哭きの京(とりあえず鳴いとこう)   作:YSHS

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 今回は閉幕のための回であり、勘違い要素と哭きの竜要素薄めです。その代わりちょっと暴走します。

 引き続き、ザツヨウの王者キョーちゃんをお楽しみください。


ありえない手筋で全国選手をフルボッコしてみた:終幕

 雑用探しの旅に出かけ、次に見かけたのが鶴賀の人たちだった。

 

 蒲原智美さん、加治木ゆみさん、津山睦月さん、それと妹尾佳織さん。蒲原さんと加治木さんが私服であることを除けば、ちょうど去年のメンバーそのままだ。

 

 いや、あと一人足りない。

 

 ということは……。

 

「モモ!」

 

 そう俺が呼び掛けてやると、

 

「はい局長!」

 

 と姿を現したのは東横桃子、俺が立ち上げた『麻雀新選組』で密偵の山崎ポジ(俺が近藤でハギヨシさんが土方)の東横桃子であった。

 

 いきなり目の前に現れるものだから、少し仰け反った。

 

 モモへの今の呼びかけで、鶴賀の人たちも俺に気付いたようだった。何だか風越の人たちと同じ眼をしているような気がするが、まあいいか。何かもう面倒臭くなってきた。

 

「早速だがモモ、雑用を分けてくれ」

 

 まず俺はモモの顔を見て、次いで彼女のふっくらとしたおもちに視線が行ってから再度顔に移し、それから開口一番に雑用の周旋を頼もうとしたところ、

 

「そんなことより京さん、あれは何だったんすか!」

 

 突然モモは遮るように言ってきた。

 

「何って、雑用を……」

 

「そうじゃなくって、さっきの対局っす! あの七対子は何なんすか。タンヤオに手を伸ばすことを考えれば即リーしないのは納得っすけど、その後聴牌崩した挙句に一盃口すら失くしてたじゃないっすか!」

 

「ああ……、あれか……」

 

 ここに来て、あの時の局面で俺は、一盃口を崩しただけでなく七対子聴牌まで崩してたのだと知ったのだった。

 

「あのー、あれは……、そうだな……、情けを掛けたんだ」

 

 知らず知らずの内に、もう一つ過ちを重ねていたことで更に恥ずかしくなった俺は羞恥心に耐えかねてつい誤魔化そうとした。

 

「嘘っすね(明らかに甚振ってたっす)」

 

 キッパリとモモは言った。その直後に何やら呟いていたが、俺にはよく聞こえなかった。

 

(バレるよなぁ……。あの追い詰められた状況で七対子崩しといて、情けを掛けたなんてあり得ないし、どう考えたって素で見逃してたって見なされるわ)

 

 だが後悔はしていないぞ。元より俺は鳴きたかった、そのための対子だ。鳴きの無い麻雀なんてお魚抜きの海鮮丼だ。こればかりは割と本気だ。

 

「それと、あの最後の緑一色……いやホンイツのことだが――」

 

 と言い出したのは加治木さんだ。

 

(やめてくれー! あの似非ホンイツについては触れないでくれー!)

 

「一 - 四索、發待ち。發は上家と持ち持ち*1で、四索に至っては自分で暗刻。確かにあれなら高確率で一索を引いてホンイツに出来ていたし、君の気持ちは理解出来なくもないが……」

 

 一索を自模っていたらホンイツになってたな(笑)と言いたげな、実直な彼女にしては珍しい皮肉だ。

 

 言いたくなる気持ちも分からなくもない。ああいったミスの積み重ねで安っすい和了の連続とか、小島武夫先生だって草葉の陰でお怒りになっていることだろう。知らんけど。

 

「いや、あれは別に、いいんじゃないですかね……」

 

 と濁しながら、自然と俺は妹尾さんに視線が行った。

 

(俺は知ってるぞ、妹尾さんは合宿の時に緑一色を發ホンイツと申告していたことをな! 染谷先輩が愚痴ってた!)

