哭きの京(とりあえず鳴いとこう)   作:YSHS

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 やたら重い荷物背負って異様に長い山道を歩いたけど、私は元気です。皆さんも如何でしょう。

 今回は淡泣かす(漆黒の意志)

【お知らせ】【済】
今回は和了にチョンボがあったので、近い内に修正します。
→修正中……。
→修正完了しました。今後は微調整していきます。


白糸台でこれはひどい麻雀:後編

【1】

 色々な意味での闘いを終えた俺は、牌譜係さんの案内の下、再び麻雀部部室の扉をくぐった。苦悶が解消されたことで、頭が軽く、狂気から正気に戻れた気がする。

 

 部室内はやけに、ざわざわと騒々しかった。何でそうなっているかは分からないが、大方俺に関することなのだろうとは、部室内に入ってきた俺を皆一斉に見てきたことから分かる。きっと先ほどのあの役満が原因だろう。正直、素直に喜べない。

 

 とは言え、あれはただのラッキィパンチだった。あんなものでそんなに騒がれたところで、俺が居た堪れないだけだ。

 

(いや待てよ……)

 

 あの時の俺の打ち筋は、俺自身はよく分からないが、素人丸出しの打ち方だったとしたら。いやきっとそうなっていたに違いない。それにここは白糸台、麻雀部の強豪ーー照さんや淡の力を加味すると最強の高校ーーなのだ。部員の下っ端でさえ、並の打ち手ではないのだから、俺の打ち方がおかしいことに気付いたはずだ。だとしたら、この視線はどちらかというと蔑まされている視線なのでは……。

 

 苦笑を禁じ得なかった。すると周囲のざわめきの色がまた変わったのが分かる。バツが悪くなって俺は、淡たちが居る卓へしれっと座る。

 

「さて、続きだな」

 

 そしてしれっと言ってやる。

 

「まだ……続けるのか……」

 

 弘世先輩が言ってきた。

 

「まあ……続けますよね、だって役満一回和了っただけですし、まだ局はあるんですから、先輩たちなら簡単に巻き返せるでしょう」

 

 彼女のおずおずとした態度に疑問を持ちつつ、俺は答えた。だって、東一局でいきなり役満をツモ和了りしたところで、誰かが箱下に沈むわけでもない。たしか今の親は……、

 

(あれ、親って誰だっけ。最初の風牌を引くやつで東を引いた弘世先輩だったか、サイコロで指名された俺だったか……。まあいいか)

 

 どっちにしても、他家が払うのはせいぜい一六〇〇〇点程度なのだから、箱下はあり得ない。縦しんば沈んでいたとしても、これは箱下有りのルールであり、しかもたった一回の和了なら、それも俺が相手なら気にすることでもないだろうに。天下の白糸台の、チーム虎姫のーーこの時期では元と言うべきかーーメンバー三人が、やけに弱気なものだ。

 

 委細構わず俺は、さっさとサイコロを回した。 何故なら俺は今親らしいからだ。中央のパネルの、東と貼られたパネルが俺のほうを向いて赤く光っているのだから、多分そう。山は既に卓上に積まれている。あとはサイコロの出目に従って山に切れ目を入れて配牌を取るだけだ。

 

「キョータローはさ……、さっきの役満、和了れるって分かってたの?……。それとも、その時だけのマグレ?……」

 

 出し抜けに淡が、親の顔色を伺う子供のように沈んだ面持ちの、暗く沈んだ低い声で尋ねてきた。

 

 ツイている、というのは十中八九さっきの役満のことだろう。いつまで根に持つのやら。確かに俺は、運任せに麻雀を打つきらいがあるが、さりとて偶さか降って湧いた幸運を根拠に次をあてにするほど馬鹿じゃない。

 

 だから言ってやろう。

 

「勝負は時に任せるほど甘くはない。ましてや時の刻みに強運(うん)なんて存在()ない。哀しいまでに自分の、自分だけの力に身を委ねるーーそれが勝負!」

 

 そうだ、全ての事が時間で解決出来るわけではない。むしろ、時間が経つに連れて深まる苦しみもある。例えばさっきの腹痛とか。あの孤立無援の孤独感を女子高生のお前に……お前らに分かってたまるか!

 

 その文句を紡ぐ当初、俺は先刻の役満について軽い調子で語っていたはずだった。だが語るに連れて、だんだんと、あの局のさなかで俺を苛んでいた腹痛を思い出していった。気付けば俺の文句は、あの腹痛へのぼやきのニュアンスを含有して、熱が入っていた。

 

 気付けは辺りは水を打ったように静まり返っていた。熱を入れすぎたようだ、しかも、女子の前ではとてもじゃないが言えないことについて。遠回しに言っているとは言え、もしかしたらその想念が自分の内から飛び出して周りに伝わっているのではないか。そう思うと気が気じゃない。

 

「さて、始めますか」

 

 こう言って俺は、勝手に配牌を取り、局を先に進めるようとする。こうすることで誤魔化そうとしたのだ。

 

 んで、その局での俺のツキだが、まあ……良くはあった。絶好調なくらいだったか。いや、最終的にはオジャンになっちゃったけど。

 

