ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第一章 侵食は始まった
第1話 最初の異変


 ポケモン大好きTSアルビノ美少女である私の朝は基本的に早い。……嘘だ。基本的に遅い。ものすごく遅い。具体的に言うと昼過ぎだ。

 

「くぁ……ぁぁ。おはよー、ポチ」

 

 昼過ぎに起きて、一通りのルーチンをこなした私。そんな私は最後のルーチンをこなすべく、欠伸をしながら人の居ないリビングへと顔を出す。

 

「わふぅ……」

 

 人の居ないリビングで、たった一人の家族である黒毛の日本犬が呆れた様子で声を返してくれる。

 五、六年前に拾ったときは小さな子犬だったのに、今や立派に凛々しく成長した彼女は今日も優しい。モフモフしても鬱陶しそうにするだけで吠えもしないのだから。仕方のない奴だと思われているのだろう。あー、癒されるぅー……よし。

 

「行こうか。ポチ」

 

 存分にモフモフした私はリードを手に取り、ポチを日課の散歩へと誘った。彼女は無言で、しかし尻尾をブンブンと振りながら立ち上がる。その姿は「別に私は行かなくていいんだがな。仕方なくだ」と言っている様に思える。ホント、凛々しくて可愛い……私の家族だ。

 

「うーんと、よし。出発」

「わふ」

 

 ポチに緩くリードを付け、並んで家を出る。

 最初に浴びるのは寝起きの私を焼く熱い日差し。実にウザイ。心底ウザイ。SLBブチコミたい。そんな転生特典無いケド。……あぁ、これだから外には出たくないのだ。転生した私のプリティーボディは日差しに弱いのだし。

 私は日焼けなんて論外だとフードを深くかぶり、リード片手に足を進める。フードをかぶっても中が蒸れないのは季節のおかげか。今は少し肌寒い三月だからな。基本的に温度の高めなホウエ──九州地方であるここも、そこは変わらない。

 

「ポチは、元気だね……」

「わふ」

 

 焼く様な日焼しが上から“メガトンキック”を、アスファルトからの照り返しが下から“メガトンパンチ”を、それぞれ放たれたそれらにノックアウト寸前の私は羨ましげにポチに語りかける。何時もの事だ。なので彼女の仕方のない奴めと言わんばかりの呆れた返しもいつも通り。

 テクテクと、全く持っていつも通りな散歩道を進む。寂れ気味の住宅街を抜け、土手沿いを歩き、小さな公園を横切り、お互いのルーチンをこなし、田んぼが見えたところで引き返して、草木が生い茂る小山を通り過ぎ、寂れ気味の住宅街へと戻ってくる。散歩コースもパターン化したうちの一つで大した変化もなく、全くいつも通りだった。

 ここまでは。

 

「おぉーい。シロちゃんや! ちょっと来てくれんか!?」

 

 唐突に私、シロを呼び掛ける年老いた老人の声。ふと声のした方を見てみると、近所の老夫婦が私を手招きしていた。

 何事だろうか? 

 

「はぁーい! 今行きます! ……行こうか、ポチ」

「わふぅ」

 

 やれやれといった様子のポチを連れ、久々に大声を出した喉を撫でながら足早に老夫婦へと歩み寄る。

 古く、そして大きい日本家屋に住む老夫婦は、その家よりも広い庭先で私を待っていた。お互いに挨拶を交わし、ふとお爺さんの手元を見れば見慣れぬ青いナニカが手の内に……それが理由か? 

 

「ごめんねぇ、シロちゃん。散歩の途中に爺さんが呼び止めてしまって」

「いえ、大丈夫です。……その青いのが私を呼んだ理由ですか?」

「うむ。婆さんがシロちゃんならと言うんでついな。ほれ、これじゃよ」

 

 気楽な調子でお爺さんから手渡された青いナニカ。手に取って見るとそれはナニカの果実の様だった。直径は4cm程。軽くつついた感じだとかなり硬い。見た目はミカンに似ているが、どうしようもなく青かった。……私の知らない果実だ。頭の奥の方がチリチリするが、こんな果実は聞いた事が無い。新種だろうか? 

 ポチが下から興味深けに果実を見ているのを横目に、思案する事数秒。老夫婦はこの果実について唐突に語り出す。不気味な話なのじゃが、と。

 

「その果実は今日朝起きたらそこの、ミカンの木に成ってあったんじゃ。のう婆さん」

「えぇ。この木のミカンは少し前に全部取ってしまったからいったい何なのだろうと、お爺さんと首を傾げていたんですよ」

「うむ。それも五個も成っておったからな。一つはカラスに食われて……いやまぁ、アレはつつくだけつついて捨てただけじゃろうが。まぁ兎に角グシャグシャじゃ。一つはワシが食ったが……」

「え、食べたんですか? コレを?」

「うむ。不味かった。辛かったり、渋かったり、苦かったり、酸っぱかったりする、変な味じゃった」

「切るのも大変でしたよ。ものすごく固かったから……昨日研いでなかったら切れなかったでしょうね」

 

 不味かったって……こんな色だし、その味はもう毒では? それにこの家の包丁はそうとうな業物だったはずだ。以前自慢された覚えがある。それで大変? 少なくとも食べる物ではないのでは? 

