ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第15話 加速する前進

 伊藤家に着き、元総理を説得した翌日。私は妙に不快な気分で朝を……正確には昼過ぎを迎えていた。

 

「んー? んー……?」

 

 何となく胸の辺りに何かが引っ掛かった様な、微妙な感覚が中々取れない。もしかすると忘れただけで嫌な夢を見ていたのか? それこそ、人とポケモンが争う夢とかを。

 

「……まぁ、いいか」

 

 何にせよ重要な事ではないだろう。そう判断した私は身支度を始め、慣れない環境ながら手早く終わらせる。私が何をどうしようが、どうせ後でユウさんに駄目だしされるのは変わらないのだから、アレコレやっても無駄だろうと。

 

「おはよう、シロちゃん。ふふっ、ようやくのお目覚めね?」

「おはようございます。ユウカさん。はい、やっぱり朝は起きられないので……」

 

 ようやく身だしなみを整えて一通りの準備が終わった頃、ユウカさんが私の借りている部屋に顔を出す。お互い簡単に挨拶した後、ユウカさんは私を上から下へ、下から上へと見て、一つ頷き。

 

「うん、駄目ね」

「駄目、ですか?」

「駄目よ。全然駄目。さぁ、椅子に座って。やってあげるから」

「……はい」

 

 私としては別に髪がボサボサでも気にならないのだが、アイドル兼女優であるユウカさんからすればどうしても気になってしまうらしい。リヴァイアサン号の中でも毎日繰り返された事が、今日ここでも繰り返される事になった。

 文字通り髪の先から爪の先まで、徹底的な身だしなみのチェックと修正が行われる。正直場所によっては流石に恥ずかしかったり、くすぐったかったりするのだが……仕方ないだろう。私にファッションセンスなんて欠片も無いのだし。

 

「……むぅ、まぁ。こんなところかしら」

「有り難うございます……」

 

 結局ユウカさんが満足したのはタップリ10分、あるいはそれ以上が経った後だった。その頃には私はすっかり気力を失ってなすがままになっていたが、その犠牲は無駄ではないのだろう。

 自覚できる程芋芋しかった身だしなみは、誰がどう見ても良家のお嬢様だと間違う程の完璧なお嬢様スタイルへと変貌。その変わりぶりや凄まじく、ナルシストのナの字も無い私が危うく自身の容姿を自画自賛しかける程だ。流石はユウカさんか。

 

「さて、行きましょうか」

「? えっと、どこにですか?」

「お祖父様のところよ。先程帰ってきたの。シロちゃんに話があるんですって」

「なるほど。分かりました」

 

 恐らく何らかの結果が出たのだろう。そう察した私はユウカさんと共に元総理の元へ向かった。ポチの入ったモンスターボールを撫でながら、できれば吉報が聞きたいと思いつつ。

 そして。

 

「あぁ、来たね。どうかな、昨日はよく眠れたかね?」

「えっと、はい」

「そうか。それはなによりだ」

 

 昨日と同じ部屋で好好爺といった雰囲気の元総理に迎えられ、私は軽く挨拶を済ませて席に付く。ユウカさんも私の隣に腰をおろし、一拍。元総理は私達に軽く視線を投げた後、その雰囲気を殆んど崩さないまま話を始めた。

 

「さて、例の……ポケモンの話だが。結論から言えば力不足だった」

「そう、ですか……」

 

 そう言って軽く頭を下げる元総理を見て落胆しつつ、それも仕方ない事だろうと納得もする。何せポケモンは既存の常識全てが通じない話だ。簡単に通るとは思えないし、ましてや相手は頭が硬く自己保身を優先する事がデフォの政治家。それが普通だろう。むしろ元総理が柔軟過ぎたぐらいだ。

 

「やはり私の言葉だけでは信じ難いらしくてな。懸念こそ共有出来たが、肝心なところはまるで詰められなかった。……自身の政治生命を賭ける程の事態だとは思えんらしい」

「いえ、仕方ないと思います」

「……そうだな」

 

 私の落胆混じりの同意に、なぜか元総理は疑問がにじみ出る声で答えた。まるで私の同意は意外だと言わんばかりに。

 いったい何が意外なのか? 私がそれを考えようとする前に、今まで黙っていたユウカさんがグイッと前面に出る。

 

「とはいえ、ここで終わる訳にはいきません。そうですね? お祖父様」

「その通りだ。この問題と情報は早急に共有する必要がある。出来れば、国全体で。……総理やその近辺。私の影響下にあった者達には資料を渡して来た。一晩明けた今日ならば、ある程度整理出来ているはずだ。平時ではなく、有事なのだと」