 配牌からやたらと一九字牌があって、そんで自摸にも字牌が来たので、思い切って国士無双を狙ってみたら、何と十巡くらいで聴牌したのだ。一索を頭とした国士無双だ。勿論、ここは黙聴をした。いくら俺でも、役満の時には立直を掛けないほうが良いって知恵くらいはある。

 

 で、その次の巡で、今度は西を引いたので、何となく雀頭をその西に切り替えて一索を切ることにした。これも俺なりの浅知恵というやつだった。ここに至って国士無双の構成牌を手出しで切ることで、降りた風に見せかけたり、まだ聴牌していない風に見せようっていう魂胆だった。

 

「ロン!」

 

 まあ淡に振り込んじゃったんだけどね。

 

{③③③1123南南南} {裏⑧⑧裏} ロン{1} ドラ{3南} 裏ドラ{5⑧}

 

 役無しか? 違うな。これは多分……三暗刻ドラ七……いや三索がドラだからでドラ八か。えーっと……三倍満かな?

 

 妙なことに、この局で淡はダブリーを、出来ていたはずなのに、していなかった。局は始まってからずっと、牌を取っては捨てるばかりを繰り返していた。いくら俺が自摸切りと手出しを判別出来なくとも、流石に分かる。

 

「遠慮するな、三倍満くらいくれてやるよ……」

 

 乾いた笑いを浮かべて、ゆっくりと俺は卓の引き出しを開いて点棒を摘む。

 

 淡を見ると、奴は目を丸くして、それからギリッと歯を噛み締めて、

 

「三暗刻ドラ四……跳満の一本場。ごめん、つい癖で裏ドラめくっちゃった……。それにこれ三倍満じゃない、裏ドラが乗ったとしても倍満だから」

 

 俯いて、喉から絞るみたいに申告したのである。いつものバカっぽい喋り方じゃない。

 

(あるえー? また点数計算間違えちゃったかな。やっべ、淡も気を悪くしてるように見えるけど……)

 

 卓の中から摘み出そうとした三倍満の点棒を、一度俺は取り落とす。

 

(くわばら、くわばら。危うく点数を間違えるところだった。淡の奴もなかなかどうして、フェアプレイ精神があるんだな。いや、それが普通か)

 

 感心した。

 

 再度俺は、引き出しから点棒を摘み出そうと中を覗き込んだところで、ふと気付いた。

 

(あら? なんかこれ、点棒多くない? それに黒棒も三本……)

 

 俺の引き出しの中には、役満和了って徴収したにしては多過ぎる点棒があるばかりか、よく俺が世話になっていた黒棒*1が三本浮いているではないか。

 

 とすると、俺があの時に和了ったのは、ただの役満ではなく、ダブル役満か何かだったのでは。そう考え、もう一度あの和了の際の手を思い浮かべようとしたのだが、字牌ばっか並んでいたという印象しかなく、分からなかった。

 

 ただ分かるのは、今の失言で、大分空気が悪くなってしまったことである。

 

 周りの女子生徒に、嫌味な男でも見る眼で見られてる気がする。照さんと弘世先輩は、呆れたのか眉を潜めて俺を見ているし、あと心なしか淡が泣きそうに見える。

 

 そんな針の筵で、俺は身動き一つ取れず、また背中が丸まりそうになる。

 

「次の局に行くか」

 

 どうにかそう言えた。そのお陰か、この膠着状態は、緩慢ながら動き出していった。気まずい状況は脱せた……ら良いな。

 

 しかし問題はここからだ。

 

 今の放銃に因るものか、俺の運はすっかり抜け切ってしまっていたようだからである。その以降の局は惨憺たるものだった。

 

 まず、今淡が和了ったことで親が照さんに移ったのだが……。

 

「ロン! 一五〇〇」

 

「ロン! 二〇〇〇の一本場は二三〇〇」

 

「ロン! 二四〇〇の二本場は三〇〇〇」

 

「ロン! 二九〇〇の三本場、三八〇〇」

 

「ロン。三九〇〇は五一〇〇」

 

「ロン……。四八〇〇は六三〇〇」

 

「ロン……。五八〇〇は七六〇〇……」

 

「……ロン。七七〇〇は、九八〇〇」

 

 照さんによる連続和了が発動したのであった。しかもそのほとんどが十巡以内で和了ってんだからどうしようもない。

 

(まあ当然ですわ)

 

 ちなみにさっきっから出和了りされているのは俺ね。そりゃあ、適当に鳴いて手牌の数減らしてりゃ放銃率も上がるわな。裸単騎に受けたら、自摸牌も合わせて二つの内いずれもが照さんの当たり牌で、あまつさえ高めに放銃なんてことも。

 

(まあ当然ですわな)

 

 で、大体照さんが九連荘くらいする頃だろうか。

 

「……ロン……」

 

{一一一二三四五五六七九九九} ロン{八}

 

 九蓮宝燈に振り込んじゃったんだよなぁ、ついに。結構な点棒があったのに、あっと言う間に随分へこまされた。黒棒なんて、四連荘したところでとっくに返してるし。

 

