ポケットモンスター 侵食される現代世界 作:キヨ@ハーメルン
━━10月31日。
━━渋谷スクランブル交差点。
ハロウィン当日となったこの日、日本各地で様々な催しが行われており……その中でもここ渋谷スクランブル交差点は特に凄まじい喧騒の中に包まれていた。
理由はただ一つ。祭りだからだ。
「凄まじい人と喧騒だな……吐きそう」
「人酔いか? ラムの実でもかじってろ。……てか誰か持ってない? 俺も吐きそう」
「やっぱ元来非リアネト民のシロ民にハロウィン警備は無理があるってー」
「仕方ないだろ。ポケモントレーナーが暴れだしたら警察だけじゃ人手足りないんだから」
「祭りだなぁ……」
祭り。それは本来神聖かつ荘厳で、厳粛な物だ。豊穣を感謝し、神々を祀り、ときには供物をもってこの先の豊穣と安定を願う……本来、そういうものである。
しかし、良くも悪くも日本人というのは祭りというのが好きな━━あるいは理由がないと騒げない━━人種なのだろう。根暗を自覚するネト民ですら祭りとなれば騒ぎに騒ぎ、一時的とはいえ情報戦で勝利するのだから、これはもう種族のDNAに刻まれた宿命だ。
そのせいか時代を重ねる事に荘厳さや厳粛は消滅し、神聖さに至っては欠片も残っておらず……その代わりに年々増えているのは、賑やかさだ。
「にしても煩いな。誰だよ、ドゴーム連れてきてる奴は……」
「ドゴームというよりバクオングだろ。この喧騒は」
「こんな中でそんなの出したら即行捕縛案件なんだよなぁ」
「都会のハロウィン。キツい」
「というかハロウィンって何だっけ?」
「菓子メーカーの陰謀」
さもなくばリア充とウェーイ系の巣窟だと、軽く鼻で笑うシロ民は恐らく間違っていない。
この騒がしいハロウィンも元はといえば神聖かつ荘厳で、厳粛な物だった。何せ━━古い事なので諸説あるが━━古代ケルトを発祥とする収穫祭だ。ついでに大みそかだったり、お盆だったり、悪霊避けだったりする。本来騒げという方が難しい祭りなのだが……何をどう間違ったのか。菓子メーカーのせいか。そこまでして騒ぐ理由が欲しかったのか。そんなにストレスが溜まっているのか。千年変態の歴史のせいか。日本におけるハロウィンは盛大に騒げる物になっている。
簡単にいえば、仮装パーティー。
もっといえば、変態百鬼夜行だ。
「ゾンビ、ミイラ、狼男、フランケンシュタイン、吸血鬼……西洋妖怪の行列だな」
「コスプレも多いぞ。アニメキャラからネタに走ったのまで……お、完成度高い奴発見」
「全く、ここはいつからコミケ会場になったのやら」
前々から準備していた者、やり慣れた者、既製品や有り合わせで場に合わせただけの者……各々の事情や仮装のレベルは様々だが、この場に居る者の過半数が何らかの仮装やコスプレを行っているのに変わりはなく、なんともサブカルチャー発祥の国らしいカオスな光景が広がっていた。
そして特に、というべきか。今回はそのカオスの度合いが酷い。何せ……
「おっ、ピカチュウ発見」
「どこに……いや、あれはピカチュウというより黄色いゴーリキーじゃね?」
「付け耳してるのならチラホラいるし、それぐらいで良いと思うんだよなぁ。うん」
「目を逸らすな。あれが現実だ」
「ピカチュウバリエーション多すぎんよぉー」
ピカチュウを筆頭に様々なポケモンモチーフと分かるコスプレをしている者が居るのだから。その上小型系とはいえポケモンを連れ歩いている者も多く、そのカオス度合いは例年を大きく上回っいた。
そして、そんな状況にもなれば当然トラブルが発生する。
「おーい。地点ロの二でまたポケモン絡みのトラブルだと。俺らの方で対応してくれとさ」
「またあそこかよ。だからグリッドはアルファベットとアラビア数字で割り振っておけと……」
「今更言っても仕方ないだろ。じゃ、行ってくる」
「行てら」