 薄い胸に込み上げた思いを苦笑いで封殺しつつ、改めて青い果実を見る。━━やはり知らない。だが頭の奥の方がチリチリする。……私は知っているのか? こんな訳の分からない果実を? 

 

「……お爺さん。この果実はこの一個だけですか?」

「いや、それと合わせて手付かずのが三つじゃ。なんじゃ、欲しいのか?」

「はい。家に持って帰って調べようと思います」

「そうか。婆さん、持って来ておやり」

「私は知りませんよ? お爺さんが持って行ったではありませんか」

「そうじゃったかの? ううむ、どこに置いたのか……」

 

 お爺さんが縁側から日本家屋の中へと力無く入って行くのを見送りつつ、私はお婆さんが「あの人はこの頃ボケが酷いのよ」などと言うのに相づちを打っていた。

 ……ポチは相変わらず私の手の内にある青い果実を眺めている。不思議そうに。

 

「あったあった。玄関に置きっぱなしじゃった。ほれ、これが残りの青いのじゃ」

「有り難うございます。……では、私はこれで。何か分かったら連絡しますね」

「あら、急がなくても良いのよ?」

「いえ、私も気になるので」

 

 私は青い果実をジップパーカーのポケットに突っ込み、名残惜しそうな老夫婦に一礼してから、フードをより深くかぶってポチを連れて家へと戻る。頭の奥の方からチリチリとこちらを刺激する何かに急かされる様にして。足早に。

 

「疲れた……」

 

 そうして家に帰った私はリビングの机にお爺さんから受け取った青い果実を転がし、ジップパーカーを脱いで手短な椅子に引っ掻ける。これでシャツとズボンという何時ものラフな部屋着に戻れた。パーカーを元の場所に戻すのは……後でいいだろう。

 そうして相変わらず果実を見つめるポチからリードを取り外し、自由にしておく。彼女は賢いからこの状態でも家の中、あるいは庭に出るだけで、敷地の外から出たりしないのだ。それに大きく頑丈な柵もしてあるし。そう思ってリードを外したのだが、どういう訳か彼女はその場から動かない。いつもなら庭に出るか日当たりの良いところに行くのに……余程この果実が気になっている様だ。

 

「ポチも気になるの?」

「わふ」

「そっか、なら少し待っててね」

 

 私は一度自室まで足を動かし、そこからスマホを取ってリビングへと戻る。ポチは、お行儀良く待っていてくれた。彼女の為にもサクッと検索をかけてみるが……

 

「ヒットしない。調べ方が悪いのかな……ん?」

 

 某事典サイトにはそれらしい果実は載っていなかった。が、いつもならスルーするピックアップニュースに視線が釣られる。タイトルは『日本各地で起こる果実の異変』だ。

 

「これは、ふむ……なるほど」

 

 そこに書かれていたのは老夫婦の家で聞いた様な話が日本各地で起こっているという話。載せられた記事と写真を見るに、ミカンだけでなくイチゴや梨、サクランボや桃、その他多数の果実が似たような状況らしい。形や色がおかしかったり、桃を除いて酷い味になっているようだ。専門家曰く━━うん、言い訳がましい言い回しだが、要するに分からないらしい。この事例が最初に確認されたのは……関東地方との事。

 

「…………」

 

 チリチリと頭の奥が煩い。緑に変色した、苦いイチゴの写真を睨み付ける。

 私は知っているのか? この果実達を。

 いや、知らないはずだ。私はただの転生者。何の転生特典も持たない、ただの転生者だ。それが専門家もお手上げな果実を知っている? 酷い幻想だ。

 

「わふぅ?」

「何でもないよ。……ご飯にしよっか」

 

 不思議そうなポチの声を切っ掛けに、私は幻想と頭の奥の煩いチリチリを脳内から蹴り出した。夢を見るなと。

 その変わりとばかりにポチのご飯を出し、自分のご飯もまた適当に済ませる。

 

 それから時間が過ぎていき、二度目の散歩も終わらせ、夜が来て、今日は庭の犬小屋で寝るらしいポチを見送り━━私は自室で最近新型に買い換えたパソコンを前に少しだけ緊張していた。パソコンの置かれた机の端には青い果実が三つ。頭の中は相変わらずチリチリと閃きが足りないとばかりに煩いが……まぁ、それも話題にはなる。

 

「さて、始めますか」

 

 私はマウスを操作して、ポチりと。配信開始のボタンを押した。

 




 作者は絵も書かなければ配信をした事もないので……多少のガバや描写不足はスルーの方向で。はい。
 え? ならなんで描写したかって? そら今後の展開上、これが一番ご都合主義臭く無いからよ(当社比)

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