 それ以上に非道かったのが淡だ。あいつめ、ダブル役満(仮)を俺が和了ったのをまだ根に持ってやがるのか。しつこい奴だ。

 

 照さんに九蓮直撃された直後の局で、淡が三倍満をツモったことで、照さんの連続和了は一旦ストップされた。これを境に、今度は淡による高手和了の怒涛に俺はまるっと飲み込まれた。

 

 その和了りぶりったら、『御無礼』を言い出した時のハギヨシさんを彷彿とさせるもので、低くとも跳満は当たり前、酷い時はドラ爆弾の数え役満まではあった。照さんよりも連荘数が大きかったかもしれない、或いは、一回一回の打点が高かったからそう感じるのかもわからないが。

 

 余談だが、それとは別にもう一つ、印象に残ることがあった。

 

「チィ!」

 

 淡の『チー』の言い方が微妙に変わったのが気になった。なんかこう、どう表現すればいいのか分からないが、跳ねたような発音だった。正直笑いそうになった。ちょっと口を尖らせて言ってる顔とか特にやばかった。

 

 さて、ここまでに照さん淡に、俺から点棒を毟り取る流れがローテーションで巡ってきたわけだが。

 

 照さん、淡って来たのなら、次に和了るのは……、

 

「ツモ! 三〇〇〇・六〇〇〇」

 

 白糸台のシャープシュータ(SSS)こと弘世菫先輩であった。

 

 そして次局、彼女のそのシャープな狙い撃ちの餌食になるのは勿論、

 

「ロン!」

 

{九九赤⑤⑥⑦23456789} ロン{1} ドラ{4}

 

「メンピン一通、ドラ二。一八〇〇〇だ……」

 

 シャープシュータのシャープな一八〇〇〇(インパチ)が直撃! 彼女も照さんや淡に負けず劣らずえげつない! 流石白糸台のシャープシュータ!

 

 ちなみにこれ、実は一発でロンされていたはずだったりする。

 

 そもそも俺の手は、

 

{一二三①②③123白白西東}

 

 見ての通り索子の一二三は既に面子が出来ていたりする。けど、手に四索(ドラ)が来たなら、少しでも翻数を上げようと一索を切るのが人情というものだ。で、そのあとで弘世先輩が立直を掛けたわけだ。

 

 ところが、その次の巡から三連、立て続けに一索を引いてしまい、不本意にも槓子落としをする羽目になったわけである。それで、四つ目の一索を打ったところで、弘世先輩の親っ跳が、

 

「ブルズアイ……」

 

 してしまった次第である。

 

 あの四つ目の一索が俺に来なければ……、否、あの四索をすぐに捨てるか西や東を打っていれば、間違いなく俺はあの一索を四つとも抱え込んでいただろうに。

 

 それにしても弘世先輩も優しいほうだ。打点はきつかったけど、優しいほうだ。俺が三回、高めに打ってもそれを見逃してくれていたのだから。俺が続け様に一索を四枚打った時は、きっと彼女も呆れや憐れみの情を俺に向けていたに違いない。

 

 とは言え、俺の悪い流れはここだけにとどまらなかった。

 

 東四局、?本場。ドラ表示牌{⑧⑧⑧}

 

 カンを二回掛けられたことで、ドラ表示牌が三つになったのだが、何と三つとも八筒。このパターンは俺も覚えてるぞ、いくら俺が素人同然の馬鹿雀士としても、これで九筒一枚でドラ三の価値になったのだと。

 

 俺のターン、自摸(ドロゥ)! 

 

{二二三四四七七222456} 自摸{⑨}

 

 ジーザス! 和了り牌から程遠い、なのにドラ三の値打ちのある九筒!

 

 このパターン見たことある。このでっかいドラ牌は超危険牌、打ったら死ぬ。けれど、もう立直掛けちゃったこの期に及んで、これは打たねばならない。つまり、俺は死ぬ。

 

 俺は諦めた。諦めてその牌を打った。大丈夫、こういうのには慣れてる。清澄の人でなし魔王たちのお陰で。

 

「ロン!」

 

{赤⑤⑥⑦⑨678} {横六六六六} {横發發發} ロン{⑨}

 

 照さん。發、ドラ七……倍満。

 

「ロン!」

 

{⑨中中中} {横453} {横四赤五三} {③横③③} ロン{⑨}

 

 淡。中、ドラ七……倍満。

 

「ロン!」

 

{⑨333} {白白白横白} {横④④④} {横九九九} ロン{⑨}

 

 弘世先輩。白、対々和、ドラ六……倍満。

 

 三人が一斉にロン宣言をし、一斉に点数申告をした。何てこったい、これが噂の友情大三元というやつか……。俺の運の流れも、ついに地の底に付くまでに至ったか。

 

「ふっ……」

 

 もう半笑いしか出ない。

 

 しかし三人は各々、他家を見やり合ったのち、それから俺に顔を向け出して、

 

「三家和で流局か……」

 

 弘世先輩は鼻から息を吐いて言った。

 

(さんちゃほお……って何だっけ?)