ポケモン絡みのトラブル。それは対応を誤るか、あるいは人員の到着が遅れれば戦術核兵器クラスの被害が出かねない非常に危険な物。だからこそ、今年のハロウィンではポケモンのスペシャリストであるシロ民が警備に駆り出され、対応させられていた。万が一でも被害を出してはならないと。とはいえ……
「ったく、ポケモンの面倒みれないなら資格返納しろよ、ゲットするなよと。資格取得の難易度上げるべきだろ、これ」
「それな」
「っても、今でも結構キツ目なんだよなぁ。これ以上やるとポケモンへの理解が低くなって、不理解が広まるし……」
「分かる」
「あ゛ーめんどくせ。もう意識高い系トレーナー様にやらせろよ……」
「ほんそれ」
「ゆうてアイツらクソショボじゃん。鎮圧も考えるならやっぱ俺らしか……あーダルい」
「そやな」
面倒、キツい、ダルい……流石はリア充イベントクソ食らえなネト民であるシロ民達というべきか。望まぬ労働への不満は凄まじく、本格的な警備開始から一時間も経つ頃には愚痴も不満もタラタラで、やる気やモチベーションは超低空飛行。控え目にいって頼りになる状態ではなかった。
だが、それは前もって予測されていた事。ならば、当然手は打ってある。
「しかし、これをパーフェクトクリアしないとシロちゃんのハロウィン姿を拝めないという現実」
「悪魔だわ。このやり方悪魔のそれだわ。しかも釣り餌が上等過ぎるから……」
「釣られるクマー」
「どうしたらオタクが動くか、よく知ってるよなぁ。ある意味ご恩と奉公の関係性だぜ」
「オタクは千年前にも居た……?」
シロちゃんのハロウィン姿。それは今回のオペレーションに参加し、シロ民が仕事を完璧に仕上げたときのみ配布される超レアアイテムだ。それは写真だとも、絵だともいわれるが……
なんにせよ、こういった形になる物が殆んど出回らない推しのアイテム。それも限定品。シロ民としてはなんとしても、それこそ身内から殉職者を出そうとも手に入れたいアイテムだった。
「っと? あれ、トラブルか?」
「んあ? ……おいおい。まさか、こんな人混みでポケモンバトルする気か? 死人が出るぞ」
「鎮圧対象だ。手早くやるぞ」
ハロウィンの夜。犬から狼となったシロ民達に、手加減の文字は無い。トラブルは起きる前に、あるいは起きて直ぐに鎮圧消火される。
━━全ては限定レアアイテムの為に!
人の業であった。しかし、その業のおかげで被害の大きいトラブルは無かったのだから、一概に悪いといえない。
……とはいえ、件の少女は前日に着せられた複数のハロウィン衣装姿が描かれたブロマイドが、大量に配られていくのを死んだ目で見送る事になるのだが……それはまた別の話。
ちなみに、彼女が何を着せられたかだが━━それは時間の針を戻さねばなるまい。
……………………
…………
……
━━10月30日
━━久里浜某所
━━伊藤家別邸
ハロウィン前日となったこの日、私……不知火白はユウカさんに呼び出されていた。なんでも大事な用があるから指示した部屋まで来て欲しいと。
それに私は少し妙な話だとは思いつつも、これといって警戒もせずに指示された部屋に向かい……入った瞬間察する。罠だと。
「来たわね、シロちゃん」
「あ、お久しぶりですねぇ……」
「ん……」
部屋で待っていたのはいやにギラギラとした目のユウカさんと、疲れきった様子のカオリとサキのアイドル二人組……そして、大量の服。
もう、それだけで私がこれから何をされるか分かってしまうというもの。私は慌てて後ろに下がろうとして……既に扉が閉められている事に気づく。どうやらユウカのマネージャーさんが外からソッと閉めたらしい。まずい、逃げられない。
「わ、私に何か用ですか……?」
大量の服……それもよく見ればドレスだのネコミミだの、間違いなくコスプレに分類される品々を視界から追い出しつつ、私は会話を試みる。例え無駄だとしても、先延ばしにするぐらい出来るだろうと。着せ替え人形なんてごめん被ると。
しかし、残念な事に目がギラついたユウカさんにはこうかがないみたいだ……
「ハロウィンよ。シロちゃん」
「はい。外国の、収穫祭ですよね?」