 

 とは流石に言えない。それだとまるであの事故を妹尾さんに責任転嫁しているみたいで申し訳ない。

 

 しかし鶴賀の人たちは、俺の視線に、妹尾さん及び彼女のおもちへ注がれる視線に目敏く感付き、めいめい妹尾さんに視線を向けるのだった。

 

「ワハハ。ははーん、なーるほど、佳織が去年の合宿の時に繰り出したあれを真似たんだなー」

 

 安定の蒲原さん。

 

「えっ、わ、私のせいですかっ? ど、どうしよう……、謝ったほうがいいかな?……」

 

 一斉に目を向けられて妹尾さんはオタオタしだした。

 

「いや、あの、別にいいです、俺が勝手にやらかしたことです。妹尾さんのせいじゃありません」

 

「ついに認めたな」

 

 津山さんに言われたことが重く背中にのしかかった。そりゃないよ。

 

 結局、鶴賀でも雑用にありつけなかった。あの空気で雑用を回してくれとは言えず、有耶無耶になってしまい、俺が逃げ出す形でお開きとなった。

 

 その間際、加治木さんが、

 

「須賀君、私は君のことを信頼出来る男だと思っている。だからモモを任せた。彼女が独立出来るように、な……。勿論、今も君を信頼していたいと思っている。……くれぐれも、モモを頼んだぞ」

 

 物凄い重圧だ。思えばモモと付き合いを持つのに仲を取り持ってくれたのは加治木さんだった。あれにはこんな意図があったのね。嬉しいような……、重いような……。

 

(次はどこを当たるか)

 

 気持ちを切り替えて俺はまた雑用探しの旅に出る。

 

(他にあるとすれば、やはりあそこだろうか……)

 

「これはこれは、京太郎君。最初の半荘戦の勝利、おめでとうございます」

 

「あ、ハギヨシさん、ちょうどよかった。ちょっと仕事を回してもらえませんか」

 

「生憎と、既に済ませてしまったもので、差し当たってこちらから頼める仕事はありませんね」

 

 ハギヨシさんは、少しだけすまなそうな感じを出して返した。

 

「そうですか……、分かりました。じゃあ、何か俺に出来る仕事があったらお願いしますね」

 

「ええ、その時は。――それはそうと、先ほどの試合、見事な勝利でしたね」

 

「あれですか。いやあ、何だか気まずい試合になっちゃいましたよ」

 

「私は楽しめました。特にあの緑一色は……」

 

 と言ってハギヨシさんはその柔和な笑みを不気味に深めた。

 

(あ、御無礼する時の顔だ)

 

 この顔をしている時のハギヨシさんには正直声を掛けづらい。だから俺は黙って苦笑するばかりだ。

 

 そう言えばハギヨシさん、いつもあんなヤバイ卓に座ってるのかな。で、毎回紙袋にあんな大金を……。

 

 気になるところだが、とは言え出来ればもうあんな卓には座りたくない。ハギヨシさん怖いし。

 

 と俺が物思いに耽っていると、ふとどこかから、何やら俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ん……」

 

 俺は耳を澄ました。

 

「京ちゃああああん!」

 

 この声は咲か。やけにダミ声だ。

 

(道に迷って、その先で俺を見つけたってところか?)

 

 そう思って振り向いたが、予想に反して咲は一人ではなく、清澄、それと龍門渕の面々も一緒であった。

 

「何だ、珍しく迷子にならなかっ――」

 

 俺が茶化すように呼ぼうとしたところで、すぐそこまで距離を詰めてきた咲は勢いよく俺に飛び付いてきたのだ。いくら俺の体格が良く、咲が軽いと言っても、そんな勢いで突撃されたら俺もよろける。

 

「京ちゃああああん! いつもの優しい京ちゃんに戻ってええええ! 嶺上開花は人殺しの道具じゃないんだよおおおおお!」

 

 涙ダラダラ、鼻水ズビズビの咲が俺の服に顔を擦り付けてきた。

 

「おい、やめろ! 汚いから! 鼻水汚い!」

 

 咲を引きはがそうとするのだが、今日のこいつはいつもと違って力が強く、意地でも離さないとばかりに腕を俺の背中にまで回して締め付けてきている。

 

 そうしているとお次は、ちょっと涙ぐんだ優希が寄ってきて、

 

