気付いたことだが、あの鳴きを入れる直前、俺は七対子を聴牌っていたそうだ。尤も俺は、対局中はついにそのことに気が付かなかったが。

 

 仕方ねーじゃん! 一盃口狙ってたら七対子見逃してたなんてよくあることじゃん! あと適当に役作ってたらタンヤオと平和(ピンフ)付いてたの見逃してたってよくあることじゃん!

 

 気を取り直して次の局。未だに俺の親は続行らしい。いったいいつまで続くんだ、この苦行は!

 

 で、その局で和了ったのが、

 

 {1} {横534} {横879} {66横6} {西横西西} ツモ{1}

 

 対面さんも呆れて、

 

「闇雲な鳴き麻雀っちゅうのはな、ひとつ晒せば自分を晒す、ふたつ晒せば全てが見える、みっつ晒せば――地獄が見える」

 

 この裸単騎待ちに苦言を禁じ得なかったようだ。

 

「そういうもんなんや、分かるか。ええか、もう一度言うで。ひとつ晒せば自分を晒す、そんで――」

 

 と対面さんは繰り返そうとした。その間際、俺は自然と口が開いて、

 

「自分を晒せば……また己が鳴きたがる」

 

 このように言葉を被せた。

 

 俺自身、自分に呆れて笑ってしまう。

 

「まったく……、背中が煤けてるぜ」

 

 無論、俺の背中がな!

 

 でも、対面さんのお陰で、俺気付けました! 俺、鳴き麻雀が大好きです!

 

 俺、鳴き麻雀と心中します!

 

 だって、一度でも鳴きの味を覚えちまうと、もうやめられなーい! 止まらなーい!

 

「ロン」

 

 {44④⑤東東東} {横678} {3横33} ロン{③}

 

 次局で俺は上家さんから出た三筒で出和了りした。この東は、現在東場であるなら確実に翻牌だろうし、役はちゃんとあるはず!

 

 ただ残念なのは、出来ればもっと手を伸ばしたいところだったのだが、その前に上家さんが三筒を出しちゃったもんだから、やむを得ず和了ったことだ。和了れる時に和了っておかないと、運を逃してしまいそうだし。

 

 で、その時対面さんが、

 

二九〇〇(ニッキュウ)二本付け炸裂! 二局前に怒りん坊君が鳴き虫君から直取ったんをそのまんまやり返されよった!」

 

 こう言ってきて、俺は以前の時に上家さんに取られた点数を想起した。

 

 たしかあの時は、二九〇〇は三五〇〇と言っていた……。

 

(しまったーっ! 同じ点数をやり返すって、それ何て嫌がらせだ! やばいよ、やばいよ……、上家さんの方見られないよ……)

 

「おい、お前。三五〇〇点だぞ、さっさと払ったらどうなんだ、まだ東場も終わってないんだからな」

 

「チッ、分かってるよ……。四千からだ」

 

(ちょっ、下家さん、いくら俺が悪いからって上家さんを煽らないで! 俺への意趣返しですか!)

 

 俺は戦々恐々としながら、上家さんが出した四本の千点棒に対して五百点棒を出した。そしたら上家さん、その五百点棒を侘しそうに摘まみ上げながら俺を睨みつけてきた。目を合わさないように俺は必死だった。

 

(しかし段々興が乗って来たぞ。次の局は期待出来そうだ)

 

 という良い予感の通り、次局では最初から手牌に赤五筒が入ってたので、速攻でチーで面子として確保した。それからこの勢いに乗ってガンガン鳴いていったら、カン材の八筒を自模ったので、流れるように加槓したところ、嶺上山から俺の和了り牌をゲットしたので、そのまま和了。

 

「ツモ、嶺上開花」

 

 {2333} {⑧⑧⑧横⑧} {横四二三} {横④③赤⑤} 嶺上ツモ{1}

 

……和了れたのは良かったけど、これ、二索だったらタンヤオも付いてたよな。ラッキィなのか幸薄いのか。

 