 

 どこかで聞いた用語だな。流局って今彼女は言ってたけど、でも三人ともなんか怪訝そうな顔で沈思しているっぽいけど、これ本当に俺が点棒支払わなくてもいいの? 訊きたいとこだけど、さっきの倍満と三倍満の誤認の件もあるしなぁ……。

 

 このような懸念をしていると、やがて三人はゆっくりと動き出し、卓の中へ使い終わった牌を押し込み始めた。どうやら流局で合っていたようだ。あの懸念はただの杞憂だったというわけだ。

 

 ところで、今のサンチャホオとやらのおかげで俺は命拾いしたわけだが、果たして手放しに喜んでよいものか。だって俺、この東場で既に箱下だぜ。優希の逆状態。黒棒だってもう取られてるし、どころか足りない分をメモっておく必要さえある。もう点数訊くのも怖い

 

 大体あれだよ? そもそも俺って百合系の漫画やアニメで言ったらモブじゃん。行ったとしても、物語序盤くらいしか存在感ない、モブに降格した脇役じゃん。実写化したら存在そのものが無かったことにされる奴。そんでもって、一部のファンに根強い人気があって、二次創作ではめちゃくちゃ優遇されるとかありそう。あと、原作では接点の無かった女キャラとカップリングやらハーレムやら描かれたりして、それを見たアンチが『京豚』とか騒ぎ出すとかあったりとか……、その程度のキャラだろ。

 

 俺は消沈した。

 

(ここからどう転がるのやら)

 

 と思いきや、以後の対局には何ら劇的なことがあったわけでもなく、照さんらが小さな和了をしたり、親のノーテン流局が起きたりで、あっという間に終わったのであった。

 

「えーっと……、参りました」

 

 対局終了後に、差し当たって俺の口から出たのはそれだった。妥当な言葉だろう。

 

 まあ微妙な反応されたってことは言うまでもないわけだが。

 

 こうして、俺のなっさけない対局は幕を下ろした。俺は以後は麻雀を打たなかった、あれだけやらかしたんだから当然だ。ひたすらに、白糸台麻雀部員と話をしたり、率先して雑用を手伝ったりした。雑用は嫌いじゃない、むしろ好きかもしれない。手をこまねいていると居た堪れないから、何か仕事をしているという客観的状態が欲しいのだろう。それこそ雑用のほうをよくやっていたくらいだ。麻雀部の人と話してると、先ほどの無茶苦茶な麻雀についてほじくられるから、げんなりする。

 

 そう言えば、淡から、

 

「キョータローさ……、途中から手抜いてた、でしょ……。……何で真面目に相手してくれなかったの……」

 

 訥々と、詰問された。

 

(まあバレるわな、途中から如何にも消沈してたし、そもそもこの三人に勝てるわけないし、あれだけ負けといて諦めないほうがおかしいだろ。そりゃ適当になるし、アンニュイな気も透けるわ)

 

 というわけで、この旨を端的に、

 

「一度でも負けの味を覚えた奴は所詮ーー負け犬さ」

 

 簡略化した言葉で言ってみたら、

 

「そんな……、そんなこと、なんで言うの?……」

 

 突如淡が絶句し涙目になって大変な事になったのであった。

 

「お、おいおい、泣くなよ……」

 

 泡を食って俺は淡を慰めようとした。言い方が悪かったのか? でもまさか、自信家の淡が、自らを悪いほうに考えるなんて卑屈なことをするとは思えない。だって淡が卑屈になる根拠がないもの、せいぜいあのダブル役満(或いはそれ以上)を和了った時ぐらいだろう。いや、本人の感じ方の問題もあるし、俺の勝手で決めつけちゃいけないか。

 

 重い空気にしてしまったことでその場に居づらくなった俺は、弘世先輩に一声掛けてからひとまず退散することとなった。

 

(悪かったな、淡。今度買ってやるアクセサリはワンランク上等なもんにしてやるから)

 

 心中で淡への謝罪を述べながら、俺は白糸台から離れていく。あと俺に出来ることといえば、

 

「淡がハギヨシさんに御無礼されませんように」

 

 このように、無意味な祈りをすることだけであった。

 

 こうして、俺の白糸台高校来訪は、くそみそな結末に終わった。白糸台にはもう敷居が高くて行けねえな。

 

【2】

「これが、彼の牌譜です」

 

 京太郎が帰った後、彼の牌譜取りをしていた彼女は、牌譜を菫たちに見せた。

 

「本当に無茶苦茶な牌譜だな……、素人の打ち方そのものだ。特にこのーー」

 

 と言って、菫は東一局の牌譜を指差した。

 

「多分だけど、この時の淡の待ちは、八萬と中のシャンポン待ち……そうでしょ」

 

 照は自分の読みを述べて牌譜係を見た。

 

「ええ」

 

 返答して、牌譜係はもう一枚の牌譜を出した。

 

{八八②②②677889中中}

 

 これが淡の待ち。

 

「宮永先輩の読み通り、あの局での大星さんの待ちは八萬と紅中のシャボ待ち。でもその肝心の和了り牌の在り処は、彼が領上牌から掠め取ったのと、大星さんからガメた二枚。そして残る八萬二枚は……」

