ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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閑話 排水溝ピエロがポケモン図鑑アプリをオススメするようです

 降りしきる雨の中、白いカッパを着た少女が小走りで駆けていく。彼女の視線の先にあるのは……歩道と車道の間に出来た小川を流れるモンスターボール。白い少女はまだ新品のそれをトテトテと追い掛けるが、ついに間に合う事はなかった。

 

「新品のモンスターボールが!」

 

 何という事か。貴重品のモンスターボールは道路脇の排水溝へと吸い込まれてしまった!

 思わず排水溝を除き混む白い少女だが……その先には暗い闇しか見えない。

 

 ━━またユウカさんにおねだりするしかないか……

 

 そんな事を思いながら、残念そうに排水溝から視線を外す白い少女。たれてきた長い白髪をカッパの中へと回し、白い少女がその場を後にしようとした━━その瞬間。

 

「はーい、女児?」

 

 いったいどういう事か!? まるで仲の良い友人に呼び掛ける様な気軽い声が、排水溝の中から聞こえてきたではないか!

 思わず白い少女が再度排水溝を除き混み、その紅い瞳を向ければ……暗闇の中からニュッと人影が現れた。赤い鼻、白い顔、赤いアフロ髪、ギラギラとした目……それはまさしくピエロのそれだ。しかしなぜか首に白いチョーカーを身に付けている。どうやらシロ民の様だ。

 

「ポケモンゲットしてる?」

 

 いったいコイツは何なのか? ピエロなのか? それともシロ民なのか? そんな疑問と恐怖を感じつつも、ポケモン絡みの質問という事もあって白い少女は律儀にも首を振って返答する。直した白髪がカッパの外に出て来る程に勢いが激しかったのは……動揺の証か。

 

「oh……最初のポケモントレーナーなのに……」

「ほら、ポケモン図鑑もあるよ?」

「そんな事言ってまたパチモンなんでしょ? だまされんぞ」

 

 白い少女自身気にしている痛いところを━━というか独り占めはよくないからと我慢している部分を━━突かれ、少女が前々から欲しかったアイテムを見せられて思わず排水溝の中へと手が伸び……ギリギリで正気を取り戻して反論する。その手の詐欺にはもうあったと。

 

「いや、これは俺が頑張って作ったスマホアプリでね。先日話題になったパチモンなんかじゃない」

「今回のは取り敢えずシロちゃんの作ったポケモンwikiからカントー地方のデータだけを搭載しているが、それでも151匹分の基本データを入れてある」

「日本政府も伊藤グループもまだ作ってないポケモン図鑑を、スマートフォンのアプリにする事で実現したんだ」

「どうよ?」

 

 なるほど、ピエロの格好した男はかなりの努力をしたらしい。そして何より素晴らしいのはポケモン図鑑の形に囚われず、スマートフォンを最大限利用するという発想だろう。現代人らしい素晴らしい発想だ。間違っても趣味が爺臭いロートルには思い付かない発想である。ギラギラとした目は………睡眠不足のそれだろう。代償だ。

 そうして努力した究極のアイテムを引っ提げて、排水溝からドヤ顔を決めるピエロ。その一撃は正しく“いちげきひっさつ”当たれば白い少女のバイタルパートは貫通していただろう。だが……

 

「面白そう! じゃ、帰ってユウカさんに商品化して貰おう」

 

 渾身の攻撃は空しく外れる。白い少女が独りだった頃なら命中しただろうが、生憎今の少女には頼れる保護者や協力者が沢山居るのだ。さもありなん。

 そして、これに慌てたのはピエロ。このまま帰られてはマズイ━━その思いから咄嗟に大声で呼び止める!

 

「待てや!!」

「これを、見るんだ……」

 

 最早ピエロに余裕はない。闇の中から切り札を取り出す。それは……

 

「私のモンスターボール!?」

 

 なんと、闇の中から現れたのは諦めるしかないと思った新品のモンスターボールだ! これには白い少女も思わず排水溝に食い付くざるを得ないっ……!

 

「イグザクトリー。今アプリを入れるなら返して上げよう」

「さぁ、ダウンロードしろ」

 

 何という脅迫か。最早後がないピエロはモンスターボールを人質に脅迫してきたのだ!

 これには白い少女も━━その手の趣味の人が喜ぶだろう━━嫌な顔を叩き付け、ピエロを侮蔑する。このゲスめ、と。

 

「oh……」

「このアプリに盗聴盗撮用のウイルスが仕込まれるって顔だね」

 

 幸か不幸か、ピエロはMではなかったらしい。そうして放たれるのは予想斜め上の懸念。

 これには白い少女もドン引きしつつ━━その手の趣味なら豚の鳴き声を上げるだろう━━嫌な顔を“たたきつける”他ない。なんならこのままポケモントレーナーらしくポケモンバトルでボコってやろうかと手持ちのモンスターボールを取り出すまである。

 

「おっと、ポチネキは勘弁」

 

 白い少女が取り出したモンスターボールの中身を察したのだろう。ピエロの勢いが弱まる。現状最強のポケモンを相手取りたくはなかったらしい。

 しかし、勢いは弱まれど口は止まらなかった。

 

「でも大丈夫。このアプリにウイルスは入ってないよ」

「純粋な思いと徹夜テンションで作ったからね。当たり前さ」

 

 ギラギラとした明らかな睡眠不足の目を向けつつ、ピエロは語る。大丈夫だ、問題ない……と。

 