「あら……では?」

「うむ。王手を打とうと思う。いささか性急に感じなくはないが……時間を掛ければ掛ける程後手に回り、それが甚大な損失、あるいは被害を生む可能性が出て来たからな。やれば出来るのにギリギリまでやらないのはこの国の悪いクセだが……今回ばかりは、それを繰り返す訳にはいかん」

「……ポケモン災害、ですか」

「あぁ。昨日ユウカから聞かされたときはまさかと思ったが……一晩明ければ可能性ばかりが大きくなってな。年甲斐もなく焦る事にした。楽隠居を気取るのは昨日までだ」

 

 高速のジャブ連打に割り込めずにいると、唐突に2人の視線がこちらに向けられる。

 ポチの入ったボールを握りしめ、一瞬ビクリと小さくなった私は悪くない。だって突然に過ぎたのだ。ポケモン災害とかいう、聞き慣れない単語にクエスチョンマークを浮かべていたときなので尚更。

 

「シロちゃん、お願い出来る?」

「? え、えっと……」

「あぁ、ごめんなさいね。目的語が抜けてたわ。……総理の説得よ」

「時刻は今日の夜を予定している。短時間だが時間を作ってもらった。なに、難しい事ではない。彼にもアレを見せればよいのだ。そうすれば嫌でも理解できる。国家の危機であり、同時にチャンスなのだとね」

 

 待て、待って。ちょっと待って。なぜ私が現職総理の説得に? いや、話だけでは信じれないと言ってたな……つまり、これはあれか。ポチをモンスターボールから出すことで、証拠の提出をお願いしたいと。そういう事か。

 

「はい。大丈夫です。やれます」

 

 それならお安い御用だ。やる事もちょっとボールを投げるだけ。それでポケモンとの未来が手に入るなら幾らでもやってやる。むしろ昨日私がついて行かなかったのが悪いまであるだろう。

 

「うむ、助かる。これで未来の安全は確保されるだろう。……ではユウカ、時間まで宜しく頼む。私は私で動く事にするよ。野党はどうにもならんが、最低でも与党は与党で一致団結しなければならない。今まで傍観していたが……状況が状況だからな。いつまでも分裂させておく訳にはいかなくなった」

「えぇ、分かりました。任せて下さい」

「あぁ。シロちゃん、時間までユウカとゆっくりしていてくれ……では、失礼するよ」

 

 そう言って元総理は席を立ち、部屋を出ていく。恐らく何らかの準備をしに行ったのだろう。それらしい事をユウカさんと話していたし、間違いないはず。

 しかし、総理の説得か。だいたいのところは元総理が昨日終わらせているだろうから、私がするのは本当に最後の一押しなのだろうが……不安が脳裏をかすめる。もし失敗すれば、もし詰めきれなければ、とんでもなくマズイ未来に繋がる気がしたのだ。

 

「……シロちゃん?」

 

 湧き出るのは朝感じた嫌な感覚。視界を走るのは火の景色。……不快だ。そして、この感覚は些細な事で現実になりうる。そんな気がする。チリチリ、チリチリ、頭が騒ぐ。

 手先はボールを撫でる。一つ、二つ、フワリ、と。頭にぬくもり。見上げればユウカさんが私を撫でていた。優しく、ゆっくりと。

 

「大丈夫よ。シロちゃんだけじゃない。私も行くし、ポチちゃんもいるでしょう?」

「そう、ですね……」

 

 カタリ、と。小さくボールが揺れる。それはどこか呆れているようでいて、しかし励ましてくれていた。本当に、彼女は私の事をよく見ている。

 あぁ……不安は、ある。もし失敗すればという不安は尽きない。しかし不快さは無く、未来も見えた。むしろその点に関しては楽しみですらある。何せ今度の相手は現役の総理大臣だ。その影響力は元総理のそれを上回り、説得出来たときの前進具合は今までの比ではない。それは正しく王手と呼ぶに相応しい前進になるはずだ。

 

「……えぇ、楽しみです」

「ふふ、その意気よ」

 

 あぁ、楽しみだ。今回の前進が叶えば、日本各地でポケモンバトルが見れる日も具体的になるだろう。そうなれば私もポケモントレーナーとして戦えるかも知れない。ポチをパートナーに、様々な戦いを……!

 そんな風に夢想する事…………どれくらいだったか? ふとユウカさんがスマホに目を落としている事に気づく。その表情は、複雑だ。喜びが強くはあるが、悔しさも見れる。……何事だ?