「犬、何てことしてるんだじぇ! 嶺上開花を悪用するなんて何のつもりだ!」

 

 いや嶺上開花の悪用って何よ。嶺上開花に何があるってんだよ。世界征服でもするのか。

 

「須賀君、麻雀はよもや人を陥れる道具ではないんですよ。あんな、修羅のような打ち方をしてはいけませんよ。代打ちや玄人(バイニン)が跳梁跋扈する時代は終わったのに……」

 

 そう語る和の顔は悲しげだった。

 

(修羅って何だよ……。俺そんなヤバイこと求めてねえよ。ちょ、その顔やめてくんない? 博打狂いになった男に向ける眼差しやめてくんない?)

 

 やり切れない気持ちに俺は少し視線を下げた。具体的には和のおもち辺りに。

 

「須賀君……、あの……、嫌なことでもあったの?…… 悩みがあるなら聴くわよ?……」

 

 竹井元部長はいつになくしおらしく言葉を掛けてくれた。染谷現部長も同じような眼を俺に向けている。

 

(部長たちまでやめてくれません? 同情するなら雑用をくれ)

 

 もうこの際雑用だったら何でもいいかな。竹井先輩の人間椅子になるという仕事でもいいから。

 

 駄目だ、周囲の連中のあまりの頓珍漢な言動に、いよいよ俺の思考が明後日の方向へと向かっていくぞ。

 

「何を言っておるのだ、先刻の対局はあれが良いのだろうに! かのような土豪劣紳にはふさわしい末期だ!」

 

 と、横から入ってきた、渋い言葉遣いにはそぐわない高く幼いその声は、まさしく天江衣さんのそれであった。

 

「いやいやいや、あれはやり過ぎだろ……」

 

 衣さんに続き井上純さんが、俺と、俺の肩に腰を置く衣さんを見て言ってきた。

 

「衣はいつもやってることだから分からないだろうけど、それに慣れたボクたちから見てもあれは非道いと思うな……」

 

「同感……」

 

 国広一さんと沢村智紀さんまで……。

 

 困惑して俺は二人をちらと、あとさりげなく智紀さんのおもちもちらと見た。

 

「第一、目立ち過ぎですわ!」

 

(良かった……、透華さんだけはいつも通りだ……)

 

 唯一、龍門渕透華さんだけはまともなようでホッとした。龍門渕のお嬢様という位は伊達じゃない。

 

 どうにかその場は変な騒動にまでは発展せず治まったが、まったく踏んだり蹴ったりだ。俺はハギヨシさんに雑用を分けてもらおうとしていたのに、龍門渕勢と清澄勢の面々に見つかって小言を言われるとは。

 

 特に咲の奴……。あいつにだけは言われたくなかった、あの魔王だけには言われたくなかった。ジーザス。

 

 ところでハギヨシさん、まさかとは思いますけど、咲たちを巻き込んだ上で龍門渕の人たちを呼んでたりしませんよね? あの手に持ってた機械ってビーコンか何かだったりしませんよね? あとあの顔、御無礼する時の顔にちょっと似てましたけど。誰に向けての顔だったんですかね。

 

 俺は深いため息を吐いた。

 

「麻雀なんて嫌いだ……」

 

 前もって言っておくが、俺は麻雀というゲーム自体は面白いと思っている。良く出来たゲームだ。こんにち、世界には億単位の麻雀プレイヤが居ることには納得だ。

 

 だが俺からすれば、麻雀には疫病神か何かが潜んでいる。

 

 ホモのヤクザに目を付けられるわ、ブラックな金掴まされるわ、対局相手と険悪になるわ、何故か周りから人でなし扱いされるわ。およそ健康優良日本高校男児に降り掛かる艱難辛苦じゃない。

 

「麻雀やめよっかな……」

 

 口にしたその時だった。

 

「えッ、麻雀やめちゃうんですか!」

 

 その声に驚き振り向くと、そこには神代小蒔が、不安げな顔で俺を見上げていた。

 

「こ、小蒔か……、聞いてたのか」

 

「京太郎さん、本当に麻雀やめてしまわれちゃうのですか?……」

 

 目をうるうるとさせながら言う小蒔に、俺はたじろいだ。

 

