ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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閑話 我輩はポッポである~その壱~

 吾輩はポッポである。名前はまだ無い。

 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でクルポークルポー鳴いていた事だけは記憶している。吾輩はここで改めて人間というものを見た。

 

「居たぞ! ポッポだ!」

「ポッポめェ、取っ捕まえてやる!」

「突撃ィィィ!」

 

 不思議と()()よりもハッキリと知覚できるその人間達は我輩の事を『ポッポ』と呼び、網やボールを持って追い掛けまわして来たのだ。

 

 ━━なんという迷惑。我輩は飛んでいただけだというのに。

 

 しかしアレらによって分かった事もある。

 先ず我輩は『ポッポ』であり、かつての同族『鳩』とは一線を画す存在……つまりは『ポケモン』になっていた事。そして今の我輩は人間よりも強いという事だ。肉体的に、あるいはその頭脳さえ。

 

 ━━うむ。あのときの事は何度思い出しても痛快だ。

 

 我輩を捕まえようと紅白のボールを投げ、それが外れれば網を広げる者共。それらをポケモンの力で薙ぎ払ったのは痛快としか言いようがない。

 “たいあたり”“でんこうせっか”“すなかけ”自然と理解出来たそれらの“わざ”を使い、あるいは純粋なスピードで抜き去り……あのときの我輩は正しく無双であった。

 

 ━━しかし、長くは続かなかったな。

 

 我輩を捕まえようとする人間を蹴散らし、自由に空を飛び回り、好きなように食って、寝て……この世界に我輩よりも強い者などいない━━そう思い始めた瞬間、その考えは木っ端微塵に砕け散った。

 

 ━━そう、我輩は見てしまったのだ。真の強者というものを。

 

 あれはよく晴れた月夜の晩。かつての同族達が巣へと引き込もっている中、悠然と空を飛んでいたときの事だ。

 自慢の翼をバサリバサリと動かして空を飛んでいた我輩は突然、そう突然凄まじい圧を感じた。殺気ではない。しかしなんの意味もない訳ではない。いや、意味はないのか。恐らくその圧を発している者にとっては特段意味のある行為ではないのだろうから。そう、いわば……強者の圧(プレッシャー)というべきものだ。我輩はそれを感じとった。突然に。

 なぜ? そう考えたのはホンの一瞬。しかしそれで充分であった。簡単な話だからだ。

 

 ━━我輩が、相手のナワバリに入り込んだから……!

 

 いや、あるいはただたんに射程範囲に入ったから感じとれたのかも知れぬ。ともかく、命の危機に変わりはなかった。

 

 ━━あぁ、以前の我輩ならこんな失態は犯さなかった。

 

 以前の鳩である我輩なら、こんなナワバリには絶対に近づかないだろう。近づくのはこの圧に気づけない愚か者か、あるいはこの圧の主に気に入られた者だけ。

 そして我輩は……前者だ。増長した我輩は前者に過ぎない、愚か者だった。

 

 ━━なんたる増長! たかが少数の人間に勝った程度で王者気取りとは!

 

 今さら後悔しても遅い。最早あるのは死のみ……そう思って覚悟するも、攻撃は飛んで来ない。それどころか圧が一段引き下がっていた。

 

 ━━これは、招かれているのか。

 

 それとも取るに足らぬと捨て置かれたか。どちらにせよ我輩の中に好奇心というやつが出てきた。実に厄介なアレが。

 もし好奇心に釣られてホイホイ圧の主の様子を見に行けばどうなったか分かったものではない。しかしだからといって好奇心は静まってはくれないのだ。厄介な事に。

 

 ━━話に聞くと人間は好奇心は猫を殺すというが、どうやらポッポも殺すらしい。

 

 そんな事を思いつつ我輩は高度を下げ、圧の主の様子を見に行く。ゆるりゆるりと高度を下げ、目を凝らせば……そこに一匹の黒い犬の姿が見えた。

 

 ━━否、あれは犬ではない。

 

 では噂に聞いた狼という奴か? 違う。全く違う。あれはそんな生易しい存在ではない。もっと恐ろしく強大で、それでいて美しい存在だ。

 そう我輩が()の存在に圧倒されていると、チラリと一瞬だけ視線がぶつかり……元に戻される。どうでもよいと。

 

 ━━見逃された。

 

 悔しさは、ない。あるのは安堵のみ……いや、微かに喜びがあった。彼の存在に一瞬とはいえ注意を向けられたのだと。あの王者の様な、それでいて噂に聞く騎士の様な高潔で美しき存在に!

