ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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外伝Ⅰ 再会

 ━━ザザァン、ザザァン。

 

 遠くから波の音が聞こえる。穏やかな波の音。海の音が。

 

 ━━ザザァン、ザザァン。

 

 少しだけ音が大きくなり、スッと潮の香りが鼻に入ってくる。どうやら案外近くに海があるらしい。

 

 ━━ザザァン、ザザァン。

 

 暫く波の音を聞いていた私だったが、何気なく指を動かして……ハタと気づく。サラッと指に当たった砂。つまり、どうやら自分は砂浜で横たわっているらしいと。

 

 ━━何だって砂浜なんかに……

 

 相も変わらず響く波の音を聞きながら、私はそんな事を思いながら目を開けて身体を起こす。そうしてグルリと辺りを見渡して……頭の上にクエスチョンマーク。

 

「ここ、どこ……?」

 

 目の前に広がるのは綺麗な海だ。濁りもゴミも無い、深く青い大海原。そして私がペタリと座った周りと左右はこれまた綺麗な砂浜で、背後を振り返れば海岸らしい木々と植物が森を作っている。

 ハッキリ言おう。大自然のド真ん中だ。

 

「なんで、こんなところに……」

 

 いったい何がどうなれば、こんな大自然のド真ん中で居眠りする事になるのだろう。そう疑問に思いつつ起きる前の記憶を遡ってみるが━━

 

「……? あれ?」

 

 無かった。全然、これっぽっちも、欠片も無かった。私に起きる前の記憶は存在していなかった。

 

「そんな、はずは……」

 

 ない。そう思って再度記憶を引っ張り出してみるが、やはりそれらしい記憶は見当たらない。道具の使い方とか、ポケモン? の事とかなら分かるのだが……自分が何者で、どういう経歴を持っていて、なぜここに居るのか? それが分かる記憶は全くありはしなかった。

 いや、強いて言えば自分の名前だけは覚えていたが……

 

「不知火、白」

 

 だからどうしたというのだ。存在しない幻と、白、そんな名前が分かったところでどうにもならない。現にこの名前を名付けただろう親の顔すら出て来ないのだ。なぜここに居るのかを名前から推測するのは困難だろう。

 いや、こじつければ全ては夢幻と言えなくもないだろうが……

 

 ━━それは、あんまりかな。

 

 そう現実逃避を叩き潰しつつ、私は改めて身体を調べる。ペタペタと触ってみるにどうやら私は白髪の少女らしい。着ているのは……ワンピースだろうか? 靴なんかの小物から察するに、どこかのお嬢様と思えなくもない。

 

 ━━少女、お嬢様。何か違和感がある。まるでそうではないような……

 

 とはいえ、まさか男という訳もあるまい。そう感じていた違和感を切り離し、私はゆっくりと立ち上がって辺りを見渡す。

 夕日に彩られ始めた海、岩礁、砂浜……そして先ほどは気づかなかったが、左手の先に洞窟の入り口を、右手の先にそれなりに使われているのか踏みならされた道を見つけた。

 

 ━━無人島……という訳ではなさそう。

 

 パッと見てそれと分かる程度には使われている土の道があるのだから、少なくとも無人島ではないだろう。そうボンヤリと考えていると……道の先から誰か歩いて来た。あれは、人か?

 

 ━━綺麗な人だな。

 

 スタスタとこちらに近づいてくるその女性を見て、最初に思ったのはそんな事だ。

 長く綺麗なストレート黒髪と、どうにも本物に見えるケモミミと尻尾。年頃は……年上のお姉ちゃんといったところだろうか? ピクピクと動くケモミミのせいか、悪い人には見えない。

 

 ━━というより、前に会ったような……?

 

 気のせいだろうか。いや、気のせいのはずだ。何せ私には記憶がない。にも関わらずこうも会った事のあるような、懐かしい既視感を覚えるのは……やはり会った事があるのだろうか? 記憶を失う前の私と。

 だとすればどうすれぱいいのだろう? そんな事を思っていると、あちらは私に話し掛ける事にしたのか視線があった。

 

「やぁ、アンタも海を見に来たのか?」

「ぁ、ぇ、えっと……」

 

 ファサリと尻尾を動かし、そう訪ねてくるお姉さん。やはりコスプレではない。そんな事を頭の端で考えたせいか、返す言葉につまってしまった。だって、どういえばいいのだ。記憶喪失なんて。

 

「そ、その、ですね」

「うん」

「えぇと……」

 

 どう言えば良いのか? それを悩む私に、ケモミミお姉さんは相づちを打ちながら軽く膝を追って視線を合わせてくれる。目と目が合う。優しげな赤色の瞳……あぁ、もう、言ってしまおう。きっと大丈夫だ。

 

「その、よく分からないんです。何で自分がここにいるのか……サッパリで」

「……なるほど。じゃあ、何か分かる事はないか? 些細な事でもいいよ」

「えっと、自分の名前だけ。不知火白です」

「うん。うん? シラヌイシロ? 随分長い名前だな」

「いえ、その。不知火が名字で、白が名前です」

「あぁ、家名持ちか。珍しいなぁ」

 

 うんうんと頷きながらそういうお姉さん。どうやらこの辺りでは名字は珍しいらしい……どういう文化なのだろう? まだそれほど人口が増えてないという事だろうか?