 次いで、彼女の後ろに居た石戸霞さんに助けを求めるように目配せをした。のだが、霞さんはやれやれといった風に俺を見るばかりで、ちっとも助けに入ってくれない。

 

「ま、まあちょっと調子が悪いからな、ネガティヴになってんだろう。やめないからさ、ほら」

 

 どうにか小蒔を宥めすかし、俺は肩の力が抜けた。

 

 しかし今度は小蒔の様子がおかしい。直前の哀しげな顔とは打って変わって、今度は何やらアグレッシヴな情動があるらしい。

 

 俺を見上げつつ、ゆっくりと後ずさって、そのまま霞さんの背中に身を隠し、そこから俺を覗き込む体勢になっていた。その顔は、目を真ん丸に見開いて俺を見やり、顔を真っ赤にして口を引き結んでいた。照れた少女のようでもあるが、今にも笑い出しそうな子供みたいな顔だ。

 

 どう見ても俺に向かって笑いそうになっている。俺の何がそんなに可笑しかった。

 

「小蒔? どうした、突然。うーん……、ねえ霞さん?」

 

 霞さんの影に隠れる小蒔の顔――あとちょうど小蒔の顔の高さにある霞さんのおもち――を見てから、俺は霞さんの方に視線を流して尋ねた。

 

 彼女は、自分の後ろに居る小蒔と俺を交互に見て、微笑ましそうに笑っていた。

 

「霞さん?」

 

「あら、ごめんさいね。小蒔ちゃんたら、対局中の怖い京太郎君が、対局終わったら悲しそうな顔してたり優しそうな顔したりするものだから、そのギャップにキュンッて来――」

 

「わあー! わあー! わあー! わあー!」

 

 おもむろに語る霞さんの口を、慌てて出てきた小蒔が塞いだ。

 

 俺の耳では『ギャップに――』というところまでしか聞けなかったが、霞さんのそれまでの言葉から察するに、どうやら小蒔は、対局中の俺の辛気臭い顔と、対局後の調子の戻った俺の顔のギャップがツボに入って笑いそうになっているらしい。赤ちゃんが『いないいないばあ』に喜ぶのは、突然目の前から顔が消えた不安と、再び顔が現れた安心のギャップによるものという説と同じことか。

 

 ま、小蒔が変なのは今に始まったことじゃない。

 

 例えば去年、インターハイ後に再会した時、訝しげな顔で小蒔は矯めつ眇めつ俺を見たのち、こてんと小首を傾げ、

 

『守護霊をお変えになりましたか?』

 

 シャンプー変えました? ってノリで訊かれて反応に困ったものだ。それに比べれば今回のは序の口だ。

 

「あ、そうそう」

 

 ふと俺は、小蒔にちょっと用があったことを思い出したので、

 

「母さんがさ、宜しくって」

 

 今の内に済ましておこうと思い、母さんから頼まれた伝言を伝えた。

 

 俺の母さんからの伝言を聞いて、それまで顔を真っ赤にしていた小蒔は途端にキョトンとした顔つきになった。それから数秒間くらいした後か。唐突に小蒔は相好を崩して、くすくすと笑いだした。

 

「どうした」

 

「うふふ……、いえ、ちょっと面白いことがあったもので……。ふふふ……、そういうことだったんですね……」

 

 俺を置いて小蒔は自分自身だけで腑に落ちた様子だった。

 

「それなら、私の母からも、あなたのお母さまに言伝がございますよ。――回りくどいのはもういいから直接おいでなさい、と」

 

 というのを聞いて、今度は俺が噴き出す番だった。

 

「ははは! なるほどな。それならうちの母さんは、もう準備している、とも言ってたわ」

 

 俺がこう言ったのを皮切りに、俺たちはにぎにぎしく笑い出した。

 

「はい! 伝えておきます。ですので、京太郎さんもお願いしますねっ」

 

「おう!」

 

 俺たちはそう言って別れた。

 

 少しだけ、気が楽になった。良い事があると、たとえそれが目下の悩みに直結する事柄でなくとも、気が晴れるものだ。

 

「あ、雑用貰うの忘れてた……」

 