 

 牌譜係は二枚の牌譜を取り出して置いた。

 

{22335599發發白白八}

 

 菫の手と、

 

{三四五③④赤⑤⑤⑥⑦678八}

 

 照の手。

 

 いずれも八萬単騎待ち。

 

「何故打たなかったのですか」

 

 率直に牌譜係は二人に尋ねた。

 

「確証があったわけではないが、八萬を自摸る前、須賀君、照と淡から九萬が出て、その後私と須賀君から七萬が出た。八萬を自摸った時、はたとそれを思い出して、嫌な予感がしたんだ。だから打てなかった」

 

 額から一筋の汗を流して菫は答えた。

 

「いえ、そうではありません」

 

 牌譜係は追求するように、目を細めて言問うた。

 

「先輩たちはあの時、大星さんに差し込むという選択肢があったはずです。なのにそれをしなかったのは何故か、と」

 

 改めて問われた菫は、腕組みをして押し黙った。

 

 構わず牌譜係は、再び口を開き、

 

「序盤で彼が出したあの二筒、あれは本来は大星さんが掴み、暗槓をするはずだった牌でした。しかし大星さんが出した北を彼が喰い取ったことで、それに伴って二筒も彼に流れた……。立直を掛けていた大星さんは、当然あの二筒を鳴けない。後で彼が加槓をしましたが、槓ドラの裏が大星さんの二筒に乗っていたとしたなら、ダブリーとドラ四の跳満のところが、ドラ三の満貫にまで落ちました。さりとて先輩方なら、敢えて満貫に差し込むという判断があったのではありませんか」

 

 あの時彼女らが掴んだのは八萬ーー。もしそれが中牌だったら、高めで役牌が付いて点数が跳ねていた。安めを掴み、淡に差し込めば、少なくとも京太郎の四倍役満和了は止められていた。

 

 それを突き付けられても、菫は努めて平静を装ってはいた。だが表には出さずとも、彼女の心の揺れは、彼女の細かな仕草からか、それとも雰囲気からか、周囲はそぞろに悟っていた。

 

 しばしの間、場に沈黙が立ち込めた。それから少しして、

 

「山の角を無くして打ち破るんじゃなくて、山の角を逆に利用して大星の槓材の位置を特定して奪い取った?……。支配力が大星以上なら、もしかしたら……」

 

 照や菫、淡と同じ『チーム虎姫』の一員である亦野誠子のその呟きが静寂の中に浮き上がって、これを皮切りに皆ざわめき出した。特に、あの一局の中で密かに起こっていたことに気付かなかった者は、ひとしお驚愕していた。

 

 そのさなかで、牌譜係は照を見据えていた。先ほど牌譜係が菫にした問いを、宛然と、言葉を使わないでするように。

 

 照は避けるように目を伏せ、そこから再び視線を上げ戻し、重々しい口を開いた。

 

「様子を見ようとして、敢えて淡には差し込まなかった。そうして京ちゃんの麻雀を見極めようとした」

 

 出し抜けに彼女が口を切ったことで、たちどころにざわめきは収まった。そうして彼女らはめいめい照に注目して、彼女の言葉に耳を傾け出した。

 

「でも何も分からなかった……。あの東一局の京ちゃんのデタラメな打ち筋がよく分からなくて、それで次の二局目では、京ちゃんが全然見えなかった……」

 

 宮永照の能力の一つーー最初の一局で(けん)に回ることで相手の本質を見抜き、次の局で、まるで相手の後ろに鏡でも立っているかのような精度の読みを発揮するもの。通称『照魔鏡』と一部に呼ばれているそれを、京太郎が破っていたという事実は、大きな爆弾炸裂の衝撃さながらに皆を愕然とさせた。

 

 ――と、大仰なことが呈されたが、何のことはない、単に照が京太郎を見誤っていただけである。実際には京太郎はあの時、和了どころか麻雀そのものを放棄したに等しい自暴自棄な状態であり、そうとも知らず真逆な見通しを立てていた照が混乱した。ありもしない京太郎の幻を見極めようとしてドツボに嵌ったのだ。

 

 そもそも読みというのは、相手が合理的、もしくはジンクスや事情、性格に則った打ち方をしていることが前提である。まともな打ち方が出来ない京太郎は確かにカモなのかもしれないが、反面、深読みしようものなら、照をはじめとした上級者からすればたちの悪い存在といえよう。なまじ京太郎を知っているなら尚更か。

 

「あの連荘の時も、そこはかとなく変な感じだった。よく分からないけど、どんどん調子が戻っていくのに……。例えるなら、東一局では京ちゃんの哭きで、どんどん荒れていく海を連想していた。それで、私の連荘の時には、その荒れた海が、京ちゃんの哭きで今度は治まっていく気がした」

 

 気がしただけだ。

 

 京太郎が、自身のガムシャラな鳴き麻雀で場を荒らし、これによって彼に良い流れを失っただけのこと。だが白糸台麻雀部は気付くことはない。あの京太郎のラッキィパンチ一発のせいで。

 

「そうですね……、まるで東一局で彼があなた方から喰い奪った運を返したみたいでした」

 