「それデータ重くない?」

「えっ、うん……」

 

 ありがちな不安点を指摘され、言葉につまるピエロ。副音声で内心の言い訳が聞こえきそうだが……

 

「ポケモン図鑑はいいぞ……シロちゃん」

「とってもいいぞ……」

 

 あろうことか、ピエロはそのままゴリ押しに入った。いいぞ、いいぞ、と相手を洗脳するかの如く繰り返し、白い少女の意識を引き込む。

 相手に喋らせず、一方的に喋り続ける事で勝利を引き込もうとしているのだ……そして、その結果。

 

「このアプリを入れたスマホ片手にポケモンを探すといい……」

 

 白い少女は手を伸ばす。ポケモン図鑑片手にポケモンゲットの旅は、白い少女の長年の夢だったのだ。殺し文句にも程があり……今度は確りと命中してしまっていた。正しく“いちげきひっさつ”だ。

 

「俺はその姿を激写して一儲けだ!」

 

 白い少女のカン高い悲鳴と、男の野太い雄叫び、そして獣の遠吠えが響き━━

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 雨の中、一つ棺を取り囲んで葬儀が行われていた。白い少女の物か……いや違う。参列者には白い少女の姿もあり、その傍らには尻尾をパタパタと振るグラエナも居た。

 ではこれはいったい誰の葬儀か? それは直ぐに分かった。

 

「欲を出した開発者は死んだ。ポチネキの“ほえる”を受けたのだ」

「大人しく別の方法で開発費を回収すれば良かったのに、シロちゃんに手を出すからこうなる」

 

 哀れ、ピエロの格好した男の葬儀であった。まぁ、そのうち勝手に生き返るだろうから無駄な儀式だが……

 

「やはり徹夜テンションで行動してはいけないのだ」

「アプリの出来映えは良かったんだから、他に売り込めば良かったのに……そんな事も分からなくなってきたのだろう」

「ところで何で俺がコイツの葬儀やってんの? モウヤダ」

 

 実に哀れなり。同志からさえモウヤダと言われた男の葬儀は悲しみの欠片もありはしない。人によっては『シロちゃんの写真集出ないかなぁ……』等と考えている始末だ。

 さらば開発者。まぁ、次の瞬間生き返ってそうだが。

 

 ……………………

 …………

 ……

 

「ん、ぅうん……?」

 

 目覚めの瞬間というのはいつも突然で、曖昧だ。そしてそれは今回も変わらない。どうやらいつの間にか眠っていたらしい身体を起こし、辺りを見渡せば……伊藤家が持つ別荘の居間だ。日は沈み始めており、かなりの時間居眠りしていた事が分かる。

 しかし……

 

「変な、夢……」

 

 最早ボンヤリとしか思い出せない夢。しかしその夢の中に『ポケモン図鑑』が出て来た事は覚えている。

 

 ━━そんなに先日のパチモンがショックだったのかな?

 

 どこかの業者が一儲けしようと、上っ面だけを似せた粗末なパチモン。なまじ本物のポケモン図鑑を期待しただけにあれは本当にショックだった。そのせいで妙な夢を見たのかも知れない。

 そんな事を考えつつ私は何気なくテレビの電源を入れる。映しだされたのは……ワイドショーの様だ。テロップには『ポケモン図鑑アプリ完成!』とある。……ん? ポケモン図鑑アプリ? どこかで聞いた様な……? どこだったかな。

 

『では、このアプリをインストールすればスマホがポケモン図鑑になると』

『はい。まだ荒削りな部分もあって若干重いのが欠点ですが、その性能は本物です。例えばこのようにコラッタをカメラに映せば……はい、アプリ側で検索された結果コラッタの基礎データが表示されます。そしてここから専用ページに飛べば確認された習性や“わざ”を確認する事が出来る訳です』

『なるほど。これならポケモンの事に詳しくなくても、そのポケモンがどんなポケモンなのか分かるという事ですね』

『その通りです。勿論使うには周囲の安全が必要ですし、まだまだ足りない機能も多い。その辺りは使い手に求めたり、あるいはこちらの課題だと思います』

『なるほど、今後も進化していくと。……しかし、これだけの機能となると利用料もかかるのでは?』

『それも考えました。しかし我々シロ民は人とポケモンの共存を何より望んでおり、その為には多少の損は呑み込む覚悟でいます……えぇ、このアプリは基本無料で使えます。今のところ課金要素もありません。今後追加される機能は全て無料で使用出来る様に取り計らっていく予定です。仮に課金要素を入れるとしても、それはポケモン図鑑とは直接関係のない……いわば着せ替え機能の部分になる事でしょう』

『それは素晴らしい! これで人とポケモンがより手を取り合える事になるでしょうね』

『えぇ、そうなる事を我々は望んでいます』

『では、具体的なダウンロード方法について━━』

 

 そこまで聞いた私はポケットからスマホを取り出し、早速ダウンロードに入る。何せポケモン図鑑だ。迷う必要もない。しかし……そこはかとなく不安があるのは、まぁ気のせいだろう。

 何にせよ、今のところポケモンは順調に世の中に受け入れられている様だ━━




 元ネタ。ペニーワイズがオススメするシリーズ。
 ポケモン図鑑アプリ(ネタを提供してくれたのは読書さんです)を排水溝ピエロ風にお送りしました。

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