 途方に暮れて俺はとぼとぼと歩いた。あんな良い話風に別れておいて、そのあとで、雑用くださいとか頼み込むのはカッコ悪くて無理。ていうか似たシチュエーションで前に言ってみたことあるけど、残念な男を見る眼で見られた。

 

 さて次はどうしようか。そろそろ時間に余裕がなくなってくる頃だ。

 

 なのにまたしても振出しに戻ってしまった。これでは当分は雑用にありつけなさそうだ。

 

 もう闇雲に彷徨している暇はない。だから俺は、雑用をくれるであろう人たちの中で、所在の見当が付く人を探しに行った。

 

 で、その矢先に俺にメールが入った。差出人は弘世菫先輩。

 

『照を見てないか。見つけたら連れてきてくれ、手段は問わない』

 

 どうやらまた照さんが行方不明になったらしい。期待はしていないが、これで何か面倒事でも起きてくれれば良いな。

 

 というわけで俺は、宮永照捕獲ポイントを回ることにした。弘世先輩がメールで言っていた、はぐれた場所から近場のポイントに行けば見つかることだろう。

 

 と見当を付けて、まず一番目のポイントに到達したら、いきなり発見した。

 

 仕掛けられた罠に足を取られつつも、餌として設置してあったお菓子をカジカジと齧り続けるその様はまさしく宮永照さんである。

 

「どうも、鶴です。助けてください」

 

「はい、はい」

 

 ふてぶてしく要請してくる照さんを、俺は助けてやる。マッチポンプになるけど、引っ掛かる照さんも照さんだ。あと、手段は問わないと発言した弘世先輩も悪い。

 

「助けてくださってありがとうございます。お礼をしたいので竜宮城へどうぞ」

 

「ああそう。ところでクッキーあるんだけどさ、食べる?」

 

「食べます」

 

 照さんを保護した俺は、手持ちのクッキーを餌に照さんを誘導し、弘世先輩との待ち合わせ場所に赴いた。竜宮城へどうぞ、と言っておきながら、案内をするのは招かれているはずの俺。照さんが変なのは、彼女がまだ長野に居た頃に初めに言葉を交わしたころから分かり切ったことだ。

 

 無事、俺は照さんを見失うことなく弘世先輩と合流出来た。傍らにはチーム虎姫も居る。照さんが卒業しても、彼女らは振り回されるのか。

 

 俺は羨望を抱きつつ、照さんにクッキーを渡してから彼女を引き渡した。ついでに雑用でもくれればと思ったが、あまり当てには出来ない。何故なら白糸台は人手が充実しているし、外部の、それも男子生徒に気軽に雑用をくれたりはしないからだ。

 

「試合は見ていたぞ、須賀君。……やり過ぎなんじゃないのか?」

 

 出し抜けに弘世先輩が、今日何度も聞いた苦言を口に出す。

 

 言い掛かりはもう沢山だ。

 

「運が無かったんです、彼らには」

 

 こう俺はなげやりに一言で済ませた。当然、目の前の白糸台の人たちは不満げだった。不満が行き過ぎてドン引きしている顔だ。

 

(知-らね。鳴き麻雀が原因だなんて、俺わっかんねー)

 

 こうなったらヤケクソだ。対局相手の彼らには悪いが、俺は開き直ることにした。で、その勢いのまま、チーム虎姫らに、どうだと言わんばかりに目を向けた。それに気圧されたのか、彼女らは、渋谷尭深さんと亦野誠子さんは後ずさった。ちょっと傷付いた。

 

「ん……」

 

 そうして俺が哀愁に浸りつつ渋谷さんのおもちを盗み見ていると、彼女らの後ろにもう一人居ることに気付いた。彼女らの間から顔を覗かせ、俺を監視しているみたいだった。それが大星淡であるのはすぐに分かった。

 

 様子がおかしい。いつもなら、テンション高いバカ犬みたいに飛び付いてくるのに、今日は怯えたように震えている。飼い主(弘世先輩)に虐待でもされたのだろうか。

 

 首を傾げていると、やがて俺の視線に気づいた淡がビクリと身体を跳ねさせ、

 

「あ、あわーっ! あわーっ!」

 

 俺に威嚇してきたのだ。

 