 私がそう考えているうちにお姉さんは満足したのか頷くのを止め、すんだ赤い瞳をこちらに向ける。なんだろう?

 

「じゃあ、私も自分の名前を名乗ろうか。アタシの名前はポチ。グラエナのポチだ。宜しく、シロ」

「グラエナ……あ、はい。宜しくお願いします」

 

 ポチ。そういうらしいお姉さんに頭を下げながら、私は『グラエナ』という単語に凄まじい既視感を覚える。そして『ポチ』という名前にも。グラエナのポチ……なんだろうこの感覚。とても懐かしい……けど、悲しい? 嬉しい? 不思議な感覚だ。やはり彼女と私は以前会った事があるのかも知れない。

 

「んじゃ、行こうか」

「えっと、どこにですか?」

「プクリンのギルド……は今は閉まってるし、取り敢えず一杯やりに行かないか? 最近出来た店なんだが、結構良い感じなんだ。一緒にどうだ?」

 

 私がポチお姉さんに感じる不思議な既視感を考えていると、お姉さんが背後を親指で指しながら私を誘ってくる。一杯、という事はお酒だろうか? だとすると誘いは嬉しいが、断らなければならないだろう。何せ私自身自分の年齢は分からないが、とてもお酒を飲める年には思えないのだから。

 

「いえ、その、私は……」

「あぁ、カネなら気にするな。私が持つからさ、ドリンクでも飯でも好きに食ってくれていい」

 

 うぅ、押しが強い……しかしドリンク? お酒ではないのか? いや、ポチお姉さんはお酒で、私はジュースという事? だとするなら断る理由は無くなる。そうなると……

 

「じゃ、じゃぁ、お願いします」

「あいよ。さ、こっちだ。特に道が複雑な訳じゃないが……この辺りの事はよく分からないんだろう? はぐれないようにな」

「あ、はい」

 

 私が返事をするとポチお姉さんは微かに笑みを浮かべた後、クルリと振り替えって来た道へと戻って行く。スタスタと歩いていくお姉さんを小走りになりながら追い掛け、その綺麗な黒髪とふわふわな尻尾の後へ続き、砂浜が土へと変わり、周りに生える植物が変わって、坂を登る事暫し。視界が開ける。

 別に何か目立つ物がある訳じゃない。そこそこ広い土の道の交差点と、更に上へと続く自然に溶け込む階段。後は井戸と立て看板か幾つかあるだけ……いや、もう一つあった。これは、地下への階段?

 

「目当ての店はその階段の先だよ。ドリンク屋と、交換クジ屋だったかな? まぁ、入れば分かるよ」

「は、はぁ……」

 

 地下への階段という突然の存在に、思わず曖昧に頷く私。

 そんな私にポチお姉さんは苦笑を返して「じゃ、お先」と階段を降り始めてしまう。

 

 ━━うぅ、ちょっと怖いけど……

 

 でもポチお姉さんは悪い人? グラエナ? ではなさそうだし、大丈夫だろう。そう考えて私はポチお姉さんに数歩遅れて地下への階段を降り始める。

 そうして数段降りてみると予想した様な怖さは無く、むしろワクワク感が強まっていくのがハッキリと分かった。原因は……なんだろう? でも、この先は悪い場所ではないと、なんとなく分かるのだ。きっと大勢の人達が楽しめる場所なのだろうと。

 そんな事を考えているとどうやら行き着くところまで着いた様で、パッと視界が開けて光が溢れる。ここは……

 

「ダアァッ! またハズレたァ!」

「でだ、そこで俺はこう言ってやったのさ。残念だったな、トリックだよってな!」

「ふむ。これもなかなか美味しいですわね」

 

 かなり大きく、明るい木のホールには大勢のポケモン(・・・・)達が居て、各々賑やかに騒いでいた。ある者はギャンブルにでも負けたのか打ちひしがれ、ある者はコップ片手に己の武勇伝を語り、またある者は静かに場に溶け込み……なんといか、楽しげな場所だ。

 

 ━━しかし、ポケモンとは。

 

 パッと見るだけで様々なポケモン達が見える。ヘラクレス、オクタン、ジグザグマ、バリヤード、パチリス、キレイハナ、パッチール、ソーナノ、ソーナンス……他にも様々な、それでいていずれも覚えのあるポケモンばかりだ。いや、今覚えばグラエナもポケモンだな。なぜかポチお姉さんは萌え擬人化されたそれだが。

 

 ━━? 何で私、ポケモンの事、知らないのに知ってるんだろ……?