 そうやって我輩が心一杯の安堵と、微かに溢れた喜びを手土産に帰ろうとした━━その瞬間。我輩は手土産を取り落とした。

 

「ポチー? お風呂入ろうかー」

 

 彼の存在が居た家の中から、そう言いながら人間の少女が出てくる……いや、アレは果たして人間なのか? 我輩が今まで散々蹴散らして来た人間と、同じなのか? 我輩には分からなかった。

 肉体的には、弱いだろう。最低限の動きは心得ている様だったが、鍛えているとはお世辞にも言えない。だが大きさが、放たれるナニカの大きさが、あまりにも大きすぎた。もし黒い犬の様な彼の存在を騎士とするなら、あの少女は王者か、神か……間違いなく絶対者のそれだろう。

 

 ━━錯覚か? 我輩がおかしいのか?

 

 その場から逃げる様に飛び去りながら、我輩は自問自答する。彼の騎士の様な存在を強者と見たのは間違いではない。しかし人間を絶対者だと、彼の存在を従えるに相応しい存在だと見たのは、何かの間違いだろうか? ……答えは、出ない。

 肉体的には弱いのだ。強者ではない。しかしあの放たれるナニカはあまりに大きかった。強者のそれに似ていた。……結論は出ない。

 

 ━━強いていうなら、何か切り札を持っているのは間違いない。

 

 普段は守られる必要がある程脆弱だが、一度切り札を切れば真の強者を上回る絶対者となる……それが我輩の出した結論だ。勿論間違いかも知れない。だが、我輩はそれ以上考えたくはなかった。

 

 ━━そうだ、二度と近づかなければ良い。噂に聞く、見ざる聞かざる言わざるだ。

 

 あれほどのナニカ。放って置けば自然と引き寄せられるが、意識していれば避けようもあるというもの。そう考えついた我輩はそれからというもの、あの少女とその騎士を避けて空を飛ぶ事とした。そして彼の存在達に目をつけられぬよう、人目を気にする様にも。

 

 そうして見えてくるのは人の営みだ。いや、正確にいえば変化した人の営みというべきか。我輩がまだ鳩であった頃とは━━とはいえあの頃の事は霞がかっていて不明瞭だが━━様々な物が少しずつ変化していたのだ。例えば……そう、カラスどもの餌場にたむろする年のいった肥え太った女性達の話など様変わりしている。以前なら自分のつがいの不平不満を口々に叫んでいたものだが、今となっては……

 

「ねぇ、昨日のテレビ見ました?」

「えぇ見ましたよ。アレよね?」

「あぁ、アレですね」

「えぇアレですよ。何でもポケモン? とかいう生物について特集してたアレ」

「あぁ、アノ俳優さんが出てたやつね。分かりやすかったわね」

「以外ですね。アノ俳優さんが出るなんて」

「そうかしら? アノ俳優さん新しいの好きだから、そうでもないわね」

「あぁ、それもそうですね」

「それにしても不思議よねぇ。あんな生物がこれから当たり前になるなんて」

「ホントねぇ。危険なのもいるみたいだし、散歩も出来ないわね」

「確かに。でも犬が火を吹くというのは面白そうですし、番犬として頼もしいですよね。うちの子もそうなるのかしら……?」

「え、えぇ。そういえばそういう子もいましたね。ほら、アノ子」

「えぇアノ子の事ですね。あぁ、そういえば便利な子もいるとか。何でも家事の手伝いをしてくれるとかいう……アノ子とか。そういう子は助かるわねぇ」

「あぁ、アノ」

「えぇ、アノ」

 

 なんというか、軽く聞いただけだというのに驚異的な事だ。何せ彼女達は『アレ』だの『アノ』と言い合っているだけなのに通じているのだ。まるでエスパーの如く。

 ポッポになってから出来る事が増えた我輩だが、流石にそこまでの力はない。そう考えるとあの女性達の何と凄まじい事か。彼の存在には及ばないが、彼女達もまた我輩を超える恐ろしい存在なのだ……

 

 ━━高度を下げるのは止めておこう。

 

 好奇心に任せて観察したいところだが、万が一という事を考えるとそんな気は直ぐに消え去った。我輩は学んだのだ。好奇心にホイホイ負けてはロクな事にならぬと。

 そうしてその場をバサリバサリと離れて暫し、今度は別の集団が見える。首に揃いの白い首輪……あれは、以前我輩を捕まえようとした連中ではないだろうか? どうやら巨大なポケモンに勝負を仕掛けているようだが……