 こんな扱いを受けるようなことを、彼女にした覚えはないはずだ。いや、あるにはあるが……。

 

「あのー、弘世先輩?……」

 

 戸惑った俺は、弘世先輩に尋ねた。すると彼女は、首を横に振り、

 

「いや、“あの事”以外に無いだろう……」

 

 さも当然の如く言ってきた。

 

 マジで“あの事”だったのか。淡の奴、まだ“あの事”を根に持ってるのか、しつこい奴だなあ。あれは事故だろうに。その証拠に、あの一局の後、俺はずっと負け通しで手も足も出なかった。

 

 まったく溜息が尽きない。

 

 そして俺は、多分に漏れず白糸台でも雑用を貰えなかった。予想通りだけど。

 

 それどころか、

 

「ところで須賀君、君は私のことを、照と淡と一緒にして『三馬鹿』と呼んでいるそうじゃないか」

 

 俺が弘世先輩のことを陰でこっそり『白糸台の三馬鹿』と呼んでいるのがバレてしまっていたと知ったことで、俺は遁走を余儀なくされた。

 

 然り而して、疲弊した俺は現在ベンチに座って項垂れている。弘世先輩のシャープシューターの眼光が原因だ。

 

 流石は元白糸台のシャープシューター(SSS)。シャープシューターは標的がどこに居ても決して見失わない。だからこそシャープシューターと呼ばれるのだ。これからは彼女のことを、敬意を持ってシャープシューターと呼ばせてもらおうと誓った。

 

 目を瞑りながら俺はベンチの後ろの壁に背を預けて、何度目かも分からない溜息を吐いた。

 

(もう麻雀やめよっかな。うん。麻雀なんて無くったって、俺は生きていけるし)

 

 そんな想念が頭をもたげた時だった。

 

「京太郎君?」

 

 という声に反応して、上体を起こして目を開いた。

 

「玄さんに宥さん」

 

 居たのは松実姉妹。姉の宥さんと、おもちの同士・玄さんであった。

 

「どうしたの、そんな溜息吐くなんて、珍しいね」

 

 ためらいながら宥さんが、俺を心配する声を出した。男への苦手意識は相変わらずらしい。

 

「そうですか? 俺は年がら年中、ぼやきっぱなしですけど」

 

 再び俺は項垂れた。あまり顔を上げる気にはならない。せいぜい、二人のおもちまで視線を上げるくらいだ。

 

「でも、京太郎君が泣き言を言うとこなんて見たことないのです」

 

 おもちの同士、玄さんが言った。

 

「さてどうかなぁ……。二人だって、いつも俺を見ているわけじゃないでしょう」

 

「清澄の人なら、部活の時くらいは見ているよね。聞いたよ、京太郎君はどんなに嫌なことでも、不平は言っても泣き言は言うの見たことないって」

 

 その清澄の人というのが誰かは言及されていないが、松実姉妹が言うのなら、十中八九和のことだろう。

 

「和がか。そんな方面で褒めてくれるなんて意外だな」

 

「そう? 京太郎君は優しい人だから、おかしくないよ。京太郎君と話す時のおねーちゃんを見てれば分かるよ」

 

「ふふっ……」

 

 玄さんの言葉を受けて、面映ゆそうに宥さんが笑うのが聞こえた。

 

 ところでさ、と玄さんが口を切り、

 

「京太郎君は、どうして麻雀をやろうと思ったの?」

 

 唐突な質問だ。

 

 少々俺は驚いて呆然としたのち、

 

「俺、中学ん時、ハンドボールやってたんです。県大会では良いとこまで行ったんですよ。で、高校入学に伴ってハンドボールやめて、次は別のやつ、文科系とかやってみたいなってことで、そんで頭に浮かんだのが麻雀だったんです。ほら、文科系と言えばやっぱ麻雀ですし。麻雀も一応スポーツですからね、マインドスポーツ!」

 

 くすくすと松実姉妹は笑った。

 

「へえ、そんな感じだったんだ。和ちゃん目当てって聞いてたから、なんか意外」

 

「間違ってないけど……」

 

 俺は苦笑した。

 

