遊撃士試験のために郊外へと赴いたトヴァルとアルト。
アルトは先程までとはうってかわり清潔な身だしなみとなっている。
服も継ぎ接ぎだらけのものではなく、トヴァルから譲り受けたお古を身に付けていた。
もし試験の結果が芳しくないものになっても餞別として他にもいくらか融通をきかせるつもりだった。
また、その上で諦めないというなら国外で遊撃士になるための修練を積める場所を紹介してもいいとも思っていた。ーもちろん、遊撃士になったあかつきには帝国所属の遊撃士になってもらうという条件付きでだが。
さて、遊撃士になるための試験は通常学実地訓練と実技試験、そして学術試験を合格する必要があるのだが。
アルトが孤児であること(知識を学べる環境ではなかったこと)、また帝国遊撃士が危機的なほどの人員不足であるがゆえの特別措置としてトヴァル同伴の実地試験を行うことになっていた。
即戦力がほしかったのと、知識は追々詰め込んでいけばいいという考えだ。
ただこのときは、トヴァル自身あまり期待はしていなかった。
仕事内容は多岐に渡るとはいえ、魔獣の討伐なんかもやってもらわなきゃならない。
しかし見た目荒事に向いてなさそうだし、貧弱であったらまず遊撃士としては活動できないからだ。
今回の試験は郊外にでてトヴァル監督のもと指定された魔獣を狩ることが合格条件だ。
これで上手く仕留めることが出来たらよし、もし駄目そうだったとしたら助けに入りその時点で不合格にする心づもりである。
そう、このときはそんな悠長なことを彼は考えていた。
「あの、トヴァルさん。ひとついいですか?」
「ん、なんだ?」
「今回の試験、本気で合格したいんで助っ人、というよりは相棒を呼びたいんですけどいいでしょうか?」
ここに来ていきなりの要望にトヴァルは首をかしげる。
べつに遊撃士試験は一人で受けなければいけないというものではない。
一緒に遊撃士になるために修行を積んだ姉弟と、もしくは偶然同期として居合わせた候補生たちがパーティを組まされるといったこともざらだ。
しかし、郊外にでてから助っ人を呼びたいなど前代未聞である。
親兄弟が助っ人です。といわれたら流石にその時点で失格扱いにするがそもそもアルトは天涯孤独の身。
嘘をついていなければ頼れる味方なぞいるはずがないのだが…………
「うーん、まぁ一回呼んでみてくれないか?それからじゃないと判断できない。」
ひとまず様子見として、アルトのいう助っ人とやらをこの目で見てみることにしたようだ。
仮に敵対勢力の尖兵だとして、自分なら対処できるだろうとトヴァルが判断した。
「ありがとうございます。それじゃあ呼びますね!」
元気な声でそう宣言したアルト。
トヴァルから少し離れたかとおもうと、手を口元に起き唐突に口笛を吹いた。
ピュィィィィィ!と小気味のいい音が帝国の大気にこだまして、やがて虚空に消える。
それからほどなくして近くから荒々しく地を蹴る音が聞こえ、段々と大きくなっていく。
やがて彼らの前に姿を表したのはー。
女子供なら裕に背負えるほどの巨躯をもつ狼の姿だった。
「な、あーっ!?」
巨躯から来るものとその怪物由来の威圧感に呆気にとられてしまう。
が、くさってもB級遊撃士。
すぐに体制を建て直す。
すると今度はアルトがトヴァルに組ついてきた。
早まって巨狼に挑みかからないようにするためだった。
「ま、待ってください、彼は別に敵ではありません!」
「助っ人じゃなくてありゃ魔獣の類いだろ!」
「いやそれは……ちょっと僕にもわからないですけど、ですが襲ったりとかしませんから!大丈夫ですよ!…………たぶん!」
「何でそこで濁した!?てかお前にもわからないのかよ!?」
必死に説得を試みるアルトと目の前の巨狼に警戒を示すトヴァル。
たいする正体不明の狼はどこか気楽そうにその光景を眺めていたそうな。
◆
「わかった、わかった。実際今まで襲ってくる気配すらしないから確かに危険な生き物じゃないんだろう。…………で、こいつが本当にお前のいう助っ人なのか?」
理解に及ばないながらも、危険ではないと納得せざるを得なかったトヴァルが問いかける。
アルトは誤解を解いたことで安堵のため息をはきつつもその言葉を肯定した。
「ええ、はい。彼が僕の助っ人で、今まで苦楽を共にしてきた相棒でもあります。…………あのナリなんで町にはいるときは郊外で待機してもらってるんですよ。」
そういうとアルトは地面に臥せって寛いでいる狼を撫でる。
確かにその姿は短くはない期間絆を紡いできたようにも見えた。
恐らくこれまでも彼ら二人で苦難を乗り越えてきたのだ。
つまり、アルトの本来の実力はこの狼と組むことで発揮する、ということだ。
ここに来てトヴァルは気持ちを切り替える
先程まではどちらかというと乗り気ではなかったのだ。
しかし、巨狼を侍らせるその姿を視てアルトが只者ではない、ということを認識。
望外の掘り出し物か、それとも例に視ないほどの厄ネタか。
それを確かめるためにも今回の試験は都合がいい。
「ーそういうことならむしろ許可しないわけにはいかねぇな。いいぜ、じゃぁ今度こそ遊撃士試験、始めるとしようか」
「はい!よろしくお願いします!」
試験開始の音頭とともに、元気と希望に満ちた返事がエレボニアの大地にこだまする。
試験を始めるだけでも長らくかかったが、ようやく彼らの物語が幕を開けようとしていた。