「……えぇ、そうね。でも、日本ではまた事情が違うの。……分かるわよね?」
「はい、いいえ。分かりたくないです」
言いたい事は分かる。私にコスプレしろと言いたいのだろう。まぁ、確かに今の私は客観的に見てそれなりの美少女なのだから、この手のイベントに参加し、姿を見せ、愛想を振り撒き、新たなファン獲得に動くのが道理と言われれば道理だ。
しかし、しかしだ。分かりたくない。やりたくない。だって、気恥ずかしいし━━つい忘れがちになるが、私はこれでも男なのだ。元とはいえ野郎なんだ。だいぶ自覚が薄まってしまったし、ポケモンが居るならもうどっちでもいいやとか思ってるが、それでも根っこの部分は野郎のままなのである。少なくとも普通の女の子とは嗜好がだいぶ違うし、性的対象なんかも元のまま。
そんな私が、あ、あんなフリフリしたのやらネコミミを着けて写真を取り、それを無作為にばら蒔く? 却下だ。却下! そんな事をアッサリ受け入れては男としての自覚が今度こそ、完全に、不可逆的に崩壊する。そうなれば私はただのポケモン好きの女の子になってしまう! もし、どうしてもというなら……
━━ポケモンバトルで私に勝ってから言え!
そうモンスターボールを突き付けようと、モンスターボールを収めている腰のベルトに手を回そうとして……ガシッとナニカに足を捕まれる。
「ヒゥッ━━!?」
突然の事に思わず女の子そのものの悲鳴を上げ、バッと足元を見てみれば……そこには私の足を掴むゾンビ染みたカオリの姿があった。充分以上に美少女で、普段は元気一杯な少女がゾンビ染みているのは恐怖しかない。
助けを求めて彼女の相方を見てみれば……こっちもゾンビ染みている。寝ているのか気絶しているのか、一切の動きがなく、とても頼れそうにない、普段は冷静沈着な少女の姿が。
「ど、どうかしましたか? カオリ?」
「ぅ、うぅ……」
私が自分でやるしかない。そう諦めてゾンビとの対話を試みてみたが、やはりマトモな反応は帰って……いや。
「お願いします。シロちゃん。コスプレを、して下さい……」
「いえ、その……」
「テレビに出ろとか、コンテストとか、そういうのは私達がやるので、形だけでも、写真だけでいいので……」
息も絶え絶え。そんな有り様で私に五体投地モドキ━━あるいは止まるんじゃねぇぞ━━を敢行するカオリの姿に、思わず私は心が揺らぐ。忙しい仕事や学業の間にポケモンの話を聞いてくれ、コンテスト方面での活動もしてくれている……頼りきりの、友人といっていい少女がここまでしているのだ。断るのは、悪い。
だが、私がコスプレした程度で彼女達が助かるとも思えないのだが……
「えっと。ちなみに、それでカオリさん達は助かるんですか?」
「はい。助かります……」
「具体的にいうと、シロ民の煽動とかの手間が消えますね。えぇ。後は不必要なミステリアスさの消去、そこからのギャップ萌えや緩いとはいえ支持獲得に広報、話題性獲得等々。やってくれると非常に有り難いです。……私は、疲れたので」
む、うぅ……どうやら助かってしまうらしい。あろうことかゾンビ染みているカオリだけでなく、激務から寝落ちしていると思っていたサキからも肯定━━その後また気絶モードに戻ったが━━されてしまった。私の気恥ずかしさ一つで、彼女達が助かる事が。
もうこうなってしまうと断るのは悪いし、コスプレぐらいならという気にもなってしまう。……そんな私の内心を察したのだろう。ユウカさんがズイッと一つの服を差し出してくる。これは……
「なんか、魔女っぽいドレスですね」
「製作者曰く純真魔女っ娘ドレス……だそうよ。まぁ、先ずはベターなところからね?」
先ずは、という事はこの後も幾つか着せ変えられるのだろう。そんな事を察しつつ私は力なく頷き、ユウカさんからフリフリの服を受けとる。……なるほど、これは確かに魔女っ娘ドレスだろう。ハロウィンイラストでよく書かれるタイプの衣装だ。露出も少ないし、これぐらいなら着てもいいかな……?