(何だろう、嶺上で和了れたのにこの敗北感……)

 

 また一段、俺のテンションが下がった。

 

 しかしながら俺の運もまだまだ捨てたもんじゃない。次の局では、面前でホンイツを聴牌出来た。

 

 {西西西①②②③③④⑥⑦⑨⑨}

 

(でもこれ、和了り牌は何だろう……)

 

 俺、多面待ちの和了り牌を見定めるの苦手。そのくせやたらとホンイツとかチンイツとか目指したりするから、振聴チョンボとか役無しチョンボとかをよくやらかす。面前で揃えた日には高確率でやらかしたものだ。

 

 俺は鳴きの手作りが好きなのは、こういったことがあるからなのかもしれない。

 

 当然、目の前で対面さんが五筒を打ったけど、俺はこれが当たり牌だと即座に判断出来ず、分かった頃には場は既に次の上家さんの自模番に進んでしまっていた。

 

 次の巡では、今度は下家さんが赤五筒を打った。しかし俺は、

 

(たしか、当たり牌を見逃したら、同巡内では和了れないんだったよな……)

 

 とスルーしたのだが、後になって、俺の番が回ってきたことで既に一巡した後になっているのだから和了れたはずなだということに気付き、俺は絶望した。自分が嫌になった。死にたくなった。

 

 次巡、俺は二索を自模ってきて、デジャヴを感じた。

 

 この手、どっかで見たことある、と頭に浮かんだ瞬間、

 

(ああ! これ、一年の時に咲が和了ってたやつだ! あの時は六筒を切ってたなぁ……)

 

 と脳内であの時の光景を思い浮かべていて、ふと我に返ると、俺はいつの間にか六筒を切っていたことに気付いた。

 

(あ、やべ、六筒切っちゃった。……もういいし、折角だからこのままあの時の咲の行動をなぞってやろ)

 

 俺は自分の失態に開き直って、次に自模ってきた九筒を手牌の中に収め、七筒を切って六七筒両面落としをしてやった。

 

 当然、その後に俺が自模ってきた西も

 

「カン」

 

 暗槓してやる。

 

 あわよくば筒子か西に新ドラが乗ってくれないかと祈ってみたが、案の定出てきたのは萬子。俺の手にはかすりもしない。

 

 そんなに期待していたわけじゃないが、ちょっと落胆しながら俺はやおら嶺上牌から一牌取った。

 

(御無礼。ツモりました)

 

 と心の中で、ハギヨシさんが時々使う決め台詞を真似た台詞を言ってから、

 

「ツモ、嶺上開花」

 

 {①②②③③④⑨⑨⑨2} {裏西西裏} 嶺上ツモ{2}

 

 まさか本当に和了り牌が来るとは思わなかった。自分でやっといて何だけど、正直引く。

 

「七十符二翻は、一二〇〇・二三〇〇」

 

 ドヤァ……。

 

 この点数は知っている。点数表の中で、唯一知っている点数だ。あれは衝撃的だったから、忘れようもない。俺は符計算は出来ないが、しかしこの手はあの時の手そのまんまだから、七十符二翻なのは分かっているのだ。

 

「あのー……、点数申告間違ってますよ。親だから二三〇〇オールです……、六本場で二九〇〇オール……」

 

 他三家が俺の申告通りに点棒を出してきたところで、スタッフの人が申し訳なさそうな顔で訂正してくれた。

 

(ていうかこの人たち、訂正せずに点棒誤魔化そうとしてた? 何それ、ずっこい)

 

 文句の一つでも言いたかったけど、迷惑掛けまくった負い目もあるから何も言えない……。ここは触れないでおこう。

 

 その後の局は、取り立てて言うことない。相変わらず、俺のしょぼい和了でいたずらに場が長引くばかりだ。

 

 ただ、ある折で、なかなかデカイ手を和了ったのか、いつもより受け渡される点棒が多かった。

 

(安手とは言え、結構点数は稼げたし、今の和了で逆転は出来たかな?)