 

「あぁ! コラッタニキがやられた!」

「だが奴はシロ民四天王の中でも最弱」

「カビゴンごときにやられるとは四天王の面汚しよ」

「ん? カビゴンがこっち向いたぞ? なにする気だ?」

「擬人化かな?」

「ぬふふ……」

「おい、あれは“はかいこうせん”じゃないか?」

「おいおいおい待て、ヤバいぞ!」

「退避! 退避ィィィ!」

「撤退しろォォォ!?」

「撤退は許可出来ない。戦闘を続行せよ」

「言ってる場合か!? 逃げるぞ!」

「マズイ、間に合わない……!」

「う、うわぁぁぁ!?」

 

 我輩が空から首輪付きの奮闘を眺める事暫し。機嫌が悪そうなポケモン……カビゴンというらしい者が“はかいこうせん”を放ち、首輪付きを蹴散らしていた。とはいえ退避が間に合ったのか頭数は減っていなかったが。

 

「なんて威力だ。勝てる訳がない……!」

「諦めるな! 最後まで戦い抜くぞ!」

「PDFの誇りを思い出せ!」

「え、ガチで設立するの? アレ」

「シロ民親衛隊も行くぞ! エリートトレーナーの力を見せてやれ!」

「おぉ! SS隊員の力を、見せてやるぜェ!」

「デュフフ。では、ここは拙者に任せて貰うのですぞ」

「あ、あんたは……」

「うわ、お前居たのか……」

「フォカヌポウ」

 

 何だ? 奴は。いささか肥えた男……という訳ではない。鍛えてないのに鍛えている。一人なのに一人ではない? 見れば見るほど恐気がする。あれは……複数が一つになっているのだろうか?

 

「オウフ、ヤビゴンとは……拙者の敵ではありませんな。行くのですぞゴース!」

 

 珍妙怪奇な男が繰り出したのはガス状のゴーストポケモン。ゴースというらしい……が、あの男に軽く取り憑いていないか?

 

「……なぁ、アイツ、あんなに変な喋り方だったっけ?」

「あぁ……何か霊的才能があったのか、ゴースを捕まえるときに複数の幽霊に取り憑かれたらしくてな」

「え゛」

「確か今は、論者とかいう異界のオタクと、この世のオタクの集合無意識に取り憑かれてるんだっけ?」

「あと遠縁のご先祖様らしい江戸時代の侍な。なんでも身体の動きを常々指導矯正してるらしい。ときどき会話もしてる」

「コポォ」

「カオスゥ……」

 

 これは、何というべきか。やはり世の中は恐ろしく知らぬ事ばかりだ。他者に精神を侵食されながら、それでも生きているとは……我輩の想像を絶している。あれらもまた、彼の存在に及ばないまでも恐ろしい存在なのだ。高度を上げるべきだろう。

 

「ドフォ! ゴーストタイプにノーマルタイプの“はかいこうせん”を撃つ気とは、無知とは恐ろしいものですな」

 

 我輩がバサリバサリと高度を上げた、その時。我輩の直ぐ側をビッと光線が貫いていった。カビゴンの“はかいこうせん”だ。

 

 ━━恐ろしい、何と恐ろしい事か。

 

 流れ弾だろう。狙った訳ではない。だが流れ弾でこの威力……やはり増長など出来そうもない。

 そう改めて心に思い、我輩はその場から全速力で離脱する。羽ばたき、風に乗り、“でんこうせっか”を使って距離を取り……今度はまた別の集団を目撃してしまう。あれは、テレビ局というやつではないだろうか?

 

「さぁ、いよいよポケモンゲットの旅へ出発です。最初に狙うはポッポとコラッタ。二匹目、三匹目が発見されている種ですが、どこにいるのかは全くの不明……佐藤さん、心境はいかがですか?」

「正直自分に出来るか不安ですが、でも不思議と同時にワクワクもしています! ……子供の頃カブトムシを捕まえに行った頃を思い出しますね」

「なるほど。確かにポケモンゲットと夏のカブトムシ取りは通じる物があるかも知れませんね。大人も童心に帰って楽しめる事でしょう」

「えぇ、私もそう思います。ここはバシッとゲットして、テレビの前の皆さんにポケモンバトルをお見せしたいですね!」

「それは良いですね! 中々見れないポケモンバトル、素晴らしいものになるでしょう。……では、そろそろ出発して頂きましょう!」

 