「で、では着替えますので、えっと……」
「そこに仕切りがあるわ」
「……準備、いいですね」
「私だもの」
そうですねーと力なく返事を返し、その間にカオリが足を離してくれたので、私は仕切りの中へと入って着替え始める。
早着替えこそ出来ないが、ユウカさんのところに来てからこの手のフリフリの服の着方にも慣れてしまったので……む、これ案外良い生地使ってるな。暗色系を使って落ち着いた感じでまとめられてるし、普段使いも行けそう。お、パーカーも付いてる……ネコミミパーカーだけど。んんっ、まぁ、ともかくそう時間を掛けずに着替え終われた。
いよいよお披露目……いささか以上に気恥ずかしいが、待たせるのも悪い。私は潔くパッと仕切りを払い、三人に着替えた姿を見せる。
「おぉ、流石シロちゃん。可愛い……ねぇ、やっぱりうちに入らない? 一緒にコンテストしない?」
「そうだね。可愛いと思う。けど、カオリはいい加減諦める。……ユウカ先輩?」
「…………ハッ! な、なんでもないわ。いえ、可愛いわよ。シロちゃん。とっても!」
三者三様の言い方で可愛いと、そう言ってくれる女性陣。それは嬉しいのだが……うぅ、そういう反応をされると余計に恥ずかしくなる。そのせいで頬に血が上ってしまうし……思わずネコミミパーカーを被ってしまった。
ここは罵ってくれるぐらいの方が元男としては気楽なのだけど、なんて、そんな事を深くフードを引っ張りながら思う。けど。
━━悪い気はしない。うん。
……そう、ちょっと気分よくしてしまったのがバレたのか。ユウカさんとサキが素早い動きで複数回写真を取り、ポーズを指示され、それが終われば更にズイッズイッと追加の服を手渡そうとしてくる。
半ば諦めてそれを手に取って見れば…………なんか、こう、微妙に露出が多い。ハッキリ言えば、エッチだ。
「ユウカさん、これは……?」
「ん? あぁ、それはサキュ……ンンッ! あれよ。吸血鬼ね。きっと。ハロウィンだもの」
ナニカ言いかけた様に聞こえたが……そうか、吸血鬼か。確かにそういわれればそれらしい装飾がチラホラと見える。……にしてはいささか露出が多いし、この尻尾の先がハートマークになっているのは疑問だが。
━━まぁ、良いか。
別に真っ裸で外に行けと言われてる訳ではないし、これぐらいなら気恥ずかしいだけで済む。これで彼女達の仕事が減るなら安いものだろう。……ついでに、元男のクセに穀潰しという状況からも脱却だ。うむ。
「では、着替えて来ますね」
「えぇ、えぇ」
何故か鼻の辺りを手で隠すユウカさんに見送られ、私は仕切りの中に逆戻り……
━━まぁ、これとあと数枚で終わりにしてもらおう。うん。
そんな考えが甘かったと知るのは……吸血鬼コスだと言われた、露出多めの服をお披露目した後。鬼気迫る彼女達に押されに押され……結局、私は一通りのコスプレをさせられる事になってからだ。
ちなみに、そのコスプレは幾つかがお蔵入りとなったものの、殆んどがブロマイドカードに加工され、シロ民を中心に外へとばら撒かれる事になったのは……また、別の話だ。
・シロちゃんのブロマイド(ハロウィン限定品)
不知火白がハロウィンで仮装した姿が写されているカード。ハロウィン当日に行われた警備任務にボランティアとして参加した者に優先的にプレゼントされた。
SRやR等の等級が存在し、それによってコスプレの内容やアングル、ポーズ等が異なる。また一説にはかなり際どい物もあるとか……
滅多に出ないシロちゃんグッズ、それも限定品。更に狂信的なファンや、シロ民間では高レア所持が一つのステータスになる等が理由となって日々値段がつり上がり、最高レアは宝石とイコールとまで呼ばれる事になった。実際SSR表記の魔女っ娘シロちゃん(テレ顔ネコミミフード被り)がオークションにかけられ、非常に高額で取引された例がある。