 

 点差は気になるところだが、ボンクラ雀士の俺に点数差を見る余裕はない。その場その場の局面を切り抜けるのに精いっぱいだ。だから俺は今の点数関係なんぞ知らん。

 

 東?局 ?本場。

 

「ポン」

 

 俺は二連続で下家からポンをした。そうしたことで俺は、

 

 {23444發發7} {66横6} {88横8}

 

 混一色聴牌だ。

 

(ずばり、これは七索切りだな。そして待ちは……二三四を順子として捉えたら、四索と發のバッタ待ち、で、四索三枚を暗刻とすれば、一 - 四索の両面待ち。つまり、これは一 - 四索、發の三面待ち、高めは發だ! よし、珍しく多面張を見抜いたぞ!)

 

 今度こそ間違いない、と意気揚々と俺は七索を切った。

 

 この時俺は、きっと發を引くと思っていた。何故なら、ずっとしょぼい和了ばかり続けていた俺が、前の二局で続け様にちょっと高い手を和了れたのだから。ならば、これもきっと發を引いて『發ホンイツ』を和了るに違いないと考えたのだ。

 

 上家が小考ののちに牌を切るのをしっかりと見届け、誰も鳴く人が居ないのを確認して、それから俺が自模る。先ヅモなんてしたら験が悪いからな。ここはしっかりと、ゆっくりでも場を引っ掛かりなく進めたい。

 

 そうして自模ってきました、

 

(出ました、四索! ……え、四索?)

 

 引いてきたのは、高めの發なんかではなく、ただの四索。

 

(……そんなこったろうと思ったよ)

 

 こんなもんだ、世の中。和了れただけでも御の字だと思わなきゃ。

 

(はいはい、御無礼、御無礼)

 

 四索を卓に打ち付け手牌を倒した。

 

「ツモ。……ホンイツ」

 

 憮然として、ナマケモノのように緩慢に俺は和了役を告げた。

 

(本当だったら『發』も入るはずだったのにな……)

 

 俺の落胆は思ったより大きかったらしく、気だるげな態度がぬぐえない。二日酔いにでもなった気分だ。

 

 それにしても、周囲に動きが見受けられない。一体どうしたのだろう。

 

 そう思って俺は顔を上げた。見れば、皆揃って、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見ていたのだ。

 

「緑一色、だろ……」

 

 下家さんが怒ったような呆れたような様子で指摘してきた。

 

 そんな馬鹿な、と思って改めて自分の手を、こっそり見下ろしてみたのだが、

 

 {23444發發} {66横6} {88横8} ツモ{4}

 

緑一色(オールグリーン)やん!)

 

 めっちゃ苔生した緑色の牌が並んどったんや。珍しく多面張を把握出来たと思えばこれかよ。

 

 高めで役牌付くぞと言っておきながら、その実高め役満だったなんて一番恥ずかしいやつ。以前やった、一盃口を副露で崩しちゃった(あと七対子聴牌を崩した)やつよりダサイ。しかも、あちらは寸でのところで気付けたのに対し、こちらはもう申告しちゃったし。

 

 で、どうしようかと呻吟した末に、俺は苦肉の策で、

 

「いやホンイツだ」

 

 このままホンイツで押し通す!

 

 どうせ他三家は俺に役満和了れたら困る、ともするとハコテンになって負けになるかもしれないし、乗ってくれるかもしれないと一縷の望みを掛けての行動だ。

 

 俺は、わざと、低い和了りを、申告したのだ。

 

(やっぱり駄目?……)

 

 と観念して恐る恐る顔を上げようとした折、

 

「もう……勘弁してくれ……。そいつは緑一色だよ……、俺たちはそれでハコテンだ……。俺たちの負けだ」

 

 突然、上家の人が滂沱として涙を流したのである。

 