 

 はて、おかしなものだ。私は何もかも忘れていると思っていたのだが……どうやらこのポケモンと呼ばれる生物の事についてはかなり詳しく覚えているらしい。

 とはいえ、ポケモンが具体的に何なのかはイマイチ不明瞭だが……まぁ、こうして覚えているのだ。恐らくポケモンが居るのはごく当たり前の事なのだろう。

 

「おーい、シロ? 大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうか? んー……じゃあ、こっちに来てくれ」

 

 ポチお姉さんはボーとしていた私を暫し見つめていたが、直ぐに視線を切ってホールの奥へと歩いて行く。それに続く様に私も奥へと進めば……どうやらポチお姉さんはパッチールに用がある様子。あれがドリンク屋だろうか? お酒が置いてる様には見えないが……

 

「おや、これはポチさん。ご注文ですか?」

「あぁ。私はくろいグミで……そうだな、しろいグミでもう1つ頼めるか?」

「はい。くろいグミとしろいグミ入りました~」

 

 ポチお姉さんから何かを受け取り、まるでカクテルを作るかの様な動きをフラフラと始めるパッチール。その動きは危なっかしいが、同時に手慣れている感もある。さしずめ気安いバーテンダーか。

 そして、材料にしたらしいグミがあのお菓子のグミならお酒云々は私の早とちり。そこは一安心……ではないな。何せお菓子で作られたドリンクだ…………色々と、大丈夫か? 不安になる。

 

「できあがりっ!」

 

 おっと、そうこう言っている間にドリンクが出来上がった様だ。ポチお姉さんがパッチールから木のコップを二つ受け取り、振り返えって片方を私に渡してくる。中身は……美味しそうに見えるが、しかし。

 

「あっちでゆっくり飲もうか。聞きたい事もあるだろう?」

「そう、ですね」

 

 ポチお姉さんの言葉に私はコップの中身の不安を一度置き、お姉さんに続いて店の端の方にあった席に二人で着く。

 周りは賑やかだが、この席だけは静か……そんな状況でお姉さんはコップを煽り、一気に半分を飲み干す。美味しいのだろうか? 美味しそうだ。

 

 ━━ま、先ずは少しだけ……

 

 そう思い少しだけ、チビチビと飲んでみれば━━これは、意外というべきか。かなり美味しい。そして好きになれそうな味だ。とてもお菓子から作ったとは思えないドリンクだ……

 

「な? 結構良いだろ?」

「はい。美味しいです」

 

 追加でドリンクをチビチビと口に含めつつ、私はコップ片手に自慢気に微笑むポチお姉さんに言葉を返す。思えばこれは彼女のおごりなのだ。後でお礼を言わねばなるまい。

 

「さて、落ち着いたところでシロが聞きたい事に答えようか。何でも聞いてくれ。答えれるだけ答えよう」

「ん、そうですね……」

「ゆっくりで良いよ。そうポンポン出てくる物でもないだろうし。……あぁ、ちなみに私の姿が他のグラエナと違うのは詳しく聞かないでくれよ? 前に遺跡のトラップに引っ掛ってからこんな感じなんだ」

「えっと、それは、なんというか」

「あぁ、気にしないでくれ。別に不便してないし、私自身あんまり気にしてないんだ。身体の調子が悪い訳でもないしね」

 

 んー、それは、大丈夫なのだろうか? 調子が変わらないとはいえ、早めにどうにかした方が良いような気もするが……しかしそのままで居てくれた方が良いような。

 

 ━━まぁ、私がどうこう言う話ではあるまい。

 

 今はポチお姉さんの気遣いを受け取り、何か分からない事を質問すべきだろう。

 そう考えた私はウンウンと質問を考え始める。そんな私をポチお姉さんはコップ片手に微笑ましそうに眺めていて……それは、なんだかとても懐かしい感じがするのだ━━




 ポケダン風外伝。最初は救助隊にしようかとも思ったが、バーでカクテルをオシャレに飲んでるポチネキを描写出来ないので空の探検隊ベースです。……思えばこの世界の住人全員ベジタリアンだな? 唐揚げ無いとか作者は耐えれんわ。
 あ、ちなみに最終回まで回収する気のない伏線を山ほど放り投げてたり、資料が足りてなかったり、次回更新の予定が無かったりします。許して許して。

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