 

「ユウカさん?」

「━━いえ、そうね。……シロちゃん、嬉しい報告よ。ポケモンが見つかったわ。ポチちゃんに続く、2匹目ね」

「…………!?」

 

 ポケモンが見つかった。2匹目。

 その情報が正しく脳ミソに伝わるまで数秒を必要とした。何せ、何せ2匹目のポケモンだ! この事実が意味するところは複数で、大きい。しかし一言でいうのなら……ポケモンが来た、そういう事だ。

 私はユウカさんが見せて来たスマホの画面を見る。そこに映っているのは掲示板と、そこに貼られた写真が複数枚。写真はどれも画質とブレが酷いが、どこかの住宅地で撮られた物のように見えた。そしてそれらに共通して写る、一匹の鳥らしきナニカ……いや、あれは━━ポッポだ。

 

「ユウカさん、このポッポは……?」

「久里浜付近に展開させたシロ民からの一報よ。目撃場所は久里浜内。正確にいえばここから少し北側といったところで目撃したらしいわ。写真を撮った後直ぐ様捕獲に向けて動くも、かなり素早く逃げられたらしいわね」

「なる、ほど……つまり、そのポッポはまだ野生のまま、ですか」

「えぇ、そうらしいわ。現時点で30人近いシロ民が捕獲に動くも、逃げられ続けているみたい。ボールは当たらず、捕獲用にと用意された網は軽々破られ、飛び掛かれば砂をぶつけられ手酷く蹴散らされる……散々ね」

「…………」

 

 掲示板に書き込まれているのだろうユウカさんの声を聞きつつ、私はすんなりとボールに入ったポチは特殊な例だったのだろうと思う。

 ゲームならば楽々ゲットできるポッポも、現実になれば大捕物に発展してもなお捕獲出来ないのだ。これはシロ民が無能な訳ではなく、ポッポが強過ぎるから。ましてや彼らは手持ち無し。むしろ健闘しているぐらいだろう。とはいえ、このまま放っておくには惜しい話だ……ここは私以外の誰かにゲットして貰い、ポケモントレーナー候補を増やしておきたいのだが。

 

「シロちゃん。彼らシロ民に何か助言はある?」

「助言、ですか……」

 

 普通に考えるのなら体力を削って状態異常にするのがベターだ。しかし件のポッポの体力を削ろうにもバトルで削れるポケモンがいない。グラエナであるポチではオーバーキルだろうし、生身の人間がポケモンの体力を削れるとは思えないからだ。ならば状態異常だといきたいがこれも同じく駄目。バトル以上にやれるポケモンがいない。八方塞がりだ。

 ……いや、待て。ならなぜ私はポチをゲット出来たんだ? ポチが特殊だった。なら、何が特殊だった……?

 

「……友情ゲット」

「友情、ゲット?」

「はい。友情ゲットです。戦う事ではなく、別のやり方でこちらを認めて貰う事でボールに入って貰う事です」

「……なるほど。シロちゃんがポチちゃん相手にやったのは、それね?」

「はい。……ただ、野生のポッポとどう友情を築けば良いのかは、サッパリですが」

「いえ、充分よ。後は彼らが上手くやるでしょう」

 

 そう言うとユウカさんは凄まじい速度でスマホを操作していく。恐らくシロ民に友情ゲットすべしと書き込んでいるのだろうが……私はそれに何も言えないし、それこそ祈る事しか出来なさそうだ。これ以上の助言は思い付かず、ポチと共に参戦する訳にもいかないのだから。それに、夜には総理の説得も待っている。……ここは、役割分担か。

 

「さ、て……シロちゃん?」

「な、なんですか……? ユウカさん?」

 

 シロ民に伝達し終わったのか、スマホをしまったユウカさんが私の肩を押さえる。その顔は満面の笑みであったが……しかし、嫌な迫力があった。まさか。

 

「総理と会うのだもの、おめかしは……必要よね?」

「そ、それは……」

「シロちゃん?」

「必要、です」

 

 負けた。3秒と持たなかった。即落ちだった。

 だって、仕方ないだろう? おめかしが必要なのは事実なのだ。……この格好でもお嬢様してるし、充分な気もするのだが。

 

「駄目よ。それは自宅でくつろぐ為の物で、出掛けるには不向き。事今回の様な話なら失礼にもなるわ」

「そう、なんですか……?」

「えぇ、そうよ」

 

 そうなのかぁー

 私は内心ため息を吐きながらそう納得する。ユウカさんの言う事だし、更にああもキッパリ言い切ったのだ。間違いないのだろう。

 とはいえ慣れない物は慣れないので、必要以上のおめかしは断ろう。そう思いながら私はユウカさんに背を押されて部屋を後にし、別の部屋に向かった。

 

 ━━化粧を勧めるユウカさんに断固として抵抗するまで、あと数分。


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