「俺はボンクラです……、ブタです……。もう歯向かいません……、麻雀もやめます……。だからもう許してください……」

 

 なんかどっかで聞いたことある台詞を訥々と言う上家を前にして、悪いけど俺はめっちゃドン引きしていた。

 

(えぇ……、何この人、いきなり泣き出したぞ……)

 

 今まで終始怒っていた――主に俺のせいだけど――男が、いきなり泣き出したら誰だって困惑する。

 

 脈絡的に、俺の何かしらの言動が原因だとは分かるが、しかし具体的なことが分からない。ただの三家同時ハコテンの何が彼をここまで泣かせたのか。俺なんか咲たちをはじめとして色んな悪魔どもに嬲られまくったんだぞ。

 

 ある時なんか、和の裸を見るチャンスだと思って脱衣麻雀に参加したら俺だけ集中狙いされた上に、やれこういう風に脱げだの、シャツのボタンを鳩尾辺りまで開けろだの、ズボンの腰からパンツの縁をはみ出させろだの、コートを羽織ってその中に私を入れろだの、訳の分からない注文を受けてバリ怖かったんだからな、なまら怖かったんだからな!

 

 しかしながら、こうして敗北に打ちひしがれて泣いている彼に、暫定の勝者となった俺が掛けてやれる言葉なんて皆無だから、俺は何も言わずにラムネシガレットを口に咥えて、黙って席を立ったのだ。

 

 他二人なんて、下家さんはこれから切腹でもする旗本みたいな感じだったし、対面さんはビッグボーイのマスコットを更にキモくした感じの引きつった笑いを浮かべていて怖かったし、ここは席を立つ他ないだろう。

 

「それにしても……」

 

 部屋を出た俺は、ラムネシガレット(コーラ味)を舌先で味わいながら、たった今獲得した勝利、延いてはこれまでの勝利について沈思する。

 

 戦略や戦術を以って対局には臨んじゃいなかった、どうかすると負けること前提だった。だが運が良いのか悪いのか勝った。嬉しいことには嬉しいけど、手放しに喜べない。どうせいつか負ける。

 

 前に一度咲たちとやった時に、天和を出したことがある。しかしその後すぐに捲られたし、爾来ずっと負けっぱなしだった。結局、一時的に勝ったところで後で負けてしまえば意味は無いことが分かっただけだ。

 

 俺のやったことは、単なる悪運で、これまで必死に努力してきた人を否定することだ。

 

 「向こうが自身の不運に負けた、俺の悪運に負けた」と口に出すのは簡単だが、俺が一年の時に竹井先輩が語って聞かせてくれたインターハイへの思いを想起すると、とてもじゃないが肯定出来ない。

 

「ま、いっか」

 

 不憫なことだが、彼らはあそこ程度の雀士だったのだろう。客観的な見解だ。

 

 俺はそう結論付けた。

 

「あ、おーい!」

 

 愉快な仲間たちを見つけたので、声を掛けた。折しも彼らは寄り集まって何やら話していた。

 

 ちょうどいい、チンチン侍の続きをやろう。そう提案したのだが、彼らの反応は宜しくない。

 

 それどころか、初め俺に振り向いた時のしょぼくれた顔が、更にしょぼくなったくらいだ。

 

「お前、あんな嬲り殺しを披露しといてよくそんな平然としてられるな……」

 

 そういったことをはじめとして、彼らは口々に俺のことを、まるで魔王みたいに言うのだ。魔王は咲だろ。

 

何だよ嬲り殺しって。最後にラッキィにも役満和了って全員飛ばしただけだろ。それだったらお前、あれだぞ、豊後プロなんて茅森プロに一八〇〇〇(インパチ)お見舞いした後で全員に国士無双振る舞ってたぞ。

 

 (くそッ、何て友達甲斐の無い奴らなんだ! 試合開始の前に、皆でチンチン侍やったあれは何だったんだ! 皆でチンチン、チンチンと叫んで、一緒に周囲から白い目で見られたあの絆は何だったんだッ!)