 牌譜係は結んだ。

 

 彼女の言ったことを疑う者は、ここにはもう居ない。皆一様に、京太郎の恐ろしさを理解して、身を震わせ戦慄している。間抜け面でポロポロと運をこぼしていた京太郎のことなど夢にも思っていない。

 

「ところで」

 

 と菫が流れを切って、

 

「照に親番が来る時に淡が和了った跳満のことだが、裏ドラが乗っても倍満だったはずのあれを、須賀君があれを三倍満と言いそうになっていたのは何故だか、君には分かるか」

 

 牌譜係を見ながら言った。

 

「挑発としてなのか、単にダブリーの二飜を足して計算して十二飜(三倍満)と間違えたのか……」

 

 京太郎の親を流した、あの東一局一本場。あの時淡は箱下であったため、立直は掛けられない状態であった。幸いにも三暗刻が付いていたので和了れたが、役無し聴牌で行くこともあり得た。

 

「勘違いであるにしろ、ないにしろ、あの局での彼はたちが悪かったのですが……」

 

「あの国士無双のことか? あれは何待ちだった」

 

 と菫が顎に指を添えながら訊いた。

 

「南待ちです。南は既に大星さんが暗刻にしていたので最後の一枚を待っていたことになります。そしてその南は、彼自身がツモ和了りしていたか、それかーー」

 

 と牌譜係が一寸言い淀んだところに、

 

「淡が掴んでいた、そうだよね」

 

 照が口を挟んだ。牌譜係は頷いて、更に牌譜を取り出し、置いた。

 

「ええ、あれはそういう流れでした。大星さんの待ちは一 - 四索両面待ち。でも一索は彼と大星さん持ち持ちで枯れ。四索は一枚はドラ表示、もう一枚は弘世部長が順子に、もう二枚は宮永先輩が対子にしていました。つまり、空聴です」

 

 牌譜係が言ったことに、一部はハッとした顔を見せ、また他の者は分かっていたかのように眉をひそめた。

 

「後は南です。アナログの観念で言えば、あの流れで南を掴んでいたのはおそらく大星さんだったでしょうね。出しても国士直撃、カンをしても暗槓国士で直撃。けど字牌を四枚保持しても和了が無くなる。大星さんはあの時、僅かに生きていた運さえも完全に喰われていたのです、他でもないあの彼に」

 

 ――ですが。

 

 と牌譜係は挟んで、

 

「こともあろうに彼は一索を打ち、大星さんの倍満手に振り込みました。その時彼が自摸っていたのは西でしたが、こちらを打ったほうが安全というのはお分かりでしょう。何せ彼の手の中に二枚、宮永先輩の第一打で場に一枚切れており、単騎待ちでもない限りは安全性が高いのですから。にも拘わらず、です」

 

 あれはただ単に京太郎が、国士を誤魔化そうと一九字牌を打つ浅知恵を働かせただけである。西が安牌など、京太郎にそんな読みが出来るわけがない。しかし、彼女らはそんなことも露知らず、勘違いをいやが上に膨らませ、

 

「なら、私の親番での彼の振り込みも、か」

 

 菫が話を広げる。

 

 それを受けて牌譜係は、菫の親番での京太郎の牌譜を出し、

 

「彼が向かっていたのは混全帯(チャンタ)、それと三色同順。引いてきたのはドラの四索で、これでチャンタは消えますが、それでも四索はドラなので、ノベタンに受けて西か東を打つべきでした、四索自摸ればドラ二でチャンタを捨てた分は回収できますからね。けど打ったのはーー」

 

「私の高め一気通貫の一索だったわけだな……。ただ、あの時はまだ私も一向聴だったから、四索を出しても通っていたな。そうすれば、三巡もあれば須賀君はチャンタを一発でツモ和了していたところか……」

 

 抑揚なく菫は答えた。

 

「弘世部長の手を黙聴と踏んで、あなたの聴牌の時期を見誤ったか、或いはあなたを引きずり出したかったか……」

 

 菫はフッと笑い、

 

「引きずり出したかった? まるで私が、彼との衝突を避けたみたいな物言いだな。元より須賀君を狙ってはいなかった。なら引きずり出すもないだろう」

 

「ですが、あなたは彼の一索抜き打ちとそれに続く三枚切りをも見送りましたね。振聴でもないにも拘わらず、一発ロンでさえあなたは見送りました」

 

 切り返しの言葉に困り菫は口を閉ざした。

 

「飽くまでも私の勝手な憶測なのですが、部長は気味悪がっている感じがしました。触らぬ神に祟りなし、と言いますか。彼からの高め直取りを拒否しているようにも見えました。ですが、四枚目の一索を彼が打った時、やむなくあなたはロンを宣言しました。何故なら、好ましい当たり牌が出た以上、それで仕上げなければならない、折角寄ってきた運を逃すことになるから。それが流れというものです」

 

「生憎と私はアナログではないのでね。君の意見はただのこじつけに過ぎないと言わせてもらうよ」

 

 表面では冷静を装っているが、彼女の胸の中では、心臓がバクバクと、銃口を突き付けられた如く拍動していた。

 