 ふむ、どうやらあれは噂に聞く番組作りの真っ最中らしい。若い二人が年寄りに駄目出しされているのが見える。

 しかし何でもあれらは我輩の同族を狙っているらしいが、その様子を他の人間に見せてどうしようというのか? 自慢か? やはり人間というのはよく分からない……む、あちらが我輩に気づいたな。高度を下げ過ぎたか。

 

「さ、佐藤さん! ポッポですよ! ポッポ!」

「え!?」

「いかん、カメラを回せ! 本番だ!」

「り、了解です!」

 

 人間達が何やらバタバタと慌ただしくなる。恐ろしい我輩を捕まえようというのだろう……だが捕まってやるつもりはない。我輩は今の気楽な生活が好みなのだ。

 

『いや、人間に捕まった方が楽っしょ。飯タダで食えるし、飼い主がダメならボコって逃げればいい』

 

 そんな風に言って若い人間の女に捕まった同族とは違う。我輩はあの者の様に安定を手に入れる為に、人間に捕まり束縛される気はないのだ。

 そう思いつつ我輩は高度を上げ、テレビ局の人間達から距離を取る。年寄りが発狂しているが……知った事ではない。

 

 ━━風が心地好い。やはり自由は良い。

 

 人に捕まれば衣食住に困る事はないだろう。しかし我輩にはこの自由が性に合っていた。例えば自分で日々の糧を得ないといけないとしても。

 

 ━━そろそろ、食事とするか。

 

 空腹を感じた我輩は糧を得るべくルートを変更し、餌場としている場所へ向かう。以前鳩だった頃と同じ物を食べても良いのだが、この身体となってからは別の物が口に合うようになったのだ。

 

 ━━見えた。

 

 人の町に囲まれた、しかし確かに生い茂る森の中。我輩はそこに目当ての物を見つけた。緑色のイチゴの様な果実……チーゴの実だ。

 

 ━━ふむ、では早速。

 

 辺りに驚異足り得る存在がいないのを軽く確認し、我輩はモシャリモシャリとチーゴの実を頬張っていく。苦い。しかし旨みもある独特の味を楽しみながら口を進める。そうして一つの木が消えるまで口を進めた我輩は軽く辺りを見渡す。

 雑木林。しかしそこにデタラメに生えているのは無数の“きのみ”の木だ。そのデタラメ具合と数の多さには人為的な物を感じる。そして、実際それは正しい。

 

「あんなきのみを育ててどうするんだろなーうちのボスは」

「俺が知るかよ。さっさと回収すんぞ」

「ういーす」

 

 人の話し声。それを聞いた我輩は即座に飛び上がって木の枝に止まって身を隠す。そうしてソロリと視線をやれば……なんとも頭の悪そうな人間が数人居た。

 

「つかよーあんだけ銃があるんだから銀行強盗でもすりゃいいんだよ。一生遊べんだろ」

「だからさーボスの目的はそこじゃねぇんだよ。つか金ならじゃぶじゃぶ持ってんだろ」

「俺らにみてえな木っ端にもポンッと気前よくくれるからなぁ」

「でもそこまでなってやりたい女って、どんな美人なんだ?」

「最近はそれ以外もあるっぽいけどなー。ほら、えらそーなのと話してんじゃん?」

「あぁ……そういや最近はイカツい連中も金で雇ったからな。なんだっけ? ちゅーとーで暴れてたんだっけ?」

「人殺した事もあるってスゲーよなぁ」

「それにボスはすぽんさー? からまた何か貰うらしいしな。今九州に行ってんだっけ?」

「あぁ、あのガイジンか。ほにゃほにゃ何言ってんだろうな、アイツら」

「知らね。どうでも良くね?」

「だよな。金あるしヨユーだろ」

 

 何と恐ろしく、そして頭の悪い会話か。少なくとも我輩はあそこに混じりたいとは思わない。むしろさっさと場を離れていた。

 そうしてその場から離れて……思う事が一つ。平穏は、長くないという事。世界は変わり、人々もそれに順応しつつあり、その反発ももう間もなく起こる。

 

 ━━退屈は、しないだろうな。

 

 今日も、明日も、その先も、我輩は空を飛ぶ。自由に、気ままに空を飛ぶのだ。


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