 

 俺はムカムカするのを抑えて、こんな薄情な奴らは知らんとその場を後にした。

 

 どうやら、雑用不足で俺のストレスも結構溜まっているらしい。苛立ちのあまり友達を悪く言うなんて……。鳴き麻雀で騙し騙しやってきたが、これはやばいぞ、早くどこかで雑用を補充しなければ!……。

 

 雑用を受注するのなら、女子高あたりが打ってつけだ。知っての通り女子高には基本女子しか居ない。ということは、力仕事が手に余る彼女らは男手を欲しがっていて、喜んで俺に雑用を回してくれるというわけだ。

 

 そうして俺が探しているのは風越の人たち。彼女らに目星を付けたのは、とても友好的だからだ。特にキャプテン――今は元キャプテン――の福路美穂子さんには良くしてもらっている。美人だし、おもちも大きいし、優しいし、それにおもちも大きい。しかもキャプテンという偉い立場にありながら自ら率先して雑用を買って出たりして、これのお陰で一緒に居られる機会に恵まれる。おまけに彼女は機械音痴なものだから、彼女の行動によってボーナス雑用が発生もする。まさに幸運の女神。なるほど、福路の『福』は幸運を指すのか。

 

 そもそも俺が風越の人たちと仲良くなる橋渡しをしてくれたのが彼女だし、全く頭が上がらない。

 

「あっ、福路さん!」

 

 ついに見つけました福路さん! 恰も良く風越の人たちも一緒だ。

 

「あ、ああ、須賀君。最初の半荘勝利おめでとう……」

 

「ありがとうございます。つっても、運が良かっただけですけどね。勝ったってのにあまり気分が優れないんですよね。気分転換に何か仕事でもしたいところだけど……」

 

 雑用を周旋してくれないか、と遠回しに言う。

 

 ところが、風越の人たちは、何やら狼狽える様子を見せていて、どうも話が進まない。ひょっとしてまだまだ好感度が足りないのだろうか。

 

「あ、そうそう! 池田さん、個人戦全国出場おめでとうございます」

 

 今度は、池田さんが個人戦で全国出場したことを祝うことでおべっかを使った。一応、めでたいという気持ちは本物だし、問題は無いだろう。

 

「あ、ああ! 当然だし!」

 

 池田さんは胸を叩いて言った。反応は上々。

 

 けれど、どうにも煮え切らない。それに、彼女らからのぎこちない態度もあまり変わらないし……。

 

 「で、そのお祝いの一つ……ってわけじゃないんですけど、何かお手伝い出来ることありますか? 今言った通り、気分転換に何か仕事でもしたいんですけど」

 

 しびれを切らした俺は直球で雑用の周旋を申請した。

 

「い、いや! 平気だし! 問題ないし! それに、そっちだってまだあんだから、身体を大切にしなって!」

 

(あるえー? おっかしいな……、いつもなら快く雑用回してもらえんだけど……)

 

 怪訝に思い俺は食い下がってみたが、そうすると段々と池田さんが、何やら必死で俺を追い返そうとしているのが分かった。

 

 愕然となった。てっきり俺は、風越の人たちと打ち解けていたものだとばかり考えていた。だが違ったらしかった。今回はどういった要因で断られたのか分からないが。まだまだ好感度が足りないのか。

 

 ここは引き下がるとしよう。

 

(でもなぁ……)

 

 やっぱりショックだった。これまであんなに優しく、雑用を恵んでくれたあの人たちが、それに福路さんまでもが、まるで俺を弾こうとするかのようにつっぱねるなんて……。

 

(仕方がない、他を当たろう)

 

 こうして、俺の雑用探しの旅が始まった。

 

【終幕に続く】




 実を言うと、最後の緑一色を結局ホンイツとして扱って次の局に進んだら、ついに京ちゃんが天和を和了ってしまうという案もありましたが、哭きの竜らしくないのでボツにしました。
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