(彼女の言っていることは、当たらずとも遠からずだ。私が須賀君を狙っていなかったのは本当だ。けれども、彼は私の狙う先に唐突に現れたかと思えば、まっすぐに私に向かってきていた。その時、私は荒海の上を遊泳する龍を幻視した。その龍は『射ち落としてみろ』と言わんばかりに、私に向かってきた。いよいよ私に接触しようという所で、堪え切れず私はそれを射抜いた……)

 

 ――我ながら馬鹿馬鹿しい、と彼女はこっそりと、小首を横に振って自分を嗤笑した。

 

 で、ここで、彼女の思考から離れて考えてみよう。

 

 彼女はその龍とやらの姿に畏怖を抱いたようだが、実際にはその龍はただの迷子だとしたら、果たしてどうか。しかもその龍は、ドラが来たことに目が眩んで自分の手がチャンタ形であることを見逃して、そうして彼女の射線上に迷い込んでしまったのだとしたら。いやはや、威厳ある神にも等しいはずの龍が、如何にも滑稽で可愛らしい様相になっていくではないか。

 

「そして、部長が彼から点棒を搾り取ったのちに、最後の友情大三元による三家和を以って先輩たちへの運の返還は完了され、並びに場の流れもようやっと治まり、静謐を取り戻したと言ったところでしょう」

 

「一度場を荒らしてから再度元に戻すなんて、一体全体彼の目的は何だ……。概ね淡が気に触ることをーー」

 

 菫はそこで言葉を切り、淡を盗み見た。

 

『一度でも負けの味を覚えた奴は所詮ーー負け犬さ』

 

 この台詞を言われて涙を流してから、淡は放心してずっと椅子に座って卓に突っ伏していた。時折、京太郎のことを思い出したかのように、彼にまつわることを一言呟いてはすすり泣くことを繰り返していた。それを見ては周りの麻雀部員は、京太郎への非難を含んだ慰めを行っていた。

 

 淡は、今の菫の言ったことに敏感に反応したからか、卓に伏せていた顔を少し横に向けて菫の方を窺っていた。そんな淡を慮って菫は言い淀んだ。

 

「弘世部長のおっしゃったことは半分当たりでしょうね。正確には玄人(バイニン)に反応したのでしょう」

 

 しかし牌譜係は淡に気を使うことなく、

 

「哭きの竜――という人物を、皆さんはご存知ですか」

 

 哭きの竜? と部員たちは異口同音にオウム返しに聞き返した。

 

「かつて存在した伝説の雀士の一人です。哭くたびに牌が閃光を放ち、カンをすれば飛ぶようにドラが増える。鳴き麻雀を主体としているにも拘わらず、その打点は高くなるのだと……。うちの雀ゴロくそ親父が言うには、近頃、二代目哭きの竜が現れたのだそうです」

 

 牌譜係は眼をギラつかせながら語り出した。そのあまりの剣幕に菫たちは閉口し、一歩引く。

 

「で、ここからが本題なんですが、バイニンというのはオカルト使いを嫌っています。いえ、恐れているとも言うべきでしょう。だからこそバイニンたちは、オカルト使いを標的にはしないようにしています。が、万に一つ、オカルト使いがバイニンの縄張りを荒らそうものなら、彼らは如何なる手を尽くしてでもそのオカルト使いを叩き潰しに掛かるのです。こういったことから、バイニンとオカルト使いは恐れ合うとも言われています」

 

 彼女は淡の方を見て、

 

「彼は、大星さんをバイニンたちから遠ざけようとしたのでしょう。それほどまでに鬼気迫る迫力でしたからね、まるで自身の内にある悪いモノを抑え込んでいるみたいに。それは、自分たちの縄張りを荒らさせないものと邪推することも出来ますが、好意的に解釈するなら……大星さんを守ろうともしていたと考えることも出来るでしょうね」

 

 それを聞いて淡は、また京太郎の言葉を反芻し出す。

 

『一度でも負けの味を覚えた奴は所詮ーー負け犬さ』

 

 淡からして、あの時の京太郎の顔はまさに諦観に満ちていた。俺のようにはなるなと言われている気さえした。ともすると、負け犬という台詞は彼自身に向けているようにさえ思えた。

 

 突然、彼女の目から涙が溢れ出した。

 

「違うもん……、負けてないもん……」

 

 その涙には万感の思いが溶け込んでいた。悔しさ、悲しさ、切なさ、……そして寂しさ。

 

「私は負けてないっ!……」

 

 突如叫び出した淡に、周囲は困惑することはなく、むしろ彼女の胸中を察して同調し、涙ぐみそうになる者も居た。

 

「ゼッタイにっ……ゼッタイに強くなってやるっ!……、ゼッタイにこっちを向かせてやるっ!……、本気出させてやるっ!……」

 

 そうなると、もう誰も淡を慰めに動き出せないでいた。何故なら、淡の気持ちが分かるから。分かればこそ下手な慰めは頼りないからである。

 

 その様子をやや離れた場所から見ながら、菫、照、牌譜係は立っていた。

 