「京太郎君って、よく話すみたいで、実は肝心なことを口に出さないよね。優しいからなんだろうけど、でも、それで勘違いされたりしてそうだよね……、それが心配かな」

 

 と宥さんが言った。

 

「確かに、人と話してると、時々齟齬を感じたりします。麻雀関連では特にそれが顕著だ。何だか嫌になってきますね……」

 

「でも、悪いことばかりじゃないでしょ?」

 

 玄さんは静かに言った。

 

「まあね……」

 

 目を閉じて、俺が麻雀部に入って得たものを想起する。

 

 最初に思い浮かんだのは和だ。あの、制服を押し上げるふっくらとしたおもち……。押し上げられた制服がカーテンみたいにひらひらと垂れさがるあの形……。あの感動は今も俺の中で生きている。

 

 次に喚起されたのは霞さんだった。和をはるかに上回る、まさに爆弾とも形容出来るあの巨大なおもちを見た時の衝撃。同じく大きなおもちをお持ちな小蒔と並ぶことによるシナジィ、初美さんと並んだ時のコントラストは本当にすばらっ。そして何よりもあの、和了した時に手牌を胸で押して倒したという嬉しいアクシデント。あのおっぱい倒牌(とうぱい)を、俺は決して忘れはしない。

 

 いや、彼女らだけではない。今俺が前にしている二人を含めて、麻雀を通して今まで出会ってきた数々のおもち少女も居る。

 

(そうか、そういうことだったのか。玄さんは俺にこれを思い出させるために!……)

 

 ふっと俺は小さく笑った。

 

「どうしたの、そんな笑って」

 

 と玄さん。

 

「ん、ああいや、ちょっとした悩みがあったんですけど、もう吹っ切れました。……ありがとう、玄さん」

 

 顔を上げて二人を見ると、彼女らはそっと微笑んでくれていた。

 

 俺のスマホが震えたのはその時だった。ハギヨシさんからのメールだ。

 

 内容は、

 

『急に恐れ入ります。人手が欲しいので、手伝っていただけますか。時間はさして取りません』

 

 相好を崩しながら俺は立ち上がった。気のせいか、身体が幾分か軽かった。

 

「用事が出来たんで、そろそろ行きますね」

 

「そうなの? うーん……、もっとお話ししたいけど、仕方ないよね」

 

 さも残念そうに言う玄さんと、それと宥さんに浅くお辞儀をしてから、俺はハギヨシさんに了承の返事をした。

 

 この麻雀生活にはさんざん難儀させられた俺だが、他方で、おもち少女たちとの出会いという得難いものもあったのだということを思い出した。

 

 俺はこの先、何度も迷うことだろう。麻雀が嫌になることも、きっと多々あることだろう。それでも俺は、今は迷わず前に進むことにした。

 

 これからひと仕事する人間がよくそう思うように、麻雀部は続けようと俺は思った。

 

 俺は清澄高校麻雀部一年、兼『のどっちのおもち研究会』、会員番号八番――須賀京太郎だッ!

 

「じゃ、俺はこれで。玄さん、会えて良かったです。あなたは最高の――おもちの同士だ」

 

 そう言ってやると、ぷっと玄さんは噴き出し、

 

「えっ……、あんな良い話みたいな雰囲気になってたのに、そこでおもちって言っちゃう?」

 

 驚きと笑いを綯交ぜにした顔で言ってきた。

 

 そんな彼女に、俺はニカッと笑い掛けてその場を後にした。

 

(おもちの話を持ち掛けてきたのは玄さんなのに、今更それを言うか、玄さん)

 

 ハギヨシさんのもとへの道すがら、俺は心の中で玄さんにツッコミを入れた。

*1
二人で同じ対子を持ち合うこと




・お知らせ
 就職先の都合上、三月二十六日から半年間はパソコンを使えない環境に身を置くことになるため、つきましてはこの回を投稿した後は、最低半年間程休載することになります。部隊配属後にこのSSの続きを書くモチベーションがあれば、また再開するかと思われます。その時はよろしくお願いいたします。

 ちなみにこのお知らせは呪われています。一週間以内に三人の人にこのメッセージを回さないとあなたに不幸が訪れます。

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