「皮肉なもんですよ。バイニンが跋扈していた時期の麻雀に対するダーティなイメージが払拭されて、次第に人口を増加させて近年では一億人を超したというのに、そうして人や富が集中するやヤクザもんがこぞって利益を吸い上げようと働いて、それで裏レート麻雀が復活するなんて……」

 

 牌譜係は腕組みをして、フッと笑ってそう紡いだ。その調子はいつもとは違い、いつも以上に砕けたものであった。口が悪くも丁寧ないつもの彼女とは違うと、二人は思っていた。

 

「君は、父親とは仲が宜しくないのか」

 

 出し抜けに菫がそんな質問をしたものだから、牌譜係はギョッと目を丸くした。

 

「え、ええ、そうですね。あの親父ったら碌なことしないんです。勝ってるならまだ良い、けど、負けられたらこっちも堪ったものじゃないんです。あまつさえ私の大学費用にも手を付ける始末。私が親父から教わったことなんて、麻雀くらいのものです。ええ、ガラの悪いおっさんたちの居る雀荘でね。そりゃこっちの口も悪くなりますよ。そのせいでハブですよ、ハブ。仲間外れ。だから頑張って丁寧な言葉遣いを心掛けたんですよ」

 

 バカに饒舌に喋くる彼女を前に、菫は、やはりかという風に哀しげな表情を見せた。

 

「だからこそ彼には感謝なんです。あの親父を完膚なきまでに叩きのめしてくれたんですから。ホント、ざまあ見ろ。これで懲りたでしょ、もう……」

 

 そう言って彼女はカラカラと笑った。

 

「麻雀部を辞めるのは、もう変わらないんだな……」

 

 菫の言葉を聞いて、照がえっと声を上げた。

 

「どういうこと……」

 

「そのままの意味です、宮永先輩。大学費用が全部溶けてしまったんで、稼がなきゃならないんです。だから、三月いっぱいで麻雀部は辞めます。一年間お世話になりました」

 

 牌譜係は丁寧なお辞儀をした。

 

「行くのか?」

 

 菫が訊く。

 

「ええ、今日これから良い場が立つので。ふふ、人鬼には気を付けないといけませんね……」

 

「一ついいか」

 

 話の流れを切って菫が言う。

 

「君は、父親を酷く悪く言っているが、……本当はどうなんだ」

 

「どう、とは何のことでしょうか」

 

「これは、さっき君に妙な勘繰りをされた意趣返しとでも思ってもらって構わないことだが、ーー本当は君は、実の父親と、父娘らしいことをしたかったんじゃないのか」

 

 菫からそう言われた牌譜係は、途端に貼り付けたような笑みを浮かべた。

 

「君は、寂しかったんじゃないのか。だから、その君の寂しさを置いて自分勝手なことをする父親を許せなかった。寂しさが恨みに変わっていった。父親が負けて喜んだのは、それは君がまだ、父親への希望を持っていたからじゃないかと、私はそう思ったんだ。たとえどんなに嫌な男でも、実の父親は一人しか居ないからな……」

 

「どう思われるかは、ご自由にどうぞ。私は否定も肯定もしませんから。では、私はもう行きます。あなた方との一年間は、愉快なものでした。大星さんはアホの子、宮永先輩はポンコツ、弘世部長は将来結婚出来なさそうだけどーー」

 

「大きなお世話だ!」

 

「――とても楽しかったです! どうかご達者で」

 

 そう言い残すと、彼女は菫たち背を向け、どこかへ去っていった。

 

 その背中を眺めながら、照は物思いに耽っていた。

 

(また京ちゃんは誰かを、どこかに導いた。その先にあるのは喜劇か悲劇かは判らないけれど……)

 

 照は淡のことを思い返した。淡は、京太郎からの、嘲りとも取れるような台詞から、自分なりの道を示した。

 

 いつも同じだった。彼は明確に答えを教えてくれはしない。

 

(でも、京ちゃんの後を追いかけてみれば、停滞していたものは動き出す。氷が解けていくみたいに)

 

 京太郎が咲を麻雀へ戻して、而して照も彼に導かれるままに歩いていたら、咲と再び巡り会い、離れ離れだったものはまた元に戻ったのだ。

 

 その時から照にとって『京ちゃん』とは、『咲の友達の京ちゃん』ではなく、『須賀京太郎』としての『京ちゃん』となった。

 

 大切な存在になっていた。どう表現すればいいのか分からないけど。

 

(分かりやすく言えば、弟かな)

 

 それにしては、彼女は彼に畏敬を持ち過ぎた。

 

 弟を恐れる姉……天照大神と素戔嗚尊(スサノオノミコト)ではあるまいし……。

*1
箱下時に払う一万点棒。これが無いと点数表示がマイナスになる。




 不備がありませんように。

 それにしても牌譜係がモブにしてはやけに目立つなぁ……、ここまで来る予定ではなかったのに。

 なお、『シャープシューター』の表記が『シャープシュータ』と、語尾の『ー(長音符)』が省略されてるのは、『一(イチ)』や『ー(ダッシュ)』と混ざらないようにする工夫の実験ですので、ご了承ください。
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